『星空の下で』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
お題『星空の下で』
︎「天文学は宇宙との対話だ」
︎ 教室の大窓を跨る天体望遠鏡をじっと覗き込みながら、今年で最終学年になる先輩は言う。屈折式のそれをたいそう大事に触れて、わざわざ自分から腰を落とし、届きようもない空に意識を傾ける。ただ星を見るだけの事にそれほどまで熱心になれるのは、宇宙の神秘性によるものなのか。それとも、先輩がスピリチュアルなだけなのか。天体に興味のない俺にはどうにも判別がつけられなかった。
︎ 未だに接眼レンズから顔を離そうとしない先輩を横目に、鞄からフィリップモリスとライターを取り出す。美人な先輩につられて天体サークルに入部した俺にとって、この時間は地獄に等しい。その美人な先輩と二人きりなのは良いものの、先輩自身は星屑に夢中で全く俺を意識してくれないのだから、本当に厄介極まりない。
「ここは禁煙だぞ」
︎ やっと顔をあげた先輩が、たしなめるようにこちらを睨む。……すんません。両手に持っていたそれらを元の場所に戻すと、先輩は顔を緩める。
「まあ、気持ちは分かるけどな」
︎ 満点の星空を眺めながら、深呼吸を一つ。この壮大な景色を肴にして吸う煙草は上手い。酒も上手い。そう豪語する先輩は、綺麗な栗色の髪を冷たい夜風に靡かせ、心底楽しそうに笑った。
延々と伸びてゆくレールに沿って、桔梗に似た青い花々が一面、どこまでも群れ咲いている。淡い光を帯びたそれらは、明けない夜闇の中の唯一の灯りにも等しかった。
ほう、と思わず息がこぼれる。ようやくたどり着いた駅のホームでひとりきりなのをいいことに、突っ立ったまま景色に見惚れる。夢のようだった。いいや、間違いなく、夢だった。私が見る最後の夢だ。
あたりは静かだった。汽車はまだ来る気配がない。時おり風が吹き、花々をいたずらに揺らしていく。やわらかに波打つ先から花弁に溜まった露が落ち、光の粒となって散っていく。またたくようなそのかすかな音さえも冴やかに聞こえて、私はしばらく耳を澄ませた。やがてそれも止んで、なんとはなしに線路の先へと視線を向けた。夜闇に溶け消え見えなかったが、淡い花々の青白い光だけはともしびのように灯っているのが見えた。レールを彩るように一直線に、一面に咲く青い花々を眺めながら、天の川のようだなとぼんやり思う。
瞬間、遠く背後から汽笛の音と規則正しい走行音が響いた。振り向くと、黒い車体に花々の淡い光を映しながら、汽車がやってくるのが見えた。汽車はなめらかにホームに入ってくると、規則正しく、私の前で止まった。レトロチックなドアが開き中へと招く。一拍置いてから私は一歩踏み出した。ホームにはやはり私以外誰もおらず、誰かが来る気配もなかった。ただ花々が灯るばかりの静かな夢だった。ステップに足をかけ、乗りこむその瞬間に気づく。――美しい一面の花畑は、実際、天の川の「よう」なのではなく、天の川そのものなのだろう。あの花の一輪一輪がまたたく星であり、こぼれて散る露のひとかけらすべてが星屑であり、目の前の景色はただしく星の河なのだ。
きっとそれを、夜の中、私の足元よりずっと下で眠っている彼らは知らない。できることなら、もっとずっと先になってから知ればいい、とひそやかに思う。彼らの最後の夢は、うんと遠ければいい。
星河の下の下、穏やかに明日を待ち眠るひとたちを思い浮かべながら、今度こそ迷わず汽車へと乗りこんだ。
ドアが閉まり、私の夢が終わる。
(お題:星空の下)
今私は君といた場所で星を見てるよ
君は遠く離れてしまったけど
君も私と同じようにこの星の空の下で
元気に生きてることを願う
君の幸せを願う
いつかどこかでまた会えたら
私だと分かってくれるだろうか
この広い世界で確率の低い希望に縋りながら
今日も星空を見上げてるんだ
星空の下で思う…
目に見えるものは、なんて少ないのだろう。
たくさんの星が輝いているのに
都会の空には数えるほどしか見えない。
何でもできる偉い人たちだけが大きく見える
社会のようで、虚しい。
そこにはたくさんの輝く星たちがあるけど
今日も目立つ星しか見えない…
そこにはたくさんの輝く人々がいるけれど
今日も目立つ人しか見てもらえない…
テーマ「星空の下で」
星空の下で
夏に北アルプスに5日間こもった思い出。
途方もない道のり、夜中は氷点下、テント下はゴツゴツの石だらけで寝やすい環境ではなかった。
10時間も歩き続けて、あとは寝るだけ。次の日も山行は続くのに全然寝れる気配がしない。
今何時だろう?3時にはおきなきゃいけないのに。明日ぶっ倒れちゃうかもしれないな…
しょうがない、外の空気でも吸うか。
ありったけの上着を体にかぶせて外に出た。寒い、そして明るい。この明るさは都会に負けないくらい、さんさんと輝いていた。
おうちからだと見えない景色。地上からの光が強すぎていつもは隠れちゃってるみたい。でも山に行くとこんにちはしてくれる星々。
寝れなくてよかった。
『星空の下で』
満天の命が輝きを増す
白く白く眩い光が増殖して
この小さな墓一つ守れない
神様の色だよ
君の好きだった彩りで編む花環
静かな夜の帷の忘れ物
愛しているよ
今でもずっと
あの時意地を張り続けていなくてよかった
まだ幼かったあの頃と同じように
こうして二人で星空の下で
同じ光を見ていられることが何よりも嬉しい
(星空の下で)
星空の下で見た景色、あの夜に見た流れ星。
永遠に広がる星の空が、まるで顔中にあるニキビに見えた。
無情にも 季節は巡り
ついには しゃかいじん となりました。
星も また
変わりゆく毎日に ただただ流され 混乱し
もう 私はダメな子なんだ と嘆き
とうとう色褪せて しまった
自分が星なのだ と思うこと出来ず
ただ沢山の星 が散らばる空 を下から眺めることで
いつしか 願うように なった
…私もいつか ああなりたいと願う。
星空の下で
ぐっすり眠ってた幼少期の私
星空の下で
星座を探してた少年期の私
星空の下で
悩みに苦しんでる青年期の私
星空の上で
地上を眺める初老の私
星空は
いつでも私たちの近くにある
いつまで 下 にいられるか
誰にもなにも分からないけど
下にいられる限りは 眺め続けたい姿
いつも美人さんで 羨ましいな。
_ ₁₇
かつてある夫婦は、辺り一面色とりどりの星に囲まれた、なんとも幻想的な空間で、二人だけの結婚式を挙げたそうだ。
いや、その言い方では、誤解があるか。正しく言えば、たくさんの星たちと一緒に、式を挙げた。
式を終えたあと、二人は地面に寝転がった。
もちろん、手を繋いで。
夫が言った。
「僕たちの余命はあと、一年だってね。きっと、あっという間に過ぎていくんだろうなぁ。これ以上、早く死んじゃうとか、嫌だよ?」
妻が言った。
「大丈夫よ。私たちはもっと長く生きるわ。あの流れ星が願いを叶えてくれるもの」
そう、二人は願った。
もっとこの人と共に、楽しく笑って生きていたいと。
心配性な夫に、強気な妻。
……先に亡くなったのは、妻だった。
二人とも、一年以上生きることが出来た。
だが、先に、夫よりも一日先に、亡くなってしまった。
そして、それを追いかけるように夫も亡くなったそうだ。
二人はまた巡り会うことが出来るのだろうか。
いや、きっとできるだろう。
そんな二人のお墓は、式を挙げた場所と同じく、満点の星空が見える位置に、そっと並んで建てられているらしい。
〜星空の下で〜
【星空の下で】
彼女は綺麗だった。この手で掴みたいくらいに。届かないことくらいは分かっていた。星空の下で馬鹿みたいに手を伸ばす、届きもしない。でも、届かなくなるほどに欲しいから。悪い癖かもしれない。それでも、こうなったら自分を止められないことは自分が一番分かっている。やっぱり悪い癖だ。
「ねぇ、どうしていたらよかったと思う?」
「そんなこと聞かないでよ、分かってるくせに。」
泣いている顔を見られないようにって精一杯振った結果がこれだった。諦めるつもりはないのに振るっていうのもおかしな話なのかもしれない。なんで、彼女は振られてしまうのかなんて俺にだって分からない。
「俺さ、諦め悪いからまた告白しにくるよ。」
なんの宣言かも分からない、振ったのに。祭りの夜。屋台からは少しだけ離れて人の少ないところ。少なくとも知り合いはいないであろう場所で泣いてしまう俺を静かに見つめる彼女。今日、彼女が告白されるのを見てしまった。彼女はきっと告白を断っただろう。けれど、俺に振られた。きっと諦めの悪い俺のことを知っているから彼女は泣かないんだと思った。彼女の言葉を知らなくて、心に気づけなかった。
「どんな顔で待っててほしい?」
「どんな顔でもいい、なんなら待たなくてもいいよ。諦め悪いことだけ知っていてよ。」
この言葉にどれだけの意味があるのか。どれほどの重みがあるのか。彼女だけ知っていた。だから、この時だけ悲しそうな顔をしたんだ。泣かない彼女を月は照らす。泣いている俺を星空は隠すつもりはないらしい。
「待たせてくれてもいいのにね。」
残業を終わせて急いで片付けてる時に星が目に入った。
なぜか、その時の星が綺麗で少しの時間眺めていた。
(すいません、鍵しめるんで帰ってもらっていいですか?)
(あ、すいません。どうぞ)
俺は、もう少しだけ星を見ていたかったが追い出されてしまった。
でも、俺は別に星に興味なんてないしロマンチストでもない。
ただ、その時の星が綺麗だったんだ。
帰路につく途中の道から見る星は遠くて味気ないけど、星を綺麗と思わなくなったら人間はお終いだ。
そんな事を考えながら俺は帰りのバスを待っていた。
『星空の下で』
高校生のときに、ボランティアで、大学生主催のサマーキャンプに参加したことがある。指導員として、子供たちのお世話をする役目だった。
ちょうどその日は、しし座流星群の極大の日だった。
キャンプファイヤーのあと、草の斜面に寝転がり、みんなで空を見た。
流星の煌めく星空の下で、わたしは感動していた。
美しい星空を、今でも鮮明に覚えている。
土や草の香りも忘れられない。
高校生、青春の真っ只中で、とても貴重な体験をした。
生涯忘れないだろう。
【星空の下で】
防波堤の近くの海風に晒された木造家屋の外で、ずっと向こうに見える水平線から、山の方まで散りばめられた小さな輝きの海を見た。東北の空気は澄んでいて、東京のように日頃から薄暗い空ではないのだと、波の音と一緒に囁く星の声が気さえする。
その日は特別よく見えたわけでもなく、その日に何かあったわけでもない。その近辺の土着信仰や土地神にまつわる話を調べて、たまたま民泊の場所が村の端だった。
民泊の目の前は真っすぐで信号もないような道路があり、その向こうにテトラポットの敷き詰められた防波堤と、少し離れた場所に灯台の光が見える。反対側を見れば、民泊の裏手はそこの女将さんが手入れをしているという広大な畑で、トウモロコシの青々した葉で膨らみかけの種子や、トマトのまだ未熟で硬そうな青い実があちらこちらに見えた。その奥へ目をやれば、山の麓の林があり、そのまま林の奥は山へと続いて、遠くに見えるものほどではないにせよ、軽い気持ちでは登れない高さの山が、どんと大きく構えていた。
「凄いな……」
思わず呟く。ざざん、ざざんと潮騒がして、風が止まると磯の香りが届く。しかし山側から涼しい風が吹いてくると、草いきれが鼻をかすめる。土の匂いも砂の匂いもして、ここが本当に日頃己が生きている街とは違うのだと納得があった。
「あーれぇ、東京がら来だ学者さんですたが。何すちゅんだが?」
からりと引き戸が開くなり、釣りの格好をした宿の主が空を見上げる私に話しかけてきた。
「星を見てました、東京じゃこんなに見えませんから」
「んだんずな? まぁー星くれぇこごじゃ毎日こったもんだよ」
一緒になって見上げるが、普段から見ている人には感動が薄いようだった。
「旦那さんはどちらへ?」
「わっきゃ釣りだ。夜釣りでソイやアイナメ釣れるごどがあるす、何より楽すいはんで。釣れだっきゃ、明日の朝ご飯さ出すますじゃ」
それだけ言って一礼すると、主は道路を越えて海へ足を運ぶ。星の中を歩くように堤防の向こうへ姿が消えたのを見送ってから、私はこの光景をスマホのカメラに収めるべきか、少しの間思案するのだった。
地球ってね80億人いるんだって。
その中でこうやって2人出会えて一緒にいるんだよ。
運命もあながち間違いじゃないかもね。
億以上ある星空の下で言っても私にとってあなたが
ちっぽけな存在にならないくらいあなたが好き。
そう感じた星空の下。
✨🌟星空の下で🌟✨
あれは幻想的で不思議な夜だった
まるで宇宙の中にいるみたい…
見たことのないほどの蛍の群
静かな川面にも映りこむ
空には満天の星
目の前には飛び交う蛍
川面にも広がる蛍宇宙
全てが光に包まれ
浮き上がる体と心
震えるような感動が
今も蘇る✨🌟✨
『星空の下で』
「あれが夏の大三角形。はくちょう座のデネブ、こと座のベガ、わし座のアルタイルです。白鳥座のデネブとこと座のベガは、ある物語の主人公でもあります。知ってる人ー」
若い女性教師は、天井に映し出された人口の星空について解説する。投げかけられた教師の問いに、即席のプラネタリウムとなった教室で、幼い生徒たちがちらほらと手を上げる。
そのうちの一人を教師が指名すると、当てられた男子生徒は「七夕の織姫と彦星です」と答えた。
「正解です。星座はギリシャ神話、織姫と彦星は日本や中国のお話です。世界中で、星空と繋がった物語が生まれていることがわかりますね」
そこで、チャイムが鳴り響いた。
「今日の宿題は、世界の星にまつわる神話や物語を一つ調べてくる事! 今日やったギリシャ神話や七夕のお話でも良いですし、他の国でも構いませんよ」
教師は声を張り上げ、生徒たちはそれに返事を返しながらも三々五々に教室をあとにする。
その中で、一人の生徒が教師に質問に来た。
「先生、今は新しく星座は作られないんですか?」
教師は、少し考えて首を振った。
「そうですね。地球では、20世紀に今も伝わっている88星座が制定されて、それ以来公式な星座は増えていません」
星空の投影が解除された教室は、一面の壁が窓になっている。その窓から見える『星空』に、教師は視線を向けた。
「でも、数年前に入植が始まった火星では、火星88星座が作られているところらしいですよ」
「え、名前ダッサ……」
「そういうこと言わない」
有人の惑星間航行が可能になってから百と数十年。テラフォーミングの技術革新により、人類はようやく地球外の惑星へとその住処を広げ始めていた。
「ここから見える星から星座を作っちゃだめかな」
「いいんじゃないでしょうか? 作るのは自由です。でも、惑星上で見たときと違って、私達が動いてしまっているので、自分の位置も記録して考えたほうがいいかもしれませんね」
この教室は、太陽系外の惑星への入植を目的とする移民団の宇宙船の一室にある。この窓から見える『星空』は、日々わずかに変わって居るのだ。
「うん、気をつける」
「作ったら私にも教えてくださいね」
その後、生徒は友人たちとともに、「化け猫座」「プリン座」といった星座を作り出していく。
教師は面白がって船の航海士たちにそれを見せ、よく考えるものだと微笑ましく見守っていた。
まさか、その後数十年経って惑星間航路となったその道で、その星座たちが非公式ながら目印として語り継がれていくとは夢にも思っていないのだった。
2023.04.05
星空の下で
6月のある日、蛍を見に行こうということで山奥まで行ったことがある。
夜になって川沿いに行くとぽつぽつと光があった。
それら全て蛍だった。さらに川の音や虫の音。自然の音が沢山して心地よかった。
そして親が
「星も綺麗だな~」と言ったので上を見た。
空を見て唖然とした。綺麗すぎて言葉がでなかった。星で埋め尽くされた空、1つ1つ光の強さや色、大きさが違う。それでもこんなに綺麗に見える。
これが絶景というものなのか。そう感じた。
「パバ確かに凄いね!」
とパパの方を向くと、パパも上を向いていたのと、周りが暗かったのが重なって、首が消えた人みたい見えて「ヒェッ」と感じた。正直かなり怖かった。
蛍が綺麗だった事、星が言葉を無くす程凄かった事、自然の音を聞けたこと、お父さんの首が無くなったかのように見えた事。
これはきっと忘れられないだろう。
「おはよう、竹凛兄さん。」
「…おはよう、青雲。」
ガタンゴトンと規則正しい音が響く。そこに竹凛は青雲と向かい合って座っていた。二人の間にある大きな窓から外を覗けば、上も下も満天の星空が見える。その星空の中を走っている。
今竹凛と青雲は銀河鉄道に乗っているようだった。
竹凛が、夢だと気づくのにそう時間はかからなかった。すると青雲がゆっくりと口を開いた。
「本当の幸いってなんだろうね、竹凛兄さん」
青雲は窓の外を眺めながら、竹凛にそう問いた。
「竹凛兄さん、貴方はピアニストになりたかったのに教員という道を選んだ。それが正しいとか、正しくないとかではないけれど、やはり夢を諦めるというのは悲しいことだよ。せっかく才能だってあったのに。それは貴方にとって幸せなことなの?」
青雲は改めて、竹凛と向かい合った。竹凛は大きなため息をついて、困ったように笑った。
「そうだな、だけど」
竹凛は右手を目の前に持っていき、人差し指と親指で銃の形を作り上げ、青雲に向けた。
「それは、青雲に言わせるセリフじゃねーぞ。俺」
ばん、と青雲に銃を撃つ真似をする。すると目の前の人物はくすりと笑い、一瞬姿を霞ませ、次の瞬間には自分とそっくりな人間が座っていた。
「なんで分かったんだ」
「簡単だよ。あいつは本当の幸いなんて毛ほどの興味もないし、ましてや、俺の境遇に同情したりなんてしない」
「そうだったのか、じゃあ人選ミスだったな」
「誰を映したとしても同じだ。彼奴等はそんな空っぽなんかじゃないからな」
「随分信頼しているんだな」
「…それに、そんな後悔みたいなことを考えるのは俺しかいない」
「なるほどな」
すると竹凛によく似たその人はまた窓の外に目を向けた。
「美しい世界だよな。この世界」
「この世界って、この夢の世界のことか?」
「少し違う。この世界はあんたが諦めたものを寄せ集めた世界だ」
「そうか、なら納得した」
「何が?」
「この世界が美しいことが、だよ」
彼は竹凛のその言葉に首を傾げた。
「気になっていたんだ。なんでこの世界がこんなにきれいなのか。ここは、謂わば要らなくなったもの置き場みたいなものだろう?いらなくなるということは、それはガラクタじゃあないのか」
すると竹凛は大きな声を上げて笑った。その姿に目の前の彼はキョトンとした表情を浮かべた。一通り笑い終えると、竹凛は一息ついて、目の前の彼に微笑んだ。
「夢を見ることは美しいことだ。だけど、俺は知っている。夢を諦めることだって同じくらい美しく尊いことだと」
「悲しいことではないのか」
「全てを手に入れようとするほうがナンセンスだ。だったら決して手放せないものを一つか二つ作ったほうがいいに決まってる」
「横暴だな」
「それが俺だと、俺を模したのなら分かるだろ」
「ははは、そうかもな」
それから竹凛は目の前の人物と取り留めのない話をした。電車はどこまで行くのか、銀河鉄道のように駅に停まるわけでもなく、ただこの美しい世界を、規則正しい音と共に走っていた。ふと、ガタンゴトンという音が一段と大きく響いた。
「そろそろ、お前の目が覚めるな」
目の前の人物は少し名残惜しそうにそうつぶやいた。
「最初は少しむかついたけど、結構楽しい時間だった。ありがとう」
竹凛が楽しそうにそう言うと、目の前の人物はああ、と言葉を漏らした。
「こうなるのか」
「?」
「種明かし、僕はね、君が切り捨てた、ピアニストとしての君だ。まさか、こうして話すことができるとは思っていなかったけど、案外いいものだね。だけど、もう懲り懲りだ」
少し寂しくなってしまったと彼は小さく笑う。
「こういう言い方は陳腐で好きじゃないだろうけど、伝えておくよ。…君の選んだ道だ、がんばれ」
「待っ…」
車窓から眩い光が差し込み、あたり一面が見えなくなる。そんな中、竹凛が最後に見た彼の顔はとても綺麗な、笑顔だった。
竹凛が目を覚ましたとき、そこはいつものベッドの上だった。時間は、まだ夜の2時をまわったばかりで、空気は静まり返っていた。竹凛はそっとベッドをぬけ、カーテンを開きながら空を見る。空には静かに星たちが輝いていた。
さっき、見た夢を思い出す。もう、薄れ始めてしまっている、あの一瞬の夢を。
次のまた夢で会えたなら、満天の星空の下でまた、あの彼にさらに諦めた夢の話でもしてやろうと、夜空に一等光るあの星に誓った。