Werewolf

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【星空の下で】

 防波堤の近くの海風に晒された木造家屋の外で、ずっと向こうに見える水平線から、山の方まで散りばめられた小さな輝きの海を見た。東北の空気は澄んでいて、東京のように日頃から薄暗い空ではないのだと、波の音と一緒に囁く星の声が気さえする。
 その日は特別よく見えたわけでもなく、その日に何かあったわけでもない。その近辺の土着信仰や土地神にまつわる話を調べて、たまたま民泊の場所が村の端だった。
 民泊の目の前は真っすぐで信号もないような道路があり、その向こうにテトラポットの敷き詰められた防波堤と、少し離れた場所に灯台の光が見える。反対側を見れば、民泊の裏手はそこの女将さんが手入れをしているという広大な畑で、トウモロコシの青々した葉で膨らみかけの種子や、トマトのまだ未熟で硬そうな青い実があちらこちらに見えた。その奥へ目をやれば、山の麓の林があり、そのまま林の奥は山へと続いて、遠くに見えるものほどではないにせよ、軽い気持ちでは登れない高さの山が、どんと大きく構えていた。
「凄いな……」
 思わず呟く。ざざん、ざざんと潮騒がして、風が止まると磯の香りが届く。しかし山側から涼しい風が吹いてくると、草いきれが鼻をかすめる。土の匂いも砂の匂いもして、ここが本当に日頃己が生きている街とは違うのだと納得があった。
「あーれぇ、東京がら来だ学者さんですたが。何すちゅんだが?」
 からりと引き戸が開くなり、釣りの格好をした宿の主が空を見上げる私に話しかけてきた。
「星を見てました、東京じゃこんなに見えませんから」
「んだんずな? まぁー星くれぇこごじゃ毎日こったもんだよ」
 一緒になって見上げるが、普段から見ている人には感動が薄いようだった。
「旦那さんはどちらへ?」
「わっきゃ釣りだ。夜釣りでソイやアイナメ釣れるごどがあるす、何より楽すいはんで。釣れだっきゃ、明日の朝ご飯さ出すますじゃ」
 それだけ言って一礼すると、主は道路を越えて海へ足を運ぶ。星の中を歩くように堤防の向こうへ姿が消えたのを見送ってから、私はこの光景をスマホのカメラに収めるべきか、少しの間思案するのだった。

4/5/2023, 3:04:24 PM