Werewolf

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3/6/2026, 2:00:37 AM

【たまには】月末夜の渚さんデザート

 よし、と渚は小さくガッツポーズを取る。今月の請求書は全部片付いた。不足の書類は昼過ぎに揃い、上長の印も早い時間につけてもらえている。駆け込みも許容範囲だ。定時から一時間で月末の書類が片付いたのは十分に及第伝である。本当ならそれは随分ダメなような気もするのだが、渚があれこれ決め事をするまで深夜までかかってたところから考えれば進歩である。
(呑気なだけなんだろうな、外堀埋めるとやってくれるし)
 そう思うことにしている。いつもギリギリで追徴課税にならないように必死にならなければいけない日々に比べたら随分楽になったものだ。先輩と一緒にルールの立て付けをやった甲斐もあると言える。
 今から帰れば駅前のスーパーがまだ開いている。華金でもある。今日くらいは贅沢をしよう、とそう心に決めた。

 渚は自宅最寄駅のスーパーに立ち寄ると、一パック三百円超えの苺と、比較的安価なカップアイスのミルクリッチ味を買って、製菓コーナーでチョコスプレーも買い込む。ホイップクリームは調子に乗って購入した絞り出しタイプのものがまだ残っていたはずだ。なかったとしても問題ない。最後に割引のシールがついたピザとサラダを買って会計に行く。
 帰る足取りも軽い。前回のボーナスで買った普段履きのパンプスも、その大理石に似た柄を踊らせているかのようだ。先ほどスマートフォンの電源は切ってしまった。たとえ友人であっても今晩のお楽しみを終えるまでは放っておいてほしい。
 単身者向けのアパートの玄関を開けて、靴を脱いで揃えて、ドアにはチェーンをして。鍵を靴箱の上のトレイに置いたら、買い物袋をキッチンに運び、デザートになるものを冷蔵庫へ。サラダはテーブルにおいて、ピザも常温でも大丈夫そうなのでその横に置いた。
 スーツをハンガーにかけて軽く髪の毛をくくり、メイクを落として顔を洗った。今日の風呂は後回し、と決めてキッチンに戻る。レンジでピザを温める間にサラダを食べた。ジェノベーゼと照り焼きチキンをそれぞれ楽しんで、お待ちかねの時間が来る。
 苺は洗ってヘタを取る。半分に切る手間は惜しんだ。アイスクリームはパッケージを軽く水にさらして外れやすくし、ワンパックを深めの皿に落とす。周りにホイップクリームを敷き詰めて、苺を乗せていく。その上にもホイップを少し乗せて、上からスプレーチョコをたっぷりかけた。
 平皿の女児パフェ、と渚はひっそりそう呼んでいる。月末かその前後に、これをやるのが密かな楽しみなのだ。普段は節約と節制を心がけて、過剰に甘いものも食べないし、本当は帰りが早ければジムに行くようにもしている。それでも、自分が「ああやりきったぞ」と思えた時にはちょっと甘えたい時もあるのだ。
 スプーンで救った一口分を、ぱくん、と唇の奥に受け止める。
「ん〜!」
 まだ未熟で酸っぱい苺と、甘くなめらかなアイスクリーム、優しいホイップと歯応えのあるチョコレートの楽しいハーモニーが、疲れを癒すようだった。

3/5/2026, 2:20:45 AM

【大好きな君に】式場からの逃走

 結婚が決まった、と寂しげに笑った君に、私はどうしていいかわからなかった。おめでとうの一言も言えないなんて、どうかしているだろうか。言葉に詰まる様子を見て、ただ労るように背中を撫でる手が、冷たいのがこんなにも苦しい。いつかこんな日が来るということはわかっていた。自分と君の間にある色々なものが、この色濃い感情を恋と呼ばせてこなかった。どうしたら、どうすれば、考えるほどに混乱する。冷静になどなれそうもなかった。
「大丈夫、分かっていたこと」
 そう告げる声だって震えているのに。背を撫でていただけの手が、包容に変わって、胸元に頭を寄せて泣いている君に、私は何もできないのだろうか。抱きしめ返すと、安心したように小さく溜息。
「相手が相手だから、緊張してるのかも」
 立場、地位、政略。何もかもを飲み込んで君は笑っている。その目の中にある潤みに気付けないほど、私は鈍感ではなかった。何も言えないまま、顔を上げた君の目尻を拭う。くすぐったいよ、と笑うのを、もどかしく見ていることしかできない。祝福などできようもない、したくもないと、分かってくれている。そう感じている。

 ついにその日が来た。白い衣装に身を包んで緊張する君が、隣に伴侶となる人を連れて式場に入ってくる。
 飛び出していた。君の手を引いて走り出していた。悲鳴が聞こえたがどうでもよかった。今君が入ってきたばかりの扉の方に駆け込んで、裏口を通って、従業員用の通用口を抜けて、とにかく走って走って走った。自分のめかし込んだ衣装も、君の白い衣装も、ボロボロになって、息が切れて、それでも走った。
 大好きな君にこんなことするなんて、ひどいだろうか。でも絶対嫌だ。
 ふと、振り返ると、君は泣き笑いを浮かべて「あー、おかしい」と楽しそうだった。

3/4/2026, 3:19:32 AM

【ひなまつり】*GL
「ゆっか〜、雛人形飾った?」
「あー、うん、ママがなんか張り切ってた」
 真里が「いーなぁ」とボヤく。彼女の家は母親が早くに亡くなったので父だけの片親家庭であり、子供も真里と兄と弟の男ばかりの家だ。高校生になるくらいまではお父さんの姉、おばに当たる人が一緒に住んでいたが、真里が高校生になった頃に別居してしまった。今でも同じ市内にいるので会うこともある。彼女は、不思議な人だったな、と思う。
 裕香の家はごく一般的な四人家庭だ。父母と弟の家庭で、両親は共働きながら、母の方がイベント好きなために、十二ヶ月間何もないということがほとんどない。六月の何もない初夏でさえ、何かしらやっている気がする。
 そんなことなので、母はひなまつりの時期は毎年、早めの雛人形を出して、あれこれと飾り付けている。お代理様とお雛様だけの略式のものだが、曽祖母の代から受け継がれているとかで、十二単のあたりは見てみると多少古びているが、最近デパートで見かけたようなプリント生地などは使われていない。真里は、それを見に来るのを楽しみにしている。覚えばそれは小学生の頃からだった。家が近所で、親同士に何かあって交流があるのも手伝い、ひなまつりの前後に一緒に食事をする日がある。
「そっか〜」
「またマリ呼びなって、ママが」
「毎年呼んでくれるのマジ嬉しいんだけど」
 へへへ、と照れ笑い。あとで何かちょっとしたいいお菓子を持ってくるところまで含めて定期イベント化している。
「ウチ男ばっかで、雛人形もどこにあるかわかんないしね、マジで嬉しいんだよね〜」
 真里いわく、「確かにあるはずなのに、何度押入れやクローゼットを探しても見つからない」らしい。真里が三歳の時の写真には写っているのは裕香も見たことがあった。
「まぁいいんだけどね、出したら出したで、すぐしまわないと婚期が遅れるとかいうしさー」
 ちょっとしたくだらない話でも話すように、彼女はそう笑った。それを、裕香は「だよねー」と笑って受け止めるが、ほんの少しだけ気持ちが沈む。母親はひなまつりが終わると、必ず翌日の夜には人形を片付ける。理由は先ほど真里が述べた通りだ。裕香の結婚遅れるの嫌だもんねー、と、彼女も朗らかにそう笑う。
 しかし裕香の結婚というのは、きっと二人が考えるようなものではないのだ。
 裕香は出て行った真里のおばさんが、同じくらいの年齢の別の女性と手を繋いで歩いているのを見たことがある。それも、数回。部活の帰り、寄り道で、少し遠回りして立ち寄るスーパーの横の暗い路地。相手の女性から頬にキスをされて、満更でもなさそうに微笑むおばさんを見て、裕香は自分もそっち側なのだなぁ、と自覚していた。
 結婚という言葉に期待されるものを想うたびに、ほんのわずかに、呼吸が苦しくなるのだった。

3/3/2026, 6:35:03 AM

【たった一つの希望】さぁ! 今日こそ婚約破棄をしよう!

 アルファルドはうんざりしていた。自分の婚約者は真面目一辺倒で全く面白くない。茶会の席に呼んでやればやれ隣国タガフの飢饉がどうの、やれ山向こうの田舎の国バスロイがどうのと、つまらない話ばかりする。それだったら上級学院で知り合ったカドゥオン男爵の家の令嬢の方がよほど面白い。社交界の噂はもちろん、市井の間みや流行にも敏感で、話していて面白い。化粧も華やかだし自分に似合うドレスをわかっている。どうも婚約者のシェリーは地味なのだ。メガネでこの国では珍しいブルネット、化粧も見たところ最低限だ。そんな見た目なのに、話題の割に詩学の成績が中の下だった。まったく不出来な女だ。国王たる父がなぜこんな女を自分にあてがってきたのかわからない。

 ということで、アルファルドはその日の夜会でカドゥオン男爵令嬢フリジアを伴い、二階のバルコニーから宣言したのだ。
「シェリー、お前にはうんざりだ! 本日をもって婚約を破棄とする!」
 隣でフリジアが鈴のような声をあげて笑った。
 しーん、と夜会の会場が静まり返る。そして次の瞬間には、まるで会場が蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
「マジで言いやがったぞ!」
「おい国王よべ国王!」
「あああのシェリー様、一旦こちらに!」
 その中に顔を真っ青にしたフリジアの父、カドゥオン男爵もいた。しかし彼は何も言わず、近くにいた自分の側近を呼び寄せると、そのままその場を辞してしまった。
 一体何が起こっているのかわからない。学園で「お似合いですね」と声をかけてきた他の家の人間たちまでもが真っ青だ。アルファルドにしてみれば、さぞ華々しく迎えられると思っていたのだ。
 そして、その場に父が現れた。威厳のある顔の目が悲しげにアルファルドを見つめている。
「……そこまでバカだったか」
「いや、いきなり失礼ですよ父上」
 むっとして言い返すが、次の言葉を言う前に左右から衛兵に腕を掴まれてしまった。
「おっおい無礼者! 放せ! 父上、やめさせてください!」
「キャッ! なんなのよも〜!」
 フリジアもそれは同様だった。
「たった今をもってアルファルドを廃嫡、フリジアもそれに伴わせる」
 そう告げる声に、アルファルドは目を見開くしかできない。
「帝王学と社会学で散々教えたはずだぞ、アルファルド。我が国は肥沃であるが、他国との交渉が上手くいっていない。自給自足だけでは国は伸びないのだ」
 急な話題で、何を言われているかわからない。そんなこと、何か聞かされていただろうか。
「シェリー王女は海を隔てたイルドニから来ている。イルドニとの国交は我が国に大きな船や技術力をもたらしている」
 そうだっただろうか。婚約者として引き寄せられた頃にはフリジアと比べていた気がする。一体、だからなんだというのだろうか。アルファルドになんの関係があるのか。
「まだわからないのか」
 と、声が飛んできた。それはアルファルドの腹違いの兄、王位継承権のないシルビックだった。離れに住まう彼をいつ追い出すのだろうかと思っていたのに、まだいるのかと呆れる。ふと、その隣にいつも通り、つまらない顔をしたシェリーがいた。
「お前、自分の婚約の話を少しも聞いていなかったな」
 溜め息が聞こえる。
「いいか、嫡子として継承第一位のお前とシェリーの婚約は、国の約束だ。イルドニからは「最も位の高い男との婚姻を望む」と言われている。こちらはその条件を飲むことで、イルドニの国交を盤石とし、貿易状況を他国への交渉材料にして、隣国タガフの飢饉に食糧援助を申し出て、バスロイに陸路を開く工事の交渉に入れた」
 アルファルドは理解の追いつかない中で必死に考えていた。最も位の高い男とは自分だ。だがそんなことのために好きでもない女と。そこまで考えてから、「そんなこと」だろうかと、はたと立ち戻ってしまった。アルファルドの不幸はそこにあった、彼は底なしのバカではなかったのだ。
「アルファルド、お前を廃嫡としたことで、王位継承権はシルビックに移った。シェリーもそれで承諾してくれている」
 ようやく事態を理解したアルファルドが何か言おうとしたが、すっかり渇き上がった喉ではなんの言葉も出てこなかった。となりのフリジアも唇まで真っ青にしている。
「フリジアは王族を誘惑した罪で永年の地下幽閉、お前は国外追放……と言いたいが、外に出すとまた碌でもないことをしでかしかねん、離れの塔への幽閉とする」
 まぁ、お優しいという声があちこちから聞こえてきた。優しいわけがあるかと、反論するコマが手元にない。
「我が国は、たった一人でこの国へ来た、交渉材料となることを選んでくれた彼女を、無碍になどすることはできないのだよ」
 ずるずると引きずられながら、アルファルドは父王の後ろに控えていたシェリーを見た。無表情な女だ。今もじっとこちらを見ているだけだ。もしアルファルドにたった一つの希望があるとするならば……彼女が御子を授かり、その時の温情で減刑される時だろう。彼女がそれを許すかどうかは、これからの幽閉生活次第である。

3/2/2026, 1:45:55 AM

【欲望】それは奇蹟か絶望か

 町外れの小さな教会。ポツポツと立ち並ぶ個人邸宅のその向こう、いささか辺鄙な、バスの停留所の終点から一ついった場所に、それはあった。周囲は森に囲まれているが、農園地帯よりは都市部に近い。そんな場所だ。
 バスから降りてきた幼年の子供達が、駆け足に教会へ入っていく。
「神父様ただいま!」
「おかえり、学校はどうでしたか」
「楽しいよ! 友達できた!」
「ねえホームワーク終わったら遊びに行っていい?」
 神父は柔和に微笑み、「ちゃんとやったらいいですよ」と頷いていた。

 月に一度。神父は街へ行く。持ち周りで留置所にいる人間のために働いているのだ。それなりの規模の警察オフィスの中にある留置所では、罪の軽重に関わらず、多くの容疑者達が収容されている。彼らの祈りのために、神父はそこに向かう。周辺のプロテスタント教会も曜日をずらして訪れているが、毎度収容されている顔ぶれは違っていた。
 神父は希望者のために個室のついたバンで乗り付け、彼らの話をじっくりと聞いた。時間制限があるので、窓がノックされたら終了間際である。
 泣いて神父の手に縋るもの、怒りをぶつけるもの、ひたすら懺悔するもの、何が悪かったのかと苦悩するもの。
 それらの話を聞き終わると、神父はその日は教会に帰らず、街で宿をとっていた。

 宿は、うらぶれた路地にあった。かつては何かしらで栄えていたらしいということが、すっかり紫外線にやられて白茶けた看板や、見る影もなくボロボロになった庇テント、幾重にも貼られていた形跡の残るレンガ壁に見て取れる。酔っ払いがビール瓶を抱えて寝こけているのを、起こさないように通り過ぎて、神父は古びた宿にやってきた。コンクリートの建物、小綺麗なロビー、宿の主人は「どうもどうも」と穏やかに迎え入れる。場所は悪いが、この辺りでは価格の割に良いと言える宿だった。
「今日もいつもの角部屋ですね」
「すみません、毎度わがままを」
「いえいえ、毎月必ず部屋が一つ埋まるってのはありがたいモンで」
 にこにこしながら代金と鍵を交換してくれる宿の主人に、神父は少し後ろめたい気持ちになった。それでも勤めて明るく、「では、お部屋をお借りします」と言って、そのまま三階の角部屋へ向かう。

 ツインの部屋で、一人ベッドに座り込む。カソックを脱いで、ワイシャツ姿になる。黒いシャツは少しごわついていて、ホテルのライトにもうっすらと凹凸を浮かび上がらせていた。
 コンコンコン、とノックがある。
「どうぞ」
 と、神父が声をかけると、外から浅黒い肌をした男が入ってきた。笑顔は笑顔なのだが、そこに凄みがある。書き上げた茶色い髪の毛に、コメカミの大きな傷。どう見ても堅気の人間ではなかった。その彼は、大きなトランクを神父の前の床に置く。
「どうも。毎月お世話んなってます」
「いえ……こちらこそ」
 神父は静かに目を伏せた。それから胸ポケットに入っていた封筒を渡す。男は中身をあらためて、小さく頷いた。
「はい、確かにどうも」
 そしてトランクが開かれた。二重になったその中に、真空パックに詰められた肉が入っている。それを見た途端、神父の喉がぐびり、と動いた。
「準備しますんでね、ちょっと待っててくださいね」
 トランクの中には、他にもブルーのビニールシートや大きな皿があった。シートを床に敷き、皿をおいて、その上に、袋から取り出された肉が乗った。まだ血の滴るような肉がべちゃりと落ちる。人の拳ほどの大きさもあるだろうか、見るものが見れば、それが牛のものであるとわかるだろう。
 神父の息が上がっていた。左手の指が右手の手首に食い込むほど、強く握られている。
「傷」
 と、浅黒い男がその指に触れた。
「俺しかいないんだから、無理なく」
 下唇を噛んで、ふぅ、ふぅ、と鼻息を漏らす神父の様子を見て、男は目を細めていた。
「いいんですよ、ほら」
 男がそう言うや否や、神父は生肉に飛びついていた。慎ましやかで落ち着いた声を吐く口が、大きく開かれて肉にむしゃぶりついている。血が飛ぼうが汁が跳ねようが、お構いなしに喰らいつき、そのためには発達していない歯で器用に肉をむしっては、さほどの咀嚼もせずに飲み込んでいく。
「水も用意しとくんでね」
 と、隣に深めの水の皿を置いてやりながら、浅黒い男は神父の姿をじっくりと眺めていた。
 彼と知り合ったのは留置所でのことだった。暇つぶしに懺悔室の利用を申し出て、今日は人が少ないし、最後の一人だから、とわずかながら雑談に応じてくれたのがこの神父だった。知らぬ間にマフィアの手先になってしまっていた彼にとって、謂れのないレッテルを見ずに話してくれたことだけでも随分救われたものだ。その彼が、月に一度留置所に来ると知って、釈放後、留置所の出口で待ち伏せたのだ。ただ彼を知ってみたかっただけだった。
 その時に、食事を断られた。何度かそうしているうちに、彼が少し遠くのチャイナタウンに通ってることを知った。つけていったのだ。そこで提供されている焼肉の肉を、ひっそりとほとんど生で食べているのを見た。そのことを彼に話してみたのだ。それは単に、健康に悪いんじゃないかとか、そう言うつもりで。
「……信じて、もらえないかもしれないけれど」
 と、彼は苦しそうに呟いた。
「二十歳になった次の月のミサで……聖体を、食べた時に、それが生の肉に変わって」
 それが嘘か本当かなどは、浅黒い男にはわからなかった。
「それで、その……そのあとは、どんなお肉をいただいても満足できなくて。こっそり調理用の肉を調理前に食べてみたんです。……満たされて、しまって」
 何が、ということは聞かなかったが、それ以降彼はそれをする場所や機会を探していたらしい。チャイナタウンに来ているのは、単純に自身の教会から遠いからのようだった。
「なぁ、神父さん」
 と、気がついた時には口をついていた。
「俺が手配してやろうか、それ」

 野良犬の方がまだ行儀がいいのではないかと言うくらい、周囲に血や肉片を飛び散らせている神父を見下ろす。彼のこんな姿を見ているのが、自分だけだと言う仄暗い喜びを、持ってきた缶ビールでぐっと飲み下した。

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