Werewolf

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【逃れられない呪縛】

「野庭さん、好きです!」
 の一言から始まった。会社の同期、同い年の柳井さん。屋上メシを嗜む俺に、いつしか出来たランチメイト。たまに弁当を作ってきたり、こっちからテイクアウトを奢ったり、持ちつ持たれつで一緒に昼飯をする仲。
 ただそれほど恋愛に興味もなさそうなタイプと言うか、いつも薄化粧で髪の毛も清潔感はあるが遊ばせないので、たまたま昼食べる場所が被ったんだなぁ、位に思ってた。話題も色々だ、分かりやすいとこで映画や音楽、ドラマやバラエティは見ないらしい。少しオタクっぽいとこでゲームやアニメ、割りと多趣味で、自作のネイルチップや時々ソロキャンプに行く話。全く飽きない。俺がするサッカーとラーメンとバイクとオンラインゲームの話も聞いてくれる。映画は会社帰りに二回くらい一緒に行った。面白い人だなぁ、とは思ってたけれど。
 二月、バレンタインデーに、気合の入った手作りチョコを貰った。奥ゆかしいのか素直なのか、「でも返事はいらないです! その、気不味くなってランチ一緒にできないほうが嫌なので」のセリフ付き。
 俺は少し考えて、それからこう答えた。
「半年待ってくれ、それまでに答え出すから」

 そして、八月。夏真っ盛りの中旬。エアコンのない屋上だが、室外機がこれでもかというくらい回ってるせいで、日陰はそこそこ涼しかった。
 二人して飛ばされないようにしながらランチタイム。夏場は腐るのが怖いから、二人してコンビニ飯。
「柳井さんさぁ」
「ふぁい」
 もぐもぐと動くほっぺたの、なんと可愛いことか。太ってるわけじゃないが、少し丸っこいほっぺたがまた可愛いのなんの。マスクで隠れてるからみんな知らないのかもしれない。好きだと言われてから半年間、この可愛らしい何かにずっと好かれてるんだと思って、胸が苦しくならない日は殆どなかった。
 だからこそ、俺は打ち明けなければならない。
「俺が狼男って言ったら信じる?」
「……それは、そのぉ、隠喩的な意味ですか?」
 ごくんと食べていたおにぎりを飲み込んで、彼女は首を傾げた。
「んー、本当の意味で。満月の夜にがおーって」
「えー」
 困ったように笑ってから、少し考え込む。難しいことを考える時に手元に目を落とす癖まで覚えてしまった。これで関係を断られたら、本当、落ち込むぞ。
「過去二十八年の間に、連続した満月の日の不審死、みたいのが報道されてないってことは、がおーってしても特に危険はないってことですか?」
 俺は面食らった。まさかの方向からの返答で、思わず変な笑いが漏れる。
「えっへぇ……いや柳井さんてなんか、やっぱ変わってんね」
「おかしなこと言いました?」
 む、と眉を寄せる。
「いや、あー、そっか、そういう見方もあるのか」
 数値的なアプローチ。なんだか凄く素敵だ。俺の危険性を、感情以外で測ろうとしてくれた。
「一応、俺の理性は保たれてるよ、ある程度ね。特に食人とか殺人の欲求もない、まぁちょっと肉系の食べ物を何かしら用意したほうが気分は安定はするかな」
「……え、ある程度?」
 ちゃんと、引っ掛かるべきところには引っ掛かる。仕事もできる人だから、なんだか安心してしまう。
「鋭いなぁ……笑ってくれていいんだけどさ」
 ちょっと恥ずかしい話だ。顔は火照るけど、ここまで話したなら全部言ってしまった方がいい。
「めちゃくちゃ本能が表に出るっていうか、欲求が出るっていうか。肉食いたくなるし、誰かに撫でてほしくて、誰かに遊んでほしくて、外駆けずり回りたくなるし、セックスもしたくなる。超でかい発情期の犬って感じになるんだ」
 はぁ、と答えに困ったのか、頬を真っ赤にして俺を見上げている。時々少し視線が泳いでるのまで可愛いとか、俺もどうかしてる。
「えぇと、その……私、に、それを話したってことは」
 ことは。先を促すように頷くと、耳まで真っ赤になった。
「あの……確かめて決めろ、ってことですか?」
「……俺、柳井さんのこと、そういう意味で好きになっちゃったから」
 無理なら無理で、いいから。好いた人に、せめて嘘なしで話したい。
 家系的に人狼の子が出る家って両親に話されて、十歳の時に本当に狼になって、それからずっと誰かを好きになっても、長く続けられなかった。露呈が怖くて、嫌われたくなくて、月イチ夜の予定が入れられないことの理由を言えなくて、たったそれだけのことなんだけど、俺が誰かを好きになるのを縛ってきたもの。
 初めて馬鹿にしたように笑わず、狼男のことを考えてくれた柳井さんだから、俺は信じたい。
「今年の八月って、満月二回あんの。変身するのは決まって深夜十二時くらいから翌日の四時くらいまで」
 同じ人狼体質の母と祖父も、同じ時間に変身する。体質だけじゃなくて、何かしらの意図を感じる。でも、それは解決できそうもない。
「夜中付き合わせちゃうからさ、九月一日休みとってくれる? 三十一日の日に、夜、俺んち来て、俺がどんな生き物なのか、確かめてほしいんだ」
 受け入れて欲しい。どうかなぁ、でもダメだったら転職できるように、半年かけて準備したから。
「……分かりました、じゃあ、お休み、取りますね」
 照れたように微笑む彼女に、ちょっとだけ、目頭が熱くなった。

5/23/2023, 3:23:15 PM