「おはよう、竹凛兄さん。」
「…おはよう、青雲。」
ガタンゴトンと規則正しい音が響く。そこに竹凛は青雲と向かい合って座っていた。二人の間にある大きな窓から外を覗けば、上も下も満天の星空が見える。その星空の中を走っている。
今竹凛と青雲は銀河鉄道に乗っているようだった。
竹凛が、夢だと気づくのにそう時間はかからなかった。すると青雲がゆっくりと口を開いた。
「本当の幸いってなんだろうね、竹凛兄さん」
青雲は窓の外を眺めながら、竹凛にそう問いた。
「竹凛兄さん、貴方はピアニストになりたかったのに教員という道を選んだ。それが正しいとか、正しくないとかではないけれど、やはり夢を諦めるというのは悲しいことだよ。せっかく才能だってあったのに。それは貴方にとって幸せなことなの?」
青雲は改めて、竹凛と向かい合った。竹凛は大きなため息をついて、困ったように笑った。
「そうだな、だけど」
竹凛は右手を目の前に持っていき、人差し指と親指で銃の形を作り上げ、青雲に向けた。
「それは、青雲に言わせるセリフじゃねーぞ。俺」
ばん、と青雲に銃を撃つ真似をする。すると目の前の人物はくすりと笑い、一瞬姿を霞ませ、次の瞬間には自分とそっくりな人間が座っていた。
「なんで分かったんだ」
「簡単だよ。あいつは本当の幸いなんて毛ほどの興味もないし、ましてや、俺の境遇に同情したりなんてしない」
「そうだったのか、じゃあ人選ミスだったな」
「誰を映したとしても同じだ。彼奴等はそんな空っぽなんかじゃないからな」
「随分信頼しているんだな」
「…それに、そんな後悔みたいなことを考えるのは俺しかいない」
「なるほどな」
すると竹凛によく似たその人はまた窓の外に目を向けた。
「美しい世界だよな。この世界」
「この世界って、この夢の世界のことか?」
「少し違う。この世界はあんたが諦めたものを寄せ集めた世界だ」
「そうか、なら納得した」
「何が?」
「この世界が美しいことが、だよ」
彼は竹凛のその言葉に首を傾げた。
「気になっていたんだ。なんでこの世界がこんなにきれいなのか。ここは、謂わば要らなくなったもの置き場みたいなものだろう?いらなくなるということは、それはガラクタじゃあないのか」
すると竹凛は大きな声を上げて笑った。その姿に目の前の彼はキョトンとした表情を浮かべた。一通り笑い終えると、竹凛は一息ついて、目の前の彼に微笑んだ。
「夢を見ることは美しいことだ。だけど、俺は知っている。夢を諦めることだって同じくらい美しく尊いことだと」
「悲しいことではないのか」
「全てを手に入れようとするほうがナンセンスだ。だったら決して手放せないものを一つか二つ作ったほうがいいに決まってる」
「横暴だな」
「それが俺だと、俺を模したのなら分かるだろ」
「ははは、そうかもな」
それから竹凛は目の前の人物と取り留めのない話をした。電車はどこまで行くのか、銀河鉄道のように駅に停まるわけでもなく、ただこの美しい世界を、規則正しい音と共に走っていた。ふと、ガタンゴトンという音が一段と大きく響いた。
「そろそろ、お前の目が覚めるな」
目の前の人物は少し名残惜しそうにそうつぶやいた。
「最初は少しむかついたけど、結構楽しい時間だった。ありがとう」
竹凛が楽しそうにそう言うと、目の前の人物はああ、と言葉を漏らした。
「こうなるのか」
「?」
「種明かし、僕はね、君が切り捨てた、ピアニストとしての君だ。まさか、こうして話すことができるとは思っていなかったけど、案外いいものだね。だけど、もう懲り懲りだ」
少し寂しくなってしまったと彼は小さく笑う。
「こういう言い方は陳腐で好きじゃないだろうけど、伝えておくよ。…君の選んだ道だ、がんばれ」
「待っ…」
車窓から眩い光が差し込み、あたり一面が見えなくなる。そんな中、竹凛が最後に見た彼の顔はとても綺麗な、笑顔だった。
竹凛が目を覚ましたとき、そこはいつものベッドの上だった。時間は、まだ夜の2時をまわったばかりで、空気は静まり返っていた。竹凛はそっとベッドをぬけ、カーテンを開きながら空を見る。空には静かに星たちが輝いていた。
さっき、見た夢を思い出す。もう、薄れ始めてしまっている、あの一瞬の夢を。
次のまた夢で会えたなら、満天の星空の下でまた、あの彼にさらに諦めた夢の話でもしてやろうと、夜空に一等光るあの星に誓った。
4/5/2023, 2:41:06 PM