お題『星空の下で』
︎「天文学は宇宙との対話だ」
︎ 教室の大窓を跨る天体望遠鏡をじっと覗き込みながら、今年で最終学年になる先輩は言う。屈折式のそれをたいそう大事に触れて、わざわざ自分から腰を落とし、届きようもない空に意識を傾ける。ただ星を見るだけの事にそれほどまで熱心になれるのは、宇宙の神秘性によるものなのか。それとも、先輩がスピリチュアルなだけなのか。天体に興味のない俺にはどうにも判別がつけられなかった。
︎ 未だに接眼レンズから顔を離そうとしない先輩を横目に、鞄からフィリップモリスとライターを取り出す。美人な先輩につられて天体サークルに入部した俺にとって、この時間は地獄に等しい。その美人な先輩と二人きりなのは良いものの、先輩自身は星屑に夢中で全く俺を意識してくれないのだから、本当に厄介極まりない。
「ここは禁煙だぞ」
︎ やっと顔をあげた先輩が、たしなめるようにこちらを睨む。……すんません。両手に持っていたそれらを元の場所に戻すと、先輩は顔を緩める。
「まあ、気持ちは分かるけどな」
︎ 満点の星空を眺めながら、深呼吸を一つ。この壮大な景色を肴にして吸う煙草は上手い。酒も上手い。そう豪語する先輩は、綺麗な栗色の髪を冷たい夜風に靡かせ、心底楽しそうに笑った。
4/5/2023, 3:58:42 PM