茜屋 葵

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4/25/2023, 11:34:56 AM

お題『流れ星に願いを』

︎ 空が泣いている。
︎ 炭と化したアイボリーで塗りたくられた夜空に、引っ掻くような切創が幾度と現れる。傷口からじわりと滲む煌めきはまるで姿を隠すように地平線の彼方へと飛んでいき、微かに残った傷跡さえ深い夜闇に溶けていった。それらは徒に現れては人類の視線を奪い、気付けば姿形を消してしまう。そして人類の願いをかき集めておきながら叶いもしないのだから、性根の悪さが窺えるだろう。さては悪魔か。
︎ 液晶画面に映し出されるアイドルのスキャンダルを呆れた様子で見つめながら、男は手元のスマホを流し見る。案の定、台風さながらの大荒れ具合だった。
︎ 芸能人を「スター」ともてはやす風習は、言い得て妙だ。貴重な体力と時間を消費してファンを魅了するその姿は確かに、夜空を彩る星々と相違ない。そして同様に、その正体は宇宙を漂う砂粒に過ぎないのだ。眩い輝きはいつか消え、後には何も残りやしない。しかしながら、それでも人類はどうしようもなく不相応な願いをその身に宿してしまう。リスクばかり考えるようになった壮年の男は、うんざりとした動作でスマホとテレビの電源を消す。闇夜のような液晶画面には、かつてのアイドルが映った。
︎ 夜空が泣いている。男の涙が、液晶画面を流れていった。

4/6/2023, 3:15:08 PM

お題『君の目を見つめると』

︎ 将軍殿、どうかお気をつけ下さい、嫉妬というものに。 それは緑色の眼をした怪物で、人の心を喰い荒らし、翻弄するのです。
︎ 強弱のある抑揚で台詞に命を吹き込み、洗礼された身振り手振りで演者の視線すら縫いつけにする。思わずその熱演ぶりに息を飲んでしまった僕は、彼が纏うオーラにまるで唆されるように身を乗り出した。彼に比べれば月とスッポンに等しい僕の演技。この立ち稽古では、おそらく先生の視線を奪うことは叶わないだろう。それでも構わない。相対する彼をキッと睨み、喉笛に噛み付いてやる勢いで舞台を深く踏みしめた。

「今回の稽古、すごく良かったぞ」
︎ 舞台袖に上がってきた先生に軽く肩を叩かれる。僕は身体中から溢れ出る汗をジャージの袖で拭いつつ、かけられた言葉に頬を緩ませた。僕のことも見てくれていたんだ。思いもしていなかった僥倖に狼狽えながら、バネが跳ね上がるように立ち上がる。
「ありがとうございます!」
︎ 腹の底から絞り出せば、無理をするなと頭を撫でられた。先生の細やかな手のひらが頭の輪郭をゆっくり沿っていき、おでこの汗を優しく拭う。このやりとりが好きだ。演技よりも、何よりも。そうして先生の激励を快く受け入れていると、やはり割り込んでくるのは月の彼。
「センセー、これ返すの忘れてましたぁ」
︎ 僕の頭からスッと手を退けた先生に白絹のハンカチを渡すと、彼は唐突にこちらを振り返り、お疲れ様ぁと柔らかい声で僕に話しかける。しかし彼の目はちっとも微笑んでおらず、その瞳の奥には、緑の怪物が低い唸りをあげていた。

引用元『オセロ/ウィリアム・シェイクスピア』

4/5/2023, 3:58:42 PM

お題『星空の下で』

︎「天文学は宇宙との対話だ」
︎ 教室の大窓を跨る天体望遠鏡をじっと覗き込みながら、今年で最終学年になる先輩は言う。屈折式のそれをたいそう大事に触れて、わざわざ自分から腰を落とし、届きようもない空に意識を傾ける。ただ星を見るだけの事にそれほどまで熱心になれるのは、宇宙の神秘性によるものなのか。それとも、先輩がスピリチュアルなだけなのか。天体に興味のない俺にはどうにも判別がつけられなかった。
︎ 未だに接眼レンズから顔を離そうとしない先輩を横目に、鞄からフィリップモリスとライターを取り出す。美人な先輩につられて天体サークルに入部した俺にとって、この時間は地獄に等しい。その美人な先輩と二人きりなのは良いものの、先輩自身は星屑に夢中で全く俺を意識してくれないのだから、本当に厄介極まりない。
「ここは禁煙だぞ」
︎ やっと顔をあげた先輩が、たしなめるようにこちらを睨む。……すんません。両手に持っていたそれらを元の場所に戻すと、先輩は顔を緩める。
「まあ、気持ちは分かるけどな」
︎ 満点の星空を眺めながら、深呼吸を一つ。この壮大な景色を肴にして吸う煙草は上手い。酒も上手い。そう豪語する先輩は、綺麗な栗色の髪を冷たい夜風に靡かせ、心底楽しそうに笑った。

4/4/2023, 1:43:42 PM

お題『それでいい』

︎︎ ふわりと、絹織のスカートが舞い上がった。シルフィードに弄ばれた裾は白皙の膝を晒し、女の頬を桃色に染める。陽光を知ることのない白さは、熱を持つことで一層男の興奮を誘発するだろう。彼女自身がそう意識していないにも関わらず、それらはファム・ファタールの色香を匂わせてしまう。実際に、ダンスパーティーに訪れていた大抵の紳士淑女の視線の先には華やかな装いをした彼女の姿がある。彼女はその不躾な視線に戸惑っているようで、居づらそうに身を竦ませていた。
 それが哀れでならなかった。
 私が名を呼ぶと、救世主が現れてくれたと言わんばかりに瞳を輝かせて、年齢のわりに幼い顔立ちをした彼女がこちらに駆け寄ってくる。その足取りは些か不安定で、一歩踏み出すごとに膝を折っているようだった。
「ん、ありがとうございます」
 支えるように右手を腰へと回すと、彼女は耳の縁まで血を巡らせ、顔を俯かせる。女は旋毛すら佳麗だった。思わずそこに口付けてしまいそうになるのを必死に押し込め、エスコートするように彼女の左手を優しく包む。だがその際、自身の手が少々汗ばんでいることに気付き、触れたばかりの左手をさっと離す。そして素知らぬふりをして、スラックスのポケットにその手を隠そうとした。自然な動作のはずだったそれらは、しかし、よりにもよって彼女自身の手によって遮られてしまう。
「……わたしと踊ってくださいませんか」
︎ 数秒の逡巡の末、彼女はぽつりとそう零した。予想外な言葉に動揺した私は、一度唾を飲み込み、顎をゆっくりと引く。彼女の瞳が、期待するように煌めいた。
︎『ダメだ。彼女を受け入れてはいけない』
︎ あくまで友人として振舞おうとする自分自身の言葉を無視して、彼女の細やかな腕を掬いあげる。
︎『私は彼女の友人だ。友人でいい。それでいい』
︎ 大袈裟な予備歩を踏みながら、絹織のスカートを巻き込んでターンをする彼女。その姿はまさに、すべての男を魅了するファム・ファタール。
『友人で、良かったはずなのに』

4/3/2023, 12:17:01 PM

お題『1つだけ』

「どうしてお口は1つだけなの?」
︎ 耳も目も、おててだって2つあるのに。
︎ 小首を傾げ、くりくりとしたまん丸い瞳でこちらを見上げる可愛い妹。近頃は年相応に好奇心が旺盛になってきて、なんで? どうして? が口癖になってきている。その成長を姉として嬉しく思いながらも、やはり何回も繰り返されれば鬱陶しくなるものだ。
「どうしてだろうねー」
︎ 大人げないと自覚しつつ、机の上に散乱している課題の束をより大きく広げた。すると妹は途端に黙り込む。興奮したような妹の荒い鼻息もいつの間にかおさまっていて、姉妹の二人部屋にはページをめくる音だけが木霊するように響いていた。
︎ だがしかし、先程まであんなに騒がしく飛び跳ねていたのに一体どういう心境の変化だろうか。不思議に思った私は妹の方へ視線を戻す。
「……お姉ちゃんなんて大嫌い!」
︎ 時既に遅し。すかさず突撃してくるのは、プニプニおててのクリームパンパンチ。
︎ ヒットポイントをかなり抉られた私は、部屋を出ていく妹にわたわたと動揺しながらあまりにも哀れ過ぎる声を投げかけた。ままま待って!ちょ、嫌いなんて嘘だよね!? 世界で一人だけの可愛い妹に大嫌いなんて言われたら、お姉ちゃん生きていけない!

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