茜屋 葵

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お題『それでいい』

︎︎ ふわりと、絹織のスカートが舞い上がった。シルフィードに弄ばれた裾は白皙の膝を晒し、女の頬を桃色に染める。陽光を知ることのない白さは、熱を持つことで一層男の興奮を誘発するだろう。彼女自身がそう意識していないにも関わらず、それらはファム・ファタールの色香を匂わせてしまう。実際に、ダンスパーティーに訪れていた大抵の紳士淑女の視線の先には華やかな装いをした彼女の姿がある。彼女はその不躾な視線に戸惑っているようで、居づらそうに身を竦ませていた。
 それが哀れでならなかった。
 私が名を呼ぶと、救世主が現れてくれたと言わんばかりに瞳を輝かせて、年齢のわりに幼い顔立ちをした彼女がこちらに駆け寄ってくる。その足取りは些か不安定で、一歩踏み出すごとに膝を折っているようだった。
「ん、ありがとうございます」
 支えるように右手を腰へと回すと、彼女は耳の縁まで血を巡らせ、顔を俯かせる。女は旋毛すら佳麗だった。思わずそこに口付けてしまいそうになるのを必死に押し込め、エスコートするように彼女の左手を優しく包む。だがその際、自身の手が少々汗ばんでいることに気付き、触れたばかりの左手をさっと離す。そして素知らぬふりをして、スラックスのポケットにその手を隠そうとした。自然な動作のはずだったそれらは、しかし、よりにもよって彼女自身の手によって遮られてしまう。
「……わたしと踊ってくださいませんか」
︎ 数秒の逡巡の末、彼女はぽつりとそう零した。予想外な言葉に動揺した私は、一度唾を飲み込み、顎をゆっくりと引く。彼女の瞳が、期待するように煌めいた。
︎『ダメだ。彼女を受け入れてはいけない』
︎ あくまで友人として振舞おうとする自分自身の言葉を無視して、彼女の細やかな腕を掬いあげる。
︎『私は彼女の友人だ。友人でいい。それでいい』
︎ 大袈裟な予備歩を踏みながら、絹織のスカートを巻き込んでターンをする彼女。その姿はまさに、すべての男を魅了するファム・ファタール。
『友人で、良かったはずなのに』

4/4/2023, 1:43:42 PM