『懐かしく思うこと』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
白地にイチゴ柄の包装で包まれたいちごミルクの飴。
小さい頃はあの飴が大好きだった。
いちごが好きなのは今も変わらないけど、
最近はあまり飴を食べない。
先日、職場の事務員さんが「お疲れ様」と言って
あの大好きだったいちごミルクの飴をくれた。
嬉しい以上に幼い頃の思い出がよみがえって
一人懐かしく思った。
あの頃、親しかった友達に会いたくなった。
だけど、今の連絡先が分からないことに
また心がキュッと締め付けられた
『懐かしく思うこと』
いつもの遊び場である落ち葉の降る森に辿り着くと見知らぬこどもがひとりぽつりと佇んでいた。ここに来るのは私ぐらいのものだから嬉しくなった私はその子に駆け寄った。
「あなた、角があるのね?どうやって付けたの?」
頭に角がある子は突然話しかけられて少し驚いた様子を見せたけれど、答えてくれた。
「……生まれつきだ」
「すごい!かっこいい!」
一目でその子を気に入った私は森のいろんなところを案内した。毎年きれいな色のキノコが生えるところ。キツネの巣穴やクマの住処。シカが落とした角を集めたところ。
「私にも角が付けられたらお揃いになるのに」
言うとその子はなぜかもじもじとして、私に身につけていた指輪をくれた。ぴかぴかの土台にキラキラした石が嵌まったきれいな指輪だった。
「俺はもう行かないといけない。でも、また来てやる。これはその約束のために渡す」
「また遊べるのね!ありがとう!」
眩しいものを見るような目で私を見たその子とは日暮れに別れてそれっきり。けれど指輪はあの時から変わらずきれいなままにしわしわの私の指に光っている。
いつかの約束を懐かしく思いながらしばらくぶりに森へと入ると、落ち葉の降る森にはひとりの人がぽつりと佇んでいた。
「すまないな。遅くなってしまった」
私よりも年若く見えるその人には頭に角が生えていた。長い時を経て約束が守られたことに胸があたたかくなる。
「また会えてうれしいわ」
あのときのように駆け寄る気持ちでゆっくりと歩み寄ると、彼は微笑んで手を差し出した。その手に指輪の嵌まった手を取ればこの世界とはそれきりになると、なぜかわかっていた。私は落ち葉の降る光景をひとときじっと見つめながら、決意が固まっていくのを感じ取っていた。
書きためてきた文章
あれやこれやと
思いを巡らせ
いざ投稿
そのプロセスが楽しくて
文章を書き続けた
一旦離れて
よく分かった
呼吸をするように、
歌を歌うように、
頭に浮かんできた言葉を
ペンの先で表現していく
私の一部だったんだ
ノートをめくりながら
そう感じた
ランチタイムの横顔
引き笑いの声
好きなお菓子
他愛のない会話
もう思い出せない
大好きだった君のこと
【懐かしく思うこと】
泣いたら許されるって思ってた頃
『懐かしく思うこと』
私もし死ぬ日を選べたら郷愁滲むこんな秋の昼が良い
「懐かしく思うこと」
『懐かしく思うこと』
「忘れたくても忘れられない、そんな恋の話でも出来たらいいんだろうけれど、生憎そういうこととは縁遠くてね」
そう言って、月を見上げる人の横顔を黙って見ていた。
「なにしろ僕はほら、春が終わる頃には雪解け水になってしまうから」
異国の地で出会ったのは不思議な人で、そばにいると凍えるような冷気を感じる。
そのくせどこか人懐こくて、つい話しかけてしまった。
「東の国にね、素敵な蝋燭を作る子がいるんだ」
金木犀の香りの、淡く光る蝋燭なのだという。
「その蝋燭に火を灯すと、炎の中にいろんなものが見えてきてね」
見知ったもの、見知らぬもの、幼いもの、老いたもの、美しいもの、醜いもの。
不思議と、どれもが懐かしいのだと言う。
「もしかしたら、僕が忘れたくなくても忘れてしまったものを、見せてくれているのかもしれないね」
君にも一本あげよう、と彼は淡く光る蝋燭をくれた。
手にした途端に火が灯り、たくさんの物や人が次々と灯りの中に映し出される。
「人はそれを走馬灯と呼ぶらしい」
彼の言葉を最後に、私の意識が遠のいてゆく。
遭難した雪山で、凍えて動けなくなった私を見ても驚くことなく、最期まで付き合ってくれた不思議な人。
私が今、穏やかな気持ちでいられるのはこの人のおかげだ。
手の中で小さくなる蝋燭の灯り。
私がそれを懐かしく思うことは、もうすぐなくなる。
過去はもう忘れたい
そう思ってもいろいろと思い出す
大半はもう忘れたいこと
記憶というものは
こうもしつこく残るものかと思ってしまう
そんな中でもいくつかは
大切な思い出もある
チキンラーメンを見たら親友を
桑の実を見たら高校の仲間を
全ては捨て切れないと思い知らされる
それでもいいかと思えるようになったのは
今がそれなりに自分の心が平和だからだろうか
「懐かしく思う事」
幼稚園から小学5年生頃まで一緒だったハーフの男の子がいた。
とても目の色が綺麗で、笑う顔が可愛いけれど少し大人びている印象だった。
ある日何がきっかけだったかは忘れてしまったが、その男の子と喧嘩みたいなものをしてしまった。
席が隣だったが私は斜めを向いて男の子側を見ないようにしていた。
授業が始まりノートを取っていると、机に小さく折られた紙が飛んできた。
読んでみると「さっきはごめんね」と書かれていて、男の子の方を見ると口パクで「ごめんね」と言っていた。
その時の目がとても綺麗で、でもしょぼんとしている顔が可愛くて私も口パクで「私もごめん」と言った。
もうずっと昔の事で懐かしく思うけれど、今も尚あの男の子と瞳だけは直ぐに思い出せる。
もう一つの物語
そのとき、領域本体は弾け飛んだ。
技術の知は注意深く、辛抱強く、丁寧に、思いやりをもって伝えられるべきだが、それに不足していたことを、目前の事象が示している。つながりの認識と生きる恩寵に背を向けた心たちは独自の事象展開を顕す。自己の意識の新しい側面を拓き、かつて無い進化への衝動に成就を見るために……
皆、眼を覆って慄く暇など無い。領域本体から離れてしまったフィールドそれぞれの全てに「密度」と「重さ」を付与し、誰ひとり散り散りと“果ての深淵”に飛ばされることの無いよう、周囲を閉じるエネルギーグリッドを構築する。飛び立って難を逃れようとしていた、いくばくかの者も引き寄せられてしまったようだが、数えることもできぬほど多くに散った各「片鱗」を一度に留め保つに、此方から細かな部分を分け隔てて処理することなど、大きなコミュニティであっても手が回らない。彼らは彼らの観を正確に顕すだろう。何にせよ、彼らも自由なのだ。
起こった事態にどう対処するか、多くの次元領域で議論が為された。
認識形態のデザインは「一事象ずつ並べる」。
創造の顕現は「ゆるやかに」。
事象顕現に高次制限を持たせ、守護のレギュレーションを絶え間ないものに設定する。
各「片鱗」の間で伝達による情報共有と手引きを担う者達が決まり、各「片鱗」のその場に赴いて「片鱗」の内部から統合の準備を実行する者達が決まり、同時に領域の各「片鱗」自体に統合帰還を促す者達も決まった。すべて、宇宙の中の闇を闇でなくすため、あらゆる状況で創造の発露がなされるために。
私の居る「片鱗」領域は“地球”と表現されているところだ。“密度の高いあの星”と囁かれるような場所でもある。事象顕現の質に従って各「片鱗」の設定が高度に調整されるが、この星の密度はかなり高い部類に入る。もっと密度の高い「片鱗」もあるが。そのため特殊な展開設定でもあり、この領域で生きる実際は、そこに生まれなければ理解が届かない。似た状態の「片鱗」にて担う仕事のある者は皆、領域の特性理解と自己の能力の発現のために、つまり領域への奉仕に必要充分な要素を学ぶために、いくつもの「転生グリッド」を設ける。異なる時代、状況、そして一貫したテーマのもと、領域内部から直接作用する資質を得るためだ。
一方で、領域のトーンに強く影響を与える存在もある。その影響力が光の少ないものであっても、私たちは内なる光を励起することに尽くすのだが、目下のところ、より良い伝達の方法がないかと探すに専念している。生きて為すこと自体は、領域内の人間たち自らがやらねばならないからだ。
「片鱗」領域を象徴する存在の意識に、空気も介さず聞こえる声がある。自己自身から派生した者達の声だ。派生パーソナリティは存在の持つ「観」の影響を最も色濃く受けてしまい、展開される事象は凄まじいものだ。これがいにしえよりありて、続く今にもあるとは……核心に働きかける機会を掴まねば…
独り閉じているその存在に、自分を責めるな、と言えば「責めてない」と返してきたが、自己処罰に固まっているのが明らかな姿と環境にある。名前のない白い花の中を歩けば足は傷つき血を流し、星々のきらめきを見ない閉ざした目は光の温みを受け取れない。世界の音の鳴りに閉ざした耳は宇宙の鳴りなりを聴けず、戒めて閉ざした口は発するべき願いに力を注げない。己を赦さず孤独の寒さが弥増す在処に、永遠に居続けるつもりかと問いたいが、頑固な心根はまだしばらく解けそうにない。…自分自身が永のいま、ぽろぽろ泣いている自覚からも心を閉ざしているくらいだ。
…いつも光はある。
闇ばかりに注目していれば、当然、光があることに気づかない。ただそれだけなのだが。
幸いにして我らは龍族だ。人間の精神波に鈍く居られることは、我ら自身の仕事を助けてくれるだろう。そして機は熟し、私は、優しいが故に人間の呼び起こす禍津への盾となっていた族(うから)の者達すべてを、そこから引き上げさせた。今は、違う方向での支援が人間をはじめとしたすべての種族と界の力になる時だ。
根源の光を、享けに出ては地球へ戻る。
人間が現在に認識している物語は、いまだ粗大な物理感覚を超えていないが、いつか「片鱗」のエッセンスに気づく。この宇宙の相似形は充ちているが故に。“時間が足りない”などと思う必要はない。時空座標の最も適切なところに、愛と叡智の芽吹きは起こる。すべては同時に起こるが故に。
重なり合い、深く緊密に連なる「地球のもう一つの物語」に、参加していない者はひとりもいない。
自分という物語は深いものなのだ。自分の内なる物語へ意識を向け、入れ篭のような自分の命へ冒険に出るが良い。懐かしくも新しい、自分自身に会いにゆけ。
祖母の家にはよく遊びに行っていた。至る所で畳の匂いがする古い民家だった。玄関も、庭に面した廊下も小学生だった私にはまだ高くて、全身を使ってよじ登った。
その日もだだっ広い田畑の周りを走り回って帰ってきた。どこまで続くか走り続けて、走り疲れたのにまだ田畑が広がっていることに驚き、途端に怖くなったからだ。まるで私一人だけ取り残されたように。
血相変えて帰ってきた私は身振り手振りで事情を説明した。支離滅裂な言葉から内容を汲み取った両親と姉は大笑いした。私は笑われたことにムッとした。すると、頭をポンと優しく撫でられた。振り返れば、目尻を下げて笑う祖母の優しくて少し冷たい手が私の頭に伸びていたのだ。
「ちーちゃん、大人になったら旅をしなさい。もっと広くて素敵なところへ」
祖母がそう言った理由も、言葉の意味もちゃんと理解はしていなかった。けど祖母の柔らかい声に、私は心が温かくなった。
*
思い出は美化されるもの。
私は祖母の遺品を整理しながら、あの時の祖母を思い出そうとしていた。でも棺の中で横たわった青白い顔が脳裏に焼き付いていて離れない。
祖母との唯一の思い出だった。
幼いころから具合が良くなかった祖母は、生まれ育ったこの田舎町で生涯のほとんどを過ごした。朝起きて家事をして、家族の世話を焼いて就寝する。何十年も繰り返す日々の中で、祖母の楽しみはテレビの旅番組だったそうだ。
この田舎町の外には、素敵な世界が広がっている。
祖母は強く憧れた。でも移り住むことも、旅行で出かけることもなかった。ただ細く永く、生きるためだけにこの田舎町に止まった。
幼い私は、この祖母の家がすごく好きだった。自分の家よりすごく大きくて、くつろげると思っていた。
すっかり大人になった私は、幼い私の考えを否定せざるを得なかった。
畳の匂いは湿気ってしまってカビ臭い。よじ登った玄関も縁側も階段の一段と変わらない高さになった。どこまでも広がる田畑は車に乗ればあっという間に抜けてしまった。家族で団欒を過ごした居間は、家主が不在でどんより暗かった。
こんな場所に祖母が縛り付けられていたなんて。そう想像しては無性に泣きたくなった。
この家が素敵だと思い続けるには、外の世界を知りすぎた。
『懐かしく思うこと』
「懐かしく思うこと」
小学生の頃、たまごっちを世話していた
ショッピングモールに設置されているでかたまと通信して買い物をしたり、それなりにやり込んでいた
ある日、知らないうちに世代交代していた
成人していたはずのたまごっちが赤ちゃんになっていたのだ。名前を確認したら酷い名前が付けられていた
弟の仕業である
姉のたまごっちプレイ中に運悪く世代交代に立ち会ってしまった弟は適当な名前を付けプレイを続行してしまった
それが私の逆鱗に触れ、セーブデータをリセットしてしまう。歴代のたまごっちたちも買い物したグッズたちのデータも全て消え去り、私はそのままたまごっちを辞めた
今思えばそこまでしなくても良かったなと思う
俺には懐かしく思い出す出来事など何もない。
緊張の連続の中で生きていた。幼い頃から常に腹を空かしていた。次いつ食べ物にありつけるかわからないから、食べ物がある時には食べられるだけ食べた。風雨を凌げる場所を求めて歩き彷徨った。
周りは敵ばかりだった。強くなければ生き残れないと悟った俺は近づくもの全てに牙を向けた。腕にできた傷も片目がよく見えないのも激しい闘いの証だ。
強くなったが、敵が減ったわけではない。そこらじゅうに敵がいた。いつ誰に襲われるかも分からない日々。
そんな俺に周囲の人間も冷たい目を向ける。
孤独だった。毎日精一杯生きてきただけなのに。
今では年老いて何もせず寝ている事が多くなった。誰かが近づこうがもう闘う気力がない。
ただ、こんな年寄りに闘いを挑むやつもいなくなった。
そっと俺の頭や背中をなでたり、食べ物を持ってきたりする。
仔猫の時分に母親にしてもらったことを思い出す。とても安らかな気持ちになり、無意識にノドを鳴らしてしまう。
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お題:懐かしく思うこと
: 懐かしく思うこと
懐かしく思うことなんて
俺には一つも見当たらない
なんでかって? それは…
俺には懐かしむ余裕なんて
露ほどにもなかったからだよ…
私が作ったおにぎりを見つめながら
彼は小さく呟いた
おにぎりが恥ずかしくないようにと
海苔ですっぽり包んだおにぎり
でも…
彼は静かに話し出した
俺がまだ小さかった頃
母さんがこうやって海苔で全部
包んだおにぎりを作ってくれたんだ
二人ともずっと働き詰めだったから
一人で留守番させるのが
きっと辛かったんだと思う
閉ざされた過去の扉を少し開けたのだろう
ぐっと涙をこらえているのがわかる
でも一人でお留守番できて
とってもえらかったね
そう私が言うと
彼は笑顔を浮かべながら
堪えきれず涙をこぼした
母さんもそう言って抱き締めてくれた
ごめんね、じゃなくてえらかったねって
胸が熱くて苦しくなった
一つ食べてもいい?
どんどん食べて!
うん、うまい、本当に、うまい…
今日という日がいつか
懐かしい思いにかわることを
私は心から願った
桜月夜
《懐かしく思うこと》
幼稚園の頃は誰とでも仲良くできる子だったと思う 幼稚園が大好きで熱出ても休みたがらなかったらしい あの頃の先生たち元気かな。
小学生の頃はよく外で遊んで放課後も友達の家とか公園とか自転車で集まってよいこのチャイムで解散する。
中学生は一気にいろんなことがあったな 好きな先生に限って次年には違う学校行っちゃうしさ。
振り返れば嫌なこともたくさんあった。けど、それよりたくさんの楽しかった思い出がある。
これからだって未来にすすみ続ける限り思い出は増えるしどんどん懐かしい物が増えていく。それが幸せってことなのかなって思ったりして。。
少しずれてしまいましたね、、
仏壇の前に立つと、ひいばあちゃんとひいじいちゃんの写真が微笑んでいる。ひいじいちゃんは写真の中の人、でもひいばあちゃんは、優しい笑顔を今でも覚えている。あの人はいつも私たちを可愛がってくれた。温かい手で包まれるような安心感、あの頃の記憶は宝物だ。
しかし、ある日、救急車の音が響いた。幼い私はその意味が分からず、「待って…!!」と叫んだ。必死に走ったけれど、車には追いつけない。転んでしまった時の恥ずかしさと虚しさが、今でも心に残っている。そして、思い出させる。
それでも、こうして思い出すと、ひいばあちゃんの温もりが蘇る。あの人の優しさは、今も私の中で生き続けている。大切な記憶は、懐かしさと共に心を満たしてくれる。仏壇の前で、彼女に感謝を捧げる。愛された日々を思い出し、私はまた一歩前へ進む。
10月31日(木曜日)
【テーマ:懐かしく思うこと/幼かったあの頃】
懐かしく思うこと
この時期 田舎に帰ると
どこかからほのかに煙のにおいが漂ってくる
おそらく 農家が野焼きをしているのだろう
子どもの頃からそうだった
通学路
夕方の公園
夜の家路
いつも煙たかった
香ばしくて 遠くて 寂しい
あのにおいが大好きだ
田舎あるある
「懐かしく思う事、懐かしく思う琴、懐かしく思う古都。……『古都』っつったら、京都の修学旅行がバチクソに記憶に残ってるわな」
はい、来ました、俺の不得意なエモいお題。
某所在住物書きは相変わらず、天井を見上げて途方に暮れ、しかし予想できていたことではあったので、淡々と今回投稿分に対する作業を開始した。
去年の「懐かしく思うこと」では、東京の「14年ぶり、11月の夏日」なるネタを書いたらしい。
記憶にない。
「千枚漬け。数珠作り体験。まだインバウンドの比較的少なかった頃。懐かしいわな」
今京都に行くなら、絶品というほうじ茶の茶漬けを現地で賞味してくるのに。 物書きは思う。
「食わなかったもんなぁ……」
仕方無い。修学旅行はそういうものである。多分。
――――――
前回投稿分からの続き物。
最近最近の都内某所、某不思議な稲荷神社の敷地内にある自宅兼宿坊の大座敷、真っ昼間。
今回のお題回収役であるところの雪国出身者は名前を藤森といい、「ジャーキーパーティー しょうたいけん」と書かれていると思しき小さなクレヨン画をポケットに入れ、宴会に好意的に招かれて、
子狸と子猫2匹と、子イタチと一緒に
大皿に大量展開された稲荷寿司とジャーキーと、それからバタークッキーとを囲み、
「で、そのおじちゃんは、キツネのこと、『けものくせぇ!』って言ったの!」
マンチカン立ちしながら興奮気味に人語を喋る子狐の話を聞いている。
子狸は化け狸。子イタチは薬を持ったカマイタチ。
子猫は一匹が化け猫でもう一匹は尻尾が2本。
完全に、現実をガン無視している。
藤森はそれらを一切気にしていない。
慣れてしまった。具体的には、去年の3月頃から。
「キツネ、おじちゃんに言ったの。『イナリのキツネにくせぇとは、フケー、不敬であるぞ!』
で、おしおきに、この牙でガブッ!してやったの」
前回投稿分に関する「有ったこと」「無かったこと」を爆盛りして話すウルペスウルペス。
オスだかメスだか知らないが、この子狐と藤森が出会ったのは、去年のひなまつりの丑三つ時。
子狐が藤森の部屋のインターホンを鳴らしたのだ。
『お餅を買って』『このご時世、だれもドアを開けてくれない。1個で良いから、おねがい』
よもやその子狐、藤森が茶っ葉を買いに通っている茶葉屋の店主の「末っ子」だったとは。
誰が信じようか。 誰も信じるものか。
去年の藤森は早々に思考を放棄して、「人語を話し人間に化ける狐」を受け入れた。
細かいことをいちいち気にしていたらキリが無い。
きりが、ないのだ。
「くせぇのおじちゃんを、こーやって、こーやって、キツネ、こらしめて、つかまえてやったの。
そしたら別のおじちゃん、『オキツネさま。悪者をつかまえてくれて、ありがとうございます』って、ジャーキーとクッキーとお稲荷さんをくれたの」
そのとき貰ったものの半分の半分が、今、目の前の大皿に並べてるご馳走なんだよ。えっへん!
コンコン子狐は誇らしく、稲荷寿司とジャーキーとクッキーで膨れたポンポンを、もとい胸を張る。
子狸はただただ羨望の眼差し。藤森は「盛っているんだろうな」とチベットスナギツネ。
そうだ。この子狐とも、かれこれ1年と半年だ。
藤森は「懐かしく思うこと」を、すなわち去年のひなまつりから続く子狐とのふれあいを、
しみじみと、静かに、思い返し、思い返し。
大皿からバタークッキーを1枚取って、しゅくり、ひとくち噛んだ――なかなか美味い。
「くせぇじゃない方のおじちゃん、すごくキレイなとこで、お仕事してたの。お花も木も、果物もいっぱいあって、キレイな川が、流れてたの」
コンコン子狐の話はまだまだ続いている。
「きゅーけーじょ、休憩所には、金色のチョウチョと銀色のチョウチョが飛んでたの」
日本の花と草木と自然の風景を愛する藤森としては、「子狐の証言が事実であれば」、「くせぇじゃない方のおじちゃん」の職場は理想郷そのもの。
で、その理想郷とやらは、どこにあるのか。
「……」
知らない。細かいことを気にしてはいけない。
藤森は思考を放棄して、クッキーを噛んだ。
・懐かしく思うこと
妹が私のくだらない話で息が出来なくなるほど笑ってるあの瞬間、私たちは子供に戻ったんじゃないかと錯覚する。
あの時から私たちは変わってない。
今も昔も似たようなやり取りをし続けている。
それなのにこの瞬間を「懐かしい」と感じてしまうのは、私が、昔の自分と今の自分は違うものだと認識しているからだろう。
それでも傍から見れば私たちは何一つ変わっていないのだから不思議なものである。
懐かしく思うこと…
数日前に自分の賞状ファイルを
引っ張り出してみると
色紙が1枚挟まっていた
小学校の卒業時かな
校長先生からのメッセージと
水彩画が描かれていた
懐かしい〰🤣
✴️196✴️懐かしく思うこと