もう一つの物語
そのとき、領域本体は弾け飛んだ。
技術の知は注意深く、辛抱強く、丁寧に、思いやりをもって伝えられるべきだが、それに不足していたことを、目前の事象が示している。つながりの認識と生きる恩寵に背を向けた心たちは独自の事象展開を顕す。自己の意識の新しい側面を拓き、かつて無い進化への衝動に成就を見るために……
皆、眼を覆って慄く暇など無い。領域本体から離れてしまったフィールドそれぞれの全てに「密度」と「重さ」を付与し、誰ひとり散り散りと“果ての深淵”に飛ばされることの無いよう、周囲を閉じるエネルギーグリッドを構築する。飛び立って難を逃れようとしていた、いくばくかの者も引き寄せられてしまったようだが、数えることもできぬほど多くに散った各「片鱗」を一度に留め保つに、此方から細かな部分を分け隔てて処理することなど、大きなコミュニティであっても手が回らない。彼らは彼らの観を正確に顕すだろう。何にせよ、彼らも自由なのだ。
起こった事態にどう対処するか、多くの次元領域で議論が為された。
認識形態のデザインは「一事象ずつ並べる」。
創造の顕現は「ゆるやかに」。
事象顕現に高次制限を持たせ、守護のレギュレーションを絶え間ないものに設定する。
各「片鱗」の間で伝達による情報共有と手引きを担う者達が決まり、各「片鱗」のその場に赴いて「片鱗」の内部から統合の準備を実行する者達が決まり、同時に領域の各「片鱗」自体に統合帰還を促す者達も決まった。すべて、宇宙の中の闇を闇でなくすため、あらゆる状況で創造の発露がなされるために。
私の居る「片鱗」領域は“地球”と表現されているところだ。“密度の高いあの星”と囁かれるような場所でもある。事象顕現の質に従って各「片鱗」の設定が高度に調整されるが、この星の密度はかなり高い部類に入る。もっと密度の高い「片鱗」もあるが。そのため特殊な展開設定でもあり、この領域で生きる実際は、そこに生まれなければ理解が届かない。似た状態の「片鱗」にて担う仕事のある者は皆、領域の特性理解と自己の能力の発現のために、つまり領域への奉仕に必要充分な要素を学ぶために、いくつもの「転生グリッド」を設ける。異なる時代、状況、そして一貫したテーマのもと、領域内部から直接作用する資質を得るためだ。
一方で、領域のトーンに強く影響を与える存在もある。その影響力が光の少ないものであっても、私たちは内なる光を励起することに尽くすのだが、目下のところ、より良い伝達の方法がないかと探すに専念している。生きて為すこと自体は、領域内の人間たち自らがやらねばならないからだ。
「片鱗」領域を象徴する存在の意識に、空気も介さず聞こえる声がある。自己自身から派生した者達の声だ。派生パーソナリティは存在の持つ「観」の影響を最も色濃く受けてしまい、展開される事象は凄まじいものだ。これがいにしえよりありて、続く今にもあるとは……核心に働きかける機会を掴まねば…
独り閉じているその存在に、自分を責めるな、と言えば「責めてない」と返してきたが、自己処罰に固まっているのが明らかな姿と環境にある。名前のない白い花の中を歩けば足は傷つき血を流し、星々のきらめきを見ない閉ざした目は光の温みを受け取れない。世界の音の鳴りに閉ざした耳は宇宙の鳴りなりを聴けず、戒めて閉ざした口は発するべき願いに力を注げない。己を赦さず孤独の寒さが弥増す在処に、永遠に居続けるつもりかと問いたいが、頑固な心根はまだしばらく解けそうにない。…自分自身が永のいま、ぽろぽろ泣いている自覚からも心を閉ざしているくらいだ。
…いつも光はある。
闇ばかりに注目していれば、当然、光があることに気づかない。ただそれだけなのだが。
幸いにして我らは龍族だ。人間の精神波に鈍く居られることは、我ら自身の仕事を助けてくれるだろう。そして機は熟し、私は、優しいが故に人間の呼び起こす禍津への盾となっていた族(うから)の者達すべてを、そこから引き上げさせた。今は、違う方向での支援が人間をはじめとしたすべての種族と界の力になる時だ。
根源の光を、享けに出ては地球へ戻る。
人間が現在に認識している物語は、いまだ粗大な物理感覚を超えていないが、いつか「片鱗」のエッセンスに気づく。この宇宙の相似形は充ちているが故に。“時間が足りない”などと思う必要はない。時空座標の最も適切なところに、愛と叡智の芽吹きは起こる。すべては同時に起こるが故に。
重なり合い、深く緊密に連なる「地球のもう一つの物語」に、参加していない者はひとりもいない。
自分という物語は深いものなのだ。自分の内なる物語へ意識を向け、入れ篭のような自分の命へ冒険に出るが良い。懐かしくも新しい、自分自身に会いにゆけ。
10/31/2024, 4:30:48 AM