『怖がり』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
勿忘草(わすれなぐさ)
語り部登場。
それは償い
それは語り継がれる記憶
それは新しい生き方
語り部 ここは動物自然保護区内にある勿忘草動物王国。小さな国ならスッポリ入る程の広大な草原に大小様々な動物が暮らす自然の楽園。所々に群生する勿忘草はこの国のシンボルとなっております。
動物王国に対立する二つの名家があり。肉食動物を代表するライオン家と、草食動物を代表するシマウマ家。ライオン家にはレオと言う一人の若者がおり、十六才になる美少年は立派なたてがみ、力強い爪、逞しい身体を持ち、ライオンだけでなく肉食動物全体から愛されていた。
シマウマ家にはサラレットと言う十四才の娘がおり、長く美しいたてがみ、大きな瞳は光輝き、声はヒバリに例えられる。草食動物全体から宝の様に扱われていた。この物語は二人の若者が真実の愛を求める所から始まるのであります。
(退場)
第一場
ライオン家の屋敷(幕前での芝居)
ライオネル レオ、どうした浮かない顔をして?
レオ なんだライオネルか?放っておいてくれ、今の僕を慰める術はない。
ライオネル なんだ?恋煩いか?ライオン族一番の美男子を腑抜けにしたのはどこのご令嬢だい?
レオ 僕は胸を焦がす様な恋愛をしたことがない。それが悩みでね。
ライオネル なんだぁ?モテる男の悩みは複雑だなぁ。なぁ、水飲み場に行かないか?あそこなら色んな肉食動物がいる。お前の悩みを満たしてくれる女の子がいるかもしれないぞ。
レオ 友人の頼みだ。行くとしよう。しかし女性を知れば知るほど真実の愛は遠ざかる。運命の女神は当たりのないクジを回させるぼったくり屋に違いない。 (退場)
シマウマの集落(幕前)
ウマーシオ どうしたサラレット?もうすぐ婚約だと言うのに浮かない顔をして?
サラレット お兄様、私、あの方との結婚なんてごめんです。
ウマーシオ ホース殿は立派な方じゃないか。
サラレット だって酷い馬面なんですもの。
ウマーシオ 仕方がないじゃないか、シマウマなんだから。
サラレット それに鼻息が荒いんですもの。顔に鼻息がかかったとき、身の毛がよだつ思いだったわ。
ウマーシオ 仕方がないじゃないか、シマウマなんだから。そうだ、この兄と水飲み場に行こう。色んな草食動物がいるし、鳥たちの合唱も聞けて楽しいぞ。
サラレット 行きましょう。あの方がいない所ならどこであっても、インドにあると言うシャングリラよりも素晴らしい所に違いないわ。 (退場)
第二場
水飲み場
(オアシスの上手側にライオネルとレオが板付き)
ライオネル 相変わらず水飲み場は賑やかだなぁ。おい、見ろよ、あそこにゾウ博士がいるぞ。ここの管理者のゾウ博士は水飲み場での争いを禁じ、禁を破った者は水飲み場どころか、勿忘草動物王国から追放されるらしいぞ。
レオ ゾウ博士は賢い方だ。安全に水を飲める環境を作ることが動物王国に住む全ての動物にとって有益だと言うことを理解されてるのさ。
ライオネル ふーん、そんなことよりさ、あそこの豹柄のメヒョウがこっちに流し目を送ってるのに気付いているか?お前はどっちの子が好みだ?俺は右側のお嬢さんがいいと思うんだけど。
レオ ライオネル、女の子を誘いたいなら行ってきたらいいよ。俺はここで待っているから。
ライオネル そうか?じゃあ、ちょっくら行ってくるな。
(退場)
レオ 全くライオネルの女好きは相変わらずだな。
チーターのキヨコ登場。
キヨコ レオ様ではありませんか?私、チーター族のキヨコといいます。もしよろしければご一緒させて頂いても構いませんか?
レオ すみません。連れがいますので。
キヨコ では、その連れの方もご一緒すると言うのはいかがですか?
レオ キヨコさん、お誘いは嬉しいのですが、今日は日が悪いので、また改めてお誘い頂けませんか?
キヨコ 分かりました。ではいずれまた、必ずですよ。
(退場)
レオ やれやれ、目立ってしょうがないな。念の為に持ってきたヌーの被り物を取りに行ってくるか。 (退場)
サラレットとウマーシオ下手側に登場。
ウマーシオ サラレット、ここで待っていなさい。私が水を汲んで来よう。ただし、肉食動物に見つからない様にヌーの被り物を身につけておくんだぞ。
サラレット はいお兄様。食事をした後の牛の様にだらしなく横になっておきますわ。
(ウマーシオ退場)
レオ登場。
レオ ヌーのお嬢さん、大丈夫ですか?そんな所で寝ていたら風邪をひきますよ。
サラレット お気になさらないで、ヌーはヌーらしく怠惰に寝ているだけですから
レオ それは失礼致しました。てっきり月の女神が夜の世界に戻れず取り残され、太陽の王子の助けを待っているかのように思えたので。
サラレット あら?まるで自分が太陽の王子であるかのような仰りよう。確かにヌーにしては逞しい身体。さぞや沢山の乙女の心を、その炎で焚き付けて来たのでしょうね。だけど私の氷の心は太陽の火でも溶かすことはできなくてよ。
レオ 月の女神かと思ったら氷の女王でしたか?だけど太陽と月は決して交わることがない、しかし氷の女王ならば寄り添うことができる。お願いです、あなたの側に行く許可を頂けませんか?
サラレット いいでしょう。そのヌーの長い舌で私のひづめにキスをしなさい。
レオ あいにく私の舌は短いのですが、その短い舌もあなたの美しさを讃えるには差し支えありません。
(レオはサラレットのヒヅメを手に取る)
レオ その輝く瞳。まるで宝石を盗んできて埋め込んだかのよう。いや、北の夜空に一際強く輝く星。その北の明星があなたの美しさにほだされ、輝きの一部を分け与えたのかもしれない。そしてこのヒヅメのついた前足は水鳥の羽毛の様に軽く、柔らかく、その肌触りを知ったものは頬を寄せずにはいられるない。 (レオはサラレットに口付けをする。口付けは長い)
サラレット 随分と情熱的なキスをするのね?まさか、その情熱的なキスの力で私の氷の心を溶かそうとでもするつもり?
レオ お望みならば溶かして見せましょう。
サラレット せいぜい頑張ってみることね。あなたが骨抜きになって崩れ落ちる未来が見えるわ。
(レオとサラレットは口付けをするためにヌーの被り物を脱ぐ)
レオ 君はまさかサラレット?
サラレット あなたはまさかレオ?
ウマーシオ登場。
ウマーシオ おいそこの肉食獣、サラレットから離れろ。
この卑しいケダモノめ、サラレットに何をした?
レオ 待ってくれウマーシオ、僕は君と争うつもりはない。誓ってサラレットを辱めるようなことはしていない。
ウマーシオ 気安く妹の名を呼ぶな!腰抜けめが!積年の恨み、今こそ晴らしてくれる。
サラレット 兄さんやめて、ここは水飲み場よ。
ライオネル登場。
ライオネル レオ?どうした?そこにいるのか?やや、貴様はシマウマ家一番の暴れん坊ウマーシオ。我々ライオン家に喧嘩を売るとは、力はサイの様に強くてもおつむはダチョウの様に悪いらしい。お前の首をへし折って、鈴の様に小さな脳みそを楽器代わりに演奏してやろう。
ウマーシオ お前はライオネルか?レオの腰巾着。お前では俺には役不足。俺の相手になるのはレオだけだ。ただしお前が無謀にも、俺に挑むというなら止めはせぬ。お前の皮をひん剥いて我が家の敷物にしてやろう。
レオ やめてくれ、ライオネル。
サラレット やめて兄さん。
ゾウ博士 やめんか愚か者。
ゾウ博士と従者二名登場。
ゾウ博士 ここを水飲み場だと知っての狼藉か?ことはお前たちの責任に留まらないぞ。おい、ライオン家とシマウマ家の当主を呼んでこい。 (従者達は退場)
シシーセク、ゼブラル登場。
シシーセク ライオン家の当主、シシーセクでございます。
ゼブラル シマウマ家当主のゼブラルでございます。
ゾウ博士 お前たち、この度のライオネルとウマーシオが起こした騒ぎの責任をどう取るつもりか?この様な騒ぎが起こるのもお前たちが普段から歪み合っているからではないのか?
シシーセク この度の水飲み場での騒ぎの責任は全て私にございます。しかし一歩外に出れば、シマウマは所詮ライオンのエサ。黙って食べられていればいいものを、生意気に不平不満を漏らします。これでは仲良くしたくても仲良くしようがございません。
ゼブラル この度の水飲み場での騒ぎの責任は全て私にございます。しかし一歩外に出れば、シマウマは追われる物でライオンは追う物。我々シマウマがいなければ、ライオンなど飢えて直ぐにでも滅びの道を行くはず。言うなれば我々に生かされているも同然。我々を見る度に感謝の言葉を述べるのが筋なのに、あろうことか傲慢の態度を示します。これでは仲良くしたくても仲良くしようがありません。
ゾウ博士 私は動物王国最強のゾウ家の当主。同じ草を喰むシマウマをこの世から根絶やしにすることも可能だろう。子像を危険に晒すライオンにも同じことが言えよう。子像を守るためならばいつでも滅ぼす準備はできているぞ。
シシーセク どうかお気持ちを沈めてくだされ。長針と短針が協力して時を進めるようにシマウマ家と協力して動物王国の平和を守ります。
ゼブラル 体があっても心が無ければ動かないように、心があっても体がなければ思いを表す事はできない様に、心と体は常に同体。シマウマ家とライオン家も同体となって動物王国の平和を守ります。
ゾウ博士 今の言葉、しかと忘れるでないぞ。 (退場)
シシーセク レオ、お前はライオン家の次期当主、つまらない事に巻き込まれるでないぞ。(シシーセクとレオ退場)
ゼブラル サラレット、お前は婚約を控える身、つまらない事に巻き込まれるでないぞ。(ゼブラルとサラレット退場)
第三場
夜。シマウマ家の邸宅。バルコニーに立つサラレット。
サラレット ああ、憎たらしい、あのレオと言う男。忌むべきライオン家の分際で私を誘惑しようとするなんて、ちょっとばかり顔がいいからって許せない。身体付きも最高だったわね、声なんかハチミツかけたマシュマロより甘ったるくって、ああ、レオ様、私の運命の人、私を照らしだす太陽。早く迎えに来て、さもなくばペガサスの翼をむしり取って、私とあなたの間にある障害を全て飛び越え、抱きしめに行くわ。
レオ登場。
レオ その声はサラレットかい?
サラレット その声はレオ様?どうしてここに?
レオ 君と言う月の光を辿っていたらこんな所まで来てしまったよ。僕は光に集まる哀れな虫。命の限り羽ばたいても月はまだ遠い。サラレットと言う月は手を伸ばせば届きそうなのに、種族の壁に阻まれて恐ろしいほど遠い。
サラレット あなたの牙がいけないの。魅力的な唇に隠されたその牙が、我々シマウマを怯えさせる。
レオ サラレットの求めならば私は牙を捨てよう。
(レオは牙を捨て去る)
レオ さぁ、どうだい?これでもう怖くないだろ?
サラレット ダメよ、ダメ、まだ爪があるじゃない。その恐ろしい爪を私から遠ざけて。
レオ ほらこれでいいだろ?私の胸に飛び込んでおいで。
(レオは爪を外す)
(サラレットはバルコニーから庭に降りてくる)
サラレット 私、この人と結婚するのね。でもこの蹄では結婚指輪をはめることもできない。
レオ だったら蹄を取り除けばいい。
(サラレットは蹄を取る)
(レオとサラレットは手を握り合う)
レオ 明日、夜が明けたらすぐにゾウ博士の所に行こう、そして永遠の婚約を誓おう。
サラレット 夜明けが待ち遠しいわ。夜泣きのフクロウは早く寝床に帰って、朝を知らせるキジバトがやってきやすいように。
レオ 夜の帷が開ける。そろそろ戻らないと。朝になったらゾウ博士の下へ待ち合わせだ、いいね?
サラレット もう行ってしまうの?いつまでもこうしていたい。眠りの神ヒュプノスよ、朝日に眠りの魔法をかけて下さい。太陽だってたまには寝坊したっていいでしょう?ほんの一時間でいいから。
レオ 夜が明けるのが遅れたら僕らの婚約もその分伸びる。
サラレット ああ、そうだわ。若い恋人達には、愛し合う時間は足りないのに、離れている時間は永遠のように感じる。時間を司る神が私たちに嫉妬して、いたずらしているのね。
レオ サラレット、僕の美しい妻、嫉妬しているのは美の女神ヴィーナスの方さ。美しい物を神が作りし造形などと賛美する場合があるが、神に嫉妬されるサラレットの美しさはいかようにして生まれたのか?最高の美とは神の力を逃れた所にあるのか。
サラレット レオはアポロンの化身。その美貌と詩で私を包み込む。結婚の誓いをせずとも私の全てはあなたの物。私達の婚約は決して皆から祝福されないかもしれない。天に住む神々だけが私達の味方。だから伝えましょう私達の思いを神々へ。
レオ 神々へ。 (レオとサラレット退場)
第四場
水飲み場
(ゾウ博士がいる)
レオとサラレットは手を繋いで登場。
ゾウ博士 こりゃ驚いた。ライオンとシマウマが手を取り合ってやってくる。こりゃ雨になるな。いや、雪か?
レオ ゾウ博士、今日はお願いがあってやって参りました。僕たちの結婚の承認になって下さい。
ゾウ博士 レオとサラレットが結婚?動物王国始まって以来の大事件だ。お前たち、種を超えての結婚にどれ程の困難が待っているのか理解しているのか?
レオ 分かっています。
ゾウ博士 ましてや、お前たちの家はお互い犬猿の仲。家族からは猛反対を受けるぞ、それも分かっているのか?
サラレット 分かっています。
ゾウ博士 うーむ。若者たちはいつの時代も無鉄砲で恐れを知らぬ、ましてや恋は盲目、そびえ立つ障害を甘いチョコレートの様に、二人の仲を引き裂こうとする物を、長年の親友の様に感じるもの。婚約を止めた所で、愛を燃え上がらせるだけ、いっそ認めてしまうのが吉か。
レオ では早速、私はサラレットを一生愛すると誓います。
サラレット 私はレオを一生愛すると誓います。
ゾウ博士 待て待て、ムードもへったくれもありゃしない。勿忘草の洞窟に行こう。先祖の眠るあの美しい遺跡ならお前たちの婚姻にぴったりだ。
レオ それは素晴らしいアイディアです。ゾウ博士様素敵な場所を選んでいただきありがとうございます。
サラレット そうと決まれば早く参りましょう。勿忘草のバージンロードを通って。
(サラレットはゾウ博士と腕を組む)
ゾウ博士 おいおい、急かすな急かすな。本当に困った奴らじゃ。ワッハッハ。
(ゾウ博士、レオ、サラレット退場)
ライオネル登場。
ライオネル 忌々しいシマウマどもめ、根絶やしにしてやりたいが、ゾウ博士に誓った手前、それもできない。おや?今日は博士はいないのか?ゾウもシマウマこの世からいなくなればライオンの天下がやってくるのに、ままならないものだなぁ。
ウマーシオ登場。
ウマーシオ おやおや、ライオネルさんじゃありませんか?
どうしました?お一人で?メス漁りが上手く行っていないんですか?いけませんね、ご主人のレオさんと一緒に行動しないと。腰巾着には腰巾着の習いと言うものがありますよ。
ライオネル 安っぽい挑発には乗らんぞウマーシオ。不戦の誓いを忘れたか?それとも俺が誓いを守って大人しくしていると油断しているのか?あいにくゾウ博士はいない。貴様を八つ裂きにしてドブ川に放り込むことだってできるんだ。
ウマーシオ お前こそいいのか?狩られる物の気持ちを味わう事になるぞ。積年の恨み、忘れろと言われて忘れられるものか!
(ライオネルとウマーシオは激しい戦いを繰り広げる)
(ウマーシオの前足がライオネルの腹に突き刺さり、突き刺さった蹄が体を貫通して血に染まっている)
ライオネル 見事だ、ウマーシオ。シマウマがライオンを倒すとはな。だが次はないぞ。レオがきっと仇を取ってくれる。 (崩れ落ちる)
ウマーシオ さすが肉食獣、死に際にも誇りを忘れんか。ライオネルをやったら次はレオだ。手強いやつだ。だがここまで来たらやるしかない。俺はシマウマ誕生以来の英雄になるか、それとも禁を破った不届者として蔑まれるか、運命よ、どうか味方してくれ。挫けそうになる心を奮い立たせてくれ。 (退場)
ライオネル 畜生、痛ぇよ。死にたくない。レオどこだ?仇を取ってくれ。お前ならできる。ドジで、短気で、間抜けの俺と親友になってくれてありがとう。お前はみんなの憧れで、それが俺には誇らしかった。死ぬ前にもう一度伝えたい。俺がどんなに感謝しているかを。
第五場
勿忘草の洞窟
ゾウ博士 さぁ、若き恋人達よ、手を取り合って神々に結婚の誓いを行うのだ。自らの愛の深さを証明しなさい。
レオ この大地が裂けようとも、私、レオは、サラレットの手を離さないことを誓います。サラレットの前に壁が現れたら愛を剣にして戦い。サラレットに槍が降ってきたら愛を盾にして守ることを誓います。
サラレット 私、サラレットは呼吸をする度にレオを愛せる様に、心臓にレオの名を刻みます。朝起きてから陽が沈むまでレオを愛で満たし、愛で喉を潤し、愛の芽を出し、愛の花を咲かせ、愛の果実で飢えさせません。
ゾウ博士 神の代弁者として、二人の宣誓が誠の魂から発せられ、偽りのない口を用いて語られた物であると認めよう。
さぁ、二人とも婚礼は成された。これからはレオはサラレットの夫を名乗り、サラレットはレオの妻と名乗るがよい。
レオ・サラレット ありがとうございます。
ゾウ博士 しかし、これからどうするのだ?お前たちの結婚を発表したら大騒ぎになると思うが?
レオ 今、ライオンとシマウマは戦うことを禁じられてどちらも手を出すことができません。偽りの平和かも知れませんが、僕らの結婚が二つの種族に真実の平和をもたらす事が出来たらと思います。
ゾウ博士 いい志だ。私も協力させて貰うよ。
サラレット ありがとうございます。
ウマーシオ登場。
ウマーシオ レオ、そこで何をしている?おやおや、これはビックリだ。キバはどうした?あの全ての動物を恐れさせ、狩られる側の草食動物さえも憧れたあの美しい牙は?さらには爪はどうしたのだ?あらゆる物を切断した、あの鋭利な爪は?ハッハッハ、これは笑いが止まらん、今なら貴様のことを簡単に倒せそうだ。
レオ 牙と爪は取ったんだ。草食動物と仲良くしたくて、これなら怖くないだろ?
ウマーシオ ハッハッハ、仲良くしたいだと?これだからお前らライオンの脳みそは小さいと言うのだ。やい、糞虫、石ころ、乞食野郎。お前が仲良くするのは、ウジの涌いた死体だ。俺が引き合わせてやる。
レオ 何という暴言の数々、貴様こそあの世に連れてってやろうかぁ、ぁぁぁ、と言うのは冗談で、俺が仲良くしたいのは、ウマーシオ、君だ。君は君に引き合わせてくれればそれでいい。
ウマーシオ これがライオン家の希望の星と言われたレオなのか?お前の父親シシーセクも今じゃ老いぼれだ。一族諸共この俺が滅ぼしてやる。
レオ 俺への侮辱までならまだしも、家族を愚弄することは許さんぞぉ、ぉぉぉ、と言うのは誤解で、君も家族みたいなもんだな?お兄様と呼んでもいいかい?
ウマーシオ 穢らわしい。お前に兄などと呼ばれたくはない。二度と口を聞けない様にしてやる。
サラレット やめてお兄様。
ウマーシオ サラレット、何故その様な所にいる?
サラレット 私はレオと結婚したの。
ウマーシオ お前まで気が触れたか?
ゾウ博士 サラレットの言葉は真実だ。私が保証しよう。それを聞いてどうする?ウマーシオ?
ウマーシオ ぶっ殺してやる。ライオネルの様に。
レオ 今なんと言った?
ライオネルが這いつくばって登場。
ライオネル レオ、そこにいるか?俺はもう駄目だ。最後に一言伝えたい事があるんだ、こちらに来てくれるかい?
レオ ライオネル! (ライオネルの下に駆け寄る)
ライオネル ゾウ博士の命令を無視した結果がこれだ。情けねぇよなシマウマにやられちまうなんて。俺はさ、落ちこぼれだし、狩りも下手だし、俺の唯一の取り柄はお前と仲良くできた事だと思ってんだ。レオ、一人であの世に行くのは寂しいよ。仇を取ってくれ、やっくれるか?レオ?
レオ ああ、約束する。
ライオネル ありがとう。 (絶命)
レオ ウマーシオ、ライオネルの仇を打たせてもらうぞ。
ウマーシオ 牙と爪のないお前にできるか?
レオ うおー。
(レオはウマーシオに突進する。拳を出すウマーシオ、しかしレオの後ろ足がウマーシオの腹に先に届く)
ウマーシオ 後ろ足には爪が残っていたか。
(ウマーシオ倒れる)
サラレット 兄さん!
レオ ああ、俺はサラレットの兄弟になんてことをしてしまったんだ。
サラレット これが私たちに立ち塞がる種の壁。だけど二人なら乗り越えられるでしょ?
シシーセクとゼブラル登場。
シシーセク なんの騒ぎだ?おや、ライオネルが倒れている。なんて事だ、ライオネルが死んでいる。誰だ?我が甥を殺したのは?
ゼブラル ウマーシオも倒れている。どうしてこんな事になった?我が愛しい息子に手をかけた者は誰だ?
ゾウ博士 ライオネルをウマーシオが殺し、ウマーシオをレオが殺した。
ゼブラル なんですと、それは本当ですか?
ゾウ博士 本当だ。先にライオネルがレオを挑発し、レオは友人を殺された復讐のためにウマーシオを殺した。
ゼブラル 例え事情があろうとも、約束を違えたのは事実、シシーセク殿、どの様にケジメをつけるつもりか?
サラレット お父様、シマウマ家はウマーシオを失い、ライオン家はライオネルを失った。お互い痛み分けで水に流せばいいではないですか?
ゼブラル サラレットは黙っていなさい。お前は兄を殺されても平気なのか?いったい誰に似たのか。さぁ、シシーセク殿、返答は如何に?
シシーセク レオよ、ウマーシオを殺したのは真実か?
レオ 誓って真実です。
シシーセク 友人の仇を討ったお前の行動、実に男気がある。百獣の王としての誇りを守ったな。だが、約束を反故にした以上、お前を罰せねば肉食動物を率いる者としての示しが付かない。レオ、お前は追放だ。
レオ 父上、今まで育てて頂きありがとうございました。恩を仇で返す様な真似をして申し訳ありません。くれぐれもお体にお気を付けて、母によろしくお伝えください。
(レオ退場)
シシーセク レオよ、我が宝。達者に生きろよ。
(シシーセク退場)
サラレット レオー、行かないで、レオー。
ゼブラル 敵の名を呼ぶとはなんたる痴れ者。自由に育て過ぎてしまったか。サラレット、ホース殿との結婚を命じる。そのつもりで支度しなさい。
サラレット いやよ、あんな馬面。
ゼブラル 言うことを聞きなさい。
サラレット 離して、私はレオの元に向かう。
ゼブラル さぁ、来なさい。花嫁衣装を見繕ってやる。
(ゼブラルはサラレットの手を引っ張って退場)
ゾウ博士 私が課したルールのせいでこの様な悲劇が生まれてしまった。私は守らなくてはならない、愛し合う二人の若者を。 (ゾウ博士退場)
語り部登場
サラレット レオー、置いてかないでー。
語り部 今の悲痛な叫びをお聞きになりましたか?しかし悲劇は終幕に向かってどんどん加速して行きます。この悲劇で、喜劇な物語。最後までお楽しみ頂きますよう。
第六場
水飲み場 ゾウ博士がいる。
サラレット登場。
サラレット 博士様、助けて下さい、お父様が、結婚の日取りを明後日と決めてしまいました。しかしホース様との結婚は神がお許しにならないでしょう。私には神に誓ったレオと言う人がいるのだから。
ゾウ博士 真実を話されたらどうかね?私が証人になるが。
サラレット ダメよダメ。今、お父様はウマーシオを殺された恨みでライオンのラの字を聞いただけで怒り狂う。私がレオと結ばれたことを知ったら何をするか分からないわ。
ゾウ博士 そうでしょうなぁ。
サラレット もうダメ。全てを投げ出してレオを追いかけるわ。もしくは自らの喉元にナイフを突き立て、若い命を儚く散らしやる。
ゾウ博士 今のサラレットならやりかねないな。しかし、本当に死をも恐れぬ覚悟があるのなら私に案が無いわけでは無いぞ。
サラレット 博士さま、レオと再び会えるなら、私どんなことでもできます。
ゾウ博士 それでは一度シマウマ家に戻り、条件付きで結婚の承諾をするのだ。その条件とは式の前日に勿忘草の洞窟で一泊すること。勿忘草の洞窟は、元来、身を清めるための聖地。度重なる不幸に蝕まれた体を、聖地の力で洗い流し、一から出直したいと要求するのだ。そうして勿忘草の洞窟に一泊することになったなら、石棺の中で眠るのだ。あの石棺には不思議な力があって、人を仮死状態にする。翌朝、仮死状態となったお前を見つけたゼブラルは悲しみに襲われる。そして傍に置かれた遺書を見つけて読み上げる。遺書にはこうある。お父様、先立つ不幸をお許し下さい。私はホース殿と結婚できない理由があるのです。何故なら三日前、私はレオと生涯夫婦であることを誓い合ったのです。お父様の希望に沿えなくて申し訳ございません。その怒りを私の死を以てお収め頂けたら嬉しいです。私はレオを命をかけて愛しています。レオのいない人生なんて死んだほうがまし、私たちは天国で幸せに暮らします。もしも叶うならお父様とシシーセク様がわだかまりを捨て、動物王国の未来のため、手を取り合って欲しいのです。
サラレット なんて美しい。なんて悲劇。若く美しい新妻が運命に翻弄されて命を絶つ。この話を聞いた者は、例え怒り狂う猛獣であっても、その身を震わせて頬を濡らすでしょう。博士様、そのシナリオ気に入りましたわ。
ゾウ博士 手順は覚えたな?レオに手紙を出すのも忘れるなよ。妻が自殺したと勘違いしたら大変だからな。
サラレット 任せて博士様。(退場)
ゾウ博士 もう行ってしまった。先代のゾウ博士達よ、若い二人の行く末を見守りたまえ。
第七幕
辺境の地
レオ 追放され、彷徨う内、この様な辺境の地に来てしまった。縁もゆかりも無いこの土地で、草食動物達は大人しく私に狩られてくれるだろうか?
(影芝居によるハイエナ達のセリフ、レオは姿なき者に対して怯える)
ハイエナA あいつレオじゃないか?動物王国を追放されたと言う。
ハイエナB 本当だ。なんて見窄らしい姿だ。服もボロボロ、牙や爪も無くしちゃって、あれで本当にライオンか?
ハイエナA 今まで威張り散らして来たツケが回って来たんだ。おい、やっちまおうぜ。
ハイエナB やっちまおう。
(ベールを巻いたチーター家のキヨコ登場)
キヨコ レオ様、こちらです。
レオ あなたは?キヨコさんですか?
キヨコ ここはチーター家の隠れ家の一つ。ここまで来ればもう安心。ゆっくりくつろいで下さい。
レオ まさかこんな所でキヨコさんに助けられるとは。
キヨコ レオ様が我が領地の近くに落ち延びたと言う噂を聞きつけて、駆け足でやって来ましたの。足には自信があるんです。
レオ なんとお礼を言ったらいいか。
キヨコ 礼など結構です。ただ水飲み場での約束を果たして頂けたら。
レオ キヨコさん、あの時の約束なのですが・・
キヨコ 分かっていますわ。意中の方がいらっしゃるのね。やつれた顔をしているのに、その目に宿る恋の炎は燃え上がっていらっしゃいますよ。
レオ キヨコさんには敵わないな。
キヨコ レオ様、もちろん私も他のメス同様、あなたをお慕いしておりました。でもそれだけじゃないんです。実はまだ私が幼少だった頃、ハイエナの群れに囲まれた事がありました。その時、助けに入って下さったのがレオさまだったのです。私はそれ以来、あなたに恩返しをしなければと思って生きてきました。
レオ あの時の子チーターはキヨコさんでしたか。
キヨコ レオ様だって、子ライオンでしたわ。でも小さいのに勇ましくて、神々しくて、その輝きはますます増すばかり。今回のことも訳があってのことだと分かっております。私は何があってもレオ様のことを信じておりますわ。
レオ ありがとうキヨコさん。僕は無二の親友を亡くしてしまった。でもまた親友を見つける事が出来たよ。
キヨコ レオ様と親友だなんて誇らしいですわ。さぁ、お疲れでしょう。布団を用意してあります。どうかお眠りになって。
レオ お言葉に甘えさせて貰うよ。流石の僕も疲れたよ。
(退場)
キヨコ 今、レオ様は頼れる人がいない。私がお守りしなくては。
ダチョウのダーヨ登場。
ダーヨ ごめんくださいだーよ。こちらにレオ様がいると聞いたんですけーど、いらっしゃいますかだーよ?
キヨコ 何者です?ここはチーター家の屋敷ですよ。
ダーヨ ダーヨはダチョウのダーヨだよ。シマウマ家のサラレット様に頼まれた伝言があるんだーよ。
キヨコ シマウマ家?ライオン家とは仇敵じゃないの?その様な物が何様ですか?
ダーヨ サラレット様からの伝言だと伝えて貰えばきっと分かるだーよ。
キヨコ レオ様はお疲れで寝てらっしゃる。また日を改めなさい。
レオ登場。
レオ キヨコさん、どうしました?
キヨコ レオ様にサラレットからの伝言を届けに来た者が。
レオ サラレットから?会おう。
キヨコ お会いになりますか?そこの者、入ってきなさい。
ダーヨ お初によ、お目に掛かりますだーよ。ダチョウのダーヨと言いますだーよ。レオ様に申しあげる事がありますだよ。サラレット様はホース卿との結婚を無理強いされたよ。サラレット様は思い悩んで、自殺を図る事にしたんだよ。確か伝言は、私は死ぬけど心は常にあなたと共にある。だった様な気がするだーよ。
レオ こうしてはいられない。急いで止めなければ。
(退場)
ダーヨ もう行ってしまったよ。伝言には続きがあったんだーよ。
キヨコ 大変じゃない。早く追いかけて続きを伝えてきなさい。
ダーヨ だけど、内容を忘れてしまったんだーよ。
キヨコ 馬鹿なダチョウね。何とか思い出せませんか?
ダーヨ 思い出せないよ。好物のほうれん草のソテーを食べれば思い出せるかもしれないよ。
キヨコ 図々しいダチョウね。ちょっと待ってなさい。
(退場)
ダーヨ ご迷惑をおかけするだーよ。
キヨコはほうれん草のソテーを持って登場。
ダーヨ 美味そうな匂いがするだーよ。食べていいでしょ?
キヨコ さっさと食べて思い出しなさい。
ダーヨ いやぁ、美味しいだーよ。おっ、思い出したよ。ダーヨが頭が悪くて間違った事ばかり言うから、手紙を預かって来たんだーよ。
キヨコ さっさと手紙を渡しなさい。
(キヨコはダーヨから手紙を受け取り内容を確認する)
キヨコ 全然話がちがうじゃない。ゼブラル卿とホース卿に結婚を諦めさせるため、サラレットが仮死状態になって死んだフリをする。サラレットが死んだと思ってゼブラル卿とホース卿が結婚を諦めた所で生き返るから、その時は私を連れて一緒に逃げて。
ダーヨ そうそう、そんな内容だったよう。
キヨコ 嫌な予感がするわ。レオ様が勘違いして早まった行動に出なければいいのだけど。
第八場
勿忘草の洞窟
ゼブラル登場。
ゼブラル サラレット、いつまで寝ているんだ?迎えに来たぞ。サラレット?なんて事だ、氷の様に冷たい。あの太陽の様な笑顔を持っていた我が娘が。誰がサラレットの命を奪ったのだ?悪魔がその小さな命の蕾を摘み取ったのか?それとも天使が、その徳の高さ故に早めに天に導いてしまったのか?何故だ神よ、二人にあらん限りの才能を与え、天使の様な二人を作り上げたのに、なにゆえにそれを散らしてしまったのだ?酒だ、酒はどこだ?この悲しみに耐えられる強い酒を、この苦しさを紛らわせるくれる強い酒を。今すぐに持って来てくれ! (退場)
レオ登場。
レオ サラレットどこだ?ああ、サラレット、まさか、本当に死んでしまったのか?何故死を選んだ?何故、俺を待てなかった?そして何故俺はサラレットを奪い去らなかった?あの時、父からの追放を言い渡された時、俺はただ一人絶望の淵に立っていると感じた。サラレットの事を考えていなかった。君を野蛮な辺境の地へ連れ出すことはできないと思っていた。俺の独りよがりが君を殺してしまったのだ。どんな障害があっても君を愛し続けると誓ったのに。勇気がなかった。意気地がなかった。だけどもう迷いはしない。サラレット、僕らはいついかなる時でも一緒だよ。最後に口付けを。
(レオはサラレットに口付けをする。遺書を見つける。)
レオ こんな所に手紙が。(遺書を読む)
レオ サラレット、君はこんなにも小さい体で、こんなにも愛に溢れていたんだね。自分の幸せよりも、僕や、動物王国の未来の事を考えていたんだね。僕もその思いに習おう。
(レオ遺書を書く。そして足の爪を引き抜くと自分の胸に突き刺す。)
レオ これで僕らは永遠に一緒だよ。誰も僕らの愛を妨げる者はいない。寿命さえも、病さえも僕らを阻むことはできない。
(レオはサラレットに覆い被さる様にして死ぬ)
サラレット 重たーい。何が乗っかってるの?重いんだけど。レオ?レオなの?どうして何もおっしゃって下さらないの?どうしてこんなにも血を流しているの?私はあなた無しには生きていけないと言うのに。そうだわ、この石棺の中で永遠に共に過ごしましょう。私はまだ十四才、レオとの長く幸せな人生を送るはずだった。だけど今世での私の人生はここで終わり、天国に行ってレオと家庭を築きます。子供は五人は欲しいわ。私たちに似た美男美女。レオの分身である我が子を全身全霊で愛します。だけど、一番の愛はレオに捧げましょう。なんて言う幸せな人生。レオに出会う事ができた。そのおかげで来世まで続く真実の愛を育む事ができるんだわ。さようなら、お父様、さようなら動物王国の住人達。私は本当に幸せでした。
(サラレットはレオと共に石棺に入る)
ゾウ博士登場。
ゾウ博士 サラレット?うまくいったか?
(石棺を覗き込むゾウ博士)
ゾウ博士 何故だ、何故ここにレオがいる。しかも二人とも永遠の眠りについてしまっているではないか。
キヨコ登場
キヨコ ゾウ博士様、間に合いませんでしたか?
ゾウ博士 キヨコか?どうしてここに?
キヨコ 実は手違いでサラレットの手紙がレオ様の手に渡ることはなくて。
ゾウ博士 なんだと?ではレオは?サラレットが本当に死んだと勘違いして?幸せを届ける手紙は届かず、死を知らせる遺書に変わってしまった。
(レオの遺書を読む)
ゾウ博士 何と言う神のイタズラ、何と言う悲劇。サラレットが死んだと勘違いしたレオは自らの命を断ち、それを知ったサラレットも追いかける様に自殺してしまった。十六才と十四才。まだ若い二人は運命に翻弄されながらも自分達の愛を貫いた。それに比べて私達大人の何とも情けない事よ、小っぽけなエゴの張り合い。それを止める者はなく、不毛な争いを繰り返すのみ、その負の連鎖を若い二人が体を張って止めようとした。誰か?誰かいないか?ゼブラルとシシーセクをここに連れて参れ。 (キヨコ退場)
シシーセク登場、ゼブラルふらつきながら登場。
シシーセク お呼びでしょうか、ゾウ博士様。
ゾウ博士 気を確かになシシーセク、お前の息子レオはこの棺で眠っておる。
(シシーセクは石棺のレオを見つける)
シシーセク ああ、レオ、なぜこんな事に?追放されていたレオがこんな所で息絶えている。しかもサラレットと一緒に。
ゾウ博士 理由ならこの遺書に書いてある。
(シシーセクは遺書を受け取る)
ゾウ博士 ゼブラルもいつまでも酔っ払っていないで、娘の死の真相をしっかりと見つめ直せ。
(ゼブラルにも遺書を受け取る)
ゾウ博士 レオとサラレットは結婚していたのだ。私がその証人だ。二人は自分達の行く末に困難が待ち構えているにも関わらず、信念に従う事にした。だが、二人を待ち構えていた運命はお前達も知っての通りだ。私は二人を守ると誓ったのに何も出来なかった。私は無力だ。二人が最後に願ったこと、お前達が手を取り合って動物王国の平和を守るという思いを叶えてやる力はない。(ゾウ博士跪く)だからこうして懇願させてくれ、どうか、どうか二人の願いを叶えてやってはくれんか?この通りだ。
シシーセク ゼブラル殿、今までの事を許してくれ、我々ライオン家はシマウマ家の繁栄と動物王国の平和のために全てを捧げるつもりだ。
ゼブラル シシーセク殿、我らはお互い大切な宝を失った。まして我らは親戚になったばかり、これからはお互いを知り、喜びも悲しみも共有して生きていきましょう。
ゾウ博士 ありがとう、本当にありがとう。レオとサラレットも喜んでいるだろう。もしよければ両家の繁栄に私も力添えをしても構わないか?
シシーセク こちらこそよろしくお願い致します。この悲劇は決して忘れてはならない語り継ぐべき物、私はレオとサラレットの銅像を平和の象徴たる水飲み場に建立しようと思います。
ゼブラル 素晴らしいアイディアです。私も一口乗りますぞ。ここは勿忘草の洞窟、銅像には勿忘草もあつらえましょう。
シシーセク レオ、それにサラレットさん、安らかに眠りたまえ。(シシーセクは勿忘草を摘んで石棺にお供えする)
ゼブラル サラレット、レオ殿、天国でも幸せにな。
(ゼブラルは勿忘草をお供えする)
キヨコとダーヨ登場。勿忘草を供える。すると、勿忘草から煙が立ち込めて辺りを包む。
シシーセク 何だこの煙は?勿忘草から出ているのか?
ゼブラル 意識が遠のく、この煙を吸ってはダメだ。
(ゼブラル倒れる)
キヨコ ゼブラル様、大丈夫ですか?ああ、ダメ、私もどうにかなっちゃう。 (キヨコ倒れる)
(シシーセク倒れる)
ダーヨ ダーヨ以外、みんな倒れてしまっただーよ、ダーヨは何故か平気だーよ。 (倒れる)
煙が晴れる。皆ゆっくりと立ち上がる。
シシーセク 何もかも思い出した。私はライオンなどではなかった。人間だ。 (ライオンの仮面を外し、爪も取る)
ゼブラル 私も思い出した。私も人間だ。
(シマウマの仮面を外し、蹄を取る)
(キヨコもダーヨも外す)
ダーヨ 驚いた、私が人間だったとは、馬鹿なダチョウじゃなかったんだな。
キヨコ 私達人間は環境破壊を繰り返し、あまつさえ核兵器を使用し、地上の生物を全て滅ぼしてしまった。残った人類はことの重大性に気付き、滅ぼしてしまった動物として生きることで償いとした。
ダーヨ 人として生きることは滅びの道を行くということ、だから動物の生き方に学ぶ事にしたのか?それとも孤独さ故かな?
シシーセク 我々はまだ人として生きて行ける程、罪を許されてはいない様に思う。ライオンがシマウマと仲良くする事は辞めておこう思う。ライオンはライオンらしく、シマウマはシマウマらしく生きていこう。
ゼブラル 了解した。今日のことは忘れてしまおう。自然の摂理に従うのが野生動物の生き方だな。
(シシーセク達は再び動物の姿に戻り、退場)
ゾウ博士 やはり私の代でも人間の罪は許されなかったか。
レオにサラレット、お前達はそのまま眠りなさい。いつか人が犯した罪が許される時、お前達は人としてやり直せる。それまでは私が開発した冷凍カプセルの中で冷凍保存しておくとしよう。最後の最後で運が良かったな。冷凍カプセルの中で死を迎えるとは。その中では決して死は終わりではない。復活の時を待つのだ。私はもう疲れた。私の代はここまでとして、次のクローンにゾウ博士を任せるとしよう。
「怖がり」
夕暮レ時のトンネルで
わたシ あナたと 目がアった
イつも 誰もワたしヲ 見てクれなイ
でモ あなタは 見てくレた
わタしを
──────────────────
いつも通りの、学校から家に帰るまで通るトンネル。
その中で俺は恐ろしいものを見た。
矢鱈と頭がでかくて、背の高い女?
「見てはいけないもの」って、こういうやつを言うんだな───そう思っている間もなく、「そいつ」は振り返って、俺を見た。
目があってしまった!
その瞬間、俺は弾かれたように走り出した。
あいつから逃げるために、とにかく山道を走り続けた。
どこを通ったのかもわからないまま、いつのまにか家に着いていた。これで一安心、そう思ったのも束の間、リビングのソファに座っていたばあちゃんが言った。
「あんた、檪彁様に魅入られたね!」
は?魅入られ……?
「とりあえずイトウヅさんを呼ぶから、それまで仏壇に手を合わせてなさい!」
何が起きているかもわからないまま、仏壇のある部屋に閉じ込められた。障子の向こうで家族が何か話しているのが聞こえる。ところどころ、聞き取れる範囲で聞くと、ほんとにそんなことがあるのか?という話をしているようだった。
会話の内容はこうだ。
・俺は「檪彁様」という化け物に魅入られた
・檪彁様はこの地域一帯に現れ、「目があった」者を何処かへと連れ去ってしまう化け物
・魅入られる者はほぼ全員女性、特に中学生くらいまでの少女
・明治時代に「天〇〇(聞き取れなかった)」という僧侶に封印されてから今日まで目撃されていなかったのに突然現れた
・今夜俺の家に檪彁様が来る
いや、確かにここは田舎だけど、この時代だぞ?まさか自分の身にそんなことがあるとは思っていなかったから、俺はこの状況を受け入れられずにいた。
しばらくすると、うちに「イトウヅさん」が来た。イトウヅさんは普通のおじさんだった。ばあちゃん曰く、この集落にある神社の神主で、こういう心霊現象的なことが起こったときには頼りになるらしい。本当か?胡散臭すぎるだろ……。
「こんばんは。イトウヅです。檪彁様に魅入られたのは……あ、君だね。しかしどうして君が……?」
「どうも……。ほんとに檪彁様がうちに来るんですか?」
「ああ。君めがけて、真っ直ぐにね。」
「でも、なんで俺がいる場所バレてるんですか?におい??」
「鏡、見てごらん。」
「え?」
俺は絶句した。
額に目のような印が描かれていたことに。
鏡を見ている間もこの印が少しずつ鮮明になっていくのがわかったことに。
「うわっ!!なんだこれ?!!」
「落ち着いて。これで拭けば殆ど取れるよ。」
そう言ってイトウヅさんは変なにおいのする液体を渡してきた。
「なんですかこれ?」
「お酒に清めの塩と唐辛子、あと椦蟐の閠を加えたものだよ。あ、目に入らないように気をつけてね。」
俺はとりあえず額を拭きまくった。
そして鏡を見た。殆ど消えてる。よかった。
「とりあえず応急処置は完了。ただ、朝が来るまでは一番家の中で『護られている』この部屋で過ごしてね。」
「それから、今夜は『誰か』に呼ばれても一切返事をしてはいけないし、この部屋から出てもいけないよ。」
そう言ってからイトウヅさんは部屋の四隅に水晶の玉とお札を置いて、祝詞をあげ始めた。
「今日からしばらくは、様子を見ないとだね。」
「ありがとうございました。」
今夜は長くなりそうだ。
──────────────────
目ガあッた あナた
どコ?ドこにいルの?
この辺リから 気配がスる
デも コこ 空気ガおかしイ
ここニ 隠れテるの?
「怖がり」だかラ 隠レてるノ?
そうダ! あなタの 大切な人ノ声を借りれバ
きっト アなたも 応エてくれルはず!
「おーい!今から遊ばね?」
──────────────────
こんなに恐ろしい時間を過ごしているはずなのに、俺はいつのまにか眠っていた。我ながら緊張感がないなと思っているところで、窓をノックする音が聞こえた。
「おーい!今から遊ばね?」
幼馴染の声が聞こえた。
「おーい!今から遊ばね?」
分かっている。これはあいつの声じゃないのに。
でも、教室でふざけ合っているあいつの声を聞くと安心してしまう。
「おーい、今から遊ばね?」
「おーい、今から遊ばね?」
「おーい、今から遊ばね?」
「おーい、今から遊ばね?」
「おーい、今から遊ばね?」
声の主は全く調子を変えることなく、同じ台詞を繰り返していた。心底ゾッとする。
しばらくして、外は静かになった。
もうどこかへ行ったか。そう思ったが、今度は母の声が聞こえた。
「お腹すいたでしょ?ごはんできてるわよー」
「お腹すいたでしょ?ごはんできてるわよー」
俺は早くも限界を迎えそうになっていた。
でも、ここで反応してしまったら最後。
とにかく耐えようと思って、俺は持ち込んだスマホを手に取り動画サイトを開いた。
──────────────────
ねエ そこニ いルんでしょウ?
どうシて 返事 してくれナいの?
さビしイ カなシい
ワたし こワくなイのに
──────────────────
動画を見ている間も、家族や友達の声、それから古い歌?呪文?が聞こえてきたり、さっきよりも強い力で窓を叩く音がしたりしていた。
なんとか耐えないと。いや、意識しすぎても逆効果か。
……。
せっかく動画を見始めたのに、まるで集中できない。
怖い。
怖いよ。
……。
……。
いつの間にか、俺はまた眠ってしまったようだ。
次目を覚ますと、家族とイトウヅさんが俺の顔を覗いていた。
俺はびっくりして叫びそうになったが咄嗟に口を塞いだ。
「……ふぅ、よかったよかった。」
「これで、これで息子は無事なんですね?!!」
「おはようございます。無事で何よりだよ。
これで一旦、檪彁様は去りました。」
「ですが、彼女は執着心が強いので、このままこの地にいれば必ず何かしてくるに違いありません。なので、突然ではありますが皆様はこの集落からなるべく離れてください。」
イトウヅさんは俺たちにお守りと昨日使ったお酒と色んなものを混ぜた液体をくれた。
「引っ越しについてですが、私の知り合いの貸家がありますので、もしよければ話をつけておきますよ。お金もたくさん払ってもらったことですし(小声)。」
話をしながらも、俺たちは引っ越しのために急いで準備をした。
それからしばらくして、準備がようやく終わった。
疲れたと思う暇もないまま、俺たちは知らない街に向かった。
イトウヅさんの運転するトラックの助手席に乗った俺は、暇だったから外を見ようと窓を開けようとした。しかし、
「少なくともこの集落を出るまでは、窓は開けないほうが、というよりも外の景色はあまり見ないほうがいいよ。いつ何時、檪彁様とすれ違うか分からないからね。」という彼の言葉で俺は窓を開けるのをやめた。
これから俺は、どうしていけばいいんだろう。
家族に危害が加わることがあったら?
友達には、突然の転校をなんて説明したら?
「大変な目に遭ったね。でも、あまり悩んではいけないよ。こういうスキをついて、悪い物がつけこんでくるから。」
全てお見通しだとでもいうように、イトウヅさんはそう言った。
俺はハッとして、なんとなく窓の方を見た。
夕焼け色に染まる空と、連なる山々が見えた。
あの集落はもうここから見ることはできなかった。
でも、そうしか仕方がないんだ。
後ろを振り返ったら、檪彁様がいるかもしれない。
前を向くしかないんだ。
俺はそのことを悟って、気を引き締めなおした。
『彼等』
彼等の振る舞い 彼等の空気 彼等の嘆き 彼等の風景 彼等の成り立ち 彼等の在り方 私はとっても怖がりで 知りたいけれど とてもじゃないけど彼等に訊けない 胸にしまった疑問符を風船にして飛ばそうか?
深夜1時。
明日も平日楽しいお仕事。な訳は無いのだが、生活していく為に必要である。
だというのに眠れない。不眠ではないし、身体は至って元気で健康だ。
それなのにどうして眠れないのか、答えは明白である。
私は今怪物と戦っているのだ。これは明日が仕事だろうがなんだろうが、引くことは出来ない、負けられない戦いである。
深夜0時に戦いのゴングが鳴り響きかれこれ1時間。まだ決着は付きそうにない。これ以上起きているのは、明日の仕事に支障が出る。それは非常にまずいのだ。朝から眠気で欠伸をし、お昼を食べると仕事が手につかないほど眠くなる。眠気を我慢するのは一種のストレスなのだ。出来ればあと30分以内に倒して睡眠を勝ち取りたい。
怪物を最後に見た場所へ視線を向ける。
そこには棚が置いてあるだけで、他はだだっ広い床にカーペットが敷かれているだけ。出てきたところを見てはいないし、棚の後ろにいるのは分かりきっている。分かりきっているのだが、なんせ相手は怪物だ。そう簡単に腹を括ることなど出来ない。それに相手はすばしこいのだ。下手に動くと距離を詰められてしまうかもしれない。
一つ深呼吸し、距離を取りつつ棚に手をかける。少し揺らすが反応は無い。仕方が無いと、ここでようやっと腹を括る。
ガッと棚を斜めにし素早く視線を動かす。
そこに--居た
「そっこだぁぁぁ!」
バシンと大きな音を出し手に持っているものを叩きつける。
勝利の行方は…私だ。怪物は、見事息絶えていた。
はぁぁ、と大きな溜息を吐き持っていたハエたたきを床に下ろす。1時間にも及ぶ戦いは怪物である蜘蛛の昇天によって幕を下ろしたのだ。
「……寝よう」
勝利の余韻を味わっている暇は無い。さっと片付けて布団に潜り、疲れた体と心を休めるのだった。
墓地(テーマ 怖がり)
1
こどものころ、父は自宅は建て直した。新築になった家は広く、2階には窓の大きなこども部屋があった。
真新しい家は快適で住みやすかったが、こどもだった私には一つ気になることがあった。
こども部屋の大きな窓から一番良く見えるのは、家のリビングに面した墓地だったのだ。
こどもの私は、昼間は墓地や、その近くの山に遊びに行っていたくせに、夜になるとその墓地を怖がり、よく母の元へ行っては、窓から音がなる、天井がミシミシ言う、など言って母を困らせた。
夏は暑く、部屋にはエアコンもないため、窓を開ける。
山から入るひんやりとした冷たい空気がゆっくりと入り込んでくる。
暑い時はこの空気が快適だったが、一方で墓地の空気が入っているかと思うと怖がることも多かった。
私には今も昔も「霊感」というものはないが、怖がっていたからだろう、怖い夢はしょっちゅう見ていた。
母は私の怖がりを厄介に思っていたのだろうけれど、特に顔に出すことなく、昔話をしてくれた。
「私の父さん、あんたのおじいさんは、昔、ここに住んでたんだけど、昔釣り竿とランタンで火の玉を作った事があってね。帰ってきた私と妹の前に釣り竿で吊るしたランタンをおろして、脅かそうとしたことがあったよ。ひょうきんな人だから。」
墓場の目の前でそんなことをするなんて、祖父は冗談が過ぎる人ではないか。
こども心にそう思っていて、怖がるこどもの私にはあまり効果はなかった。
2
次第に成長し、小学校を卒業する頃には、私は目の前の墓地はすっかり平気になっていた。むしろ、たまに近くに住み着く野犬や、山から来る蜂、または家に出るゴキブリやムカデの方が実害が大きかったのだ。
夏の夜、のどが渇いて1階の台所へ降り、冷蔵庫の扉を開け、冷えた麦茶を飲む。コップを洗って乾燥機へ入れて2階へ戻る。
夏季限定だが、その間にゴキブリを見る可能性はだいたい30%くらいだった。実害のない墓地よりもゴキブリとの対面のほうがよほど恐怖であった。
なお、ゴキブリをいくら退治しても、山からいくらでも補給されるのできりがないのである。
後に大学に行って寮やアパートで暮らした際には、ゴキブリが出る確率の低さに驚いたものだった。
ゴキブリの話は置いておく。
墓地はすっかり平気になり、特に気にならなくなった。
高校生になってからは、もっぱらついていけない授業や、片付かない宿題や分からない試験の方がよっぽど恐怖であった。その分部活動にのめり込み、成績は特定の得意科目以外は低空飛行で、教師陣のお情けで卒業させてもらったと、今でも信じている。
3
大学で卒業が見えてきた年になると、就職活動をすることになる。
何社も受けて、何社も落ちた。
東京に出て、説明会や試験をハシゴして回ることが増えた。
説明会や試験を受けると、それまで学生ではいかない場所も沢山訪れることになる。
会場をハシゴするために、知らない道を通ることはしょっちゅうであった。
最寄りの地下鉄駅が遠かったため、地図を片手に進み、青山霊園に入った。
通り抜けるとショートカットできるのだ。
しかし、霊園に入った大学生の私は、むしろ心が落ち着いた。
そこは、東京の、見上げると首が痛くなるほど背が高いビル、酔うほどの車や人の多さ、音の洪水のようなうるささから開放された空間だった。
墓石と敷石の沈黙の世界。
不思議と落ち着いて、むしろ、暫く霊園でくつろいでいた。
後日、古い友人に話すと笑われた。
「そりゃあれだよ。きみんち、墓場の目の前だったじゃん。今さら墓場が怖いなんでないでしょ。」
「まあね。」
何がいいたいかと言うと、恐怖は慣れる、ということだ。
大人になってからの勉強は、仕事に必要な分だけやることにすれば割り切れたので、そこまで恐怖ではなくなった。
しかし、ゴキブリだけは、何故かまだ慣れない。
突然でてきて、私を恐怖に陥れるのだ。
なんでも視える彼女は常に泣いては怯えてばかりだった。誰かが傷つく未来も、その人が苦しんだ過去の痛みも、亡くなった人の心残りも全部視えてしまうのだという。
だから僕は常に隣にいた。なにがあったって大丈夫だと言い続けた。それでも、怖いのだと泣いてしまう。
自分の無力さを嘆いたこともあった。それでも、彼女が視ているものを視ることはできなくて、共感だけはどうしてもできなかった。それでも言い続けた。大丈夫だと。
そして、ついに彼女は学校に来なくなった。なにがあったのかと心配して家まで訪ねた。インターホンを押しても反応はなく、玄関に鍵はかかっていなかった。そのまま中に入ると、どこも電気がついておらず暗かった。名前を呼びながら家の中を探し続けた。二階に上がって、彼女の部屋の前まで来た。すると、中から泣き声が聞こえた。ノックもせずに入ると、血まみれの腕をだらんと垂らしながら、天井を仰いで泣いていた。想像もしていなかった光景に僕はゾッとした。すぐに駆け寄って傷口を確認する。ベッドに置かれたカッターが真っ赤に染まっていてそれで切ったのだとわかる。
「痛いだろ、なんで。なんでこんなことしたんだよ」
思わず、怒り口調で言ってしまった。責めるつもりなんてなかったのに、血が死を連想させてしまったからか心配のあまり感情をコントロールできなかった。
「だって、もう、誰も帰ってこないから。私がもっと早く未来を視ることができてたら、旅行に行くのだって止められたのに。私も、一緒に死にたかった」
そういうことかと納得してしまった。家族が死んでしまう未来を送り出した後に視てしまったのだ。傷口に触らないように力強く抱きしめた。
「これからは僕が一番近くにいるから。絶対に死なないし、消えたりもしないから。お願い。泣かないで」
「嫌だ、みんないなくなっちゃうもん。もう誰かが傷つくのもいなくなるのも視たくない」
「絶対に君を置いて死んだりなんかしない。君が死ぬのを見届けてから僕も死ぬから。大丈夫だよ」
一際大きくなった泣き声を包み込むように抱きしめた。
怖がりな彼女はそれからもずっと怖がりなままだった。ずっとなにかに怯えていたけど、それでも死ぬ瞬間だけは「君といれて意外と幸せだったかもしれない」と言い遺していった。
――げげっ。
業務中、足元をささっと横切ったものに手が止まった。
天井から降りてきたのだろう。小振りな蜘蛛が床を素早く移動して行く。慌ただしく皆が行き交う隙間を縫って、踏まれもせずに何と器用な奴か。
「わ!」
「ぎゃっ蜘蛛!」
遅れて他のスタッフも小さな侵入者に気付き、立ち止まっては自然と蜘蛛のための道が開いていく。
しかしながら、事はそう上手く運ばない。
皆の期待を裏切って、蜘蛛は来た道を帰って来てしまったのだ。一向に部屋から出ていく気配がない。これは困ったぞ。
「ど、どうしよう。追い出さないと~」
「誰が? 俺、虫は無理だよ?」
「俺だってムリムリ! 店長パス!」
「はっ? え、え~」
「あ。蜘蛛って潰しちゃダメなんすよ。縁起が悪いとか聞いたことある」
「えっ。じゃあどうすんの?」
「塵取りで掬い上げてみる?」
「そんなんダッシュで外走らなきゃ俺に移って来ちゃうじゃん!」
ちょろちょろと床を行き来する蜘蛛を前に男性スタッフ三人が相談し始めるが、その会話は何とも頼りない。
――あ~もう。仕方がないな。
私だって虫は嫌いで苦手だけれど、このままでは埒が明かない。
代わりの勇者を名乗り出る者もいないようなので、私は観念して引き出しからガムテープを持ち出した。
ビーッとテープを大きく千切り、戦闘態勢に入る。
「はい、ちょっとごめんよ~」
未だに譲り合う怖がり三人を押し退けてしゃがみこむと、その麓で蜘蛛は相変わらずちょこまかと動き回っていた。
ごめんね。無闇な殺生はしたくないのだけれど、ここに迷い込んでしまったのが君の運の尽きだよ。
心の中で小さく謝る。
そうして奴の動きが止まった一瞬の隙を狙い、上から素早くガムテープを押し付けて逃げ道を塞いだ。
「あ!」
「えっ潰しちゃったの!」
上から私の動向を恐る恐る見守っていた男たちから非難の声が上がる。
おいおい。人にやらせておいてそれはないでしょ。
蜘蛛と彼らには悪いけれど、テープの上から念押しで指を往復させ、確実に仕留める。
剥がしたテープの余白で床に残った残骸も回収。ミッションコンプリートだ。
粘着面はなるべく見ないようにして丸めたテープをぽいとゴミ箱へ投げ入れれば、遠巻きにしていた女の子たちから小さな歓声が上がった。
「はい、おしまい。仕事に戻りましょ」
「……」
罰が悪そうに顔を見合わせて、三人はすごすごと持ち場へ戻って行った。
苦手なものは仕方がない。けれども、もう少しマシな対処をしてくれないか。
やれやれとため息を吐き、私も仕事を再開した。
因みに、この虫の撃退方法。
動きの遅い虫にはなかなか有効なので、宜しければ皆様もお試しください。
健闘を祈る!
(2024/03/16 title:012 怖がり)
朝から降っていた雨はやがて夜には雷雨になり、激しいイカヅチがひっきりなしに落ちていた。
ぼくの住んでいる地域は1時間ほど前から停電に見舞われている。何もすることがないのでスマホゲームをしていた時。ふと、あの子のことを思い出す。
――あの子は大丈夫かな。
暗いところが大の苦手だった。同級生にそれをからかわれて半泣きしてた彼女を今でも覚えている。あれから数年が経ったけど、あの子は今どうしているだろう。1度しか同じクラスにはならなかった。もともと会話もそんなにしなかったから連絡先も知らない。なのに思い出したのはなんでだろう。停電してなにもすることがないからなのかな。
もしこの近くに住んでいるのなら今きっと怖いに違いない。早く電気が回復するといいな。
そんなことを思いながら僕は窓の外を眺めた。まだまだ雨は止みそうにない。
<読まなくていい前回のあらすじ>
百合子と沙都子は百合子は、大金持ちの沙都子の家に行くほど仲がいい。
今日も今日とて百合子は沙都子の家に遊びに行く。
先日、百合子は沙都子の家の物を壊してしまい、百合子の金で肉を奢ることになる。
初めて食べる『人の金で食べる肉』にご満悦の沙都子。
それ以来、百合子は物を壊す度に焼き肉を奢らせられることになった。
だが、食べすぎからか沙都子は少しずつふくよかになってき……
<本文>
今日も私は沙都子の家に遊びに来ていた。
だが遊びに来るたびに感じる違和感。
私はついにその疑問を晴らすことにした。
「ねえ、沙都子少しいいかな」
「何?」
沙都子は気だるそうに私のほうに振り向く。
「沙都子、太った?」
「太ってないわ」
沙都子は即座に反論する。
「ほんとに?」
私が聞き返すと、沙都子は目をそらす。
「ほらやっぱり」
「太ってないってば」
「事実を認めるんだ。現実を認めることを怖がっても、何も改善しない」
「うるさいわね。そういうあなたは、なぜ太らないの?
私と同じくらい――いいえ、それ以上に食べてるくせに」
「そりゃ、入ってくるのが多くても使う分も多いからね」
「そういえば、運動部を掛け持ちしてるって言ってたわね……」
「沙都子も運動部入ればいいのに」
「嫌よ、運動嫌い」
沙都子は子供の様に駄々をこねる。
「でもさ、痩せるんなら、焼き肉を控えるか運動するか、もしくは両方だよ」
「嫌よ」
「ていうか、焼き肉の度にあんな馬鹿食いしなくても」
「だって、食べ放題よ。少なく食べても多く食べても同じ料金。食べなきゃ損よ」
「沙都子、いつからそんな貧乏性に」
「仕方ないじゃない。おいしいもの!」
「うーん」
どうしたものか。
ここで諦めると言う選択肢はない。
『大切な友人のため』というのもあるのだが、すでに太りすぎなのだ。
少し太いくらいならいじって楽しむんだけど、沙都子はすでにそのラインを越えていた。
なので、これ以上太って気まずい雰囲気になる前に何とかしなくては!
だけどうまい方法が思い付かない
うーむ。
沙都子はゲーム好きなので、なんとかゲームに絡めて……
はっ。
「沙都子、こうしよう。ゲームでやせる。どう?」
「どうって、そんなゲームあるわけ……」
「あるんだなあ、これが!」
私は沙都子の部屋のゲーム棚を漁る。
沙都子はゲームにはまった時、色々なゲームを買い占めた。
そしてゲーマーのサガで、たとえプレイしなくても面白そうなゲームなら買ってしまうという習性がある。
その買ってからプレイしていないゲームの中に『アレ』があるはずなのだ。
私は棚の隅々まで探して――あった。
「これ、このゲームしよう」
「これは……」
あの任〇堂が送り出したエクササイズのゲームだ。
「エクササイズっていう珍しいジャンルだけど、ストーリーは王道ファンタジー。
沙都子、絶対気に入るよ」
沙都子をゲーム沼に落とした私が言うんだから間違いない。
「でも、私、体を動かすのは……」
「沙都子」
「!」
私は沙都子の目をまっすぐ見る。
「沙都子は新しく始める事に、怖がりなの私知ってる。でもさ、ここで変わらないと、ずっとこのままだよ」
「百合子……でも、私は……」
「『あきらめたら、そこで試合終了ですよ』」
「?」
沙都子が顔にハテナマークを浮かべていた。
もしかして、知らない感じ?
仕方ない、こんど漫画沼にも落とすか……
「ともかく、これで運動すれば痩せるから」
「まあ百合子のほうがゲーム詳しいものね。やってみるわ」
そういった沙都子は、執事のセバスチャンを呼んで、なにやら話し合っていた。
多分、何かの専門家を雇うのだろう。
なんにせよ、沙都子がやる気になったのだ。
これ以上沙都子は太ることは無いだろう。
それから百合子は専門のトレーナーを付け、専門家のアドバイスの下エクササイズゲームに勤しんだ。
そして一か月後。
もともと限度というものを知らない沙都子は、限界までエクササイズを行った。
その結果、百合子はどこに出しても恥ずかしくない立派なマッチョに――はならず、前の体形と同じだが前より健康的な沙都子がいた。
「マッチョにならんか。残念」
「ならないわよ。トレーナーにもそこはちゃんと言ったんだからね」
「くっ。マッチョになったらいじり倒せたのになあ」
「それは残念だったわね。まあ、それはともかく――」
沙都子は横にある花瓶――だったものに目をやる。
「今日も焼き肉食べに行くわよ。もちろん、あなたの奢りね」
怖がり
私は昔から怖がりであった。
あれもそれも怖かった。でもいつしか怖くなくなった。
あなたが横にいてくれるようになったから。
雷音が鳴り響く、ある夕方のことだった。
部活が終わった後に忘れ物があることに気がついた俺は教室へと足を運んだ。
雷と雨のせいか、まだ明るいはずの空は暗く、何だか夜みたいに見える。
「こんな暗い学校、初めてかもな。」
そんなことを思いながら教室に足を踏み入れた時、ドォォーーン!!…と、一際大きい雷が鳴った。
その音の大きさに一瞬で驚いた時、教室の中から声が聞こえてきた。
小さい声で…女の子にの声だ。
「誰かいるのか?」
そう聞くとカタンっ…と、何かの音が聞こえたのだ。
その音のほうに視線を向けると、教室の隅に誰かがしゃがみこんでるのが見えた。
あれは…俺の幼馴染だ。
「…まだ残ってたのか?」
そう聞くと彼女は俺の存在に気がついたようで、視線を上げた。
「あ……」
「ーーーっ。なんつー顔してんだよ…。」
今にも泣き出しそうな顔をしていた彼女は、量手を耳に当て、雷の音を聞かないようにしていた。
普段、『しっかり者』として通ってるからかギャップにドキッとしてしまう。
「な…なんでもないから……」
そう強がる彼女の体はカタカタと小刻みに震えていた。
幼馴染だからこそ知ってることだけど、彼女は『怖がり』なのだ。
単なる自然現象なことでもびびりまくる。
「無理すんなって。」
俺は彼女の隣に座り、肩に手をまわした。
何かが側にあるだけでも、少しは不安が和らぐだろうと思ったのだ。
「うぅ…ごめん……」
「いいって。雷が止んだら帰ろうな。」
そう言って頭を一撫でした。
震える小さな肩に、俺とは違う体つき。
その華奢な体で我慢なんかせずに頼って欲しいと思いながら…。
(まぁ、今はまだこの距離でもいいよ。……今はまだ……ね。)
第四十六話 その妃、術を解く
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
東の空には朝日が昇り始め、陽の光が世界を明るく包み込んでいく。水溜りや雫に反射して、いつにも増して輝いて見えた。
気付けば、一晩中降り続けた雨は、いつの間にか止んでいた。
「……綺麗ですね」
「……ええ。本当に」
雨は、必ず上がる。
明日も、必ずやってくるのだ。
「終わったわよ」
「……そこは、『終わったわね』と言うところでは」
「私が終わらせたんだからいいでしょ別に」
「まあ、確かにそうかもしれないですけど……」
困ったような顔をして、男は辺り一面を見渡す。
「僕は今、世界の終末を見ているわけではないですよね」
「そこまで終わらせたつもりはないわよ」
ただ、そのように思うのも無理はない。
雨のおかげで、今は煙や焦げた匂いが残っている程度で済んでいるが、辺りはまるで戦争跡地。建築物は木っ端微塵に破壊され、樹木は勿論、植物の影も形もなくなっていた。
それもこれも、仕掛けた爆弾を全て起爆させたせいだが。
「まあ、ここまでしておいて人の命を奪ってないのが、本当に流石と言いますか。全員伸びてはいますけど」
「それについてはロンに感謝しなくちゃね」
「それについても、流石としか言えません」
「一人一人にまさか、結界を張るだなんて。誰もできやしないわよ」
「仕組みとしては簡単なんですけどね」
いつの間にやってきたのか、振り返ったそこにいたのは、今まさに話をしていた人物。
大丈夫なのかと視線で問うてみれば、どこかスッキリした様子で軽く会釈をされた。
「さてはいちゃついてやがったわね」
「否定はしませんけどね」
「いや、自重はしよう? 僕たちのためにも!」
「取り敢えず、“術”を解きましょうか」
「そうね。お願いしたいわ」
完全に流してから確認を取ったロンは、そっと両手を差し伸べてくる。その片方に手を乗せると、もう片方の手には愛すべき馬鹿の手が。
そして、「――解」と言う掛け声と共に、あたたかい力に包まれる。まるで足の先から頭の天辺まで、湯船に浸かっているような、そんなやさしい感覚。
すると、空いていたはずのもう片方の手が、ぎゅっと握られた。犯人は言わずもがな。
「……約束、覚えていますか」
「報告がまだ終わってないわよ。お馬鹿」
それを握り返した時には、“入れ替わりの術”は、あっという間に解けていた。
「最後まで、誰にも気付かれませんでしたか」
「んー、誰も何も言わなかったけど」
「この状況になった今、そこまで考える必要はないわよ」
そうこうしていると、騒ぎを嗅ぎつけた消防隊や自衛隊、救急隊などが到着。突如にやってくる現代感に違和を感じていると、急に隣のポンコツが手を離し、かなり緊張した様子で固まった。
どうしたのだろうかと視線を追うと、そこには応援に駆け付けてくれた“桜”の人たちが。
「何。怖いの?」
「あなたは知らないからそんな事が言えるんですよ……!」
「残念だけど、あんたよりよく知ってるわよ」
日本の警察や国家機関の象徴である旭日章《きょくじつしょう》――通称“桜の代紋”は、昇る朝日と陽射しが模られている。
まさに今、この瞬間のような徽章を付けた背の高い背広を着た男三人が、近付いてきて目の前でぴたりと止まると、隣に立つ愛すべき馬鹿は息を止めた。
しかし、それも致し方ない。
“桜”の一員ともあれば、尚の事。
「此度の任務は無事、完遂した。ご苦労であったな」
その中の一人こそ、我々にとっての御上。
そして、“桜”という組織の天辺に位置する存在なのだから。
#怖がり/和風ファンタジー/気まぐれ更新
怖がり
ずっと一緒にいたから
ひとりになるのが
とても怖い
あなたを
ひとりにするのが
とても怖い
音がする。
新居に入居してから半月。
ピッタリ1時になると、変な音が聞こえるのだ。
ここは5階建マンションの2階。
もちろん、他の住民も生活している。
周りの住民の発する音の可能性もある。
ただ、違うのだ。
他の部屋から聞こえるという感覚ではなく、私が暮らしている部屋の中から聞こえる。
ワンルームなのだが、浴室の方から音がする。
浴室には窓があり、風の可能性もある。
だが毎日ピッタリ1時にのみ、変な音が聞こえるのはおかしいし、明らかに単純な風の音ではない。
怖いと思いながら、音が聞こえる時間に浴室を覗いてみた。
窓を叩く手が見えた気がする。
「えっ」
思わず、声を出してしまった。
その手はスーッと消えた。
それ以降もあの音はまだ聞こえるが、もう見に行く勇気はない。
ここは2Fで、浴室の窓がある位置に人が立てるスペースはない。
アレを見てしまってから、音の鳴る時間が少し長くなった気がする。
私はただの、怖がりなのだろうか。
「怖がり」
怖がり
僕はかなり怖がりだと思う
怒られるのが怖い
誰かに裏切られるのが怖い
愛されるてると実感するのが怖い
だけど勇気はそれなりにあると思うんだ
怒られるのは嫌いだけど好きなことだったら真っ直ぐ説教を喰らいに行くし
裏切られるのは嫌だけど人と関わりを持つことはやめてこなかったし
愛されてると実感するのは嫌だけど誰かを愛そうとしてみたりしたし
行動に移すことはできるんだ
有言実行が得意なんだ
その過程で説教は右から左へ流してきたし
あの子を裏切ったし
愛が何か解んなくなったけど
怖がりなりに当たって砕けてを何度も繰り返してるんだよ
僕は常に、いつ崩れるかわかんない廃墟並にボロボロだよ
でも廃墟って奇麗で好きだから良いんだ。
一緒に歩いた歩道橋。
高いところが苦手なあなたは怖がってたね。
なんで歩道橋なんて歩いたの、とか言ったけどね、
私実は結構嬉しかったの。
私に弱み、っていうのかな。素を見せてくれたような気がして。嬉しかったんだと思うの。
初めて手を繋いだのもその時だったよね。
あなたから繋いでくれてさ、それどころじゃないけど私、どきどきしちゃった。
その後恥ずかしいとこ見せた、なんてあなたは言ったけどね。
私、怖がりなあなたも大好きだよ。
私、どんなあなたでも大好きだよ。
ぼくは狭い所が大の苦手です。
トンネルで渋滞にでもなったら…と想像するだけで
、怖くて怖くて仕方がありません。
橋の上で渋滞したら…と、こちらも前にも後ろにも
動けない事を考えると怖くて怖くて仕方がありませ
ん。大都会ではビルが空を塞ぐので、空が見えなく
って圧迫感を感じてしまい、胸が苦しくなるので
す。だから、家でごろごろして過ごすのが大好きな
でたまらないのです。
【怖がり】
君は怖がりだ、人と話すのもお化けも何をするにも怖がって、俺に泣きついてくる、、、仕方ないから俺がやってあげる。もう俺以外にいないもんな、お前は♡
何も知らないから僕は怖がりなのだと思っていた。
高所に足がすくむのも、海に言いようのない不安を感じるのも。…まあその他諸々。
でも、どれだけ知識を取り入れてもやっぱり怖いものは怖い。
それどころか、世の中には理解が及ばない恐怖がごまんとある。
例えば僕が怖がる様子をにやにやして見ている君!
ねえ聞いてる?
「怖がり」
怖がり
友達が学校に来なくなった。
心配して理由を聞くと隕石が落ちてくるのが怖いのだという。
意味がわからないので会って話そうと誘うと外に出たくないというので家を訪ねた。
「隕石男?」
「雨男の隕石版みたいなもん。僕が出歩く先で隕石が落ちてくるんだ。周りの建物が壊れるし周りの人も怪我するし危険で迷惑」
「前は普通に出歩いてたのに」
「自分でも半信半疑だったからね。最初は投石と思う程度の被害だったし、頻度もすごく低かった。でも最近自分のせいだとわかって、被害も洒落にならなくなってきてこれはまずいんじゃないかって」
「隕石が落ちるって結構すごいことでニュースになったりするんじゃないの? この辺でそんなニュース聞いたことないけど」
「本当だって!何度も怪我してるし証拠の隕石もあるよ」
ほら、と出してきた黒い小石は隕石っぽく見えなくもないがそのへんに落ちていそうでもあった。
小さな傷跡も見せてくれたが隕石にやられたと言われると信じきれない。
「ちょっとその辺を一緒に歩いてみよう。隕石が落ちるとこ見てみたい」
「だから危ないんだって! 軽く考えてると本当に死ぬよ。特に最近は謎のプレッシャーが高まってて引きこもることで地球を守っているんじゃないかという気さえする」
「死なない死なない。そんな根拠のない危機感で引きこもってるのはおかしいから。外に出て何もなければ大丈夫だってわかるでしょ」
押し問答の末、彼を家から引きずり出したときは夕方になっていた。
二人で見た夕焼けは美しく、茜色の空に巨大隕石の影が浮かんでいた。
彼を家から出した5分後に地球は壊滅した。