池上さゆり

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 なんでも視える彼女は常に泣いては怯えてばかりだった。誰かが傷つく未来も、その人が苦しんだ過去の痛みも、亡くなった人の心残りも全部視えてしまうのだという。
 だから僕は常に隣にいた。なにがあったって大丈夫だと言い続けた。それでも、怖いのだと泣いてしまう。
 自分の無力さを嘆いたこともあった。それでも、彼女が視ているものを視ることはできなくて、共感だけはどうしてもできなかった。それでも言い続けた。大丈夫だと。
 そして、ついに彼女は学校に来なくなった。なにがあったのかと心配して家まで訪ねた。インターホンを押しても反応はなく、玄関に鍵はかかっていなかった。そのまま中に入ると、どこも電気がついておらず暗かった。名前を呼びながら家の中を探し続けた。二階に上がって、彼女の部屋の前まで来た。すると、中から泣き声が聞こえた。ノックもせずに入ると、血まみれの腕をだらんと垂らしながら、天井を仰いで泣いていた。想像もしていなかった光景に僕はゾッとした。すぐに駆け寄って傷口を確認する。ベッドに置かれたカッターが真っ赤に染まっていてそれで切ったのだとわかる。
「痛いだろ、なんで。なんでこんなことしたんだよ」
 思わず、怒り口調で言ってしまった。責めるつもりなんてなかったのに、血が死を連想させてしまったからか心配のあまり感情をコントロールできなかった。
「だって、もう、誰も帰ってこないから。私がもっと早く未来を視ることができてたら、旅行に行くのだって止められたのに。私も、一緒に死にたかった」
 そういうことかと納得してしまった。家族が死んでしまう未来を送り出した後に視てしまったのだ。傷口に触らないように力強く抱きしめた。
「これからは僕が一番近くにいるから。絶対に死なないし、消えたりもしないから。お願い。泣かないで」
「嫌だ、みんないなくなっちゃうもん。もう誰かが傷つくのもいなくなるのも視たくない」
「絶対に君を置いて死んだりなんかしない。君が死ぬのを見届けてから僕も死ぬから。大丈夫だよ」
 一際大きくなった泣き声を包み込むように抱きしめた。
 怖がりな彼女はそれからもずっと怖がりなままだった。ずっとなにかに怯えていたけど、それでも死ぬ瞬間だけは「君といれて意外と幸せだったかもしれない」と言い遺していった。

3/17/2024, 10:04:52 AM