『忘れられない、いつまでも。』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
『忘れられない、いつまでも。』
コツコツと革靴の音を響かせ、ゆっくりと歩く一人の男。
男は、悲しそうな、けれど、どこか満足そうな表情をしていた。
そんな男の腕の中には、一人の生首が抱かれていた。
それを、とても大事そうに抱える男は、異常な人間に見えるに違いない。
しかし、他人からどう見られるかなど、男にはどうでも良かった。
男は、どうしても、その生首を手に入れたかったのだった。
いや、生首を手に入れたかったのではない。彼という存在を手に入れたかったのだ。
どうしても手に入らない場所へ行ってしまう彼を、どうしても自分のものにしたかったのだ。
「お前が言ってくれたことが、忘れられないんだ。いつまで経っても、忘れられないんだよ」
男は、生首に頬擦りしながら、苦しそうに呟いた。
一筋の涙が流れたことに、男は気付かなかった。
そうして男は、もう動くことのない唇に、ゆっくりと自分の唇を重ねた。
忘れられない、いつまでも。
昔は、悪意のあることを言われたら〝へびのように〟覚えていたのだけど、
最近は、1週間くらいで忘れるようになった。
覚えないといけない事がたくさんあって、嫌な事を覚えておく余裕がなくなった。
忘れられない いつまでも。
宮本くんは、私の初めての彼氏だった。
高校2年の夏から、付き合い始めた。
初めてのデートは宮本君の家から近い神社の夏祭り。
一回200円の射的が思いの外、とても上手で可愛いウサギのぬいぐるみをゲットして、私にプレゼントしてくれたっけ。
その後も2人で海に行ったり、一緒に映画を見たり、カラオケで歌ったり、ショッピングモールでお買い物したり。
門限ギリギリまで駅でベンチに座って、イルミネーションを見ながら話したり…。
たった一年の付き合いだったけど、宮本くんはたくさんの思い出をくれた。
私より、3センチほど背が高い宮本くんは、
『俺はまだまだこれから背が伸びるから!』
と笑っていたけど、1年経ってもその差は縮まらなかった。
宮本くんは目が細くて吊り上がっていて、見た目は怖い感じの男子だった。
私の友人たちからはあまり評判は良くなかったけど。
でも、宮本くんが笑った時には、顔がぱぁっと明るくなって、私にはその笑顔がとても魅力的に見えた。
私は宮本くんの笑顔を見るのがとても好きだった。
2人になると特に、宮本くんはとても優しかったんだ。
付き合い始めて半年。
季節は冬になり。空を覆う大きな灰色の雲から、白い雪が降ってきた。
その日は通学前は、チラホラと雪が降っていたけれど、じきに止むと思った私たちは自転車で学校に向かった。
でも雪はやむどころが本格的に降り始め、授業も中止。
1時限目が終わると同時に、全クラス下校することが決まった。
私と宮本くんは、自転車を学校の駐輪場に置いて帰ることにした。
2人でコンビニで買った一本の透明の傘を差して、たわいのない話をしながらバス停に向かって歩いていった。
雪はどんどん降ってきた。
横から吹く風のせいで、傘を差してても身体に雪が張り付いて、黒い制服がみるみるうちに真っ白になっていく。
宮本くんは急に歩みを止めると笑いながら言った。
『シロクマみたいになってるよ』
そう言って、私の制服についた雪を手で軽く払ってくれた。
そして自分についた雪を払うと、ふと顔を上げて私を見つめた。
『髪の毛にも…』そう呟いて、私の髪についた雪を優しく払った後、ちょっと戸惑ったように手を止めてから、ゆっくりと私の頬に触れた。
『こんなに寒い中なのに、お前の頬は柔らかそうだなぁ…』
と、つぶやいた。
その時、宮本くんは手袋をしてなくて、氷のように冷たい手だった。
それでも、私はその指の冷たさを不快に思わず、温めてあげたくなって、その彼の手をとって握りしめた。
『あっ、ごめんごめん。冷たかったよな』
宮本くんは困ったように私の手から逃げると、
『さ、早く帰ろうぜ。風呂に入って温まらないと!』
それだけ言うと、顔を赤くしながら私の肩を抱いて引き寄せた。
本当に寒い、寒い冬の記憶だ。
その雪の日から半年後。
突然の別れがきた。
朝、学校に行ってみると、宮本くんは登校してこなかった。
寝坊でもしたのかと、特に気にしてなかったのだが、1時限目の国語の授業が終わろうとした時、担任の先生が顔色を変えてクラスに入ってきて、国語の女の先生と何やら小声で話した。
国語の先生はみるみる顔色が変わり、片手で口を押さえると大きく目を見開いて、とても信じられない、というような顔をして、クラスのみんなを見渡した。
その異様な雰囲気に、クラス中が静まり返る。
私は、なにかとても嫌な予感がして、緊張の中、ゴクリ、と唾を呑む。
自分の喉が大きく鳴るのが聞こえた。
担任の先生が、こわばった顔したまま、静かに喋り出した。
『今朝、宮本が登校途中、事故にあってー……』
いつまでも続くと思っていた時間が、ある日突然途切れて、永遠に失ってしまうという体験を
18年生きてきて、その時、私は初めて体験したのだった。
一緒にいられたのは、たった一年だったけれど、私の中に宮本君と過ごした沢山の思い出があって。
宮本くんがこの世界のどこにもいなくなった後も、その思い出たちは、いつまでも輝いて私の中に存在してきた。
2人で過ごした時間は嬉しい事も楽しい事も、沢山あったのに、私の中で1番強く、残っている記憶は
何故なんだろう?
あの、大雪の中で、一本の傘をふたりでさして帰った時の。
私の頬に触れた、とても冷たい宮本くんの指の感触なのだ。
あの冷たかった宮本くんの指を、今思い出しても、温めてあげたい、と…
もう叶わない事だけれど、強く強く、思ってしまうのだ。
どれだけ時間が経っても。
忘れない
忘れられない いつまでも。
君との物語、忘れることが出来ない。
楽しかった物語は、おとぎ話みたいに心に残ってる。
心の絵本に、綺麗な挿絵つきで描かれている。
なのに、今は悲劇の連続で、扉を開く時、前みたいな、絵本を開く時や本を開く時みたいな、楽しみや、ワクワクが消えていた。
その思い出も、私の物語として、今も心のペンは止まっていない。
俺の名前はバン。
以前は名の知れた冒険者だったのだが、仲間からの手ひどい裏切りでトラウマになり、ダンジョンに潜れなくなってしまった。
ダンジョンに潜れない冒険者なんて価値は無い。
冒険以外に何もできない俺は、恋人のクレアの勧めで故郷に戻っていた。
十年近く帰っていなかったのだが、家族や友人からは熱烈な歓迎を受けた。
帰ってからというもの様々なトラブルに見舞われたが、おおむね平和に過ごしていた。
冒険者に復帰せず、クレアと一緒にのんびり故郷で暮らすのもいいな。
そんなことをぼんやりと思っていた頃、クレアからあるお願いをされたのだった。
◆
「誰も使ってない家を借りたい、という事だったが何をするんだ?」
「今から神に祈ろうと思ってます」
「なるほど」
クレアは聖女である。
この世界には数多の神がおり、それぞれの神に選ばれた女性が聖女となる。
彼女たちは、自らの神に信仰を捧げ、世界に教えを広げ、時として神の奇跡を体現する、神の代行者である。
時には人々を救うため、神の加護を受け危険な場所にも進んで赴く……
クレアは、そんな使命を負った一人なのだ。
そして神の力を行使するためには、神への祈りは欠かせないらしいのだが――
「お前が祈るなんて初めて見るよ」
クレアは、『おや』とでも言いたげな顔で、俺を見る。
「言ってませんでしたか?
私が信仰する神は、年に一回だけ祈りを捧げることになっているのです」
「ふーん、コスパのいい神様な事だ」
「バンも今からでも改宗しませんか?」
「いやいい」
クレアは見るからに落ち込むそぶりを見せるが、すぐに切り替えて祈りの準備をする。
恋人がきっかけで改宗することは珍しくないのだが、俺に関しては改宗する予定はない。
というのも、俺はクレアの信じる神が、邪神の類ではないかと疑っているのだ。
クレアを見る限り、神の加護は強力なのは間違いないのだが、強力過ぎて何かと引き換えに力を得ているのではないかと思っている。
本人は否定しているし、実際クレアにも害はなさそうなのだが、恐いものは怖い。
触らぬ神にたたりなし、である。
「準備出来ました」
そんな事を考えている間、クレアは部屋の机を並べ替え、簡単な神殿を作り上げていた。
神殿、と言っても机を固めて並べて、中央に神をかたどったと思わしき小さな像が置いてあるだけであった。
クレアの信じる神は、必要最低限の信仰さえあればいいと言う性格なのかもしれない。
俺の中で、ちょっとだけ邪神に対する好感度が上がる。
「俺は離れた方がいいのか?」
「いてください。 あなたにも関係ある事なので……」
「俺は信徒じゃないぞ」
「構いません、私がいて欲しいから
そう言うと、クレアは神の像に向き直る。
「主よ、おいでください」
クレアが小さく呟くと、外は明るいと言うのに、部屋は暗闇に包まれる。
冒険者時代に培った警戒センサーが、危険だと警告を発する。
やっぱり邪神の類じゃないか!
しかし警戒こそするが、剣は抜かない。
この邪神は聖女であるクレアが呼んだのだ。
こちらから何かをしない限り、俺には興味すら持たないだろう。
多分。
「我を呼んだのは貴様か!」
目の前の暗闇に、強烈な存在感を感じる。
およそ生物の放つ存在感ではない。
この気配がクレアの言う『神』なのだろう。
俺はその『神』に対して恐怖しか感じなかった。
きっと人間には、とうてい敵わぬ格上の存在。
そんな存在を前にして、クレアは笑みを浮かべていた。
これだけを見れば、邪神に従う狂信者とう思うだろう。
だが、クレアが神に向けるその視線は――
母親が子供に向ける慈しみの目であった。
どういうこと?
『神』はクレアに気づいたのか、急激に存在感を小さくしていく。
さきほどの嵐のような感覚が嘘のように静かになり、俺の危険センサーも安全だと判断した。
「うむ、クレアか。 我の教えの通り、世界に愛と平和を広めているようだな」
「はい、主の言われた通りに教えを広めております」
「すばらしい、このまま行けば我の教えも世界に広まる事であろう」
愛と平和を広めるってマジだったのか。
「では、かあ――クレアには新しい加護をくれてやろう」
今、母さんって言おうとしなかった?
思わず飛び出そうになった言葉を何とか飲み込む。
さすがに親子ではないと思うが、本当に親子だとしたら水を差すことになる。
となると年一回の祈りというのは、感動の再会と言うやつだ
邪魔することはな――
「うう、あの子がこんなに立派になって」
クレアが目に涙をためながら、ぼそりとつぶやく
本当に親子かあ……
「ところで主よ。お聞きしたいことが……」
「なんだ?」
俺が衝撃の事実に打ちのめされている間も、会話は続けられていた。
「ちゃんとご飯は食べていますか?」
はい、オカンが子供に言うセリフNo.1ですね。
「食べてる」
そして素っ気ない子供の返答。
だがクレアは気にせずに質問を重ねていく。
「ちゃんとお風呂入ってる?」
「だから、風呂に入らなくても臭くならないんだって」
「信徒は出来た?」
「うん、まあまあ」
「そう、ならよかった」
これは出来の悪い息子を、母親が心配して行われる質問攻めだ。
もしかしてだが、この年一回の祈りって、『母親の心配から来る頻繁な連絡(祈り)に辟易して、親子喧嘩し、最終的に落とし所として年一回の連絡になった』ってやつなのだろうか。
俺も故郷に帰ってから、母親に毎日質問責めをされているから気持ちはわかる。
連絡しなかった俺が悪いので、甘んじて受け入れているが。
俺がいろいろ邪推している間にも、親子の会話は進んでいく。
「気が済んだ? もう聞きたいことないよね」
「うーん」
質問責めで疲れた息子が、無理矢理切り上げようとしているヤツだ。
どこの世界でも同じなんだな。
「そうね、質問は無いわ。 元気そうで安心した」
「じゃあ、僕は帰るから。 また一年後に――」
「あっ待って、私からも伝えたいことがあるの」
「まだ何かあるの?母さん」
母さん言っちゃったよ。
と思わず突っ込みそうになるが、出来なかった。
クレアが俺の腕をひいて、神に見せつけるように俺を引き寄せたからだ。
「お母さんの彼氏です」
「「!?」」
暗闇の向こうにいる『神』の動揺する気配を感じる。
そりゃ、突然母親に恋人紹介されたら驚くよな。
俺も、急に紹介されて困ってる。
「貴様あ、どういうこと――」
「コラ、なんて口の利き方なの! あなたの父親になる人よ!」
「そんなしょぼい人間、父親とは認めない! 殺す!」
人を殺せるほど強烈な殺気が飛んできて、意識が飛びそうになる。
俺ここで死ぬかもしれない。
だが俺は、殺されそうになっているというのに、『コイツも苦労してるのな』と、他人事のように考えていた。
この『神』に同情してしまったらしい。
「あんまり、わがまま言うとげんこつしますよ」
と子供を叱るようにクレアが叫ぶと、途端に殺気が収まる。
『神』でも、クレアのげんこつは怖いらしい。
気持ちはわかる。
薄々感づいていたが、加護なしでも『神』相手にダメージを入れられるんだな。
化け物かよ。
「よろしい」
俺が呆れていることも知らず、クレアは場が収まったことに満足したように頷いていた。
「母さんがそこまで言うなら見逃してやる」
と心底納得できないような声色で『神』が言う。
展開に追いつけないが、命が助かって良かったよ。
「じゃあ、今度こそ僕は帰るから。また一年後に」
「はい、一年後に会いましょう」
やっと感動的な親子の別れのワンシーンだ。
安心感から、目が涙がこぼれる。
と、『神』が自分を見ている気配を感じた。
なにか呪いでも飛ばされるのかと、身構える。
「一年後も母さんの隣にいるといいな。 背中には気を付けろよ」
「ちょっと、シューちゃん」
クレアが慌てて止めに入るも、部屋の暗闇が一気に拡散し、『神』が去ったことが分かる。
捨てセリフそうだが、クレアが『神』をシューちゃんと呼んでいることにも驚く。
神を『ちゃん』付けかあ。
「こら、シューちゃん、出てきなさい。さっきの事を説明しなさい」
クレアはというと、神の像に向かって叫んでいた。
どういう仕組みかは知らないが、クレアが呼んでも出てこないようだ。
クレアが神の像を叩いているのを見ながら、俺は普通の父親の様に息子の事で頭を悩ます。
「一年後、生きているといいなあ」
スローライフを送るためには、突然できた息子を何とかしないといけなくなった。
俺はここにきて、人生設計の修正を余儀なくされたのであった
【忘れられない、いつまでも】
少年は発熱し、街のキャンプから早退していた。夕方、母親が帰ってくる。「全く恥ずかしい」
予想外の言葉と表情。少年の心は次第に閉ざされていく。
少年は青年になり、結婚して子どもが生まれた。不器用ながらもなんとか協力しようと子育てに奮闘。
「ほんと、つかえない」
妻の一言。そしてその言葉に同調する義母。嘲笑う表情。青年の心は瞬間、閉ざされていく。
人間の悍ましさ。青年はさらに歳を重ね,中年になる。人間の繰り出す醜い社会。人間という生き物にほとほと嫌気がさす。かくいう本人が人間であることすら嫌気がさしていた。
しかし、今、その中年に光が差している。暑くもなく眩しすぎもなく、とても心地よい。中年の心が次第に開かれる。今もなお。
忘れられない過去の忌々しい記憶。それを打ち消すような忘れたくない今の記憶。中年は今、人間であることを少しずつ受け止めようとしている。
flamme jumelle
私が嫌いな"私"をあなたは丁寧に拾って
「素敵だよ」「好きだよ」と言って
綺麗に磨いて返してくれるから
私は"私"を前よりも好きになれた。
あなたに貰った美しい言葉の数々を
生涯ずっと大切に抱えて生きていくだろう。
忘れられない、いつまでも
最初は全然興味なかったし、話そうとも思わなかったけど
会うたびに君はその気持ちを塗り替えてくれるね。
こんな気持ち、忘れたいのに。
忘れさせてくれないなんて、ひどい人間だね。
「忘れられない、いつまでも。」
私が弱音を吐いた時、貴方だけはこう言ってくれた。
"もし人間に生きる価値がある人とない人がいたとして、君は生きる価値が絶対にある人だよ。"
私はその言葉を、今も大切にして生きている。
ありがとう、心から感謝を込めて。
美しい小麦色
光を受け輝く瞳
肌に触れた滑らかな手触りと
暖かな春の日差しのようなぬくもり
共に刻んだ年月を忘れはしない
わたしの一生の宝物
それは生まれて一度も経験したことのない
出来事だった。
母に内緒で夜中外へ出た時とも、
学校へ行かず制服のままお出かけした時とも違う。
それらとは比べ物にならないほどの刺激。
私はこれまで道から逸れるようなことをせずに
ありきたりな言葉を使うと、
敷かれたレールを歩くだけの模範生だった。
それがいつからこうなってしまったのか
どこでレールを踏み外したのか、
今となっては分からない。
ただあの瞬間、それに惹かれてしまったのだ。
出会うべく出会ったかのように。
それはおとぎ話の中の主人公みたいに。
今日も私はそれを求めてただ歩く。
その行為をしたあとの罪悪感を消すように、
ただ、歩く。
そして今日も忘れられず、同じ過ちを繰り返すのだ。
あのお腹の奥底から燃えるような、刺激を求めて。
【忘れられない、いつまでも】
【辛ラーメンが、食べたくて】
#大人しい2人がまったり恋してみる話 (BL)
Side:Reo Noto
家事代行サービス事業の事務所の社長をしている母のもとで家事を教わりながら育った俺は、高校卒業後すぐに家政夫の仕事を始めた。
だがそれは特にやりたいことも明確な人生の目標もなく、ただ家事が得意だからやってみることにしたというだけで、家政夫の仕事は別に自分の天職だとは思っていなかった。
…ちょっと風変わりな売れっ子恋愛小説家の、深屋天璃さんに出会うまでは。
"契約の延長もしくは、再契約は可能ですか"
家政夫として働き始めてから約3年ほど経つが、俺の見た目と性格のせいで初回のトライアル段階で訪問したきりそこから依頼が途切れるパターンがほとんどだ。
だから深屋さんからの提案を聞いた時、一瞬言葉が出なくなった。
「…?」
「…あ、すみません。契約の延長を依頼人さんの方から提案されたのって初めてなので、ちょっと驚いてしまって」
"そうなんですか?すごく手際がいいから、リピーターさんがたくさんいるようなタイプに見えました"
「…はい、実はそうなんです。俺…会話苦手だし、それにこの見た目だから怖がられがちで」
「…」
…マズい。俺としたことが、依頼人さん相手に愚痴ってしまうなんて。
急にこんな話されても、反応に困るだけだよな…。
"確かに最初はちょっと怖そうだなって感じはしましたけど、無理やり会話し続けようと話題を振られるより居心地が良かったですよ"
「…えっ?」
"だから…野藤さんさえ良ければ、これからも家事代行をお願いしたいです"
どうやら今回の依頼人さんの性格は、俺の性格ととても相性がいいようだ。
深屋さんのように俺の見た目と性格ではなく家事能力を純粋に見てくれる依頼人さんは、この仕事をするうえでとても貴重な存在だ。
…ああ、家政夫やっててよかったって今初めて思ったかもしれない…。
もちろん俺は深屋さんからの提案を二つ返事で受け入れ、正式な契約を結んだ。
初回トライアルサービスでの契約時間は3時間だったけど、これからは月水金の週3日。
寝食を忘れて創作活動に熱中しがちな深屋さんのためにたくさん作り置きを作って、部屋と服を綺麗に保って…。
少し忙しくはなるけど、距離感と会話のペースが合う深屋さんからの依頼だから楽しくなることは間違いない。
「…ありがとうございます。たくさんいる家政婦さんの中から俺を選んでいただけて嬉しいです」
"いえいえ…家事同行サービスなんて初めて利用したから緊張しましたけどんぶり"
あ。深屋さん、最後誤字ってる。もしかして丼物好きなのかな?可愛いな…。
…ん?可愛い…?
今まで依頼人さんに対して仕事以外の感情を抱いたことはなかったのに、どうしてだろう。
可愛い誤字を見てしまったら、深屋さんがさらに可愛いく思えてきた。
"あ…ごめんなさい、誤字しちゃいました"
「大丈夫ですよ。可愛い…いえ、誤字ることは誰にでもありますから。焦らずゆっくり話してくれていいですよ」
"ありがとうございます…"
俺よりも20センチくらい身長が低くて、9歳年上で、俺と同じ大人しい性格の新しい依頼人さんをこんなに可愛いと思ってしまうなんて。
次回の夕食は親子丼でも作ってみようか。
仕事中の癒しになるように、部屋にいくつか花を飾ってみようか。
深屋さんのために仕事をする時間の全てが、きっとこれからいつまでも忘れられないものになるだろう。
【お題:忘れられない、いつまでも。】
◾︎今回のおはなしに出てきた人◾︎
・野藤 玲於 (のとう れお) 攻め 21歳 家政夫
・深屋 天璃 (ふかや てんり) 受け 30歳 恋愛小説家(PN:天宮シン)
『忘れられない、いつまでも』
ずっと忘れられなかった…
幼い頃から
ずっとあなた達に貶されて
笑われて、バカにされたこと
誰に言っても
「それでも
産んでくれた親でしょう?
姉妹でしょう?
亡くなったあと後悔するよ?」
って…
愛されて育った人は
みんな口を揃えてそう言う
そうだとしても…
例えそうだったとしても…
学校でもイジメられ
家でもハブかれ、貶され
とこにも私の居場所なんてなかった…
記憶にある7歳からずっとだ
それがどんなに孤独で
残酷なことか…分かるか?
小1だった私と
中1になった姉と姉にしか興味のない母
だから私は…ずっと、女は嫌いだ
女がつるむ様をずーっとずーっと
間近で感じていた
37年経った今もこうして…
心の底の「トラウマ」として
うつ病を何度も何度も
繰り返し続けている私の心をえぐり続けていた
だが!
もう終わりだ!
許すわけじゃない!
許すわけがない!
許せるわけがない!
ただCLEARにするだけだ
一つ一つの傷を
今、私は…CLEARにして前だけを見る!
それを
今、私は…君に教わってるんだ
もう、怖くはない
今の私は「孤独」でも「残酷」な幼子でもない!
『忘れられない、いつまでも』
そう、それがあるから
私は…優しい、優しすぎる
でもこれが私の最大の武器だ!
誰かのためだけに生きることの幸せ
自分を犠牲にしてでも
大切な人を守りたい
大切な人が幸せならそれで
私は…幸せなのだ
例え…自分が苦しくてもそれでいい
それが今の私を作り上げている
空いた右手で頬を撫でる手つきは、子供をあやすそれ。眠れぬ時はそっと目を塞ぎ、眠りに導く。その姿を見たことはない。だが、手のぬくもりと、達筆な書き置きが存在を証明している。
そんなある日、私は思い出した。今は亡き彼の、最期の言葉を。滲む視界の淵に、馴染み深い黒の指が映り込んでいる。
Title「姿無き忠義」
Theme「忘れられない、いつまでも」
May.9
『忘れられない、いつまでも』
一度だけ空が飛べたこと
彼の机を勝手に開けたこと
自転車で追いかけられたこと
水墨画のような空が広がっている。
雲の隙間から、ほんの一筋の光が、地面に降り注いでいる。
天使の通り道だ。いつか教わった。
細い土の道はまだ続いている。
海はまだ見えない。僕たちの“約束の地”はまだ遠いみたいだ。
「大丈夫?疲れてない?」
後ろにいた女の子が、気遣わしげに声をかけてくれる。
僕より少しお姉さんの、背の高い女の子だ。
「うん。大丈夫。ありがとう」
足のマメが破けるのに気づかなかったふりをして、僕は答える。
長い列が続いている。
僕たち子どもだけの長い行列。
僕たちは巡礼に行く。“約束の地”でみんなの幸せを願うため、僕たちは歩き続ける。
“約束の地”は海の向こうにある。
海の向こうの、魔王の国の中にある。
“約束の地”に向かう道中の困難は、みんな与えられた試練で、乗り越えて帰って来た者だけが“勇者”になれる。
“勇者”は大きくなったら、みんなを救うために、魔王を倒す旅に出るのだ。
ここを歩く子どもたちは、みんな“勇者”になりたいのだ。
“勇者”はヒーローだ。“勇者”になれば、みんなの役に立てずにぼんやりと大人たちを眺めていなくてすむ。タダ飯喰らい、役立たずと怒られずにすむ。
自分の無力さに失望して、夜中を独り寂しく過ごすこともしなくてすむ。
だから僕たちは歩き続ける。
前を見たら、果てしない先が見えて辛くなる。
だから僕たちは出来るだけ下を見て、急いで歩く。
「…あっ!」
突然、先頭の子が顔を上げて足を止めた。
「見て!」
目の前の空を指差している。
僕たちも止まって先頭の子の指先を見つめる。
一筋だった光が、いつのまにか幾筋も現れ、地面に降り注いでいた。
灰色の雲の隙間から、暖かく輝く黄金の光の筋が、幾つも幾つもはっきり見える。
曇っているのに、晴れているみたいだ。
ほのかに輝く、空中が恐ろしく美しい。
「…神々しい」
誰かが言った。
そうか、神々しいってこういう時に使うんだ。
僕は妙に納得した。
他の子も僕と同じことを考えたらしい。
「神々しい!」
誰かが洩らせば、たちまちあちこちで、口々に「神々しい!」「神々しい!」とみんなが叫ぶ。
疲れ切っていたはずのみんなの顔が、心なしか柔らかい
…みんな笑顔だ。眩しいくらいの笑顔だ。
振り向くと、さっき声をかけてくれた背の高い女の子も笑っていた。無邪気で大人でかわいらしい、綺麗な…天使様みたいな笑顔で笑っていた。
みんな笑ってる。あの子も笑ってる。
神々しい光の前で、みんなが笑ってる。
…僕も笑ってる。久しぶりだ。
天使の通り道の前で、天使様みたいな笑顔を、みんなが浮かべている。僕もきっと、同じように笑っている。
…旅はまだ続く。海を渡らなくては、魔物のいる道中を通らなければ、僕たちは帰れない。きっとこれからも道は長い。
…でも僕は、この光景を忘れられないだろう。いつまでも。
みんなで天使のように笑いあった今を、忘れられない。いつまでも。
きっとみんなもそうだ。
くすんだ灰色の雲を割って、天使の通り道が、また一つ溢れ出る。
つむじ風が、笑い合う僕らの隙間を通り過ぎていった。
ダブルアーツの続編
"忘れられない、いつまでも。"
あれはもう昔の話だ、
私がまだヤンチャで幼い頃
何を思っていたのだろうか、
玄関の扉を壊してしまった。
正確に言うと鍵穴だ。
興味旺盛な私は、後先を考えず
この棒ならピッキングできるのではないか?
と疑問に思った。思ってしまったのだ。
我ながらに馬鹿な発想だ。
結果はわかりきっていると思う。
その後のことは伏せておこう。
そのようなことが今でも忘れられない。
だからこそ後悔をしないようにしようと
あの日あの時から学んだんだ。
僕の忘れられない素敵な記憶はレトロな缶の中に
綺麗にしまっておくよ。
たまに取り出して
美味しい紅茶と一緒に
思い出を静かに味わったりね。
でもね、浸り過ぎないくらいにあっさりとさ。
「忘れられない、いつまでも」
もう顔もぼやけているのに、その時の感情だけは鮮明で。
この感覚がぼやける頃、きっと貴方は記憶にすら居ないのだろうね。
ただ微かな残り香みたいに、心の端に引っかかったままで。