酸素不足

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『忘れられない、いつまでも。』


コツコツと革靴の音を響かせ、ゆっくりと歩く一人の男。
男は、悲しそうな、けれど、どこか満足そうな表情をしていた。

そんな男の腕の中には、一人の生首が抱かれていた。
それを、とても大事そうに抱える男は、異常な人間に見えるに違いない。
しかし、他人からどう見られるかなど、男にはどうでも良かった。
男は、どうしても、その生首を手に入れたかったのだった。
いや、生首を手に入れたかったのではない。彼という存在を手に入れたかったのだ。
どうしても手に入らない場所へ行ってしまう彼を、どうしても自分のものにしたかったのだ。

「お前が言ってくれたことが、忘れられないんだ。いつまで経っても、忘れられないんだよ」

男は、生首に頬擦りしながら、苦しそうに呟いた。
一筋の涙が流れたことに、男は気付かなかった。


そうして男は、もう動くことのない唇に、ゆっくりと自分の唇を重ねた。

5/9/2024, 1:56:23 PM