『夜明け前』
静かだ。
昼間の喧騒が嘘のように、街を静寂が包み込んでいる。
暗闇の中で、誰かの声が聞こえた気がした。
それは、助けを乞うような声にも、呪いを吐くような声にも聞こえた。
足に触れたものは、水だろうか。
それとも、誰かの血だろうか。
暗闇が、僅かに光を呼び込む。
ああ、もうすぐ、夜が明ける。
『不完全な僕』
その男は、長い間、旅をしていた。
様々な国を巡っては、落胆していた。
彼は何かを探していたようだったが、それが何かは誰も分からなかった。
途方もない時間が流れ、世界中を何度も何度も巡った彼は、遂にそれを見つけた。
「やっと、やっと見つけた……」
彼は涙を流して歓喜した。
「これで完全体になれる。僕たちは、一つだ」
そう呟いた彼は、ゆっくりと崖下へ落ちていった。
『海へ』
美しいと思った。
濡れた艶やかな髪も、磁器のように真っ白な肌も、とても美しかった。
僕を捉えた瞳は、今まで見た青色の中で最も綺麗な色だった。
やっと見つけた、僕の宝物。
彼女を探し始めて、たったの十五年で見つけられたのは幸運だ。
にっこりと微笑む彼女に引き寄せられるように、私はゆっくりと歩みを進めた。
服が濡れることも厭わず、ザブザブと水の中を進むと、彼女もまた、私の方へ近づいて来てくれた。
美しい腕を伸ばして、彼女は私を迎え入れる。
そっと触れた彼女の指先は、氷のように冷たかった。
「会いたかった」
私の言葉に、彼女は満足そうに笑うと、力強く私を抱き締めた。
そして、そのまま私を海の底へと連れて行ってくれたのだった。
「みんなー、人間(エサ)が捕れたよ!」
『裏返し』
毎日毎日、同じことをする。
あと何回注意したらやめてくれるのか。
もう注意しても意味がない気がする。
「また靴下もTシャツも裏返し!何回言ったら直してくれるの!」
「あー、ごめん。次から気をつけるねー」
小さなイライラが積み重なって、いつかこの人を殺してしまいそうだ。
『鳥のように』
変わることのない景色には、いつも鉄の棒が映る。
運ばれてきたものしか口にできず、自由に行動することもできない。
私はまさに、鳥かごに囚われた、鳥のよう。
本物の鳥のように、翼があったら良かったのに。