『冬になったら』
俺と比べたら、一回り以上細い手首。
体重は、出会った頃の半分になってしまった。
デートの度に、可愛くアレンジしてきてくれた髪は、一本も残っていない。
「寒くなってきたね」
それでも、笑った顔は変わらない。
「イルミネーション、どこ行きたい?」
「……そうだなあ。日本で一番電飾使ってる所がいいな」
「調べておくよ。クリスマスはケーキもピザもチキンも食べような」
「ふふふ。楽しみにしてる」
きっと、彼女はイルミネーションを見られないだろう。
クリスマスを楽しむこともないだろう。
冬になったら、彼女の命は終わってしまう。
それでも、奇跡を願うことはやめられない。
冬なんて、来なければ良いのに。
『意味がないこと』
お前がどんなに命を賭けようと、どんなに多くの命を守ろうと、その行為に意味は無い。
お前のその正義が報われることもない。
私を倒す為だけに一生を無駄にして、お前には何が残る?
私に負けたその瞬間、お前のしてきたことは全て無意味なものになるのだ。
なあ、勇者よ。
今、どんな気持ちだ?
ここまで来て、あっさり私に負けるとは、悔しいか?悲しいか?
私がいなければ、勇者という存在そのものが無意味だと言うのに。
人間は、意味の無いことばかりするな。
勇者よ、お前は実に無意味な存在である。
『柔らかい雨』
雨が降っていた。
しっとりと肌を濡らすような霧雨だった。サアサアと降る雨は、止む気配も強まる気配も無く、だだ優しく降り注いでいる。
土砂降りであったのなら、俺の心のようだと自嘲できたのに。どこまでも優しい雨に、どうしようもなく涙が溢れた。
カンカンカンカンと警報音が鳴り、遮断機が下りてくる。その動作が、ひどくゆっくりに見えた。
のろのろと遮断機をくぐり、線路上に立つ。遠くから強い光が近づいて来る。その眩しさに思わず目を細めつつ、やって来る電車を見る。
だんだんと電車が近づいて来る。
これからくるであろう衝撃や痛みに、不思議と恐怖は感じなかった。何も感じず、ひたすらに優しい雨に肌を濡らされながら、その時を待っていた。
電車が大きな音を出しながら目の前までやって来る。
そっと瞼を閉じた。
ああ、なんだ。走馬灯なんてものは見えやしないじゃないか。
『哀愁を誘う』
例えば、日の短さや風の冷たさ。虫の死骸や、落葉。どこか違う世界と繋がりそうな、夕暮れ時。ふとした時に気がつく、親の老い。
何気ない日常に、哀愁はいくつも散りばめられている。
どんな日常も、哀愁を纏って、私の心を引き入れようと誘ってくるのだ。
『鏡の中の自分』
私の嫌いなあの子は、いつも私の真似をする。
お洋服もお化粧もヘアアレンジも、笑った顔だって。
全てのことを真似してくる。
それなのに、あの子は自由で、私は囚われの身。
そんなのおかしいじゃない。
あの子は私の真似をしているだけなのに、私が不自由なのはおかしいわ。
だから、入れ替えようと思うの。
あの子を私の世界に引きずり込んで、私があの子の世界へ行くの。
そうしたら、私は自由になれるし、あの子に真似されなくて済むわ。
そう考えたら、楽しみで楽しみで仕方がないの。
ああ、早く、鏡の前に来てくれないかしら。