『眠りにつく前に』
「今日はどんな夢を見ようかな」
「自分の好きな夢が見られるの?」
「もちろん」
「すごい! どうやってるの?」
「見たい夢のことを強く想うんだよ」
「えー、そんなので本当に見られるの?」
「本当だとも。お父さんはこれで何度も好きな夢を見ているんだよ」
「じゃあ僕もやってみる!」
父さんの言う通りにはならなかったよ。
空を飛んで、世界中を自由に旅する夢は、どんなに強く想っても見ることは無かった。
けれど、父さんと酒を飲みながら語り合う夢は、何度も見たよ。
きっと、俺が本当に見たかった夢は、これだったんだろうな。
父さん、俺、二十歳になったよ。
いつか一緒に飲もうって言ってた酒は、俺には合わなかったみたいだ。
寝る前に、見たい夢を強く想う癖がついてしまったよ。
いつか、想った夢が見られる日が来ると信じてるよ。
じゃなきゃ、父さんは嘘つきになるからな。
また、夢で逢おう。
『永遠に』
このままじゃ駄目だ。
もっと、完璧に近づけなければ。
もう少し。
あと少しで完成する。
遂に、遂にできた。
これで、私と貴方は同じ時を生きられる。
「やっと一緒になれるね」
永久の時を生きる魔女が、その命を終わらせることは難しい。
けれど、彼女は魔女を殺せる魔法薬を完成させたのだ。
自分自身を殺す魔法薬を。
――たった一人の、愛した男の後を追うために。
『理想郷』
ここには、嫌なことは何もない。
綺麗なお家に、優しい父と母。
温かくて美味しいご飯と、あったかいお風呂。
ふかふかの布団で眠って、幸せな夢を見る。
毎日が楽しくて、あっという間に過ぎてしまう。
――なんて、そんな日々は来るはずもない。
ここは、嫌なことで溢れかえっている。
家の中はゴミだらけで、暴力を振るう父と、無関心な母。
食べカスや生ゴミしか食べさせてもらえないし、冷水のシャワーしか浴びられない。
布団なんてなくて、固くて冷たい床の上で眠る。
毎日毎日、明日なんて来なくて良いと思っている。
生まれ変わったら、理想郷に行けますように。
そう思いながら、今日も僕は耐え忍ぶ。
『懐かしく思うこと』
ランドセルの重さ、給食の楽しみ、休み時間の活発さ。
宿題を放り出して遊んだあの日。
とにかく笑って、全てのことに全力だったあの頃。
もう取り戻すことのできない思い出。
懐かしいと思える記憶になっていることに、感謝を。
『もう一つの物語』
「泣かないでよ」
「泣いてないっ」
そんな、か細く震えた声で言われても。
「誰が選ばれても、恨みっこなしでしょ」
「わかってるわよ。けど、ちょっとくらい、悔しいって思ったっていいじゃん」
「悔しいんだ?」
「当たり前でしょ。本気で好きだったんだから」
ズズズっと鼻をすすった彼女は、僕を睨みつける。
「あんたは悔しくないの?」
「僕は、結構前から諦めついてたから」
「なにそれ」
「他に好きな人できたし」
「は?じゃあ何であたし達と競ってたのよ」
「好きな人と、少しでも一緒にいたかったからだよ」
「はあ?」
僕達は、主人公の友達で。
物語の主役にはなれない脇役で。
それでも、僕達には僕達の物語があるわけで。
「君だよ。僕の好きな人は」
「…………はあ!?」
「はははっ。涙止まったね」
「あんた、私を泣き止ませる為に、そんなバカみたいなこと言ったの?」
「違うよ。本当に好きなんだ。泣き止んでくれたのは、思わぬ誤算ってところかな」
「……私、男に興味無いから」
「知ってるよ。今は、でしょ?」
「……」
「僕のことも、意識してね」
主人公のように、スポットライトが当たった物語ではないけれど、それでも、僕の物語はとても輝かしいものになるはずだ。