G14

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 俺の名前はバン。
 以前は名の知れた冒険者だったのだが、仲間からの手ひどい裏切りでトラウマになり、ダンジョンに潜れなくなってしまった。
 ダンジョンに潜れない冒険者なんて価値は無い。
 冒険以外に何もできない俺は、恋人のクレアの勧めで故郷に戻っていた。

 十年近く帰っていなかったのだが、家族や友人からは熱烈な歓迎を受けた。
 帰ってからというもの様々なトラブルに見舞われたが、おおむね平和に過ごしていた。
 冒険者に復帰せず、クレアと一緒にのんびり故郷で暮らすのもいいな。

 そんなことをぼんやりと思っていた頃、クレアからあるお願いをされたのだった。

 ◆

「誰も使ってない家を借りたい、という事だったが何をするんだ?」
「今から神に祈ろうと思ってます」
「なるほど」

 クレアは聖女である。
 この世界には数多の神がおり、それぞれの神に選ばれた女性が聖女となる。
 彼女たちは、自らの神に信仰を捧げ、世界に教えを広げ、時として神の奇跡を体現する、神の代行者である。
 時には人々を救うため、神の加護を受け危険な場所にも進んで赴く……
 クレアは、そんな使命を負った一人なのだ。
 そして神の力を行使するためには、神への祈りは欠かせないらしいのだが――

「お前が祈るなんて初めて見るよ」
 クレアは、『おや』とでも言いたげな顔で、俺を見る。
「言ってませんでしたか?
 私が信仰する神は、年に一回だけ祈りを捧げることになっているのです」
「ふーん、コスパのいい神様な事だ」
「バンも今からでも改宗しませんか?」
「いやいい」

 クレアは見るからに落ち込むそぶりを見せるが、すぐに切り替えて祈りの準備をする。
 恋人がきっかけで改宗することは珍しくないのだが、俺に関しては改宗する予定はない。
 というのも、俺はクレアの信じる神が、邪神の類ではないかと疑っているのだ。
 クレアを見る限り、神の加護は強力なのは間違いないのだが、強力過ぎて何かと引き換えに力を得ているのではないかと思っている。
 本人は否定しているし、実際クレアにも害はなさそうなのだが、恐いものは怖い。
 触らぬ神にたたりなし、である。

「準備出来ました」
 そんな事を考えている間、クレアは部屋の机を並べ替え、簡単な神殿を作り上げていた。
 神殿、と言っても机を固めて並べて、中央に神をかたどったと思わしき小さな像が置いてあるだけであった。
 クレアの信じる神は、必要最低限の信仰さえあればいいと言う性格なのかもしれない。
 俺の中で、ちょっとだけ邪神に対する好感度が上がる。

「俺は離れた方がいいのか?」
「いてください。 あなたにも関係ある事なので……」
「俺は信徒じゃないぞ」
「構いません、私がいて欲しいから

 そう言うと、クレアは神の像に向き直る。
「主よ、おいでください」
 クレアが小さく呟くと、外は明るいと言うのに、部屋は暗闇に包まれる。
 冒険者時代に培った警戒センサーが、危険だと警告を発する。
 やっぱり邪神の類じゃないか!

 しかし警戒こそするが、剣は抜かない。
 この邪神は聖女であるクレアが呼んだのだ。
 こちらから何かをしない限り、俺には興味すら持たないだろう。
 多分。

「我を呼んだのは貴様か!」
 目の前の暗闇に、強烈な存在感を感じる。
 およそ生物の放つ存在感ではない。
 この気配がクレアの言う『神』なのだろう。

 俺はその『神』に対して恐怖しか感じなかった。
 きっと人間には、とうてい敵わぬ格上の存在。
 そんな存在を前にして、クレアは笑みを浮かべていた。
 これだけを見れば、邪神に従う狂信者とう思うだろう。
 だが、クレアが神に向けるその視線は――
 母親が子供に向ける慈しみの目であった。
 どういうこと?

 『神』はクレアに気づいたのか、急激に存在感を小さくしていく。
 さきほどの嵐のような感覚が嘘のように静かになり、俺の危険センサーも安全だと判断した。

「うむ、クレアか。 我の教えの通り、世界に愛と平和を広めているようだな」
「はい、主の言われた通りに教えを広めております」
「すばらしい、このまま行けば我の教えも世界に広まる事であろう」
 愛と平和を広めるってマジだったのか。
「では、かあ――クレアには新しい加護をくれてやろう」

 今、母さんって言おうとしなかった?
 思わず飛び出そうになった言葉を何とか飲み込む。
 さすがに親子ではないと思うが、本当に親子だとしたら水を差すことになる。
 となると年一回の祈りというのは、感動の再会と言うやつだ
 邪魔することはな――
「うう、あの子がこんなに立派になって」
 クレアが目に涙をためながら、ぼそりとつぶやく
 本当に親子かあ……

「ところで主よ。お聞きしたいことが……」
「なんだ?」
 俺が衝撃の事実に打ちのめされている間も、会話は続けられていた。

「ちゃんとご飯は食べていますか?」
 はい、オカンが子供に言うセリフNo.1ですね。
「食べてる」
 そして素っ気ない子供の返答。
 だがクレアは気にせずに質問を重ねていく。

「ちゃんとお風呂入ってる?」
「だから、風呂に入らなくても臭くならないんだって」
「信徒は出来た?」
「うん、まあまあ」
「そう、ならよかった」

 これは出来の悪い息子を、母親が心配して行われる質問攻めだ。
 もしかしてだが、この年一回の祈りって、『母親の心配から来る頻繁な連絡(祈り)に辟易して、親子喧嘩し、最終的に落とし所として年一回の連絡になった』ってやつなのだろうか。
 俺も故郷に帰ってから、母親に毎日質問責めをされているから気持ちはわかる。
 連絡しなかった俺が悪いので、甘んじて受け入れているが。

 俺がいろいろ邪推している間にも、親子の会話は進んでいく。
「気が済んだ? もう聞きたいことないよね」
「うーん」
 質問責めで疲れた息子が、無理矢理切り上げようとしているヤツだ。
 どこの世界でも同じなんだな。

「そうね、質問は無いわ。 元気そうで安心した」
「じゃあ、僕は帰るから。 また一年後に――」
「あっ待って、私からも伝えたいことがあるの」
「まだ何かあるの?母さん」
 母さん言っちゃったよ。
 と思わず突っ込みそうになるが、出来なかった。
 クレアが俺の腕をひいて、神に見せつけるように俺を引き寄せたからだ。

「お母さんの彼氏です」
「「!?」」
 暗闇の向こうにいる『神』の動揺する気配を感じる。
 そりゃ、突然母親に恋人紹介されたら驚くよな。
 俺も、急に紹介されて困ってる。

「貴様あ、どういうこと――」
「コラ、なんて口の利き方なの! あなたの父親になる人よ!」
「そんなしょぼい人間、父親とは認めない! 殺す!」

 人を殺せるほど強烈な殺気が飛んできて、意識が飛びそうになる。
 俺ここで死ぬかもしれない。
 だが俺は、殺されそうになっているというのに、『コイツも苦労してるのな』と、他人事のように考えていた。
 この『神』に同情してしまったらしい。

「あんまり、わがまま言うとげんこつしますよ」
 と子供を叱るようにクレアが叫ぶと、途端に殺気が収まる。
 『神』でも、クレアのげんこつは怖いらしい。
 気持ちはわかる。
 薄々感づいていたが、加護なしでも『神』相手にダメージを入れられるんだな。
 化け物かよ。

「よろしい」
 俺が呆れていることも知らず、クレアは場が収まったことに満足したように頷いていた。

「母さんがそこまで言うなら見逃してやる」
 と心底納得できないような声色で『神』が言う。
 展開に追いつけないが、命が助かって良かったよ。

「じゃあ、今度こそ僕は帰るから。また一年後に」
「はい、一年後に会いましょう」
 やっと感動的な親子の別れのワンシーンだ。
 安心感から、目が涙がこぼれる。
 と、『神』が自分を見ている気配を感じた。
 なにか呪いでも飛ばされるのかと、身構える。

「一年後も母さんの隣にいるといいな。 背中には気を付けろよ」
「ちょっと、シューちゃん」
 クレアが慌てて止めに入るも、部屋の暗闇が一気に拡散し、『神』が去ったことが分かる。
 捨てセリフそうだが、クレアが『神』をシューちゃんと呼んでいることにも驚く。
 神を『ちゃん』付けかあ。

「こら、シューちゃん、出てきなさい。さっきの事を説明しなさい」
 クレアはというと、神の像に向かって叫んでいた。
 どういう仕組みかは知らないが、クレアが呼んでも出てこないようだ。
 クレアが神の像を叩いているのを見ながら、俺は普通の父親の様に息子の事で頭を悩ます。

「一年後、生きているといいなあ」
 スローライフを送るためには、突然できた息子を何とかしないといけなくなった。
 俺はここにきて、人生設計の修正を余儀なくされたのであった

5/9/2024, 1:52:53 PM