星を追いかけていたら、迷子になった。
何を言っているか分からないが、実際そうなのだから仕方がない。
私は暗い森の中で、一人途方に暮れていた。
1時間前のことだ、私は親と喧嘩した。
ちょっとした小言から大喧嘩に発展し、「絶交する」と飛び出したのだ。
しかし行く当てもなく、スマホも家に忘れてしまったので、街を彷徨うはめになった。
そんな時、あるものが目の前を横切った。
それは星のように輝く光の玉。
まるで空に浮かぶ星のようだった。
その星は「急がないと、急がないと」とピカピカ光りながら駆けていき、そのまま闇へと消えた。
その様子がまるで『不思議の国のアリス』のウサギみたいだと気づいた私は、親と喧嘩したことも忘れ、走り去るウサギ星を好奇心だけを胸に追いかける。
だがウサギ星は足が速かった。
あっさりと見失い、気がつけば森の中にいた。
「どうしよう……
家に帰れない」
人里離れた森の中、人の気配はどこにもない。
このまま誰にも気づかれずに死んでしまうのだろうか……
後悔と恐怖が胸を締め付ける。
そんな時だ。
遠くの方から人の声が聞こえて来たのは。
『アリス』のようにパーティでもしているのか、とても楽しそうな雰囲気だ。
助けが期待できるか分からないが、ここにいても仕方がない。
私は一縷の望みをかけて、声のする方に向かう。
歩くことしばし、開けた場所に出ると、そこは黒で統一されたパーティ会場だった。
黒いテーブルクロス、黒いイス、そして黒いティーポット……
普通のパーティではなかった。
異様な光景だが、恐怖を感じなかったのは出席者たちのおかげだろう。
会場には、さきほど追いかけたウサギ星のような光の玉が、楽しそうに騒いでした。
黒い背景に浮かび上がる、光の数々。
まるで夜空に浮かぶ星々のようだった。
星を追いかけて、星空を見つける。
ちょっとロマンチックだ。
スマホが無い事が惜しまれる。
持っていたら、写真に撮ってSNSに上げたのに。
そんな事を考えながら幻想的な光景に見とれていると、星たちの一人?が私を見つけた。
「おや、そこのお客人。
招待状はお持ちですかな?」
落ち着いて威厳に満ちた声がその場に響く。
長老だろうか?
声の主は、大きく、そしてこの場の誰よりも眩く輝いていた
「いいえ、持っていません。
歩いていたら道に迷ってしまい、ここに迷い込んでしまいました」
「それは大変でしたね、お客人。
後ほど道を案内させましょう」
「ありがとうございます」
「しかし今はパーティの時間。
終わるまでここでお楽しみ下さい」
私は長老星に促されるまま、私はパーティに参加することになった。
立ったままも体裁が悪いので、長老星の隣にある誰も座ってない椅子に腰かける。
そして、テーブルの上にある金平糖を食べながら、私は長老星に気になったことを尋ねた。
「これは何のパーティですか?」
「これは私の葬式ですよ」
「お葬式!?」
私は思わず叫ぶ。
葬式なのに、目の前で本人がピンピンしている……
どういうことだろうか?
生前葬というやつ?
私が首をひねっていると、長老は説明し始めた。
「まず最初に。
私たちは星のように見えますが、星そのものではありません。
星が放つ光が、意思を持ったものが我々です。
お客人は、星から出た光が時間をかけて地球に届くことをご存じでしょうか?」
「ええ、知ってるわ。
光にも速さがあって、遠ければ遠い程時間がかかるんでしょう」
「はい、そうです。
私の場合、本体は50億光年離れた所にいます」
「それとお葬式に何の関係が?」
「実は、私の大元の星が死んでしまったのです」
「なんですって!?」
私は言葉を失った。
たしかに、地球に届く星の光には時間差がある。
なので、死んだ星の光が地球に届くこともあるだろうか……
こうして実際に目にすると驚きしかない。
私が混乱している間も、長老星は言葉を続ける。
「お客人は、『超新星爆発』をご存じでしょうか?」
「いいえ、知らないわ」
「では簡単にご説明しましょう。
星の終わりには、大きく分けて二つあります。
これはその星の重量によって決まります。
軽い星は――といっても太陽の8倍までは軽い星扱いなのですが――寿命が来ると、一度大きく膨らんだ後、風船みたいに空気が抜けていくように小さくなって消滅します。
一方、重い星は寿命が来ると、大きく膨らむことは無く、そのまま大爆発するのです。
これが『超新星爆発』なのです」
「そうなのね……」
「爆発の際、星は強い光を発します。
今の私は強く輝いているでしょう?
これこそが『超新星爆発』の光。
そして星が死んだ証拠なのです」
「どうにかならないの?」
「どうにもなりませんね。
爆発の期間は、数週間から数年とまちまちですが、私の本体があるのは50億光年も向こう。
既に跡形もなく消滅している事でしょう」
衝撃の事実になにも言えない私。
なんと言葉をかけるか悩んでいると、長老星は優しく慰めてくれた。
「落ち込むことはありません。
今を生きるお客人には想像がしにくいでしょうが、星の死と言うのは決して悪い事ではありません」
「どういう意味?」
「爆発の際、たくさんの元素を宇宙に放出します。
その放出された元素がやがて新しい星を形作るのです。
もしかしたら地球にもやってくるかもしれません。
天文学的な確率ですけどね」
「そうなんだ」
「ええ、ですから怖くないは嘘になりますが、それ以上にワクワクしています。
私の死が、新しい命を生み出すのですからね――
おっと」
長老星が何かに気づいたかのように、話を中断する。
なにかあったのかと不思議に思っていると、さっきまで騒がしかった会場が静かな事に気づいた。
「パーティも終わりのようですね。
話し込んでいる間に、ずいぶんと時間が経っていたようです」
「貴重な時間を邪魔してごめんなさい」
「いえいえ、お話しできて楽しかったですよ。
人間と話すのは初めてでしてね。
つい、時間を忘れてしまいました」
言い終わると、長老星は優しく光った。
「ではお客人、さようなら。
最期に楽しい時間をありがとう」
「ええ、お星さま、私も楽しかったわ。
またいつか会いましょう」
「お客人、それは……」
「自分は死んだからもう会えないっていうんでしょう」
「ええ、まあ」
困惑したように不規則に光る長老星。
私はその反応を見て、イタズラっぽい笑みを浮かべる。
「さっき言ったじゃない。
もしかしたら地球に来るかもって」
「それは言いましたが、しかし……」
「いいじゃない、細かい事は。
50億光年も離れているアナタとおしゃべりしているのよ。
この奇跡に比べたら、それくらい簡単よ」
「これは敵いませんな。
まずありえないことですが……
とても好きな考えです。
私もまた会う事を信じましょう。
ではまたいつか」
「またいつか」
そうして長老星と別れを告げた後、私は別の星に道案内された。
光の大きさと点滅具合から、最初に追いかけた兎星に違いない。
自信満々に道案内する様子から、土地勘もあるようだ。
(ひょっとしてこの辺りに住んでる?)
今度この星をストーキングして、どこに住んでいるか調べるのもいいかもしれない。
そんな事を思っていると、私はあることを思い出した。
「親と喧嘩したままだった!」
楽しい経験をしたせいで、喧嘩の事をすっかり忘れていた。
このまま家に帰るのも負けたようで悔しいが、かといって行き先を変えてくれとも言えない。
気まずい思いを胸に抱えながら、ウサギ星の後を付いて歩く。
「なんか奇跡が起こって、時間差で既に仲直りしているとかないかな……」
無理だ。
だって奇跡は滅多に起こらないから奇跡なのだから。
「あーあ、誰かどこかに私の味方をしてくる人はいないかなあ」
頭を抱えながら空を見上げると、一筋の光が流れたのだった。
67.『揺れる木陰』『Special day』『飛べ』
オレの名前はジョン、盗賊だ。
ここらへんじゃ名の知れた盗賊で、誰もが俺を恐れている。
この辺りは田舎だが意外と人通りが多く、獲物には不自由しない。
旅人、商人、はては貴族の馬車も襲った事がある。
警備もゆるいし、楽に稼げるいい狩場である。
けど俺はこんな田舎で終わるつもりはない。
夢はでっかく盗賊王。
ビッグになる夢を見て、今日も盗賊の技を磨く。
だが昔から盗賊王を目指していたわけじゃない。
若者らしく、冒険者を夢見ていた。
けれど剣の才能が無く、魔法の才能が無く、荷物持ちの才能すらなかった。
どこへ行ってもお荷物扱い。
どのパーティにも入れなくなるのは、時間の問題だった。
冒険者で食っていけなくなった俺は、盗賊になった。
だが盗賊の才能も無かった。
盗みに失敗し、警備隊に追われる日々。
捕まるのも時間の問題だった。
だがそうはならなかった。
趣味の占いが俺を救ってくれたのだ
『今日の運勢』を占い、運勢の良かった日に行動を起こす。
すると、今まで失敗したのが嘘のように盗みが成功し始めた。
労せずして金品を巻き上げられる上に、逃げる時も簡単に追手を巻くことも出来る。
自分の時代が来た事を確信した。
だが自分は未熟。
調子に乗ると痛い目に会うのは、冒険者時代に学んだ。
そこで腕を磨くため、修行のために田舎へとやってきた。
ここならば儲けは少ないが、警備も緩く危険もない。
そうして俺は、じっくりと盗賊の腕を磨いっていった。
◇
田舎に越してきて、1年が経とうとした時のこと。
日課の『今日の運勢』占いをしていたところ、衝撃の結果が出た。
なんと、占い結果は『ミラクルラッキー』。
何をやっても上手く行く日。
人生に一度あるかないかのSpecial dayだ。
こんな日には大物を狙おう。
そう思った俺は、逸る気持ちを抑えながら街道へと出た。
今日はどんな獲物を狙おうか。
貴族を襲って身代金を取る?
はてまた大商人の馬車の積み荷を頂こうか?
これ以上なく浮かれていた。
そんな時である。
道の向こうから男女二人組が歩いて来た。
獲物を探し始めたら、すぐにカモが来るなんて、なんてラッキーなんだ。
さすがSpecial day、話が早い。
だが襲っても金を持っていなければ意味がない。
俺は歩いて来る二人組を観察する。
二人組は冒険者だった。
男の方は剣士のようで、腰に剣を佩き、鎧を着こんでいる。
女の方は魔法使いのようで、鎧の代わりに魔力のこもった服を着て、手には杖を持っている。
俺は悩んだ。
冒険者と言うのは、魔物退治が専門なだけあって、なかなかに手ごわい相手だ。
その一方、その日暮らしの者が多くお金を持っていない事も多い。
苦労の割にリターンが少ない、それが冒険者だ。
なので普段は見かけても見送るのだが、今日は違った。
二人の装備が、この辺りでは見ないような『超』高級品だったのである。
オリハルコン製の剣、ミスリルの鎧、竜玉を使った魔法の杖、聖骸布で織られた魔法の服。
一つ売るだけでも、人生遊んで暮らせると言われるほど、とんでもないシロモノだった。
それが4つ。
まさにspecial dayだ
「獲物はこいつにしよう」
アレを持っているのは『超』一流の冒険者くらいなものだが、こんなド田舎にそんなヤツがいるわけがない。
おおかた知り合いに譲ってもらったか、親が金持ち程度の事だろう。
万が一、実力者だとしても問題ない。
だって今日の俺はspecial day。
向かうところ敵なしだ。
「行くぜ、今日は大もうけだ」
俺は成功を確信しながら、冒険者が来るのを待ったのだった。
◇
「すみませんでした」
俺は目の前で仁王立ちしている二人に土下座する。
立っているのは、先ほどカモと定めた冒険者2人。
どうしてこうなったのだろう?
俺はさっき起こったことを思い返す。
襲うと決めた後、俺は草の茂みに隠れた。
不意を突き、盗みを円滑に進めるためだ。
そして不意打ちは成功した。
茂みから飛び出した時、二人は明らかに反応が遅れていた。
勝利を確信しながら、二人に向かって魔法を打ち込んだのだが……
女が瞬時にマジックバリアを発動、渾身の魔法を防がれる。
そして俺がそれに気を取られている隙に、男が一瞬で肉薄。
「吹き飛べ!」と叫びながら俺を殴った。
そこから覚えていることは断片的だ
勢いよく吹き飛ばされる感覚、木に打ちつけられた衝撃、揺れる木陰……
目を覚ましたら簀巻きにされていた。
どうしてこうなった?
何度も同じ疑問が浮かぶ。
今日の俺は間違いなくSpecial day。
何もかも上手くいく日。
どうして上手くいかない……
占い結果を読み間違えたのだろうか?
そんなわけがない。
不意打ちする際、強力な火属性の魔法『ハイパーインフェルノspecial』が発動したからだ。
一度も初級魔法すらまともに発動させたことが無い俺が、だ。
つまり今日は間違いなくspecial day。
だとしたらなぜ俺は負けたのか?
疑問が堂々巡りする。
地面に頭をこすりつけながら悩んでいると、男が不機嫌そうに口を開いた。
「ついてねえな。
隣村の用事が終わって帰るだけなのに、変なのに絡まれるとはな」
「面倒ですが、もう一度隣村に戻るしかありませんね。
この辺りで警備隊の基地があるのは、あそこだけですから」
「この際ここに捨てていくのはどうだ?
この辺りのオオカミが後始末をしてくれるかもしれない」
「ダメですよ、バン様!
悪人とは言え命を粗末にしては――」
「バンだって!?」
俺は二人の会話に出てきた名前を聞いて思わず叫ぶ。
「アンタ、あのドラゴンスレイヤーのバンか!?」
バンと言えば、誰もが知る超大物。
冒険者なら誰もが憧れる超一流の冒険者だ。
ドラゴンすら一人で葬れるという超ベテラン。
俺なんかは足元にも及ばない、格どころか次元の違う実力者。
それがバンだ。
special dayでも勝てないのは納得である。
それにしても、なんでこんな大物がド田舎に……
そう言えばこの辺りが故郷と聞いたことがあるが、もしかして里帰りか?
なんと間の悪い……
いや、それよりも女性の方が問題だ。
「という事は、もう一人は死神クレアか!?」
クレアは、最近バンとパーティを組んでいると噂の聖女である。
しかし聖女とは名ばかりで、一流の冒険者に匹敵する戦闘力を持つ規格外。
自分に歯向かうもの全てを滅ぼすまで止まらない狂戦士で、敵に回して生きている者はいない。
それが死神クレアである。
当然special dayだからと言って勝てる相手では、もちろんない。
だが俺は死神クレアに襲い掛かった。
知らなかったでは済まされない、とんでもない大失態。
不興をかった俺は、すぐさま惨たらしく殺されるに違いない。
そんな結末、まっぴらごめんだ
「クレア様、マジすいませんでした。
出来心だったんです!
これからは、盗みはもうしません
殺さないでください」
ひたすら謝って命乞いする。
それ以外に生きる道はない。
なにがspecial dayだ。
調子に乗って、本当にバカなことをした。
後悔に苛まされながら頭を下げる。
「頭を上げてください。
殺すって何ですか?」
「アナタだとは知らなかったんです。
命だけはお助けを」
「ご、誤解です。
何を誤解しているかは知りませんが、とにかく誤解です」
「俺を殺しませんか?」
「殺しません、当たり前です!
私を何だと思ってるんですか!」
「ありがとうございます」
やった、命が助かった。
さすがspecial day。
sukosi lucky dayくらいだったら死んでいた。
だが念には念を入れて、さらに謝ろう。
存在しない病気の母を登場させて、泣き落としするのもいいかもしれない。
盗賊王の夢を叶えるためにも、生き残る事が最優先。
嘘つきと罵られようと、とにもかくにも謝り倒す。
「もう盗みはしません。
悪い事から手を洗います。
どうかお情けを。
家族が腹を空かせて待っているんです」
「そこまで言うなら信じましょう。
アナタに食べ物を買うお金を与えましょう。
バン様、それでよろしい――」
「思い出したぞ!」
クレアの言葉が終わらないうちに、バンが叫ぶ。
「どこかで見たことあると思ったら、手配書で見たことがある。
コイツは『盗人ジョン』だ」
「『盗人ジョン』?」
バンの叫びに、クレアは可愛らしく首を傾げた。
一方で、昔の呼び名で呼ばれた俺は、顔が引きつったのを自覚した。
「コイツ、手癖が悪くてな。
パーティに入れると、とにかく物が無くなるって有名だった。
発覚するたびに『もうしない』と言っていたらしいんだが……
その様子だと嘘だったようだな」
見る見るうちに、クレアの目が冷たいものになる
ヤバい、俺の命大ピンチ。
すぐに言い訳しないと。
「違います!
誰かが俺を嵌めようとして――」
「一回や2回なら信じてもいいんだがな……
俺が知ってるだけでも、10回は聞いたぞ。
ちんけな盗人の癖に、手配書まで作られるって相当だ。
賞金額こそ大したことないからわざわざ捕まえるやつはいなかったが、悪評が広まってみんな避けてたな」
マズイ……
これはマズイ流れだ。
せっかく生きて帰れそうだったのに、再び命の危機である。
みんな忘れていると思って高を括っていたのに、まさか知っている奴がいるとは……
やはり冒険者に関わるんじゃなかった。
「それで、どこのパーティにも入れてもらえないようになって、腹いせなのか最後に金庫の金を盗もうとギルド本部に盗みに入ったんだよ。
それ自体は失敗に終わったんだけど、逃げる際に火を点けてな。
死人こそ出なかったけど、ギルド本部が全焼さ」
「覚えてます。
聖女として救護活動に行きましたからね。
ギルドが機能停止して大騒ぎだったのを覚えています」
「しかもすぐ後に、魔物が大量発生したんだけど、ギルドがあんなだから初期対応に失敗してね
最終的に、お偉いさんから俺に『全部ぶっ殺してきてくれ』って土下座でお願いされて、1週間ぶっ通しでやったよ」
「そちらも大変だったんですねぇ……」
ヤバい。
盗みだけでなく、火事の件までバラされるとは。
もちろんあそこまで大事にするつもりは無かったのだが、信じてもらえないだろう。
どうする、俺……
このままいても殺されるだけだ。
逃げようにも簀巻きにされているので身動きが取れない。
絶対絶命の危機!
「あのう、待ってくださいお二方」
俺は2人の会話をとめる。
このまま黙って聞いても、何も変わらない。
ならばと、自分から行動することにした。
「自分で言うのもなんですが、1年前の話ですよ。
もう俺のことを探していませんよ」
「いや、探してるぞ。
この前、最新の手配書が送られてきたからな。
賞金も上がってて、ギルドの本気が伺えた。
当然だな。
ギルドを壊滅させた、前代未聞の犯罪者なんだから」
「ええ、まさに次元の違う大罪人。
聖女の私でさえ、お目溢しするのは無理があります」
二人の視線が痛い。
だが諦めはしない。
勝者とは、最後まであきらめなかったものを言うのだ。
俺は、人生で最大の誠意を見せる。
「病気の母が家で待っているんです!
見逃してください!」
「「だめ」」
◇
どんなにspecialでもダメなことがある。
この騒動で、俺はそんな教訓を得た。
次元の違う冒険者。
次元の違う犯罪。
specialな程度ではどうにもならない。
この身をもって実感した。
この教訓は、きっと盗賊王になる夢に役立つであろう……
ここから出られればだが。
「お前みたいな大犯罪者のために特別に用意したspecialな牢獄だ。
存分に味わうといい。
……死ぬまでな」
俺、外に出られるのだろうか……
足元に転がる血の付いたspecialな拷問器具を見ながら、俺は牢へと足を踏み入れるのだった。
65.『心だけ、逃避行』『風鈴の音』『隠された真実』
「お前に任務を与える。
魔法少女フウリーンの正体を探ってこい」
「はい、魔王様。
命に代えましても遂行いたします」
我々の世界征服の邪魔をする、謎の存在フウリーン。
その正体を探るという、重要な任務を言い渡された俺は使命感に燃えていた。
ヤツは謎が多い。
邪魔者であるのは間違いないのだが、どこの誰かも分からない。
若い少女が変身しているという情報もあるが、それだって本当かどうか……
我々はフウリーンのことを何も知らないのだ。
だがヤツとて人間、なんらかの弱点はあるはず。
弱みを探り、戦いを有利に運ぶ。
今後の展開を左右する大きな要素だ。
そう思えば、俄然やる気がみなぎる。
だが我々と人間の姿は似て非なるもの。
元の姿のまま街に出ては目立ってしまう。
そこで人間どもに不審に思われないよう、秘術を使い猫に化けて街に出たのだが……
「ふふふ、猫さん捕まえたー」
捕まってしまった。
フウリーンに。
「毛皮ふさふさー、肉球ぷにぷにー」
一瞬だった。
風鈴の音がしたと思ったら、既に抱きかかえられていた。
能力には自信があったのだが、まさか反応すら出来ないとは……
部下が敵わないのも道理である。
「猫吸いーー」
だが幸運なことに、フウリーンは自分の正体に気づいていない。
どうやら純粋に猫を愛でるためだけに、俺を捕まえたらしい。
というかそれだけのために変身したのか?
能力の無駄使いすぎる。
敵に捕まって身動きが取れないと言う割とピンチな状況だが、これはチャンスでもある。
このまま猫のフリをしていれば、フウリーンが口を滑らせるかもしれない。
そう思った俺は、そのまま大人しくすることにした。
「猫さん、大人しくていい子ね。
そんないい子には、特別に私の秘密を教えてあげる」
なんということだろう。
聞き出す方法を悩んでいると、自分から話してくれるらしい。
これは渡りに船。
ぜひとも話を聞かせてもらおうじゃないか。
「私ね、人類を滅ぼそうと思っているの」
なるほど、フウリーンは人類を滅ぼしたいのか。
この秘密を持ち帰れば、次の先頭はぐっと楽に……
なんて?
「人間の世界は嘘と欺瞞で満ちているわ。
みんな私の事を褒めてくれるけど、それは表面上だけ。
危険だって心配する割には、誰も私を助けてくれないのよ」
年齢に似合わない擦れた発言をするフウリーン。
このくらいの子供は夢でいっぱいの年頃のはず。
なのに、何をどうすればこんなにひねくれるのだろうか……?
敵とはいえ、なんだか可哀想になってきた。
「何かあったら『フウリーン、助けてくれ』。
自分でしようとか、身を守ろうとか、まったくないの。
全部私任せ。
嫌になっちゃうわ」
それからも、愚痴を続けるフウリーン。
ヒートアップするにつれ、俺を撫でる手に力が入る。
最初こそ半分同情して大人しく聞いていたのだが、やがて痛みに我慢できず体をひねる。
「ごめんね、猫さん。
痛かったでしょ?
猫さんが聞き上手だから、話しすぎちゃったわ。
でも誰にも言ってはだめよ。
秘密なんだから」
わかっております、お嬢さん。
隠された真実は、隠したままにしておきましょう。
こんな救いのない事実は忘れるに限ります。
「あとね、私が怪人を倒す時間で賭けをしているみたいで……」
さらにフウリーンの口から、新しい事実が出てくる。
知らない情報ばかりだが、聞きたいのはこういうのじゃない。
いかに人間が醜いのはもう知っている。
俺が知りたいのはフウリーンの個人情報、特に弱点とかが聞きたいんだ。
気の滅入る話はもう沢山なんだ。
誰か助けてくれ。
俺はもう、こんな悲しい話を聞きたくない。
「あっ、もうこんな時間。
そろそろ家に帰らないと!」
その言葉に安堵する。
長期戦を覚悟していたので、正直助か――
「家に帰ったら続きを話そうね」
!?
まさかの延長戦!?
これ以上聞かされたら、俺の精神が持たない。
もう聞きたくないと腕の中から脱出を図るが、がっちりホールドされてびくともしない。
猫を逃さないためだけに本気出すなよ、畜生め。
だが希望はある。
この年頃は何事も飽きやすい。
褒められたことではないが、世話の大変さから捨てることだって――
「責任持って面倒見るからね」
歳に似合わず責任感が強いだと!?
魔王様、申し訳ありません。
俺はもう生きて帰れないみたいです。
「ふふふ、猫飼ってみたかったんだぁ」
こうして俺はフウリーンの家に強制連行され、延々と愚痴を聞かされる地獄が始まり、心だけ、逃避行する日々が、始まるのだった。
「私、猫のいるケーキ屋さんを開くのが夢だったの」
あ、そこは年相応なんだ。
64.『あの日の景色』『届いて……』『冒険』
「く、届かない……」
タンスの上に置いてあるアルバムを取ろうと手を伸ばす。
どんなに手を伸ばし、つま先立ちしようとも、一向に手が届かない。
「こうなったら……」
手に取れないなら、落としてしまえ。
さっきまで掃除に使っていたハタキ棒を手に取り、アルバムを小突く。
「届いて……」
だが届かない!
思ったよりも高い位置にあるようでかすりもしない。
誰だ、こんな所に置いたのは!
もっと取りやすい場所に置けよ!
私が憤っていると、後ろに誰かが立つ気配がした。
「これかい?」
頭の上から囁くように男性の声が聞こえ、すっと後ろから手が伸びる。
そしてタンスの上のアルバムを取った後、私の前に差し出した
「……頼んでない」
私は受け取りながらも悪態をつく。
確かにありがたいが、どうしてもお礼をする気にはなれない。
どうにもこの男の笑顔は胡散臭くて信用できないのだ。
私の拒絶の言葉に、男は気にしたふうもなく微笑み続けていた。
「このくらい、頼めばすぐするのに」
「嫌よ」
「強情だね。
君の頼みなら幾らでも叶えるよ」
「『幾らでも』?」
「そう、幾らでも」
「アナタ、やっぱり嘘つきなのね」
私は男を軽蔑するように睨む。
「叶えるのは3つだけのくせに」
私が指摘すると、彼は困ったように肩をすくめた。
彼はランプの魔人だ。
願い事を3つ叶える系の。
先日祖父が亡くなり、遺産としてもらった古びたランプ。
全く覚えていないのだが、小さい頃の私が気に入っていたらしい。
そして何も知らずにランプを洗おうとしたら魔神が出てきたのだった。
出てくるなり、3つ願い事を叶えると言われたが、私は信用していなかった。
初対面から馴れ馴れしく、正直印象は悪い。
いきなり距離を詰めてくるのは、詐欺師かナンパくらいだ。
「消えて欲しいんだけど」
「いいよ、願い事を3つ叶えたらね」
「そんなのどうでもいいから消えて欲しい」
「そう言うなよ。
なんでも叶えてやるぜ。
例えば、最近流行りの異世界転生とかどう?
チートもあげるし、それ使って自分だけのハーレムを作ってもいいし、国を作って女王になってもいい。
もちろん飽きたら帰れる保証付き。
どうよ?」
「……あなた、ラノベ好きなの?」
「君が構ってくれないから暇なんだよね。
悪いとは思ったけど、君の部屋を家探しして――」
「乙女の部屋に勝手に入るなぁ!」
頭に血が上り魔神につかみかかるが、ひょいと身をかわされた
バランスを崩し畳の上で転がる私を、魔神は面白そうに見ていた。
「で、なんでアルバムを探してたの?」
「……」
「構わないだろ、別に。
減るもんじゃないんだから。
願い事と違って」
「……」
「もう一回、君の部屋に行こうかな?」
「分かったわよ」
私は広げたアルバムを魔神に見せる。
「昔の写真を探してるの」
「どんなヤツ?」
「小さい頃、ランプで遊んでいる写真ないかと思って。
私ランプでよく遊んでいたらしいんだけど、全く覚えていないのよね」
「そんなこと言っていたね」
「なんか気持ち悪くてね……
気になってその頃の写真、探してるの」
「これじゃね」
「え?」
魔神が指をしたのは古ぼけた1枚の写真。
小さい私が笑顔で写っている。
大きな男の人の腕にぶら下がって、とても楽しそうだ
見切れているから顔はわからないが、多分あの頃よく遊んでくれた親戚だろう
あの日の景色はよく覚えている。
よく夏休みに祖父の家に連れてこられた。
しかし祖父の家はド田舎にあり、娯楽らしい娯楽は無かった。
そこで暇を持て余した私は、広い祖父の家を冒険していたのだが、その時付き添ってくれたのが件の親戚の人である。
大きくなってからは次第に祖父の家に行かなくなり、その親戚の人とは会わなくなった。
今だから言うが、初恋の相手だった。
顔はもう覚えてないけれど、今でも色あせることは無い大切な思い出……
だけど……
「でもこれは違うわ。
どこにもランプが映ってないもの」
「いいや、これで合ってるよ」
「だからね……」
「この写っているやつ、俺だよ」
私はぎょっとして魔神の顔を見る。
「あの頃の君のおじいさん、ランプを手に入れて俺を呼び出したんだよ。
で、どんな願い事をするか悩んでるときに君が遊びに来たんだ。
せっかくだからと願い事を一つ使って、君の相手をさせられたというわけ。
安請け合いをしたけど、あの時は参ったよ
君って、結構お転婆で付いて行くのが大変で――って渋い顔してるね。
どうしたの」
魔神が心配そうに、私の顔を覗き込む。
だが私はさっと目を逸らす。
なんということだろう。
どうやら私が気に入っていたのはランプではなく、この魔神という事らしい。
そりゃ、思い出せないわけである。
そして信じがたい事に目の前の魔神が、私の初恋の相手らしい。
こんな軽薄な奴に惚れていたなんて、小さい頃の私はどうかしていたに違いない。
恥ずかし過ぎて、すぐにでも消えていなくなりたい――と悩んでいた時、私は天啓を得た。
そうだ。
ちょうどいいやつがいるじゃないか!
「ヘイ魔神。
この写真と私の記憶を消して。
あとアンタの存在も」
「何事!?」
「アンタに懐いていたなんて屈辱だわ。
世界からこの出来事の痕跡を消すの。
願い事も3つ叶えられるし、Win-Winね」
「俺が一方的に負けてるんだけど」
「大丈夫、存在が消えれば何も感じないわ」
「考え直せ!」
「はやく消してーー!」
結局、魔神は願い事を叶えなかった。
どれだけ言っても首を縦に振らない。
私の顔を見るたびに願いを言えと言っていたくせに、これでは話が違うではないか!
挙句の果てに、
「悪い、俺が追い詰めたんだよな。
俺が願い事の催促をしたばっかりに。
ゆっくり考えていいから、少し休め」
と言って、私を無理やりベットに寝かしつけて看病し始めた。
違う、そうじゃない。
キャラに似合わない甲斐甲斐しい看病に、ほんの少しだけトキメキそうになるも、多分気のせいである。
おかゆを作ってくれている後ろ姿に萌えたりしたのも、きっと気のせいだ。
気のせいって言ったら気のせい。
私はこいつなんかに恋したりしない。
「絶対に恋なんてしないんだから!」
こうして終わったはずの私の恋物語は、数年ぶりに動き始めるのだった。
63.『波音に耳を澄ませて』『空恋』『願い事』
私の恋はいつも空っぽだ。
何度目かもわからない失恋を経て、ようやく気づく。
私はこの空しい心を慰めるため、静かな海辺へとやって来た。
優しく満ち引きする波が、私を癒してくれる。
よく『母なる海』というが、こんな私ですら受け入れてくれるなんて、海は実に寛大だ。
私は波音に耳を澄ませて、これまでの数々の出会いを思い出していた
私の恋はいつも、幼馴染の裕子から始まる。
裕子は面食いだ。
いつもイケメンを探して、目をギラギラさせていた。
そして獲物を見つけると、いつも私に報告してくるのである。
その度に私は『そうだね』と気の無い返事するが、裕子が見つけてきた写真に目が釘付けになつてしまう。
当然だ。
裕子イチオシのイケメンなのだから。
そして私は恋をする。
最初の恋は小学生の頃。
裕子にかっこいい先輩の写真を見せられ恋をした。
文武両道で誰にも優しいスーパー優等生。
文字通り高嶺の花だった。
その次はイケメン数学教師。
クールでミステリアスなところがポイント。
普段は物静かだが、三角関数を熱く語るのがギャップ萌え。
その次はイケメン同級生だったか。
普段はぶっきらぼうだが、時折見せる優しさにときめいた。
ありがちだけど、校舎裏で捨て犬の面倒を見ているのは、ポイント高し。
他にもいろんなイケメンに恋をしたが、一番印象に残っているのはイケメン後輩。
可愛い顔で愛嬌を振りまく愛され子犬系
しかし愛らしい顔に隠されたどす黒い内面は、ただのイケメンに飽きてきた私たちをぞくぞくさせた
最近の恋の相手は、異国からやって来たイケメン留学生。
とある国の王子様で、お忍びで社会勉強にやってきた。
その財力で、私の願い事を叶えてくれるのは夢のようだった。
私の人生を彩る数々のイケメンたち。
彼らと過ごした時間は、幸せだったと断言できる。
けれどやっぱり虚しいのだ。
だって彼らはゲームの世界の住人。
違う世界に住む我々は、決して交われない。
どれだけ親密になろうとも、手すら握れないのだから。
だから私は終わらせる。
この不毛な恋を。
私もいい歳した社会人。
そろそろ恋人が欲しい。
バーチャルではなく、実体を持った恋人が。
今こうして海辺にいるのもその一環。
こうして波音を聞いて、気持ちを切り替えようとしているのだ。
だが――
「あー、こんな所にいた!」
タイミングの悪い事に、幼馴染の裕子がやってきた。
どうやって嗅ぎつけたのか分からないが、裕子がやってくるのはイケメンを見つけた時。
正直今一番会いたくない相手だった。
彼女はいつも私に恋を持ってくる。
恋を断ち切ろうとしている私にとって、彼女は邪魔な存在だ。
他人の振りをして無視を決め込むが、裕子はお構いなしに近づいて来る。
「電話にも出ないし、心配したのよ。
でもよかった。
何もなくて」
心の底から心配してくれるのが、声から分かる。
けれど親切は時として迷惑なモノ
どこかへ行って欲しい。
「ほっといて、私は生まれ変わるの」
「また言ってる?
もう諦めなよ。
沼にハマったら最後、私たちはこういう生き方しかできないんだよ」
「嫌だ、私は恋をするんだ。
ゲームのような中身の無い恋じゃなくて、実体のある恋を」
「うるせえ」
ペシと、裕子が私の頬を叩く。
「恋に貴賤はない」
裕子は腰に手を当て言い放つ。
その姿は、既に生身の恋を諦めた人間の姿だった。
「温もりが欲しい。
手を繋いで、相手の体温を感じたい!」
「温もりが欲しいなら、私が手を握ってやる。
はやくこのゲームをするんだ!
ハマるぞ!」
「嫌だ!」
「自分に正直になれ!」
ぐいーッと裕子がスマホを推しつけて来る。
見るわけには行かない。
私は空っぽじゃない、リアルの恋をするんだ!
「「あ」」
押し問答の最中、裕子が勢い余ってスマホを落としてしまう。
そのまま砂に落ちていくスマホを目で追っていると――
目が合った。
スマホに映る絶世のイケメンに。
私が見てしまった事に気づいた裕子は、にんまりと笑った。
「今回のイケメンはね、ライフセーバーなの。
色黒でマッチョで、でも優しいの。
あなたこういうの大好きでしょ?」
「……うん」
そして私の恋はまた始まり、より深く沼に沈むのであった。