『ラブソング』『木漏れ日』『届かない』
とある春の晴れた日。
種まきを行うための前準備として、広い畑を耕していた。
春らしく、暑くもなく寒くもないちょうどいい気温。
鳥たちは歌を歌い、蝶は優雅に舞っていた。
典型的な、穏やかな春の日。
しかし、今の俺は優雅さには程遠い状態だった
農作業は簡単に見えても地味に重労働、作業を始めてから時間は経ってないのに、すでに汗でびっしょりだった
「だいぶ耕したが、まだ先は長い。
ここらで少し休もう」
休める場所はないかと辺りを見渡したころ、大きな木の下に影が出来ているのが見えた。
地面には木漏れ日が差し込み、キラキラと輝いている。
あそこならゆっくり休めそうだ。
そう思いながら木の元に向かう。
だがこういった時に事件は起こるものだ。
鼻歌を歌いながら歩いていると、なにかが足にぶつかった。
「あっ」
視線を向けて見ると、祠らしきものがあった。
そう『あった』のだ。
俺が足をぶつけて壊してしまい、今はただの瓦礫だった。
「やっべえ。
これ壊すなって言われたのに……」
ここで農業を始める際、扱いに注意するように耳にタコが出来るくらい言われた祠だ。
特に近所の人がこの祠を大事にしていて、自分が壊したと知られると何を言われるか分からない
バレる前に逃げよう。
「お前!
祠を壊したのか!」
だが逃げることは出来なかった。
後ろから声をかけられ、タイミングを失ってしまう。
まさか人がいたとは。
「わざとじゃないんです!
許してくださ……」
謝りながら振り返ると、そこにいたのは古風な着物を着た美少女だった。
あまりにも場違いな格好に驚き、最後まで言葉を言えなかった。
「ふん、口だけならなんとでも言える。
どうしてくれようか……」
腕を組んでプリプリと怒っている少女。
田舎なので近所の人間は全員顔見知りなのに、目の前にいる少女は見たことが無い顔だった。
「えっと君は……」
「そこの祠に住んでいたモノじゃ!」
いきなりとんでもない事を言う。
いつもなら『揶揄うんじゃない!』と一蹴するところだが、その少女が纏う雰囲気は普通じゃない。
まるで江戸時代から来たような服装、年頃なのに化粧っ気のない顔。
古臭い言い回し。
なにより少女の持つオーラが、その言葉に説得力を持たせていた。
「それは……
この祠で祭られてた神様ということ」
「神様と言われるほど偉いもんじゃないがの。
概ねその通りじゃ。
しかし……」
少女はためを作りながら、俺の足元を見る。
「しかしわしの家はもうない。
お前さんが壊したからの」
「うぐ」
痛いところを突かれ、思わずうめき声を上げる。
この点に関しては自分が全面的に悪いので、何も言い返せない。
その様子を見抜いたのか、少女は目を怪しく光らせる。
「祠を壊したのじゃ。
命をもって償ってもらう」
「そ、それだけは勘弁してください!
何でもしますから!」
「今『なんでも』って言った?」
少女の顔がにちゃりと歪むのを見て、背筋に冷たい物が走る
『言ってないです』と言いたかったが、そんな事が言える立場じゃないので口をつぐむ。
「よろしい。
お前さんの熱意に免じ、命だけは見逃してやろう」
「ありがとうございます」
「では代わりにだが……
ラブソングでも歌ってもらおうかの……」
「はい、喜んで――え?」
ラブソング?
聞き間違えたかな。
「わしに愛の歌を捧げるのだ。
わしを満足させることが出来れば、命を助けてやろう」
「えっと?」
「なんだ、不服か?
なら殺してやる!」
「そうではなく」
俺は慎重に言葉を選ぶ。
「こういう時の相場って、供物をささげるとかじゃないの?
例えば狩った鹿の死体とか、あるいは俺の血とか」
「……わし、グロイの嫌い……」
「うす」
あー、最近多様性だからね。
そういう神様がいてもいいよね。
「で、どうする?
死ぬか、ラブソングか?」
「ラブソングでお願いします」
「よかろう。
では魂を込めて歌うがいい!」
少女の合図で、流行りのラブソングを歌う。
アカペラかつ歌に疎いのもあって歌詞は怪しいが、心を込めて歌えたはずだ。
歌い終わり、少女を見る。
すると少女は小さく頷き、鐘を叩いた。
カーン。
金属音が悲しく響く。
テレビで見る時は笑っていたが、実際自分の立場になると結構ショックだった。
渾身のラブソング、彼女の合格基準には届かないようだ……
……というかどこから取り出したの、それ?
突っ込むべきか悩む俺をよそに、少女は歌の論評を始めた。
「だめじゃな、全然気持ちがこもっとらん。
ラブソングで気持ちがこもってないって、致命的じゃぞ」
「そりゃ初対面ですし、会って五分ですし。
プロの歌手でもないのに、気持ちを込められたら気持ち悪いですよ」
「罰ゲーム!」
「もう一度チャンスを!」
「いいぞ」
あっさりとOKが出たことに驚く。
「わしとて鬼ではない。
お前さんが諦めないと言うなら、最後まで付き合ってやろう」
「本音は?」
「暇なので出来るだけ引き伸ばして楽しみたい」
「暇つぶしかよ」
「しかたなかろう!
ただ見守るだけって、変化がなくてつまらないんじゃよ!
文句があるなら殺すが?」
「ありません」
「では歌え!
わしを失望させるなよ」
こうして俺と神様の、数年にわたる耐久ラブソングバトルが始まったのだった。
◇
数年後。
「おぎゃあ、おぎゃあ」
「おーよしよし、いい子いい子」
俺の手の中で、生まれたばかりの息子が大泣きしていた。
体をゆすったりしてあやすが、一向に泣き止む気配がない。
仕方ないと、俺は大きく息を吸う。
「ねんねんころりよ、おころりよ~
坊やはよい子だ、ねんねしな~」
俺が子守唄を歌うと、息子はスヤスヤと寝息を立て始めた。
子守歌の才能があるのか、息子はすぐ眠りにつく。
ようやくひと段落付いたと子供を布団に寝かせると、こちらを見ていた嫁と目があった。
「おまえさん子守歌だけは上手いのう。
ラブソングは未だにヘタクソだと言うのにな!」
妻の嫉妬のこもった言葉に、思わず苦笑する。
息子が生まれて以来、毎日のように繰り返したやりとり。
けれど少しも不快にならないのは、愛ゆえか。
「まあいい。
息子も寝たことだし、今度はわしの番じゃな」
見るからにウキウキし始めた妻に、思わず笑いがこぼれる。
何年も聞いているのに飽きないらしい。
「じゃが次もダメじゃろうな。
才能がない」
「そんな事は無い。
昨日とは違う俺の歌を聞かせてやるよ」
そうして俺はラブソングを歌う。
今日もきっと鐘一つでだろう。
だがそれで構わない。
俺はまだ愛を伝えてきれないのだから。
俺と神様のラブソングバトルは、まだ終わりそうにない
『軌跡』『風と』『sweet memolies』
西暦7777年、縁起のいい数字の並びに、世界はお祭り騒ぎだった。
そして人類が滅亡することなく、ここまで命を繋いだ功績を記念して、一度歴史を整理しようという話になった。
しかし人類の歩んだ軌跡は、綺麗なことばかりではない。
戦争、弾圧、虐殺……
目を背けたくなるような出来事も多い。
歴史を語る上で、避けては通れない問題である。
だが、めでたい事にケチを付けたくない。
なので目を背けることにした。
見たくないなら見なきゃ良いのである。
sweet memolies project。
都合のいい人類の歴史だけを纏める一大プロジェクトは、こうして始まったのである。
だが一つ懸念事項があった。。
編纂を行う人間が、良心の呵責に苛まれて、真実を書き記す可能性があるからだ。
生半可な人間では、この事業に相応しくない。
そんな考えから入念な調査が行われ、ある人物に白羽の矢が立った。
名前は、吉田茂。
過去の日本の総理大臣と同姓同名の男である。
この男、まるで総理大臣の吉田の生まれ変わりのように、人を食ったような性格であった。
頭と根性は生まれつきよくないし、口はうまいもの以外受け付けず、耳の方は都合の悪いことは一切聞こえない。
その上、外見は真面目な青少年風と、一目だけでは内面を見抜けない。
それを利用して人をからかったりと、率直に言って、たちの悪い人間であった。
普通であれば、こんな人間に人類史に残る一大事業を任せることはない。
だが今回に限り、これ以上ない人物だと太鼓判を押された。
彼ほど自分勝手なにんげんならば、都合の悪い歴史は全部無かったことにできると期待されたのである。
こうして吉田は、プロジェクトのリーダーに抜擢されたのだった。
しかし人類は忘れていた。
彼は人を食った性格であることを……
彼はリーダーを任されるなり、部下たちに言い放った。
「んじゃ、プロジェクトの予算使って、うまいもん食いに行くか。
なに、横領は犯罪だって?
大丈夫だよ。
都合の悪いことは、全部無かったことになるから」
『ふとした瞬間』『夜が明けた』『好きになれない、嫌いになれない』
近所に魔女が住んでいる家がある。
ずっと昔から住んでいて、どれくらい昔から住んでいるのか誰も知らない。
この魔女と言うのが、昔話に出て来るテンプレのような魔女である。
しわくちゃのお婆ちゃんで、いつも黒いローブを着込んでいて、意地の悪そうな笑みを浮かべている。
日がな怪しい薬を作り、日によって煙突から赤黄青と違う色の煙が出てくる。
そんな様子なので、近所の人たちから不気味に思われ敬遠されていた
魔女の方も一人のほうが好きらしく、こちらには積極的にかかわろうとしてこない
人間関係に窮屈な現代社会において、不必要に社会に関わらない生き方は少しだけ羨ましい。
まさに一匹狼という言葉がふさわしい魔女。
だけど、実を言うと私と魔女は顔見知りだったりする。
私のお母さんが、魔法とか魔術とかのオカルト好きで、魔女の事をかな~り気に入っており、積極的に交流を持とうとするのである。
何かと用事を見つけては魔女の家に行き、用事がなくとも遊びに行く。
私が生まれてからもその習慣は変わらず、というか私を連れて行くので自然と顔見知りになった。
『あの魔女と仲のいい人間がいる』という事で、私の母はちょっとした有名人なんだけど、自j地右派少しだけ違う。
大抵の場合、お母さんが一方的に話すばかりで、魔女の方はうんざり顔。
仲良しこよしには程遠い。
でも、話に付き合ってあげるくらいには、仲が良いことは子供心にも分かった。
だけど、私はお母さんとは違い、魔女の事が苦手だ。
なんとなく魔女には悪いイメージがあったし、私に会う度に不機嫌そうな顔をするからだ。
ふとした瞬間に私を睨みつけるように見るのは今でも覚えている。
ただし顔に出すだけで、なにか私が嫌がる事をしたわけでもないので『苦手』止まりなのだけど……
でも魔女の家に連れていかれたのは小さい頃だけ。
大きくなってからは、交友関係が広がったこともあって魔女の家に行く事は無くなった。
お母さんは相変わらず頻繁に魔女に家に遊びに行っているみたいだけど、魔女以外の友達がいるのかと少し不安になる今日この頃。
まあ、私には関係の無い事だけど
そうして魔女の家に行かなくなり、魔女の事も忘れかけていた高校2年生の春。
私は母親と喧嘩した。
些細なことで口論になり、着の身着のまま家を飛び出した私。
スマホも持たずに飛び出したため、友達に相談することもできない。
しかも遅い時間に出てきてしまったため、少しだけ肌寒い。
かと言って家に戻るのもなんだか負けたような気がする。
どうしたものかとほとぼ歩いていると、いつの間にか魔女の家の前まで来ていた。
小さい頃、何度も足を運んだ魔女の家。
無意識レベルで刷り込まれているらしい。
正直自分でも驚いていた。
だけど私は魔女の事が苦手。
魔女を頼りたくなんて無い。
このまま踵を返して戻ろうと思ったが、かといって行く当てもない。
そしていい加減寒いので、どこかで暖まりたい。
背に腹をかけることできないと、私は魔女の家のドアを叩いた。
「こんな時間にだれだい?」
軋むドアから出てきたのは、不機嫌そうな顔の魔女。
相変わらず不機嫌そうな顔で私を見ると、さらに目を細める。
「ああ、あんたかい。
入りな」
そう言って、魔女は家の中に引っ込んでしまった。
てっきり断られると思ったのだけに、あっさり招き入れられた私は拍子抜けした。
「早く入ってきな。
虫が入るだろ」
魔女に急かされるように家に入る。
家に入った瞬間、怪しい薬でも調合しているのかツンとした匂いが鼻をつく。
小さい頃、何度も嗅いだ懐かしい匂い。
思い出に浸っていると、魔女が振り返って私を睨む
「何しに来た?」
「家出してきたんです」
「そうかい」
「お母さんには連絡しないで。
連れ戻されちゃう」
「そうかい。
何でも良いが、邪魔だけはするなよ」
そう言って、魔女は奥へと引っ込んでしまった。
愛想のないことだがいつもの事。
私は特に気にせずに、近くにあったボロボロのソファーに腰かける。
このソファー、私が小さい頃からあるんだけど、捨てないのだろうか?
スプリングが弱くなって、まったく弾力性が無い。
泊めてくれたお礼に、ゴミに出してあげるべきか?
そんな取り留めのない事を考えていると、魔女が手にティーカップを持ってやって来た。
「ワシの庭で取れたハーブティーさ。
これを飲んでリラックスしな」
「ありがとうございます」
私がハーブティーを受け取ると、魔女は向かいの椅子に座った。
まさか私とおしゃべりするつもり?
人間嫌いのあの魔女が?
私が驚いていると、魔女は口を開いた
「あんた、大きくなってもそのソファーが好きなんだねえ」
「え?」
「覚えてないのかい?
ウチに来るたびに、そのソファーに乗って遊んでいただろう」
魔女に指摘されて、ソファーの上で飛び回っていた思い出がよみがえる。
「思い出したかい。
あんまり飛び跳ねるもんだからソファーがダメになっちまってね。
捨てようとしたんだが、あんたが泣くもんだから結局そのままさ」
「あー、それは覚えてないです」
「都合が悪い事を忘れるのも変わらないねえ。
イーヒッヒッヒ」
魔女はおかしそうに、魔女は笑い始めた。
笑い声は気になるが、こうして見ると普通のお婆ちゃんである。
こんな気のいいお婆ちゃんが怖いだなんて、小さい頃の私は見る目がないにもほどがある。
「ハーブティ、もう一杯飲むかい?」
空になったカップを見て、魔女はギラリと私を睨む。
思わずブルリと震えた私を見て、魔女はバツが悪そうに頭を掻いた。
「歳を取ったのか、最近目が見えなくなってねえ。
物を見る時に目を細めるんだけど、目つきが悪いってあんたの母さんに怒られるんだよ」
数年の時を経て意外な事実が発覚。
小さい頃、睨まれていたと思っていたのは、普通に私を見ていただけだった。
事実とはいつだって普通なのだ。
嫌われていなかったことに少しだけホッとしつつも、嫌われていたと思い込んでいたことに、少しだけ申し訳なく思う。
そういう事なら、もう少し魔女と遊んでおけばよかった。
まあ、本当に嫌いだったら、子供だろうと家に入れないよね。
だって魔女だもん。
「大きくなってから来なくなったからねえ。
色々話を聞かせてもらいたいもんだ」
魔女は、人懐っこい笑みを浮かべて私を見る。
やっぱりお婆ちゃんみたいだと改めて思う。
少し驚いたけど、家に入れてもらった礼もあるし、話し相手になるのもやぶさかではない。
私はハーブティーを飲みながら、意外とおしゃべりな魔女と談笑するのだった
◇
気がつけば私はソファーに横になっていた。
魔女と話している解きに、眠ってしまったようだ。
慣れない姿勢で寝たからか、体中が痛い。
痛みをこらえながら窓を見ると、既に夜が明けたのか、外は明るい。
寝ぼけた頭でこれからの事を考えていると、玄関の方から物音がした。
「すいません、娘を迎えに来ました」
玄関からお母さんの声。
どうやら魔女が、お母さんに連絡していたらしい。
なんてことだ。
連絡しないでと言ったのに、お母さんに連絡していたらしい。
信じてたのに!
これだから魔女は好きになれない。
……嫌いにもなれないけど。
だけど一晩たって私の頭も冷えた。
今なら寛大な心でお母さんを許すことが出来よう。
私は身を起こし、玄関へと向かう。
玄関にはお母さんと魔女が立っていた。
「家出したらまた来な。
またハーブティー飲ませてやるよ」
どこか寂しそうに私を見る魔女は、どこをどう見ても普通のお婆ちゃんだ。
もしかして孫かなんかだと思われてる?
孫との別れがつらいなんて、魔女も人の子らしい。
そんなお婆ちゃん魔女を見て、私はにこりと笑う。
「次来るまでに、布団を買っておいて。
ソファーで寝るのは、こりごりよ」
『巡り合い』『「こっちに恋」「愛にきて」』『どんなに離れていても』
メロスは激怒した。
必ず、TPOを弁えぬバカップルどもを除かねばならないと決意した。
メロスには男女の機微は分からぬ。
しかし、自分がモテない事には人一倍敏感であった
今日未明、メロスは村を出発し、城下町へとやってきた。
来週妹の結婚式の準備のためだ。
メロスはそのために、はるばる街へとやって来たのだ。
だがメロスが街に着いたのは、日が暮れた時間であった。
買い物は明日にして、まずは寝床の確保と宿を探すことにした。
しかし、その道中メロスは違和感に気がついた。
もう遅い時間だというのに、街のあちこちでカップルがいちゃついているのである。
メロスは衝撃を受けた。
二年前このの街に来たときは、落ち着いた雰囲気の街であった
しかし今は、浮かれた空気があるだけであった
もちろん前回も、いちゃつくカップルはいた。
しかし、節度を持ってお付き合いをしていたし、間違っても公共の場で見せつけるような真似はしなかった。
だというのに、目の前の若者たちは人目も憚らず愛をささやいていた。
それだけならば、若気の至りと許すことも出来た。
だが街の住人たちは若者を止めるどころか、恋人たちを囃《はや》し立てていた
『若い人は元気ねえ』と、ほほえましそうに笑いかけ、ある商人に至っては『お揃いコーデ』なるものを恋人たちに勧めていた。
風紀を乱す輩を取り締まるどころか、逆に助長させるような街の様子に、メロスには衝撃を受ける。
この街の、秩序と規律を重んじる精神はどこに行ったのであろう?
メロスは信じられない思いであった。
「王はこの事を知っておられるのか?」
メロスはいてもたってもいられず、王の住む城に乗り込んだ。
そのまま王の元へと駆け参じ、進言すべきと考えたのだ。
しかし現実は甘くない。
城に入った瞬間、メロスは警備兵に捕縛された。
もはやこれまでとメロスは覚悟するが、騒ぎを聞きつけた王が現場にやって来た。
それを見たメロスは、これ幸いと叫ぶ。
「王よ、最近の街の様子をご覧になったことはあるか?
街の風紀を乱すバカップルどもを、なぜ取り締まらない!?」
「貴様の言う通りだ。
今の状況は余も憂慮している」
「ではなぜ何もしない?」
「臣下たちからの反対が強くて、ためらっていたのだ。
だが貴様の言葉で決心がついた。
禁止令を出そう」
こうしてこの街に『公共の場で愛をささやいてはならない』という法律が出来た。
この法律によって、愛をささやくことが出来ないカップルたちは、一組、また一組と恋を終える。
かくして事態は収束し、街は以前のような静けさを取り戻した――
かに思えたが……
「こっちに恋」
「愛にきて」
上に政策あれば、下に対策あり。
恋人たちは、それならばと隠語を使って対抗したのである。
例え憲兵に咎められても、堂々と日常会話とシラを切ったのだ。
元々運命の元に巡り合い、数々の困難や壁を乗り越えて結ばれた二人だ。
二人を分かつと思われた障害も、彼らにとってはスパイスでしかない。
結果として、恋人たちの愛の炎はさらに燃え上がることになったのである。
こうなっては取り締まることは困難だ。
なにせ『それはお前の勘違いだ』と言われれば、反論することが出来ないからだ。
この状況に、王は厳しい対応が迫られた。
徹底的な運用か、それとも厳罰化か……?
街の住人たちが王の動向を注視する中、事態は意外な展開へと転がって行く。
「メロスよ、よく来てくれた」
「王よ、あなたが呼べばどんなに離れていても駆けつけます。
此度はどうなされましたか?」
「うむ、例の件についてだ。
本来お前のような平民を呼ぶことは無いのだが、お前はこの法律の関係者。
知る権利があると思い呼んだ」
「お気遣いありがとうございます。
それでどういった対応をするのですか?
疑わしき者は、全員死刑にしますか?」
「いいや、メロス。
この法律は撤回することにしたのだ……」
「なんですって!?」
メロスは驚きのあまり、目を大きく見開く。
「想定よりも反発が大きくてな。
一部が内乱の準備をしているという報告もある。
余は為政者として、国の秩序を守ることを優先した。
すまんな、メロス。
私に力が無いばかりに……」
王の謝罪を受けたメロスは、がっくりと肩を落とし、自分の村へと戻っていった。
敗北感に苛まされながら自分の家に向かうと、家の前にはメロスの妹が仁王立ちして立っていた。
「ねえ兄さん、そろそろ帰って来ることだと思っていたわ。
ところで小耳にはさんだんだけど、例のクソ法律の立案に兄さんが関わってるって本当?
もしかして私の結婚に反対なの?
逃げないで正直に答えて。
怒らないからさ」
妹は激怒した。
『ささやき』『big love!』『どこへ行こう』
「ついに来たぞ!」
俺は、とある商店街の入り口で、感慨にふけっていた。
目の前にあるのは一部の界隈で噂されている場所、『恋人通り』。
文字通り、恋人に関する伝説がある商店街だ。
名前こそセンスがないが、効果は折り紙付き。
どんなにモテない人でも、そこに行けば恋人が出来ると言う伝説のパワースポットである。
――と、ネットに書いてあった。
ネットでしか噂されてないが、多分信じていいはずである。
多分……
そんな場所に、なぜ俺がこんなところへ来たのか……
もちろん恋人を作るため。
それは一週間前に遡る。
その日、俺はずっと気になっていた女子に告白した。
だが結果は玉砕。
落ち込んだまま家に帰った俺は、現実逃避にネットに逃げ込んだ。
次の日も学校を休み、アングラな掲示板に入り浸っていた時、俺はとある文言を見つけた。
『どんな人間でも、恋人ができる場所があるらしい』
愛に飢えていた俺は、すぐに飛びついた。
書き込んだ奴から聞き出し、場所を特定。
なけなしのお小遣いを使い、
こうしてやって来たのだ。
とはいえだ
「さて、どこへ行こう……」
場所を特定してすぐに来たので、この場所の事を何も知らない。
書き込んだ奴も、自分では来たことが無いと言っていたので、それ以上の事は聞けなかった
具体的に何をどうすれば恋人が出来るのか。
俺は何も分からず、途方に暮れていた。
「そこのお兄さん、何かお探しかい?」
「うわあ!」
突然誰かが耳元でささやき、驚きのあまり体が跳ねる。
「はっはっは、すまないねえ。
驚かせてしまったかい?」
振り返ると、そこにいたのは妙齢のお婆さん。
いかにも『魔女』って感じで、胡散臭い老婆であった。
「まあ、こんなところに来るくらいだ。
目的は分かる。
ついてきな」
俺の答えも聞かず、お婆さんは近くにあった店に入っていった。
入り口の看板には『big love!』と書いてある。
騙されているのではないかと疑るが、どちらにせよ行く当ても無い。
詐欺ならすぐに帰ればいいいと、そのままついて行く事にした。
扉を開ければカランコロンとドアベルの音。
店内は薄暗い照明に包まれ、少し入った所にいくつかのテーブルとイスが並べられている。
壁にはポスターが貼られており、まるで小さな喫茶店のよう。
本当にこんなところで恋人が出来るのであろうか?
俺は店に入ったことに、後悔し始めていた。
「待ってな。
すぐできる」
お婆さんは、俺をイスに座らせて店の奥へと引っ込んでいってしまった。
するとすぐに『シュー』と何かを焼くような音が聞こえてきた。
惚れ薬でも作っているのであろうか……
第一印象の『魔女』っていうのも、あながち間違いではないのかもしれない。
なんにせよ、これで恋人のいない孤独な人生とはおさらばだ。
期待を胸に、俺はお婆さんを待つ。
しばらく待っていると、お婆さんが店の奥から出て来た。
手に大きな皿を持って、俺の元へまっすぐやって来る
「どうぞ、これが欲しかったんだろう?」
そう言って、お婆さんはテーブルに皿を置く。
皿に乗っていたのは、いますぐかぶりつきたくなるような、ブタの生姜焼きであった。
「ありがとうございます。
じゃあ、いただきま――ってブタの生姜焼きかい!」
俺は思わず突っ込む。
恋人を作りに来たのに、なんでブタの生姜焼きが出てくるんだ!
本当に喫茶店かよ!
俺はお婆さんをキッと睨みつける
「どうしたんだい、お客さん。
何か不満でも?」
「俺は恋人を作りに来たんだ!
料理を食べに来たんじゃない!」
俺がそう叫ぶと、お婆さんは神妙な顔になった。
「よく勘違いされるんだけど、ここはグルメ通りだよ。
名前が紛らわしいけどね」
「嘘だろ!?
ここに来れば、恋人が出来て幸せになるって聞いたのに……
これじゃ詐欺じゃないか……」
「ああ、そこは噂に偽りは無いよ」
「と言うと?」
「おいしい料理は、人生の恋人さ。
たらふく食って幸せになりな」