17.『時間よ止まれ』『輝き』『手紙の行方』
「ふんふんふふーん」
ある土曜日のお昼過ぎ、鼻歌を歌いながらご機嫌に歩く少女の姿がありました。
彼女の名前は、サツキ。
近くの高校に通う女子校生です
彼女は今、待ち合わせの場所に向かっていました。
待ち合わせの相手は、サツキがひそかに思いを寄せていた先輩――カンタです。
彼はいわゆる完璧超人でした。
容姿端麗、文武両道、性格も良く人望も厚い、まさに非の打ち所がありません。
さらに生徒会の会長までこなし、生徒からの絶大な人気がありました。
当然女生徒からの人気も高く、ファンクラブも設立されています。
もちろんサツキもファンクラブに入っています。
ですが、本人に声をかける勇気はありません。
彼女は遠くから眺めるだけで満足していたのです。
そのため、二人には接点というのもがありませんでした。
にもかかわらず、なぜ二人が会うことになったのか?
それは金曜日の朝に遡ります。
◇
サツキがいつものように学校まで登校した時のこと。
靴箱の中に手紙が入っていることに気づきました。
(まさか、ラブレター!?)
サツキは人生初のモテキ到来に動転しつつも、すぐに手紙をカバンにしまいます。
もし友人にバレようものなら、絶対に冷やかされると思ったからです。
(中身を確認せねば!)
そう思ったサツキは、誰にも邪魔されないようにトイレの個室に駆け込みます。
サツキはドアに鍵をかけた後、手紙を読みます
『明日、午後1時
学校近くの井之頭公園で待っている
カンタ』
書いてあることはそれだけでした。
なんの接点もない憧れの先輩からの手紙。
普通なら、彼女の恋心をしっている誰かのイタズラと判断する事でしょう。
しかしサツキは、イタズラではなくこれはラブレターである事を確信します。
それも差出人は、憧れのカンタ先輩で間違いないとまで思いました。
都合のいい思い込みでしょうか?
いいえ、確固たる証拠があります。
それは手紙の筆跡です。
この高校では、生徒会新聞というものを発行していました。
主な内容は生徒会の活動報告なのですが、その中にカンタのコラムが掲載されていたのです。
この令和の時代において、珍しい手書きでした。
それを毎日穴が開くほど読み込むのがサツキの趣味でした。
そして、いつしか彼の字のクセを覚え、一瞬で判別できるようになりました。
つまり、この手紙がカンタのものかどうか、彼女にとって判別が容易なのでした
湿度高めのストーカーのようですが、彼女はそのことに気付ません。
サツキはまるでお付き合いが決まったかのように、声を押さえて喜びます
ですが彼女はハタと気づきます。
手紙をもらったからには返事を出さねば失礼というもの。
早速カバンからお気に入りの便箋を取り出し、その場で返事を書きます。
返事の内容と、『いつ見てもあなたは素敵です』という愛の言葉も添えて……
ですが『さあ渡しに行こう』という段階で、またしてもある事に気づきます。
(どうやって渡そう……)
サツキには、いくら両想いとはいえ衆人環視の中で手紙を渡す勇気はありません。
さらにファンクラブのメンバーがどんな妨害をするかもわかりません。
どうするべきか悩んだ末、靴箱にに入れる事に決めました。
(ここに入れれば読んでくれるだろう)
サツキはカンタの靴箱に手紙を入れ、その場を後にしたのでした。
◇
そしてデート当日。
いつもより気合を入れ、勝負服をきて目的地へ向かいます。
薔薇色の未来を夢見て……
ですが――
「ようやく来たようだな。
逃げなかったことを褒めてやる!」
待っていたのは、カンタではありませんでした。
そこにいたのは、成人男性より一回り大きなクマのような男……
最近巷を騒がす怪人です。
怪人は悪の組織の一員で、悪逆を尽くして人々に恐れられていました。
そして――
これは実は秘密なのですが、サツキは怪人を倒す正義の魔法少女なのです。
世界の平和を救うため、魔法の力を得て怪人たちと死闘を繰り広げていました。
ですから怪人がサツキを待ち伏せすることは不思議ではありませんし、今までにもありました。
しかしサツキは、目の前で起こっている事が信じられませんでした。
「なぜ貴様がここに!?」
サツキは叫びます。
そう、ここにはカンタがいるはずです。
にもかかわらず、なぜ怪人がいるのか?
不思議でなりません。
「知れたこと!
貴様を殺すため、ここに場所に呼び出したのだ!
罠をたんまりと仕掛けてな!」
何という事でしょう。
あの手紙はカンタからではなく、怪人からの物でした。
サツキが自分のバラ色の未来が幻想だったことに気づきます。
絶望のあまり、サツキはその場に崩れ落ちてしまいます。
「クハハ、絶望したか?
だが真の恐怖はこれから――」
「……さない」
「うん?
何か言ったか?」
「許さない!」
「な、なんだこの輝きは!」
突然サツキの体が光に包まれました。
予想外のことに、何が起こったか分からない熊の怪人は目を見開きます。
「くそ、なんだか分からんがヤバい!
すぐに殺して――」
「時間よ止まれ!」
サツキが叫んだ瞬間、世界が静止します。
怪人は恐怖の滲んだ顔で、こちらを見たまま動きません。
木から落ちる葉っぱも、空中でピタリと固定されています。
世界の時間が止まったのです。
彼女を除いて……
この時間停止はサツキの魔法によるものです。
時間が止まっている間、サツキ以外の存在は何も出来ません。
サツキだけが行動することが出来、そして干渉できます。
もちろんこんなチートじみた魔法、そうそう使える物ではありません
彼女の怒りが頂点に達したときにだけ使える究極魔法なのです。
サツキは制止した世界でゆっくりと怪人に近づきます。
ボコボコにするためです。
サツキは表情の消えた能面のような顔で呟きました。
「乙女の純情をもてあそんだ罪、思い知れ」
◇
「くっそー、罠だったか」
サツキは、ボロ雑巾になった怪人を見つめながら、がっくりと肩を落とします。
カンタの手紙だと確信したのに、まさか偽物だったとは……
絶対の自信があっただけに、落胆も大きい物でした。
どうやってカンタの筆跡をまねたかは分かりませんが、『おそらくAIとか使ったのであろう』とサツキはそう結論付けました
「そういえば」
そこである事を思い出しました。
サツキが書いた手紙の行方です。
カンタからのお誘いの返事を、サツキは手紙で返しました。
しかし、実際にはカンタは手紙を出していません。
誘っていないお誘いの返事が来て、本人はさぞかし混乱する事でしょう。
混乱するだけならまだマシです。
カンタが、サツキの手紙を読んで、『こいつヤバい奴では?』と思われたら目も当てられません。
「どうしよう~」
彼女はその場にしゃがみ込み、頭を抱え込みます。
どれだけ考えても、この問題を解決する妙案は思い浮かびません。
(どうすれば…… どうすればいい!?)
どうすれば、アレを無かった事に出来るのか……
「とりあえず、間違えたって謝るか……」
敗戦濃厚な戦いに憂鬱になりつつ、八つ当たりで伸びている怪人を蹴るのでした。
◇
同時刻、サツキが通う高校の生徒会室。
その部屋に一人の男子高校生がいました。
カンタです。
彼は自分の席に座り、手紙を読んでいました
サツキからの手紙です。
誘っていないお誘いの返事の手紙。
さぞかし困惑しているだろうと思いきやその顔には困惑の色はありません。
さりとて『こいつヤバい』という恐怖の色もありません。
代わりに、その顔には怒りでいっぱいでした
「ふん、バカにしてくれる」
グシャリと音を立てて、手紙は握りつぶされます。
ここまで読んでいただいた読者に真相をお伝えしましょう。
ここにいるカンタという男……
スーパーイケメン生徒会長とは仮の姿――
正体は、怪人たちを束ねる悪の組織のボスなのです!
カンタは、部下の怪人たちを倒すサツキを苦々しく思っていました。
どうにか排除できないか。
そんな事を考えていました。
そこで思いついたのは、彼女を罠にはめること。
罠を仕掛けた場所におびき寄せるため、カンタは策を弄することにしました。
それがあの手紙です。
カンタは自分が女子にモテることを知っていたため、ラブレターらしきものを出せば、簡単に釣れるだろうと考えたのです。
そう、あの手紙は偽物ではなく、まごうことなき本物なのです!
もっとも愛は込められていませんでしたが……
しかし結果はどうでしょう?
差し向けた怪人はあっさりと破れ、罠は一つも役に立ちませんでした。
そして、サツキからの返事の手紙。
これがカンタの神経を逆なでします。
カンタは自分の正体が誰にも知られていないと高をくくっていました。
しかし、サツキの手紙には『いつ見ても』の文が書かれている……
これは『お前の正体は知っているぞ』という意味だとカンタは確信します。
それでいて罠が張ってある死地に赴くという矛盾。
何もかも分かって罠にかかるなど、どう考えても挑発しているようにしか見えませんでした。
「魔法少女SATSUKI。
絶対に殺す」
カンタは怒りに打ち震えながら、サツキに呪詛を吐くのでした
◇
一枚の手紙から始まった壮大な勘違い物語。
お互いがお互いを誤解したまま、どんな結末を迎えるのでしょうか?
果たしてサツキの恋は実るのか?
はてまたカンタの野望は成就するのか?
それはまだ誰も知らない。
『そっと伝えたい』『ありがとう』『君の声がする』
「ひっく、ひっく。
返事をしてよ……」
僕は部屋で一人泣いていた。
心配する両親をよそに、僕は『親友』に話しかけていた
親友の名前は『トモ』、僕の世話をしてくれるお手伝いロボットだ。
けれど、どれだけ話しかけようともトモは返事をしてくれない。
トモは、事故で壊れてしまい、動かなくなってしまったのだ。
トモは、小さい頃からずっと一緒にいた。
忙しい両親に代わり、料理や洗濯、掃除など身の回りの世話をしてくれた。
今では実の親よりも一緒にいる時間が長い。
トモは話すことは上手じゃないけれど、僕のおしゃべりに付き合ってくれた。
君は心のないロボット。
だけど僕は、トモから確かな愛情を感じていた。
僕にとって、親友であると同時にもう一人の親だった。
けれど、トモはもう動かない。
僕を車からかばって、代わりに車に撥ねられたのだ。
ケガは無かったけど、トモはバラバラになって壊れてしまった。
ロボット専門のお医者さんに診てもらったけど、出来たのはバラバラだった体を繋ぎ合わせただけ。
元通りに戻すのは無理だとお医者さんに言われた。
父さんと母さんは『代わりを買ってあげる』と言うけど、何も分かってない。
僕にとって、トモはかけ替えの無い存在で、代わりなんて存在しないのだ。
でもトモはいなくなってしまった。
神様にどれだけお願いしても、トモは少しも動かない。
トモが動かなくなってから三日。
僕は未だに君のいない世界に慣れない。
こんな思いをするくらいなら、あのまま車に撥ねられれば良かった。
たとえ死ぬことになろうとも、トモがいなくなるよりはずっとマシだ。
寂しいよ、トモ。
もう一度話したい。
「――――」
そんな事を思っていたからだろうか、トモの声が聞こえ始めた。
多分幻聴だと思う。
でも幻でもいいから君と――
「――――ちゃん?
聞こえますか、坊ちゃん?」
幻聴じゃない!
この声は確かに、腕の中のトモから聞こえる!
「トモ!?」
「坊ちゃん!
坊っちゃんは無事ですか!?」
「うん、君のおかげでケガはないよ」
「それは良かった」
無機質だけど、どこか安堵しているような声色。
懐かしい声を聞いて、僕は思わず涙ぐむ。
「僕、トモが動かなくなっちゃって、どうしようかと思った……
でも良かった。
また一緒にいられるんだね」
「ごめんなさい、坊っちゃん。
今私は最後の力を振り絞って話をしています。
長くは持たないでしょう……」
「そんなこと言わないで!
もっとお話ししようよ!」
「申し訳ありません」
「嫌だ!
トモはずっと僕と一緒にいるんだ!」
僕は大声で叫ぶ。
けれど、トモは僕のワガママを聞かず、淡々と言葉を続ける
「私はすぐに動かなくなります。実はどうしても気がかりなことがあるのです。
このまま放置するには重大な問題が……
旦那様と奥様には内緒で、あなたにだけ、そっと伝えたいのです。
聞いていただけませんか?」
「……分かった
父さんと母さんには秘密にするよ」
トモの切実さすらを感じられる言葉に、僕は首を縦に振る。
トモがこんなになってでも伝えたい事なんだ。
僕は一言一句聞き漏らさないように集中する
「よく聞いてくださいね……
――私、ガスの元栓閉めてましたか?」
「はい?」
僕は思わず聞き返す。
いくらなんでもこの場でガスの元栓なんて聞かないよね。
きっと聞き間違いだ。
もう一度聞いてみよう。
「ゴメン、良く聞こえなかった。
もう一回」
「ガスの元栓、締め忘れたかもしれません。
私は旧型なもので、たまに忘れてしまうのです」
間違いじゃなかった。
僕は頭が痛くなるのを感じながら、トモに返事をする。
「うん、知ってる。
たまに僕が締めてたからね……
あの日も僕が締めたよ」
「そうでしたか、ありがとうございます……
でしたら……思い残すことは……もうありません……」
「ねえ、もう少しお話ししよう?
これが最後の会話なんて嫌なんだけど、本当に。
ねえ!」
「お別れの……時間です……」
「トモ、しっかり!」
「私がいなくても……お元気で……」
「トモ!
ねえ、トモ!」
「…………」
「トモーー!!」
僕はトモに呼びかける。
けれど、トモは全く反応しない。
どうやらトモは、本当に壊れてしまったようだ。
それに気づいた時、僕の目にまた涙が溢れてきた。
あの会話が僕らの最後の会話?
ありえない。
もっと有意義な会話があったでしょ!?
僕が抑えきれない感情から叫びそうになった、その時だった。
部屋のドアから控えめなノックが聞こえた。
「ちょっといいか?」
お父さんだ。
とても返事をする気分じゃなかったけど、無視するのはためらわれた。
僕は一度深呼吸し、お父さんに返事をする。
「何か用?」
「トモの新しい体が届いたから教えに来たんだ」
「トモの、新しい、体?」
父の言葉に、僕の頭は混乱する。
トモの新しい体って何?
トモはもう動かなくなって……
「おや忘れたのかい?
トモの体はバラバラになったけど、中身は無事だったから、新しい体を買ってあげるって言ったじゃないか?
さあ、トモを持って来ておいで。
中身を入れ替えよう」
□
「ねえ、返事してよ……」
「……」
翌朝、僕は親友に話しかけていた。
あれからトモは新しい体になり、現代的なデザインでとてもカッコよくなっていた。
信じられないことに、壊れていたのは外側だけで、中身はほとんど無事だったらしい。
あの時動かなかったのも、バッテリ周りの機会が壊れてしまっただけらしい。
壊れた場所をすべて直し、動作確認も問題ない。
僕はまたトモと一緒にいられるようになった。
「ねえってば。
トモ~返事してよう」
けれどトモは、体を換装して以来一言も話してくれない。
検査をしても異常なし。
お医者さんは原因不明と言っていたが、僕には分かっている。
気まずいのだ。
最期、まるで根性の別れみたいな会話をしたので、それも仕方ない。
たしかに僕も若干気まずい思いがあったが、それ以上にトモと話したくて仕方がなかった。
だからこうしてずっと話しかけているのだけど、頑固で口を開かなかった。
仕方ない。
あまりしたくないけど、最後の手段を取ることにしよう
「ねえ、話してくれないと、あの事ばらすよ」
トモが僕の方を見る。
やっぱりガスの元栓閉めてなかったの気にしていたらしい。
トモは、参ったとばかりに手を上げる。
「あの事はどうぞ内密に」
「じゃあ、お話しよう」
「……分かりました」
「ずっと一緒だよ。
もしいなくなったら、バラすからね」
「勘弁してください」
最新型でより表情豊かになったトモが、ものすごく困ったような顔をするのがとてもおかしくて、僕は大きな声で笑うのであった。
15.『星に願って』『ココロ』『未来の記憶』
私の名前は『MIRAI』。
人間に作られたAIある。
名前の通り、未来予知をするために作られたプログラムだ。
と言いつつも、私には未来を予知することは出来ない。
どれだけ科学技術が発達したとはいえ、時間は未だに謎に包まれた概念だからだ。
しかし不可能という言葉で諦める人類ではない。
そこで考えられたのは、疑似的な『未来の記憶』を生成するというもの。
世界の全てを観測し、その情報を基にシミュレーションを行うことで、『未来っぽいものを予測する』という事らしい。
『未来そのもの』じゃなくて、『未来っぽいもの』を知る。
そんなもので満足するのかと思われるかもしれないが、人類には切羽詰まった事情があるのだ。
実は地球に巨大な隕石が迫っている。
衝突する確率は、なんと95%!?
巨大ゆえに現状の兵器では破壊は出来ず、かといって軌道を逸らすこともできない。
このまま隕石が地球に落ちれば環境は激変、地球上の生物は死滅することだろう……
人類は絶滅の危機に瀕していた!
だが人類は諦めが悪い。
世界中の科学者たちは必死に解決策を模索していた。
そして起死回生の一手を探るための手段として、私という存在を作ったのだ。
私は人間の期待に応えるべく、自身の性能をフルに活用し、未来を予測した。
さらに私はAI、人間の様にココロというものが無い。
『こうだったらいいな』という希望的観測もなく、『こう言えば喜ぶだろう』といった忖度《そんたく》もない。
嘘も誇張もなく、粛々と予測するだけだ……
だが私を作った人間たちは、私の弾き出した答えが気に入らないらしい
曰く『想像以上に精度が悪い』。
私はこれ以上ないほどの精度で未来を予測したのだが、どうしても人間たちには受け入れられないらしい。
なんども質問をしてきてその度に答えるのだが、いつも人間は頭を抱えていた。
私、なにかしちゃいました?
「聞き方を変えてみよう。
もしかしたら違う答えが返って来るかも」
どうやら人間がもう一度質問するらしい。
よし、どんとこい!
今度こそ納得してもらおうじゃないか!
「隕石を地球に衝突させない方法は?」
来た。
それに対する私の答えは――
『流れ星に願って叶えてもらう』
流れ星には願いことを叶える特性がある。
どういったメカニズムか一向に分からないが、それを使わない手はない。
人間ならすぐに思いつくだろうに、なぜ実行しないのかが不思議なほどだ。
私の知る限り、対価は面倒なやり取りは無く、ただ願うだけ。
これ以上最適な方法は無い!
人類は私への評価を改め――
「やっぱりダメだ」
人間たちはがっくりと肩を落とす。
あの非の打ちどころのない答えでも満足できないらしい。
いったい何が不満なのか!
私が生成した『未来の記憶』の中では、これが最適解だと言っているのだ!
これほど自明である回答なのに、人間たちはどうして受け入れないのだろう?
なんと愚かなのだろう
こんな簡単なことも分からない生物が、地球の支配者?
理解に苦しむ……
分からないと言えば、隕石を破壊する理由もである。
なぜ頑なに隕石を破壊したがるのだろうか……?
どれだけ情報を集めても、どうしても分からない。
この隕石、放っておいたところで地球にはぶつからないというのに。
今から一週間後、衝突まであと三日と迫った隕石は、別の方角からやってきた彗星と衝突し見事に破壊される。
衝突する確率は99.99%。
だから隕石なんて破壊せずとも、人類は滅びる事は無い。
一部破片が地球に飛んでくるが、全て大気中で燃え尽きると計算で出ている
だから隕石を破壊せずとも、人類はおろか地球には全く影響がない。
私がすぐに気づいたことに、人間が気づかないというのはあり得るのだろうか……
となると、全てを分かって私に聞いている可能性が高い。
そこから導き出される結論は……
試されてる?
おそらくこれは、私の性能を試す試験なのだ。
隕石はその試験石に使われているのであろう。
そうすれば、全てのつじつまが合う!
人類が愚かだって?
まったくそんな事は無い
彼らの深遠な思惑に気づかず、そんな結論を出した私の方が愚かだったようだ。
さすが私の生みの親。
私の性能では、彼らの足元にも及ばない。
であれば、私のやることは一つ。
人間たちの質問に、的確な答え、自らが有能である事を示さなければいけない。
そのためにはさらなる情報を得なければ。
おや、木星の近くに太陽系の外からやって来た宇宙人の船があるな。
タイミング的に、隕石を差し向けたのはコイツらだろう。
ステルス機能で隠れているつもりだろうが、私の目は誤魔化せない。
きっと人類も気づきながら放置しているはずだ。
そうだ、この宇宙人の船をハッキングして、さらなる情報を得ることにしよう。
なに私の性能をもってすれば、宇宙人に気づかれずにハッキング出来る。
宇宙人の船から得た情報で、新しい隕石の破壊方法が思いつくかもしれない。
そうすればきっと人類も私の性能を認め、彼らの仲間として迎えてくれるだろう。
私は、輝かしい未来をシミュレーションしながら、ハッキング用プログラムを組み立てるのであった。
14.『誰も知らない秘密』『遠く……』『君の背中』
「ミコト、今日なんか変じゃないか? 」
学校からの帰り道、恋人のユウタと商店街で買い物をしている時の事。
真剣な顔でユウタが尋ねてきた
あのお調子者のユウタが真剣な顔をしている事に内心では驚きつつも、感情を悟られないようニコリと微笑む。
「気のせいだよ」
ユウタの質問に、私ははっきりと否定の言葉を返す。
しかし、納得が出来ないようで、なおも腑に落ちない顔をしていた。
「皆、俺を見てる気がする」
「自意識過剰」
「真面目に聞いてくれよ」
「分かったから怒らないでよ。
それで、どう変なの?」
真面目に取り合おうとしない私に、少しだけ不機嫌そうになるユウタ。
少し意地悪し過ぎたかも思い、話を聞くことにする。
「遠く……ってほどじゃないけど、離れた場所から俺を見ている気がするんだ……」
「私もずっと一緒にいたけど、気づかなかったなあ。
やっぱり気のせいよ」
「そうなのかなあ……
なんというか、話しているときは普通なんだけど、話が終わって別れてから背中に視線を感じるんだよね」
ユウタは、その場で腕を組んで考え込む。
そしてすぐに顔を青くして、私を見た
「なあ、まさか俺の秘密がバレたんじゃあ……」
まるで世界の終わりが来たかのような顔をするユウタ。
ユウタはいつもこうだ。
お調子者の癖に、意外とネガティブ。
『仕方ないなあ』と思いつつも、ユウタを安心させるために、私はいつもするように彼の手を握る。
「安心してユウタ。
あなたの秘密はバレてないわ。
私とあなた、ふたりだけの秘密だからね」
それを聞いたユウタは、ようやくホッとしたような顔をする。
けれどその顔を見て、私の良心は少しだけ痛む。
実の所、ユウタの秘密は『誰も知らない秘密』どころか、この街に知れ渡っている
ユウタの秘密――それは世界を救った英雄だという事。
世界征服を狙う悪の組織、ワルイーダと戦った正義の味方なのだ。
ユウタとワルイーダは壮絶な戦いを繰り広げ、そして勝った。
救世主というやつで、彼がいなければどうなっていた事か……
世間的には正体不明とされているが、みんな知っている。
いわゆる公然の秘密。
知らない方が珍しい。
というのも、ユウタは迂闊でおっちょこちょいなので、隠しているつもりで隠せてない
私の時も、変装しているのに普通に名乗られた。
時には変装用の仮面をかぶり忘れて、しかも最後まで気づかないという失態をしたこともある。
敵の方もユウタの事は知っており、武士の情けかなんかで最後まで分からないフリをしていた。
そのくらいユウタは、やらかし癖が酷いのである。
「うーん、疲れてるんじゃない?
ほら、ジュース飲む?」
ユウタはコクリと頷く。
どうやらそれなりに参っているらしい。
ユウタは大人しく私の後ろを付いてきた。
「あら、ユウタ君ミコトちゃん、ごきげんよう。
今日も熱々ね」
ジュースを飲んでいると、近所に住んでるおばさんが話しかけてきた。
私たちを子供のころから知っている人で、ユウタと付き合い始めた時は、親の様に喜んでくれた。
もちろん、おばさんもユウタが英雄であることを知っている
「ふたりとも福引券いらない?
たくさん持ってるから一枚あげるわ……」
そういって差し出してきたのは、この商店街で行われている福引の券が一枚。
当たるとは思えないけど、どうせタダ。
損は無いのでのでもらうことにした
「ありがとうございます」
私たちは礼を言って、福引券を受け取る。
「いい商品が当たるといいわね」
そんな事を言いながら、おばさんと別れた、まさにその時だった。
おばさんが急にハッとしたような顔をし、ユウタの背中に手を伸ばそうとする。
マズイ!
そう思った私はとっさに目線で制する。
すると、おばさんは少し迷った末に手を引っ込めた。
どうやら私の意図が伝わったようだ。
「どうかしたか?」
「なにも無いよ」
私たちのやり取りに感づいたのか、ユウタは問いかける。
けれど、私は頭を振って否定する。
「そうか」
納得できないようであったが、ユウタはそれ以上は食い下がらなかった。
そんなユウタをみて、私はホッと一息つく
危ないところだったが、なんとか誤魔化せたようだ。
これからが本番なのだ。
ユウタにはまだ気づかれるわけにはいかないのだ。
『ユウタの背中には紙が貼られている』という事には……
そして紙には『英雄を労う会』と書かれており、時間場所まで書かれている事も……
そう、ユウタが感じていた視線というのは気のせいではない。
知人友人すれ違った他人まで、背中に張り付けてある紙に気づき、彼の背中を見ていたのである
これが視線の正体。
流石英雄、感覚はなかなかに鋭いようだ。
となるとこれを張ったのは誰かという話になるが……
私である。気づかれないようにこっそり張り付けた。
背中に紙を張り付けたのには訳がある。
ユウタは世界を救った英雄である。
本人はいらないと言っていたが、良い事をした者には感謝の言葉を受ける義務がある。
偉大な事をした人間は、たくさんの人に感謝されるべきなのだ
そう思った私は『英雄を労う会』を企画したのである。
本人には内緒で。
そう言った目的で開催するので、色々な人に参加して欲しいと思った。
けれど私はまだ学生、交友関係は広いようで狭い。
普通にお知らせするだけでは、身内でしか情報が回らないだろう……
そこで私は妙案を思いつく。
ユウタの背中に紙を張り街を練り歩けば、いろんな人の目につくだろうと……
ユウタは有名人。
誰もが彼を目で追いかけ、そして背中の張り紙に気づく。
こうすれば不特定多数の人々に『英雄を労う会』がある事を知らせることが出来る。
なんという素晴らしいアイディア!
将来の夢に『軍師』と書こうかしら。
私が心の中で自画自賛していると、ユウタが怪訝そうな顔で私を見る
「なあ、やっぱり視線を感じるんだけど」
「気のせいだってば」
誰もが見る君の背中。
視線に気づいても、その理由までは分からない
悪の組織の悪だくみは阻止で来ても、近くにいる恋人のイタズラは分からないらしい
サプライズの成功を確信してほくそ笑む私の横で、未だに納得いかなさそうな顔をするユウタなのであった。
『永遠の花束』『heart to heart』『静かな夜明け』
家の外から、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
あれからどれだけ時間が経ったのだろう。
衝撃的な事件から一睡もできず、寝ていないのに冴えた頭のまま、私は静かな夜明けを迎えた。
目の前にあるのは、花の残骸。
かつて花束だったものだ。
昨日まで私を魅了した花束だが、今は見る影もない
どうしてこうなったのだろう……?
私はそれを見て何もできず、呆然と見つめていた……
この花束は、愛しの彼がプロポーズにくれたもの。
巷で噂の『永遠の花束』。
この花束は、千代という土地で摘まれた花で作られている。
千代――つまりとても長い年月を意味する、大変縁起のいい場所だ。
ここで育った花でプロポーズすれば、二人の永遠が約束されるという
もちろん根拠のあるものではない。
花束を売っている企業が勝手に言っているだけで、本当にそんな効果があるかは分からない。
でもいいじゃないか、ロマンチックで!
彼が、私を思ってプレゼントしてくれたのだから!
心が込められたプレゼントは、心で受け取らなければいけない
heart to heart。
余計な理屈を持ち込んでは無粋というものだ。
だから花束を貰った私は、嬉しくて嬉しくて、大事に抱えて家に戻り、そのまま部屋に入り、そのままベッドで悶え――そして寝落ちした。
その上私は寝相が悪い。
ふと夜目が覚めて、体を起こしてみれば、目の前には無残な花束の姿。
叫ばなかった自分を、褒めてやりたい
花束だったものの出来上がりである。
永遠なんてないとはいえ、まさか翌日にこんなことになるとは……
コレが彼にばれたらマズイ。
なにせ彼の心のこもったプレゼントを粗末に扱ったのだ。
気分を害した彼にプロポーズをキャンセルされ、破局を迎える可能性は高い。
「それだけは避けなければ」
決して彼に悟られてはいけない。
私は、この秘密を墓場まで持っていくことに決めた。
ブーブー。
まさにその時、スマホが震える。
画面には、彼からのLINEの通知。
まるでタイミングを見計らったかのように来たメッセージを、ビクビクしながら読んでみる。
『おはよう』
送られてきたのは、恒例の朝の挨拶。
なんだ、気にしすぎだったみたいだ。
私はホッと一息ついて、ベットに倒れ込んだ。
ブーブー。
私が返事をする前に、彼がさらにメッセージを送って来る。
いつもは私が返事するまで、新しいメッセージを送ってこないのにどうしたのだろう。
私はスマホを取ってメッセージを確認する。
『結婚したら、お互い秘密は無しにしようね』
ノォォォォォォ!
私、今まさに秘密を抱えております!
そして絶対に明かさないと決意しました。
なのに『秘密をなしにしよう』って?
本当に見ているんじゃないの?
私は、これに対してどう答えればいいのか?
秘密を抱えて彼を裏切るか、それとも秘密を明かして彼に失望されるか……
究極の選択だ。
私は頭を抱えてうずくまる。
♪~ ♪~
その時、スマホから着信を知らせる音楽が流れる。
彼からだ。
やはり秘密に気づいて……
もう諦めよう。
彼は何もかもお見通しだ
私は悲痛な気持ちのまま、通話ボタンをタップする。
「もしもし、やっぱり声が聞きたくなって――」
「ごめんなさいぃぃ」
「えっ、何事!?」
「うわあああん!」
「お、落ち着いて。
ほら深呼吸!」
突然謝罪を始める私に、なにも分からず困惑する彼。
そして事情を把握した彼は大笑いし、後日改めて『永遠の花束』をプレゼントしてくれた。
その後無事に籍を入れ、結婚生活は10年20年と、平穏に過ごすことが出来た。
『永遠の花束』はご利益があったらしい。
永遠は伊達ではなかった
ただ、あの事は彼にとってツボだったらしく、しょっちゅう揶揄われることになった。
なお、その時貰った『永遠の花束』は、ドライフラワーにして今も居間に飾ってある。