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4/3/2025, 9:50:07 PM

『春風とともに』『またね!』『はじめまして』



 藤岡ヒナタは春が好きでした。
 小学六年生のどこにでもいる女の子。
 彼女は花が大好きで、世界に花でいっぱいになるこの時期は、一年の中で最も好きな季節でした。

 街路樹として植えられている桜の木。
 誰かの庭で咲いているチューリップの花。
 川のほとりに咲く、名前も知らない小さな花々たち……
 色とりどりに彩られる世界は、彼女を魅了してやみません。

 今日も花を眺めながら学校に登校していていました。
 公園の隅に咲いている梅を眺めていた時のことです。
 春風とともに、紙飛行機が飛んできました。
 そして、ヒナタのちょうど目の前にポトリと落ちます。

 風に流されて来たのかと辺りを見渡しますが、誰もいません。
 見通しがいい場所なので、どこかに隠れているということもありません。
 不思議だと首を傾げながら紙飛行機に目線を戻すと、文字が書いてある事に気づきました。

 『はじめまして。
 これからよろしくお願いします』
 紙飛行機には、そう書かれていました。

 ヒナタは怖くなりました。
 知らない人が自分を見ている事にです。

 学校では『知らない人と話してはいけません』と言われています。
 それは誘拐されたり犯罪に巻き込まれるからです。

 それに手紙の主が、姿を現さないのも不気味です。
 どこからか様子を伺っているのでしょうか……
 正体の分からない存在に、ヒナタは恐怖で震えます。

 ですがここにいても何も解決しません。
 『学校に逃げれば、変質者も追っては来れないはず』
 彼女はそう思い、逃げるようにその場を後にしました。
 判断が功をそうしたのか、不審者は学校まで追って来ませんでした
 ホッと一安心です。

 ですが学校に着いてからも不思議なことが起こりました。
 鼻水が止まらないのです。
 目もシパシパして、違和感があります。

 風邪でも引いたか?と思いましたが、どうやら熱はない様子。
 新手の病気かと不安になりますが、そのまま授業を受けました。
 そして、学校が終わって帰宅してすぐ、布団に入り寝ることにしました。
 少しくらいの不調なら、寝て治ると思ったからです

 次の朝、ヒナタはしっかりと睡眠をとり爽やかな朝を迎え――ることは出来ませんでした。
 相変わらず鼻水で鼻がつまっていました。
 それどころか、くしゃみが出るようになり、前日より酷くなっている気すらします。

 ヒナタの母親は、彼女が辛そうな様子を見て、こんな提案をしました。
「今日は学校を休んで病院に行きなさい」
 そうしてヒナタは、母親に連れられて病院に向かうことになりました。 
 ですがヒナタの顔は晴れません。

 自分の体に何かとんでもない事が起こっており、このまま死んでしまうのではないだろうか……
 そんな不安を抱えたまま、彼女は病院へと向かいます

「花粉症ですね」
 診察してくれたお医者さんは、きっぱりと断言しました。
 どうやら不調の原因は、春風とともにやって来た花粉だったようです。
 ヒナタは病気ではなかったことに安堵する一方、頭の中によぎった疑問を口にします。

「でも先生、去年までは何ともなかったんですよ」
「花粉症は突然来るものです。
 挨拶なんてしない、失礼な奴らですよ」
 お医者さんは、花をすすりながら答えます

 そこでふと思いました。
 昨日の紙飛行機のことを……

 もしかして、あれは花粉からの手紙だったのでしょうか……?
 お医者さんの様に『挨拶が無い』と怒られたから、手紙を出すことにしたのでしょうか?
 よく分かりませんが、大変な病気ではなかったのでひとまず安心しました。

「お薬を出しますね。
 それで楽になりますよ」

 医者の言うことは間違っていませんでした。
 薬を飲むと、あら不思議。
 今までの体調不良がきれいさっぱり消えてしまったのです。
 ヒナタはクスリが効いたことに胸を撫でおろします。

 ヒナタは、自分が花粉症と聞いた時、一つ不安なことがありました。
 大好きな春が大嫌いな季節になってしまうかもしれないという事……
 花粉症の人の中には薬が効かない人がおり、もし自分がそうならば春の間はずっと辛い思いをすることになります。
 そうなれば

 しかし、ヒナタには薬が効きました。
 薬を飲む限り、花粉症に悩まされる心配はありません。
 花粉症で困っていたのは少しの間だけ。
 ヒナタにとって大好きな春は、大好きなままなのです。
 こんなに素敵なことはありません。

 そしてヒナタは毎日薬を飲み、花を眺めていました。
 幸せでした。
 けれど何事も終わりがあるものです。

 一か月後、花が咲く季節は終わりを告げました。
 気温も高くなり、花が咲くのには適さない時期になりました
 春の終わりの訪れに、ヒナタは切なさを感じます。

 ですが悪い事ばかりでもありません。
 花粉症の季節の終わりでもあるからです。
 この季節さえ超えてしまえば、薬を飲む必要はない……
 もう花粉症に悩まされないのです。

 それはいい事なのですが、ヒナタは切なさと喜びが入り混じる複雑な思いでした。
 小学生の心が受け止めるには、少々荷が重い感情でした。

 ですがそれ以上に、ヒナタの頭にあるのは来年の事。
 年が変わって春になれば、また花が咲く。
 それが楽しみでした。

 早く春にならないかな。
 そう思いながら、通学路を歩いていた時のことです。

 再びどこからともなく、紙飛行機が飛んできました。
 その紙飛行機にはやはり文字が書かれていました。
 ヒナタは、恐る恐る文を読みます

『春が終わったので、実家に帰ります。
 でも来年戻ってきますので、心配なさらぬよう。
 またね!

 花粉より』

3/31/2025, 1:46:05 PM

『春爛漫』『小さな幸せ』『涙』


 俺の名前はバン。
 高ランクの冒険者である。
 数多のダンジョンを踏破し、冒険者の間では俺の名前を知らないもヤツはいない。

 でも今現在、冒険者業は休業中。
 一年前のある日、パーティの仲間たちと喧嘩した時にダンジョンに置きざりにされたことがトラウマで、ダンジョンに潜れなくなってしまったのだ。

 ダンジョンの入り口に立つと、吐き気が止まらなくなり、膝が震えて動けない。
 もう冒険者を廃業すべきかと悩んでいた頃、今の妻であるクレアと出逢った。
 クレアは俺の悩みを熱心に聞いてくれ、一度落ち着いて休むべきだと俺に助言、そして十年ぶりに故郷の村に帰省することになった。
 その甲斐あってかトラウマは劇的に改善し、村の近所にあるダンジョンにも潜れるようになった。
 奇跡のような変化に、俺はクレアには感謝してもしきれない。

 そして春。
 若葉萌ゆる季節。
 葉は芽吹き、虫たちは目を覚ます。
 山は緑に染まり、道端では花が咲き誇っている。
 まさに春爛漫である。

 そして俺も、草花と同じように動き出そうとしていた。
 雪で通れなかった道路も開通し、もはや俺の冒険を阻むものは何も無い。
 さあ旅にでよう。
 冒険の始まりだ――



 と思っていたのが2週間前。
 俺はまだ村にいた。

 本来なら旅に出ているはずの俺が、なぜまだ村にいるのか?
 それは……

「おーい、こっちも手伝ってくれ」
「……あいよ」
 知り合いの農家の手伝いをさせられていた。

 この村は農業で生計を立てている。
 農家に暇などなく、この時期は特に忙しい。
 田起こしに肥料を撒き、種まき、植え付け、雑草抜き、あとは農具の整備か。
 猫の手でも借りたいくらいの忙しさである。

 そんな慌しい空気の中で旅支度をしていたのだが、暇をしていると思われたのであろう。
 村のじい様やばあ様に小言を言われた挙句、駆けつけた若い衆に連行され、強制的に農作業の手伝いをさせられた。

 『暇なら、旅に出る前に少し手伝ってくれ』
 と村人たちは口を揃えて言うが、全く『少し』じゃない。
 いい働き手が来たと、散々扱き使われた。

 しかも村全体がそんな雰囲気なので、一つの所が終わっても『次はウチ』と次の仕事が舞い込んでくる。
 そうして、出発日予定日から、一日二日と延びて、今に至る。
 二週間経った現在も順番待ち(!?)している農家がおり、俺の体は当分の間解放されそうにない。
 どうしてこうなった!

「しけた面してるな、オイ」
 俺が憂鬱でいると、声をかけてきたのは友人のジョセフ。
 村を出る前は一番中の良かった悪友、そして『今日』の仕事先である。

「いろいろ計画を立てていたのに、全部オジャンになってな。
 世を儚《はかな》んでいたところだ」
「それは計画を立てるほうが悪い。
 自然相手に、思い通りなんてなるわけないだろ」
「主にお前たちのせいだよ」
 俺が睨むと、ジョセフはイタズラっぽく笑う。
 こいつ、反省してないな。

「冗談だ。
 そんな怖い顔をするなよ。
 あれもこれも押し付けて悪いとは思ってるよ」
「本当か?
 俺が回ってきた中で、一番扱き使われている気がする」
「使えるもんは使わないとな。
 ほら、手を動かせ!
 日が暮れるぞ!」
「はいはい」
 俺は鍬を手に持ち、畑を耕していく。
 額に汗し、畑の半分ほど耕したところで、ジョセフが口を開いた。
 
「お前、このまま村にいるってのは出来ないのか?」
 唐突に発せられた質問に、咄嗟に反応出来なかった。。

「お前、一緒に帰ってきた冒険者仲間――クレアって言ったか、その子と結婚しただろ。
 ならこの村でのんびり結婚生活を満喫したらどうかと思ってな。
 小さな幸せを感じながらスローライフ。
 そんな生き方もアリだと思うんだがね」
「言いたいことは分かる」

 この村での生活は楽しかった。
 命のやりとりをする冒険者業の経験があるからこそ、この自然に囲まれたスローライフは掛け替えのないものだと断言出来る。
 トラウマが治ったのも、優しい村の人々のおかげだ。
 だか……

「残念ながらやり残したことがあってね。
 まだ冒険者業は、廃業するつもりはないんだ」
「そうか」
 どうやら聞く前から答えが分かっていたらしい
 ジョセフはあっさりと引き下がる。

「まあ、ずっといられても困るしな」
「は?」
 だが予想だにしない言葉が、ジョセフの口から放たれる。
 お前、さっき俺に村にいて欲しい的なこと言ってたじゃん。
 どういうことだよ!

「気づかなかったか?
 この村の農具が、全て新しくなっている事に……」
「それは気になっていたが……
 もしかして!」
「そうだ!
 お前の送ってくる仕送りで買ったんだよ。
 冒険者って儲かるんだな」
 満面の笑みを浮かべるジョセフ。
 それに対し、俺はただ茫然と立ち尽くす。

「それでもお金が余ったから、試しに最新式の農具も取り寄せたりしてな。
 今はすげえのがあるぞ!
 魔法の力で動くトラクターっていうヤツが凄く便利でな。
 村に一台しかないから持ち回りなんだが、それでも農作業が格段に楽になんだ!
 それでさらに買うためにもお金が必要だから、今さら冒険者を止められても困るんだよ」
「完全にそっちの都合じゃねえか!」
「お前がいなくなると寂しくなるけど……
 俺たちは涙をのんで見送るよ」
「驚きの白々しさ」
「俺たちのことは忘れても、仕送りだけは忘れるなよ」
「もう送るのやめようかな……」
「そんなこと言うなよ。
 友達だろ」

 一緒にいない方が長い俺に対し、友達扱いしてくれるのは有難いことだが……
 言葉通りに受け取るには、今までの話が少々生々し過ぎた。

「そういうことだから、安心して旅に出な」
 とポツリと呟くジョセフ。
 どうやら彼なりの励ましだったようだ。
 村の事は心配するなという事だろう。

 ジョセフの言葉を聞いて、俺はこの村に帰って来た時のことを思い出していた。
 突然帰って来た俺を、何も暖かく迎えてくれた村人たち。
 今も子供の頃と同じように接してくれるジョセフ。

 俺の帰る場所はここなんだと再認識する。
 家族がいて、友達がいる。
 暖かく迎えてくれる人々がいる。

 いつになるかは分からないけど、最後に帰る場所はここでありたい。
 優しい人々がいる、この村に。
 俺は心の中で、ひそかにそう思うのであった。


「それはそうとして、秋には帰ってこいよ。
 村中が収穫で大忙しなんだ」
 あれ……
 ひょっとして俺、労働力と金蔓としか思われてない……

 ここにいたら、新しいトラウマが出来そうだ。
 俺はそんな予感を胸に感じながら、出来るだけ早く村を出ることを誓うのであった。

3/29/2025, 7:40:19 AM

『もう二度と』『記憶』『七色』

 朝起きて鏡を見ると、俺の毛の無い頭が七色に染まっていた。
 昨日まで普通の肌色だったのに、今では赤、青、黄色と色とりどりだ。

 こんな頭で会社に行こうものなら、みんなの笑いもの!
 自分のハゲ頭をタネに、俺から笑いを取ることはあるけれどこれは違う!
 ゲーミングヘッドなんて、冗談じゃねえよ。

 ええい、悩んでも仕方がない。
 とりあえず、医者の所へ行こう。
 俺は会社に休む連絡をしてから、帽子かぶって病院へと向かった。


 □

「どうなされました?」
「見ての通り、頭が七色に光るようになりました。
 助けてください」
「ふむ、診てみますね――」
 医者はどこからかサングラスを取り出し、俺の頭をまじまじと観察し始める

「分かりました」
「あの、大丈夫でしょうか?」
「ええ、命に別状はありません。
 ご安心ください」
「良かった」
「ところで構造色って知ってますか?」
「いいえ……」

 急な医者の質問に戸惑う俺。
 質問の意図が分からないが、どっちにしても知らないので頭を振る
 すると医者は学校の先生の様に、ゆっくりと話し始めた。

「その物質自体には色が無いのに、まるで色を持っているかのように見える現象です」
「あの、よく分からないんですけど……」
「縁遠いものに聞こえますが、意外と身近にありますよ。
 DVDやブルーレイディスクの裏面を見た時に、虹色に光るところを見たことがあるでしょう?
 光の反射によって、違う色が見える。
 これが構造色です」
「へえー、勉強になりました。
 でもそれが、俺の頭と何の関係が?」
「アナタの頭の表面が、DVDみたいになっているという事です」

 医者から明かされた衝撃の事実!
 そんなことあるの!?

「何か心当たりは?」
「あー、最近アメリカから育毛剤を取り寄せまして……」
 俺はスキンヘッドを恥とは思ってないが、それとは別にフサフサの髪は欲しい。
 つまりはそういうことだ。

「それを使ったと?」
「ええ、一周間くらいですかね。
 頭がむずむずしてきたので効いているのだと思っていたのですが、まさかこんなことになっているとは……
 先生、直りますか?」
「安心してください。
 確かに珍しい症状ですが、若い頃に一度診察したことがあります。
 その時の機材もホコリを被ってますが、使えるハズですよ
 いやあ、もう二度と診察することが無いと思っていましたよ。
 長生きするもんだ」
「先生、はしゃいでませんか?」
「そんなことありませんよ。
 では早速治療に取り掛かりましょう」

 と言うと、看護師に指示して、機材をもってこさせた。
 たくさんケーブルが出ているヘルメットのような物と、それに繋がっているモニターの二つ。
 不安になるデザインだが、他に方法があるわけでもない。
 俺は渡されたヘルメットを被った

「では始めます。
 治療中は何があっても外さないように」
「分かりました」
「ではスイッチオン!」

 医者の掛け声ともに、被っているヘルメットが起動して、ほんのり頭が暖かくなる。
 不安だったが、ちゃんと起動しているようだ。
 医者も何があってもいいように、モニターを見て不測の事態に備えて――

 と思っていたら、モニターには映像が流れていた。
 古いアメリカの映画のようだ。
 なんで治療そっちのけで映画をみているんだ?
 沸き上がる怒りを堪え、きわめて冷静に注意する。

「先生、治療中に映画を見るのは止めて頂けませんか?」
「ああ、これですか?
 さっき、あなたの頭がDVDになっていると言ったでしょう?
 読み込めるんですよ、これ」
「読み込めるんですか!?」
「ええ、前回の時もそうでした。
 これが結構楽しくてね。
 一緒に見ます?」
「治療は!?」
「大丈夫ですよ。
 読み込みと並行して、治療が行われていますので。
 たいてい10分くらいで治り――むむっ」

 医者が突然、声を上げる。
 なにか予想外の事が起こったか?
 これ以上のや花きごとは勘弁してくれ

「これは、ケネディ元大統領暗殺の時の記録!?
 なぜこんな映像が……」
 医者が物騒なことを言い始めた。
 ケネディ、といえばアメリカの暗殺された大統領だったか?
 育毛剤を取り寄せたのもアメリカからだったし、奇妙な偶然である。

「これは、公開されたものの中には無いものですね……
 へえ、こんなことが……」
 患者を放置して映像に夢中になる医者。
 聞いたことはあるが、俺は興味が無いのでなにが凄いのか分からない。
 好きな事は人それぞれだが、せめてダビングして家で見てくれないかな。

「馬鹿な!!
 そんな事が!?
 となると真実は……」
 突然医者が叫んだかと思うと、乱暴にモニターを消した。
 あまりの豹変ぶりに、俺は唖然とする。

「これは知ってはいけないことでした。
 闇に葬ることにしましょう」
「闇に?
 というか治療は?」
「安心してください。
 全自動ですから。
 それはともかく、お薬出しますので飲んでくださいね」
「え、はい。
 それはいいですけど、本当に大丈夫ですか?」
「今の医療で記憶を消すのは造作もありません」
「心配しているのはそっちじゃない!」
「そっちの方が大事です!」
 医者の気迫に、俺は気圧される。
 一体何が起こっているんだ?

「記憶を消さなければ大変な事になります!
 あなたもCIAに命を狙われたくはないでしょう?」
「大げさな」
「マスコミにリークするつもりですか?
 そうはいきません。
 記憶消去モード!」
「まっ――」
 そこで記憶が途切れた。


 □

 気が付くと、俺は自宅の玄関に立っていた。
 なぜ自分はこんなところにいるのか?
 何も思い出せない。

「病院に行ったはずなんだけどなあ……」
 何か病院に行く用事があったはず。
 けれど行った記憶どころか、そのなぜ行こうと思ったのかも思い出せない
 もしや夢でも見たか?

「頭の事で悩んでいた気がする……」
 分からないことだらけだが、とりあえず自分の姿を見れば何かわかるだろう
 俺は首を傾げながら、洗面所の鏡台に向かう。

「うわ、フサフサになってる」
 だが鏡に映るのは昨日までの禿げ頭ではなく、盛りに盛られた髪の毛であった。
 幻覚かと思い触ってみるも、そこには確かな感触がある。
 本物の毛だ。

「やった、やったぞ!」
 よく分からないが、髪の毛が生えた。
 これでハゲと馬鹿にされない。
 俺は喜びに打ち震える

「けど、急に髪の毛が伸びたら会社の奴らになんて言われるか……
 今日はいったん坊主にしよう。
 一度生えたんだから、つぎも生えるだろ」

 俺はバリカンを取り出して、髪の毛を刈っていく。
 複雑な気持ちのまま髪の毛を切っていると、そこから七色の頭の表皮が出てきて――

3/25/2025, 1:43:02 PM

『君と見た景色』『bye bye……』『 曇り』

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!
 くらえ、悪霊!」

 九字を切り、目の前にいる悪霊を滅せんと正のエネルギーを飛ばす。
 負のエネルギーの塊である悪霊は、正のエネルギーと相殺されてそのまま消滅する。
 これが除霊の基本であり、どんな悪霊も無事では済まない
 だが――

「Hahahahaha」
 悪霊は全くダメージを受けた様子が無く、そこに立っていた。
 何も起こらなかったかのように、そこに佇む悪霊
 他の除霊士が匙を投げるはずだ。
 俺が見た中でも、とびっきり凶悪な悪霊だった。

 だが俺にはここで逃げるという選択肢はない。
 コイツには莫大な賞金が懸けられている。
 病気で苦しむ妻を救うためにも、お金が必要なのだ。
 命の危険があろうとも、俺はここで引くわけにはいかない

「ノーマクサマンダ バザラダンカン!」
 俺は別の呪文を試す。
 一見して意味の分からない文字の羅列だが、不動明王の力を借りて除霊する強力な呪文である。
 強力な分、こちらにも負担はかかるが向こうも無傷では……

「Oh……」
 しかし、悪霊は困ったような顔をしただけで、ダメージらしいダメージが無い……
 どうやらこの悪霊は普通の悪霊ではないらしい。
 『次の呪文を』とは思うものの、何を試せばいいのだろうか……
 さっきから色んな呪文を出ししているが、悪霊に全く様子が無いのである。
 まずはコイツの正体を確かめるべきだ。
 俺はダメ元で悪霊を問いただす

「おい、お前!
 一体何者だ?」
「Cola and Pizza」
 そこで俺は気づいた。
 コイツ、アメリカ人の幽霊だ……

 これはマズイ。
 自慢じゃないが俺は学生時代、英語の赤点常習者だった。
 お情けで卒業させてもらったので、微塵も英語を話すことは出来ない!

 そして、他の除霊士が匙を投げた理由が分かった
 俺を含む除霊士たちは、英語が出来ない。
 『除霊士は海外に出ることは無いから、英語は不要』と舐めているからである。
 学生時代のサボりが、ここで足を引っ張るとは……
 もっと勉強すればよかった。
 
「ここままじゃ、妻の治療費が……」
 なぜちゃんと英語を勉強しなかったのか。
 過去の自分を殺してやりたい。
 自分の迂闊さに殺意を覚える。

 それがいけなかった。
 迂闊にも悪霊から目を離してしまった俺は、一瞬で距離を詰めてきた悪霊に反応できなかったのである。

「しま――」
「Present for you」
 悪霊の攻撃に、俺は為す術なく吹き飛ばされる。
 壁に強く打ち付けられ、全身に痛みが走る。
 このままでは殺される。
 そう思い即座に前を向くが、しかし既に目の前に悪霊が立っていた。
 悪霊は俺を殺そうと、禍々しい腕をこちらに伸ばす。

 脳裏に浮かぶのは、妻との思い出の数々。
 旅好きの妻に、あちこち連れまわされた暖かい思いで……
 退院したら、また旅に出ようと約束したけれど……

「ごめんよ。
 君と見た景色、もう見れそうにない」
「bye bye……」
 悪霊手が俺の首を締めようとした、まさにその時だった。

「破ぁーーーーー!!」
 突然目の前を青白い光で満たされる。
 何が起こったか分からずパニックになるが、気がつけば目の前から悪霊はいなくなっていた。

「大丈夫か?」
 そこにいたのは寺生まれのTさんだった。
 なら、さっきのはTさんが得意な除霊光弾!?
 まさか実際に目にするとは!

「Tさん、なぜここに」
 しかし、俺とTさんは面識がない。
 どうして助けに来てくれたのか、それが分からない。

「ヒーローは遅れて来るものさ」
 と、渋い声で答えるTさん。
 なんの答えにもなっていないが説得力がある。
 さすが寺生まれだ。

「f〇ck」
 吹き飛ばされた悪霊が立ち上がる。
 俺の時と違ってダメージがあるようだが、それでも消滅には程遠い。
 Tさんは悪霊を見て、不愉快そうに眉をしかめた。

「まさか俺の光弾に耐えるやつがいるとはね」
「アイツは強い!
 ここは一旦引いて、策を練るべきだ」
 俺の提案を聞いて、しかしTさんはニヤリと笑う。

「心配するな。
 奥の手がある。
 見ていろ」

 ハアアアアと、気合を入れるTさん。
 それに呼応するように、空がどんどん明るくなっていく。
 さっきまで雨でも降ってきそうな曇り空が、Tさんを中心に晴れ渡っていく

 Tさんは一体何をしようと言うのだろうか……
 気迫に押された俺と悪霊は、ただTさんを見ていることしか出来なかった。

「破ぁーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!」
 さっきより大きな声で、さっきより明るく輝く光弾を打ち出すTさん。
 ボーっとしていた悪霊は、一瞬のためらいの後避けようとするが、もう遅い。
 よけきれずに、光弾が悪霊に直撃する。
 
「Oh my god!」
 悪霊が断末魔を上げながら消えていく。
 あの悪霊も、これで悪さは出来まい。

「光あれ」
 Tさんは決めセリフを言う。
 カ、カッコいい。

「ところで、なんで空を晴らしたんですか?」
 俺が素直な疑問をぶつけると、Tさんは笑顔で答えてくれた。
「曇ってるより、晴れてた方が気分がいいだろ。
 悪霊も気持ちよく成仏できるさ」
 これはTさんが正しい。
 命のやり取りの中、悪霊のことまで考えられるなんて、さすがTさんだ

「ああそれと、君の奥さんも病気も直しておいたから。
 賞金で旅に出るといい」
 なんてこった、アフターケアまでバッチリである。
 寺生まれってスゴイ、改めてそう思った。

3/23/2025, 7:37:20 AM


「ん……
 ここは……」

 目が覚めると、そこには見慣れない真っ白な天井があった。
 まるで病院のような白い天井で、子供の頃のトラウマが刺激されて気持ちが不安になって来る。
 私は気を逸らすように横を見たが、ただ白い壁があるばかり。
 家具らしいものは何も無く、生活感の感じられない部屋であった。
 
「気づかれましたか?」
 突然耳元で声がして飛び上がりそうになる。
 どうやら頭を向けた反対側に人がいたらしい。
 まさすぐそこに人がいるとは!

「良かった。
 目が覚めないので心配してましたよ」
 聞こえてくる優しい声。
 ここ病院っぽいし、医者の先生かもしれない……
 ならば、なぜ私がここにいるか知っているはず。
 聞けば答えてくれるはずだ。
 そう思い振り向いたが、私は聞くことが出来なかった。

 なぜならそこにいたのは人間ではなかったからだ。
 頭が大きく、長い手足が何本もあるタコのような生き物――火星人であった。

「なんで火星人!?」
 疑問が口を突いて出た瞬間、私の記憶が蘇ってきた。

     □

 昨晩(?)の事だ。
 私は恋人のリョウと共に、近所にある廃校になった小学校へとやってきた。
 鍵のかかってない裏口から侵入し、屋上に出る私たち。
 私たちの頭上には、綺麗な星空が広がっていた。

 けれど、私たちがここまで来たのは天体観測じゃない。
 この広い宇宙のどこかにいる知的存在――宇宙人と交信するためである。

 最初に言っておくが、私は宇宙人には興味はない。
 いないと思ってるし、ロマンも感じない。
 だからいるか分からない宇宙人なんて考えず、地球人同士で仲よくしよう。
 それが私の主張だ。

 でも恋人のリョウは違った。
 熱心なオカルトマニアで、いつも遠い友人たちに思いを馳せている。
 宇宙人と友達になるのが夢と言って憚らないロマンチストなのだ。

 ここに来たいと言ったのもリョウの発案であり、私はここに連れてこられた。
 もちろん私は興味が無いので最初は断った。
 大好きな彼のお願いは聞いてあげたいのだけど、なんせ興味がひとかけらもない。
 バッサリと切り捨てたのだが、それでもリョウは諦めない。
 その後も説得を受け続け、最終的に私が折れてここに来ることになった。
 ――スイーツ食べ放題に連れて行ってくれることを条件にだが。

 そんなわけで、私たちは星について語り合うことなく、宇宙人交信の儀を執り行うことにした。
 綺麗な星空だが、星にも興味は無いので問題はない。
 すぐに私たちはお互いに手を繋ぎ、小さな円を作る。

「「宇宙人さん、宇宙人さん、来てください。
 一緒にお話をしましょう」」
 リョウのセリフに合わせて、私は復唱する。
 するとどうだろう。
 ものすごく恥ずかしくなってきた。

 体がとても熱くなり、嫌な汗をかき始める。
 これほど恥ずかしいものとは!
 はっきり言って見くびっていた。
 これではスイーツ食べ放題では釣り合わない!

『やっぱり来なければよかった』
 私が後悔し始めた時だった

 急に周囲が明るくなる。
 学校は町から少し離れていて、付近には何の光源も無い。
 不思議に思った私は空を見上げると、そこにはなんとUFOがあった。

「え、マジで!?」
 予想を裏切り、私たちの元にやって来たUFO。
 絶対来ないと思っていたし、そもそも存在しないと思っていたので、頭が真っ白になる
 私が呆気に取られると、変な浮遊感を感じた。

 『まさか!』と思って足元を見ると、地面から足が離れているではないか!
 本能的にヤバい事と感じた私は戻ろうとするも、時すでに遅し。
 何もできずUFOの中に取り込まれ、そこで記憶が途切れるのであった。

     □

「そんな……」
 私は記憶を思い出し、愕然とした。
 そうだ!
 私たちはUFOを呼び、そして宇宙人にさらわれたのだ。
 一体何の目的で……

「あの、大丈夫ですか?」
 気が付くと、火星人が私の顔を覗き込んでいた。
 私はとっさに距離を取ろうと後ろに下がる。
 が、

「鎖!?」
 私はベットに括り付けられるように、鎖でつながれていた。

「逃げられると困るので」
 なんてことないという風に、火星人は言う。
 その余裕に満ちた顔に、私は恐怖で震え上がる。
 何もできることは無く、見栄を張って睨みつけることしか出来なかった
 
「いったい何をするつもり!?」
「決まっているではありませんか」

 そう言うと、火星人はたくさんある足?の一本を、自身の隣にある机を置く。
 机の上には、ナイフや針、ああドリルのようなものもある。
 いったいこの器具で何をされるのであろうか……
 想像したくもない。

「リョウ!
 リョウはどこ?」
 私は最愛の恋人に助けを求める。
 けどリョウも無事ではあるまい。
 たとえ無駄な事だとは分かていても、助けを呼ばずにはいられなかった。

「ここにいるよ」
 だが意外にも、リョウから返事が聞こえてきた。
 そこには切迫した様子は感じられず、無事であることに安堵する。
 私はリョウの姿を見ようと、声のしたほうを振り向いた時だった。
 私はリョウの姿を見て固まる。

 リョウは、私の様に拘束されておらず、リラックスして椅子に腰かけていた。
 それは良い。
 だけど、なぜか隣には火星人がおり、まるで友人と歓談するかのような穏やかな顔であった。

「リョ、リョウ……
 なんで、どうして……」
「君が悪いんだよ」
 リョウが、抑揚のない声で私を咎める。
 今まで聞いたことが無いような冷たい声。
 私は声を聞いて震え上がる。

「リョウ、嘘だと言ってよ。
 私を騙したの?
 火星人と仲間だったの……?」
 私がそう言うと、リョウはにこりと微笑む。

「そうだ」
 一番聞きたくなかった言葉がリョウから放たれる。
「1か月前くらいだったかな。
 ここにいる彼らと交信で出来て、それから仲良くなったんだ」
「リョウ……」
「彼らも地球人に興味津々でね。
 ものすごく盛り上がって、お互いの身の上話も話したんだ。
 もちろん君のことも」
「待って、リョウ
 何を言っているの?」
「それで今回の事を思いついたのさ」
 私が嘆願するも、無視して話を続けるリョウ。
 私の話に耳を傾けるつもりはないらしい。

「ねえ、リョウ!
 私、なにか悪いことした?
 謝るから許してよ!」
「君が悪いんだ」
 リョウの顔から表情が消える。
 この顔、リョウが本気で怒っている時になる顔だ。

「君が悪いんだ。
 君が、歯医者に行かないから……」
「えっ」
 言葉の意味が分からず、私はそばにいた火星人の方に目線を向ける。
 傍にいた火星人は一瞬驚いたような顔をしたが、なにかを察したのか机の上に置いてあったドリルを手に取った。
 そして私の目の前にドリルを持って来て、ドリルをキュイーンと動かした。
 ……これ、歯医者のドリルじゃん……

「あれほど歯医者に行けって言ったのに、全然行かないよね。
 虫歯出来たんだから歯医者に行けばいいのに、僕に愚痴を零すばっかり……
 騙して連れていても、待つ間に君は逃亡する……
 もうウンザリだったよ。
 そんな時、彼らと出会った」
 リョウは、私の側にいる火星人に目線を移す。

「そこにいる彼が、偶然にも歯医者らしくてね。
 それで今回の事を思いついたんだ」
 リョウは椅子から立ち上がり、私に歩み寄る。
 相変わらず無表情で非常に怖い。

「その鎖も逃げられないようにするためさ。
 宇宙船から逃げられるとは思わないけど、念のため」
「ねえ、許してよ。
 私が歯医者が嫌いだってしてるでしょ。
 ここから逃がして――」
「ダメだ!」
 リョウは私の言葉を遮る。
 有無を言わせない迫力に、私はなにも言えなかった。

「嫌なんだ、君の愚痴を聞くのは!
 さっさと歯医者に行けばいいのに、痛い痛いって不満をぶつけられる僕の気持にもなってよ!」
「ご、ごめんなさ――」
「虫歯を治療して!
 話はそれからだ!」
 そう言ったあと、リョウは扉から出て行ってしまった。
 私が呆然としていると、傍にいた火星人がにこりと笑う。

「話は終わりましたかね」
「申し訳ないんですけど、キャンセルで。
 私、歯医者にトラウマがあるんですよ」
「なら後で記憶を消しときますね。
 じゃあ始めます」
「そうじゃなくって……
 あの、話を聞いて――」
「では、口を大きく開けて~」
「い、いやーーーー」
 私の叫びが宇宙船の中にこだまする。

 こうして私は火星人に虫歯治療を受けた、最初の地球人になった。
 新たなトラウマが作られたものの、腕は良く見事に虫歯は治療された


「うう、酷い目にあった……
 でもこれですべてが終わったと思えば……」
「あ、他にも虫歯があったのでまた来てください。
 いつなら来れます?」
「もう来ない!」
 私の受難はまだ続くのであった。

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