124.『幸せとは』『冬晴れ』『君と一緒に』
私には付き合って5年になる、恋人の拓哉がいる。
彼と一緒にいることが私の幸せ。
一日中側にいたいと思うほど、私は彼を愛していた。
けれど私たちはお互いに高校生。
親から同棲は許されていない。
だから予行演習として、週末に家へ来てもらい、拓哉に手料理を振舞っている。
そして拓哉は、それを満足そうに食べる。
私は、それがたまらなく嬉しかった。
好きな人の笑顔を見る。
幸せとは、きっとこういうことをいうのだろう。
そして今日は、待ちに待った一週間ぶりの週末。
張り切って作っちゃうぞ。
☆
「あ、材料がない」
冷蔵庫の扉を開けて、思わずつぶやく。
私としたことが、食材の準備を忘れていた。
私専用の小さな冷蔵庫には調味料しか入っておらず、食べられそうなものが一つもない。
親には『自分で使う分は自分で用意しろ』ときつく言われているので、分けてもらうことも出来なかった。
仕方がない。
私は買い出しに行くことにした。
コートを羽織り家を出るが、外は凍えるほど寒かった。
雪が舞い、あちこちが白く積もっている。
「これじゃ、自転車は使えないな」
私は少し億劫に思いつつも、歩いてスーパーに向かうことにした。
私はスーパーに向かう道すがら、拓哉の顔を頭に浮かべていた。
今日は何を作ってあげようか?
色々な料理を思い浮かべる。
拓哉の好きなオムレツを作ってあげようか?
マイブームの中華でも作ろうか?
それとも冒険して新しい料理に挑戦?
ああ、食後のデザートも作らないといけないな。
いろんな料理が頭に浮かび、私を悩ませる。
それがいけなかったのだろう。
気が付くと私は、カゴいっぱいに食材を買いこんでいた。
『あれも食べて欲しい、これも食べて欲しい』と迷いに迷った挙句、全部を買ってしまったのだ。
その量は尋常でなく、レジからスーパーの入り口まで歩いただけなのに、私の細腕は既に悲鳴を上げていた。
エコバッグの持ち手が指に食い込んでいたで痛いけれど、私に後悔はない。
拓哉が笑ってくれるなら、腕の一本や二本、安いものだ。
「やっぱり買い込みすぎたかも」
強がっては見たものの、荷物の重みに早くもくじけそうになる。
けれど、今更後には引けない。
拓哉がお腹を空かせて待っているのだ。
なんとしても家に帰らねば。
「ええい、女は度胸!」
気合を入れなおし、足を踏み出した時だった。
「あ」
突然、浮遊感に襲われた。
雪で滑ったのだと気づいた時にはもう遅い。
私の体は後ろに大きく傾く。
(やらかした……)
荷物に気を取られ過ぎて、足元の注意を怠った。
両手は荷物で塞がっていて受け身は取れない。
きっと怪我をするだろう。
痛い思いをするのは良かった。
ただ怪我をすれば、料理を作る事が出来ない。
それがたまらなく悔しかった。
(ゴメン、拓哉)
私は、ギュッと目を瞑る。
だが、いつまで経っても衝撃は来なかった。
冷たくてかたい地面ではなく、温かくて柔らかいものに、私は抱きしめられていた。
「雪道は危ないから気を付けろ!」
「拓哉!?」
恐る恐る目を開けると、そこにいたのは拓哉だった。
私を受け止めてくれたのだろう、私の顔の近くに拓哉の顔があった。
「なんでここに?」
「家に行ったら、買い物に出かけたって聞いたんだ。
荷物持ちしてやろうと思って来たんだけど……
こんなに買うことないだろ!」
「拓哉にたくさん食べて欲しくって」
「だからって、自分の限界を超えて買わなくてもいいんだよ!
荷物をよこせ!」
そう言って、私の手から強引に袋を奪い取る。
「重っ!」
「私の愛が?」
「違う。
買い過ぎだって言ってるんだ」
「これでも足りないくらいだよ」
「……やっぱ愛も重いな」
拓哉が呆れたように笑い、それにつられて私も笑う。
「次からは食材の買い出しに俺を呼べ。
怪我をされたらたまらない」
「そこまでして私と一緒にいたいの。
拓哉って、私の事好きすぎない?」
「お前は違うのか?」
「私も好き。
君と一緒にいられるなら、私はどこにいても幸せだよ」
私がそう言うと、拓哉は頬を赤くした。
可愛い。
「お、晴れて来たぞ」
照れ隠し気味に、拓哉が呟く。
釣られて空を見上げると、雪雲は既に去り、青空が広がっていた。
まるで私たちの明るい未来を表すかのような、気持ちのいい冬晴れの空だった。
123.『新年』『新年の抱負』『日の出』
「やばいやばいやばいやばい」
新年早々、私は絶体絶命のピンチに陥っていた。
視線の先にあるのは体重計のディスプレイ。
そこには目をそらしたくなるほど、おぞましい数字が表示されていた。
「確かに食っちゃ寝で何もしていなかったが……
まさかここまでとは!」
年末年始の実家への帰省。
料理が趣味の母親が、腕によりをかけて作った豪華な食事の数々。
私は当然のようにその料理を平らげ、コタツにこもってスマホいじり。
夜は用意された暖かい寝床で惰眠を貪る日々。
太らないわけがなかった。
「どうしよう」
私は頭を抱えた。
たしかに腹が出てしまったのはショックだ。
しかし、それ以上に悩ましい問題があった。
「私、アイドルなのに」
普通の人間なら、『頭を抱えるだけ』で済んだかもしれない。
けれど、地下とはいえ私はアイドル。
夢を売る商売だ。
無駄なぜい肉を増やして自分の魅力を落とすなんて、プロ失格である。
ピンチを打開する方法はただ一つ。
ダイエットだ。
「走るか……」
幸いにも、次のライブはまだ先の話。
単に人気がなくて暇なだけだが、今回ばかりは不人気に救われた。
ファンを裏切らないよう精進しないと。
私は時間の許す限り、走り抜くことを決意した。
――そして、壮大なプロジェクトが始まった――
(以下、ダイジェストで多くします)
BGM:地上の星
日の出をバックに、海岸線を走る私。
食後の誘惑、デザートを我慢する私。
体の線を作るため、筋トレする私。
カロリーを抑えるため、一日一食で過ごす私。
脂肪を燃やすため、ジムでトレーニングする私。
腹が鳴っても、限界まで我慢する私。
そして限界を超えて倒れる私。
無茶な減量を母親に怒られる私。
母親監修の、栄養バランスの取れた食事を摂る私。
体に力が漲り、トレーニングに精を出す私。
そして――
(ダイジェスト終了)
――ライブ前日――
「仕上がってきたな」
鏡を前に、私は自分の体を確認していた。
成果は上々、それどころかダイエット前より、はるかにプロポーションが良くなっている。
これならファンの皆も満足してくれるに違いない。
「何度見ても素晴らしい肉体だ」
鏡の中の自分にうっとりしていると、スマホが震えた。
『仕上がっていますか?』
母親からの短いメッセージ。
それを見て、思わず口角が上がる。
「当然だ、私を誰だと思っているんだ」
私は左腕で力こぶを作り、上腕二頭筋が盛り上がった写真を母親に送る。
これで母親も理解するだろう。
私の筋肉が、天下を取れるほど仕上がっている事に……
私はアイドル。
王道の『カワイイ』ではなく、外道ともいうべき『筋肉』を武器とした、武闘派アイドルだ。
「私としたことが、正月の魔力に油断し、筋力を衰えさせてしまったが……
だが今の私は無敵!」
私はポージングをしながら叫ぶ。
「軟弱なアイドルどもを蹴散らしてくれるわ!」
今年の新年の抱負は既に決まっている。
私以外の、全てのアイドルに地獄を見せることだ。
「くくく、奴らの怯える顔を見るのが楽しみだ!」
私は高笑いをしながら、鏡に向かって最恐のポーズを決めるのだった。
122.『静かな終わり』『星に包まれて』『よいお年を』
「よいお年を」
そう言って職場を後にする。
それからも何人かとすれ違ったが、あいさつもそこそこに退散した。
愛想は悪いだろうが、まともに相手している時間はない。
実家に帰るための飛行機に間に合わないからだ。
もう少し早く帰れると思ったのだが、例年以上の仕事量に残業となってしまった。
仕事納めだというのに、慌ただしいことこの上ない。
けれど文句を言っても、飛行機は待たない。
余計な仕事を押し付けられないよう、さっさと帰るに限る。
予約した飛行機に乗れば、ギリギリ年内に帰ることができる。
実に5年ぶりの帰省だ。
今年こそは、家族と一緒に新しい年を迎えたかった。
久しぶりに食べる母の料理が楽しみだ。
父はDIYにハマっていると聞いたが、飽きてないなければいいけれど。
姉夫婦に生まれた子供とも初めて会う。
数年ぶりの家族との再会に、私の胸は高鳴っていた。
けれど現実は無常だ。
「着陸先の積雪により、当機は引き返します」
何ということであろう。
遅れるどころか、振り出しに戻る。
年越しに間に合わないことが確定した。
家族と過ごす賑やかな年末が、一人ぼっちの静かな終わりになろうとは……
全くの計算外。
脱力しながら、シートに体を沈める。
機内にいるほかの客からも、落胆のような呻き声が聞こえる。
みんな、思うところは一緒らしい。
だが、そんなことは何の救いにもならない……
本当についてない。
溜息をつきながら窓の外を見て――
――窓から見える景色に目を奪われた。
きれいな星空だった。
地上とは違う、横にも星が見える大パノラマ。
『星に包まれて』という表現がピッタリな幻想的な景色。
これほど素晴らしい景色を見たのは初めてだ。
頭がいっぱいで気づかなかったが、まさか外でこんな光景が広がっていようとは……
神秘的な光景を前に、私は圧倒されていた。
と、どれくらい眺めていただろうか。
ふとあることを思いつき、パシャリとスマホで写真を撮る。
撮れた画像を見て、自然と口角が上がる。
最悪の年末だと思ったけど、案外悪くない。
いい土産話が出来たと思う。
この写真を見れば、きっと姉の子供は喜ぶはずだ。
年は一緒に越せなかったけれど、来年はいい正月を過ごせそうだ。
夜空に流れる流れ星を眺めながら、私はそっと目を閉じるのであった。
121.『雪明かりの夜』『凍てつく鏡』『心の旅路』
『人生は選択の連続だ』。
誰が言ったかは分からないけど、いい言葉だと思う。
私はまだ若輩者だけど、それを痛感するほどたくさんの選択があった。
今この瞬間もそうだ。
重大な選択を迫られている。
私にはやりたい事がある。
でもリスクも大きく、私はためらっていた。
しかし諦めるには余りにも惜しい。
やるべきか、やらざるべきか……
それが問題だ。
私は途方に暮れていた。
長大な旅で目的地を見失ったような感覚……
私は立ち尽くしたまま、どこに行けないでいた。
窓の外を見る。
いつの間にか雪が降っていた。
外はしんと静まりかえり、雪に月の光が反射し、周囲を明るく照らしている。
私は迷った末、意を決して外に出る。
思考をまとめるためだ。
雪明りの夜は想像以上に明るい。
足元ははっきり見えるほど明るいが、私の心は暗いまま。
少しも晴れることはなかった。
当てもなく歩き、近所の公園に辿り着く。
それでも答えは出ない。
少し休もうと、ベンチに座ることにした。
ベンチの近くには池があった。
池は一面凍っており、鏡のように滑らかだった。
ふと好奇心にかられて池をのぞき込む。
これほど綺麗に氷が張っているなら、自分の顔が映るのではと思ったからだ。
しかし、私は思わず飛び退った。
凍てつく鏡に映っていたのは、想像したようなものじゃなかったからだ。
そこにあったのは、自分の醜い顔。
迷いで歪み、疲弊しきっ表情。
それほどまでに、私は追い詰められていたのか……
私は決心をした。
こんな顔をするくらいなら、いっそやりきってやろう。
もしかしたら、白い目で見られるかもしれないが構わない。
心の旅路はここで終わり。
迷いは消えた。
後は行動するだけだ。
スマホを手に取りロックを外す。
開くのは地図アプリ。
自分の家を確認し、目的地を確認。
「このルートなら最短で多くの家を回れる。
お年玉もらい放題だ!」
きっと大人からは嫌な顔をされるだろう。
けど知ったことか!
お金があってこそ、人生は豊かになる。
私のお正月は、ここから始まるのだ!
120.『揺れるキャンドル』『遠い日のぬくもり』『祈りを捧げて』
「それでは皆さま、神の愛に感謝し、世界の平和を祈りましょう。
アーメン」
「「「アーメン」」」
とある教会に集まった人々が、一斉に祈りを捧げていた。
この教会では、定期的にこうした集いが行われている。
信仰に年齢は関係なく、老若男女問わず、多様な人が訪れる。
先行きの見えない不安定な時代だが、彼らの顔に憂いは無い。
自分たちは、神に愛され、守られている――そう固く信じているからだ。
そんな中で一人、顔に憂いを湛えた少年がいた。
名前をカズマ、7歳の男子である。
彼は信心深い母親に連れられここに来た。
息子も神の慈愛に触れて欲しいという親心からだが、当の本人は不満でいっぱいだった。
それもそのはず、ゲームが好きなお年頃。
よく分からない神の愛より、プレゼントをくれるサンタの方がよっぽど身近だった。。
そんな様子だったので、カズマはこの静かな場所が退屈なことこの上ない。
今すぐにでも叫びながら駈け出したい衝動に駆られるが、それが許されないことくらい彼は弁えていた。
仕方なくカズマはキャンドルの火を見つめて時間をつぶすのだが、だがそれもすぐ飽きてしまう。
この場には、彼の興味を惹くものは何一つ存在しなかった。
(眠い……)
揺れるキャンドルの火が、彼に『眠れ』と囁く。
暖房こそないものの、大勢の人々の熱気がこもった聖堂内は、心地よい暖かさで満たされている。
しかも照明はキャンドルのみ。
薄暗いこの空間は、居眠りにはうってつけだった。
だが寝ることは出来ない。
もし船を漕ごうものなら、彼の母親に説教されることは明白。
彼は見た事のない神の怒りよりも、母親の雷の方がよっぽど怖かった。
その恐怖が、カズマを現実の世界に繋ぎとめていた。
だが現実は非情である。
「皆様、お顔をお上げください。
えー、これから説話を始めたいと思います」
高齢の神父が現れ、穏やかに告げる。
カズマは『せつわ』という言葉をよく知らなかったが、彼は嫌な予感がした。
だが彼が行動する前に、神父の話は始まってしまった。
「えー、皆様お集まりいただきましてありがとうございます。
えー、本日は我らが御子の奇跡の逸話について、えー、お話ししましょう」
彼の嫌な予感は当たった。
単調なリズム、たくさんの『えー』、抑揚のない声……
それらが導き出す答えに、カズマは天を仰ぐ。
「えー、長い話になりますが聞いていただければと思います」
始まったのは、まさしく『校長先生のお話』であった。
退屈で、単調で、中身のない、聞くものの気力を奪うお話。
ただでさえ限界に近い眠気が、追い打ちをかけるように襲ってくる。
(大丈夫だ。
今までも、校長先生の長話で寝なかったじゃないか……)
カズマは必死に自分を鼓舞し、意識を保つ。
耐えられるか分からない。
だが、母親の雷を落とさないためにも、絶対に負けられない戦いであった。
「大丈夫、大丈夫だ……」
誰にも聞かれないほど小声で呟くカズマ。
こうしてカズマの長く辛い戦いが始まったのだった。
◇
「おや、そこの男の子は大丈夫ですか?」
神父の言葉にハッとして、カズマの母親は横を向く。
そこには、母親の肩に体を預け「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と寝言を零しながら、スヤスヤと眠るカズマの姿があった、
その様子を見て、カズマの母親の顔は真っ赤になる。
「申し訳ありません!
すぐ起こします!」
「いえ、構いませんよ。
そのまま寝かせておきましょう」
彼女が慌ててカズマの肩をゆすろうとしたところを、神父が止める。
「ですが……」
「彼にはまだ神の愛を感じられるほど信仰心は無いようです。
ですが、問題ありません」
「と言いますと?」
「その代わりに、彼に毛布を掛けてあげましょう。
……お母さま、あなたが幼い頃、親からもらった遠い日の温もりを覚えてますか?
神の愛が感じられないならば、まず我々が、目に見える愛を与えればいいのですよ」