『1年前』『忘れられない、いつまでも』『モンシロチョウ』
俺は子供の頃、祠を壊したことがある。
それも、とんでもない悪霊が封印されているという曰く付きのモノ。
その時に起こった事は今でも鮮明に思い出せる。
あとでバレて怒られる所まで、絶対に忘れられない、いつまでも夢に見る衝撃的な体験だった。
あれは俺が小学4年生の頃、1999年。
若い子は知らないかもしれないけど、その年は『世界が滅ぶ』っていう予言が社会問題になっていた。
なんでも、めちゃくちゃ偉い預言者さんが、『1999年7の月、空からアンゴルモアの大王が降りてきて世界を滅ぼす』とかなんとか……
けど、結果は知っての通り、何も起こらず誰もが拍子抜けした。
冷静に考えればありえないことなんだけれども、信じる人は少なくなかった。
自暴自棄になる人も少なからず存在し、特に子供にとってトラウマになるほど影響力が大きかったんだ…
そして、子供の頃の俺もその予言を信じた一人。
ハッキリ言って落ち込んだよ。
だって大人になれないんだぜ。
子供にとって、これ以上残酷なことは無い。
でも、幸いなことに俺はバカな子供だった。
予言のことなんてすぐに忘れ、その時ハマっていた昆虫採集に精を出していた。
それを見た親は、自分の息子のバカさ加減に呆れていた。
ある日の事、珍しい虫を捕まえたいと思って山に入った。
山の中は危険でいっぱいだけど、子供の俺はバカだったからそんなのは知らない。
いや、知ってはいたけど、完全に無視した。
そして、意気揚々と山の中に入った。
でもそれがいけなかった。
山の中には危険がいっぱい、モンシロチョウを捕まえようと足を踏み出すと、木の根っこに足を取られ、その場で転んでしまったのだ。
そして偶然にも――不幸にもすぐそばに祠があり、体当たりするような形で祠を壊してしまったのである。
臨場感たっぷりにガラガラと音を立てて崩れる祠。
俺はそれを、呆然として眺めていた。
そして、残骸の山の上に留まるモンシロチョウ……
その時の俺の心中は説明するまでもないだろう。
(ヤバい!
バレない内に早く逃げよう)
ただそれだけだった。
でも結果として逃げられなかった。
突然、頭の中におぞましい声が聞こえてきたからだ。
『フハハハハ、これで封印は解けたぞ』
頭一杯に禍々しい笑い声が響きわたる。
その邪悪さから俺は確信した。
この声は、噂のアンゴルモアの物だという事に……
『礼をいうぞ、小僧。
この祠を壊したことで、俺の真の力を取り戻すことができる』
すると、祠の上に留まっていたモンシロチョウが見る見るうちに黒くなってきた。
『ククク、教えてやろう。
この蝶は俺だ。
力を封印され、蝶の姿にされてしまったが、力を取り戻せば巨大な――』
自信たっぷりに演説を始めるアンゴルモア。
その言葉には、勝利を確信した威厳があった。
だがアンゴルモアは知らない。
自分の目の前にいる子供が、町一番のバカガキと呼ばれていることを……
(この蝶、色が変わるレアものだ!?
捕まえないと!)
――次に気が付いた時、俺はアンゴルモアを虫かごの中に入れていた。
『え、ちょっと待――』
アンゴルモアが何かを言っていた気がするがよく覚えていない。
断片的に覚えているのは、もう少しその場にいないと力が戻らない、みたいなこと。
でも、何を言おうが、俺には全然関係の無い事だ。
「これを見せたらお父さんとお母さん、驚くだろうな」
俺は虫かごを決して無くさないように、大事に抱えながら下山した。
だが俺を待っていたのは、怒り心頭のお父さんとお母さん。
黙って山に入ったことを叱られ、連鎖的に祠を壊したこともバレて、さらに怒られた。
結局、蝶のことなんて言い出せる空気じゃなくなり、アンゴルモアの入った虫かごは、そのまま部屋の隅に放置された……
で、ここから本題。
そのアンゴルモアの蝶。
実は一年前に不注意で、掃除の最中に逃がしちゃったんだよね……
もう二十年以上たつし、普通に死んだと思ってゴミ袋を準備していたら、まさかの死んだフリだったらしく、隙を見て脱出された。
気がついたら手の届かない高さまで飛んで、窓の外に出ていってしまったので、二度と捕まえられなかった。
本当に、世界の皆には悪い事をしたと思っている。
俺は大人になっても、バカなままだったのだ……
え、何をそんなに謝っているのかって?
うん、あの蝶を逃がした時期ってさ。
ちょうど、アメリカの大統領選挙があった時期なんだよね。
で、多分だけど、アンゴルモアはアメリカに渡って、大統領に成り変わってる…… か、裏から操っていると思うんだよね。
あの大統領は高齢だし、おだてれば簡単に言うことを聞かせられて踏んだんじゃないかな。
そして、1999年に世界を滅ぼせなかったから、今大統領を使って世界を混乱に陥れている……
――というのは、発想の飛躍が過ぎるだろうか?
まあ、なにはともあれ、とにかくゴメン。
うん、本当にゴメン。
160.『君と出逢って』『明日世界が終わるなら……』『初恋の日』
メロスは激怒した。
必ず、この強引なお見合いを突っぱねることを決意した。
メロスには結婚の良さは分からぬ。
メロスは牧人であり、羊たちと共に楽しく暮らしてきた。
けれども、恋愛に対しては人一倍憧れていた。
今日の昼下がり、妹がメロスの家にやって来た。
メロスは、妹のことを大変可愛がっていたので、この事をとても喜んだ。
特に、妹が結婚してからは会う機会が減ったため、喜びもひとしおである。
急いで歓待の準備をしようとすると、妹はそれを手で制して言い放った。
「兄さんにはお見合いをしてもらいます」
メロスは目を見開いた。
「その後すぐに結婚してもらいます。
拒否権はありません」
メロスは、自分の顔が強張ることを止められなかった。
妹はかねてより、いつ結婚するのだ、とメロスに言っていた。
そのたびに、メロスは誤魔化していたが、ついに彼女は強硬手段に出たのである。
「結構だ。
間に合っている」
「結婚を誓った相手がいるのですか」
「私は羊飼いだ。
羊が恋人のようなものさ」
「それ、キモいからやめて……」
思いがけない反応に、メロスは驚きを禁じ得なかった。
かつて妹が幼かった頃、メロスは同じ事を言った事がある。
幼い妹は、素敵、と瞳を輝かせたものだが、大人になった彼女が向けるのは軽蔑の眼差しだ。
メロスはその目線にたじろぎ、居たたまれなくなって話題を変えることにした。
「なぜ、急にそんな事を言う?
今までは、急ぐことはない、と言ってくれたではないか」
「事情が変わりました」
「事情だと。
どういうことだ」
「明日、世界が終わるのです」
メロスは言葉を失った。
明日、世界が終わることよりも、なぜ自分の結婚が世界の滅亡が繋がるのか、まったく理解できなかったからだ。
困惑しているメロスの前に、妹は淡々と説明し始めた。
「今日、旅の占い師がこの村にやって来たのはご存じですか?」
「ああ、知っている。
だが、私はみすぼらしい羊飼いだ。
占ってもらう事などないから、会いには行かなかった」
「私は会いに行きました。
子供のことについて、相談しようと思ったのです」
「何と言われた?」
「私の顔を見るなり、占い師は驚いた顔をして叫びました。
今日中にお前の兄を結婚させろ。
でなければ、その男は世界を滅ぼすぞ、と」
「馬鹿馬鹿しい。
その占い師は偽物だ。
お前の兄ほど、世界の安寧を願っている者はいない」
「しかし、私の兄は義憤に駆られて王を殺そうとした事があります。
平和のために世界を滅ぼそうとしても、不思議はありません」
メロスは言い返せなかった。
たしかにメロスは義憤に駆られ、王を殺そうとしたことがある。
結局、王を殺さずじまいに終わったが、しかし正義のためにと、世界を滅ぼそうとするのは十分にありえた。
「妹よ、話は分かった。
占い師は信じないが、お前の懸念はもっともだ」
「ありがとうございます。
お相手に関しては心配いりません。
兄の好みは熟知していますので、相応しい相手を選んでおりますし、先方も結婚を了承しています」
「出まかせを言うではない。
私は常々、嘘をつくな、とお前に言ってきたはずだが」
「私は兄とずっと一緒にいました。
兄のことなら全て知っています。
信じられないなら、兄の初恋の日について話しましょうか」
「言ってみよ」
「あの日は雪が降っていましたね」
「分かった。
お前の話を信じよう」
メロスが観念したように頷くと、妹は満足そうに微笑んだ。
「では相手を待たせているので、すぐに会いに行きましょう。
それから結婚式です」
「いいや、妹よ、私は結婚はせぬ」
今度は妹が困惑する番だった。
何度か瞬きした後、彼女は尋ねた。
「なぜですか?」
「お見合いはしよう。
だが結婚は駄目だ。
結婚というのは、愛し合った二人が、長い時間をかけた末に辿りつく聖域なのだ。
会ってすぐに結婚など、お前は兄を軽薄な男にしたいのか」
メロスのあまりの純真な恋愛観に、妹は信じられない思いでいた。
妹は逡巡したあと、絞り出すような声で言った。
「事は一刻を争うのです」
「明日世界が終わるなら……
それが真実ならば、確かに私は結婚すべきだろう。
だが、どうしても明日世界が滅ぶ、というのは信じられない。
私はまだ、世界を滅ぼす準備を何一つしていないのだぞ。
今日中に、というのはさすがに性急ではないか」
「準備があれば出来る、みたいなことを言わないでください」
妹は、そう言って苦言を呈したが、反論することは出来なかった。
妹も、兄と同じことを考えていたからだ。
だが不安もある。
占い師の言う通り、本当に明日世界が滅んでしまうかもしれないからだ。
そうなっては後悔すらできない。
であれば、無理やりにでも結婚式を挙げ、兄に怒られる方が良いのではないか。
だが怒った兄が、その勢いで世界を滅ぼさないとも断言できない。
いったい何が正解なのか。
妹が激しい葛藤に思い悩んでいた、その時だ。
不意に家の扉が開く。
二人が目を向けたその先には、一人の可憐な女性が立っていた。
その女性は、不安な表情を浮かべ、今にも消え入りそうな声で言った。
「外で話は聞いていました。
メロス様は、命を賭して王に諌言することの出来る勇気のあるお方。
私のような退屈な女とは結婚なんてできませんよね。
この話、無かった事にしてください」
「待ってくれ」
メロスは叫んだ。
立ち去ろうとした女性が、驚いて肩を揺らす。
「そんな悲しい事を言わないでくれ。
貴女はとても魅力的だ。
その証拠に、君と出逢って、私の心はこれ以上なく晴れやかだ。
是非とも結婚していただきたい」
メロスは熱い思いを込めて言い切った後、はっとして妹の方を振り向いた。
妹は、全てを見透かしたような目で兄を見つめ、こう告げた。
「結婚式はどうしますか?」
メロスは、ひどく赤面した。
159.『たとえ間違いだったとしても』『今日の心模様』『ルール』
論理クイズに『天国への道』と言うものがある。
内容は以下の通り。
『目の前に二つ道がある。
一つは天国へで、もう一つは地獄へと繋がっている。
どちらに正解かを知っているのは、目の前にいる天使と悪魔だけ。
それぞれの道がどちらに繋がるかは、彼らに聞くしかない。
だが質問には以下のルールがある。
・質問は一回きりで、答えが『はい』・『いいえ』のいずれか。
・天使は必ず真実を述べ、悪魔は必ず嘘をつくが、見た目は瓜二つで見分けがつかない。
・たとえ間違いだったとしても、道を引き返すことは出来ない。
この状況で、確実に天国のへの道を知るためには、どのような質問をしたらよいだろうか?』
――というもの。
割と有名な問題で、初見ではまず正解にたどり着くのは至難の業だ。
もちろんフィクションであり、現実の死後がクイズで決まるわけではない。
しかし、それに似合うだけの難易度があるのも事実で、答えも『なるほど』と言いたくなるほど理に適った物であった。
初めてこれを聞いた時、『世の中には凄い事を思いつく人がいるものだ』と感心した。
――のだけど……
「まさか実際に目にするとはなあ……」
天寿を全うし家族に囲まれながら目を閉じたはずなのに、気がつけば私は分かれ道の前に立っていた。
そこに天使と悪魔らしき存在が鎮座していて、こちらをじっと見つめている。
死の間際に脳が見せる幻覚とも思ったが、私の魂が『ここが運命の分岐点』だと告げていた。
正直理解しがたい状況だ。
だが、これはチャンスでもある。
私はは悪人のつもりはないが、無条件で天国に行けるほど善人でもない。
半ば諦めていた天国行きが、自分で勝ち取れるチャンスが巡ってきたのだ。
自分の運の良さに感謝する。
そして、私は逸る気持ちが抑えきれず、意気揚々と天使と悪魔の前に立った時、ある重大な事実に気づいた。
「……なんて質問すればいいんだっけ?」
答えをドわすれした。
そりゃそうだ。
こんな問題で、本当に天国行き決められるとは夢にも思わない。
感心こそすれど、真面目に解答を考察したわけでもない。
そして難易度の高さゆえに、自分の頭ではどれだけ考えても何も思い浮かばないであろうことも、悲しいかな、確信していた。
「仕方がない。
知っている人が来るまで待とう」
この問題に時間制限は無い。
よって、焦って二分の一に賭けに出る必要はなく、『待つこと』こそがが現時点における最適解と思われた。
天使と悪魔には悪いが、こちらも天国行きがかかってる。
たとえ彼らに不信な目で見られようとも、絶対に勝てる手段を取ることにした。
――のだが……
「あー、私もよく覚えてないです」
残念ながら、次にやって来た人も答えを知らなかった。
一応問題は知っていたらしいのだが、私と同様、真面目に考えてなかったらしい。
だが責めても始まらない。
さっさと気持ちを切り替え、新顔の彼と一緒に、次の人を待つことにした。
――しかし……
「スマン、オラも分かんねえや」
その次も知らなかった。
そして――
「拙者も知らぬ」
「吾輩も」
「あたいも」
「おいどんも」
誰も知らなかった。
さすがに焦りを感じないこともなかった。
しかし私は『確実に』天国に行きたいので、逸る気持ちをなんとか抑える。
功を焦って、地獄に行ってしまっては元も子もない。
一応話し合っが解答が導き出せず、結局、全員で待機を続けることにいした。
もちろん正解を知らなくても、カンで進むことは出来る。
だが人間とは欲深い生き物だ。
『確実に行ける方法がある』と知っていながら、『二分の一』という博打に出る勇者など一人もいない。
いつか来るであろう救世主を、私たちは心待ちにしていた……
――だが……
「知っている人がこない……」
それからも、たくさんの人を迎えた。
けれど誰一人として正解を知っている人がおらず、いっこうに天国へと行くことが叶わない。
誰もが夢見る天国行き。
しかし、まったく天国行きの目途が立たないことに、人々の気持ちは暗く落ち込んだ……
――という事は全然無かった。
なぜなら、人々には『天国行き』が確約されており、何も不安に思う必要が無いからだ。
むしろ天国行きを祝って毎日宴会が行われる有様であり、現場はこれ以上ないくらい盛り上がっていた。
宴会が最高潮に達したとき、ある青年が感極まってこう叫んだ。
「こんな楽しいこと、生きている時には一度もなかった!」
彼はきっとこれまで辛い人生を送って来たのであろう。
目尻に涙を貯めながら酒を煽っている。
それを見た私は、居ても立っても居られず、ジョッキを天に掲げ、叫んだ。
「私たちの輝かしい未来に!
天国に乾杯!」
「乾杯!」
なんて素晴らしい日だろう。
青年ほどじゃないが、私もここで充実した時間を過ごしていた。
私の人生は恵まれたものだと思っていたが、本当の幸せは死んだ後に待っていたらしい。
いや、もしかしたら、天国は道の先にあるものではなく、本当はここが天国なのかもしれない……
そんな事を考えながら酒を飲んでいると、背中に突き刺さるような視線を感じた。
驚いて振り向くと、そこには静かな怒りを携えた天使と悪魔が立っていた。
私がここに居座って以降、ずっと苦々しい顔をしていた彼ら。
『今日の心模様は一段と悪そうだ』と思っていると、二人は同じ道を指差しながら、声を揃えて叫んだ。
「「あっちが天国の道だから、とっとと行ってください!
仕事の邪魔です!!」」
PS
下に解答例をかきます。
ネタバレ注意。
・解答例
<あなたに『この道は天国への道ですか?』と聞かれたら、『はい』と答えますか?>
・解説
天使の場合は、素直に答えてくれるので問題ない。
◇道が天国行き
1.前半の質問(天国か?)に、天使は正直に『はい』と答える。
2.後半の質問(『はい』と答えるか?)に、天使は正直に『はい』と答える。
◇道が地獄行き
1.前半の質問(天国か?)に、天使は正直に『いいえ』と答える。
2.後半の質問(『はい』と答えるか?)に、天使は正直に『いいえ』と答える
少し複雑なのが悪魔の場合。
悪魔は『質問に対する答え』に更に嘘を重ねてくる。
◇道が天国行き
1.前半の質問(天国か?)に、悪魔は嘘をついて『いいえ』と答える。
2.後半の質問(『はい』と答えるか?)に、悪魔は嘘をついて『はい』と答える。
◇道が地獄行き
1.前半の質問(天国か?)に、悪魔は嘘をついて『はい』と答える。
2.後半の質問(『はい』と答えるか?)に、悪魔は嘘をついて『いいえ』と答える
つまり、『はい』なら天国、『いいえ』なら地獄という結論になる。
質問を入れ子構造にするのがミソ。
なぜこんなことが起こるかと言えば、悪魔は『必ず』嘘をつくので、嘘に嘘を重ね(二重否定)結果的に真実となるから。
もし、天国への道が分からなくなったら、ぜひこのことを思い出してくださいね。
158.『もしも未来を見れるなら』『何もいらない』『雫』
突然だが、もしも未来が見れるなら、アナタは何が知りたいだろうか……?
宝くじの番号?
期末テストの解答?
それとも、未来の自分が成功しているかどうか?
人によっては、『HUNTER×HUNTER』の連載が再開しているかどうかが死活問題かもしれない。
知りたいことは人それぞれだろうが、私にも知りたい事がある。
そして私が知りたい事は少々特殊だ。
私が知りたい事、それは……
――『今まさに私が描いている漫画の続き』だ!
『いったい何を言ってるんだ?』という冷ややかな目線は想定内だ。
けれども私にとっては切実な問題。
知ることが出来れば『他に何もいらない』と言い切れるほど、重要なことなのだ。
こう思うのには訳がある。
実は私、マイナー漫画雑誌に連載を持っているプロの漫画家だ。
そこそこ人気があり、ありがたいことに五年ほど連載を続けさせてもらっている。
それなりの長期連載だが、だからこそ問題がある。
それが『漫画の続きをどうするか?』問題……
長期連載の宿命か、ネタが枯渇し始めてきた。
これは漫画家にとって、文字通り死活問題である。
ネタがないということは、漫画を描けないという事。
原稿料が貰えず生活は困窮し、空いた枠を他の新人に奪われる。
漫画業界は、生き馬の目を抜く非情な世界なのだ。
そうならないためにも、私は漫画を描き続ける必要がある。
けれど悲しいかな。
今現在、次の展開が何も思いつかない。
真っ白なままの原稿を見て、私はふとこう思った。
『未来の自分が書いた完成原稿を、今の私がパクれたなら……』
もちろん盗作はご法度。
それだけで漫画家生命が終わってしまうほど、あってはならない行為である。
だが、相手が『未来の自分』ならどうだろう?
誰も困らない、完璧な解決策である。
もっとも、未来視なんてただの夢物語だ。
あり得ないからこそ、そんな妄想で、現実逃避するのだが……
――そのはずだったのだが、私は偶然、その方法を発見した。
ネタ探しに祖父の家の倉庫に漁っていた際、その秘法が記された古文書を見つけたのだ。
なんでも深い山々のそのまた奥に、ひっそりと佇む祠があるらしい。
そこでお供え物をしてお祈りすれば、未来が見れるという。
私は歓喜した。
これで人生最大の悩みが解決する。
私はその場で小躍りした。
早速現在の地図と照らし合わすと、なんというご都合主義か、この家の庭にあることが判明した。
さすが、おじいちゃんの家だ。
駅から車で二時間の立地は伊達じゃない!
すぐさま庭に飛び出して、祠の前で膝をつく。
良さげなお供え物が無かったので、自著の単行本を置いた。
こういうのは心が大事なのだ。
そんな言い訳をしていると、脳裏にポワポワとヴィジョンが浮かんできた。
そのヴィジョンの中で、私は来月号の雑誌をパラパラと捲っている。
(このまま見れば、どこかで私の漫画が出てくるはずだ)
そう期待して集中する――が、いっこうに自作が出てこない。
おかしい。
さらに集中して誌面を追うが、どこにも私の漫画が載っていない。
やがて、雑誌の最後まで読み切り、一度も私の漫画が出てこないまま映像が終わった。
「……今のはどういうことだ?」
他の連載陣を見る限り、未来であることは間違いない。
なのに、私の漫画だけ載ってないのはどういうことだ?
困惑しながら家に戻ると、担当編集者からスマホにメッセージが届いてた
嫌な予感がしながらスマホを開く。
その内容を見て、私の額から一筋の冷や汗が、雫のように流れ落ちた。
「やべ、締め切り忘れてた……」
P.S.
この物語はフィクションですが、自分で設定した短編の締め切りをド忘れし、遊び惚けていた阿呆はここにいます。
そして、自動車免許の更新締め切りを忘れていたのも自分です。
これを読んでいる皆様におかれましては、阿呆な自分を他山の石とし、締め切りを守るようにしてください。
でないと、締め切りをぶっちぎった事に気づいた瞬間、膝から崩れ落ちます。
157.『夢見る心』『桜散る』『無色の世界』
メロスは激怒した。
必ず、邪智暴虐の王を除かねばならぬと決意した。
メロスには芸術はわからぬ。
絵を描いて褒められたことは一度もない。
けれども色彩に対しては、人一倍敏感であった。
今日、メロスは王都へとやって来た。
妹の息子が絵の賞を取ったので、その祝いの品を買いに来たのだ。
まず、その品々を買い集め、それから都の大通りをぶらぶら歩いた。
だが、歩いている内にメロスは、街の様子を怪しく思った。
以前訪れた際、街はメロスを威厳をもって迎え入れた。
しかし今は違う。
かつて石造りの家が立ち並んでいた白壁の通りは、今や毒々しいビビットな色に浸食され、かつての威厳はどこにもない。
通りかかる店先も、暴力的な色で満たされ、むしろ下品な有様だった。
「王は乱心したか」
王都は王の住まう場所。
厳かで気品が無ければならない。
にもかかわらず、この無様な様子を放置するとはどういった心持か。
「呆れた王だ。
生かしてはおけぬ」
メロスはいてもたってもいられず、その激情の赴くままに城に乗り込んだ。
「王よ、この状況はいったいどういう事だ?」
王の間に駆け込んだメロスの物言いは、不遜極まりない。
だが明らかな不審人物なのに、側近どころか護衛の兵士も咎めたりもしなかった。
むしろ王は、穏やかな微笑みを浮かべながら言った。
「メロスよ、久しいな。
そんなに慌ててどうした?」
メロスと王は顔見知りだった。
それもそのはず、メロスはしばしば『激怒』して、城に乗り込んでくるからだ。
最近では兵士も止めることはなく、ほぼ素通りである。
「どうもこうもない。
あちらこちら色を使いすぎて、これでは目が潰れてしまう。
王はいったい何をお考えか!?」
メロスの言葉に、王は苦々しく零した。
「最近、わが国では若者の育成に取り組んでおる。
国の発展には、若者の才能が必要だからな。
そのため、今までにない新しい試みをすることとなった」
「新しい試み?」
「ああ、若い感性を社会に還流しようと、王都の一角を若者に設計させたのだ」
「なるほど、さすがは王だ。
私にはない視点である。
しかし、一角どころか王都全体が彩られているように見受けたが、それはどういうことなのだ」
メロスがそう言うと、王は蓄えた髭をさすりながら、感心したように言った。
「さすがメロス、気づいたか。
我もあれにはほとほと参っている」
「というと?」
「うむ、それなのだが……」
王は大きくため息を吐いた。
「我は攻めすぎだと思ったのだが、他の貴族たちは違ったようでな。
いたく感心し、こぞって自分のあの色使いを真似し始めた。
自分の屋敷が映えるようにと、周囲の民家まで塗り替えさせ、気づけば都はこの有様だ」
「うむ、理由は分かった。
しかし、今のまま放置もできまい」
「その通りだ、メロスよ……
たが、それなりに民からの評判が良いのも事実。
若者の夢見る心も無碍には出来ない。
どうすべきか悩んでいたのだが……」
王は決心したように、膝を打った。
「メロス、お前が来てくれたおかげで、我は決心がついた」
「それでは!」
「ああ、民には悪いが、街の浄化を開始する。
『廃色運動』の名のもとに、都から色を一掃せよ!」
それからの展開は早かった。
すぐさま特殊部隊が編成され、街から色が廃されていった。
中には抵抗するものもいたが、王の勅命だと知ると、大人しく引き下がるしかない。
見る見るうちに、王都は元の景観を取り戻していった。
「うむうむ、これで昔の素晴らしい王都が蘇るだろう。
この落ち着いた白こそが、王都のあるべき姿。
これで王の威厳は取り戻されるはずだ……
……おや」
メロスの目に儚く薄桃色に咲き誇る桜が留まった。
メロスは首を傾げながら、特殊部隊の隊員に尋ねた。
「おい、あの桜はそのままなのか?」
隊員は驚き、慌てて首を振った。
「ダメです、ダメです!
あれは、地域の人々が大事にしている桜の樹。
手を出してしまっては大変な事になってしまいます!」
「何を言っている。
王の命令は、王都から色を取り除き、無色の世界へと戻す事。
それとも王に逆らう気か?」
「滅相もない!
しかし、桜に手を出しては民が黙っていません!」
「腑抜けめ!
どけ、私がやる」
そう言って、メロスは強引に桜の枝を折ってしまった。
「これで完璧だな」
「ああ、なんてことを……」
自分の納得のいく結果に胸を張るメロス。
だが、『桜散る』という衝撃的な出来事は、瞬く間に国中に知れ渡り、民が激怒する事態となった。
それを知った関係者たちは、慌ててメロスを呼び寄せ、極秘に会議を行った。
「メロスよ、国中で暴動が起こっているのは聞いておるな」
「承知している。
だが、私は間違った事をしたとは思っていない」
「我も、お前の行動は正しいと思っている。
多少行き過ぎの面があったとはいえ、十分に情状酌量の余地はあろう。
だが、国民が暴れて手が付けられないのだ」
「まさか……」
「廃色運動は撤回する。
これまで通り、様々な色を使うことを許可して、民を宥めるしかあるまい」
「しかし、王よ!」
「お前の気持ちは痛いほど分かる。
だが、民の怒りは頂点に達している。
お前も見つかったらただでは済むまい……
……逃げよ、ほとぼりが冷めるまで、お前の村で隠れているとよい。
王族専用の避難通路を使うことを許可する」
そうして、メロスは秘密の地下通路を通って、村に逃げ帰る羽目になった。
肩を落としながら自分の家の扉を開けるメロス。
だがそこに、凍てつく殺気を纏った妹がいた。
「ねえ、お兄ちゃん。
王都で騒ぎになっているけど、お兄ちゃんの仕業よね?
私の息子が絵の賞を取ったお祝いの品を買って帰るだけなのに、なんでこんなことになるの?
もしかして、嫉妬?
『画伯』と呼ばれるほど才能がないから、息子に嫉妬しているの……?
ねえ、お兄ちゃん、正直に答えて。
怒らないから」
妹は激怒した。