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11/21/2024, 1:58:28 PM

「クレア、ドラゴンって宝物を守るんだ」
「へーよかったですねバン様」

 俺がそう言うと、妻のクレアは興味が無いのか、まったく感情のこもらない声で答える。
 結婚してから何度目か分からないやりとりだが、未だに俺の心をえぐる。
 夢に見るからやめて欲しい。
 それはともかく。

「もうちょっと真剣に聞いて欲しいんだけど」
「……」
「聞いてください、お願いします」
「仕方ありませんね。
 どういう事ですか?」
 クレアが、不承不承で聞いてくれる。
 俺の話、そんなにつまらない?

「えっと、ドラゴンには宝物を守る習性があるんだ」
「聞いたことあります」
「ダンジョンの最深部にいるのもそのためでな。
 宝物を集めやすいし、守るにも都合がいいんだ」
「たしかに、ダンジョンの最深部かその付近でしか見たことありませんね……
 不思議でしたが、そう言った理由だったのですね……

 話は終わりましたか?」
「俺の妻が酷い」
「興味のない話を振るからです」
「くっ。
 だがここまでは前フリだ。
 俺たちの子供である龍太について、話したいと思ってな」

 そういうと、クレアは自分の腕に抱いている小さなドラゴン――龍太に視線を移す。
 龍太は、俺たちが育てているドラゴンの子供だ。
 種族は違えど、俺たちの大切な子供である。
 幸いにも龍太は俺たちのことを親だと思って懐いているし、俺たちも本当の子供だと思って大切に育てている。
 これも一つの家族の形なのだ。

「俺たちと龍太は違う生き物だ。
 ちゃんと違いを理解して育てないと、不幸な事故につながりかねない。
 だがクレアはドラゴンの習性について知らないだろ。
 折を見て、龍太やドラゴンの事を少しずつ話しておこうと思って」
「そういうことでしたら早く言ってください!
 ドラゴンには興味はありませんが、龍太に関しては別です!」

 クレアが俺に唾を飛ばしながら叫ぶ。
 こいつ、龍太が卵から生まれてくるまでは少しも興味を持たなかったくせに……
 どこでスイッチが入ったか分からないが、一日中龍太を抱っこしている。

「話を続けましょう。
 先ほどの話と龍太、どう関係があるのでしょう?」
「龍太も宝物を守る習性があるって事だ。
 今の内に龍太が守る宝物を決めておきたい」
 俺は本日の重要な案件を口にする。
 だがクレアはいまいち理解できなかったようで、不思議そうな顔をしていた

「それ、やらないとどうなるんですか?」
「勝手に他人の財産を守ろうとしたり、宝を求めてダンジョンに行ってしまうことがある。
 あとはその辺の石ころを守ろうとしたりする」
「石ころ?」
「宝物を守るのは、ドラゴンの本能だ。
 何がどうしてかは知らないが、その辺にあった綺麗な石を集めて守ろうとするんだ」
「子供の頃、私も綺麗な石を宝物にしていましたが……
 なんとも可愛らしい事で……」
「だが迷惑極まりないぞ。
 僻地ならともかく人通りの多い道でやられると、討伐するまで流通が止まる。
 大騒ぎだよ」
「たまに人里に下りてきたドラゴンって、そういうことなんですね……」

 クレアが驚く。
 さすがにドラゴンに興味のないクレアでも、こういった生活に直結する話は真剣に聞いてくれるみたいだ。

「なるほど、話は分かりました。
 私も、龍太が他の人に迷惑をかけるのは本意ではありません」
「理解してくれて嬉しい」
「でもどうするんですか。
 宝物は手に入りにくいから、宝物なのですが……」
「そこは問題ない」
 俺は一振りの短剣を取り出す。

「これは俺がこの前ダンジョンで手に入れた短剣だ。
 強い火の魔力が宿っていてな、宝物にするには十分な価値のある短剣だ」
「いつのまにそんなものを……」
「これを龍太の宝にする
 ほら龍太。これはお前にやろう。
 大切にするんだぞ」

 俺が短剣を渡すと、龍太は口にくわえる。
 すると龍太は嬉しそうに『キュイキュイ』と俺の方を見て鳴く。
 まるで『ありがとう』と言っているみたいだ
 そんなつもりではなかったが、俺を言われているのと思うと存外嬉しいもんだ。
 俺とクレアは、龍太の様子をほほえましく見守る。

 その時だった。
 近くの茂みから人影が飛び出してきた。
「しまった!」
 俺たちは龍太に気に取られて反応が遅れ、人影に龍太が咥えていた短剣を奪い取られる。
 人影は少し離れた場所で、奪ったものを吟味していた。

 俺は臨戦態勢と取りつつ、人影に正対する。
「ゴブリンか」
 人影の正体――それは低級モンスター、ゴブリンであった。
 ゴブリンは奪った短剣をうっとりするような目で見つめている。
 ドラゴンの宝物は、ゴブリンにとっても価値がある。
 どうやら奪う機会を狙っていたらしい

「返しなさい!」
 クレアが隣でゴブリンに向かって大声を出す。
 するとゴブリンは気分を害されたことに怒ったのか、こちらに向かって威嚇してきた。

「それを大事な物なのです!
 すぐに短剣を龍太に――龍太?」
 クレアが啖呵を切っている間、龍太はクレアの腕から飛び降りた。
 そしてゴブリンの前に出て、威嚇し始める。

「見てくれクレア!
 龍太は短剣を奪い返すつもりだ!
 ドラゴンの宝物を守る習性が出たぞ。
 これで龍太も一人前のドラゴンだ」
「そんなことを言っている場合ですか!」
 クレアにゴチンと頭を殴られる。
 ちょっと興奮しすぎたようだ。

 だが何を心配することがるだろうか?
 いくらドラゴンの子供でも、ゴブリンに負けるような事は無い。
 小さくてもドラゴンなのだ。

 けれど、予想に反し龍太は威嚇するだけで、ゴブリンに攻撃を仕掛ける様子はなかった。
 怖がっているふうでもないが、どういう事だろう?
 龍太は威嚇するだけで、何もしようとはしなかった。

「奪い返そうとしないな……」
「むしろ、なにかを守るように……
 まさか!?」
 クレアが何かに気づいたように大声を上げ、涙を流す。

「龍太は、龍太は!
 私たちの事を宝物だと思っているんです」
「なんだって!?」
 人間が宝物だなんて聞いたことがない。
 けれど、言われてみれば守っているようにしか見えなかった。

「そうか龍太は、俺たちの事が大切なんだな」
 不意に視界が涙で滲む。
 俺たちが龍太の事を大事に思っているように、龍太も俺たちもことを大事に思っていたらしい。
 家族なんだから当たり前といえば当たり前の事。
 だからと言ってその尊い輝きが鈍くなることは決してない。
 心の中で、これ以上に大切にすることを誓う

 俺たちが感激の涙を流していると、ゴブリンはチャンスだと思ったのか、龍太に石を投げつけてきた。
「きゃう!」
 当たり所が悪かったのか、痛そうな声を上げる龍太。
 それを見たクレアは、見る見るうちに顔が険しくなっていく。

 そして鬼の睨むクレアを見て、ゴブリンは戦意喪失。
 短剣を置いて逃げて行ってしまった
 クレアはすぐさま龍太のそばに駆け寄る

「龍太、偉いですよ!
 悪い奴を追い払いましたね」
「キャウキャウ」
 クレアは龍太を抱き上げ、龍太は嬉しそうにはしゃいでいる

「宝物を与えようだなんて、傲慢すぎたな」
 自分のの宝物である二人を見て、俺は少しだけ反省するのであった

11/20/2024, 1:46:05 PM

 カチチ。
 使い古したコンロが、音を立てて火を起こす。
 俺はその上に、二人分のカップ麺の水を入れたヤカンを置いて、湯を沸かす。

 俺は火の上で鎮座するヤカンを見ながら、浮足立つ自分の心を鎮めようとしていた。
 自分の部屋だというのに、全く心が落ち着かない。
 頭の中を占めているのは、部屋に上げた幼馴染のこと……

 ついさっきの事だ。
 仕事帰りにコンビニで弁当を買おうとしたら、偶然にも幼馴染と再会したのである。
 小学生以来の再会なので、戸惑ったがすぐに打ち解けることが出来た。

 けれど、肝心の弁当は売り切れ……
 『食べるものが無い』と言う幼馴染を、『ならウチでカップ麺食うか?』と誘ったのだが……

「問題はアイツが女だっていう事なんだよなあ……」
 そう、幼馴染の順子は女性。
 俺はその場のノリで、女性を部屋に上げてしまったのである。

 別に順子がウチに来たことが嫌なのではない。
 ただ、俺と順子はいい歳をした社会人。
 気軽に互いの部屋を行ったり来たりなんて出来ないのだ。
 昔みたいに付き合うには、俺たちは歳を取り過ぎたのだ。

 それに誘った目的がカップ麺である。
 色気も何もあったモノじゃない。
 まあ久しぶりに会った幼馴染に、色気を出すはずも無いのだが……

 だが反省は後……
 大事なのは今、ここをどうやって無難にやり過ごすかである

 俺は打開策を考えるべく、順子の方を横目で見る。
 だが順子も順子で、落ち着かない様子でソワソワしていた。
 所在なさげに、放置していた漫画を取ったり置いたり……
 明かに挙動不審であった。

 そんな幼馴染の様子を見て、順子も同じ気持ちなのかと、少しだけホッとする。
 だからと言って、何も解決はしていないのだが……

 まあいい。
 とりあえず今日はカップ麺を食べて帰ってもらおう……
 友情を育むのは、今度でもいいはずだ。
 今日は出会えた奇跡に感謝しながら、食卓を囲めばいい。
 そう思っていた矢先だった。

「あ、これって……」
 順子が驚いたような声を上げる。
 気になって様子を見てみると、彼女はアロマキャンドルを手に持っていた。
 俺が棚に置いて大事に飾っていたアロマキャンドルだ。
 それを見た瞬間、俺の顔は日が出そうなほど熱くなる。

 このアロマキャンドルは、引っ越す直前に順子と一緒に作ったものだ。
 近所のショッピングモールのイベントで製作体験があって、せっかくだからと互いの両親に連れていかれたのである。
 今思えば、親が最後の思い出を作らせてくれたのだろう……
 ちょっと泣けてきた。
 
「これって、あの時のアロマキャンドル?」
 回想に耽っていた俺は、順子の言葉で現実に引き戻される。

「あ、ああ」
 油断していた俺は、気の無い返事しか出来なかった。
 そんな挙動不審な俺に気づかず、順子は「まだ持ってたんだね」と呟いていた。

「順子はも持って無いのか?」
 そう聞くと、順子は不思議そうな顔をして、
「あたりまえじゃん。
 アロマキャンドルは使うものだよ」
 と返される。

 ……正論だった。
 ……正論なんだが、どこか悲しい気持ちになる。
 順子と一緒に作った思い出のアロマキャンドル。
 思い出の証として持っていたのだけど、彼女は違ったのだろうか……
 俺がメランコリーに浸っていると、順子は何かに気づいたような顔になる

「もしかして私だと思って大事にしてたの?」
 図星だった。
 図星過ぎてなにも言えなかった。

「え?」
 返ってきた反応が思っていたのと違ったのか、順子が驚いた様子を見せる。
「こっちまで恥ずかしくなってきた」
 そういうと、順子は両手で口を隠し、なにも言わなくなった
 気のせいかほんのり頬も赤い

 そして訪れる沈黙……
 交差する視線……
 聞こえるのは、外から聞こえる車の音だけ……

 なんだこれ?
 めちゃくちゃ恥ずかしいぞ。
 だれか助けてくれ。
 この状況を打破できるほど、俺は経験豊富じゃない!


 ピーーーーー。

 その時、ヤカンの汽笛がけたたましく鳴り響いた。
 俺は慌ててコンロの火を止める。
 助かった。
 あのまま見つめあったらどうなっていたのだろうか……
 想像できない。

 俺は誤魔化すように、カップ麺にお湯を注ぐ。
 けれど動揺しているのか、手が震えてお湯がうまく入らない。
 おちつけ、俺!

「お湯を入れたからあと五分で出来るぞ」
「うん、ありがとう」
 そして沈黙再び。
 ……
 沈黙が辛い。

「ねえ」
 俺がどうしようと悩んでいると、順子が声をかけてきた。
「再会を記念して、このアロマキャンドル使おうよ」
 順子は名案とばかりに、胸を張って提案する。

 だが俺はすぐには答えられなかった。
 順子に再会できたとは言え、今まで大事にしてきたアロマキャンドル。
 すぐに使う決心は出来なかった。

「私はもういなくならないよ」
 だが俺の心の内を見透かしたのか、順子は俺の答えを待たず言葉を続ける。
「アロマキャンドルは、また作ればいいんだよ!」
 そう言って、順子は親指を立てた。
 それを見て、俺は決心する。

「分かった。
 使おう」
 そうだ、俺は何を怖がっているのだろうか。
 順子とはもう出会えたのだ。
 アロマキャンドルが無くなっても、寂しい思いをする事は無いのだ

「それをくれ」
 俺は火を点けるため、順子からアロマキャンドルを受け取る。
 だが手に持った瞬間、あることに気づく。

「火をつける道具がねえや」
 二人で大笑いした。

11/19/2024, 1:55:05 PM

 俺の趣味はフリーマーケット巡りだ。
 と言っても、普通の物には興味がない。
 俺の目的はただ一つ、ひっそりと売り出されている『思い出』である。

 俺は『思い出』が好きだ。
 肉と一緒に炒めて食べると最高にウマいのである。
 中身によって、甘かったり、辛かったり、しょっぱかったり……
 一度経験したらやめられないね。

 けれどなかなか手に入るものではない……
 だって普通は、『思い出』なんてものは大切に取っておくもんだ。
 だから売り出される『思い出』の絶対量は少なく、それゆえに価格は高騰した。

 そこに目を付けたヤクザが、借金のかたにと無理矢理売らせる事が多発。
 すぐに社会問題となった。
 政府は規制に乗り出し、厳しい審査を経て免許を受けなければ売れなくなった。
 そのため高い価格がさらに高くなり、今では大富豪しか買えない金額まで暴騰した。
 
 こうした経緯の中、無免許の『思い出』の売買は犯罪になった。
 しかし売る方にもいろいろ事情がある。

 たとえばオーソドックスにお金欲しさ。
 大事な『思い出』ほど高く売れるので、お金目的の売買は多い。
 しかし基本的に専門業者が買い取る場合が多いので、規制の影響は少なかった。

 そして理由はもう一つ。
 これこそが俺の狙いなのだが、実は大切な『思い出』を処理したがっている人間が一定数いるのだ。
 どういう事かと言うと――

 おっと『思い出』を売っている奴を発見した。
 誰かに先を越される前に、買い占めてしまおう。

 俺は他の人間に注目されないよう、平静を装って、けれど素早く店の前まで歩く。
 その店は、入り口からは気で見えない位置にあり、隠れるように店が開かれていた。
 そして店主である男の前に並べられているのは、たくさんの『思い出』。
 当たりだ!
 俺はごくりと唾を飲み込む。

 俺はまるでお菓子を吟味するように、しゃがんで『思い出』を一つ取って眺めてみる
 その『思い出』は、親し気な女性とデートをしている物だった。
 恋人なのであろう、恥ずかしそうに手を繋いで楽しそうにしている。
 なんて甘酸っぱい思い出。
 いいね!
 これを唐揚げにかけたらウマいんだよ!
 口の中でよだれが止まらない。

 いいぞ!
 俺は目の前のお宝に興奮が隠せない。
 これこそが俺の目的、そして売る側のもう一つの理由である。

 普通なら、ずっと胸にしまっておく恋人との『思い出』。
 これを売り出す理由はただ一つしかない
 恋人にふられたのだ。

 フラれた恋人との『思い出」をすぐに処理したがる人間は少なくない。
 しかも早めに処分したいのか、価格は安い。
 そんな『思い出』を俺のような貧乏人が、安く買い上げる。
 WIN-WINの関係。
 世の中はよく出来ている。

 俺はそのまま買い占めて、何でもない風を装いながら出入り口へと向かう。
 その時だった。
 フリーマーケットの出入口が、なにか騒がしい事に気づく。
 俺は無性に嫌な予感がし、出入り口の様子を伺う。

「ここで違法な『思い出』と取引があると通報がありました。
 みなさん捜査のご協力をお願いします」
 嫌な予感が的中した。
 やつらは『思い出』を守る警察、『思い出警察』。
 見つかれば『思い出』は没収され、関係者を逮捕する極悪非道な奴らだ。
 逃げないと!

 だが俺の不審な様子を目ざとく見つけたのか、警察こっちにやってくる。
 なんてこった。
 せっかく見つけた上物の『思い出』を取り上げられてしまう

 大慌てで入り口の反対側に逃げ、境界を仕切っているヒモを飛び越えて逃げる。
 警察も俺を追ってヒモを飛び越えてくるのが気配が分かる。

 警察は何やら喚きながらこっちに向かってきた。
 きっと『止まれ』とか言っているんだろう。
 だが止まるわけがない。
 俺はこの『思い出』でグルメを楽しむんだ!
 絶対に逃げ切るぞ!
 

 ◆

 俺は痛む腕をさすりながら、家のリビングで食事をとっていた。
 あのあと転んでけがをしたものの、無事に逃げ切ることが出来た。
 だが、買い占めた『思い出』をすべて落としてしまったのだ。
 骨折り損のくたびれもうけとはこのことだろう。
 もう少しだったのに。
 その思いが、俺をいっそう落ち込ませる

 俺は何度したか分からないため息をついて、料理を食べる。
 その料理は、『思い出』をつかってないのにしょっぱい味がした

11/18/2024, 1:22:38 PM

「俺、冬になったら結婚するんだ」
 食堂で昼食を取っていたところ、一緒に食べていた同僚の木下が突然変なことを言い出した。
 急なことに心構えが出来ておらず、口に入れていた物を思わず吹き出す。
 僕の昼食が無残に目の前に広がる!

 そんな僕を見て、木下が「汚ねえ」と呟く。
 『誰のせいだよ』と言いたいが後回し。
 僕は言わなければいけない言葉を口する。

「それ、死亡フラグ!」
「……俺も言っててそう思った」
「まったく気を付けなよ。
 結婚しようという人間の発言とはとても考えられないな」

 僕は一息ついて、噴き出した食べ物をティッシュでふき取る。
 僕においしく食べられるはずだったご飯は、ゴミとして捨てられる運命だ……。 
 ああ、もったいない。

「だいたいさ。
 君が結婚?
 『恋人いない歴』=『年齢』の君が?
 冗談だろ」
 木下に恋人がいるという話を聞いたことがない。
 だから嘘か、そうでなければ結婚詐欺のどちらかだ。
 僕が指摘すると、不愉快だったのか木下は眉を寄せてギロリと睨む。

「そっちだって恋人いないくせに!」
「いるよ、心の中にな」
「二次元だろ!
 このオタクめ」
「僕の幸せに嫉妬しない。
 で、どうなのさ」
「いるよ」
「病院行きな」
「喧嘩売ってんのか!?」
「だってさあ……」

 僕が木下の恋人実在説を疑うのは、もう一つ理由がある
 どちらかといえば、こちらの方が大きい。
 木下にそのことを指摘するため、僕は食堂の備え付きのテレビを指さした。

「あれ見て」
 テレビでは天気予報をやっていた。
 テレビの中では、天気のお姉さんが難しい顔をして解説している

『ご覧の様に、来年の四月まで最低気温が15度は下回らることはないでしょう。
 地球温暖化で、冬はもう来ないと考えても間違いありません』
「聞いたか?」

 俺は木下の方をもう一度見る。
「冬はもう来ないんだ。
 気温は上がる一方で、もう下がる事は無い
 だから『冬が来たら結婚』ということ自体が成立しない。
 騙されているか、もしくは遠回しの御断りの言葉だと思うね」
 僕は木下の矛盾をついてやる。
 『泣くかな?』と思ったが、意外にも木下は不敵に笑う。

「そこは大丈夫だ。
 冬は来る」
「なぜそう言い切れる?
 現実逃避かい?」
「俺も断られたかと思った。
 でも彼女は『冬は来る』と保証してくれた」

 木下の言葉に唖然とする。
 おかしいのは木下ではなく、嫁さん(仮)の方らしい。
 いや、それを信じる木下もおかしいか……

「悪いことは言わん。
 別れな」
「今の会話でなんでそうなる?」
「君の言う嫁が、明らかにヤバいからだよ」

 木下は僕の言葉を受けて、一瞬ぽかんとする。
 だがすぐに何かに納得したように、俺を見た。

「言ってなかったけ?
 俺の彼女、宇宙人だよ」
「は?」

 うちゅうじんだよ?
 何言ってんだコイツ。

「彼女の星は、環境汚染の影響で寒冷化しちゃって凄く寒いらしいんだ。
 で、その星と寒さと地球の暑さを貿易してだな――」
「待て待て待て
 全く話が分からない
 どっから宇宙人出てきた!?」
「で、彼女はエリートでな。
 めちゃくちゃ頭いいんだよ。
 でも可愛くて、そのギャップがたまらないんだ」
 何がどうなってるのか?
 どこでフラグが立ったのか、木下は『宇宙人の彼女』のことをベラベラ話始めた。
 目をギンギンに輝かせて、少し怖い
 木下って、こんなにヤバい奴だったのか

「ジョークも可愛いんですよ。
 『食べちゃうぞー』って。
 あ、これが彼女の写真です」

 そう言って木下が見せてくれた彼女の写真を見て、僕は背筋が凍る。
 木下の彼女は、いかにも『人間が主食でござい』といった風貌の宇宙人だったからだ。

 僕が放心していると、テレビが騒がしくなる
『緊急ニュースです!
 政府が宇宙人から接触があったと発表がありました。
 これまで水面下の交渉が行われていたようです。
 また、地球温暖化について解決策があるとのこと。
 今度の動向に注目が集まります』

 この出会いが、人類にとって吉と出るか凶と出るか。
「人間の冬が来ないといいなあ」
 そう思わずにいられないのであった

11/17/2024, 1:09:39 PM

 仕事帰り、いつものように弁当を買いにコンビニへと寄る。
 毎日毎日遅くまで仕事をするので、自炊する気力も時間もない。
 前回早く帰れたのはいつだったか
 もう思い出せない。

 家に帰っては、すぐ布団に入る日々。
 休日は休日で、疲れた体を休めようとやはり一日中寝ている。
 お金があっても、どこにも行けない人生。
 俺の人生とは一体何なのであろう?

 そんな刺激のない人生で、唯一楽しみなこと――それが弁当選び。
 小さな箱の中に作られた、美しい世界。
 それを『どれがおいしいだろう?』と吟味するのが、何よりも充実した時間だ。

 しかし目の前にあるのは、売れ残った幕の内弁当一つだけ。
 今日は仕事が長引き、いつもより遅い時間に来たからだろう。
 選ぶ楽しみがないが、残っている時点で幸運なのだ。
 すっきりしない思いを抱えながら、売れ残った弁当に手を伸ばす。
 だがその手は弁当に届く事は無かった。

「「あ」」
 俺と同じように弁当を取ろうとした女性の手と、俺の手が不意に重なってしまったからだ。

「すいません」
 条件反射で頭を下げる。
 だが女性はなにも言わなかった。
 もしかして怒らせた?
 俺はビクビクしながら女性の顔色を伺うと、女性の方も驚いた顔をしていた。

「もしかして……
 お兄ちゃん?」

 お兄ちゃん?
 だが俺に妹はいない。
 『人違いですよ』
 そう言おうとして、俺は思い出す。
 妹はいないが『お兄ちゃん』と呼ぶ女の子はいたことを。

「もしかして、順子か?」
 小学生の時、仲のいい女の子がいた。
 隣の家に住む3歳年下の女の子で、俺によくなついていた
 その子は俺の事を『お兄ちゃん』と呼び、俺も可愛い妹が出来たみたいで、よく一緒に遊んでいた。

 本当の兄妹みたいに仲の良かった俺たちは、ある日離ればなれになった
 順子の親の海外出張が決まったのだ。
 それ以来、俺たちは出逢うことなく今に至る

「奇遇だね」
「ああ、びっくりしたよ」
「お兄ちゃん、元気だった?」
「仕事が忙しくて、毎日へとへとだ。
 順子はどうだ?」
「私も同じような物かな……」

 順子は力なく笑う。
 子供の頃の、順子のヒマワリのような笑顔の面影はどこにもない
 よく見れば目の下にクマが見える。
 順子も苦労しているようだ。

 けれどそれ以上会話が続かない。
 言いたい事、聞きたいことがたくさんあるのに、なにも出てこない。
 子供の頃、大人が呆れるほどお喋りをしていたというのに、今は世間話すらできない。
 会えなかった空白の時間は、俺たちを他人にしてしまったかのようだ。
 時間は残酷である。

 とはいえ、ずっとこのまま立っている訳にもいかない。
 この気まずい空気を何とかしようと、俺はなんとか言葉をひねり出す。

「弁当を持って行っていいぞ。
 俺は大丈夫だから」
「いいの?
 でもお兄ちゃんは?」
「家に帰れば非常食のカップ麺あるんだ。
 たまにならカップ麺もいいもんさ」
「そっか……
 じゃあ甘えて――
 あれ?」

 順子が間の抜けた声を出す。
 弁当の方へと目線をやると、さっきまであったはずの幕ノ内弁当はどこにもなかった。

 二人で戸惑っていると、レジから『チーン』とレンジの音。
 レジの方を見れば、客が幕の内弁当を受け取っているのが見えた。
 どうやら二人で話し込んでいる間、弁当を取られてしまったらしい

「ふふっ、お弁当取られちゃったね」
 順子がおかしそうに笑う。
 子供の頃と同じ、屈託のない笑顔。
「ああ、取られちゃったな」
 俺もつられて笑う。

「あーあ、どうしよう。
 私、お腹が減って餓死しちゃう」
 と順子が目線を送ってくる。
 ああ、懐かしい。
 これは順子がおねだりするときの顔だ。

「じゃあ、俺のうちに来いよ。
 カップ麺ならある」
「じゃ、お言葉に甘えて」
 順子は俺の腕を取る。
「早くいこう」
 順子は俺を、力強く引っ張っていく。

 これも懐かしい。
 よく順子に引っ張られて、遊びに連れていかれたっけ……
 大抵はろくでもない目に会ったが、今となってはそれも懐かしい。

「分かったよ。
 だから引っ張るな」

 確かに俺たちは長い時間を失った。
 でもそれが何だというのだろう?
 過去は変えられない。
 けれど神様の悪戯なのか、俺たちは再会することが出来た。
 だったら、二人でまた一緒に思い出を作っていけばいい。

 俺が心の中で決意していると、順子はクルリと回ってこちらを見る
「これからもよろしくね。
 お兄ちゃん」
 彼女はヒマワリの様に笑っていた

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