『ささやき』『big love!』『どこへ行こう』
「ついに来たぞ!」
俺は、とある商店街の入り口で、感慨にふけっていた。
目の前にあるのは一部の界隈で噂されている場所、『恋人通り』。
文字通り、恋人に関する伝説がある商店街だ。
名前こそセンスがないが、効果は折り紙付き。
どんなにモテない人でも、そこに行けば恋人が出来ると言う伝説のパワースポットである。
――と、ネットに書いてあった。
ネットでしか噂されてないが、多分信じていいはずである。
多分……
そんな場所に、なぜ俺がこんなところへ来たのか……
もちろん恋人を作るため。
それは一週間前に遡る。
その日、俺はずっと気になっていた女子に告白した。
だが結果は玉砕。
落ち込んだまま家に帰った俺は、現実逃避にネットに逃げ込んだ。
次の日も学校を休み、アングラな掲示板に入り浸っていた時、俺はとある文言を見つけた。
『どんな人間でも、恋人ができる場所があるらしい』
愛に飢えていた俺は、すぐに飛びついた。
書き込んだ奴から聞き出し、場所を特定。
なけなしのお小遣いを使い、
こうしてやって来たのだ。
とはいえだ
「さて、どこへ行こう……」
場所を特定してすぐに来たので、この場所の事を何も知らない。
書き込んだ奴も、自分では来たことが無いと言っていたので、それ以上の事は聞けなかった
具体的に何をどうすれば恋人が出来るのか。
俺は何も分からず、途方に暮れていた。
「そこのお兄さん、何かお探しかい?」
「うわあ!」
突然誰かが耳元でささやき、驚きのあまり体が跳ねる。
「はっはっは、すまないねえ。
驚かせてしまったかい?」
振り返ると、そこにいたのは妙齢のお婆さん。
いかにも『魔女』って感じで、胡散臭い老婆であった。
「まあ、こんなところに来るくらいだ。
目的は分かる。
ついてきな」
俺の答えも聞かず、お婆さんは近くにあった店に入っていった。
入り口の看板には『big love!』と書いてある。
騙されているのではないかと疑るが、どちらにせよ行く当ても無い。
詐欺ならすぐに帰ればいいいと、そのままついて行く事にした。
扉を開ければカランコロンとドアベルの音。
店内は薄暗い照明に包まれ、少し入った所にいくつかのテーブルとイスが並べられている。
壁にはポスターが貼られており、まるで小さな喫茶店のよう。
本当にこんなところで恋人が出来るのであろうか?
俺は店に入ったことに、後悔し始めていた。
「待ってな。
すぐできる」
お婆さんは、俺をイスに座らせて店の奥へと引っ込んでいってしまった。
するとすぐに『シュー』と何かを焼くような音が聞こえてきた。
惚れ薬でも作っているのであろうか……
第一印象の『魔女』っていうのも、あながち間違いではないのかもしれない。
なんにせよ、これで恋人のいない孤独な人生とはおさらばだ。
期待を胸に、俺はお婆さんを待つ。
しばらく待っていると、お婆さんが店の奥から出て来た。
手に大きな皿を持って、俺の元へまっすぐやって来る
「どうぞ、これが欲しかったんだろう?」
そう言って、お婆さんはテーブルに皿を置く。
皿に乗っていたのは、いますぐかぶりつきたくなるような、ブタの生姜焼きであった。
「ありがとうございます。
じゃあ、いただきま――ってブタの生姜焼きかい!」
俺は思わず突っ込む。
恋人を作りに来たのに、なんでブタの生姜焼きが出てくるんだ!
本当に喫茶店かよ!
俺はお婆さんをキッと睨みつける
「どうしたんだい、お客さん。
何か不満でも?」
「俺は恋人を作りに来たんだ!
料理を食べに来たんじゃない!」
俺がそう叫ぶと、お婆さんは神妙な顔になった。
「よく勘違いされるんだけど、ここはグルメ通りだよ。
名前が紛らわしいけどね」
「嘘だろ!?
ここに来れば、恋人が出来て幸せになるって聞いたのに……
これじゃ詐欺じゃないか……」
「ああ、そこは噂に偽りは無いよ」
「と言うと?」
「おいしい料理は、人生の恋人さ。
たらふく食って幸せになりな」
昔々あるところに、お爺さんと、お婆さんと、モモタロウが住んでしました。
お爺さんとお婆さんの愛情を受け、すくすく育ったモモタロウ。
育ててくれた二人に恩返しをしようと、人々を苦しめる鬼退治の旅に出かけます。
そして長い旅の末、モモタロウは三匹の仲間を引き連れて鬼を退治しました。
退治した鬼の財宝を持って帰り、親孝行するモモタロウ。
三人は持って帰った財宝で、幸せに暮らしましたとさ。
そして鬼退治の一か月後のお話です。
自らの手で勝ち取った平和を噛みしめながら、ぬくぬくとコタツに入っていたモモタロウ。
今日の晩御飯ほなんだろうと考えていると、突然おじいさんに怒鳴りつけられました。
「モモタロウ、鬼退治に行け!」
それを聞いたモモタロウは、驚いて目を丸くします。
つい一か月前に鬼は退治したばかり。
にもかかわらず『また』鬼退治してこいというのはどういう意味だろう……?
ついにお爺さんにボケが来たのかと、モモタロウは心配になりました。
「お爺さん、忘れたのですか?
鬼は退治しましたよ」
モモタロウが指摘すると、おじいさんは不愉快そうに眉間にシワを寄せました。
「そんなことは分かっておる
最近、山を越えた所にあるも゙村に、新しい鬼が出たのだ。
退治してこい!」
「ああ、そっちの話でしたか」
「僕もその話は聞いています」と、モモタロウは大きく頷きます。
事情を察したモモタロウは、コタツから体を出し、お爺さんに向き直りました。
「放っておきましょう」
「何を言っておるのだ!?」
今度はお爺さんが目を丸くしました。
あの優しくて困った人を見過ごせないモモタロウが、なぜそんな非情な事を言うのか、お爺さんには全く分かりません。
お爺さんが何を言うべきか逡巡している間、モモタロウは話を続けます。
「前回鬼退治する時に寄ったので知っているんですが……
あそこ、助ける価値なんてありませんよ」
「どういうことだ?」
「食料がないからと言って、きび団子を全て取られたんです」
「そのくらい許してやれ
食料が無かったのだろう」
「別に、本当に食料ないならそれでも良いんですよ。
でも食料はあるんです。
話ぶりからして転売用に奪ったんでしょうね」
「転……売……?」
「更に言えば、きび団子を奪ったあとは、礼を言うどころか、刀や服まで剥ぎ取られました。
そして用が無くなると、星明かりすら無い夜空の下に僕を放り出したのです。
そんな礼儀も知らぬ奴らが住む村ですから、助けないほうが世のため人のためですよ」
「そうは言うがな、モモタロウ。
彼らとて同じ人間、助けるべきだ」
「お爺さん、撤回してください。
それは人間に対する侮辱です!」
「そこまで!?」
お爺さんは衝撃を受けました。
旅に出る前は、人を疑う事を知らぬほど純粋だったモモタロウ。
しかし今では、人間不信となり、旅に出る前の面影はどこにもありませんでした。
「だいたい、鬼に襲われているのも自業自得なんですよ」
「なんだと?」
「あいつらは楽して儲けようと、鬼の子供をさらって財宝を要求したんです。
そりゃ向こうも怒りますよ」
「そんな事を……」
「なので、心情的には鬼の味方ですね。
今からでも加勢しに行きたいくらいです」
さらりとモモタロウの口から出る問題発言。
その発言に卒倒しそうになるも、お爺さんは大きく息を吸って冷静さを保ちます
「モモタロウよ、事情は分かった。
しかし困った時はお互い様。
助けに行くのじゃ」
「僕に行かせたいようですけど、僕は行きません。
どうしてもと言うなら、お爺さんが行けばいいのです!」
「なんじゃと!?」
「鬼と戦うのは命懸けなのです、
『ちょっと近所までお使いに行ってくれ』みたいな感じで言わないでください」
「ワシは年寄りじゃぞ!」
「だからと言って、若者にさせればいいと言うものでもありませんよ。
さあ、刀は貸しますからどうぞ」
「ええい、つべこべ言わずに行け、モモタロウ!
命令だ!」
「行きません!」
まさに一触即発。
互いに主張を譲らず、まさに乱闘が始まりそうな険悪の雰囲気でした。
それでも決着はつかずしばらくにらみ合った後、二人の影絵が重なり、つかみ合いの喧嘩になろうとした、まさにその時です。
「そこの二人、お待ちなさい!」
「「その声は!」」
二人の中に割って入って来る人物がいました。
そう、お婆さんです。
「何を言い争っているかと思えば、山向こうに出た鬼の事ですか。
どちらが行くかで揉めているようですが……
安心してください。
妙案があります」
「なんと、さすが婆さんだ
それでどんな案なのだ?」
「私が行きます」
「「な!?」」
『二人が行かないなら自分が行く』。
その宣言に、二人は一瞬硬直します。
固まった二人を尻目に、お婆さんはモモタロウの刀を手に取ろうとします。
しかしここは鬼退治の英雄モモタロウ。
いち早く反応し、刀をお婆さんから遠ざけます。
「お婆さんに無理をさせることは出来ません。
僕が行きます!」
モモタロウは、お婆さんをまっすぐ見て叫びます。
しかしお婆さんは、その気迫に身じろぎもせず答えます。
「いいえ、モモタロウ。
鬼退治という大きなお役目を果たしました
もう辛い事はしなくてもよいのです
ここは私が行きます」
お婆さんは、モモタロウの持った刀を掴み引き寄せようとします。
「いいえ、僕が行きます。
一度経験がある人間の方が、効率的ですよ」
しかしモモタロウも、取られては堪らんと刀を自分の方に引き寄せます
「いえいえ、老い先短い私が――」
刀を引き寄せるお婆さん。
「いえ若い僕が――」
刀を引き寄せるモモタロウ
「私が」「僕が」「私」「僕」――――
モモタロウとお婆さんは、ついに言い争いを始めました。
しばらくの間、お爺さんはなにも言わずその様子を眺めていましたが、ついに耐え切れずポツリと呟きました
「じゃあ、ワシが……」
「「どうぞ、どうぞ」」
こうして鬼退治には、お爺さんが行く事になりました。
🍑
前回持ち帰った財宝の中にあった、宝剣や鎧を身に着ければ、まるで神話に聞くヤマトタケルのよう。
これならば、力の強い鬼も尻尾をまいて逃げると思われました
「似合ってますよ。
若い頃みたいに素敵だわ」
「ありがとう婆さん。
でもやっぱり無かった事に出来んか?」
「後のことは任せてください。
お爺さんがいない間も、お婆さんの事は守りますから」
「モモタロウよ、やはりワシには荷が重いからお前が代わりに……」
「では、こちらが今回のキビ団子になります。
きっと役に立ちますよ」
「そういう事じゃなくて……」
「食い意地の張った奴らに食べられるよう、気を付けてくださいね」
「あの、聞いて……」
「「ジジタロウの物語が、今始まる」」
「帰ったら覚えてろよ!」
『春恋』『遠くの声』『静かな情熱』
春。
それは恋の季節。
子孫を残すため、動物たちが運命の相手を探し求める。
それは人間も例外ではない。
普段、恋に興味の無い人も、この季節ばかりは冷静ではいられない。
それが春恋の魔力なのだ!
「という訳で合コンしよう!」
「やらない」
「ええ!?」
放課後帰りのマックにて、友人の沙都子とハンバーガーを食べていた時の事。
私が合コンのお誘いをすると、嫌な顔をされた。
輝かしい未来のための提案なのだけど、相変わらずノリの悪い事だ……
「なんで嫌そうな顔をするのさ」
「話に脈絡が無さすぎるのよ、百合子……
一応理由を聞いてあげるから話しなさい。
……断るけど」
「理由を聞く前に断らないで!
単純に『彼氏作ろう』って言う話だよ!」
「私は遠慮するわ……」
「そんな!」
沙都子に、にべもなく断られる。
「私たち、華の女子高生だよ!
彼氏の一人や二人、いないとおかしいんだよ!」
「今どき、恋人がいなくても変じゃないわ。
というか、彼氏が二人いる方がおかしいわよ……」
「え~、やろうよ~、合コン~」
「しつこいわよ」
沙都子は眉間にしわを寄せて、こちらを睨んでくる。
本当に嫌そうだ。
男に苦手意識でもあるのだろうか……
「だいたいなんで私を誘うのよ。
あなた一人で行けばいいでしょ?
さすがに邪魔するほど無粋なつもりはないわ」
「沙都子、金持ちじゃん?
知り合いの金持ちの男呼んでよ。
石油王の息子とか」
「石油王って……
そんなにいいもんでもないわよ……
男なんて、お金持っていようがいまいが、どれも同じよ」
沙都子は嫌な事を思い出したのか、右手で頭を押さえた。
私の、沙都子が男を嫌っているという推察は、あながち間違いではないらしい。
きっとお金持ちのパーティとかで、なにかあったのだろう……
私には関係ないけど。
「じゃあさ、沙都子は来なくていいから、男紹介して」
「いいわよ」
「やっぱりだめ――いいの!?」
「私を巻き込まないのならね」
ダメかと思ったらまさかのOK。
断られると思っていたので、心の底から驚く。
でも沙都子が優しい時、なにか裏があるのだ。
「ちゃんとした男紹介してよ。
間違ってもDV男はダメだからね!」
「安心しなさい、百合子。
石油王の息子ではないけれど、日本じゃ誰もが知ってる殿方を紹介するわ。
テレビにもよく出てて、性格も穏やかで、多分、百合子も気に入ると思う」
「そんなすごい男の人を紹介してくれるの!?」
「そうよ。
優しくて力持ち。
助けを呼ぶ遠くの声も聞き逃さない」
「おお、凄い!
耳のくだりはよく分からないけど」
「正義感が強いって意味よ」
「そんな凄い人がいるなんて……
ねえ、騙してない?」
「騙したりなんかしないわよ。
ただ、どっちかと言うとカワイイ系だけどね」
「それでもいい!
紹介して!」
『沙都子と一緒に合コン』の話から、まさか有名人を紹介されるとは!
しかも、『誰もが知る』ときたもんだ。
当初の目的は達成できなかったけど、棚から牡丹餅、意外と言ってみるもんである。
「会うの楽しみだなあ!」
こうして私は、沙都子経由で約束を取り付けたのだった
〇
合コン当日。
晴れて合コン相手と対面した私は、そのまま自分のスマホを取り出し、沙都子に電話を掛ける
「沙都子、私を騙したね?」
『騙したりしてなんかないわよ、百合子。
全部正直に話したでしょう』
スマホ越しの沙都子は、大真面目に答える。
確かに沙都子の言っていたことに間違いはない……
けれど、私は自分の置かれた状況を鑑みて、騙されたことを確信していた。
「全然違う。
全然違うんだよ!」
『おかしいわね……
彼について事は、これ以上なく正直に告げたつもりなんだけど……』
「確かに沙都子は嘘をついてなかったよ。
私もテレビで見たことあるもん!
けどさ――」
私は、自分の合コン相手を振り返る。
確かに沙都子の言っていたように、彼は可愛いし、性格も穏やかだ。
だけど彼は――
「――パンダだって聞いてない!」
――パンダのサンサンだった。
『あらごめんなさい。
うっかりしていたわ……』
「わざとでしょ!」
『でもあなたにお似合いの殿方は、彼ぐらいしか……』
「どういう意味だコラ」
『あ、親に呼ばれたからもう切るわね。
また学校で会いましょう』
と、一方的に切られてしまう。
やっぱり確信犯じゃないか!
おかしいと思ったんだ、あの沙都子が男を紹介するなんて……
私を騙すことに静かな情熱を燃やす女、それが沙都子。
なぜ私はそんな女を信じてしまったのか……
今頃沙都子は大笑いしている事だろう。
「信じた私がバカだった」
私が地団駄を踏んでいると、サンサンが目の前に何かを差し出してきた。
笹だった。
『これでも食べて忘れな』。
まるでそう言っているかのようだった。
気遣いのできる男、それがサンサン。
沙都子の言う通り、確かにいい男だ。
そこだけは間違っていなかった。
「サンサンが人間だったら完璧なのに……」
なぜ一番大事なことが、どうしょうもないのか……
私は受け取った笹を見つめながら、世の不条理について考えるのであった。
休日の午後、暇だったので冷やかしでやって来た近所の電器店。
その店の一角に、満開のサクラが咲いていた。
あまりに場違いで現実離れしているのにサクラ。
明らかにおかしいのに目が離せない。
それほどまでに、目の前のサクラは美しかった。
見とれていると、ひとひらの花びらが目の前を舞う
何気なく手のひらで掬い取ろうとするが、しかし花びらは手をすり抜ける。
そこで気が付いた。
この桜は実在するものではない。
ホログラムだ。
「いかがですか?」
いつの間にやって来たのか、隣に立っていた販売員が声をかけてきた。
販売員は、商品を売りつけようと目をギラギラさせていた。
「当店が自信をもってお勧めできる逸品ですよ。
一台どうですか?
外に出なくても、花見ができますよ」
逃がさないとばかりに、営業トークを仕掛けてくる販売員。
今月はピンチなので、なにか買わされる前に逃げないと!
「残念ながら、桜は好きじゃないんですよ」
「ご安心ください。
風景を変えることもできますよ。
例えばこれ」
そう言いながら店員がリモコンを操作すると、桜は消え、その代わりに雄大な滝が現れた。
「凄いでしょう?
これ、ナイアガラの滝ですよ」
ホログラムであるが、水飛沫まで再現されている。
まるで現地にいるような臨場感。
何も知らなければ、いや知っていても本物と思ってしまう……
「どうです?
凄いでしょう?」
「たしかに……
昔現地に行ったことがあるんですけど、本物と遜色ありませんね。
……でもお高いんでしょう……?」
チラリと値札を見ると、お値段20万円。
お買い得ではあるのだろうが、ホイホイ買える値段ではない。
「お客様のおっしゃる通り、それなりにお値段は張ります。
しかし、こうも考えることが出来ます。
20万で世界旅行できるのだと……」
「と言うと?」
「サクラの名所やナイアガラの滝以外にも、世界の名所をホログラムで再現することが出来ます。
本物を見たことがあるお客様でさえ、納得される臨場感。
確かに生の体験に勝るものは無いでしょうが、お金も時間も有限です。
ですがこれが一台あれば問題は全て解決!
いつでも好きな時に、世界中を旅することが出来るのです!」
販売員の一言に、自分の心は貫かれる
たしかに20万で世界旅行は格安だ。
それに昨今の世界状況では、旅をするにも危険が多い。
これは買いだ!
「君に負けたよ。
一つ買おうじゃないか。
クレジットカードは使えるかな?」
「もちろんですとも!
お買い上げありがとうございます。
では少々お待ちください」
「え!?」
突然販売員の姿が前触れもなく消える。
予想外の事に驚いていると、販売員のいた場所に矢印が現れた。
「カウンターはあちらになります」
矢印からさっきまで話していた販売員の声。
そこでようやく気付いた。
「さっきの定員、ホログラムだったのか!?」
最近のAIは違和感がないレベルで会話できると聞いたことがあるけど、まさか店員の姿までホログラムだったとは!
「商品の準備が出来るまで、ここで待ちください」
矢印の先を目で追っていくと、そこには確かに椅子が置いてあった。
商品はホログラム、店員もホログラム、道案内もホログラム。
凄い時代になったもんだ。
「そのうち実店舗もホログラムになるんじゃないか?」
ついでに客もホログラムになるかもな。
そんな未来図を予想しながら、カウンターへと向かうのであった
ここは天国。
生前に善行を積んだ者だけが、来ることを許される楽園。
いつも透き通るような青空で、花々が咲き誇る。
川はせせらぎ、鳥は歌う。
飢えも病気もなく、戦争も差別もない美しい世界だった。
そこでは誰もが笑顔で暮らしている。
望めばなんでも手に入り、誰かが奪いに来ることもない
どんな願いでも叶う、全てが満ち足りた完璧な世界であった。
そんな中で一人、浮かない顔をした男がいた
彼の名前は、林 リョウタ。
不幸な交通事故により、若くして亡くなった若者である。
彼は不幸にも短い人生を終えることになったが、生前行った街の美化活動が評価され、天国に住むことを許された。
だが彼の心の中は満たされない……
ここには彼が一番欲しいものが無いからである。
「元気かな、彼女……」
写真を眺めながら、大きなため息をつくリョウタ。
写っているのは『太陽』と例えられるほど輝かしい笑顔の女性。
女性の名前は、草薙ヒナタ。
その界隈では有名な、地下アイドルである。
リョウタは、ヒナタの熱烈なファンであった。
彼女を一目見た時から、リョウタの灰色の人生は輝き始めた。
リョウタには、ヒナタが天使の様に見えていた。
そんな彼はライブコンサートには欠かさずに参加した。
握手会にも行ったことがある。
デビューしたときからのファンで、一度たりともイベントを休んだことは無い。
リョウタにとって、ヒナタは彼の全てであった
けれど、彼はもう死んだ身……
彼女に会いに行くことは出来ない。
彼は死人だからだ。
そして、天国において彼の心を満たすものは無い。
何かもがある楽園ですら、彼の推しはいないのだ。
しかし彼は絶望していない。
もう少しで彼女と会うことが出来るから。
けれど、それは直接会いに行くという事ではない。
死んだ人間がいきなり現れては、大混乱になってしまうからだ
そこで考え出されたのが『MAKURAーMOTO』――会いたい人と夢の中で話せるサービスである
これならば死んだ人間が現れても『夢だから』と驚くことは無い。
リョウタはこのサービスを知った時、雷に打たれたような衝撃を受けた。
もう会えないと思っていた推しに、再び会えるからだ。
リョウタはその場で申し込みをした。
だがこのサービス、なんと一週間待ちである。
『待つ』という概念がない天国において、このサービスだけが順番待ちがある。
天国に来るような人間でも――来るような人間だからか、現世に残してきた人に会いたいといった希望は多いのだ。
天国で一番人気のサービスであった。
そして申し込みをしてから一週間、ようやくリョウタの番が回って来た。
「彼女にやっと会える!」
彼は緊張した面持ちで、彼女の夢へと向かうのであった。
◇
「どうしたんですか、ヒナタさん?
顔色悪いですよ……」
草薙ヒナタがげっそりしているのを見て、マネージャーが心配そうに顔を覗き見る。
今のヒナタは、リョウタが知っている元気なアイドルではない。
顔色は悪く、睡眠不足で目の下に隈が出来ていた。
「また『あの夢』を見てね……」
「『あの夢』って、死んだファンが出てくる夢のことすか?」
「そうよ」
ヒナタは最近悪夢にうなされていた。
亡くなったはずのファンが定期的に夢に出てくるのである。
ライブの時はいつも最前席にいて、握手会も欠かさず来てくれた熱心なファン。
他のファン経由で事故の事を聞いた時、ショックを受けるくらいには彼女にとっては特別であった。
そのくらい特別な存在だったので夢に見ること自体は不思議ではない……
のだが、彼はきっかり一週間毎に夢に出てくる……
さすがのヒナタもおかしいと思い始めていた。
「それにしても死んでも追っかけくるとは……
アイドル冥利に尽きますね」
「他人事だと思って……」
「そんなことありませんよ。
でもファンなんでしょう?
サービスしてあげればいいじゃないですか」
「ライブや握手会くらいだったら、喜んでしてあげるんだけどね……」
ヒナタは、思い出すのも嫌そうな顔で言葉を続ける。
「最近何を思ったのか変な事を言うようになったのよ。
『ここには君と僕しかいない、存分に愛し合おう』って……」
「あー、典型的な厄介ファンじゃないですか……
自分に好意があるって勘違いしちゃったんですかね。
……出禁にします?」
「どうやって?」
「お祓いしましょう。
知り合いに寺生まれがいましてね。
こういうトラブルに強いヤツでしてね――」
◇
「ふふ、ヒナタちゃん、素直じゃないんだから。
次は自分の気持ちに正直になって欲しいなあ」
リョウタはご機嫌で天国を散歩していた。
現世での二人の会話の事など露知らず、次こそ憧れの彼女と一つになると意気込んでいた
だが彼は知らない。
このサービス、開始当初からトラブルが多く、今では現世からクレームが来ると使用禁止になってしまう事を……
使用前に注意を受けるのだが、彼は上の空で聞いていなかった。
もっとも聞いていたところで、これを『迷惑行為』とは思っていないだろうが……
「一週間後が楽しみだ」
近い将来、地獄を見ることになるとを知らず、リョウタは鼻歌を歌いながら歩く。
その背後で天国の管理者が彼を監視していることを、彼は知る由もなかった