156.『快晴』『神様へ』『届かぬ思い』
このお話の主人公の名は、鈴木太郎。
漫画とゲームが大好きな、ごく普通の小学生。
一人前に勉強が嫌いで、人づきあいが苦手で、美人のお姉さんに心惹かれてしまう、どこにでもいる少年。
ですがそんな彼に、誰にも言えない秘密がありました。
……彼は神様の生まれ変わりだったのです――
◇
「ゴミ拾いに行って来なさい。
そして人と関わり、人間界について学ぶのです」
「断る……」
とある昼下がり。
漫画を読み耽る太郎少年に、保護者であり同じ『神様の転生者』でもある拓真が用事を言い渡しました。
ですが、太郎は間髪入れず断り、会話を打ち切ります。
その態度に顔をしかめる拓真でしたが、あえて何も言いませんでした。
太郎がこういった態度を取るのは、予想の範囲内だからです。
「いいのですか?
『是非来てほしい』と頼まれているのですが……」
「今忙しい」
「漫画を読んでいるだけでしょう?」
「そうだよ。
漫画で人間について学んでいるんだ。
今は人間の免疫についてだね」
ああ言えばこう言う。
太郎は元神様ですが、中身は口答えの得意な人間の小学生のようでした。
ですが拓真は怒ったりはしません。
逆に『予想通り』と、口角を上げました。
「残念ですね。
先方には断る連絡をしておきましょう……」
「……」
「本当に残念です。
太郎の好きな、綺麗な大人のお姉さんがたくさん来ると――」
「行きます」
こうしてゴミ拾いに行くことになった太郎少年。
同年代より少しませている彼は、漫画よりも大人のお姉さんに興味津々なのでした。
ところが――
「騙された」
雲一つない、清々しい程の春晴れ。
滅亡を企む邪神ですら計画を断念するほどの快晴の下、太郎は暗い顔で呟きました。
太郎は、大人のお姉さんとの出会いに期待して、ここまでやってきました。
たしかに大人の女性はたくさんいます。
拓真は嘘を吐いていませんでした。
しかし目の前の光景が想像とかなり違っている事に、がっくりと肩を落とします。
というのも、その『大人の女性』と言うのが――
「あらー、可愛いわね。
ひ孫の小さい頃を思い出すわ」
かなりお年を召したご婦人だったからです。
「そ、そうですか……」
元々人づきあいの苦手な太郎でしたが、年が離れすぎて何を話していいか分かりません。
ご婦人の話にも興味はありませんでしたが、それを無視するほど非常識ではありません。
笑顔を張り付けながら、ご婦人の話を興味があるふフリをして聞き入ります。
そして、適当に相槌を打ちながら『はやく帰りたい』と、自分以外の他の神へと祈るのでした。
しかし、それは届かぬ思い。
他のご婦人たちも、太郎に話しかけようと虎視眈々と機会を伺っていました。
これではゴミ拾いが終わった後も、解放される気配がありません。
絶望に打ちひしがられる太郎をよそに、ご婦人のおしゃべりはまだまだ続きます。
「本当に可愛いわ。
ねえ、うちのひ孫にならない?」
「それはちょっと……」
「あら、残念。
私は、もう、ひ孫には会えないから……」
「え……?」
急に顔に影を落とすご婦人に、太郎は息をのみます。
「それは、もしかして……」
「ええ、お察しの通り。
あの子は、どこにもいないの。
この地球上の、どこにもね……」
その悲しそうな顔に、太郎の心は激しく揺れ動きます。
太郎は神様です。
見習いですが、少しだけ神様の力を使うことができます。
この力で、目の前のご婦人を孤独を癒し、元気づけてあげられないだろうか……
太郎は懸命に知恵を絞ります。
ところが――
「太郎君、騙されちゃだめだ」
ご婦人の隣から、夫らしき老人が苦笑いをしながら口を挟んできました。
「婆さんはこう言うがな。
ひ孫はちゃんと生きてる」
「え?
でもどこにもいないって」
「いないのは『地球上』であってだな。
今、宇宙ステーションにいるんだよ。
ひ孫は宇宙飛行士なんだ」
太郎は驚いて、ご婦人の顔を見ます。
「ごめんなさいね。
太郎君が反応が可愛いものだから、つい揶揄っちゃったわ」
悪びれる様子もなく、茶目っ気たっぷりに舌を出すご婦人。
それを見て、太郎はよくやく腑に落ちました。
どうして拓真が、あれほど『人間を知れ』と口を酸っぱくして言うのか。
その理由についてです。
(こういう食えない大人たちに騙されないように、社会経験を学べってことか……)
こうやって人間は大人になっていくんだな……
太郎がそんな悟りを開きかけていると、連絡用にと持たされたスマホがメッセージの着信を知らせます。
太郎はご婦人たちに一言断ってから、メッセージを読みました。
『そちらは順調ですか?』
送り主は拓真です。
それを見て、太郎はすぐにメッセージを返します。
『経験豊富なお姉さんに、大人の階段を登らされました』
155.『春爛漫』『言葉にならない』『遠くの空へ』
俺の名前は、五条英雄。
とある街で探偵をやっている。
世間の華やかなイメージとは裏腹に、地味な仕事が多く嫌な思いをすることも少なくない。
とくに浮気調査に限っては、人の醜い部分を直視せざるをえず、どうしても心が荒んでしまう。
それが原因で人間不信となったり、この業界を去る者も多い。
この過酷な業界を生き抜くには、強靭な精神力が必要だ。
何が起こっても動じず、ただ己の責務を全うする責任感。
そして、自らを厳しく律し、感情に流されないようコントロールする技術。
それらを兼ね揃えた者こそが探偵に相応しいと、俺は考えている。
その点において、俺は才能に恵まれたと自負していた。
そう、『していた』。
先日、俺の自信を根底から覆す、重大な事件が起こったのだ……
――免許の更新を忘れてしまったのである。
知らない人のために、少しだけ説明しよう。
自動車免許は、数年に一度更新する必要がある。
期間は誕生日の前後一か月。
丁寧にも手紙で通知が来て、更新を促される仕組みだ。
よく誤解されるのだが、更新を忘れたからと言って即座に違法になるわけではない。
だが更新を忘れるという事は免許が無効になるという事である。
その状態でハンドルを握れば、立派な無免許運転というわけだ!
ゆえに、各ドライバーは更新時期に神経を尖らせている。
だが、所詮は人の子。
忙しさにかまけ、つい更新を忘れてしまうことがある。
かくいう俺も探偵としての仕事が忙しく、更新を後回しにしてしまって――いや
、すまない、見栄を張った。
事務所には閑古鳥が鳴き、暇を持て余していた。
普通にド忘れである……
暇だからと大掃除していると、どこからともなく出てきた『更新のお知らせ』の手紙。
すぐに、更新期間が三日前に終わった事に気づく。
『言葉にならない』とは、まさにこの事。
その場に膝をつき、今日の日付けを何度も確認し、夢であってくれと何度も頬をつねった。
だが突き付けられた現実は変わらない。
俺は遠くの空へ視線をやって、現実逃避するしかなかった……
だが、更新忘れ自体はよくあることらしい。
ある程度気持ちが落ち着いた状態で調べてみると、一応救済措置があることが分かった。
早く気づければ、講習を受けるだけで『復活』が可能なことが分かった。
俺は早速所定の書類を取り揃え、バスを乗り継いで(車がつかえないので)免許センターにやってきたのだが……
「どうしてこうなったんだろうな……」
視線の先にいるのは、ソワソワしながら列をなしている若者たち。
実技試験を突破した彼らは、書類が入った封筒を宝物の様に抱きしめる。
正直、直視できなかった。
輝かしい未来へと踏み出す彼らと、不注意で免許を失効させた冴えないおっさん。
とても、同じ空間にいていいとは思えなかった。
なんで免許の更新を忘れただけで、こんな悲しい気持ちにならなきゃならんのだ!
さすがにペナルティ重すぎねえ!?
本気で帰りたくなってきた。
せめてもの救いは、同じ境遇の同胞がいたことだ。
俺と同じように肩を落とし、『うっかりしていた』おじさん・おばさん10人ばかり。
ここだけ、空気がどんよりと濁っていた。
どこで間違えたのだろう。
俺も、あの若者たちのような時代があったはずだ。
自分の未来を信じて疑わず、希望に満ち溢れていた時代。
それが今や、これほどまでにカッコ悪い大人に成り下がっている。
昔の自分には、とても見せられない憐れな自分だ……
心の中で、さめざめと泣きながら、若者に交じって講習を受けた。
ペナルティが重すぎる。
だが責め苦はもう終わり。
講習代も再発行代も支払い、全ての課程を修了した。
あとは免許を貰うだけ。
今日の屈辱は忘れ、明日からまた強く生きよう。
そう強く決意する。
――だが、地獄は終わらなかった。
「更新忘れの皆様は、免許の色が青になります。
無事故無違反でゴールドの方も同様、青となります」
俺は耳を疑った。
5年間無事故無違反、優良運転者の証である『ゴールド免許』。
その名誉が、たった数日の遅れではく奪されるなんて……
思わず叫びそうになる。
優秀な人間に特典が与えられるのは、世の常だ
それは免許の世界も同じ事。
『ゴールド免許』には様々な特典があるのだが、俺に関係があるのはただ一つ。
「自動車保険、高くなるじゃないか……」
ゴールド免許保持者は、保険料が1割から2割安くなる。
大したことが無いと思われるかもしれないが、塵も積もれば何とやら。
次回の更新までの数年間、計10万以上値上がりだ。
「免許の更新を忘れただけなのに……」
ペナルティ、重すぎじゃんかよ。
建物を出ると、外は春爛漫。
陽気な日差しが降り注ぐが、俺の心は土砂降りだ。
俺は目が潤むのを自覚しながら、力なくバスを待つのであった。
※この物語は、事実を元にしたフィクションです。
登場する人物は架空ですが、先日作者が経験した話が元になっています。
免許をお持ちの方は今すぐ更新期限を確認してください。
でないと、本気で落ち込むことになり、一か月くらい再起不能になります
154.『沈む夕日』『これからも、ずっと』『誰よりも、ずっと』
最近、幼馴染である芽衣《めい》の様子がおかしい。
俺たちは赤ちゃんの頃からの付き合いなのに、近頃はまともに目を合わせてくれない。
たまに目が合うこともあるけれど、すぐに顔を真っ赤にして逃げるように距離を取られる。
ここ一週間はまともな会話もなく、ちょっと微妙な空気だ。
知らず知らずのうちに、なにか怒らせるような事をしたのならいい。
そういうことは、数えきれないほど経験した。
付き合いの長さゆえに、喧嘩の数ならギネスを狙える気がする。
けれど今回はどうも様子がおかしい。
いつもなら不満があれば直接言いに来るのに、チラチラとこちらを盗み見るばかりで何も言ってこない。
一日なら『そういう事もある』で済ませられるのだけど、ここの所ずっとだ。
正直なところ、こんなに大人しい芽衣は初めて見る。
LINEで尋ねたこともあるが、芽衣は『そんなことない』『鉄平は悪くない』とはぐらかすばかりで、まったく要領を得ない。
はっきり言って不安で仕方なかった。
こんな事、今まで一度も無かったから。
だからどうしても最悪な想像をしてしまう。
芽衣が俺に言えないこと――たとえば重い病気を患ったりして、それを隠しているんじゃないか、とか。
それを思うと俺は、夜も満足に眠れない……
お前、何か知らないか……?
◇
――という相談を、芽衣との共通の友人である友樹にすると、ヤツは腹を抱えて笑いだした。
「何がおかしい」
腹が立ったので軽く蹴りをいれると、友樹は目に涙を浮かべながら言った。
「おかしいだろうよ、鉄平。
だって『相談がある』って言われて、何かと思って身構えてたらこれだもの。
秘密の話って言うから俺の部屋に呼んだのに、これだったらその辺の喫茶店ですればよかったぜ」
友樹は言い切ってから、さらに笑い出す。
「だいたい、鉄平さんよ。
お前、芽衣ちゃんの様子に今頃気がついたのかい?
そら間抜けにもほどがあるぜ!」
「俺が間抜けなのは否定しない。
誰よりも、ずっと傍にいたのに、全く気付けなかったんだからな。
だが一応真面目な相談なんだ。
笑わないで欲しい」
「ひひひ、それは悪かったよ」
「それでだ。
俺ほどでないにせよ、お前と芽衣の付き合いは長い。
何か聞いてないか?」
俺がそう言うと、友樹は再び笑い始めた。
「もういい。
お前に相談した俺が馬鹿だった」
「まあ、待て。
確かに笑って悪かったよ」
友樹が声を震わせながらも頭を下げてきたので、一応話を聞くことにした。
ふざけてはいるが、相談に乗るつもりはあるらしい。
俺はため息を吐きながら、友樹の顔を見た。
「で、何を知っている?」
「知っているっていうか、見れば分かるというか……
逆にお前、気づかないの?」
「気づいたから相談しているんだ……」
「ははは、鈍感ここに極まれり、だな」
話が噛み合わない。
だが冗談を言っているようにも見えず、俺は困惑する。
『見れば分かる』?
どういうことだ……?
「本当に知っているのか?
誤魔化しているんじゃないのか?」
「知ってるよ。
でも芽衣ちゃんの意思を確認しないで、俺が言っていいものか……」
「御託はいい。
さっさと言え」
「まあ、言わなかったらずっとこのままか。
正直見飽きたしな」
「何を言って――」
「『好き避け』だよ」
友樹の言葉に、俺は言葉を失う。
「分かるか、『好き避け』だ。
芽衣ちゃんはな、お前のことが好き過ぎて、逆に一緒にいられないんだ。
顔も見られないほどに」
「そんなはずはない。
芽衣は俺のことを、ただの幼馴染だと思っている。
恋愛感情なんて無い」
「芽衣ちゃんも可哀想に。
こんな朴念仁を好きになるなんて……」
「馬鹿にしてんのか」
俺がそう言うと、友樹は呆れたように笑った。
失笑というやつだ。
「まあいいや。
それで、お前は芽衣ちゃんのこと、どう思ってる?」
「大切な幼馴染だ」
「違うね。
お前も芽衣ちゃんの事、好きなんだろ」
俺は何も言えなかった。
図星だったからだ。
「お前も芽衣ちゃんも、見てて分かりやすいんだよ。
俺じゃなくてもすぐ分かる。
今どきの言葉で、『両片思い』てヤツだ。
気付いていないは本人ばかりなり、ってな」
「でも、それが芽衣の様子がおかしい理由にはならない」
「まあ、最近の芽衣ちゃんの様子は、特におかしいってのは同感だな。
どうせ、何かの拍子にお姫様だっこしたんだろ。
無自覚にさ」
俺は否定できなかった。
そう言われてみれば、したような気がする。
体調が悪そうにしていたので、抱き上げて運んだのだ。
必死だったのでよく覚えていないが、たしかにそれ以来避けられている気がする。
「もう付き合っちまえよ。
俺の見立てだと、100%成功すると思うぜ」
「……芽衣は、俺なんか好きじゃないさ」
「お前も頑固だな。
でも、今みたいにまともに会話ができない状態は嫌だろ」
「それは、まあ……」
「そんなお前にアドバイスだ。
これを言えば、すべて解決さ」
とニヤニヤし始める友樹。
こいつ、俺の反応を見て楽しんでやがる
本当に性格悪いな。
「沈む夕陽をバックに、『好きだ』と囁けばいい」
「そんなの言えるか!」
「確かに、それが言えたら今困ってないな。
だが、ずっと現状に甘んじるつもりか。
どこかで行動しないと、何も変わらないぞ」
「それは……」
「実は、芽衣ちゃんをこの部屋に呼んでいる。
『鉄平について、大事な話があるから来てほしい』ってな」
「お前!?
さっきからスマホをいじっていたと思えば――」
コンコン。
文句を言おうとした瞬間、玄関からノックが聞こえて思わず振り向く。
「ほら、来たぞ。
男を見せてこい!」
友樹に背中を蹴とばされ、玄関まで転がっていく。
その勢いで、ちょうどドアを開けた芽衣とぶつかりそうになる
「「あ」」
交差する目線。
芽衣は、まさか俺がここにいるとは思わなかったのだろう。
驚きに目を見開き、そして金縛りにあったように固まった。
そして、夕日に照らされたのか、それとも別の理由か。
彼女の頬が、みるみる朱に染まっていく。
『芽衣ちゃんはな、お前のことが好き過ぎて、逆に一緒にいられないんだ』。
友樹のそんな言葉が頭に浮かび、思考が消し飛んでしまう。
どうすればいいか分からなくなった俺は、心に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
「えっと、その……
これからも、ずっとよろしく」
俺がそう言うと、芽衣は驚いた表情のまま、消え入るような声で言った。
「……うん。
……こちらも、よろしく」
まともとは言い難いが、一週間ぶりの会話。
だがこれでいい。
きっとこれで、俺たちは今まで通りの関係に戻れるはずだ。
――そんな根拠のない安堵に浸っていると、背後から心底呆れたような声が降って来た。
「ヘタレめ」
153.『それでいい』『星空の下で』『君の目を見つめると』
「綺麗な星空だ。
そう思わないか、芽衣《めい》」
幼馴染の鉄平が、暗闇の中で私に話しかける。
暗くて顔は見えないが、鉄平はきっと、子供みたいに目を輝かせている事だろう。
鉄平は、宇宙が好きだ。
星空の下で、遠い銀河に思いを馳せることが、彼の数少ない趣味の一つだ。
定期的に、星が良く見えるキャンプ場を予約し、テントを張って本格的な天体観測に耽っている。
望遠鏡だって、鉄平が必死にバイトして買った高級品。
彼の本気度がうかがえる。
私も、鉄平ほどじゃないけれど星を見るのは結構好きだ。
カレンダーに印をつけるくらいには楽しみにしていた。
数日前までは……
「元気ないな、大丈夫か?」
鉄平が私の顔を覗き込みながら、心配そうに声をかけてくる。
実際、私はいたたまれなさで死にそうだった。
私は目が泳ぐのを自覚しながら言い訳をひねり出す。
「なんでもないよ、『ちょっと寒いな』って思っただけ」
鉄平は訝しげに眉を寄せたけど、それ以上詮索する事は無かった。
聞かないのは薄情だからではなく、彼なりの信頼の証なのだ。
『芽衣には話せない事情があるんだ』って。
長い付き合いだが、なんでも情報を共有している訳ではない。
お互い秘密の一つや二つある。
そして、今回においてそれは正しい。
こんなこと、鉄平には絶対に話せないから……
私は鉄平が好きだ。
男性として、心から愛している。
けれどこの思いを伝えるつもりはない。
鉄平にとって、私は気の置けない友人でしかないことは分かり切っている。
だからずっと隣にいられるように、この淡い恋心を隠したまま、よき友人であろうと心がけた。
なのに!
先日、二十歳の誕生日に初めて飲んだお酒に飲まれ、鉄平に『好き』と言ってしまった。
まさか自分があそこまでアルコールに弱いとは!
あの時の記憶を思いだすたびに、私は叫びそうになってしまう。
幸いなことに、私が『嘘です、酔っ払いのたわ言です』と言い続けたおかげで、なんとか誤魔化せた。
誤魔化せるのもどうかと思うが、尋常じゃない酔っ払い方をしていたので、納得したようである。
キスまでねだったんだよね、私。
と言う訳で、鉄平は私の恋心に感づいた様子もなく、変わらずいつも通りに過ごしている。
……なんで普通なのよ、おかしいじゃない。
確かに嘘とは言ったけど、告白されたら意識するもんじゃないの?
バレなくて良かったと思う反面、何もなければそれはそれで悔しい。
鉄平の鈍感め!
私の繊細さを見習え。
「やっぱり調子が悪いんだろ」
私が勝手に憤っていると、鉄平がポツリと呟いた。
「無理して本格的に調子を崩したら大変だ。
テントの中で休むといい」
『そんなことない』
そう言いいたかったのに、言葉が出なかった。
鉄平が、私をまっすぐ見据えていたからだ。
……あの事件以来、鉄平の目が見れない。
意識しすぎているのは私の方なのだ。
「やっぱり、調子が悪いんだな。
顔が赤いぞ」
『君の目を見つめると、体が熱くなってしまうんです』。
それが言えればどんなに楽か。
何も言えず、金魚のように口をパクパクさせてしまう。
「くそ、かなり悪いみたいだな。
じっとしてろよ」
言うが早いか、鉄平の大きな手が私の体に回る。
ふわっ、と浮遊感。
……お姫様だっこだった。
「ちょっと、鉄平!?
恥ずかしいから下ろして!」
「馬鹿、暴れんな!
落ちたら危ないだろ」
「ううーー」
「ようやく静かになったか……
それでいい、体調悪いんだから大人しく運ばれてろ」
さっきとは別の意味で、顔が火が出そうなほど熱くなる。
少女漫画でよくある『好きな男の子にだっこしてもらう』。
小さい頃に憧れた少女漫画のワンシーン。
でも、実際にはこんなに恥ずかしいとは……
私が顔を手で覆って、恥辱の時間に耐えている内に、優しく地面へ下ろされた。
「ほら、寝袋に入って寝ろ。
冷えないようにな」
そう言って、テントの隙間から去っていく彼。
暗くてよく見えなかったけれど。
……鉄平の耳元も、私と同じくらい赤く見えた。
152.『エイプリルフール』『大切なもの』『ひとつだけ』
「芽衣、4月1日に飲み会をしないか?」
3月下旬、俺は芽衣に飲み会の提案をした。
飲み会をこの日に設定したのは、もちろんこの日がエイプリルフールだから――ではない。
4月1日は俺と芽衣の誕生日。
晴れて二十歳になる記念に『一緒に飲もう』と誘ったのである。
「はあー、鉄平には誕生日を祝ってくれる友人はいないのかしら。
仕方ない、寂しがり屋の鉄平のために予定を開けることにしましょう」
俺の提案に、不承不承と頷く芽衣。
だがその言葉とは裏腹に、芽衣の顔は楽しそうだ。
いつも辛辣な言葉を返す芽衣だが、なんだかんだで俺の誘いを断ったことが無い。
「嬉しそうだな。
さては俺が好きだな?」
「あら、当然でしょう。
出来の悪い弟分ほど、可愛いものは無いわ」
「たった5分先に生まれただけで偉そうに」
俺は、いつもの芽衣の様子に安心しながらも、『弟分』と言う言葉にチクリと胸が痛んだ……
俺と芽衣は幼馴染だ。
生まれた時から一緒にいる。
同じ病院で同じ日に生まれ、幼稚園から大学も同じ、なんなら受けている講義も一緒。
人生の大半を芽衣と過ごし、家族といる時間よりも長く、一緒にいるのは当たり前。
それが俺たちの距離感だった。
とは言うものの、俺たちは恋人同士と言う訳ではない。
あくまでも友達として、家族として付き合っている。
これまでそうだったし、きっとこれからもそう。
そう思っていた……
けれど3か月前、芽衣が告白されている現場を目撃して、俺の心境は一変した。
芽衣は断っていたが、俺の心中は嵐の様に吹き荒れた。
そこでようやく気付いた。
俺が、芽衣のことを友人ではなく、異性として意識していることに……
(他の男に芽衣を取られたくない)
もし芽衣に恋人が出来れば、隣にはいられない。
それを想像するだけで、耐えがたい苦痛であった。
俺は二十歳の誕生日を目前にして、自分の恋心に気づいたのである。
俺の願いはひとつだけ。
芽衣と一緒にいる事だ。
それ以来、それとなくアプローチをかけ続けたのだが、全く効果なし。
一緒に過ごした時間の長さが仇となり、特別感を演出できないのだ。
デートに誘おうにも、大抵の場所には一緒に行ったことがある。
これはいかんと考えた末、思いついたのが酒の席だ。
さすがの俺たちも、一緒に酒を飲んだことはない。
いつもと違う雰囲気に、何かを変えることができるはずだ。
(俺はこの機会を利用して、二人の仲を進展させる)
姉弟から恋人へ。
俺は誓いを胸に、運命の日を待つ……
◇
3月31日の深夜。誕生日を一緒に迎えるため、芽衣が俺の家へやってきた。
俺は恋心から、芽衣は未知なる経験にソワソワしながら、日が変わるのを待つ。
そして待つことしばし、スマホの時刻表示が4月1日になった瞬間、俺たちは缶ビールを掲げた。
「「乾杯!」」
グビリと、缶ビールを一気に飲み干す。
大人の象徴として、以前から憧れていた生ビール。
だが初めて飲むビールは、想像以上に苦かった。
こんなものを世の大人たちは好んで飲むのか……
大人の階段を上ることに、少しだけ期待していただけに、俺の落胆は大きかった。
(芽衣はどうなんだろう)
俺と同じように、がっかりしたのか。
それとも美味しいと感じたのだろうか。
それを尋ねるため、俺は顔を上げて――絶句した。
「おい、大丈夫か!?」
芽衣の顔は真っ赤だった。
とろんとした目つきで焦点が合っていない。
俺の呼びかけにも反応せず、明らかに様子がおかしい。
これはまずいのではなかろうか。
酒一杯で酔っぱらう人間がいるとは聞いたことがあるが、まさかそれが芽衣だったとは……
もはや告白どころの話ではなく、介抱が必要な状態だ。
俺は水を持ってこようと、慌てて立ち上がったときだった。
「好き」
背中越しに、芽衣のつぶやきが聞こえる。
驚いて振り向くと、芽衣は呆けたような顔で座ったまま。
言い方は悪いが、意味のある言葉を話せる状態とは思えない。
「……幻聴か?」
いくら好きな女の子と一緒にいるからって、まさか愛の言葉を言われたと勘違いしてしまうなんて……
酒が入ったことで、自分の願望と現実が一緒になったのだろうか……
芽衣も弱いが、俺もアルコールに弱いらしい。
お酒を控えよう。
そう思い、ドアノブに手をかけた瞬間――
芽衣に後ろから抱きつかれた。
「め、芽衣!?」
「好き」
動揺している俺の耳元に囁く芽衣。
まさか幻聴ではなかったとは……
俺が驚愕して動けないでいると、芽衣は背中に指で文字を書き始めた。
『スキ』
心臓が跳ね上がる。
芽衣がこんなに甘えてきたのもそうだが、『好き』と愛を囁いてくるも初めてだ。
普段とは違いすぎる芽衣の様子に、俺は恐怖する。
お酒、なんて恐ろしいんだ。
(これ以上芽衣の好きにさせては、俺の理性が持たない)
そう思った俺は振り返り、芽衣を視界に収める。
これで芽衣が何をしてきても、対処できる。
客観的に見て不審者のような格好で芽衣と対峙した。
そんな俺を、芽衣は潤んだ瞳で俺を見つめ――
「ん」
そして閉じた。
「えっと、芽衣?」
意味が分からず呆けていると、芽衣は不機嫌そうに、
「ん」
と言って唇を突き出した。
……これはあれですかね。
キス待ちってやつですか?
怒涛の展開についていけない俺。
こいうのって、お互いが好きであることを確認してからじゃないのかな。
俺が古いのかな……?
「芽衣、さすがにこういうのは……
うわっ」
煮え切らない俺に業を煮やしたのか、芽衣は動いた。
ドンと、壁に腕を突き出して俺の退路を断つ。
いわゆる壁ドンである。
「ん」
俺の答えは不要と言わんばかりに、徐々に迫って来る芽衣の顔。
え、もしかして俺の唇奪われちゃう!?
どうにかしないと思うが、まったく思考が纏まらない。
俺の大切なものを守るために行動を起こすべきとは思うが、体が金縛りにあったように動かない。
俺が葛藤している間にも、芽衣の顔は徐々に近づいて来る。
やがて芽衣の熱い吐息がかかるほど接近し――
―ゴン。
俺の耳元に、鈍い音が聞こえた。
「へ?」
恐る恐る視線を向けると、そこには壁に頭突きをかまし、いびきをたてて寝る芽衣の姿があった。
少しの間呆けた後、俺はようやく自身の身に平和が訪れたことを理解した。
「疲れた」
安心したからか、酒が回ったからか、俺は芽衣につられるように、眠りにつくのであった。
◇
目が覚めると、部屋に日の光が差し込み、雀が鳴いていた。
そして隣には眠っている芽衣。
朝チュンである。
……なにも間違いは起こらなかったけれど。
気怠さからぼんやり天井を眺めていると、芽衣がごそごそと動き始めた。
もうすぐ起きるらしい。
俺たちは睡眠リズムも同じなのだ。
起き抜けは気だるいのも一緒だ。
だが、今日の芽衣は跳ね上がるように芽衣は体を起こした。
驚いて、芽衣を注視する。
「あれ、嘘だからね!」
開口一番そんな事を言い出す。
一瞬何を言っているのか分からなかったが、昨日のことを言っていると合点がいった。
だが――
「そうはならんだろ」
俺は忘れていない。
芽衣が『好き』を連呼した事実を。
「あれ、どういう意味なんだ?」
本来は俺が言うべきだった言葉を、なぜ先回りして言ったのか?
これまでも冗談で言われることはあったが、まるで恋人に囁くように言われたことは無い。
これから芽衣との仲を進展させるためにも、はっきりとさせる必要があった。
今の状況を打破するヒントがあるかもしれないからだ。
取り調べをする刑事の様に俺が睨むと、芽衣は激しく目を泳がせた。
「エ、エイプリルフールだからいいの!
だから全部嘘!
あんたなんか全然、これっぽっちも好きじゃないんだから!」