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9/16/2024, 1:39:28 PM

 俺の名前は九条 誠。
 昨日彼女が出来たばかりの幸せ真っ最中の男さ。
 お相手は、二人しかいない文芸部で一つ上の小鳥遊《たかなし》 琴乃先輩。
 本を読んでいる横顔が、とてもきれいな文学少女さ。

 昨日色々あって勢いで告白した。
 我ながら酷い告白だったが、それでもOKを貰った。
 結果がすべて。
 告白の出来なんて些事さ。

 ということで、いざ行かん文芸部の部室へ。
 この扉を開ければ、先輩が甘い言葉で出迎えて――

「どういうことかね?」
 先輩が激おこだった。
 どゆこと?
 昨日別れた時、あんなにニコニコだったのに……
 俺、何かやらかした?
 でも心当たりが無い。

「えっと…… 何のことでしょう?」
「『何のこと』だと?
 とぼけるな!」
「ひい」
「いいだろう。
 そこに座り給え、正座で」
「はい」

 俺は混乱しつつも、先輩の言葉に従って正座する。
 正座させるなんて、かなり怒っているようだ。
 よほど腹に据えかねているらしい
 でも本当に何も心当たりが無い
 本当になんで?

「スイマセン、先輩。
 俺、何かしましたっけ?」
「ハア!?
 よくもそんな口が聞けたものだな!」
「スイマセン、本当に分かりません」
「分からないなら教えてやる! 
 君、なぜLINEを送ってこない」
「へ、LINE?」

 俺はLINEと言われ、昨日の事を思い出す。
 そうだ、昨日告白のOKを貰った後、LINEのIDを交換したんだ。
 それで交換した後……

 あ。
 
「その顔、思い出したようだな。
 昨日、LINEのIDを交換したとき、君はこう言った。
 『帰ったらすぐメッセージを送りますね』と……」
「はい……」
「だが、いつまで経っても来ない。
 一晩どころか、丸一日だ。
 言い訳はあるかね?」
「ありません」
「ふん!」

 先輩は腰に手を当てて俺を睨みつける。
 送ると言っといて送らないのは重罪だ。
 しかも付き合い始めならなおさらの事。
 これは俺が完全に悪い。
 俺、フラれるかもしれん。

「一応聞いておこうか。
 なぜ送らなかった」
「それは……」
「当ててやろう。
 君は私に帰ってすぐLINEを送ろうとした。
 文章を打ち込んだはいいが、送信ボタンを押すことなく時間が過ぎていく。
 そして寝る前になっても決断できず、そのまま寝落ちした。
 そして今までLINEの事を完全に忘れていた……
 そうだな?」
「はい、全くその通りです」

 すげえ、寸分だたがわず先輩の言う通りだ。
 まるで見てきたかのようだ。
 もしかして迷探偵の孫だったり?

「先輩、よく分かりましたね」
「ふん、ここを何だと思っている。
 文芸部だぞ。
 ラノベでよくある展開は、お手の物だ」

 ラノベかよ。
 感心した俺を返してくれ。
 俺が無言の抗議していると、先輩が急にしゃがむ。
 そうして正座している俺と目線を合わせた後、先輩はニヤリと笑った。

「それで?」
「『それで?』とは?」
「おいおい、君は彼女を失望させたんだぜ。
 どう責任を取るつもりなんだい?」
「それは許してもらうまで謝罪を……」
「君の謝罪なんて興味ないね!
 LINEの不始末はLINEで償う。
 違うかね?」

 先輩の言葉を頭の中で繰り返す。
 『LINEの不始末はLINEで償う』
 つまりLINEを送るだけでいいのか?
 それなら早速――

「だがLINEの内容は、私への愛を語ってくれ」
「はあ!?」
「ちなみに中途半端なことを送ったら別れるから」
「はあ!!??」
 愛を語れだって?
 付き合いたての彼氏になんて無茶言うんだ。

「先輩、それは無茶ぶりです!
 恥ずかしいです!」
「はあ?
 君は私の事が好きじゃないのかね?
 じゃあ別れる?」
「それは……」
「それに君の『先輩』呼びも気に食わん。
 敬語は無し、そして琴乃と呼んでくれ」

 口答えしたら、さらに難易度が上がった。
 こうなったら、条件を増やされる前に、LINEを送るしかない。
 俺はスマホを取り出して、LINEを起動する。
 
「あ、制限時間は一分な」
「人でなし!」
「はいスタート」

 一分と言うことは長文は書けない。
 ならば余計な美辞麗句はなく、直球で書けとういうことだろう。
 昨日の二の舞を防ぐ意味もあるかもしれない。

 ならシンプルに。
 深く考えず。
 勢いで書く!

『琴乃、愛してる』
 俺は体が燃えそうなほど熱くなるのを感じながら、送信ボタンを押す。
 勇気を振り絞ってスマホから顔を上げると、琴乃がニヤニヤしながらスマホを見ていた。

「ふふふ、催促したとはいえ照れてしまうねえ。
 君からのLINEはウチの家宝にしよう」
 反応を見る限り合格のようだ。
 俺はホッと一息をつく。

「お気に召して何より。
 次は、こ、琴乃の番、だぞ」
「私の番?
 ああ、確かに愛の告白を受けて返さないのも無作法だしな。
 どれ、私も愛の言葉を――」
「あと琴乃も俺を名前で呼んでね」
 琴乃が『言っていることが分からない』という目で俺を見る。

「気づいていないとでも?
 琴乃、俺の名前を呼ばないでずっと『君』って呼んでるよね?」
「そ、それは……」
「いい機会だから、名前で――誠って呼んでくれ」
 先ほどまで勝ち誇っていた琴乃の顔が、見る見るうちに赤くなる。
 俺はそれをみて、心の中で勝利を確信する。

「ほら琴乃、俺に愛の言葉を送ってくれるんだよね。
 早く送ってよ」
「でも……」
「一分以内で――」
「ごきげんよう!」
「あ、逃げた」

 琴乃はカバンを持って、風のように部室から出ていく。
 追いかけようと立ち上がろうとするが、正座をしていたせいで足がしびれて動けない。
 こうして、俺は一人部室に取り残された。

 どうしたものかと考えていると、自分のスマホが震えてLINEの着信を知らせる
『誠、愛してます』
 送られてきたLINEを見て思わずニヤニヤする。
 なるほど、これはいいものだ。
 俺は、琴乃からのLINEを家宝にすることを誓うのだった。

9/15/2024, 3:25:53 PM

「お前らの任務は、命が燃え尽きるまで地底人共を殺す事!
 全員分かったな?
 では死んでこい」

 上官は、頭の痛くなるような訓示を俺たちに浴びせてくる。
 文字通り前時代的な発言であり、とても現代に生きる者の発言とは思えない。
 しかし上官の無慈悲な命令に、異を唱える者はここにはいない。

 別に諦めの境地に至っているわけではない
 そのくらいの気概が無ければ、人類に未来は無いと思っているからだ。

 一年前の事だ。
 突如、地底人が現れて人類に猛攻撃を仕掛けてきた。
 人類は抵抗したものの、地底人の持つ圧倒的な科学力に為す術なく敗北した。
 豊かな土地から追い出され、人類は住むには適さない土地でほそぼそ暮らしていた。

 だがそこで諦める人類ではない。
 地底人に対抗するため、人類は新兵器を開発。
 地底人たちに攻撃を仕掛けることになったのだ。

 だが地底人との技術差は歴然。
 新兵器をもってしても、命の保証はなかった。
 誰だって死ぬのは怖い。
 ほとんどの人間が、戦場に行く事にしり込みした。

 死ぬことが分かっていても決死隊に志願した愚か者たちがいた
 それが俺たちである。

 俺たちは地底人たちを殺すため、新兵器の訓練を行うことになった
 厳しい訓練にもかかわらず、脱落するものはいなかった。
 
 そして運命の日。
 地底人たちがたむろする都市部に突入することになったのだが……

「司令部、こちらアルファ。
 地底人共が見当たらない」
「こちら司令部。
 他の突入組も遭遇してない
 何か妙だぞ」

 地底人がいると思わしき建物に入った俺たち。
 慎重に建物を探索するものの、一匹も地底人に遭遇することは無かった。
 拍子抜けするほど何も無いがは、油断しないよう気を引き締める

「ここまでなにも無いとは……
 罠か?」
「その可能性はあるな。
 でなければ逃げ帰ったかだ」
「あれは!」
「どうしたアルファ?」
「少し待て」

 俺は、遠くの方に倒れている地底人を発見した。
 ここから見る限り微動だにしない。

「地底人がいた。
 いまから近づく」
「なんだと。
 罠かもしれん。
 無茶をするなよ」
「了解」

 なぜ倒れているかは分からないが、罠の可能性も考慮して慎重に近づく。
 だが不気味なほどに何も起こらなかった。
 死角からの不意打ちも警戒しつつ、動かない地底人を観察する。

「こちらアルファ、見つけた地底人だが、すでに死んでいる」
「なんだと!?
 仲間割れか?」
「おそらく餓死だ。
 前見た時より、かなりやせ細っている」
「地上の食いものが合わなかったか?」
「それも考えれれるが……
 近くに部屋がある。
 覗いてみよう」
「気をつけろよ」

 俺はゆっくりと、部屋の扉を開ける。
 気づかれないように慎重に、気づかれても即反撃できるように……
 だが、その心配は杞憂だった。
 部屋の中は、さっき見つけた地底人と同じように全員死んでいたからだ。

「こちらアルファ。
 部屋の中のやつらは全て死んでいる」
「なんだと!?
 アルファ、周辺を調べてくれ」
「了解……

 これは!?」

 死んでいる地底人が手に持っている物……
 それはゲーム機のコントローラーだった。
 他の地底人にの手には、漫画や小説、果てはスマホが握られている。
 どれも、人類の生み出した娯楽の品ばかり

 状況から導き出される答えに、俺は唖然とする。
 認めたくないが、こいつらは……

「こいつら、寝食を忘れて遊んでいたと言うのか……
 餓死するまで……」

 確かに俺も、飲まず食わずでゲームをしたことがある。
 子供の頃、ではなく大人になってから。
 子供時代に禁止されていた反動で、大人になってのめり込んでしまったのだ。

 俺は途中で気づけたが、地底人たちは死ぬまで気づけなかったらしい。
 目の前の面白い事に夢中で、食べるのも忘れ、そして死んだ
 もしかしたら死んだことにも気づいていないのかもしれない
 これは有り得たかもしれない、俺の姿だ。

 命燃え尽きるまで、快楽を貪った地底人たち。
 彼らはきっと、今まで本当に面白いものに出逢えたなかったのだろう。
 他の仲間たちも地底人に遭遇しないと言うから、他も同じような状況かも知れない
 それを思えば地底人も同情すべき存在なのかもしれない。

 もし地底人たちが武力ではなく、言葉を持って人類に接すれば……
 あるいは、途中で和解の申し出をすれば……
 きっと違う結末があっただろう

「バカなことをしたもんだ」
 最初から最後まで道を違えてしまった地底人に、俺は冥福を祈るのだった

9/14/2024, 3:59:06 PM

 人の気配がしない道を、一人歩く。
 普段は人通りの多い道だが、誰もいない光景に恐怖を感じてしまう。
 まるで黄泉の国に来たかのようだ。
 悪夢でも見ている気分だが、草履から伝わる感触がこれが夢でないと教えてくれる。

 人がいない理由は単純明快。
 まだ夜明け前だから。
 朝早くから外に出る人間なんて私くらいだろう。
 まあ、目が冴えて眠れないから散歩しているだけなのだが……

 そんな自虐をしながらブルリと体を震わせる。
 暦上は春なのだが、まだまだ寒いのだ。
 もう少し厚着をすれば良かったかもしれない。

 空はまだ暗闇で覆われているが、ほんのり明るい。
 きっともう少しで日が昇り、大地を暖めてくれる
 その頃にはこの道にも人通りが増え、活気に満ちるはず。
 そして元気いっぱいに子供たちが走り回るのだろう。
 
 元気と言えば、私の使える主人は最近元気がない
 あの方は笑顔が似合う。
 だからどうにかして元気付けたいのだが、何も方法が思いつかない。

 一応、足掛かりになりそうなものはあるのだ。
 以前、主人から高価な紙の束をもらった。
 これに何かを書いたら面白そうなのだが、書くことがなにも思いつかない。
 自分の発想の貧困さに、自分が嫌になる。

 そしてあの方は博識だ。
 中途半端な物を書いても喜ばれないだろうという確信が、私の手をさらに重くさせる。
 もしかしたら、何を書いても喜ばれるかもしれないが、

 私はなにも良い案が思いつかないまま、家へと戻る。
 空を見上げれば、出かけた時よりもさらに明るくなっていた。
 もう少しで日の出だろう。

 せっかくなのでと、来光を見ることにした。
 特に興味があるわけでもないのだけど、なんとなくそんな気分だった。
 私は近くにあった手ごろな石に座り、東の山をぼんやり眺める。

 東の山は暗闇に溶け込んでおり、空との境界がぼやけていた。
 だが時間が経つにつれ、段々と山と空の境目がだんだんと白く。
 まるで生命を吹き込まれるように、次第に輪郭がはっきりしていく。
 山にかかる雲も、太陽の光を受けて紫がかり、横になびいていた。
 その光景がなんとも美しい。

 あの方も、この景色を見ればきっと元気を出されるだろう。
 どうにかしこの事を伝えることは出来ないのだろうか……

 あ!

 私の頭に天啓が下りる。
 そうか!
 『これ』を書けばいいんだ!

 私はまっすぐ自室に戻って、主人から頂いた紙を引っ張り出す。
 少し埃を被っていたが問題ない。
 早速執筆にとりかかる。

 このまま書いても無残な文章が残るだけかもしれない。
 それでも今、心の中でたぎるこの想いを、紙にぶつける。
 その文が主人の心を動かすと信じて……!

 先ほど見た美しい日の出を思い出しながら、私は最初の一文を書く。

「春はあけぼの」

9/13/2024, 4:43:56 PM

「いえーい、美紀っち。
 恋してるぅ」

 フードコートでうどんを食べていると、後ろから抱き着かれた。
 誰が抱き着いてきたか、確認するまでもない。
 こんなことをするのは、友人の慶子くらいしかいない。

 慶子は彼氏が出来ると異常にテンションがあがり、ウザい絡みをしてくるようになる。
 基本的に気のいい奴なのだが非常にウザいので、彼氏がいる間は距離を置く友人も多い。
 それほどまでにウザい。

「今食事中だから後でね」
「やだー、今話したいの!」
「分かったわよ。
 話していいから、隣に座りなさい。
 私は食べるのに忙しいから返事しないけど、それでいいなら」
「美紀っち、話が分かるぅ」

 慶子は、隣の席に座ると同時に、惚気話をし始める。
 恋人がいない人間にとって、惚気話は猛毒だ。
 だから皆距離を取るのだけど、私はこの時間が嫌いではない。

 誤解の無いように言うが、別に慶子の惚気話が聞きたいわけじゃない。
 今だって、慶子の話を右から左に流している。
 私が興味があるのは、慶子のファッションだ。

 慶子は、付きあっている相手に合わせてファッションを変える。
 いわゆる『相手の色に染まる』タイプだ。
 しかも、どんなに相手がニッチな好みでも完全に対応する。
 見ている分には非常に面白い。

 慶子のファッションを見て、彼氏の人物像を推理する。
 趣味が良いとは言えないけれど、聞きたくもない惚気話を聞くのだ。
 これくらい許されるだろう。

 さて、今回のファッションはなんであろうか?
 前回はロリータファッションという、なかなか痛い服装であった。
 慶子にあまりにも似合わなさ過ぎて、笑い転げてしまった。

 さすがに本人も似合わないと思っていたらしいが、いわく『本気の恋ですので』とのこと。
 本気の恋なら、羞恥心すら克服できるらしい。
 私はそのことに関して、慶子の事を物凄く尊敬している。

 そこからロリータファッションに合うメイクやキャラクターに調節してきたのだから、大したものである。
 一週間後に会ったときには、違和感なくロリータファッションを着こなしていた。
 どこに出しても恥ずかしくない、なり切りっぷりである。
 あれには、慶子をウザがっている友人たちも感心したほどだ。

 まあ、フラれたけど。
 現実は無常である

 さて前座はここまででいいだろう。
 私はうどんの残り汁を一気飲みする。
 これで私が笑い転げても周囲を汚すことは無い。
 私は一息ついて、慶子の方を見る。

 しかし、私は笑い転げるどころか、言葉を失ってしまった。
 慶子のファッションが、あまりにも奇抜だったからだ。

「どう?
 彼氏のために、気合入れてコーデしてきたの」
 一瞬遅れて感想を聞かれているのだと気づく。
 私は頭をフル回転させ、なんとか感想を絞り出す。
 
「……慶子は本気で恋してるんだね」
 それしか言えなかった。
 それ以外に言いようが無かった。

 だが正解だったらしい。
 「分かるぅ」と慶子は上機嫌だ。
 
 慶子のファッション。
 それはニンジャコーデである。
 慶子は全身真っ黒で、顔も頭巾で隠していて、肌の見える部分が極端に少なかった。
 相手の色に染まるタイプといっても、ここまでやるか。
 というか、彼氏の好みがニンジャってどんなだ?
 理解できない。

 まだ見ぬ彼氏にドン引きしつつも、私は慶子の事が少し羨ましくもあった。
 私は生まれてこの方恋をしたことが無い。
 せいぜいが少女漫画に出てくる王子様くらいだ。

 だから慶子がそこまでする気持ちが全く分からない。
 けれ慶子は楽しそうな様子を見て、いいなあと思う自分もいる。

 私も恋をしたら、慶子みたいに尽くすのだろうか?
 ちょっと怖いけど、慶子を見ているとそれも悪くない。
 一度だけ、本気の恋してみたいな。



 一週間語

「男って、男って……」
「ほら、元気出して」

 慶子はフラれた。
 元カレ曰く、『普通の女がいい』とのこと。
 なんて奴だ。
 慶子をニンジャ色に染めた奴のセリフじゃねえ!

 まったく世の男どもは見る目が無さすぎる。
 こんなに尽くしてくれて、そしてこんなに面白い女のどこが不満だって言うのか?

 やっぱり男は駄目だ
 恋はいいや。

「あんたの良さが分からない男なんて、。
 きっと慶子の良さを分かってくれる人が現れるさ」
「グス、美紀っち、優しい。
 男みたいにバカにしない。
 ――決めた。
 私、美紀っちと付き合う」
「はあ?」

 慰めていたら、告白された。
 なんぞこれ?

「ノーサンキュー。
 私、男が好きなの」
「美紀っちの好みは……」
「聞いてる?」
「美紀っち――いや、美紀」

 急に慶子が私の顔を見つめる。
 その目はどこまでもまっすぐで澄んでいた。
 声もいつもの高めではなく、低く抑えた、いわゆるイケメンボイスだ。
 まるで――

「美紀、今までありがとう。
 いろんな男と出逢ったけど、美紀が一番だ」

 慶子が急に顔を近づけて、イケボで私に耳元に囁いてくる。
 なんとか反論しようとするも、なにも言い返せない。
 その様子はまるで、少女漫画に出てくる王子様のよう……
 それほどまでに、慶子は『なり切って』いた。

「美紀、『俺』と付き合ってくれ!」

 ひいい。
 私は身の危険を感じ、その場を離脱しようとする。
 しかし回り込まれた。
 私を逃がすまいと、慶子は私を押し倒す。

「逃がさないよ、美紀。
 本気の恋、しようよ」
「いやだあああああ」

 こうして、私と慶子は(強制的に)付き合うことになった。
 だが、この恋を実らせはしない。
 絶対に別れていい男見つけてやる。

 私の恋の行方はどっちだ!

9/12/2024, 1:24:15 PM

 俺は壁に貼ってある目の前のカレンダーを、火が点きそうなほど見つめいた。
 日めくりカレンダーの日付が九月を示していることが、どうしても信じられなかったからだ。
 だが、どれだけ見つめようとも『九』の文字は変わらない。
 ショックのあまり倒れそうだ。

 なぜこんなことになってしまったのか?
 自然の摂理だとのたまう輩もいるだろう。
 だが、俺は政府の陰謀を疑っている。
 そうでもなければ、一年の三分の二が過ぎているはずがない!

 だってそうだろう?
 俺は今年、超大作の小説をかき上げ、今頃は小説家デビューをしているはずなのだ。
 なのに!

「なのに超大作の一行目すら書けてないのは、一体全体どういうことだ?」
「あら、気づいてないのかしら。
 それとも気付かないふり?」
「誰だ」

 私しかいないはずの部屋に他人の声が響く。
 しかし振り向けど誰もいない。
 幻聴か?

「下よ」
 声に促され目線を下に向けると、そこには愛機のswitchがあった。
「はい、こんにちは」
 声はそこから聞こえている。
 何が起こっているか分からず、一瞬頭が真っ白になる。

「ゲーム機がしゃべってる!?」
「そんなに驚くことないじゃない」
 switchが、俺をなだめるように優しい声で話す。
「一緒に遊んだ仲じゃでしょ?
 一年中、ずっとね」

 これは夢だ。
 夢から覚めようと、自分の頬をつねる。
 だが、頬から伝わる痛みが、コレが夢じゃないことを教えてくれる。
 ……マジで?

「なんで、しゃべって……」
「付喪神ってやつね。
 あなたが魂を削ってまで遊んでくれるものだから、私が生まれたの」
「いつ?」
「少し前からだけど、なかなか話しかける機会が無くてね。
 驚かせてしまったみたいね」
 世間話をするように、話しかけてくるswitch。
 なんでコイツ、冷静なんだ。
 俺は動揺しまくっていると言うのに。

「それより!
 さっきの言葉はどういう意味だ?
 知らないフリって何だよ!!」
「小説を書いていない理由よ。
 もしかして本当に気づいてない?」
「政府の陰謀だ」
「違うわ。
 毎日私で遊んでいたからよ」

 痛いところを突いてくるswitch。
 まさか、ゲーム機に指摘されるとは……
 必要以上に凹みそう。

「笑うといいさ!
 小説家になりたいくせに、小説を少しも書かない俺を!!」
「あら、笑うなんてとんでもない。
 むしろ毎日遊んでくれて嬉しかったわ」
 あくまでも

「私はね、あなたの力になりたいの。
 私はあなたがいなければ生まれなかったからね」
「力に?
 何が出来る?」
「そうね。
 カレンダーの日付を見ていたじゃない。
 妬けるくらいに。
 その数字が気に入らないみたいだったから、戻してあげる」
「そんなこと出来るのか?」
「出来るわ」

 俺は予想外の提案に心が躍る。
 しかし、努めて頭を冷やす。
 こんなうまい話、ただでやってくれるはずがない。

「何が望みだ」
「別に大したことじゃないわ。
 小説もいいけど、今までの様に遊んで頂戴。
 私はゲーム機だから、遊んでもらえないと存在意義が無いの」
「そのくらいなら」
「契約成立ね。
 それ!」
「おお!」

 目の前の日めくりカレンダーが光に包まれる。
 しばらくすると光は弱くなっていき、やがて消えた。

「コレでどうかしら?」
「おお!
 日付が三月に戻ってる!!
 助かるよ」
「どういたしまして。
 でも力を使いすぎて疲れちゃったわ。
 少し休むことにするわ」
「大丈夫なのか?」
「少し休むだけよ」

 そういうと、スイッチはなにも言わなくなった。
 まるで夢みたいな出来事だったが、目の前の日めくりカレンダーが夢ではないことを教えてくれる。
 だが油断はできない。
 せっかく時間を戻してくれたのに、ボーっとしていては意味がない。
 さっそく小説を――

「あ、ソシャゲのログインボーナスだけは貰っとかないとな」
 作業は数分もかかるまい。
 そう思ってスマホを手に取ると、ソシャゲを起動しようとして……

「ん?」
 スマホの待機画面に表示される時計の日付が今日のままだった。
 おかしいな。
 時間は巻き戻ったはず。
 どういうことだ?

 そう思って日めくりカレンダーを見る。
 だが、カレンダーの数字は三月を示していた。
 もう一度スマホを見れば今日の日付……

「まさか……」
 日めくりカレンダーを一枚めくる。
 そこに書かれていたのは明日の日付だった。

「書いてる数字を変えただけかあ……」
 どうやらswitchは、『カレンダーに書かれた日付』に不満があると思ったらしい。
 うん、そんなうまい話なんて転がっているはず無いよね。
 いくらなんでもswitchが時間を巻き戻したら、それはそれで問題である。
 だってゲーム機だぜ。
 俺はため息をつき、これからどうするか悩む。

「小説書こう」
 そもそも小説を書く書かない話だったのだ。
 書く以外に選択肢はない。
 何も得るものが無かったやり取りだけど、『時間の大切さ』を学んだと思うことにしよう。
 ああ、教訓以外にもう一つ得た物があったな。

「『俺のゲーム機が突然しゃべり始めた件について』」
 愛機のswitchは、俺が本当に欲しかった『ネタ』をくれたのだった。

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