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4/25/2026, 10:16:18 AM

157.『夢見る心』『桜散る』『無色の世界』



 メロスは激怒した。
 必ず、邪智暴虐の王を除かねばならぬと決意した。

 メロスには芸術はわからぬ。
 絵を描いて褒められたことは一度もない。
 けれども色彩に対しては、人一倍敏感であった。

 今日、メロスは王都へとやって来た。
 妹の息子が絵の賞を取ったので、その祝いの品を買いに来たのだ。
 まず、その品々を買い集め、それから都の大通りをぶらぶら歩いた。
 だが、歩いている内にメロスは、街の様子を怪しく思った。

 以前訪れた際、街はメロスを威厳をもって迎え入れた。
 しかし今は違う。
 かつて石造りの家が立ち並んでいた白壁の通りは、今や毒々しいビビットな色に浸食され、かつての威厳はどこにもない。
 通りかかる店先も、暴力的な色で満たされ、むしろ下品な有様だった。

「王は乱心したか」
 王都は王の住まう場所。
 厳かで気品が無ければならない。
 にもかかわらず、この無様な様子を放置するとはどういった心持か。
「呆れた王だ。
 生かしてはおけぬ」
 メロスはいてもたってもいられず、その激情の赴くままに城に乗り込んだ。

「王よ、この状況はいったいどういう事だ?」
 王の間に駆け込んだメロスの物言いは、不遜極まりない。
 だが明らかな不審人物なのに、側近どころか護衛の兵士も咎めたりもしなかった。
 むしろ王は、穏やかな微笑みを浮かべながら言った。

「メロスよ、久しいな。
 そんなに慌ててどうした?」
 メロスと王は顔見知りだった。
 それもそのはず、メロスはしばしば『激怒』して、城に乗り込んでくるからだ。
 最近では兵士も止めることはなく、ほぼ素通りである。

「どうもこうもない。
 あちらこちら色を使いすぎて、これでは目が潰れてしまう。
 王はいったい何をお考えか!?」
 メロスの言葉に、王は苦々しく零した。

「最近、わが国では若者の育成に取り組んでおる。
 国の発展には、若者の才能が必要だからな。
 そのため、今までにない新しい試みをすることとなった」
「新しい試み?」
「ああ、若い感性を社会に還流しようと、王都の一角を若者に設計させたのだ」
「なるほど、さすがは王だ。
 私にはない視点である。
 しかし、一角どころか王都全体が彩られているように見受けたが、それはどういうことなのだ」

 メロスがそう言うと、王は蓄えた髭をさすりながら、感心したように言った。
「さすがメロス、気づいたか。
 我もあれにはほとほと参っている」
「というと?」
「うむ、それなのだが……」
 王は大きくため息を吐いた。

「我は攻めすぎだと思ったのだが、他の貴族たちは違ったようでな。
 いたく感心し、こぞって自分のあの色使いを真似し始めた。
 自分の屋敷が映えるようにと、周囲の民家まで塗り替えさせ、気づけば都はこの有様だ」
「うむ、理由は分かった。
 しかし、今のまま放置もできまい」
「その通りだ、メロスよ……
 たが、それなりに民からの評判が良いのも事実。
 若者の夢見る心も無碍には出来ない。
 どうすべきか悩んでいたのだが……」
 王は決心したように、膝を打った。

「メロス、お前が来てくれたおかげで、我は決心がついた」
「それでは!」
「ああ、民には悪いが、街の浄化を開始する。
 『廃色運動』の名のもとに、都から色を一掃せよ!」

 それからの展開は早かった。
 すぐさま特殊部隊が編成され、街から色が廃されていった。
 中には抵抗するものもいたが、王の勅命だと知ると、大人しく引き下がるしかない。
 見る見るうちに、王都は元の景観を取り戻していった。

「うむうむ、これで昔の素晴らしい王都が蘇るだろう。
 この落ち着いた白こそが、王都のあるべき姿。
 これで王の威厳は取り戻されるはずだ……

 ……おや」

 メロスの目に儚く薄桃色に咲き誇る桜が留まった。
 メロスは首を傾げながら、特殊部隊の隊員に尋ねた。

「おい、あの桜はそのままなのか?」
 隊員は驚き、慌てて首を振った。

「ダメです、ダメです!
 あれは、地域の人々が大事にしている桜の樹。
 手を出してしまっては大変な事になってしまいます!」
「何を言っている。
 王の命令は、王都から色を取り除き、無色の世界へと戻す事。
 それとも王に逆らう気か?」
「滅相もない!
 しかし、桜に手を出しては民が黙っていません!」
「腑抜けめ!
 どけ、私がやる」
 そう言って、メロスは強引に桜の枝を折ってしまった。

「これで完璧だな」
「ああ、なんてことを……」
 自分の納得のいく結果に胸を張るメロス。
 だが、『桜散る』という衝撃的な出来事は、瞬く間に国中に知れ渡り、民が激怒する事態となった。
 それを知った関係者たちは、慌ててメロスを呼び寄せ、極秘に会議を行った。

「メロスよ、国中で暴動が起こっているのは聞いておるな」
「承知している。
 だが、私は間違った事をしたとは思っていない」
「我も、お前の行動は正しいと思っている。
 多少行き過ぎの面があったとはいえ、十分に情状酌量の余地はあろう。
 だが、国民が暴れて手が付けられないのだ」
「まさか……」
「廃色運動は撤回する。
 これまで通り、様々な色を使うことを許可して、民を宥めるしかあるまい」
「しかし、王よ!」
「お前の気持ちは痛いほど分かる。
 だが、民の怒りは頂点に達している。
 お前も見つかったらただでは済むまい……
 ……逃げよ、ほとぼりが冷めるまで、お前の村で隠れているとよい。
 王族専用の避難通路を使うことを許可する」

 そうして、メロスは秘密の地下通路を通って、村に逃げ帰る羽目になった。
 肩を落としながら自分の家の扉を開けるメロス。
 だがそこに、凍てつく殺気を纏った妹がいた。

「ねえ、お兄ちゃん。
 王都で騒ぎになっているけど、お兄ちゃんの仕業よね?
 私の息子が絵の賞を取ったお祝いの品を買って帰るだけなのに、なんでこんなことになるの?
 もしかして、嫉妬?
 『画伯』と呼ばれるほど才能がないから、息子に嫉妬しているの……?
 ねえ、お兄ちゃん、正直に答えて。

 怒らないから」

 妹は激怒した。

4/23/2026, 10:30:57 AM

156.『快晴』『神様へ』『届かぬ思い』



 このお話の主人公の名は、鈴木太郎。
 漫画とゲームが大好きな、ごく普通の小学生。
 一人前に勉強が嫌いで、人づきあいが苦手で、美人のお姉さんに心惹かれてしまう、どこにでもいる少年。
 ですがそんな彼に、誰にも言えない秘密がありました。

 ……彼は神様の生まれ変わりだったのです――


 ◇

「ゴミ拾いに行って来なさい。 
 そして人と関わり、人間界について学ぶのです」
「断る……」
 とある昼下がり。
 漫画を読み耽る太郎少年に、保護者であり同じ『神様の転生者』でもある拓真が用事を言い渡しました。
 ですが、太郎は間髪入れず断り、会話を打ち切ります。
 その態度に顔をしかめる拓真でしたが、あえて何も言いませんでした。
 太郎がこういった態度を取るのは、予想の範囲内だからです。

「いいのですか?
 『是非来てほしい』と頼まれているのですが……」
「今忙しい」
「漫画を読んでいるだけでしょう?」
「そうだよ。
 漫画で人間について学んでいるんだ。
 今は人間の免疫についてだね」

 ああ言えばこう言う。
 太郎は元神様ですが、中身は口答えの得意な人間の小学生のようでした。
 ですが拓真は怒ったりはしません。
 逆に『予想通り』と、口角を上げました。

「残念ですね。
 先方には断る連絡をしておきましょう……」
「……」
「本当に残念です。
 太郎の好きな、綺麗な大人のお姉さんがたくさん来ると――」
「行きます」

 こうしてゴミ拾いに行くことになった太郎少年。
 同年代より少しませている彼は、漫画よりも大人のお姉さんに興味津々なのでした。

 ところが――

「騙された」
 雲一つない、清々しい程の春晴れ。
 滅亡を企む邪神ですら計画を断念するほどの快晴の下、太郎は暗い顔で呟きました。

 太郎は、大人のお姉さんとの出会いに期待して、ここまでやってきました。
 たしかに大人の女性はたくさんいます。
 拓真は嘘を吐いていませんでした。
 しかし目の前の光景が想像とかなり違っている事に、がっくりと肩を落とします。


 というのも、その『大人の女性』と言うのが――
「あらー、可愛いわね。
 ひ孫の小さい頃を思い出すわ」
 かなりお年を召したご婦人だったからです。

「そ、そうですか……」
 元々人づきあいの苦手な太郎でしたが、年が離れすぎて何を話していいか分かりません。
 ご婦人の話にも興味はありませんでしたが、それを無視するほど非常識ではありません。
 笑顔を張り付けながら、ご婦人の話を興味があるふフリをして聞き入ります。
 そして、適当に相槌を打ちながら『はやく帰りたい』と、自分以外の他の神へと祈るのでした。

 しかし、それは届かぬ思い。
 他のご婦人たちも、太郎に話しかけようと虎視眈々と機会を伺っていました。
 これではゴミ拾いが終わった後も、解放される気配がありません。
 絶望に打ちひしがられる太郎をよそに、ご婦人のおしゃべりはまだまだ続きます。

「本当に可愛いわ。
 ねえ、うちのひ孫にならない?」
「それはちょっと……」
「あら、残念。
 私は、もう、ひ孫には会えないから……」
「え……?」
 急に顔に影を落とすご婦人に、太郎は息をのみます。

「それは、もしかして……」
「ええ、お察しの通り。
 あの子は、どこにもいないの。
 この地球上の、どこにもね……」
 その悲しそうな顔に、太郎の心は激しく揺れ動きます。

 太郎は神様です。
 見習いですが、少しだけ神様の力を使うことができます。

 この力で、目の前のご婦人を孤独を癒し、元気づけてあげられないだろうか……
 太郎は懸命に知恵を絞ります。
 ところが――

「太郎君、騙されちゃだめだ」
 ご婦人の隣から、夫らしき老人が苦笑いをしながら口を挟んできました。

「婆さんはこう言うがな。
 ひ孫はちゃんと生きてる」
「え?
 でもどこにもいないって」
「いないのは『地球上』であってだな。
 今、宇宙ステーションにいるんだよ。
 ひ孫は宇宙飛行士なんだ」
 太郎は驚いて、ご婦人の顔を見ます。

「ごめんなさいね。
 太郎君が反応が可愛いものだから、つい揶揄っちゃったわ」
 悪びれる様子もなく、茶目っ気たっぷりに舌を出すご婦人。

 それを見て、太郎はよくやく腑に落ちました。
 どうして拓真が、あれほど『人間を知れ』と口を酸っぱくして言うのか。
 その理由についてです。

(こういう食えない大人たちに騙されないように、社会経験を学べってことか……)

 こうやって人間は大人になっていくんだな……
 太郎がそんな悟りを開きかけていると、連絡用にと持たされたスマホがメッセージの着信を知らせます。
 太郎はご婦人たちに一言断ってから、メッセージを読みました。

『そちらは順調ですか?』
 送り主は拓真です。
 それを見て、太郎はすぐにメッセージを返します。

『経験豊富なお姉さんに、大人の階段を登らされました』

4/19/2026, 11:10:22 AM

155.『春爛漫』『言葉にならない』『遠くの空へ』



 俺の名前は、五条英雄。
 とある街で探偵をやっている。
 世間の華やかなイメージとは裏腹に、地味な仕事が多く嫌な思いをすることも少なくない。
 とくに浮気調査に限っては、人の醜い部分を直視せざるをえず、どうしても心が荒んでしまう。
 それが原因で人間不信となったり、この業界を去る者も多い。

 この過酷な業界を生き抜くには、強靭な精神力が必要だ。
 何が起こっても動じず、ただ己の責務を全うする責任感。
 そして、自らを厳しく律し、感情に流されないようコントロールする技術。
 それらを兼ね揃えた者こそが探偵に相応しいと、俺は考えている。

 その点において、俺は才能に恵まれたと自負していた。
 そう、『していた』。

 先日、俺の自信を根底から覆す、重大な事件が起こったのだ……



 ――免許の更新を忘れてしまったのである。



 知らない人のために、少しだけ説明しよう。
 自動車免許は、数年に一度更新する必要がある。
 期間は誕生日の前後一か月。
 丁寧にも手紙で通知が来て、更新を促される仕組みだ。

 よく誤解されるのだが、更新を忘れたからと言って即座に違法になるわけではない。
 だが更新を忘れるという事は免許が無効になるという事である。
 その状態でハンドルを握れば、立派な無免許運転というわけだ!

 ゆえに、各ドライバーは更新時期に神経を尖らせている。
 だが、所詮は人の子。
 忙しさにかまけ、つい更新を忘れてしまうことがある。


 かくいう俺も探偵としての仕事が忙しく、更新を後回しにしてしまって――いや
、すまない、見栄を張った。
 事務所には閑古鳥が鳴き、暇を持て余していた。
 普通にド忘れである……

 暇だからと大掃除していると、どこからともなく出てきた『更新のお知らせ』の手紙。
 すぐに、更新期間が三日前に終わった事に気づく。

 『言葉にならない』とは、まさにこの事。
 その場に膝をつき、今日の日付けを何度も確認し、夢であってくれと何度も頬をつねった。
 だが突き付けられた現実は変わらない。
 俺は遠くの空へ視線をやって、現実逃避するしかなかった……


 だが、更新忘れ自体はよくあることらしい。
 ある程度気持ちが落ち着いた状態で調べてみると、一応救済措置があることが分かった。
 早く気づければ、講習を受けるだけで『復活』が可能なことが分かった。

 俺は早速所定の書類を取り揃え、バスを乗り継いで(車がつかえないので)免許センターにやってきたのだが……


「どうしてこうなったんだろうな……」
 視線の先にいるのは、ソワソワしながら列をなしている若者たち。
 実技試験を突破した彼らは、書類が入った封筒を宝物の様に抱きしめる。

 正直、直視できなかった。
 輝かしい未来へと踏み出す彼らと、不注意で免許を失効させた冴えないおっさん。
 とても、同じ空間にいていいとは思えなかった。

 なんで免許の更新を忘れただけで、こんな悲しい気持ちにならなきゃならんのだ!
 さすがにペナルティ重すぎねえ!?
 本気で帰りたくなってきた。

 せめてもの救いは、同じ境遇の同胞がいたことだ。
 俺と同じように肩を落とし、『うっかりしていた』おじさん・おばさん10人ばかり。
 ここだけ、空気がどんよりと濁っていた。

 どこで間違えたのだろう。
 俺も、あの若者たちのような時代があったはずだ。
 自分の未来を信じて疑わず、希望に満ち溢れていた時代。

 それが今や、これほどまでにカッコ悪い大人に成り下がっている。 
 昔の自分には、とても見せられない憐れな自分だ……

 心の中で、さめざめと泣きながら、若者に交じって講習を受けた。
 ペナルティが重すぎる。

 だが責め苦はもう終わり。
 講習代も再発行代も支払い、全ての課程を修了した。
 あとは免許を貰うだけ。
 今日の屈辱は忘れ、明日からまた強く生きよう。
 そう強く決意する。

 ――だが、地獄は終わらなかった。


「更新忘れの皆様は、免許の色が青になります。
 無事故無違反でゴールドの方も同様、青となります」
 俺は耳を疑った。
 5年間無事故無違反、優良運転者の証である『ゴールド免許』。
 その名誉が、たった数日の遅れではく奪されるなんて……
 思わず叫びそうになる。

 優秀な人間に特典が与えられるのは、世の常だ
 それは免許の世界も同じ事。
 『ゴールド免許』には様々な特典があるのだが、俺に関係があるのはただ一つ。

「自動車保険、高くなるじゃないか……」
 ゴールド免許保持者は、保険料が1割から2割安くなる。
 大したことが無いと思われるかもしれないが、塵も積もれば何とやら。
 次回の更新までの数年間、計10万以上値上がりだ。


「免許の更新を忘れただけなのに……」
 ペナルティ、重すぎじゃんかよ。

 建物を出ると、外は春爛漫。
 陽気な日差しが降り注ぐが、俺の心は土砂降りだ。
 俺は目が潤むのを自覚しながら、力なくバスを待つのであった。



※この物語は、事実を元にしたフィクションです。
 登場する人物は架空ですが、先日作者が経験した話が元になっています。
 免許をお持ちの方は今すぐ更新期限を確認してください。

 でないと、本気で落ち込むことになり、一か月くらい再起不能になります

4/17/2026, 12:09:51 PM

154.『沈む夕日』『これからも、ずっと』『誰よりも、ずっと』



 最近、幼馴染である芽衣《めい》の様子がおかしい。
 俺たちは赤ちゃんの頃からの付き合いなのに、近頃はまともに目を合わせてくれない。
 たまに目が合うこともあるけれど、すぐに顔を真っ赤にして逃げるように距離を取られる。
 ここ一週間はまともな会話もなく、ちょっと微妙な空気だ。

 知らず知らずのうちに、なにか怒らせるような事をしたのならいい。
 そういうことは、数えきれないほど経験した。
 付き合いの長さゆえに、喧嘩の数ならギネスを狙える気がする。

 けれど今回はどうも様子がおかしい。
 いつもなら不満があれば直接言いに来るのに、チラチラとこちらを盗み見るばかりで何も言ってこない。
 一日なら『そういう事もある』で済ませられるのだけど、ここの所ずっとだ。
 正直なところ、こんなに大人しい芽衣は初めて見る。

 LINEで尋ねたこともあるが、芽衣は『そんなことない』『鉄平は悪くない』とはぐらかすばかりで、まったく要領を得ない。

 はっきり言って不安で仕方なかった。
 こんな事、今まで一度も無かったから。

 だからどうしても最悪な想像をしてしまう。
 芽衣が俺に言えないこと――たとえば重い病気を患ったりして、それを隠しているんじゃないか、とか。
 それを思うと俺は、夜も満足に眠れない……
 お前、何か知らないか……?


 ◇

 ――という相談を、芽衣との共通の友人である友樹にすると、ヤツは腹を抱えて笑いだした。

「何がおかしい」
 腹が立ったので軽く蹴りをいれると、友樹は目に涙を浮かべながら言った。

「おかしいだろうよ、鉄平。
 だって『相談がある』って言われて、何かと思って身構えてたらこれだもの。
 秘密の話って言うから俺の部屋に呼んだのに、これだったらその辺の喫茶店ですればよかったぜ」
 友樹は言い切ってから、さらに笑い出す。

「だいたい、鉄平さんよ。
 お前、芽衣ちゃんの様子に今頃気がついたのかい?
 そら間抜けにもほどがあるぜ!」
「俺が間抜けなのは否定しない。
 誰よりも、ずっと傍にいたのに、全く気付けなかったんだからな。
 だが一応真面目な相談なんだ。
 笑わないで欲しい」
「ひひひ、それは悪かったよ」
「それでだ。
 俺ほどでないにせよ、お前と芽衣の付き合いは長い。
 何か聞いてないか?」
 俺がそう言うと、友樹は再び笑い始めた。

「もういい。
 お前に相談した俺が馬鹿だった」
「まあ、待て。
 確かに笑って悪かったよ」
 友樹が声を震わせながらも頭を下げてきたので、一応話を聞くことにした。
 ふざけてはいるが、相談に乗るつもりはあるらしい。
 俺はため息を吐きながら、友樹の顔を見た。

「で、何を知っている?」
「知っているっていうか、見れば分かるというか……
 逆にお前、気づかないの?」
「気づいたから相談しているんだ……」
「ははは、鈍感ここに極まれり、だな」
 話が噛み合わない。
 だが冗談を言っているようにも見えず、俺は困惑する。
 『見れば分かる』?
 どういうことだ……?

「本当に知っているのか?
 誤魔化しているんじゃないのか?」
「知ってるよ。
 でも芽衣ちゃんの意思を確認しないで、俺が言っていいものか……」
「御託はいい。
 さっさと言え」
「まあ、言わなかったらずっとこのままか。
 正直見飽きたしな」
「何を言って――」
「『好き避け』だよ」
 友樹の言葉に、俺は言葉を失う。

「分かるか、『好き避け』だ。
 芽衣ちゃんはな、お前のことが好き過ぎて、逆に一緒にいられないんだ。
 顔も見られないほどに」
「そんなはずはない。
 芽衣は俺のことを、ただの幼馴染だと思っている。
 恋愛感情なんて無い」
「芽衣ちゃんも可哀想に。
 こんな朴念仁を好きになるなんて……」
「馬鹿にしてんのか」
 俺がそう言うと、友樹は呆れたように笑った。
 失笑というやつだ。

「まあいいや。
 それで、お前は芽衣ちゃんのこと、どう思ってる?」
「大切な幼馴染だ」
「違うね。
 お前も芽衣ちゃんの事、好きなんだろ」
 俺は何も言えなかった。
 図星だったからだ。

「お前も芽衣ちゃんも、見てて分かりやすいんだよ。
 俺じゃなくてもすぐ分かる。
 今どきの言葉で、『両片思い』てヤツだ。
 気付いていないは本人ばかりなり、ってな」
「でも、それが芽衣の様子がおかしい理由にはならない」
「まあ、最近の芽衣ちゃんの様子は、特におかしいってのは同感だな。
 どうせ、何かの拍子にお姫様だっこしたんだろ。
 無自覚にさ」

 俺は否定できなかった。
 そう言われてみれば、したような気がする。
 体調が悪そうにしていたので、抱き上げて運んだのだ。
 必死だったのでよく覚えていないが、たしかにそれ以来避けられている気がする。

「もう付き合っちまえよ。
 俺の見立てだと、100%成功すると思うぜ」
「……芽衣は、俺なんか好きじゃないさ」
「お前も頑固だな。
 でも、今みたいにまともに会話ができない状態は嫌だろ」
「それは、まあ……」
「そんなお前にアドバイスだ。
 これを言えば、すべて解決さ」
 とニヤニヤし始める友樹。
 こいつ、俺の反応を見て楽しんでやがる
 本当に性格悪いな。

「沈む夕陽をバックに、『好きだ』と囁けばいい」
「そんなの言えるか!」
「確かに、それが言えたら今困ってないな。
 だが、ずっと現状に甘んじるつもりか。
 どこかで行動しないと、何も変わらないぞ」
「それは……」
「実は、芽衣ちゃんをこの部屋に呼んでいる。
 『鉄平について、大事な話があるから来てほしい』ってな」
「お前!?
 さっきからスマホをいじっていたと思えば――」
 コンコン。
 文句を言おうとした瞬間、玄関からノックが聞こえて思わず振り向く。

「ほら、来たぞ。
 男を見せてこい!」
 友樹に背中を蹴とばされ、玄関まで転がっていく。
 その勢いで、ちょうどドアを開けた芽衣とぶつかりそうになる

「「あ」」
 交差する目線。
 芽衣は、まさか俺がここにいるとは思わなかったのだろう。
 驚きに目を見開き、そして金縛りにあったように固まった。

 そして、夕日に照らされたのか、それとも別の理由か。
 彼女の頬が、みるみる朱に染まっていく。

 『芽衣ちゃんはな、お前のことが好き過ぎて、逆に一緒にいられないんだ』。
 友樹のそんな言葉が頭に浮かび、思考が消し飛んでしまう。
 どうすればいいか分からなくなった俺は、心に浮かんだ言葉をそのまま口にした。
 
「えっと、その……
 これからも、ずっとよろしく」
 俺がそう言うと、芽衣は驚いた表情のまま、消え入るような声で言った。

「……うん。
 ……こちらも、よろしく」
 まともとは言い難いが、一週間ぶりの会話。
 だがこれでいい。
 きっとこれで、俺たちは今まで通りの関係に戻れるはずだ。

 ――そんな根拠のない安堵に浸っていると、背後から心底呆れたような声が降って来た。

「ヘタレめ」

4/14/2026, 11:53:26 AM

153.『それでいい』『星空の下で』『君の目を見つめると』


「綺麗な星空だ。
 そう思わないか、芽衣《めい》」
 幼馴染の鉄平が、暗闇の中で私に話しかける。
 暗くて顔は見えないが、鉄平はきっと、子供みたいに目を輝かせている事だろう。

 鉄平は、宇宙が好きだ。
 星空の下で、遠い銀河に思いを馳せることが、彼の数少ない趣味の一つだ。
 定期的に、星が良く見えるキャンプ場を予約し、テントを張って本格的な天体観測に耽っている。
 望遠鏡だって、鉄平が必死にバイトして買った高級品。
 彼の本気度がうかがえる。

 私も、鉄平ほどじゃないけれど星を見るのは結構好きだ。
 カレンダーに印をつけるくらいには楽しみにしていた。
 数日前までは……


「元気ないな、大丈夫か?」
 鉄平が私の顔を覗き込みながら、心配そうに声をかけてくる。
 実際、私はいたたまれなさで死にそうだった。
 私は目が泳ぐのを自覚しながら言い訳をひねり出す。

「なんでもないよ、『ちょっと寒いな』って思っただけ」
 鉄平は訝しげに眉を寄せたけど、それ以上詮索する事は無かった。
 聞かないのは薄情だからではなく、彼なりの信頼の証なのだ。
 『芽衣には話せない事情があるんだ』って。

 長い付き合いだが、なんでも情報を共有している訳ではない。
 お互い秘密の一つや二つある。
 そして、今回においてそれは正しい。
 こんなこと、鉄平には絶対に話せないから……


 私は鉄平が好きだ。
 男性として、心から愛している。
 けれどこの思いを伝えるつもりはない。
 鉄平にとって、私は気の置けない友人でしかないことは分かり切っている。
 だからずっと隣にいられるように、この淡い恋心を隠したまま、よき友人であろうと心がけた。


 なのに!
 先日、二十歳の誕生日に初めて飲んだお酒に飲まれ、鉄平に『好き』と言ってしまった。
 まさか自分があそこまでアルコールに弱いとは!
 あの時の記憶を思いだすたびに、私は叫びそうになってしまう。

 幸いなことに、私が『嘘です、酔っ払いのたわ言です』と言い続けたおかげで、なんとか誤魔化せた。
 誤魔化せるのもどうかと思うが、尋常じゃない酔っ払い方をしていたので、納得したようである。
 キスまでねだったんだよね、私。
 と言う訳で、鉄平は私の恋心に感づいた様子もなく、変わらずいつも通りに過ごしている。

 ……なんで普通なのよ、おかしいじゃない。
 確かに嘘とは言ったけど、告白されたら意識するもんじゃないの?
 バレなくて良かったと思う反面、何もなければそれはそれで悔しい。

 鉄平の鈍感め!
 私の繊細さを見習え。


「やっぱり調子が悪いんだろ」
 私が勝手に憤っていると、鉄平がポツリと呟いた。
「無理して本格的に調子を崩したら大変だ。
 テントの中で休むといい」

 『そんなことない』
 そう言いいたかったのに、言葉が出なかった。
 鉄平が、私をまっすぐ見据えていたからだ。
 ……あの事件以来、鉄平の目が見れない。
 意識しすぎているのは私の方なのだ。

「やっぱり、調子が悪いんだな。
 顔が赤いぞ」
 『君の目を見つめると、体が熱くなってしまうんです』。
 それが言えればどんなに楽か。
 何も言えず、金魚のように口をパクパクさせてしまう。

「くそ、かなり悪いみたいだな。
 じっとしてろよ」
 言うが早いか、鉄平の大きな手が私の体に回る。
 ふわっ、と浮遊感。
 ……お姫様だっこだった。

「ちょっと、鉄平!?
 恥ずかしいから下ろして!」
「馬鹿、暴れんな!
 落ちたら危ないだろ」
「ううーー」
「ようやく静かになったか……
 それでいい、体調悪いんだから大人しく運ばれてろ」

 さっきとは別の意味で、顔が火が出そうなほど熱くなる。
 少女漫画でよくある『好きな男の子にだっこしてもらう』。
 小さい頃に憧れた少女漫画のワンシーン。
 でも、実際にはこんなに恥ずかしいとは……
 私が顔を手で覆って、恥辱の時間に耐えている内に、優しく地面へ下ろされた。

「ほら、寝袋に入って寝ろ。
 冷えないようにな」
 そう言って、テントの隙間から去っていく彼。

 暗くてよく見えなかったけれど。
 ……鉄平の耳元も、私と同じくらい赤く見えた。

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