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9/15/2025, 8:18:33 AM

85.『フィルター』『Red、Green、Blue』『ひとりきり』



 皆さんは『ちりとてちん』、あるいは『酢豆腐』とも呼ばれるこの食べ物をご存知だろうか……
 これは落語に出てくる架空の料理。
 カビが生えて腐った豆腐に、調味料を混ぜて食べると言う、とんでもない代物だ。

 もちろん、こんなものが美味しいはずもなく、知ったかぶりする奴がまんまと食べさせられるという話だ。
 オチも『ちょうど腐った豆腐の味』『酢豆腐は一口に限る(それ以上は食べれない)』というもの。
 かなりマズイ食べ物として表現されている……

 しかし、私はこうも思うのだ。
 本当に不味いのだろうかと……

 『不味いに決まってるだろ!』と言われるかもしれないが、私はその意見に異議を挟ませてもらう。
 なぜならば、食べたのは落語の中の住人のものであり、実際に現実世界で食べた人の感想ではない。
 『不味いに違いない』という想像上の感想なのだ。
 私はコレが、どうしても許せない。

 私はグルメ評論家だ。
 この界隈ではちょっと名の知れた有名人である。
 そんな自分が、食べたことがない食べ物を不味いと断言する?
 ありえない!
 私は疑問を解消するために、実際に食べてみることにした。

 幸いにして、どんな料理かは分かっている。
 夏場に放置して腐らせてしまった豆腐に、梅干しとワサビなどを入れたもの。
 用意するのは簡単だった。

 しかし一つだけ計算外の事があった。
 この料理、豆腐にカビを生やす過程で、とんでもなく臭いのである。
 あまりにも臭すぎて、今ガスマスクを着けているのだが、フィルター越しにも仄かに漂う腐敗臭。
 私は既に後悔し始めていた……

 この時点でやばいが、それでも食べないわけにはいかない。
 グルメ評論家を自称する以上、目の前の食べ物を食べないと言う選択肢はない。
 それに臭い物でも美味しいものはたくさんある。
 『ちりとてちん』も意外な化学変化が起きて、美味しいのかもしれない

 私は吐き気を堪えつつ、梅干しとワサビを入れて混ぜ合わせる。
 原作では、臭いをごまかすため入れるらしいが、カラフルになってさらに毒々しくなってしまった

 Red、Green、Blue
 青色の素材なんて入れてないのに、なんか浮き上がって来た。
 すごく怖い……

 こんなことなら、誰かにいてもらえばよかった。
 一応友達を呼んだのだけど、臭いを嗅いだ途端、急用を思い出し帰ってしまった。
 今はひとりきり。
 こんなに心細いのは初めてだ。

 といっても、いつまでもビビってるわけにはいかない。
 こんなところで躓いていたら、グルメを極めることはできないだろう。
 グルメは度胸!
 勇気を出して口に入れる。

 さて、そのお味は――

「うん、食べるまでもなく不味いね」

9/13/2025, 2:36:37 PM

84.『誰もいない教室』『雨と君』『仲間になれなくて』


 1日の業務が終わり、夕暮れ時。
 職員室で明日の授業の準備をしていると、先輩から声をかけられた。

「今、暇だよな?
 校内の戸締まりを確認してこい」
 『今忙しいんですけど』という言葉をぐっと飲み込み、笑顔で頷く。
 教師というのは体育会系の世界、先輩の言うことには逆らうことはできない。
 恨みがましい視線を先輩に送りながら、冷房の利いた職員室に別れを告げた。

 涼しかった職員室とは違い、校内はまだ暑かった。
 9月になって涼しくなったとはいえ、校内が蒸すように熱い。
 思わず地球温暖化に思いを馳せるが、一教員である自分に何ができるのであろう。
 自分の無力さを噛みしめながら、見回りを始めようとした、まさにその時だった。

 コツン

 誰もいない教室から音がした。

 すでに下校時間は過ぎており、生徒は一人もいない。
 なのに物音がするのは、どういうわけか?
 正体を確認する前に、頭の中でシミュレーションをする。

 ①ほかの生徒たちと仲間になれなくて、居場所を探している『不良生徒』
 ②この学校に眠る徳川埋蔵金をさがしにやって来た『不審者』
 ③学校で運動会を始めた『幽霊』

 ……うん、ろくな選択肢が無いね
 正直聞かなかったことにしたいけれど、聞いてしまった以上無視するわけにも行かない。
 意を決して物音がした教室へと向かう。
 意を決して扉を開けると、そこにいたのは――


 ④開けっ放しの窓から侵入した河童
 だった。
 

 って、おい!?

 いや、なんで河童!?
 これ、どうすればいいの?
 こんなの学校で教えてもらわなかったよう……

 目の前の光景にオロオロしていると、河童が苦しそうに呻いた。
「み、水をくれ」
 ドサリと河童が前のめりに倒れる。
 どうやら河童は、調子が悪いらしい。
 助けるかどうか迷ったが、困ってる人(?)を見捨てることは出来ない。
 恐る恐る近づいて、熱中症対策で持っていた水筒を差し出す。

「どうぞ」
 すると、河童はひったくるように水筒を奪い、器用に水筒の蓋を開け――

 ――頭から被った。

 一瞬『飲まんのかい!』とツッコミそうになったが、よく考えれば相手は河童、人間の身体とは仕組みが違う。
 河童の頭には皿があり、それが渇けば死んでしまうと聞いたことがある。
 それを考えれば、頭から水を被るのもやむを得ないし、責めるのは酷というものであろう。

 河童の周りがビショビショになっている事を除けばだが……

「助かった。
 命を助けて頂いたことについて、礼を言わせていただく」
 そう言って河童は恭しく頭を下げた。
 最初見た時と違い、今の河童は溢れんばかりの生気に満ちていた。
 命が助かったというのは、嘘ではないようだ。

「助けてもらった礼をしたい。
 何でも言ってくれ」
「お礼、ですか……?」

 私は困ってしまった。
 助けてもらったので、恩返しがしたい。
 その思考は理解できる。

 しかし、私はただの一般庶民。
 神様ならともかく、河童に叶えてもらうような願いなんて持ち合わせていない。
 どうしようかと考えて、適当に流す事に決めた。

「いえ、気にしないでください。
 困った時はお互い様ですよ」
 そう言って、営業スマイルをする。
 これでウヤムヤに出来ればよかったのだが、河童は納得いっていないようで、しかめっ面をしていた。

「そうはいかない。
 礼をしないと、恩知らずと笑われてしまう」
「そう言われても……」
「何かないか?
 今困っていること」
「困っていることてすか……」
 今まさに河童に絡まれて困っているんですけれど。
 さすがに口には出せないけれど、さてどうしたものか……
 そんな事を考えつつ、頬を伝う汗を拭った時あることを閃いた。

「そうだ、最近暑すぎるんですよね。
 数日でいいので涼しくできませんか?」
 残暑の厳しさを思い出しながら聞いてみる。
 流石に河童がどうこう出来るとは思わないが、聞くだけならタダだ。
 それに望みが叶えられないと分かれば、案外引いてくれるかもしれない。
 だが私の予想に反し、河童はニンマリと笑った。

「承知した」
 河童は上空に手を突き出したかと思うと、突然奇声を上げ始めた。

「カーッパカパカパカッパ、カパパ、カッパッパ」
 笑うべきか怒るべきか。
 悪い冗談みたいな河童の呪文を聞いて、またしても混乱している私。
 非難を込めた視線を送るが、河童は臆することなく言った。

「外を見てみろ」
 この河童、実はとんでもない奴だったらしい。
 河童の言葉に従い外を見ると、さっきまで雲一つなかったのに雨が降っていた。

「さすがに気温を下げることはできん。
 しかし、雨を降らせればいくばくか涼しくなるであろう」
 最初はしとしと降っていた雨は、すぐにザアザア降りになり、夏の暑さを洗い流していった。
 この調子なら、二、三日は涼しく過ごせるはず。
 期待していなかったのだが、ここまでしてくれるとは予想外だ。

 感謝を伝えようと振り返るが、そこには誰もいない。
 最初からなにも無かったかのように、全ての痕跡が消えていた
 さっきの事は夢だったのだろうか……
 しかし河童がぶちまけた水筒の中身が、それは本当にあった事だと教えてくれる。

「サンキュー、河童」
 窓の外を見ながら、河童に向かって呟く。
 おそらく聞こえていないだろうけど、素直に感謝を伝えたい気持ちだった。
 こんな気持ちになったのは何年ぶりだろうか。
 夏の暑さだけでなく、私の心の中の澱みまで洗い流すなんて、あの河童は只者ではない。

 今日経験した、雨と君の事は忘れずに覚えておくことにしよう。
 そうすれば、辛い事があってもきっと素直なままでいられるから。
 去ってしまった河童に思いを馳せていると、誰かが走ってくる気配がした。

「あ、こんなところでサボってる!」
 先輩が鬼のような形相で睨んでいた。
「窓を閉めといてって言ったじゃない!
 あーあ、雨が入って来てる……」
「すいません……」
「謝る暇があるなら窓を閉める!」
「はいいいい」
 先輩に叱責され、慌てて教室の窓を閉める。

「まったく、アナタはすぐサボるんだから……
 ほら、そっちも開いてる」
「すぐに閉めます!」
 先輩の怒号を背に、次の窓へと走り出す。
 なんでこうなった?
 さっきまで涼しくなって喜んでいたのに、走り回ってもう汗だくだ。

 こんなはずじゃなかったのに……
 涼しい校内を、ゆっくり見回りしたかっただけなのに。
 こうなりゃヤケだ。
 とっとと終わらせて、とっとと帰ろう。

「これで最後!」
 最期の窓を閉める時、一瞬だけ河童が見えた。
 雨の中、子供の様にはしゃぐ河童を見て、私はあることに気づいた。

「あ、傘持ってきてない」

9/10/2025, 11:37:39 AM

83.『Secret love』『言い出せなかった「」』『信号』


 私には誰にも言えない秘密がある。
 それは、高校生になっても可愛いぬいぐるみを集めているということだ。

 いい歳してぬいぐるみが趣味と言うのは、さすがに公言できない。
 親は何も言ってこないのが救いだけど、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
 普段からクールに振舞っている私にとって、この秘密は絶対に知られるわけにはいかないものだった。

 本当は、思い切ってぬいぐるみ仲間を作りたい気持ちもある。
 中学生の頃、ぬいぐるみで盛り上がっているクラスメイたちがいた。
 けれど、ちっぽけなプライドが邪魔して言い出せなかった「仲間に入れて」。
 その事を後悔したまま、今日まで趣味を隠し通してきた……

 そのため隠すのであれば、部屋に置くことは出来ない。
 よく友人が遊びに来るので、飾ってあるとバレてしまう可能性があるからだ。
 私は部屋にぬいぐるみを置きたいのを我慢して、親に使ってない部屋をもらい『ぬいぐるみ部屋』にした。
 自室とぬいぐるみ部屋を分ければ、バレないからだ。

 そうやって誰にも知られることなく、長い間一人でぬいぐるみたちを愛でていた。
 家族以外は誰も知らない、秘密の愛<secret love>。
 そうして私は、ぬいぐるみたちとささやかながらも幸せな日々を過ごしていた。

 今日、この日までは――

「ねえ、沙都子、こんなのを見つけたよ!」
 私は絶句した。
 家に遊びに来た友人の百合子が、私の大事なぬいぐるみを持っていたからだ。
 しかも特にお気に入りのクマのぬいぐるみ――テディベアだ。
 特に価値のあるものではないが、誕生日プレゼントでもらった大切なものだ。
 私は体中から血の気が引くのを感じた。

「さっき沙都子の家を探検して見つけたの。
 可愛いから持ってきちゃった」
 最悪だ。
 コイツだけには知られたくなかった。
 部屋には鍵をかけていたのにどうして……
 いや、今はそんな事はどうでもいい。
 大事なのは、百合子が私のぬいぐるみを持っているという事。

 いつも私にからかわれている百合子の事だ。
 ここぞとばかりに仕返しをしてくるに違いない。
 そればかりか他の友人たちに言いふらされるかもしれない。
 なんとか誤魔化さないと!

 けれど、顔に出さないのが精いっぱいで何も名案が思い浮かばない。
 動揺のあまり、過去の記憶がフラッシュバックし始めた。
 私、ここで死ぬかもしれない。

「ところで、これって沙都子のぬいぐるみ?」
「ちが……」
 言いかけたところで、私は思い直す。
 ここで嘘をつくのは得策ではない。
 普段の自分ならうまく誤魔化せたかもしれないが、動揺している今の私ではかえって怪しまれる可能性がある

 それならいっそ、部分的に認めてさっさと話題を変えるほうがいいだろう。
 『嘘を信じさせるには、少しだけ真実を混ぜろ』だっけ。
 とにかくこの場を凌ぐ事に専念しよう。

「そうよ。
 と言っても子供の頃にもらった物だけどね。
 10歳の誕生日に親からもらった宝物よ。
 今日のアナタみたいに家の中を一緒に冒険して、よく遊んだものだわ。
 さすがに昔みたいに遊ばないけど、なかなか捨てられなくてね。
 どこで見つけたか分からないけど、せっかくアナタが見つけたことだし、この部屋に飾ることにして――」
「めちゃくちゃ喋るじゃん」
 しまった!
 焦りすぎて、余計なことまで喋ってしまった。
 早口になっていた気もするし、そもそも嘘がどこにもない。
 少しの真実はどうした?

 さすがに気づかれたかもしれない。
 恐る恐る百合子の表情を伺うと、百合子が心配そうな顔でこちらを見ていた

「もしかして体調が悪いの?
 さっきから信号機みたいに、顔が青くなったり赤くなったりしてるよ」
 気付かれてないようだった。
 助かったものの、これ以上話を続けるわけにはいかない。
 すでにグダグダで、このまま居座られたらボロを出してしまう。
 早急に帰ってもらおう。
 
「そうね、今日は体調が良くないの。
 遊びに来てくれたところ悪いけど、帰ってもらってもいいかしら」
「うーん、まあ、仕方ないね」
 そう言うと、あっさり百合子は部屋の入り口に向かった。
 妙に素直だなと不思議に思うが、さすがに病人(仮)に対して食い下がる気はないらしい。
 その辺りは、気の利くいい奴である。

「私が帰ったら寝るんだよ。
 隠れてゲームしちゃダメだからね。
 自分では大丈夫と思っても、」
「オカンか」
 気が利き過ぎて、過保護になってる。
 それに言われるまでもなく、今日の私はまるでダメだ。
 こんな日は、大人しく寝るに限る。

「おっといけない」
 百合子は手に持っていたぬいぐるみを、入り口のそばにある本棚の上に置いた。

「このぬいぐるみが見張ってるから、すぐ寝るんだよ。
 いいね?」
「子どもじゃないんだから……」

 ぶっきらぼうに答えるが、私の心は少しだけ弾む。
 子供っぽいからと、部屋には置いていないぬいぐるみ。
 けど『百合子が置いていった』ことで、堂々と置いておく事ができる。
 言葉には出せないが、百合子には少しだけ感謝だ。

「あ、最後に一つだけ」
「まだあるの?」
「ぬいぐるみが好きなのは変じゃないよ」
「な!?」

 油断していたところに放り込まれた爆弾発言に、私の頭は真っ白になった。
 そんな私をにんまりと笑いながら、百合子は部屋から出て行った。
 聞き分けが良すぎると思ったが、どうやら最初から気づいていたらしい。
 まんまとしてやられた形となった。
 私は悔しさでいっぱいになるが、心の片隅では少しだけホッとしていた。

「もう隠さなくてもいいんだ」
 バレてしまった事は、もう無かった事に出来ない。
 そして口の軽い百合子の事だから、明日にはきっとクラス中に知れ渡っているだろう。
 つまり、もうコソコソする必要はもうない。
 堂々と、ぬいぐるみ集めが趣味だと言うことが出来るのだ。

「気を使わせたのかしら……」
 そんなに気の利くようなヤツじゃないんだけどな。
 気にはなるがそれは後で考えるとして、今は明日の学校の事を考えることにしよう。

「ぬいぐるみ仲間、出来るといいな」
 まるで子供の様にワクワクしてしまった私は、興奮しすぎて眠れない夜を過ごすのであった。

9/7/2025, 12:31:30 PM

82『8月31日、午後5時』『夏の忘れものを探しに』『ページをめくる』


 8月31日午後5時、私は頭を抱えていた。
 夏休みの終わりが近づく中、私は目の前の日記帳の事で頭を抱えていた。
 他の宿題はすでに終わっていて、日記だけが問題であった。

 別に日記をつけてないから困ってるわけじゃない。
 他の宿題と同じく、きちんとやっている。
 普段から日記を書いているから全然苦にならないのだ。
 じゃあ何が問題かと言うと、日記帳の中身――過去の自分が書いた内容が私を悩ませている。

 何か解決策が思いつかないかと日記帳を読み返すが、その度に過去の自分に腹が立つ。
 書いてるときは何も思わなかったけれど、今読めば問題ばかり。
 これを提出することは、どうしても出来なかった。

 書き直すにしても、全ページに書き直した跡があると、なにか勘繰られるかもしれない。
 どうにかしないといけないとは思うけれど、何も思い浮かばず時間は過ぎていくばかり。
 私は焦りを覚え始めていた。

 そして再び日記帳に視線が向く。
 もう一度読んだら何か思いつくだろうか?
 何度も読み返したから望みは薄いけれど、それ以外に方法は無い。
 私は一縷の望みを胸に、私は震える手でページをめくるのだった。


 📖

 隣の家のケンタから遊びに誘われた。
 宿題したかったけど、夏休み初日なので一緒に遊ぶ事にした。
 ケンタが帰った後、宿題をした。

 7月19日(晴)

 ◇

 ケンタが遊びに来た。
 来るときにカブトムシを捕まえたと言って、部屋にもって来た。
 虫かごに入れていたけど、カブトムシが脱走して部屋中を飛び回って、大騒ぎだった。
 ケンタが帰った後、宿題をした。

 7月20日(曇)

 ◇

 ケンタが遊びに来た。
 今日は雨だったので、外に出ずに部屋でゲームをして遊んだ。
 知らないゲームだったけど、なかなか楽しかった。
 ケンタが帰った後で、宿題をした。

 7月21日(雨)

 ◇

 ケンタとプールに行った。
 私は泳ぐのが下手なので、ケンタに泳ぎを教わった。
 少しだけ長く潜れるようになった。
 帰った後で宿題をしようと思ったけど、疲れてそのまま寝てしまった。

 7月22日(曇)

 ◇

 ケンタが遊びに来なかった。
 昨日のプールの疲れが出て熱が出たと、ケンタのお母さんから聞いた。
 ケンタが来ないから朝から宿題をしてたけど、あまり進まなかった。

 7月23日(晴)

 ◇

 ケンタとお祭りに行った。
 遠かったので、ケンタのお父さんの車に乗せてもらった。
 ケンタはまだ体調が悪そうだったけど、お祭り会場に着くといきなり元気になった。
 食べ物がおいしくて、花火が綺麗だった。
 この日は宿題するのを忘れた。

 7月24日(晴)

 ◇

 家族と映画を見に行った。
 『夏の忘れ物を探しに』という映画で、面白いと聞いたので、親に頼んで連れていってもらった。
 ケンタは興味なさそうだったので、私たち家族だけで行った。
 とても面白かった。

 7月25日(晴)

 ◇

 ケンタが遊びに来た(以下略)

 7月26日(曇)

 ◇

 ケンタの家に遊びに行った(以下略)

 7月27日(晴)

 ◇

     (略)

 ◇

 ケンタが遊びに来た(略)

 8月30日(晴)

 📖


「ああああああああ」
 私は思わず叫ぶ。

 ケンタ、ケンタ、ケンタ、ケンタ!
 日記帳のどのページを見ても、ケンタの事ばかり。
 ケンタ以外にも夏休みの思い出がたくさんあるのに、どうしてこんなことに。
 これじゃまるで――


 ケ ン タ と 付 き 合 っ て い る み た い じ ゃ な い か !


 夏休み中、ケンタと遊ばない日はほとんど無かった。
 だから日記がケンタで埋め尽くされるのはしかたがないけれど、それでも限度がある。
 ケンタは、たまたま隣の家に住むただの幼馴染である。
 なのに、なぜ家族以上に一緒にいるのか。
 意味が分からない。

 この日記帳を読んだ先生は、きっと私たちが付き合っていると勘違いするだろう。
 先生は節度ある大人なので言いふらす事は無いだろうが、どこから情報が洩れるか分からない。
 読まれないならそれに越したことは無い。

 だから何とか誤魔化す方法を考えているのだけど、何もいい解決策が思い浮かばない。
 こうなっては、日記帳は失くしたことにするしかないのか?
 きっと先生は怒るだろう。
 憂鬱な気持ちで落ち込んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。

「おいっす、いるか?」
 ケンタだった。
 私はとっさに日記帳を引き出しに隠す。 

「ケンタ、どうしたの?」
「普通に遊びに来たんだよ」
「普通に遊びに来たって……
 宿題はどうしたの?
 やってないのがおばさんにバレて怒られたんでしょ?」
「そうだった!
 宿題をしに来たんだ」
 そして土下座の体勢に移行するケンタ。

「一生のお願いです。
 宿題写させてください」
 毎年恒例のお願いに、私は呆れて物が言えなかった。

「またなの?
 一緒にやろうっていったのに、大丈夫って言ったのはケンタじゃん」
「申し訳ございません。
 これが最後のお願いです。
 どうかご慈悲を」
「それ去年も聞いたんだけど……
 はあ、私は手伝わないからね」
「助かる。
 お前はホント、いい友達だよ」

 ケンタの言葉に胸が痛む。
 別にケンタとは何でもないのに、なぜこんなに動揺するのだろう。
 私が一人で勝手に落ち込んでいると、ケンタが声を上げた。

「あれ、日記はどうしたんだ?」
「……日記も書いてないの?」
「日記に関しては結構書いているんだけどな。
 でも書いてない場所が多くて、じゃあいつも一緒に遊んだお前の日記参考にしようと思ってさ。
 それで日記帳はどうしたんだ?」
「……失くした」
 思わず嘘をつくと、ケンタは驚いたように目を見開いた。

「先生に怒られるぞ!
 どうすんだよ」
「今考え中」
「あー、今からじゃ、何も出来ないよな……
 ……そうだ」
 ケンタは、私に日記帳を差し出してきた。

「これ使えよ。
 俺が書いている所を消して書き直せばまだ使えるはずだ」
「え、ケンタはどうするの……」
「良いんだよ。
 どうせ宿題終わらないから、先生に怒られるのは決まってるんだ。
 怒られる理由が一つ増えるくらい、どうってことない」
「……ありがとう」
「良いって事よ。
 宿題写させてもらうんだし、そのお礼って事で」
「安いお礼だなあ」

 私は呆れたように笑うが、内面では心の底から安堵していた。
 これで日記を出せば、先生から怒られることはないだろう。
 ケンタに感謝である。

 そして私は日記帳を受け取ろうと手を伸ばしたが、
「あっ」
 けれどケンタは日記帳をひっこめた。

 ここに来てイタズラ!?
 なんて空気を読まないヤツなんだ。
 私がケンタを抗議の目線を送ると、ケンタはバツが悪そうな顔をした。

「ごめん、やっぱ無しでいい?」
「ええ!?
 くれるって言ったじゃんか」
「悪いんだけど、日記帳失くしちゃって……」
「へ?」
 私はケンタの手にある冊子を見る。
 それは間違いなく日記帳。
 失くしてなんかいない。

「日記帳そこにあるけど?」
「これは違くて、その……」
 ケンタの目線が泳ぎ出す。
 なんだか様子がおかしいがなにかあったのだろうか……
 首を傾げていると、ケンタは急に身を翻した。

「そういう事で!
 借りた宿題は明日返すから!」
「待って!」
「お礼は別の形で!」
 そう言ってケンタは部屋から飛び出していった。

「いったい何だったんだ……」
 嵐の様にやって来て、嵐のように去って行ったケンタに、私は呆然するしかなかったのだった。


 📖

 始業式の日。
 私たちは宿題を忘れたことで、先生に怒られていた。
 と言っても日記だけ提出しなかった私と、ほとんど宿題をしていなかったケンタとは、全然違う怒られ方だったが。

 それはともかく、ケンタは日記帳を提出しなかった。
 少しは書いていたらしいので見せても問題ないと思うのだが、なぜか『失くした』の一点張り。

 後でそのことをケンタに聞いても、あいまいな返事をするばかりで何も教えてくれなかった。
 風邪でもひいたのか顔も赤く調子も悪そうなので、それ以上は聞かなかった。
 後日、落ち着いた頃にじっくりと話を聞きたいと思う。

 9月1日(晴)

9/6/2025, 4:42:39 AM

81.『夏草』『心の中の風景は』『ふたり』


 ある所に不思議な魔法を使う青年がいました。
 青年は呪文を唱えることで、人の心の中の風景を絵に写し出すことが出来たのです。
 彼はその魔法を使ってお店を開くことにしました。

 あまり役に立ちそうにない魔法でしたが、青年の店はすぐに評判になりました。
 彼の魔法が描く絵は、どれも素晴らしい物だったからです。

 心の中の風景は、その人が一番幸せだった瞬間で形作られています。
 ある人は海で遊んでいる絵、ある人は家族と団らんする絵、またある人は甘いお菓子に囲まれている絵……
 絵を受け取った人々は自然と笑顔になり、全員満足して帰っていきました。

 しかし対照的に青年は浮かない顔でした。
 一生遊んで暮らせるほどの大金を稼いだというのに、彼は少しも幸せそうではありません。
 誰もが不思議に思いましたが、理由を聞かれても青年は曖昧に笑うだけ。
 その点だけは人々の不満でしたが、一部の女性から影のある表情が良いと、評判になるのでした。
 

 ◇

 彼は人を探していました。
 小さい頃に良く遊んでいた友人をです。

 友人は異性の女の子でしたが、とても気が合い毎日暗くなるまで遊んでいました。
 近所の草原でふたりで走り回る時間は、彼にとって幸せな時間でした。
 『ずっとこの子と遊んでいたい』、彼はそう思っていました
 しかし、永遠と思われた時間は、突然終わりが訪れます。

 ある日のこと、少女は草原に来ませんでした。
 彼は『そんな時もある』と気にも留めませんでした。
 しかし、次の日も、その次の日も来なかったのです。
 少年はいつまでも待ちましたが、少女は来ることはありませんでした。

 一ヶ月経って彼はようやく認めました。
 彼女はもう来ないと……
 胸が押しつぶされるような痛みを感じ、そして気づきました。
 自分が彼女に恋していたことを……

 そして数年後、彼は店を開きました。
 店が評判になれば、噂を聞いた少女が会いに来てくれるかもと思ったのです。

 しかし彼には、会って恋心を伝えたいとは考えていませんでした。
 ただ彼女と会ってきちんとお別れをしたいと思っていたのです。
 会えなくなってからずっと心に残っていたわだかまり。
 それを消さなければ、自分は前に進めないと思ったからです。

 自分でも女々しいと思っていましたが、彼は自分自身を納得させるために、今日も店先に立つのでした。

 ◇

 店を開いてから一年ほど経ちました。
 青年はその日最後の客を見送り、ぱたりと入り口のドアを閉めます。
 そこには満足感は無く、ただ虚無感がありました

「今日も来なかった」
 青年は肩を落とし、カウンター越しにかけられた一枚の絵を見ました。
 その絵は、青年の心を映し出した絵でした。

 黄金色の夏草が波打つ草原を、ふたりの子供が走っている絵……
 青年の一番幸せだったころの光景でしたが、同時に彼を苦しめる思い出でもありました。

 彼は複雑な思いを抱えながら、ポツリと呟きました。
「お店をやめようかな」
 諦めの言葉は、ごく自然に口に出てきました。
 この店は、もともと少女を探すために始めた店です。
 少女がやってこなければ、店を続ける意味は何一つありません。

 しかし他に少女を見つける方法も思いつきません。
 どうしたものかと悩んでいると、店のドアがノックされている事に気づきました。

「夜分遅くに申し訳ありません。
 どうかドアを開けてもらえませんか?」
 ドア越しに女性の声が聞こえてきました。
 しかし青年は、仕事をする気分ではありませんでした。

「申し訳ないけど、今日は終わりだよ。
 明日来てくれ」
 突き放すように青年は言いました。
 しかし女性は諦めずに食い下がります。

「失礼なことは分かっています。
 ですが私の家は、ルールが厳しく自由に出かけることが出来ないのです。
 今日も家の者にばれないよう抜け出してきました。
 どうか扉を開けて、中に入れてもらえませんか?」
 女性の必死な懇願に、青年の心はぐらりと揺れます。
 そして青年は少し考え、女性を店に入れることにしました。
 必死な人間を見捨てられるほど、青年はまだ絶望していませんでした。

「ありがとうございます!」
 扉を開けると、女性が礼儀正しく礼をしました。
 そして青年は驚きました。

 女性が上質なシルクのドレスを着ていたからです。
 今までにも高位の貴族女性が来ることはありましたが、ここまで質のいいドレスは見たことがありません。
 王族かそれに連なる立場の人間か、いずれにせよとんでもない人が来たと気を引き締めました。

 しかし、さらに驚くことがありました。
 頭を上げた女性の顔を見れば、まさに探していた少女だったからです。

 青年が驚いて固まっていると、女性は緊張した面持ちで言いました。
「お久しぶりです」
「どうして……」
「あなたのことはすぐ分かったわ。
 噂の店主が影のあるイケメンって聞いて、ピンときたわよ。
 本当はもっと早く来たかったんだけど、監視の目が厳しくてね……
 実はあの日も、屋敷を抜け出していたのがバレて、出れなくなっちゃったの」
「そうだったんだ……」
 青年は動揺しつつも、女性の言葉に安心しました。
 心のどこかで、彼女に嫌われたかもしれないと思っていたからです。

 悲しい別れをしたことは間違いありません。
 しかし、お互いに意図せぬ別れだった事は、青年にとって少しだけ救いでした。

「分かりました。
 それに関しては後で話しましょう。
 今日は客として来ていただいたので、そちらを先に――」
「いえ、それはいいの。
 実はアナタに頼み事があるの」
「え?」
 店に入ろうとする青年を、女性は服を引っ張って引き留めます。

「実は私、無理やり結婚させられそうなの。
 政略結婚で会ったこともない相手によ」
「それが?」
「私と結婚してくれない?
 結婚するならアナタが良いわ」
 かつての友の言葉に、青年は再び固まってしまいました。
 その様子を、女性は楽しそうに笑いながら、言葉を重ねます。

「身分の差なら気にする必要はないわ。
 今やアナタは、国一番の魔法使いだもの。
 ちなみに、拒否したらこの店潰すから」



 数週間後、結婚式が行われました。
 新郎は、国で一番の魔法使い。
 新婦は、この国の王女様。

 国で一番のビッグネームの結婚式に、国中は大騒ぎでした。
 魔法使いに関しては特に人気があり、多くの女性が涙しました。
 彼の影のある表情に心奪われた人が少なくなかったのです。

 そんなことはつゆ知らず、彼らは民衆に祝われながら大通りを通ります。
 二人のその手には、絵がありました。

 二人の持つ絵には、若い男女が描かれていました。
 互いを見つめ合い愛を誓っている、結婚式の絵でした。

 結婚式の後、その絵は美術館に飾られました。
 その絵は、見た人全てを笑顔にし、長く人々に愛されたのでした。

 おしまい

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