159.『たとえ間違いだったとしても』『今日の心模様』『ルール』
論理クイズに『天国への道』と言うものがある。
内容は以下の通り。
『目の前に二つ道がある。
一つは天国へで、もう一つは地獄へと繋がっている。
どちらに正解かを知っているのは、目の前にいる天使と悪魔だけ。
それぞれの道がどちらに繋がるかは、彼らに聞くしかない。
だが質問には以下のルールがある。
・質問は一回きりで、答えが『はい』・『いいえ』のいずれか。
・天使は必ず真実を述べ、悪魔は必ず嘘をつくが、見た目は瓜二つで見分けがつかない。
・たとえ間違いだったとしても、道を引き返すことは出来ない。
この状況で、確実に天国のへの道を知るためには、どのような質問をしたらよいだろうか?』
――というもの。
割と有名な問題で、初見ではまず正解にたどり着くのは至難の業だ。
もちろんフィクションであり、現実の死後がクイズで決まるわけではない。
しかし、それに似合うだけの難易度があるのも事実で、答えも『なるほど』と言いたくなるほど理に適った物であった。
初めてこれを聞いた時、『世の中には凄い事を思いつく人がいるものだ』と感心した。
――のだけど……
「まさか実際に目にするとはなあ……」
天寿を全うし家族に囲まれながら目を閉じたはずなのに、気がつけば私は分かれ道の前に立っていた。
そこに天使と悪魔らしき存在が鎮座していて、こちらをじっと見つめている。
死の間際に脳が見せる幻覚とも思ったが、私の魂が『ここが運命の分岐点』だと告げていた。
正直理解しがたい状況だ。
だが、これはチャンスでもある。
私はは悪人のつもりはないが、無条件で天国に行けるほど善人でもない。
半ば諦めていた天国行きが、自分で勝ち取れるチャンスが巡ってきたのだ。
自分の運の良さに感謝する。
そして、私は逸る気持ちが抑えきれず、意気揚々と天使と悪魔の前に立った時、ある重大な事実に気づいた。
「……なんて質問すればいいんだっけ?」
答えをドわすれした。
そりゃそうだ。
こんな問題で、本当に天国行き決められるとは夢にも思わない。
感心こそすれど、真面目に解答を考察したわけでもない。
そして難易度の高さゆえに、自分の頭ではどれだけ考えても何も思い浮かばないであろうことも、悲しいかな、確信していた。
「仕方がない。
知っている人が来るまで待とう」
この問題に時間制限は無い。
よって、焦って二分の一に賭けに出る必要はなく、『待つこと』こそがが現時点における最適解と思われた。
天使と悪魔には悪いが、こちらも天国行きがかかってる。
たとえ彼らに不信な目で見られようとも、絶対に勝てる手段を取ることにした。
――のだが……
「あー、私もよく覚えてないです」
残念ながら、次にやって来た人も答えを知らなかった。
一応問題は知っていたらしいのだが、私と同様、真面目に考えてなかったらしい。
だが責めても始まらない。
さっさと気持ちを切り替え、新顔の彼と一緒に、次の人を待つことにした。
――しかし……
「スマン、オラも分かんねえや」
その次も知らなかった。
そして――
「拙者も知らぬ」
「吾輩も」
「あたいも」
「おいどんも」
誰も知らなかった。
さすがに焦りを感じないこともなかった。
しかし私は『確実に』天国に行きたいので、逸る気持ちをなんとか抑える。
功を焦って、地獄に行ってしまっては元も子もない。
一応話し合っが解答が導き出せず、結局、全員で待機を続けることにいした。
もちろん正解を知らなくても、カンで進むことは出来る。
だが人間とは欲深い生き物だ。
『確実に行ける方法がある』と知っていながら、『二分の一』という博打に出る勇者など一人もいない。
いつか来るであろう救世主を、私たちは心待ちにしていた……
――だが……
「知っている人がこない……」
それからも、たくさんの人を迎えた。
けれど誰一人として正解を知っている人がおらず、いっこうに天国へと行くことが叶わない。
誰もが夢見る天国行き。
しかし、まったく天国行きの目途が立たないことに、人々の気持ちは暗く落ち込んだ……
――という事は全然無かった。
なぜなら、人々には『天国行き』が確約されており、何も不安に思う必要が無いからだ。
むしろ天国行きを祝って毎日宴会が行われる有様であり、現場はこれ以上ないくらい盛り上がっていた。
宴会が最高潮に達したとき、ある青年が感極まってこう叫んだ。
「こんな楽しいこと、生きている時には一度もなかった!」
彼はきっとこれまで辛い人生を送って来たのであろう。
目尻に涙を貯めながら酒を煽っている。
それを見た私は、居ても立っても居られず、ジョッキを天に掲げ、叫んだ。
「私たちの輝かしい未来に!
天国に乾杯!」
「乾杯!」
なんて素晴らしい日だろう。
青年ほどじゃないが、私もここで充実した時間を過ごしていた。
私の人生は恵まれたものだと思っていたが、本当の幸せは死んだ後に待っていたらしい。
いや、もしかしたら、天国は道の先にあるものではなく、本当はここが天国なのかもしれない……
そんな事を考えながら酒を飲んでいると、背中に突き刺さるような視線を感じた。
驚いて振り向くと、そこには静かな怒りを携えた天使と悪魔が立っていた。
私がここに居座って以降、ずっと苦々しい顔をしていた彼ら。
『今日の心模様は一段と悪そうだ』と思っていると、二人は同じ道を指差しながら、声を揃えて叫んだ。
「「あっちが天国の道だから、とっとと行ってください!
仕事の邪魔です!!」」
PS
下に解答例をかきます。
ネタバレ注意。
・解答例
<あなたに『この道は天国への道ですか?』と聞かれたら、『はい』と答えますか?>
・解説
天使の場合は、素直に答えてくれるので問題ない。
◇道が天国行き
1.前半の質問(天国か?)に、天使は正直に『はい』と答える。
2.後半の質問(『はい』と答えるか?)に、天使は正直に『はい』と答える。
◇道が地獄行き
1.前半の質問(天国か?)に、天使は正直に『いいえ』と答える。
2.後半の質問(『はい』と答えるか?)に、天使は正直に『いいえ』と答える
少し複雑なのが悪魔の場合。
悪魔は『質問に対する答え』に更に嘘を重ねてくる。
◇道が天国行き
1.前半の質問(天国か?)に、悪魔は嘘をついて『いいえ』と答える。
2.後半の質問(『はい』と答えるか?)に、悪魔は嘘をついて『はい』と答える。
◇道が地獄行き
1.前半の質問(天国か?)に、悪魔は嘘をついて『はい』と答える。
2.後半の質問(『はい』と答えるか?)に、悪魔は嘘をついて『いいえ』と答える
つまり、『はい』なら天国、『いいえ』なら地獄という結論になる。
質問を入れ子構造にするのがミソ。
なぜこんなことが起こるかと言えば、悪魔は『必ず』嘘をつくので、嘘に嘘を重ね(二重否定)結果的に真実となるから。
もし、天国への道が分からなくなったら、ぜひこのことを思い出してくださいね。
158.『もしも未来を見れるなら』『何もいらない』『雫』
突然だが、もしも未来が見れるなら、アナタは何が知りたいだろうか……?
宝くじの番号?
期末テストの解答?
それとも、未来の自分が成功しているかどうか?
人によっては、『HUNTER×HUNTER』の連載が再開しているかどうかが死活問題かもしれない。
知りたいことは人それぞれだろうが、私にも知りたい事がある。
そして私が知りたい事は少々特殊だ。
私が知りたい事、それは……
――『今まさに私が描いている漫画の続き』だ!
『いったい何を言ってるんだ?』という冷ややかな目線は想定内だ。
けれども私にとっては切実な問題。
知ることが出来れば『他に何もいらない』と言い切れるほど、重要なことなのだ。
こう思うのには訳がある。
実は私、マイナー漫画雑誌に連載を持っているプロの漫画家だ。
そこそこ人気があり、ありがたいことに五年ほど連載を続けさせてもらっている。
それなりの長期連載だが、だからこそ問題がある。
それが『漫画の続きをどうするか?』問題……
長期連載の宿命か、ネタが枯渇し始めてきた。
これは漫画家にとって、文字通り死活問題である。
ネタがないということは、漫画を描けないという事。
原稿料が貰えず生活は困窮し、空いた枠を他の新人に奪われる。
漫画業界は、生き馬の目を抜く非情な世界なのだ。
そうならないためにも、私は漫画を描き続ける必要がある。
けれど悲しいかな。
今現在、次の展開が何も思いつかない。
真っ白なままの原稿を見て、私はふとこう思った。
『未来の自分が書いた完成原稿を、今の私がパクれたなら……』
もちろん盗作はご法度。
それだけで漫画家生命が終わってしまうほど、あってはならない行為である。
だが、相手が『未来の自分』ならどうだろう?
誰も困らない、完璧な解決策である。
もっとも、未来視なんてただの夢物語だ。
あり得ないからこそ、そんな妄想で、現実逃避するのだが……
――そのはずだったのだが、私は偶然、その方法を発見した。
ネタ探しに祖父の家の倉庫に漁っていた際、その秘法が記された古文書を見つけたのだ。
なんでも深い山々のそのまた奥に、ひっそりと佇む祠があるらしい。
そこでお供え物をしてお祈りすれば、未来が見れるという。
私は歓喜した。
これで人生最大の悩みが解決する。
私はその場で小躍りした。
早速現在の地図と照らし合わすと、なんというご都合主義か、この家の庭にあることが判明した。
さすが、おじいちゃんの家だ。
駅から車で二時間の立地は伊達じゃない!
すぐさま庭に飛び出して、祠の前で膝をつく。
良さげなお供え物が無かったので、自著の単行本を置いた。
こういうのは心が大事なのだ。
そんな言い訳をしていると、脳裏にポワポワとヴィジョンが浮かんできた。
そのヴィジョンの中で、私は来月号の雑誌をパラパラと捲っている。
(このまま見れば、どこかで私の漫画が出てくるはずだ)
そう期待して集中する――が、いっこうに自作が出てこない。
おかしい。
さらに集中して誌面を追うが、どこにも私の漫画が載っていない。
やがて、雑誌の最後まで読み切り、一度も私の漫画が出てこないまま映像が終わった。
「……今のはどういうことだ?」
他の連載陣を見る限り、未来であることは間違いない。
なのに、私の漫画だけ載ってないのはどういうことだ?
困惑しながら家に戻ると、担当編集者からスマホにメッセージが届いてた
嫌な予感がしながらスマホを開く。
その内容を見て、私の額から一筋の冷や汗が、雫のように流れ落ちた。
「やべ、締め切り忘れてた……」
P.S.
この物語はフィクションですが、自分で設定した短編の締め切りをド忘れし、遊び惚けていた阿呆はここにいます。
そして、自動車免許の更新締め切りを忘れていたのも自分です。
これを読んでいる皆様におかれましては、阿呆な自分を他山の石とし、締め切りを守るようにしてください。
でないと、締め切りをぶっちぎった事に気づいた瞬間、膝から崩れ落ちます。
157.『夢見る心』『桜散る』『無色の世界』
メロスは激怒した。
必ず、邪智暴虐の王を除かねばならぬと決意した。
メロスには芸術はわからぬ。
絵を描いて褒められたことは一度もない。
けれども色彩に対しては、人一倍敏感であった。
今日、メロスは王都へとやって来た。
妹の息子が絵の賞を取ったので、その祝いの品を買いに来たのだ。
まず、その品々を買い集め、それから都の大通りをぶらぶら歩いた。
だが、歩いている内にメロスは、街の様子を怪しく思った。
以前訪れた際、街はメロスを威厳をもって迎え入れた。
しかし今は違う。
かつて石造りの家が立ち並んでいた白壁の通りは、今や毒々しいビビットな色に浸食され、かつての威厳はどこにもない。
通りかかる店先も、暴力的な色で満たされ、むしろ下品な有様だった。
「王は乱心したか」
王都は王の住まう場所。
厳かで気品が無ければならない。
にもかかわらず、この無様な様子を放置するとはどういった心持か。
「呆れた王だ。
生かしてはおけぬ」
メロスはいてもたってもいられず、その激情の赴くままに城に乗り込んだ。
「王よ、この状況はいったいどういう事だ?」
王の間に駆け込んだメロスの物言いは、不遜極まりない。
だが明らかな不審人物なのに、側近どころか護衛の兵士も咎めたりもしなかった。
むしろ王は、穏やかな微笑みを浮かべながら言った。
「メロスよ、久しいな。
そんなに慌ててどうした?」
メロスと王は顔見知りだった。
それもそのはず、メロスはしばしば『激怒』して、城に乗り込んでくるからだ。
最近では兵士も止めることはなく、ほぼ素通りである。
「どうもこうもない。
あちらこちら色を使いすぎて、これでは目が潰れてしまう。
王はいったい何をお考えか!?」
メロスの言葉に、王は苦々しく零した。
「最近、わが国では若者の育成に取り組んでおる。
国の発展には、若者の才能が必要だからな。
そのため、今までにない新しい試みをすることとなった」
「新しい試み?」
「ああ、若い感性を社会に還流しようと、王都の一角を若者に設計させたのだ」
「なるほど、さすがは王だ。
私にはない視点である。
しかし、一角どころか王都全体が彩られているように見受けたが、それはどういうことなのだ」
メロスがそう言うと、王は蓄えた髭をさすりながら、感心したように言った。
「さすがメロス、気づいたか。
我もあれにはほとほと参っている」
「というと?」
「うむ、それなのだが……」
王は大きくため息を吐いた。
「我は攻めすぎだと思ったのだが、他の貴族たちは違ったようでな。
いたく感心し、こぞって自分のあの色使いを真似し始めた。
自分の屋敷が映えるようにと、周囲の民家まで塗り替えさせ、気づけば都はこの有様だ」
「うむ、理由は分かった。
しかし、今のまま放置もできまい」
「その通りだ、メロスよ……
たが、それなりに民からの評判が良いのも事実。
若者の夢見る心も無碍には出来ない。
どうすべきか悩んでいたのだが……」
王は決心したように、膝を打った。
「メロス、お前が来てくれたおかげで、我は決心がついた」
「それでは!」
「ああ、民には悪いが、街の浄化を開始する。
『廃色運動』の名のもとに、都から色を一掃せよ!」
それからの展開は早かった。
すぐさま特殊部隊が編成され、街から色が廃されていった。
中には抵抗するものもいたが、王の勅命だと知ると、大人しく引き下がるしかない。
見る見るうちに、王都は元の景観を取り戻していった。
「うむうむ、これで昔の素晴らしい王都が蘇るだろう。
この落ち着いた白こそが、王都のあるべき姿。
これで王の威厳は取り戻されるはずだ……
……おや」
メロスの目に儚く薄桃色に咲き誇る桜が留まった。
メロスは首を傾げながら、特殊部隊の隊員に尋ねた。
「おい、あの桜はそのままなのか?」
隊員は驚き、慌てて首を振った。
「ダメです、ダメです!
あれは、地域の人々が大事にしている桜の樹。
手を出してしまっては大変な事になってしまいます!」
「何を言っている。
王の命令は、王都から色を取り除き、無色の世界へと戻す事。
それとも王に逆らう気か?」
「滅相もない!
しかし、桜に手を出しては民が黙っていません!」
「腑抜けめ!
どけ、私がやる」
そう言って、メロスは強引に桜の枝を折ってしまった。
「これで完璧だな」
「ああ、なんてことを……」
自分の納得のいく結果に胸を張るメロス。
だが、『桜散る』という衝撃的な出来事は、瞬く間に国中に知れ渡り、民が激怒する事態となった。
それを知った関係者たちは、慌ててメロスを呼び寄せ、極秘に会議を行った。
「メロスよ、国中で暴動が起こっているのは聞いておるな」
「承知している。
だが、私は間違った事をしたとは思っていない」
「我も、お前の行動は正しいと思っている。
多少行き過ぎの面があったとはいえ、十分に情状酌量の余地はあろう。
だが、国民が暴れて手が付けられないのだ」
「まさか……」
「廃色運動は撤回する。
これまで通り、様々な色を使うことを許可して、民を宥めるしかあるまい」
「しかし、王よ!」
「お前の気持ちは痛いほど分かる。
だが、民の怒りは頂点に達している。
お前も見つかったらただでは済むまい……
……逃げよ、ほとぼりが冷めるまで、お前の村で隠れているとよい。
王族専用の避難通路を使うことを許可する」
そうして、メロスは秘密の地下通路を通って、村に逃げ帰る羽目になった。
肩を落としながら自分の家の扉を開けるメロス。
だがそこに、凍てつく殺気を纏った妹がいた。
「ねえ、お兄ちゃん。
王都で騒ぎになっているけど、お兄ちゃんの仕業よね?
私の息子が絵の賞を取ったお祝いの品を買って帰るだけなのに、なんでこんなことになるの?
もしかして、嫉妬?
『画伯』と呼ばれるほど才能がないから、息子に嫉妬しているの……?
ねえ、お兄ちゃん、正直に答えて。
怒らないから」
妹は激怒した。
156.『快晴』『神様へ』『届かぬ思い』
このお話の主人公の名は、鈴木太郎。
漫画とゲームが大好きな、ごく普通の小学生。
一人前に勉強が嫌いで、人づきあいが苦手で、美人のお姉さんに心惹かれてしまう、どこにでもいる少年。
ですがそんな彼に、誰にも言えない秘密がありました。
……彼は神様の生まれ変わりだったのです――
◇
「ゴミ拾いに行って来なさい。
そして人と関わり、人間界について学ぶのです」
「断る……」
とある昼下がり。
漫画を読み耽る太郎少年に、保護者であり同じ『神様の転生者』でもある拓真が用事を言い渡しました。
ですが、太郎は間髪入れず断り、会話を打ち切ります。
その態度に顔をしかめる拓真でしたが、あえて何も言いませんでした。
太郎がこういった態度を取るのは、予想の範囲内だからです。
「いいのですか?
『是非来てほしい』と頼まれているのですが……」
「今忙しい」
「漫画を読んでいるだけでしょう?」
「そうだよ。
漫画で人間について学んでいるんだ。
今は人間の免疫についてだね」
ああ言えばこう言う。
太郎は元神様ですが、中身は口答えの得意な人間の小学生のようでした。
ですが拓真は怒ったりはしません。
逆に『予想通り』と、口角を上げました。
「残念ですね。
先方には断る連絡をしておきましょう……」
「……」
「本当に残念です。
太郎の好きな、綺麗な大人のお姉さんがたくさん来ると――」
「行きます」
こうしてゴミ拾いに行くことになった太郎少年。
同年代より少しませている彼は、漫画よりも大人のお姉さんに興味津々なのでした。
ところが――
「騙された」
雲一つない、清々しい程の春晴れ。
滅亡を企む邪神ですら計画を断念するほどの快晴の下、太郎は暗い顔で呟きました。
太郎は、大人のお姉さんとの出会いに期待して、ここまでやってきました。
たしかに大人の女性はたくさんいます。
拓真は嘘を吐いていませんでした。
しかし目の前の光景が想像とかなり違っている事に、がっくりと肩を落とします。
というのも、その『大人の女性』と言うのが――
「あらー、可愛いわね。
ひ孫の小さい頃を思い出すわ」
かなりお年を召したご婦人だったからです。
「そ、そうですか……」
元々人づきあいの苦手な太郎でしたが、年が離れすぎて何を話していいか分かりません。
ご婦人の話にも興味はありませんでしたが、それを無視するほど非常識ではありません。
笑顔を張り付けながら、ご婦人の話を興味があるふフリをして聞き入ります。
そして、適当に相槌を打ちながら『はやく帰りたい』と、自分以外の他の神へと祈るのでした。
しかし、それは届かぬ思い。
他のご婦人たちも、太郎に話しかけようと虎視眈々と機会を伺っていました。
これではゴミ拾いが終わった後も、解放される気配がありません。
絶望に打ちひしがられる太郎をよそに、ご婦人のおしゃべりはまだまだ続きます。
「本当に可愛いわ。
ねえ、うちのひ孫にならない?」
「それはちょっと……」
「あら、残念。
私は、もう、ひ孫には会えないから……」
「え……?」
急に顔に影を落とすご婦人に、太郎は息をのみます。
「それは、もしかして……」
「ええ、お察しの通り。
あの子は、どこにもいないの。
この地球上の、どこにもね……」
その悲しそうな顔に、太郎の心は激しく揺れ動きます。
太郎は神様です。
見習いですが、少しだけ神様の力を使うことができます。
この力で、目の前のご婦人を孤独を癒し、元気づけてあげられないだろうか……
太郎は懸命に知恵を絞ります。
ところが――
「太郎君、騙されちゃだめだ」
ご婦人の隣から、夫らしき老人が苦笑いをしながら口を挟んできました。
「婆さんはこう言うがな。
ひ孫はちゃんと生きてる」
「え?
でもどこにもいないって」
「いないのは『地球上』であってだな。
今、宇宙ステーションにいるんだよ。
ひ孫は宇宙飛行士なんだ」
太郎は驚いて、ご婦人の顔を見ます。
「ごめんなさいね。
太郎君が反応が可愛いものだから、つい揶揄っちゃったわ」
悪びれる様子もなく、茶目っ気たっぷりに舌を出すご婦人。
それを見て、太郎はよくやく腑に落ちました。
どうして拓真が、あれほど『人間を知れ』と口を酸っぱくして言うのか。
その理由についてです。
(こういう食えない大人たちに騙されないように、社会経験を学べってことか……)
こうやって人間は大人になっていくんだな……
太郎がそんな悟りを開きかけていると、連絡用にと持たされたスマホがメッセージの着信を知らせます。
太郎はご婦人たちに一言断ってから、メッセージを読みました。
『そちらは順調ですか?』
送り主は拓真です。
それを見て、太郎はすぐにメッセージを返します。
『経験豊富なお姉さんに、大人の階段を登らされました』
155.『春爛漫』『言葉にならない』『遠くの空へ』
俺の名前は、五条英雄。
とある街で探偵をやっている。
世間の華やかなイメージとは裏腹に、地味な仕事が多く嫌な思いをすることも少なくない。
とくに浮気調査に限っては、人の醜い部分を直視せざるをえず、どうしても心が荒んでしまう。
それが原因で人間不信となったり、この業界を去る者も多い。
この過酷な業界を生き抜くには、強靭な精神力が必要だ。
何が起こっても動じず、ただ己の責務を全うする責任感。
そして、自らを厳しく律し、感情に流されないようコントロールする技術。
それらを兼ね揃えた者こそが探偵に相応しいと、俺は考えている。
その点において、俺は才能に恵まれたと自負していた。
そう、『していた』。
先日、俺の自信を根底から覆す、重大な事件が起こったのだ……
――免許の更新を忘れてしまったのである。
知らない人のために、少しだけ説明しよう。
自動車免許は、数年に一度更新する必要がある。
期間は誕生日の前後一か月。
丁寧にも手紙で通知が来て、更新を促される仕組みだ。
よく誤解されるのだが、更新を忘れたからと言って即座に違法になるわけではない。
だが更新を忘れるという事は免許が無効になるという事である。
その状態でハンドルを握れば、立派な無免許運転というわけだ!
ゆえに、各ドライバーは更新時期に神経を尖らせている。
だが、所詮は人の子。
忙しさにかまけ、つい更新を忘れてしまうことがある。
かくいう俺も探偵としての仕事が忙しく、更新を後回しにしてしまって――いや
、すまない、見栄を張った。
事務所には閑古鳥が鳴き、暇を持て余していた。
普通にド忘れである……
暇だからと大掃除していると、どこからともなく出てきた『更新のお知らせ』の手紙。
すぐに、更新期間が三日前に終わった事に気づく。
『言葉にならない』とは、まさにこの事。
その場に膝をつき、今日の日付けを何度も確認し、夢であってくれと何度も頬をつねった。
だが突き付けられた現実は変わらない。
俺は遠くの空へ視線をやって、現実逃避するしかなかった……
だが、更新忘れ自体はよくあることらしい。
ある程度気持ちが落ち着いた状態で調べてみると、一応救済措置があることが分かった。
早く気づければ、講習を受けるだけで『復活』が可能なことが分かった。
俺は早速所定の書類を取り揃え、バスを乗り継いで(車がつかえないので)免許センターにやってきたのだが……
「どうしてこうなったんだろうな……」
視線の先にいるのは、ソワソワしながら列をなしている若者たち。
実技試験を突破した彼らは、書類が入った封筒を宝物の様に抱きしめる。
正直、直視できなかった。
輝かしい未来へと踏み出す彼らと、不注意で免許を失効させた冴えないおっさん。
とても、同じ空間にいていいとは思えなかった。
なんで免許の更新を忘れただけで、こんな悲しい気持ちにならなきゃならんのだ!
さすがにペナルティ重すぎねえ!?
本気で帰りたくなってきた。
せめてもの救いは、同じ境遇の同胞がいたことだ。
俺と同じように肩を落とし、『うっかりしていた』おじさん・おばさん10人ばかり。
ここだけ、空気がどんよりと濁っていた。
どこで間違えたのだろう。
俺も、あの若者たちのような時代があったはずだ。
自分の未来を信じて疑わず、希望に満ち溢れていた時代。
それが今や、これほどまでにカッコ悪い大人に成り下がっている。
昔の自分には、とても見せられない憐れな自分だ……
心の中で、さめざめと泣きながら、若者に交じって講習を受けた。
ペナルティが重すぎる。
だが責め苦はもう終わり。
講習代も再発行代も支払い、全ての課程を修了した。
あとは免許を貰うだけ。
今日の屈辱は忘れ、明日からまた強く生きよう。
そう強く決意する。
――だが、地獄は終わらなかった。
「更新忘れの皆様は、免許の色が青になります。
無事故無違反でゴールドの方も同様、青となります」
俺は耳を疑った。
5年間無事故無違反、優良運転者の証である『ゴールド免許』。
その名誉が、たった数日の遅れではく奪されるなんて……
思わず叫びそうになる。
優秀な人間に特典が与えられるのは、世の常だ
それは免許の世界も同じ事。
『ゴールド免許』には様々な特典があるのだが、俺に関係があるのはただ一つ。
「自動車保険、高くなるじゃないか……」
ゴールド免許保持者は、保険料が1割から2割安くなる。
大したことが無いと思われるかもしれないが、塵も積もれば何とやら。
次回の更新までの数年間、計10万以上値上がりだ。
「免許の更新を忘れただけなのに……」
ペナルティ、重すぎじゃんかよ。
建物を出ると、外は春爛漫。
陽気な日差しが降り注ぐが、俺の心は土砂降りだ。
俺は目が潤むのを自覚しながら、力なくバスを待つのであった。
※この物語は、事実を元にしたフィクションです。
登場する人物は架空ですが、先日作者が経験した話が元になっています。
免許をお持ちの方は今すぐ更新期限を確認してください。
でないと、本気で落ち込むことになり、一か月くらい再起不能になります