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73.『ただいま、夏』『泡になりたい』『またね』


 今年も夏がやってきた!
 この時をどれほど待ちわびただろうか
 待ちきれない思いで、胸が震える。

 去年も夏は来た。
 けれど、私には夏は来なかった。

 インフルエンザにかかったり、コロナになったり、しまいには二回目のインフルエンザ、散々だった。
 全く夏を楽しめず、家で寝ているだけの日々。
 『またね』と去っていく夏に、私はただ見送ることしか出来なかった……

 でも今年は違う。
 予防接種を受けて対策は万全。
 体調もすこぶる良しと絶好調だ。
 去年何もできなかった分、今年は思う存分遊び倒す!

 ただいま、夏。
 私が来たからには、退屈はさせないぜ。
 
 手始めに、私は近所の浜辺で美人コンテストに出ることにした。
 この厳しいご時世にも、堂々と開催しているコンテスト。
 それも、水着審査アリという気合の入れっぷりである。
 それゆえにいい意味でも悪い意味でも注目度が高く、賞金も桁違いの200万。
 ここで優勝すれば、私の夏はバラ色だ。

 だが油断はできない。
 賞金の額ゆえにライバルが多いのも理由だが、それ以上にこのコンテストはただ可愛い格好をすれば勝てると言うほど甘い物ではない。
 審査にはテーマが設けられているのである。
 このテーマに沿ってコーディネートしなければ、たとえ世界一の美人でも評価はされない。
 それほどまでに、このコンテストにおいてテーマは重要だった。

 今年のテーマは『人魚』。
 夏らしく、海を泳ぐ人魚のような姿を見せろという事なのだろう。
 センスの見せ所だ。

 気合を入れてコーディネートを考える時、私は酒を飲むことにしている。
 というのも、私は考え過ぎるきらいがあり、気合が入れば入るほど悩んでしまう。
 なので、酒を飲むことで思考をシンプルにして決めることにしている。

 もちろん、こんな大事な勝負を前に酒を飲むことに関しては抵抗がある。
 しかし、考えすぎて決められず出場が出来なくなる可能性を考えれば、酒の力を借りてさっさと決めてしまった方が絶対いい。
 私は冷蔵庫からビールを取り出し、飲み干していく。

 いい具合に酔って来たところで、衣装箱を開ける。
 中から出てきたのは、私の自慢の水着たち。
 去年は着ることが出来なかったが、今年は存分に活躍させられそうだ――

 と、眺めていると、ある水着が目についた。
 それは去年の夏の終わり、買った水着だ。

 その頃の私は、夏遊べなかった反動で酒を飲みながら通販サイトを眺めていた。
 夏に遊べなかった分うっぷん晴らしを。
 そう思ってパソコンにかじりついていた。

 色々な物を衝動買いしたけれど、その時買ったものの一つがこの水着。
 この水着を選んだ時の事はよく覚えている。
 そのデザインと柄に『まるで人魚みたい』と一目ぼれ。
 すぐにカゴに入れて購入した。

 それ以来、すっかり忘れてタンスの肥やしになっていたけれど、これならばコンテストを優勝できるに違いない。
 私はこうして、コンテストに着る水着を決めたのだった。

 🐟

 美人コンテスト当日。
 私は関係者全員の注目を集めていた。

 当然だ。
 これほど斬新で奇抜な水着なんてそうそうお目に掛かれないだろう。
 ここまで注目されるなら優勝間違いなし。
 このコンテスト、貰ったな。

 って思いたいんだけどな……
 私は一人ため息をつく。

 そりゃそうだ。
 私を恰好を見て、目を逸らせる奴なんていない。
 それほどまでに、私の水着は群を抜いて変わっていた。

 私は今、人魚だった。
 下半身が魚の、あの『人魚』。
 例えるなら『鯉のぼりの鯉に下半身を食われた人間』。
 明らかにネタグッズである……

 こんな面白人間、目を逸らせるわけがない。
 他の人間がやっていれば、私だって見てしまう。
 酒の勢いって恐ろしい

 出演者たちからも驚きを通り越して、恐怖の眼差しを向けられている。
 審査員たちも、信じられないのか何度も目をこすって私を見ている。
 確かに注目度は一番だけど、こんな形で注目されたかったわけじゃない。

 もちろん酔いが醒めた後、他の物にする事を考えた。
 けれど、案の定悩みすぎて決められず。
 結局この水着になったのである。

 ああ、私はなんで出場してしまったのだろう……
 恥ずかしさのあまり、顔から火が出そう。
 ヤケクソで出てきたが、やっぱりやめればよかった。
 泡になって消え去りたい、人魚だけに。

「優勝は、今年のテーマに完璧に応えた、下半身が人魚の女性です。
 おめでとうございます」
 嬉しくねえ。

8/11/2025, 1:29:39 PM