G14(3日に一度更新)

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『心の羅針盤』『夢じゃない』『風を感じて』


 吾輩は猫である。
 名はコジロウ。
 とある奇妙な縁でニンゲンのもとで厄介になっている。

 吾輩は元野良猫である。
 喧嘩に明け暮れ、狩りをして、する事無ければ昼寝する。
 そして飽きれば、風の向くまま気の向くまま、心の羅針盤が指し示す方向に旅をする。
 どこにでもいる普通の猫であった。

 しかし、旅先で地元猫の縄張り争いに巻き込まれ、足を負傷した。
 これでは狩りが出来ぬ。
 もはやこれまでかと覚悟していたところ、ニンゲンが現れ吾輩を家に連れ帰った。

 ニンゲンは実に献身的であった。
 暖かい寝床はあるし、美味しい飯も用意してくれる。
 時たまニンゲンがブラッシングしてくれるし、天敵のヘビやカラスに襲われる心配もない。
 まさに至れり尽くせりである。

 だからこそ、ふとした瞬間に考えてしまう。
 これは夢じゃないかと……

 もちろん一日中寝ている吾輩でも、夢と現実の区別をつけることは容易い。
 だが、自分にとって都合が良すぎて、現実感がないのも事実。
 地に足がついていないようで、どうにも落ち着かない。

 こうなってしまうと、昼寝をしてもいい夢を見る事は出来ない。
 そう思った吾輩は、気分を変えるため風に当たることにした。

 吾輩はニンゲンに催促し、ベランダに続くドアを開けてもらう。
 外に出た途端、不快な熱気が吾輩を襲うが、風が吹いているからか、そこまで不快ではない。
 特に涼しい場所を探し、風を感じながら考える。

 ……外の世界は過酷だ。
 弱い生き物は生きられない、残酷な世界。
 だが外の世界にいたときは、こんなことで悩むことはなかった。
 何もかもは無かったけれど、少なくとも現実感だけはあった。

 ……もしかして、答えは外の世界にある……?
 外には、温かい寝床も、美味しい飯も無い。
 けれど悩むこともないはずだ。
 
 視界を上げると、大きな木が見えた。
 丁度ベランダ近くに枝が伸びており、そこを伝っていけば下に降りられるだろう。

 これでお別れだ、ニンゲン。
 世話になったな。

 体を起こし大樹に飛び移ろうとした、まさにその時、家の中からニンゲンの声がした。

「コジロウ、チュールよ」
 チュール!
 吾輩は体を翻し、家の中へと走り込む。
 チュールこそ至高の食べ物。
 吾輩は、風のごとくニンゲンの駆け寄り、チュールを承る。

「コジロウ、がっつかなくても無くならないわよ」
 吾輩、これが食べられるなら夢でもいいや。

8/13/2025, 6:57:28 AM