72.『8月、君に会いたい』『波にさらわれた手紙』『ぬるい炭酸と無口な君』
8月が家出した。
大人たちの重なる悪口が嫌になったらしい。
夏休みの直前に、8月が姿を消してしまったのだ。
暑いとか、猛暑だとか、体温だとか、水寄こせだとか……
8月は好きで暑くなったわけじゃないのに、たくさん悪口を言われて可哀想だった。
ボクならすぐ嫌になるのに、ずっと我慢していた8月は凄いと思う。
だから、みんなが悪く言っても、ボクは少しだけ同情していた。
でも大人たちは、『もう、暑い思いをしなくて済む!』『後は涼しくなるばかりだな』と大喜び。
だれも8月の心配をしていなかった。
けれど、ボクには8月が必要だ。
ボクだけじゃない、子供たち全員に8月が必要だ。
だって8月がいないと、夏休みが短くなってしまうから。
大人たちは自分の事ばかり考えてないで、もう少し子供たちの事を考えて欲しい。
遊園地や海、山でキャンプ。
おじいちゃんの家に行って、カブトムシも捕またい!
夏休みは、楽しいことでいっぱいだ。
でも大人達は8月が無くても、別に問題ないらしい。
大人を頼れない。
そう感じたボクたちは、子供たちだけで8月を探すことにした。
ボクは、リュックサックの中にコーラとパンを入れ、皆と一緒に8月を探す旅に出かけた。
📅
最初は学校の周りを探した。
けれど、暑い中コーラを飲みながら探したけど8月はどこにもいない。
疲れただけだった。
次の日、学校が休みだったのでバスに乗って隣町に行った。
でもいない。
念の為、もう一つ隣の町に行ったけど、やっぱりいない。
どこに行ったのだろう……?
こんなに探しても見つからないのは、8月が海外にいるかもしれない。
そう思ったボクたちは、8月に手紙を送ることにした。
海外は遠すぎて、バスじゃ行けないからだ。
でも8月のいる場所が分からない。
そこで考えたのがボトルメール。
これなら住所が分からなくても、8月に手紙が届くはず。
『8月、君に会いたい』。
その一文を書いて、ボトルを海に流す。
波にさらわれた手紙を見ながら、早く返事が来るといいなと思った。
けれど、どれだけ待っても8月から返事が来ることはなかった。
📅
あれから色んな場所を探したけど、8月はどこにもいなかった。
このままじゃ、短い夏休みが始まってしまう。
毎年楽しみにしていた夏休みが、今年は全然嬉しくなかった。
その日、ボクはカレンダーの8月のページを見ながらコーラを飲んでいた。
太陽に暖められたぬるいコーラ。
美味しくなかったけれど、飲まずにはいられなかった。
今日も探しに出かけたけれど、
遊びに行く予定が書きこまれた8月のページ。
このままじゃどこにも行くことなく、8月のページが捨てられてしまう。
それがボクには、どうしようもなく悲しかった。
「ねぇ、どこにいるの?」
どれだけ聞いても、ぬるい炭酸と無口な君は何も答えてくれなかった。
📅
8月が帰ってきた。
何事も無かったかのように、突然戻って来たのだ。
理由は分からない。
もしかしたら、皆をちょっと困らせたかっただけなのかもしれない。
「えー、皆も知っていると思うけれど、8月が帰ってきました」
教室の前で、先生が嫌そうに話す。
暑いのが嫌いな大人なのだろう。
ものすごく残念そうだ。
「ですので、夏休みを短くするのはやめて、いつもと同じ長さにします」
「「「やったー」」」
先生の知らせにみんなが騒ぎ出す。
夏休みでたくさん遊べる、これほど嬉しい事は無い。
「えー、もう一つ連絡があります」
しかし先生の話は終わってなかった。
「夏休みが予定通り実施されるということで、夏休みの宿題も予定通り出すことになりました。
みんな、遊んでばかりいないで宿題もやるように、以上」
先生の言葉に、ボクたちは思わず叫んだ。
「「「ちくしょう、8月なんて帰ってこなければよかったのに!」」」
8/8/2025, 3:07:43 PM