『夢が醒める前に』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
ここは心地がいい。
暖かい日差し。
君が私の髪を撫でる感覚。
君の温もり。
本のページをめくる音。
シーツの柔軟剤の香りに、ほんの少しの太陽の匂い。
そこに混じる君の匂い。
無意識にここは心の底から安心できると思った。
微睡みの中で私は世界一の幸せ者だと。
もう少しこのままでいたい。
神様。
叶うのならばいっそ永遠に私を夢の中へといざなっておくれ。
夢が覚める前に君に伝えたいことがあるんだ。
君の顔に手を伸ばし言葉を紡ごうとした。
あぁ、夢から覚める感覚だ。
だめだ。
まだ、待って。
覚めたくない。
だが、どう足掻こうと無駄と言われるように現実へと連れ戻された。
今まであった日差しはとうに消え去ってあたりは暗闇に蝕まれていた。
暖かい日差しも。
髪を撫でる感覚も。
君の温もりも。
ページをめくる音も。
無くなってしまった。
無くなっていた。
もう、無いんだ。
無いんだ。
冷たいシーツを握りしめ私は泣いた。
どうしようも無い深い深い悲しみの中、ふと微かに匂ったのは柔軟剤の香りと微かな太陽の匂い。
その中に君の匂いが残っていた。
あぁ、君は本当にここにいたんだね。
あの日々は夢じゃなかったと、証明してくれているようだった。
この匂いもいつか消え去り私の元を離れていく。
君の声も君の体温も君の顔さえ時が経てば思い出せなくなるのかな。
私には無理だよ。
忘れたくない。
夢の中で君にまた会えるかな。
神様が本当にいるならきっとまた会わせてくれるはずだ。
だから、次は夢が覚める前に君に伝えるよ。
愛してると。
【夢が覚める前に】
「なんだ、また戻ってきたのか」
夢のなか、獏が顔を上げた。……
人の悪夢を食べる獏。
中国では、熊の体に象の鼻、虎の脚を持つキメラだったという。それも昔のこと、近頃は手のひらサイズのタイプがもてはやされていて、友だちの獏もみんなかわいらしい小動物だった。
けれど私の獏は人間の姿をしている。
……私は強くなった。だから訣別した。なのにどうして。
「相変わらず惨めったらしく泣いてるんだな。また上履きを隠されたのか。教科書を捨てられたのか」
「もうそんな歳じゃない」
獏は口の端を上げた。
「営業のオオミヤさんに二股かけられたのか。同期のサトウに責任をなすりつけられたのか。気分屋の上司に一日中振り回されるのもあるな」
「……ほっといてよ」
問いただすのもばからしい。どうせ全部お見通しなんだろう。
「来いよ。全部喰ってやるから」
「私の夢は不味いんじゃなかったの」
「そうだよ。もっと美人ならともかく、おまえの泣き顔なんか見られたもんじゃない。つまり、好きなだけ垂れ流せばいいってことだ」
ひとの神経を逆なでするやつ。
でも、そう言って手招きする獏は優しいのかもしれないと初めて思った。優しい慰めを言わないだけ優しいのかもしれない。
ぽんぽんと背中をさすられてどうしようもなく縋りつきそうになる。
「もう夢は見たくない」
獏は「そうか」とだけ返した。
その指が首にかかるのを感じる。
今夜は深く眠れそうだ。
(夢が醒める前に)
ピンク色の空の下で目が覚めた。
頭がぼんやりしていて、ピンク色の空の正体が満開の桜だと気付くまでにしばらくかかった。
ゆっくりと起き上がって周囲を確認する。
ここが見覚えのある校庭の隅で、自分が中学の制服を着ているから、あぁ、これは夢の中なのだと思った。
私が中学生の頃の夢だ。
ふと気がついたら、隣に彼女が立っていた。
中学生時代に最も仲の良かった親友。
肩より少し長めに伸ばした髪と、膝より少し上の短めのスカートが風で揺れている。
見た目もあの頃のままだ。
当たり前か、私は卒業してからの彼女を知らない。
「久しぶり。変わらないね」
「そりゃあ、あんたの夢の中だからね」
どうやら夢の中の彼女もここが私の夢の中だと気付いているようだった。
「最近どう?大人って楽しい?」
「全然楽しくない。社会人つらい」
昔の親友を前に、思わず本音がこぼれてしまった。
自分の見た目と会話のアンマッチさになんだがおかしくなってしまう。
「えー、そうなの?働くのって楽しそうだけど。だって働いたお金全部自分のもんでしょ?」
「全然楽しくないよ。毎日毎日同じことの繰り返しでつまんないし…お金はあるけど時間がない。なんでかわかんないけどとにかくつらい」
「あ、わかった!五月病ってやつ?」
「まだ三月だけどね」
「んー、そっか…大人ってそんなつらいのか……私にはよくわかんないけどさ……けどまあ、あんたならきっと大丈夫だよ」
笑顔でそう言った彼女の手はピースサイン。
思わずはっと息を飲む。
たった今思い出した。
あの頃の私たちのいつもの挨拶。
廊下ですれ違う時も、先生に怒られてムカついたときも、彼氏と別れて悲しかったときも、いつもピースサインを作って翳し合っていた。
それだけでなんだかおかしくて、元気になれた。
私たちの親友の印、仲間の合図。
「なんで私に会いに来てくれたの?」
私は少し嬉しくなって、悪戯に聞いてみる。
「何言ってんの、あんたが私を呼んだんでしょ?」
「え?私が?」
「夢が醒める前に、私に何か言いたかった事があるんじゃないの?」
そう言われてはっとする。
そうだ、彼女を見た瞬間に思ったことがある。
「ほら、早く。もうあまり時間が無いんだよ」
うっすらと霞んでいく景色に、夢が醒めてしまうと予感する。
「あ、あのっ」
慌てて私は言葉を探す。
ずっと心の奥に引っかかっていたこと。
大人になってからも時々思い出して、自己嫌悪していたこと。
「あの時はごめんなさい!」
「どの時?」
「最後に喧嘩して…意地張って謝れないまま卒業しちゃったから……ずっとずっと後悔してたの!…ごめんね!!」
大きく風が吹いて、桜が舞う。
急激に彼女が遠くなる。
桜吹雪の中で彼女が笑いながらピースサインを突き出したのが見えた。
彼女が姿を消して、目が覚めた。
私の部屋。いつものベッド。
赦されたわけではないのに、都合のいい夢に自嘲する。
カーテンを開けて、昇り始めた朝日に目を細めた。
ベランダに出て、深呼吸をする。
柵から少し身を乗り出して、街を見下ろす。
濁った景色、何も変わらない街。
いつもと同じ、つまらない朝だ。
朝日に向かってピースサインを作ってみる。
夢の中で思い出した、彼女と私の仲間の合図。
彼女のことを思い出してみよう。
彼女が好きだったバンド、彼女が好きだった漫画、彼女のお気に入りだったブランド、彼女が照れた時の前髪を弄ぶ癖、彼女が付き合ってた2つ上の先輩。
今まで忘れていたのに、はっきりと思い出せる。
彼女も今頃この世界のどこかで目覚めて、同じように朝を迎えているのだろうか。
彼女の夢の中に、私も出てきたりするのだろうか。
その夢の中で私は、彼女の夢が醒める前に何を伝えるのだろう。
目が覚めた彼女は私のことを思い出してくれるだろうか。
私が好きだったアイドル、私が好きだったお菓子、私のお気に入りだったリップクリーム、私の給食の食べ進め方の癖、私が好きだった国語の先生。
もし思い出してくれるとしたら、私はとても嬉しい。
とてもとても、嬉しい。
春の風が頬を撫でて我に返る。
「さて、今日も適当に頑張ろ」
ピースサイン越しの朝日に、あえて声に出して一人呟いてみる。
遠くに、電車の走る音が聞こえる。
いつもと同じ、朝が動き出す。
2024.3.21
「夢が醒める前に」
あなたの手を取る。あなたの髪を撫でる。あなたの目を見つめる。あなたのまつ毛がなにかを恐れるように震える。心許ない暗がりの中でもあなたはあなたのままでいる。シーツの上に沈んだ体をそのままに、半月にまどろめば再び会えるのだ。私の手であなたにやわく突き刺さる光を遮る。あなたはまた私を忘れる。
// 夢が醒める前に
「夢が醒める前に」
ここは私の夢の街。
毎年54月712日に決まってこの場所の夢を見る。
見たこともない建物 見たこともない文字
見たこともない生活 見たこともない生物
この街には知らないものが沢山溢れている。
今日も夢が醒めるまで、ここを見て回ろう。
そう思って私はいつも通り、街を探索することにした。
やたら背の高いビル群 レンガでできた古い建物
静かに突っ立っている沢山の街灯
うねうね動く植物のようなものが植った花壇
歩いているうちに、私はふと気がついた。
この街には、話ができそうな誰かが、何かが存在しない。
こんな街や文字があるのに、なぜ?
そう思うとこの街のことがさらに気になってきたので、私は色々な場所を見てまわることにした。
金属製の大きな高床式倉庫 ノイズを発するATM
何に使うのか分からない機械 巨大なドーナツ?
わけのわからないものがさらに増えただけで、この街のことが余計にわからなくなってしまった。
そして私は気がついた。元いた場所に戻る道がわからないことに。
しまった。どうしたものか。
とにかく話のできそうな人を探すしかない。
そう思って私は周辺を見まわした。
すると、頭がブラウン管の人(?)が歩いているのが見えたのでとりあえず声をかけた。あ、言葉通じるかな……?
「すみません。道に迷ってしまって……」
「tx2p fpq m1xppf7boq?」
ブラウン管頭は少し何かを考えたあと、
「どこに行きたいの?」
そう答えた。よかった。言葉が通じる。
「駅?みたいな場所に戻りたいんです」
「駅だね。わかった。こっちだよ。」
親切なことに、彼(?)は駅まで連れて行ってくれるようだ。
その道中、この世界について話をした。
彼曰く、ここは「宇宙のゴミ処理場」、つまりいらなくなったものを処分し、消去するための場所らしい。
そして、彼も「いらなくなったもの」なのだという。
もとは聞いたこともない名前の惑星で、ウュニホ類という生き物と家族として暮らしていたがやがて型落ちになったから捨てられた。
家族だったのに、捨てられた。
それを聞いて、私はとても悲しくなった。
彼はさらに、こう付け加えた。
今日は僕が存在していられる、最後の日だと。
「君は不思議な存在だね。どうしてこんな場所に来られるんだい?」
「私にもわからない。毎年54月712日に決まってこの場所の夢を見る、ということしか。」
「54月712日に君は魔法が使えるようになるのかな?とにかく、君に会えて僕は嬉しかったよ。……あ、もうそろそろ駅に着くよ。」
「あ、ちょっと待って!」
「?」
「もし駅に着いてしまったら、この夢が醒めてしまうの。だから、この世界のこと、もっと教えて!」
「喜んで!」
夢が醒める前に。
夢の魔法が解ける前に。
魔法で溶ける前に。
彼と一緒に、最後の時間を過ごそう。
夢が醒める前に
懐かしい硬い感触を背中に感じ瞼を開くと、視界に飛び込んで来たのは真っ白い光だった。
ここに来るのはこれで7回目だ。ここが夢の世界だということは最初こそ戸惑いはしたが、こうも何回も来ていると慣れるものである。我ながら人間の適応能力には感心する。
相変わらず質素な所だなと思いつつ、軽く体を伸ばし、立ち上がって深呼吸を2、3回してから歩き出す。
ここからしばらく歩いた先に白い扉が現れる。しばらく、と言っても辿り着く時間はその時々によって変わってくるのでまちまちだ。
歩き始めてすぐ現れる時もあれば、一向に現れずそのまま現実世界に引き戻される時もある。
まるでえんえんトンネルだなと思いつつ歩いていると、数十メートル先に例の扉が現れた。
見た目は少し古めかしい木製の扉。所々白い塗装が剥げていて、そこから木片が顔を覗かせている。
扉の隙間からは白い霧のような光が源泉のように湧き出しており、周囲の白さと比べても一線を画している。
私は右足に脱いだ上着を軽く巻き付け、意を決してL字のドアノブに手をかけ引っ張る。
が、扉は開かない。やっぱりだめかと肩を落とし、次は思いっきり引っ張る。
すると、わずかに隙間が開きそこからものすごい勢いで周りの光を吸い込んでいく。
私はすかさず開いた隙間に予め脱いだ上着を差し込み、一度ドアノブから手を放す。
扉は勢いよく閉まろうとするが、差し込んだ上着が邪魔をして5mmほどの隙間を残している。
そして次はその隙間に指をかけ、力いっぱい引っ張る。
この扉を中心に奥から光が消えていき闇が迫っているのが見える。
現実の自分が覚醒しようとしているのだ。
その前にこの扉だけは開けたい。ここまで開いたのは今までで初めてだ。
だから、今度こそ開けてやる!この夢が醒める前に!
この扉の向こうには私が忘れている大事な何かがあると直感で分かる。
このチャンスを逃すと次いつここに来れるか分からない。
闇はもうすぐそこまで迫っている。もう時間がない。
私は最後の力を振り絞り全身を使って扉をこじ開ける。
そして、体が闇に飲み込まれる瞬間、扉が開いた。
次に目を開くと、柔らかいベッドで見慣れた天井を見上げていた。
扉の向こうに何があったのか、直接その目で見ることは叶わなかったが、とても、とても大切なことを思い出した。
私はベッドを飛び降り、コートだけを羽織って玄関の扉を勢いよく開けた。
昨年末に夢を見た。
どんな夢だったか思い出すとちょっと笑ってしまうが、 家の中で失くした家族のマイナンバーカードを両親と必死になって探す、というもので。
現実にもひょっとしたら起こるかもしれない辺り、身に迫る感じが何とも可笑しい夢だ。
けれども、とにかくその時は大真面目で。
心当たりのところから始まり、寝室に和室、客間を順々にごそごそと探して回ったものだ。
しかしながらカードは見付からず。
粗方探し尽くし、それじゃあ次はどこを探そうか、と皆で頭を捻ったときだ。
「あっちの方にあるんじゃないの~?」
いつの間にか家捜しに加わった祖母が前を横切って行った。
腕を背中に回して組んで腰を曲げ、杖も使わずにスタスタと。
初夏に大腿骨を折る骨折をして、「車椅子になるかもしれない」とまで言われたのが嘘のよう。
こんなに元気に歩けるようになって良か――。
「――おばあちゃん?」
はっとして呼び止めた。
客間を出て廊下へ、そして台所へ向かって歩いていく後ろ姿を追いかけ手を伸ばす。
あと少しで腕が掴める。
――そこで夢は唐突に終わったのだ。
祖母は昨年の夏に亡くなった。
通夜に葬式、四十九日とあれよあれよという間に時は過ぎ。
年も明けて今は三月だから、あれからもう半年以上も経ったのか。
ひい、ふう、みいと改めて月日を数え、時の流れの早さに驚かされる。
それだけの時が経っても尚、未だに気持ちの整理がつかないところがある。
亡くなる前一ヶ月の出来事を思い返すと、今でも心がざわつくからだ。
「しゃべり、たいこと、ある、のに。はな、せん」
最期の一ヶ月は会話もままならず、お見舞いへ出向いたとき、絞り出すようにしてたどたどしく紡がれた祖母の言葉が忘れられない。
骨折して入院した際に持病も悪化し、そのまま最期まで住み慣れた我が家へ帰ってくることはなかったのが悔やまれる。
祖母が亡くなった朝方も、夢を見た。
ふわふわと、夢か現か。
浅い眠りの中、風になびく草原の中に祖母が居り、病んでしまう前のふっくらとした顔つきで、にっこり微笑んで立っているだけ。
こちらから話しかける間もなく夢は静かに終わり、近くに聞こえる、慌ただしく発進する車のエンジン音で目が覚めた。
遠ざかる音と入れ替わりに母がやって来て、早く起きるよう私を急かした。
先んじて父が家を出たから、私も後を追うように、と。
それが、祖母、危篤の知らせだった。
まるで最期のお別れに会いに来てくれたかのようで。
そんな不思議な夢に、病院から帰ってきた後は零れた涙が止まらなかった。
年末の夢のときも、ひょっとして、あの時のように会いに来てくれたのだろうか。
そうだとしたら、夢とはいえ、久しぶりに一言でも声が聞けたのが嬉しい。
また会いに来てくれるだろうか。
次があるなら、今度は会話を繋ぎたい。
夢から醒める前に、少しでも長くお喋りをしようね。おばあちゃん。
(2024/03/20 title:013 夢が醒める前に)
私の部屋で飲み会が行われていた。
参加者は私と恋人の聡くんの二人。
私から飲み会をしようと提案した。
この飲み会の目的は二つ。
一つ目は、聡くんに元気を出してもらうため。
仕事がうまくいかず、怒られてしまったらしい。
二つ目は、私たちの関係をもっと先に進める事。
私たちが恋人となってから、もう一か月。
私が臆病なせいで、なかなか進まなかったこの関係。
お酒の力を借りて、これまで言えなかったことを言うのだ!
そしてお酒はほどよく飲んだ。
あとは言うだけ。
聡くんに届け。
私の熱い想い。
「私は王様だぞ。この紋所が目に入らぬか~」
「はい、はい」
私の渾身のがギャグに受けなかったのか、聡くんは適当な相槌を打った。
予想では笑い転げているはずなのだが、どうやら高度過ぎて伝わらなかったらしい。
しかたない、次のギャグを考えるための燃料、もといお酒を飲む。
「純ちゃん、飲みすぎだよ。もうそれ以上はやめな」
「まだ飲むの~。聡くんが笑うまでやめない~」
そう私には使命がある。
聡くんを笑顔にしないといけないのに、未だ彼はずっとしかめっ面なのだ。
「純ちゃん、酒に強いって言ってたのに……
ベロベロに酔ってるじゃん」
「なんてこと言うの~。私はシラフでーす」
「……酔っ払いはみんなそう言う」
聡くんは酔っぱらっているのか、認識に異常がある。
いや、逆に酒が足りないのかも!
「聡く~ん、お・さ・け、飲んでないでしょ。
もっと飲もうZE」
「絡み癖もあるんだ……初めて知ったよ、ハハハ」
「!」
聡くんが笑った!
「じゃあ、私、お酒飲むのやめるね~」
「ええ!?突然どうしたの?」
「聡くんが笑ってくれたから」
「全く意味が分からない」
聡くんが笑顔になった。
私はそのことで胸がいっぱいになる。
笑ってくれたことで、この飲み会は半分成功した。
目的はあと一つ。
彼に愛を伝える。
「好き」
お酒を飲んだからか、私の口から自然と愛の言葉がこぼれる。
「お酒が?」
でも聡くんはニブチンなので、うまく伝わらなかったらしい。
「ううん、聡くんが好き。愛してる。世界中の誰よりも」
「う、うん」
突然の愛の告白に、聡くんはドギマギしている。
そして彼は姿勢を正し、私を見つめる。
「僕も純ちゃんの事が好き。世界中の誰よりも」
「嬉しい」
聡くんが私の想いに応えてくれる。
まるで夢のよう。
彼は私にキスをしようと、顔を近づけてくる。
だが彼の顔を見た時、胸に不快感を感じた。
きっと夢から醒める前というのはこういう事を言うのだろう。
幸せだった気分から、急速に私の中の冷静な部分が呼びこされる。
ムリ。
もう限界だ。
私はすぐそこまで近づいていた彼を突き飛ばす。
そして胸の不快感は、口の中にまで押し寄せて――
🍺 🍺 🍺
「すいませんでした」
私は彼に土下座して謝る。
「反省してるなら、お酒は控えてね」
「はい。すいませんでした」
「怒ってないから、顔を上げて」
そう言いながら、彼は汚れ(オブラート)をタオルで拭きとっていた。
あれだけ夢の中の様な幸福感に包まれていたのに、あっけない終わり……
私の胸の不快感はきれいさっぱり無くなったが、代わりに後悔で胸がいっぱいだった。
彼は怒っていないと言ったが、実際はどうなのだろう。
まさか幻滅されたんじゃ……
「コレで綺麗になった、と。あとで洗濯機も回すことにして――」
聡くんが急に私の方を向く。
「さっきの続けようか?」
私達の夢は、まだ醒めないらしい。
平凡な一生(テーマ 夢が醒める前に)
1
これは、ある、どこにでもいる男の話だ。
日本の片田舎に生まれて、まずは幼稚園から学校へ進む。
泣き虫で、幼稚園ではよくいじめられた。
『うまくやらないとずっと泣くことになる』と彼が思った原点がここにあるかもしれない。
小学校に上がり、今度はなんとか友達を作りつつ、勉学に励む。
『要領よくいかなくては』
物事はほどほどに。バランスが大事だ。
孤立しないように振る舞い、勉強も落ちこぼれないようにやる。
2
大学に行く前くらいには、一度は男女交際をしておかなくては。
特に男の場合、高齢になれば女性から相手にされなくなる。
高嶺の花に手は出ない。自分と付き合ってくれる相手を探す。
大学も、そこそこ以上で、できれば国公立。
うちは金持ちではないし、あまりにもレベルが低ければ両親に迷惑がかかる。
無事に大学へ進んだ。合格したときは両親も祝ってくれた。
3
大学卒業後は、就職だ。
親の代と異なり、非正規雇用が増え、ただ働いていれば給料が増えるわけではない。
『どこでもいい』『何でもいい』とは言えない。
企業選びは大事だ。
なんとか、給料ほどほどの企業から正社員の内定をもらう。
名刺を実家の両親に見せたら、壁に貼っていた。
仕事に追われながら、しばらくして結婚した。
結婚式。
仕事の話しかしていない上司は、挨拶で『彼はやり手で』と持ち上げてくれ、仕事場の同僚はお酒で赤らんだ顔で祝ってくれた。
妻の仕事場の上司も、やはり同じようなことを言っていた。
似たもの同士の結婚かもしれない、と内心で思った。
両親は泣いて喜んでいた。
4
家族を養いながら、仕事に打ち込む。
結婚2年目で子どもが生まれた。
よく泣く子だ。夜中も泣き続けで、とても寝ていられない。
妻は育児休業をとって、子育てに専念した。
その間も会社の仕事は増え続けた。
一時は、その分残業代も出たので、物入りな子育ての際には助かった部分もある。
しかし、妻はその間、子どもと一対一で向き合っている。
目も手も体も離せない。油断できない時期だ。
妻の育児休業期間が終わる。
子どもを保育所に預けて夫婦ともに仕事場へ。
子育ては夫婦で協力して臨む。
保育所への送りは自分、迎えは妻。送りに行く自分も、迎えにいく妻も、勤務を調整している。
自分の場合はフレックスで勤務時間を後ろにずらした。
つまり、その分遅くまで働くのが通常になった。
そして、増えた仕事が終わらないので、さらに遅くまで残業をする。
互いの親に孫の顔も見せるために月に1回は、週末、互いの実家へ行った。
最初はうまくいっていた生活も、次第に疲弊していく。
仕事は、歯を食いしばって残業を続けていたが、いくら頑張っても増える一方だ。
働き方改革で休みは取りやすくなったが、仕事が減ったわけではない。
会社を潰さないためには誰かがその分働かないいけない。
子育ても忙しい。
仕事仕事で、妻にも子どもにも、時間をとれないことが増えてきた。
その代わり、休みの日は子どもの面倒を見たり、月一の自分の実家への顔見せの際には、自分と子どもだけで行き、妻には休みをあげたりした。
その間も仕事は増え続ける。
部下が休んだり、辞める。
さらに仕事が増える。
終わらない。ずっと終わらない。
給料が増えたと思ったが、税金も増えた。
思ったほど貯蓄もできていなかった。
5
ある日、体が起こせなくなった。
病院を回ると、体ではなく心の病であった。
メンタル不調。うつ病。
仕事を休むことになった。
妻が仕事をメインでやるようになり、自分が子どもの面倒を見ながらうつ病治療。
症状はよくなったり悪くなったり。
一時は字が読めなくなった。
薬を飲みながら治療をする。
妻は仕事で家にいない時間が増えた。
薬を飲みながら仕事に復帰した。
少しずつ仕事を増やす。
しかし、復帰後の職場はさらに増えた仕事と、少なくなった人員で回す地獄の環境となっていた。
薬でごまかしながら、仕事漬けに戻った。
子どもは小学校中学年になり、いわゆる鍵っ子になっていた。
6
ある日、家に帰ると誰もおらず、妻は子どもを連れて実家に帰り、離婚届が送られてきた。
平凡な人生は躓き、幸せは消えた。
何が悪かったのか。
仕事をもっと減らすための努力が足りなかった。
家族にもっとかまうべきだった。
妻に愛想を尽かされないための努力が足りなかった。
考え続けても答えは出ない。
ただ、朝、起きても妻も子どももいない。
7
親は肩を落としていた。
それでも人生は続く。
うつ病の薬を飲みながら仕事にどっぷりと浸かり、時間を作っては再婚をするために結婚相談所に登録して、仕事の合間に人に会う。
ちょっとまて。
本当にそれでいいのが?
その繰り返しでいいのか?
それが『どうしても欲しかったもの』か?
そもそも、なぜ、『それ』がほしかったのが。
分からない。
周囲も当然そうしていて、両親も『それ』を望んでいて、なんとなく幸せそうで。
子どもの高い体温をだきあげていると、生きている、という実感はあった。
だが、妻の考えることは次第に分からなくなり、空回りが多くなっていた。
仕事は終わらなくなり、残業や休日出勤は当たり前。
体も心も持たなくなった。
もう一度、自分が必要な幸せを考え直すべきではないか。
それどころか、幸せという麻薬をほしがることを、考え直すべきではないか。
自分は今まで、『そういうものだ』という理由から、橋から落ちないようにうまく立ち回ってきた。
しかし、それは『酩酊状態から醒めないように酒を飲み続ける行為』ではないのか。
今、『夢から醒める前』に『別の夢』を必死に積み上げようとしているが、それが本当に正しいことなのか。
結婚して、子どもができて、ささやかな夢、平凡な幸せをつかんだと思った。
思ったが、崩れるのもあっという間だった。
そして、崩れた夢をまた積み上げようとしていることを今、自覚した。
夢とは一体何なのか。
必死になって追っていた『夢』、あるいは追われていた『夢』。
夢は『平凡な幸せ』と言い換えてもいい。
一体それは何だったのか。
ただ、壊れた心と老いが見えてきた体と、山のような仕事があるだけの私。
そんなものが、本当に欲しかったものなのか。
わからないことだらけ。
しかし、一つだけ思ったことがある。
今、『夢から醒めた』のだ。
『夢が醒める前に』
『う、ん』
目を開けると、見慣れた景色が視界に入った。
もう何回目かもわからない。それくらいここで目覚めた。
またいつも通りの日常だ。なんて変わり映えのない。
『さて、早く準備しないと。』
そう言ってパパっと準備し、外に出る。
外は快晴で、雲一つ無く太陽が輝いていた。
『よし! 今日も頑張ろう!』
ちゃんと今回もやる事をやろう。この夢醒める前に
君にありがとうと、ごめんなさいを
ひどいこと言ってごめんなさい
泣かせてごめんなさい
連絡遅くてごめんなさい
遅刻してごめんなさい
付き合ってくれてありがとう
服をくれてありがとう
一緒に住んでくれてありがとう
料理を作ってくれてありがとう
愛をくれてありがとう
君の笑顔が咲いている。私もそれにつられて笑顔になった。今は花も真っ盛り。花の匂いと一緒に、春の空気を吸い込む。
肺を満たした春の空気が体をめぐり、心地よさが心を満たした。
ねえ、桜綺麗だね。
あっちも見たいな。
ああ、いつか見たあの時の夢と全く同じだ。
嬉しくもあり、切なくもある。一体私は幸せだったあのころの思い出をいつまで見続けるのかな。でもこの時がずっと続けば辛くないのにな。
君に伝えられなかった言葉を、私の希望が醒める前に伝えよう、そして、ひと時の夢から帰って君のためにも頑張ろう。
ねえ、伝えたいことがあるんだ。
君の事が─
夏の夜だった
寝苦しさから目を覚ました私は
家族四人が並んで寝ている足元にいた。
母と、弟二人、そして私。
まっすぐに寝ようと布団をごそごそしていると、
見慣れた、母のものでない大人の足があった。
毛深くて、筋肉質で、浅黒い。
ああ。お父さんだ。
いつの間にか、居るはずが無いのに
そこにある父の足に安心して寝てしまった。
夢なら覚めなければよかったのに。
夢が醒める前に
顔にかかった水滴で目が覚めた。
スーパー銭湯のジャグジーでうとうとして一瞬夢を見た気がする。
何の夢を見ていたんだっけ。
水底から絶え間なく大量の泡が昇っては顔の周りで弾けていく。
毎晩見ては忘れられていく夢。
泡と一緒に弾けるあらゆる夢オチのストーリー。
目覚める前にゴボリと頭が水に沈んで、出てきたときは夢の中の人間になっていることもあるかもしれない。
夢が醒める前に
とあるカフェのテーブル席で、友に会った。
自殺してしまった友が目の前にいる。
だからこれは、夢なのだと思った。
カフェの店内は見覚えがある。
学校帰りに寄り道して、いつも入ったお決まりの席。
あの日も一緒に行くはずだった。
用事があると、先に帰ってしまって、友は学校でー
何かに悩んでいる風に見えなかった。
言葉の端から気づいてやれば良かった。
あの日も用事なんか放り出して、一緒にいれば・・・
「あのさ、もうそんなに苦しまなくていいよ」
今まで何も言わなかった友が口を開く。
「こっちは自分の勝手で自殺をしたんだ。君のせいじゃないし、君が責任を負わなくていい。それでもこんな風に悩んでくれてるのが嬉しくて、特別に夢に出てきたんだ。・・・ありがとう、ごめんね」
「・・・ううん。こっちこそ、夢に出てきてくれてありがとう」
ー夢が醒めたら帰らなくちゃいけないんだ。
ーそうなの?じゃ、夢が醒める前にたくさん話をしよう。まだまだ夜は長いから・・・
夢が醒める前に
私はいつからか桜色の夢を見るようになった
その夢には決まってあなたが…大好きをくれたあなたが出てくる
夢の中での私は、桜の木の下であなたと色んな話をするんだよ
でも、いつかは…
いつかはこの夢が醒める前にあなたに伝えたい…
"大好きとありがとうを"
『夢が醒める前に』
いい夢を見た時、
その夢から醒める前に
やりたいことを全てやり遂げろ
恋人が亡くなった。交通事故。僕の目の前だった。伸ばせば、手が届くかもしれなかった。
なのに、僕は…
彼女の亡骸を見て、涙があふれる。吐くほどの感情が大粒の雨を作った。彼女の手の温もりも、あの笑顔も優しさも感じられなかった。
「ごめん、ごめんなぁ…」
葬式の日、僕は布団から1歩も動けずにいた。どうしようもない怖がりで、臆病で、クズだった。寝返りを打つ。涙が頬を伝う。
「…ごめんなぁ……」
呟くと、眠気に襲われる。気絶するように、それまでの睡眠不足が一斉に襲ってきた。
『りお、待てって!』
『やーだね!こっちおいでよ!』
そこには、りおの笑顔があった。元気に動く姿が見えた。僕は思わず抱きついた。
『きゃっ!なにするのよぉ』
びっくりしたように、照れたように彼女は言う。
『僕さぁ、君がどこか遠くに行っちゃう夢を見たんだ。だから、怖くて。』
そう言うと、彼女は僕を突き放すように言う。
『そうだよ。私は、もう遠くに行くの。私たちが一緒に居られるのは、今だけ。夢の中だけ。』
寂しそうな笑顔で、彼女は語る。
『だから、夢が醒める前に、夕に話したいことがあるの。』
『いやだ、いやだ!!夢なんて、夢なん醒めるなっ!行かないでっ!』
『ううん、だめ。夕、ちゃんと前に進んで。私はもう十分に幸せなの。ありがとう。』
覚醒と、眠りの狭間で意識が揺らぐ。僕は、とうとう目覚めてしまった。
もう何度寝ても、彼女はでてこなかった。夢が醒める前に、僕は。なにができただろう。
〝夢が醒める前に〟
気が付くと、何故か異世界にいた。
なるほど、異世界ものを寝る前に読んでいたからか。
どうせ夢だということで、
しばらく歩いてみることにした。
それにしても、夢の世界のご都合主義はとてつもない。
私自身の服装も、言語も、
全てが異世界仕様になっていて、お金まであった。
夢が醒める前に、この世界を楽しんでしまおう。
タイムリミットは夢が醒める前。みんなを捕まえなくちゃイケナイ。あと最後の一人。彼を。彼を捕まえれば。ここまで追いやられば。やっと追い込めた、彼を。これだけ、あとは。一番重要。
「さよなら。ありがとう。」
夢が醒める前に私が死ぬ。