「なんだ、また戻ってきたのか」
夢のなか、獏が顔を上げた。……
人の悪夢を食べる獏。
中国では、熊の体に象の鼻、虎の脚を持つキメラだったという。それも昔のこと、近頃は手のひらサイズのタイプがもてはやされていて、友だちの獏もみんなかわいらしい小動物だった。
けれど私の獏は人間の姿をしている。
……私は強くなった。だから訣別した。なのにどうして。
「相変わらず惨めったらしく泣いてるんだな。また上履きを隠されたのか。教科書を捨てられたのか」
「もうそんな歳じゃない」
獏は口の端を上げた。
「営業のオオミヤさんに二股かけられたのか。同期のサトウに責任をなすりつけられたのか。気分屋の上司に一日中振り回されるのもあるな」
「……ほっといてよ」
問いただすのもばからしい。どうせ全部お見通しなんだろう。
「来いよ。全部喰ってやるから」
「私の夢は不味いんじゃなかったの」
「そうだよ。もっと美人ならともかく、おまえの泣き顔なんか見られたもんじゃない。つまり、好きなだけ垂れ流せばいいってことだ」
ひとの神経を逆なでするやつ。
でも、そう言って手招きする獏は優しいのかもしれないと初めて思った。優しい慰めを言わないだけ優しいのかもしれない。
ぽんぽんと背中をさすられてどうしようもなく縋りつきそうになる。
「もう夢は見たくない」
獏は「そうか」とだけ返した。
その指が首にかかるのを感じる。
今夜は深く眠れそうだ。
(夢が醒める前に)
3/21/2024, 3:54:02 PM