『向かい合わせ』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
「潤いがほしい…」
藤代登吾は、アイスティーを飲み干すとテーブルの上に崩れるようにして言った。
「なんだよ、喉渇いてんなら追加で頼んでこいよ」
鈴城董吾は、呆れた顔で店内のレジカウンターを顎でしゃくった。
とある大手ファストフード店で、2人は部活後の腹ごしらえ中である。
「…違う…、心の潤いってヤツ…」
登吾のか細くくぐもった声を何とか聞き取ると、董吾は思わず飲んでいたアイスコーヒーを吹き出しそうになってむせた。
「おいおい、大丈夫かよ」
登吾の口調は心配そうな素振りを見せつつ、その態度は董吾の噴射を避けるようにしっかり後ろへのけ反っていた。
「そ、れが…しん、ぱいするヤツの、、げぇほっ、、態度かよ」
激しく咳き込んだ董吾は泪目で登吾を睨んだ。
「俺、まじ干物になりそうなの~、聞いてよ、かおるん」
2人は同じ読みの名前であるため、ややこしいから違う呼び方をしようというのが、2人で決めたルールだ。
鈴城董吾が、「かおる」。
藤代登吾が、「のぼる」。
はじめは、苗字の一字で呼ぶ案もあったが、登吾が「ふじ」と呼ぶのに対して、董吾は「すず」とか「りん」とかが候補だったので、「女子っぽいから嫌だ」という董吾の猛反対で無しになったのだった。
董吾は何度か空咳をすると、話の続きを促すように掌をひらひらした。
「最近フラれてさぁ、まぁ、なんつーか。…今までってさ、お互い軽いノリで始まって終わってだったのよ」
「…」
董吾は、無言でフライドポテトを口に運んだ。
「カレカノは無理だったけど、また友達ね~みたいな」
「俺には分からない世界だな」
董吾は真顔だ。
登吾は空になったアイスティーを未練がましくズゾッと吸うと、
「なのに、今回は『好きが感じられない』って。なんか信用されなかったみたいでさ、別れることになったんだ」
登吾は仔犬のような、縋るような視線を董吾に送った。
世の女性たちは、コイツのこういうところに庇護欲とか母性本能を刺激されるんだろうな。
『だったら、私が慰めてあげようか?』
と耳元でささやく女子大生とか
『登吾が彼氏だなんて、毎日会いに行っちゃう』と腕に手をからませてくる美少女系とか
その後の展開には似合う。
まぁ、それに近い事もあるかもしれないけれど。
董吾は頭の片隅で考えると、向かい合わせの席に座る登吾に似た、ひしゃげたポテトを口に運んだ。
#向かい合わせ
向かい合わせ
「そこに君が座って、私は君を見ながらのんびりする。それが一番かなと思って」
一緒に暮らし始めた時に、彼はそう言った。
食事の時は向かい合わせに座る。
彼は朝に弱い。時折食べながら寝そうになるので、なるべく手摑みか匙で食べられるものを出すことにした。最近では専ら目玉焼きをのせたトーストだ。何であれこぼしやすいので、食べた後に着替えさせる。
彼の世話をしていると、何かふわふわとした気分になる。きっとこれが「楽しい」とか「幸せ」という感情なのだと思っている。
夕食になると、彼は朝とは別人になる。
ハムステーキを食べるだけであっても背筋がきっちり伸び、すべての所作が美しい。
自分はそういう教育を受けていないので、なるべく彼を見て真似するようにした。
彼はあまり目を合わせてくれないし、時々合ってもすぐにそらしてしまう。そんな時は何か無駄な空気の塊が胸に詰まったような感じがして、これが「淋しい」という感情なのかなと思い始めた。
人間の感情はまだよく分からないが、一つ明らかにしたいことがある。
「そっちに座ってもいいですか」
今の自分の定位置は大きな揺り椅子だ。
正面には何とも立派な安楽椅子が置かれている。深緑の天鵞絨張りで、上部には真っ白なレース編みが掛けてある。
「嫌。このままでいて」
「でも、あまりクッション性が良くないのではないかと」
「君こそ重くない?」
確かに彼の体重はほんの少し増えた。おそらくウイスキーが主食だった生活をやめて、なるべく食事を摂るようになったからだろう。
「体重は若干増加していますが、重くはないですね」
「増えた? どんな感じに?」
「柔らかくなりました」
「…そこは逞しくなったって言ってほしかった」
「すみません」
「君が言うなら信じるけど」
「筋肉の強張りが少しとれてきました。あと、体温が少し上がってきています」
「君にくっついてるからだね」
食事の時以外、ほとんど彼が自分の膝の上に座っているのはどうなのだろうか。この揺り椅子は本来、彼が自分で座るために買ったもののはずなのだが。
「できればもっと、あなたの顔が見たいです。そちらに座っても」
「私はこの状態の継続を要求する」
「何故ですか」
彼は身体をぐっと捻って、こちらをまっすぐ見た。深緑の目に見とれていると、彼は小さな、蚊の鳴くような声で「ずっと目が合うと心臓がもたないことが分かった」と言って、また前を向いてしまった。
「もちませんか」
「もたない。でも幸せ」
「じゃあ、このままでいましょう」
「ありがとう」
彼は自分よりもだいぶ小柄なので、足の長いぬいぐるみを抱えているような気分になる。これはこれでいい気がしてきた。
自分たちはまだ、新しい幸せに慣れていない。お互いにもう少し慣れたら、どちらかが安楽椅子に座るかもしれない。あるいはこのままかもしれない。
彼が幸せならどちらでもいい。
「向かい合わせ」
「⬛︎⬛︎ちゃん!こっちきて!」
「なになに?どうしたの?」
「ふふーん。おみせやしゃんごっこ!しまーす!」
「お店屋さんかあ……。何を売っているんだい?」
「んー、いろいろ!」「いろいろかあ。」
「⬛︎⬛︎ちゃんは、おきゃくしゃんやくです!」
「どんなお店かな〜?楽しみだな〜!」
というわけで、ボク達は向かい合わせに座る。
「いらちゃいませー!」
「こんにちは!ジュースはありますか?」
「はーい!じゅーちゅです!」
そういえばお会計は……?お金も払わなくちゃいけないと思うが……。⬜︎⬜︎は、多分お金を知らない。小さすぎてお金を扱った経験がないよなぁ……。どうするんだろう?
「おかいけいは、さんぎゅーです!」
「さんぎゅー?」
『さんぎゅー』ってなんだ?
「⬛︎⬛︎ちゃん、こっちきてー!」「うん?」
小さな兄は手を広げた。「⬛︎⬛︎ちゃん!ぎゅーして!」
「こんな感じ?」「んー!」
「もーいっかい!」「ぎゅー!」「えへへ〜!」
「あといっかい!」「よしよし!」「んー!!」
かわいいお店屋さんだなぁ。
……ふと気になったことがあるので聞いてみた。
「⬜︎⬜︎、もしお釣りが出たらどうするの?」
「ボクがぎゅーをかえしゅの!」
「ふむふむ。ちょっとやってみて?」
「おちゅりのいちぎゅーです!ぎゅー!」「いい子いい子!」
お釣り以上のものが返ってきた気がする。
「ほちいものあったらおちえてね!」
そう言ってお店屋さんごっこは終わった。早いな……。
絵本を読み聞かせたり、ご飯を食べさせたりしているうちにいつの間にやらもう寝る時間が来てしまった。
ふと昼間のことを思い出して、なかなか寝ようとしてくれない兄に声を掛けてみる。
「⬜︎⬜︎、ねんね屋さんはやってる?ボク、ひとりで寝るのあんまり得意じゃないんだよね〜。」
「ねんねやしゃん!いちぎゅー、です!」
「それじゃあ、お布団においでー?」「はーい!」
「ほら、いちぎゅーだよ〜。」「えへへ。あったかーい!」
兄の小さな体を抱きしめているうちに、ねんね屋さんの方が先に眠ってしまった。よしよし。⬜︎⬜︎、おやすみ。
安心して寝息を立てている兄の顔を見ていたら、ボクもいつのまにか眠っていた。
どうか兄との平穏な日々が続けられますように。
「前回までのあらすじ」────────────────
ボクこと公認宇宙管理士:コードネーム「マッドサイエンティスト」はある日、自分の管轄下の宇宙が不自然に縮小している事を発見したので、急遽助手であるニンゲンくんの協力を得て原因を探り始めた!!!お菓子を食べたりお花を見たりしながら、楽しく研究していたワケだ!!!
調査の結果、本来であればアーカイブとして専用の部署内に格納されているはずの旧型宇宙管理士が、その身に宇宙を吸収していることが判明した!!!聞けば、宇宙管理に便利だと思って作った特殊空間内に何故かいた、構造色の髪を持つ少年に会いたくて宇宙ごと自分のものにしたくてそんな事をしたというじゃないか!!!
それを受けて、直感的に少年を保護・隔離した上で旧型管理士を「眠らせる」ことにした!!!悪気の有無はともかく、これ以上の被害を出さないためにもそうせざるを得なかったワケだ!!!
……と、一旦この事件が落ち着いたから、ボクはアーカイブを管理する部署に行って状況を確認することにしたら、驚くべきことに!!!ボクが旧型管理士を盗み出したことになっていることが発覚!!!さらに!!!アーカイブ化されたボクのきょうだいまでいなくなっていることがわかったのだ!!!
そんなある日、ボクのきょうだいが発見されたと事件を捜査している部署から連絡が入った!!!ボクらはその場所へと向かうが、なんとそこが旧型管理士の作ったあの空間の内部であることがわかって驚きを隠せない!!!
……とりあえずなんとかなったが!!!ちょっと色々と大ダメージを喰らったよ!!!まず!!!ボクの右腕が吹き飛んだ!!!それはいいんだが!!!ニンゲンくんに怪我を負わせてしまったうえ!!!きょうだいは「倫理」を忘れてしまっていることからかなりのデータが削除されていることもわかった!!!
それから……ニンゲンくんにはボクが生命体ではなく機械であることを正直に話したんだ。いつかこの日が来るとわかっていたし、その覚悟もできたつもりでいたよ。でも、その時にようやく分かった。キミにボクを気味悪がるような、拒絶するような、そんな目で見られたら、お覚悟なんて全然できていなかったんだ、ってね。
もうキミに会えるのは、きょうだいが犯した罪の裁判の時が最後かもしれないね。この機械の体じゃ、機械の心じゃ、キミはもうボクを信じてくれないような気がして。
どれだけキミを、キミの星を、キミの宇宙を大切に思ったところで、もうこの思いは届かない。でも、いいんだ。ボクは誰にどう思われようと、すべきこととしたいことをするだけ。ただそれだけさ。
そうそう、整備士くんや捜査官くんの助けもあって、きょうだいは何とか助かったよ。
712兆年もの間ずっと一人ぼっちで、何もかも忘れてしまって、その間に大事な人を亡くした彼は、ただただ泣いていた。ずっと寂しかったよね。今まで助けられなくて、本当にすまなかった。
事情聴取は無事に済んだ!その上、ボクのスペアがきょうだいを苦しめた連中を根こそぎ捕まえてくれたからそれはそれは気分がいい!
だが、実際に罪を犯した以上、きょうだいは裁判の時まで拘留されなければならない!なぜかボクも一緒だが!!
……タダで囚人の気分を味わえるなんてお得だねえ……。
牢獄の中とはいえ、随分久しぶりにふたりの時間を過ごせた。小さな兄が安心して眠る姿を見て、今までずっと研究を、仕事を続けてきて本当によかったと心から思ったよ。
きょうだいのカウンセリングの付き添いがてら、久しぶりにニンゲンくんと話をしたんだ。いつも通り話がしたかったけれど、そんなことはできなかった。
ボクの心は、ボクの気持ちは紛れもない本物だと信じて欲しかったけれど、受け入れてはもらえなかった。
機械のボクはもう、キミに信じてもらえないみたいだ。
でもまあ!!!きょうだいもボクも元気に牢獄暮らしが送れているうえ、旧型管理士の彼女も調子がよさそうだから、当面はよしとしようか!!!
多分ニンゲンくんの事情聴取も終わっている頃だろう。あとは何度か取り調べを繰り返して、いつか来る裁判の時を待つだけだね。
……というかこの「あらすじ」、長すぎるね!!!何がどう荒い筋だと言うんだい???……また作り直さなければ!!!
ふえぇ全然時間が取れないようぅ……。゚(゚´ω`゚)゚。
あとどこに書くのがいいのかもわからないよぅ……(´•̥ω•̥`)
────────────────────────────────
「きれいに結えているね」
髪に伸ばした手を簪に触れるか触れないかの位置で止め、あなたは笑顔の形に唇をゆがませた。一拍遅れて僅かに伏せられた目からは、もう感情が読み取れない。
こうして二人で向かい合わせに座るのは随分久しぶりで少し緊張している。私たちは隣り合わせで居ることのほうが当たり前だったから。いつだって二人並んで立ち、同じ景色を眺め、夜空の先で一つ輝く遠い星に向かって同じ歩幅で歩いてきた。
そうやってこれからもずっと過ごしていくことは定められた事実だと、疑ってもいなかった。だから今私を置き去りにしようとするあなたが、まるで本物のあなたじゃないような気がして何も言い出せないままでいる。
ひょっとしたらあなたも私のことを、最後の最後に自分の側には居てはくれない薄情者だと幻滅していやしないだろうか。たとえそう思われていたとしても、言い返せる言葉を私は何も持っていない。
静かに流れていく時間が夕暮れの色に染まりだしたのを感じ、窓にふと目をやった。つられてあなたも視線を巡らせる。立秋を過ぎて少し歩みを早めた太陽が、遠く山際の雲を茜色に光らせ、夜を呼ぼうとしている様を、二人でただ見守っていた。
一緒にいられる最後の瞬間まで同じ世界を見ていた。
************
向かい合わせ
************
所感:
嫁ぐお嬢さんと幼馴染み、ぐらいに思っていましたが途中からこれどっちか死んじゃうのかと思い直しました。
「おじさんっ!」
険しい表情をして早足で近づく少女に、叔父と呼ばれた赤ら顔の男は手酌を止めて振り向いた。
随分と余裕がなく忙しない。その様子に内心で疑問を持つが、彼女に手を繋がれている少女を認め、納得する。ここに来た時、少女に纏わり付いていた強い気配がない。切っ掛けは分からないが、どうやら一時的に離す事には成功したらしい。
「隠すやつか切るやつがほしいんだけど。どこにあるの?」
「は?あれは切れんだろうがよ、どうみても。隠すのも無駄だとは思うが…まあ、切るよりはマシか」
相変わらず向こう見ずな所が強い姪である。だがしかし今の閉じられたこの空間内では、普段抑えている本質が表に強く表れやすいため仕方がない事だと、男は苦笑した。
頭をかきながらゆらりと立ち上がると、棚の奥から古びた鍵を一つ取り出し、姪へと手渡す。
「離れんとこの奥。水鏡の間の押し入れに残ってるだろ。クガネ様には気をつけろよ」
「分かってる。ありがと」
来た時と同じように慌ただしく去って行く二人の背を見送り、男はやれやれと肩を竦めた。彼女の無謀とも言える行動力は疎遠になってしまった男の妹である、彼女の母を思わせる。
彼女の友だという、異端な空気を纏う少女に悪い影響がなければいいと、詮無き事を思いながら残りの酒を一気に煽った。
「よりにもよって離れか。やっかいだな」
舌打ちし、さらに歩く速度を上げる友に手を引かれながら、少女は少しでも自分の置かれている状況を知ろうと声をかける。
「ちょっ、と、待って。何が、なんだか」
「詳しくは後でね。時間がないだろうし」
振り返りもせずに後でと告げる友に、さらに困惑しながらもそれ以上は何も言わず。彼女がこんなにも急くのは、おそらく少女に纏わり付いていたなにかが戻ってくると知ったからなのだろう。
母屋の奥へと辿り着き、重厚な造りの扉を開ける。ぎぃ、と軋んだ音を立て見えた先は、母屋と異なり薄暗く、普段から人の出入りがほとんどない事を示していた。
「大丈夫だとは思うけれど、一応忠告。ここから先で、もし誰かに会っても眼を合わせない、口をきかない。出来るならこの離れでは声を上げないで」
何があるか分からないから、と呟く友のその表情は硬い。それはこの先から聞こえてくる声に関係があるのか問おうとして、結局は何も言えずに口を噤んだ。
薄暗い廊下を、迷いなく奥へと歩いていく。
隠すもの。水鏡の間。クガネ様。
何一つ分からないまま、流されるようにしてここまで来た。常であれば納得するまで友を問い詰めていたであろう少女はしかし、瞳に困惑と不安を乗せ、なされるがままだ。
心の底。冷静な部分が何かがおかしいと警鐘を鳴らしている。幾重にも膜を張って覆い隠してきた柔い部分を暴き立てられているような感覚に、くらり、と目眩がしそうだった。
不意に、友の足が止まる。
だが目的地に辿り着いたようではないようだ。立ち止まる友の背越しに前を見遣る。廊下の先、袋小路に人の形をしたなにかが立ち尽くしていた。
前を見据えたまま、動揺したように友は一歩後退る。
「なんで…どうして、クガネ様が外に出てきているの?」
ぽつり、と小さく呟かれた言葉。離れてはいてもその声は聞こえたらしい。袋小路に佇むなにかはゆらり、とこちらを振り向き、酷く緩慢な動きで近づいてきた。
繋いでいる手に力が籠もる。戻る事も進む事も出来ずなにかが近づくのを見ていたが、様子がおかしい事に気づく。
地を擦る歩き方。彷徨う手。近づかれる事で見えた白濁した瞳。
見えていない。ならば、と繋いでいる手を引き友と廊下の端に寄った。
「……ろ…か、り…」
酷くざらついた声が、繰り返し誰かの名を呼んでいる。漆黒の長い髪を、擦り切れ汚れた元は白かったであろう着物の裾を引きずりながら、誰かを求めて彷徨っている。
探している。あれからずっと。永い間、一人きりで。
呼んでいる。行かなければ。
手を引かれた。
視線を向ければ、険しい顔をした友の姿。もう一つの手も取られ、向かい合わせの形を取る。
なにかがさらに近づくが、二人は無言でただお互いの目を見つめ。意識が引きずられる事がないように強く手を繋ぎ、なにかが通り過ぎるのを待った。
「ふじしろ。かがり」
近くで聞こえる声。立ち止まる気配。
沈黙。無音。静寂。
布ずれの音。通り過ぎていく気配。
息を殺して、ただ音が消えるのを待つ。手は離さず、向かい合わせのまま。
音が過ぎ、ゆっくりと片手だけを離す。もう片方は繋いだまま。
音を立てぬよう静かに歩きながら、袋小路へと向かう。
左右の障子戸には目もくれず、正面の木戸に鍵を差し込む。
かちり、と小さな音を立てて開いた戸を引き、急いで木戸の中へと入り込んだ。
「ごめん。声出しちゃった」
「ううん。逆にありがとう。危なく引きずられる所だった」
友の謝罪を礼で返す。お互い深く息を吐いて、緊張が少しだけ和らいだのを感じた。
「あれはクガネ様。元は本家の守り神みたいだったらしいけど、今はここで一番のやばいやつ。この裏の日も、クガネ様が引き起こしてるってさ…普段は右の部屋に籠もって出てこないんだけどね」
なんでだろう、と首を傾げ。さぁ、と答える少女の意識の片隅で、数日前の泣いている少年の声を思った。
「まあいいや。さっさと札を取ってこのまま出ようか」
小さく笑って押し入れへと向かう。六畳ほどの和室には何もなく、友が求めているものが本当にここにあるのか疑問に思いつつ、友の後を追った。
20240826 『向かい合わせ』
夜、寝る前に歯を磨く。
うがいをして、コップと歯ブラシを片付けて、口元をタオルで拭きながら顔を上げると鏡の自分中の自分を見てしまった。
「うん‥」思わず声に出して、上目遣いのままの角度でグッと鏡に顔を近づける。
(なんだ‥。このおでこのシワは‥)
真正面と思われ角度に顔を戻し、シワをなかった事にしたい様に指3本でグググッと下から上に押しながら、さらに鏡にグッと近づける。
(うーん、目の下もなんだか‥たるんでいる様な‥。)
指2本で両目を狐目になるくらいにグイっと、持ち上げてみる。
(なんだか‥ほうれい線も深くなった様な‥。
全部の指全体で両頬をこめかみ方向にグイグイと持ち上げてみる。
(あれ?あごもなんだか‥。)
手のひら全体でグイーンと両耳方向に持ち上げみて‥。
パッと手を離して‥。にっこりと鏡に向かって今日1番の笑顔。
からの‥、突然の真顔。
「寝るか‥。」と、小さく声に出して
「パチン」と少し大きな立てて洗面所の電気を消した。
弓道部の練習を終えて道場を出ると、見知った顔が待ち伏せていた。
「……何かご用ですか、颯人先輩」
「なんで名前呼びなんだよ、馴れ馴れしくすんな」
相変わらず無愛想な態度だなぁ。
「だって『先輩』だと他の方と被るし。みんな颯人さんて呼んでるし」
「お前はダメだ。嗣永先輩と呼べ!」
「それだと私だけ浮きます」
「いーだろ別に、思う存分浮いとけ」
「他人事じゃないですよ? 先輩だって私と特別な関係だと勘ぐられて噂されるの嫌でしょう」
「……チッ、よく口の回るやつだ」
先輩が歩き出したので、私も歩を進めた。指示されたわけではないが、なんとなくついていく。
先輩は大きな松の木の下で立ち止まって、幹に体を預けた。
「約束は守ってるだろうな?」
「無論です。私は卑怯な手が嫌いですから」
あの勝負以来、先生の家には行っていない。まぁ単純に、行くきっかけがなかったのだから当然だが。
「ふん、ならいい」
そう言って去ろうとする。
「えっ? それを訊くために待ってたんですか?」
「そうだけど? 何か悪いかよ」
「悪いというか……ハァ、そんなに先生のことが好きですか」
「たりめーだ! お前より長いってこと忘れんな!」
「それ、なんの根拠があるんです? 私もあなたも去年からの教え子ですよね」
「フッ」
先輩は意味深に笑った。嫌な予感がする。
「俺と先生の出会いはもっと前だ」
「……!」
私と先生が出会ったのは、先生が私の家庭教師になったから。だがこの先輩はもっと前から先生を知っていて、想いを寄せていたなんて。
「先生は俺の命の恩人だ。あの人のおかげで今の俺がある」
先輩は少し視線を落として語り始めた。
体育会系な両親の意向で、俺は幼少期からスイミングスクールに通っていた。はじめのうちは、努力と成長が即結果に結びついて楽しかった。
ところがしばらくすると、周りもどんどん成長し始めて、大会で上位に入るのが難しくなった。泳いでも泳いでも速くならない、両親からの期待に応えられない。そんな自分が情けなく思えて、いっそ水泳を辞めてしまおうかと考えるようになっていた。
中1の時、高校生の大会を見に行く機会があった。そこでスイミングスクール所属の生徒を差し置いて優勝を掻っ攫ったのが先生。その美しい泳ぎに感銘を受けた俺は、気がついたら走り出していた。
「すみません! あの、どうしたらあなたみたいに泳げますか!?」
「え? えっと……君、中学生?」
「はい! 突然すみません。あなたの素晴らしい泳ぎを見て、どうしても聞きたくなって!」
「それはありがとう。そっか、君は心から水泳が好きなんだね」
「えっ」
水泳が好き?
辞めるかどうか迷っているこの俺が?
いや、そうか。好きじゃなければとっくに辞めてる。好きだから迷ってたんだ。
「その気持ちがあれば、きっと良い選手になれるよ。コツは楽しむこと! じゃ、頑張ってね!」
そう言って先生は去って行った。
家庭教師と生徒として再会したとき、この時のことを話したら先生は
「すみません、あの台詞は割と適当です笑 ただ、君の筋肉のつき方が良かったのできっと伸びるだろうと思ったんですよ」
と笑っていた。
だが俺は、あの言葉のおかげで水泳を続けることができた。難しいことは考えず、ただ楽しむために続ければいい。そう思えたから。
「わかったか? 先生は俺の水泳選手としての命を救ってくれたんだ」
だからお前にはぜってー負けねえ。
先輩は私の真正面に立ちはだかり、そう宣言して帰って行った。
先輩の真っ直ぐな瞳を見て、私は漸く、己が崖から追い落とされそうになっていることに気がついた。自分が恥ずかしい。先生の優しさの上にあぐらをかいていた自分が。
先輩の瞳には闘志が宿っていた。燃えるような闘志だ。
向き合わねばならない。
先輩と、そして自分の気持ちと。
この勝負、より滾ったほうが勝つ。
テーマ「向かい合わせ」
#35 向かい合わせ
[夫婦岩]
大岩(男岩)と小岩(女岩)が
注連縄で寄り添うように結ばれている。
まるで陰と陽が向かい合わせのように
ぶつかり合い、
エネルギーを生み出していく。
人間も同じこと。
異なるエネルギーを持つ者同士が
向き合って、話し合い、新たなモノを
生み出してゆく。
この世に無駄な縁など一つもない。
どんな時も修行として向き合えば、
良いエネルギーを生み出し続けることが
できるだろうか。
「んで、動機と凶器は?」
「っだから俺じゃないって!」
「はいはい、もういいから。あのな、監視カメラにお前の顔がバッチリ映ってるわけ、わかるか?」
「っだからそれは双子の弟でっ、」
「はぁ、またそれか。お前の双子の弟はお前が十歳の時に死んだ。調べりゃわかるんだよ」
「うそだ!あいつは生きてる。この目で見たんだよ!」
「わかった、わかった。んで、動機と凶器は?」
薄暗く心做しか寒い部屋で、
警察と向かい合わせで取り調べを受ける。
俺とそっくりのあいつの罪を被せられて。
いつも通りの朝がきた
8時過ぎの電車に早足で乗った
車内はいつもより空いていたと思う
駅をふたつほど過ぎたころ
いつもの子が私と同じく
早足で乗ってきた
偶然かもしれないけど
いつも向かい合わせの席に乗って
いつもと同じ朝の時間を過ごす
片耳につけたイヤホンの音に
耳を傾けながら
ちらりと前を向くと
あの子と目が合ってしまった
いつもは逸らすのに
今日はなぜか逸らせなかった
線路の繋ぎ目をいくつか通ったあと
なにか話そうとしたが
あの子も話そうとしたのか
口籠もってしまった
すると
「......いつも一緒なのに笑っちゃいますね」
夏風にゆれる風鈴のような声だった。
そのままお互いに何を話したのか
霞む記憶を掘り起こそうとしても
早朝の朝日が彩った
あの子の眩しい笑顔しか
思い出せなかった
向かい合い続けたあの時に
わたしは今も
夏の幻想を抱いている。
「名前で、呼ばないの?」
昼休みの時間。
教室まで料理部の連絡事項を伝えに来た部長を見送っていると、すぐ近くから声をかけられた。
後ろへ捻っていた体を正面に向き直り、声のした方を見やれば、彼の有名なクラス委員、通称王子が、弁当袋片手に空いている前の席へ腰かけようとしているところだった。
学年トップの優等生男子となど、クラスが同じだけで今まで何の接点も無かったのに。先日の調理実習にて、一緒の班で調理を手伝って以来、何故だかちょくちょく声をかけられる。
一体どういう風の吹き回しなのか。
いつもつるんでいる連中はどうしたんだ。
さも当然のように向い合わせで陣取って、俺と弁当を食べようとしないで欲しい。
急な変化が謎過ぎて意味不明だったが、かと言って追い払う理由も思い浮かばず。
仕方がなく、そのまま俺も自分の弁当を机へ広げて話に乗った。
「別に、部長は部長だし。どう呼んだって良いだろ」
「ふーん。付き合ってるんだから、呼んであげれば良いのに」
――思わぬ返しに、口に含んだ白飯を飲み込み損ねた。
「大丈夫?」
げほげほと盛大にむせ返す俺とは対照的に、聞き流せない発言をかました本人は、けろりと澄ました顔で首を傾げている。
がやがやと騒がしい休み時間。幸いなことに、俺たちの会話に注目する野暮なクラスメイトは居なかった。
喉のつかえが治まるのを待ってから、向かいの王子にずいっと顔を寄せた。念のため、声量を絞って問い質す。
「誰と、誰が。付き合ってるって?」
「君と、さっきの子」
「それ。誰が言ってんの」
「さあ? 出所は知らないけれど、噂で聞いたよ。違うの?」
「ちっげーよ! だいたい、おまえが一番知ってるだろ。俺が部長の好みじゃないことは!」
自分で言うのも悲しいが事実である。
去る二月のバレンタイン。部長はこの王子に告白して振られている。あれだけ泣かせておいて、忘れたとは言わせない。
部長の敵は俺の敵。
あ、いや違う。部長は逆恨みのように敵とは思っていないだろうけれど、俺にとっては憎き恋敵。
俺が責めるのはお門違いの話だが、あの時の部長の落ち込み様を思い出すと、小声ながらについつい語気も粗くなった。
ジト目で王子に訴えかければ、俺の言わんとすることが通じたのか、王子は「え? ――あ~。まあ、うん」と言葉を濁して目を泳がせた。
やっぱり覚えてるんじゃねえか。
ため息を吐いて、味わい損ねた弁当を改めて口へ放り込んだ。
「まったく。どこの誰だか知らねえけれど、いい加減な噂流しやがって。どこに目付けてんだよ。部長が俺に気がないことくらい、見てりゃ分かるだろ?」
「そうかなあ。君たち最近仲良いじゃん。彼女、クラスも違うのによく話しに来るし。一緒に居るのも見かけるし」
「部活が一緒なんだから当たり前だろう? そんなので嘘流されたら堪らねえよ。部長にも迷惑かかるし」
「ん~。そこは同感だけど。でもまあ、料理部に入部した男子ってことで君も一時期有名だったから。格好の噂のネタだったんだろうね。苦労するよね、お互い」
似たような経験が自身にもあるのだろう。そう王子に慰められはしたが、憐れまれたところで嬉しくはない。
ただでさえ告白する根性もなく友人関係のまま留まっているのだ。端から見れば阿呆みたいかもしれないが、俺なりの事情にペースもある。
外野が面白がって、余計な茶々や波風を立てるのは止して欲しい。
――とは云えどもこの噂。ひょっとして、部長の耳にも聞こえている話なのだろうか。
預かり知らぬところで起きていた事態とは云え、知った上で毎日普通に会話をしてくれていたのだとしたら申し訳ない。
踏ん切り付かないまま部活仲間を続けている自分が恥ずかしくなる。情けない。
げんなりと沈んだ心に釣られ、楽しみにしていた弁当も、何だか味がしなくなってきた。
せっかく詰めてきたミニハンバーグなのに。勿体ないことをした。
「で?」
「うん?」
先を促せば、王子はきょとんとした顔で首を傾げた。
俺の机の一角を借りる形で弁当を広げ、引いた椅子に横座りのまま箸を進める。おにぎりを頬張る姿も涼やかで。
悔しいけれど、部長が憧れる気持ちも分かってしまい複雑だ。
雑念を振り払うようにため息を吐く。
その勢いに乗せて、ずっともやついていた疑問もぶつけてみた。
「まさか、噂の真偽を確かめるために寄ってきたんじゃないだろう? この間までろくに話もしたこと無かったのに、一体どういう風の吹き回し?」
先生たちも一目置く様な優等生が、冷やかしのためだけに俺にちょっかいを出すとは思えない。
知らぬ顔で弁当を食べ続けても良かったが、残念ながら、気がかりを残したまま愛想良く振る舞えるほど器用な性分ではない。
いい加減、その辺りの白黒をはっきりさせておきたいのだ。
食べる手を休めて正面に座る王子を見返せば、向こうも箸を休めてごくんと卵焼きを飲み込んだ。
「――君ってさ」
優雅にお茶も一口飲み干してから、王子がおもむろに口を開いた。
「実習のときも思ったけど。普段は大人しいのに、言うときは遠慮無く言ってくれるよねえ」
それに続き目線を外して、「まあ。恋愛方面には上手く発揮されていないみたいだけど」などと小さく呟くものだから、思わずぴくりと頬が引きつった。
俺の中で、王子の株が急落する。
前言撤回。こいつ、やっぱり喧嘩売りに来たみたいだぞ。
「あのなあ」
「ああごめん。悪く言いたい訳じゃないんだよ」
お褒めに預かった言葉の通り、早速反論してやろうと思ったのに。不穏な空気を察知してか、すかさず王子に止められた。
「寧ろそこが気に入ってさ。一つ頼みがあるんだ」
「頼み?」
ますます怪しんで、聞き返した語尾が尻上がりになる。
この期に及んで一体何を言うつもりだ。
眉を潜めて警戒する俺に構わずに、にこりと笑って王子は用件を言った。
「僕に、料理を教えて欲しいんだ」
「――はあ?」
思いがけない申し出に、頭の整理が追い付かない。おかげで先程の返し以上に感じの悪い応えとなってしまった。
だって、おかしいだろう。
俺が、王子に、教える?
さっきの部長と付き合ってる説といい、何がどうしてそうなるんだ?
「――何で?」
しばらく考えを巡らせたが、聞きたいことが多すぎてまとまらない。
やっと絞り出した一言も、とてもシンプルに終わってしまった。
対する王子は何食わぬ顔。変わらず落ち着いた余裕の表情で、弁当の続きを食べ始めている。
二の句が継げないまま話の続きを待っていれば、上品にごくんとおかずを飲み込んだ後に告げられた。
「単純な話さ。君も実習で見ただろう? 僕の悲惨な腕前を。あのままじゃあ、自炊生活に不安が残って進学後の独り暮らしも心配だ。だから、身近なところに良い先生が居るうちに教わっておこうと思ってね」
どうかな、と言って王子は微笑む。
爽やかな笑顔が眩しいが、その程度の輝きでこちらのもやもやは晴れはしない。
うーんと悩んで問いを重ねた。
「場所は? どこで?」
「引き受けてくれるの?」
「それはまだ。条件の確認。部活のときか、それとも休日に俺の家かどっちかしかないだろう。どっちが良い訳?」
「どちらでも。必要なら入部もするし、迷惑でなければ君の家でもオッケーさ。お互い受験生だし、頻度も君に任せるよ」
そう言って返事を待つ王子は実に楽しそうで、眉間にシワを寄せて思案する俺を機嫌よろしく眺めている。
そちらの事情は分かった。けれども面倒な話だ。
まず第一に、断ったときの噂が怖い。
こいつがべらべら喋ることはなくたって、周りのクラスメイトが何と言うかが分からない。
俺と部長で有りもしない恋ばなが出回るんだ。
最近王子が俺にちょっかいをかけて来ていたのは既に周知の事実なのだから、断ってまた疎遠になってみろ。きっと根拠のない噂が広がるに決まっている。
これ以上噂の的になるのは御免である。
癪だけれど、ここは頼みを引き受けた方が良さそうだ。
――何だ。初めから、拒否権なんか無かったんじゃないか。
王子に踊らされたことに気が付いて天を仰げば、チャイムまでもが裏切って、俺の決断を急かすように予鈴の鐘を響かせた。
「もう少し、考えても良いか?」
本当はイエスの答えしかなかったが、せめてもの抵抗で答えを先延ばしにした。
くそ。これだから俺は意気地がない。
そんな俺の葛藤も計算済みなのか。王子はころころと笑っていいよと頷いた。
「急な話だしね。また放課後にでも話そうよ」
じゃあねとひらり手を振って、自分の席へと帰っていく。いつの間にか弁当はすべて食べ終わっていたらしい。
俺はまだ半分近く残っているというのに、何から何まで忌々しい。けれども。
「部長は、喜ぶんだろうなあ」
トマトを口に放り込んでため息をつく。
部活で教えるとなれば、当然部長に黙っておける話でもない。
かと云って、こっそり自分の家で教えるのも忍びない。部長の耳に入ったときに後ろめたいからだ。
それに家で教えたら教えたで厄介だ。お節介な親父が喧しいに決まっている。
どちらに転んでも気が重い。
「とりあえず、部長に報告か」
気は進まないけれど仕方がない。
スマホを取り出し、メッセージ画面を開いて部長とのトーク画面を探した。
簡潔に要点をまとめ、事の次第を書いて送信する。
一息つけば、丁度そのタイミングで本鈴も鳴った。
「あ。弁当」
中途半端に残ったおかずを見てため息が出る。この短い時間だけで何回目だ。
残念だけれども、次の休み時間で食べきるしかないな。
離れた席で、行儀良く座る王子の背中が目に入る。恨みがましく念を送るも、今はちらりとも振り返らない。
慌ただしく机を片付け、授業に備えた。
そうして、その日の放課後。
ホームルームが終わってすぐのこと。
同じクラスの王子よりも素早い行動力で、隣のクラスから部長が俺の元へとすっ飛んで来た。
マジかよ部長。早すぎるよ。
予想以上に喜ぶ彼女の無邪気さに、寄ってきた王子も戸惑って。
俺の恋路は多難だな、と。
その隣で苦く、笑うしかなかった。
(2024/08/25 title:052 向い合わせ)
「.........」
「真人(まひと)クンは今でもカレー🍛好きなんだネ!」
ふんふん、とテーブルを挟んで向かいに座り、顔に両手を添えてこちらを見るのは高校の時に事故で死んだはずの陽太(ひなた)。なんでこうなってるか?俺も知らん。
確実に言えることは、陽太はこの大学に入学してない。
俺はカレーを食べる手を止め、目の前に座るやつに話しかける。
「...俺の知る陽太は、高校の時に死んだ。ボロが出る前に止めておくのがいいと思う」
「んー、俺は真人の知ってる陽太なんだけどなー......あ!俺の知ってる真人の話すればいいのか!」
「は?」
なんか凄い目を輝かせている。
...嫌な予感が。
「んーとね、真人は全然モテなかったよね。俺が告白された時断るーって話してたら『半分俺にわけろ』って言ってたよね!あと適当に彼女作れって言ってたのも覚えてるよ~あとは」
そこまで言って俺は陽太の口を塞いだ。これ以上いい話が聞ける気がしない。そしてコイツは陽太だ。
「もういい。陽太なのはわかった」
「ふふ!むふふもふもも!」
「でも陽太は死んだだろ」
ぴたり、と陽太は動きを止める。
俺だって考えたくはなかった。あの夏の、交差点の、血飛沫を。
「陽太は......死んだんだ」
俺に夢を見せないでくれ。
「.........真人!」
いつの間にか俺の手は退かされ、陽太が何かを誇るように話す。
「この陽太クンは期間限定で蘇ったのだ!これから一年間しかないけど...よろしくな真人!」
そう言って彼は笑っていた。
おい、情報少なすぎるだろ。
お題 「向かい合わせ」
出演 真人 陽太
「向かい合わせ」
正面から人に見られると
試されているような気がする。
体が石のようになって
言葉が喉にひっかかる。
言いたいことはいっぱいあるのに、やるせないな。
向かい合わせで座りたいと頑なに譲らない彼女。
「隣だと顔が見えないでしょ」と涼しげな顔で言う彼女の耳は、ほんのり色づいていた。
【向かい合わせ】
夢うつつより意識が浮上する。
何度か瞬きすれば、霞む視界は鮮明になる。目の前にいる誰かに身構えたが、深緑の瞳が懐かしい記憶を呼び起こす。
「久しぶりだな、エノ」
記憶の中、その面影を残しつつ渋さを増した騎士。あの時と変わらない優しい彼。
差し出された手を取れば、軽々と魔女を抱えて夜の森を駆け抜ける。
『再会は夜明け前に』
向かい合わせ
もしも二次元の世界へ行けたら何をしよう
もしもゲームの世界へ行けたらどこへ行こう
もしもバーチャルな世界へ行けたら何を語ろうか
現実逃避したくなる気分だ♪
向かい合わせ
向かい合わせに座ると分かる
親は日毎に老いていること
あなたとわたし向かい合わせ
愛と哀の背中合わせ
あなたとわたし向かい合わせ
偽と信の隣り合わせ
あなたとわたし向かい合わせ
醜と美の有り合わせ
向かい合わせ
いつも電車の向かいあわせの席に同じ女の子が座っている。
自分はいつ見ても女の子がいることが不思議だった。
2回ほどはあっても毎回などおかしい。
なぜあの向かいあわせの席に執着しているのだろう。
ある日私は遅刻してしまった。
学校に遅れてしまう、遅延証明書でも貰わないと。なんて考えていたその時、
血が飛び散り、電車が何かを轢いた音がした。
みんなが驚き顔を覗き込む。
グロい動画などをよく見ていたので、少し私も見て見た。
向かいあわせの席の子に制服も、髪型も見る限り似ていた。
手には紙か何かを握っているように見えた。
白紙のようだが、何より血が全体的にかかっていてわからない。
その子がこの学校の子だとわかった時、持っていた物も全て出された。
血は酸化して、茶色く変化していた。
私はその紙に書いてあることが知りたくて、手に取って見て見た。
「付き合ってください」と告白の文字が綴られていた。
見えたのはたったそれだけ。ちょうど名前の所は血がかかっていて見えない。
あなたはこの話から何を考えましたか?
・向かい合わせ
日記。
外に出るとしばしば散歩中の犬と目が合う。
どの犬も私の目を離さずじっと見つめながら歩いてくる。私も犬に飢えてるので出来る限り見つめてしまう。
しかし飼い主だけはこちらを見ずに歩き続けている。
そしてそのまま互いがやり取りすることも無くすれ違う。
犬と私だけが対等に向き合っていることを、あちらの飼い主さんは気づいているのだろうか。