「潤いがほしい…」
藤代登吾は、アイスティーを飲み干すとテーブルの上に崩れるようにして言った。
「なんだよ、喉渇いてんなら追加で頼んでこいよ」
鈴城董吾は、呆れた顔で店内のレジカウンターを顎でしゃくった。
とある大手ファストフード店で、2人は部活後の腹ごしらえ中である。
「…違う…、心の潤いってヤツ…」
登吾のか細くくぐもった声を何とか聞き取ると、董吾は思わず飲んでいたアイスコーヒーを吹き出しそうになってむせた。
「おいおい、大丈夫かよ」
登吾の口調は心配そうな素振りを見せつつ、その態度は董吾の噴射を避けるようにしっかり後ろへのけ反っていた。
「そ、れが…しん、ぱいするヤツの、、げぇほっ、、態度かよ」
激しく咳き込んだ董吾は泪目で登吾を睨んだ。
「俺、まじ干物になりそうなの~、聞いてよ、かおるん」
2人は同じ読みの名前であるため、ややこしいから違う呼び方をしようというのが、2人で決めたルールだ。
鈴城董吾が、「かおる」。
藤代登吾が、「のぼる」。
はじめは、苗字の一字で呼ぶ案もあったが、登吾が「ふじ」と呼ぶのに対して、董吾は「すず」とか「りん」とかが候補だったので、「女子っぽいから嫌だ」という董吾の猛反対で無しになったのだった。
董吾は何度か空咳をすると、話の続きを促すように掌をひらひらした。
「最近フラれてさぁ、まぁ、なんつーか。…今までってさ、お互い軽いノリで始まって終わってだったのよ」
「…」
董吾は、無言でフライドポテトを口に運んだ。
「カレカノは無理だったけど、また友達ね~みたいな」
「俺には分からない世界だな」
董吾は真顔だ。
登吾は空になったアイスティーを未練がましくズゾッと吸うと、
「なのに、今回は『好きが感じられない』って。なんか信用されなかったみたいでさ、別れることになったんだ」
登吾は仔犬のような、縋るような視線を董吾に送った。
世の女性たちは、コイツのこういうところに庇護欲とか母性本能を刺激されるんだろうな。
『だったら、私が慰めてあげようか?』
と耳元でささやく女子大生とか
『登吾が彼氏だなんて、毎日会いに行っちゃう』と腕に手をからませてくる美少女系とか
その後の展開には似合う。
まぁ、それに近い事もあるかもしれないけれど。
董吾は頭の片隅で考えると、向かい合わせの席に座る登吾に似た、ひしゃげたポテトを口に運んだ。
#向かい合わせ
8/27/2024, 7:47:42 AM