隣の席の氷見くんは
普段からポーカーフェイス
授業中も
休み時間に
友達と会話するときも
氷見くんと
特別に仲良くなりたい訳じゃないけど
ちょっとした興味で
私はある作戦を決行した
小さな白い紙に
縦横2本ずつ
直線を引き、真ん中に○を書く
それを小さく折りたたんで
氷見くんの机の左端に置く
氷見くんは横目でちらりと
私を見て、折りたたまれた小さな紙片に手を伸ばした
紙を開いて数秒思案した後
さっとシャープペンを走らせ
また、折り目に沿ってたたんだ
氷見くんは前を向いたまま
グーにした左手で
私の机の右端を撫でるように
かすめて紙片を置いた
まさかお返事をもらえると
思わなかった私は
嬉々として
紙片を開いた
『あほか』
私が書いた縦横棒を
ガン無視した3文字が
堂々と真ん中に鎮座していた
私はがっかりして
じとっと氷見くんを見た
氷見くんは何食わぬ顔で
授業を注視していた
その横顔が
もっと精悍になって
黒ぶちメガネから
コンタクトに
イメージチェンジした
氷見くんは
懐かしむように
苦笑しながら教えてくれた
「はじめは、授業中に○✕ゲームに誘うなんて「何考えてんだ、コイツ」って思ったし、どちらかというと迷惑なヤツだなと」
でも私は、諦めなかった
氷見くんに何度も
秘密の手紙を送り続けた
そして、、
「でも、懐柔されちゃったんだよね」
ふふっと私は笑った
「お前の不真面目さを正すつもりが…まぁ、負けたよ。ミイラ取りがミイラにされたんだから」
氷見くんは笑って、私の髪の毛をわしゃわしゃっと、かき回した
#秘密の手紙
彼の音楽は
なかなか陽の目をみず
彼の歌声に
足を止める人もまばらで
彼はある時
浴びるように酒を煽り
咽び泣いた
その夜は
この冬いちばんの
寒波が訪れると
気象予報士が
テレビ番組で声高に言っていて
泣き疲れた彼は
酔い醒ましにと
ベランダに出て
空を見上げた
彼は
歪んだ視界に瞬く
星々に嗚咽し
そして
そして
そのまま
翌朝を迎えたのだった
蒼白い顔をして
着の身着のまま
ベランダに横たわり
泪と涎の跡が、霜のように白く残っていた
彼の音楽は
燃えるような彼の心情そのままで
一人の少年が
アップしたSNSをきっかけに
瞬く間に世界中に拡散した
彼を知る人は
その夜
彼を偲んで哭いた
ただ
ただ
失われた彼の肉声を懐かしんで
#失われた響き
私と彼女たちの
血のつながりなんて
考えると吐き気がする
親ガチャとは
よくいったもので
親と環境も
自分の意思で選んで
生まれてこれたらと
何百回も考えた
でも
これが現実
いまも現実
悔しいとか
悲しいとかじゃなくて
なんだか
虚しいのだ
こんなものなのか
私の人生は
私の生き死には
こんなにも
虚しい
幼少期から今へと紡いできた
時間の糸は
私には
赤錆にまみれた
鎖のように見える
眩くもない
誇らしくもない
ざらりとした触感だけが
嫌な感覚として
へばりついていく
私の記憶に刻み付けられる
私はもう
彼女たちの、何か、ではない
私は
新しい色の
滑らかで艶やかな
糸を紡いでみせるのだ
かつての自分が報われるように
#時を繋ぐ糸
彼女の唇は
血色が良すぎて
まるで
紅を塗っているかのよう
幼少期には
よく有る子どものいたずら
母親の真似事だろうと
周囲は鼻で嗤った
学童期には
ませた子どもだと
周囲から窘められた
青年期には
白い陶器のような肌に
小さな赤い唇が
可愛らしい花のようで
周囲からもてはやされた
そして
壮年期には
変わらぬ素顔の美しさよと
周囲から嘆息されるようになった
#紅の記憶
君が紡ぐ歌は
どうにも
居心地が悪くて
胸がざわざわする
僕を
名指しされた訳じゃないのに
意図せず
過去の悪事を暴かれたような
僕が長年
上塗りし続けた仮面を
意図も簡単に
引っぺがされたような
そんな落ち着かなさが
僕たらしめていた日常を
侵食するのだ
#君が紡ぐ歌