「うぅ…、頭が痛い…」
私は自習室の窓際の席で、文字通り頭を抱えながら机に突っ伏していた。
「なぁに?エラはさっきの授業で、もう魔力使い果たしたの?」
エメラルド色の瞳をキラキラさせながら、ハリスが嬉々として、私の顔を覗き込んだ。
「ハリスと私とじゃ、元々のキャパが違いすぎるのよ」
私は顔をしかめながら、両こめかみを両人差し指で揉んだ。
ふふっと笑うと、ハリスは私にこっそり耳打ちした。
「そんなエラのか弱い姿を侯爵子息様は、頻りに気にしてたわよ」
「うそ」
私は口をへの字に曲げた。
「こんな嘘、言って誰か得するかしら?」
ハリスの瞳は面白おかしそうに笑っている。
「そりゃ...」
誰も得しないと思うけど。
「エラ」
不意に馴染みのある声音が、私の名前を呼んだ。
振り向くと、そこにはヴァレンチノ侯爵子息である、ティント・ヴァレンチノが固い表情で立っていた。
「じゃあ、私はこれで」
ハリスは訳知り顔で私に手を振り、踵を返した。
「エラ」
もう一度、私の名前を呼ぶと、ティントは私が突っ伏していた机の真横で足を止めた。
「調子はどうだ?」
まるで部下に戦況を尋ねる騎士団長のような物言いだ。
でも…
私の目線の高さに、ちょうどティントの左手があり、所在無さげにそわそわしているのが分かる。
「具合が悪いなら、医務室のカルロ女史を訪ねた方がいい」
「はい…」
ティントの言葉は正しい。
正直、此処では充分には休めない。
ティントの左手が意を決したように、私の左肩に置かれた。
「動けないようなら、私が医務室まで支えよう?」
瞬間、私の頬が熱くなり、心臓が跳ね上がった。
胸元をぎゅっと握り、私は顔をしかめた。
「いたたた…」
すると、ティントは怪訝な顔をして、私を覗き込んだ。
「エラ?」
はっとして、私はティントに向き合った。
無理やり笑顔を作る。
「大丈夫だよ。ちょっと、疲れたみたい」
ティントの顔が険しくなる。
「顔も赤い。胸苦しさもあるのか?大丈夫ではないだろう」
その瞬間、大きな腕が伸びて、私の目線が一気に高くなる。
え?
何が起こったの?
目と鼻の先には、彫刻のように整ったティントの顔。
「あっ、え?」
私、ティントにお姫様抱っこされてる?!
「君はもう少し、自分を労った方がいい」
そう言って、進行方向を向いたティントの喉仏がゴクリと鳴った。
私はティントに抱えられるまま、ただ固まるしかなかった。
まるで、魔法をかけられたように。
#魔法
自分は
何処へ向かえば
いいのだろう
この世界に
かすり傷すら
遺せてない
透明な私
親元を離れるときに
確かに握ったはずの
羅針盤
もう
私には
道標がない
#羅針盤
働いて
働いて
働いて
この先の未来がつまらなく思えて
私はドロップアウトした
特にやりたいこともなく
将来の目標なんかもなく
私は無所属になり
誰かの推薦もなく
蟻地獄のような社会で1人
沈まないよう気を張るしかなかった
#とりとめもない話
風邪をひいた
身に覚えはあまりないけど
強いていうなら
仕事のストレスだろう
弱いところに出るという
迷信のような言葉は
私の場合は的を射ていた
声がれがひどい
元々低めの声だが
それにしても
酒焼けを疑われそうなハスキー
電話応対なんか最悪だ
こうなってしまったら
耳鼻咽喉科で薬を処方してもらわなくては
どうにもならない
とりあえず
通勤時間を確認し、私は上司に連絡した
案の定
「潰れたカエルみたいな声だな」
とひとしきり感想を聞かされ、有休扱いになった。
潰れたカエルはそもそも鳴けないだろう。
そんなことを思いながら、終話ボタンを押した。
あぁ、今週は面倒な1週間になりそうだ。
#風邪
自分という存在に嫌気が差す
メイクを落とさずソファで目覚めた朝は、何もやる気がしない
肌が呼吸困難で絶不調なのが分かる
ただ惰眠を貪りたい
ただ雪に埋もれて正体を無くしたい
そんな空想で目を反らす
現実や未来から
雪に埋もれたら、キレイになれる
そんな気がしていた
#雪を待つ