そんじゅ

Open App

「きれいに結えているね」
 髪に伸ばした手を簪に触れるか触れないかの位置で止め、あなたは笑顔の形に唇をゆがませた。一拍遅れて僅かに伏せられた目からは、もう感情が読み取れない。

 こうして二人で向かい合わせに座るのは随分久しぶりで少し緊張している。私たちは隣り合わせで居ることのほうが当たり前だったから。いつだって二人並んで立ち、同じ景色を眺め、夜空の先で一つ輝く遠い星に向かって同じ歩幅で歩いてきた。

 そうやってこれからもずっと過ごしていくことは定められた事実だと、疑ってもいなかった。だから今私を置き去りにしようとするあなたが、まるで本物のあなたじゃないような気がして何も言い出せないままでいる。
 ひょっとしたらあなたも私のことを、最後の最後に自分の側には居てはくれない薄情者だと幻滅していやしないだろうか。たとえそう思われていたとしても、言い返せる言葉を私は何も持っていない。

 静かに流れていく時間が夕暮れの色に染まりだしたのを感じ、窓にふと目をやった。つられてあなたも視線を巡らせる。立秋を過ぎて少し歩みを早めた太陽が、遠く山際の雲を茜色に光らせ、夜を呼ぼうとしている様を、二人でただ見守っていた。

一緒にいられる最後の瞬間まで同じ世界を見ていた。
 


************
向かい合わせ

************
所感:
嫁ぐお嬢さんと幼馴染み、ぐらいに思っていましたが途中からこれどっちか死んじゃうのかと思い直しました。

8/26/2024, 5:47:23 PM