そんじゅ

Open App
3/13/2025, 12:50:13 PM

「この再生リスト、30曲も入ってるんですけどー」
「うわ、写真ピックアップするのだるーい」

心底やる気のない顔で天使が二人ぼやいている。

さて、面倒な仕事に限って余計な面倒事が舞い込んでくる、なんてのは人界だけの話ではなく天界だって同じらしい。天窓から入り込んだいたずらな風が、不意に二人の手元をかき乱した。

古びたアルバムの山が崩れ、挟まれていた写真の束が宙に舞い飛び、ひらひら、ばらばらと散っていく。

「あ、」
「やば」

天使たちは咄嗟に手を伸ばしたけれど遅かった。

風に飛ばされた写真は雲の床を抜け落ち、天使の梯子を辿って空を下へと落ちていった。そして地上で今まさに息を引き取ろうとしていた老女の上に一枚一枚降っていく。

たっぷり30曲分の走馬灯は、はらはらと落ちてくる写真の出鱈目な順番で一人の歴史を紡ぎ始めた。

ひ孫が生まれたと思ったら、幼い自分が幼稚園でおゆうぎ会。かと思えば一瞬で大学生になり、夫の葬式の後に今度は夫と初デート。

訳のわからないまま老女の魂が最後に受け取ったのは遥かはるか昔の記憶。自分自身は覚えてもいなかった、誕生の日。

母の胸にしかと抱かれ、まだ目も開かない赤子。

「ああ、ああ!わたし、いま、うまれるのね」

やがてくる死を受け入れ静かに待っていた魂は、この混乱に満ちた走馬灯の騒々しさのせいで、すっかり生気を取り戻してしまっていた。

「……どうすんのよ」
「彼女、天国に来る気なくなっちゃったじゃん」

生きる気力に満ちた活発な魂を無理に天界へ呼び寄せたところで、この静謐な世界との温度差に我慢ができるはずもない。

「人生、もう一周。いってもらう?」
「……だね」

そうして彼女は天使から新しい身体を贈られ、二度目の命を歩み始めた。



************
終わり、また始まる、

************
所感:
そんな感じで始まる人生2周目。

3/12/2025, 10:19:11 AM

一緒にプラネタリウムへ行こうと年に何度もせがまれるので、いつのまにか県内はおろか、地方一帯にある科学館や天文台の情報にずいぶん詳しくなってしまった。

ぼく自身は別に宇宙にも星にもあまり興味がないから途中でたいてい居眠りしてしまうんだけど、彼はちっとも怒ったりせずに上映が終わるまでいつもそのまま寝かせておいてくれる。

優しさじゃなくて、ぼくの顔を見るよりもドームに張り付いた満天の星の姿を見るのによっぽど忙しいから。

ある夜、空から突然降ってきた彼は、星の子供。

どの星座から振り落とされて地球へやって来たのか分からなくなっちゃって、ぼくの家に居候しながら帰り道を探し続けてもう2年になる。

淡く、静かに、光の波動が脈打つ小さな輝石。

雨や曇りで星の見えない夜が続くと「さみしくて身体が砕けてしまいそうだ」と机の隅でしくしく泣いている。月明かりが闇を照らす夜にも「この小さな身体があの光に溶けて消えてしまう」と嘆いて拗ねてしまう。

だから彼の機嫌をなぐさめるため、本物の星ではなくともせめて家族達の面影を思い出せるようにと、ぼくは星の子供と一緒にあちこちへ出掛け、小さな屋根の下で宇宙の似姿を鑑賞する。

はやく元の居場所が見つかればいい。

夜な夜な彼の嘆きを聞いていれば、もう諦めてこのまま地球に居ればいいなんてこと言える人間なんて一人だっていないはずだよ。ぼくだって、彼が笑って光を振りまく姿をみたい。

いつか君が空に戻ったら、きっと毎晩、ぼくの家の上でピカピカと輝いてくれやしないか。それくらいの願いは引き受けてくれるんじゃないかと思ってる。


************


************
所感:
静かに行き来する情がある。

3/10/2025, 11:50:17 PM

「ひとつ願いが叶うなら……ねぇ」

実に勿体つけた声で男は顎をさすった。
そのまま半眼で低く唸っている。
眠いのに主人の帰りを待っている犬のようだ。

「うーん。最近はさ、何でも言葉の裏の裏まで読もうとするじゃない?出し抜かれないように、騙されないようにって。まったく世知辛いご時世だよ」
「んん、まあ、そうですね」
「だからさ、この場合も『ひとつ』の中にどれだけ明瞭で誤解の余地ない言葉でもって願い事を盛り込むかが大事だと、ぼかぁそう思うワケよ」

なるほど彼はそれなりに真面目に考えようとしているらしい。少し安心した。

「それで。そろそろ答えは決まりましたか」
「いんにゃ、決まらん」
「ええっそんな!随分待たされたのに」
「やっぱりさ、この世界にぼくが望んでいいことなんざひとつもないんだなァ。」

苦笑まじりにつぶやいて、男は窓に目をやった。
星の煌めく夜空にまだ月の気配はない。

「言えばなんでも叶っちゃうから『お前たちの好きにすればいい』とも簡単には言っちゃいけない。何かと難しいんだ」
「個人的な望みでもよろしいのですよ」
「それこそ世界を滅ぼす劇薬だ」
「そうなりますか」
「ああ、神の心のままの願いなんざ碌なもんじゃない」

全知全能にして万物の創造者。
創世の神はもう一度、今度はにっこりと微笑んだ。
麗しい笑顔に天使は会話の終わりを悟る。

「だから答えは秘密。沈黙は金、だよ」



************
願いが1つ叶うならば

************
所感:
願いが何でも叶うもどかしさを知っている神。

9/12/2024, 11:07:27 AM

その救難信号は、ここからさほど遠くない星域から発信されていた。船長は宇宙船の燃料の余裕を確認し、船員たちに「母星に戻る前にもう一つぐらい善行を積んでおくことにする」と宣言した。

さほど、とはいったものの二度のワープを重ねて小さな惑星に到着した。この星の大気組成は地球型生物の生存に適しておらず、アンドロイドである私が救難信号の発信元を捜索するよう任された。

大気圏外からあらかじめ予備調査をしていた通りに、礫砂漠の真ん中で宇宙船とおぼしい黒い塊を発見した。

どうやらここに不時着してから長い年月が経っているらしく、外装の損傷が激しい。これでは生存者がいる可能性は低いだろう。このタイプの船は右舷に入口があるので、反対側へぐるりと移動しようとしたとき、機首の窓がキラリと光った。足を止めて窓を注視すると中でもう一度何かが光り、そしてガコンと不格好な音を立てて船体のドアが開かれ、中から小さな四足歩行の動物がタラップを降りてきた。

この姿は、おそらく犬だ。

犬は私を見上げ、小さく尻尾を振った。尻尾が揺れるたびにわずかに金属音がきしんだ。私と同じ、機械生命体なのだろう。それならば宇宙共通言語でコミュニケーションがとれる。

彼(便宜上、彼と呼ぶ)は、125年前に不時着にしたこの宇宙船の最後の生存者だった。同じ乗組員の最後の1名から命じられた「救援を待て」という指示に従い、ここでずっと待機していたそうだ。

「今となっては古い資料ですが、船内にはこの宇宙船の航海データが一揃い保存されています。そのデータと、船員たちの遺品だけ母星へ持ち帰れるように助けていただきたい」

彼の控えめな要請に応じ、回収品の整理を手伝うため船内へ立ち入った。生物の気配のない静かな空気の中、ちょっとした違和感がある。

良く見ると、船内の壁面、床、机や椅子、あらゆる平面におびただしい数の傷がある。刃物で引っ掻いたようなその傷の一つ一つは歪な形だが、並びかたに規則性がある。私の視線に気づいたらしく、彼は少し耳を垂らし、肩を落としながら説明してくれた。最後まで生きていた人間がしていたように、毎日一つずつ数を刻んで、生き延びた日数を記録していたのだと。

もちろん私達アンドロイドは体内の光子時計に沿って活動するので、このような原始的なカレンダーをあつらえる必要はない。彼は前足で床の傷を撫で、そっと言葉をこぼした。

「自分には必要ないと分かっていても、人間たちが最後まで諦めていなかったことを示す何かを、この船に残しておくべきだと判断したのです」


************
カレンダー

************
所感:
救助された!良かった良かった!

9/11/2024, 10:00:21 AM

あの子の声も、姿形も全部覚えている。

幼いころのたどたどしい歩みに微笑みが隠せなかったこと、若気のいたりで暴れ回る日々に困らされたこと、大人びてすっかり落ち着いた仕草にまた惚れ惚れしたこと、年老いて薄くなった頬を撫で抱きしめた背中に浮いた骨の感触があったこと、全部ぜんぶ何一つ忘れずに覚えている。

思ったより喪失感がないのは、このたくさんの思い出のおかげなのかもしれない。別れの日から一年過ぎた今も、あの子はずっとぼくのそばにいるような気がするくらいだ。

ただ、思い出はもう増えはしない。

ぼくは記憶の中で微笑むあの子を何度も何度も繰り返しまぶたに思い浮かべるだけ。新しい日々を共に重ねて過ごしていけないのがこんなに悔しいなんて想像もつかなかった。存在が失われることは未来が一つ失われることと同じなのだと、一年かけてやっと気付いたんだ。

ぼくは今日も思い出の背中を撫でてあやし、新しい時を刻む世界を愛しいものの幻影で満たしながら生きていく。


************
喪失感

************
所感:
記憶のバックアップはきちんと残しておかねば。

Next