そんじゅ

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あの子の声も、姿形も全部覚えている。

幼いころのたどたどしい歩みに微笑みが隠せなかったこと、若気のいたりで暴れ回る日々に困らされたこと、大人びてすっかり落ち着いた仕草にまた惚れ惚れしたこと、年老いて薄くなった頬を撫で抱きしめた背中に浮いた骨の感触があったこと、全部ぜんぶ何一つ忘れずに覚えている。

思ったより喪失感がないのは、このたくさんの思い出のおかげなのかもしれない。別れの日から一年過ぎた今も、あの子はずっとぼくのそばにいるような気がするくらいだ。

ただ、思い出はもう増えはしない。

ぼくは記憶の中で微笑むあの子を何度も何度も繰り返しまぶたに思い浮かべるだけ。新しい日々を共に重ねて過ごしていけないのがこんなに悔しいなんて想像もつかなかった。存在が失われることは未来が一つ失われることと同じなのだと、一年かけてやっと気付いたんだ。

ぼくは今日も思い出の背中を撫でてあやし、新しい時を刻む世界を愛しいものの幻影で満たしながら生きていく。


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喪失感

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所感:
記憶のバックアップはきちんと残しておかねば。

9/11/2024, 10:00:21 AM