そんじゅ

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9/6/2024, 1:09:32 PM

シーグラスを拾いに行きたい。

きみがそう言ったから、次の週末は二人で海へ出かけることになった。

砂浜よりも砂利浜のほうがいいらしい、それなら遠くのほうの海に行こう、素手で触れてはいけない危険な生き物はこれとこれ、きみは肌が弱いんだから絶対に日焼けしないいでたちを……と、ぼくはあれこれ算段をたて、支度をし、週末の休みを確保して、一週間をなかなか慌ただしく過ごした。

その横できみは、海に行くならせっかくだからおいしいものも食べたい、この雑誌に載ってるレストランに寄ろう、手袋も持っていかないとネイルが割れちゃうかも、去年のサンダルはどこにしまったっけ、お土産はこれを買うつもり……と、出掛ける前からもうすっかり楽しそうな顔で騒ぎ立てている。

面倒くさいことをぼくに任せるのが当たり前なきみに何かひとこと言いたいような気もしたんだけど、その笑顔を見ていたらなんだか全然どうでもよくなってしまった。

そもそもきみが言いだすまでは、ぼくはシーグラスが何なのかも知らなかったんだ。サングラスの仲間が落ちてる場所があるのかと思ったくらいだよ。海岸に着いたら、シーグラスを探すきみの隣でぼくは何か貝殻を探して見つけてみたい。色とりどりの石も綺麗だろうけど、小さくて可愛い貝殻はきっときみがとても喜ぶと思うんだ。きっとだよ。

なんといっても、きみの好きなものを一番よく知っているのはぼくなんだから。



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貝殻

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所感:
重いねー。

9/6/2024, 9:57:54 AM

あなたの姿が光ってみえる。
きらきら、きらきら。

ああ、もうお別れの時間なんだな。


ここには時計がなく、再会の時間をゆったりと過ごせるを代わりに、召喚霊魂の降臨可能時間が残り10分になると、霊魂の輪郭は少しずつ輝きだす。そして最後には光の粒になって消滅し、元の世界へ戻ってしまう。

今日、日頃の善行で積んだ徳すべてを神様へ渡して、私はあなたとの再会を願い出た。長年の思いは叶ったけれど、やっぱり、ちっとも足りやしない。いっそ私もあなたと同じ世界へ飛んでいってしまいたい。

けれど、それだけは、地獄へは堕ちて来てくれるなとあなたが最後に告げた言葉がまだ私を繋ぎとめている限りは、叶わない願いなのだ。

触れ合えない手と手、お互いの両の手のひらをぴたりと重ねて残された時間を慈しむ。

さようなら。

きらきらと消えていくあなた。
いつか、また、あいましょう。


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きらめき

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所感:
徳を捨てたってことは。

9/4/2024, 10:31:09 AM

些細なことでも、その変化に必ず気付いて声をかけてくれるのは悪い気分じゃない……けど時々、ずっと見張られているように感じて胸の内が薄ら寒くなる。

毎日の服のコーデやその日のご飯、一日中の喜怒哀楽……そんなすぐ分かるようなことへの反応なら、ああよく見てるんだなと思うだけ。私自身が気付いていないようなこと……例えば普段より呼吸が浅いだとか、ノートの筆圧が強くなってるだとか、瞳孔の開きが狭くなってるだとか。それは見てるって段階をとっくに超えてて、観察されてるんじゃないかと思う。

ね、なんでそんなに見てるの、まさか私の観察日記でも付けてるの?と冗談半分で尋ねてみたら「なんでバレたの?」ですって。え、何、それ本当に?ビックリしすぎてツッコミの言葉も碌に出ない私に「その驚きぶりは新鮮でイイね。冷や汗でてる?ちょっと顔が白くなった」と追い討ちをかけてくる。

「ただ、君のことをもっとたくさん知りたいだけなんだ。純粋な好意に基づく興味関心の発露だよ。もちろんそのなかにやましい気持ちが一つもないとは言わない」

なんて言われて安心できる人間がいると思う!?

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些細なことでも

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所感:
むしろ、声を掛けずにおいてほしかった

8/29/2024, 1:20:48 AM

毎日かかさず日記をつけるなんて真面目な人にしかできないと思ってたけど、うっかり始めてみたら案外続いてびっくりしてる。

けどそんなに大したことは書いてなくて、日記というより日誌みたいな感じ?ちゃんとした文章じゃなくチェックマークや記号ばっかり。これじゃまるで暗号みたい?
うん、だってこんなの誰にも解読されたくない……!

あなたを見かけた日は○、
出会えなかった日には×を。

目があったら◎、
おしゃべりできたらT、
いちおうtalkの頭文字。

会話が続いた分だけ+を追加。

たくさんおしゃべりできた日は、T+++++++って、数字のない足し算みたいになってしまってる。そして今日は「今度一緒に出掛けよう」と誘われたのを、ここに一体何と記せばいいのか決められなくってずっとドキドキしてるの。

ねぇ、私の日記帳、あなたには絶対ゼッタイ見せてあげたりしないんだから!

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私の日記帳
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所感:
可愛らしい何かを書きたかったのでした。


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一昨日から続く雨の中で行われた結婚式で、それこそ100回ぐらいは「雨降って地固まる」と聞かされたように思う。いや本当に顔を合わせたおじさんおばさん、口々に同じこというものだから、最後の報には目が合うと「雨降って」「地固まる」って忍者の暗号みたいにうなずき合ってたね。

でも、そんな格言を持ちだして一言いいたくなる気持ちも分からないではない。私は窓越しに庭の黒い小山をそっと見やった。どこが頭かどこに手足があるのかも判然としない、真っ黒で毛むくじゃらのかたまりが、重量感のある静寂を纏いうっそりと佇んでいる。

あれが私の結婚相手。
一昨日、山の神社から降りてきたモノ。

先祖代々祀っている山の神様が嫁御を欲しがっているのだ、式の真似事をすれば良いのだ、形だけで良いから……と親戚連中が笑いながら(しかしおかしなぐらい真剣な目で熱心に)言ってくるのを断り切れず、父が私に声をかけてきたのが昨日のこと、そして今日は結婚式。あまりにスピーディーで、実感がなさすぎて動揺する余裕もない。まあ今日一日は親孝行だと思ってこの茶番に付き合ってあげようと思っていたら、隣に人が来た。一番歳の近い叔父さんだ。

私と視線を合わせず、忍者の暗号も唱えず、並んで庭の黒いかたまりを眺めながら彼はつぶやいた。私にしか聞こえなかっただろう、とても小さな声。

「今なら逃げられる、手伝うよ」


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雨に佇む
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所感:
本当は怖い系だったのかもしれない

8/26/2024, 5:47:23 PM

「きれいに結えているね」
 髪に伸ばした手を簪に触れるか触れないかの位置で止め、あなたは笑顔の形に唇をゆがませた。一拍遅れて僅かに伏せられた目からは、もう感情が読み取れない。

 こうして二人で向かい合わせに座るのは随分久しぶりで少し緊張している。私たちは隣り合わせで居ることのほうが当たり前だったから。いつだって二人並んで立ち、同じ景色を眺め、夜空の先で一つ輝く遠い星に向かって同じ歩幅で歩いてきた。

 そうやってこれからもずっと過ごしていくことは定められた事実だと、疑ってもいなかった。だから今私を置き去りにしようとするあなたが、まるで本物のあなたじゃないような気がして何も言い出せないままでいる。
 ひょっとしたらあなたも私のことを、最後の最後に自分の側には居てはくれない薄情者だと幻滅していやしないだろうか。たとえそう思われていたとしても、言い返せる言葉を私は何も持っていない。

 静かに流れていく時間が夕暮れの色に染まりだしたのを感じ、窓にふと目をやった。つられてあなたも視線を巡らせる。立秋を過ぎて少し歩みを早めた太陽が、遠く山際の雲を茜色に光らせ、夜を呼ぼうとしている様を、二人でただ見守っていた。

一緒にいられる最後の瞬間まで同じ世界を見ていた。
 


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向かい合わせ

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所感:
嫁ぐお嬢さんと幼馴染み、ぐらいに思っていましたが途中からこれどっちか死んじゃうのかと思い直しました。

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