『ハッピーエンド』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
【ハッピーエンド】
私は親切な人。
会社の後輩と映画(推理もの)を見に来た私は早速親切心を発揮した。
「犯人は〇〇だよ!」
「あいつ死ぬよ」
事前に映画の情報を仕入れていた私は映画を見る上で必要な情報を不意に後輩に伝えた。
事前に内容を知っていれば安心して楽しめるという寸法だ。
後輩「え?ちょっと止めて下さい、、、」
後輩が何か言っているようだが気にしたら負けだ。
「ちなみに犯人の素性は☓☓で、この犯行を計画した動機は・・・」
「最後は・・・」
私はオチまで完璧に伝えた。
しかし後輩は体調が悪くなってきたらしく途中で映画館を出ていってしまった。
「まったく、途中退出なんてマナー違反にもほどがある」
その後私は後輩を追いかけ喫茶店に連れ込むと態度の悪さについて3時間ほど説教をした。
もちろん料金は後輩持ちだ。
私はできるだけ高い料理だけ注文した。
しめて11万2000円。
全部は食べられないので私は全ての料理を一口ずつ食べて後は残した。
「フー満足した」
喫茶店でことの一部始終を見ていた子供は言った。
「あいつ死ぬよ」
【ハッピーエンド】
ハッピーエンドとは何か
幸せな生活を送ること
好きなことができること
好きな人と過ごせること
人それぞれのハッピーエンド
それが続けば楽になるのにな
素晴らしいハッピーエンドはありえない。
このバカみたいな現実で
このバカみたいな幻想を
このバカみたいな絶望で
ハッピーエンドという甘美な毒を飲んで踊ればいい
グッバイ、トゥルーエンド
ハロー、バットエンド
素晴らしいバットエンドでこそ、
我々は笑えるよ
NEWハッピー
さようならエンド
[ハッピーエンド]
ハッピーエンド
私の好きなゲームでのことだった。
戦闘もののRPGで、ゆるいマルチ要素があった。
私がマルチを始めた時、発売日からもう2~3年経っていて、全盛期より随分過疎化していたようだった。
私はゲームを楽しむならソロで、マルチをやるならプレイヤーを見るプレイスタイルだった。
テンション高く振る舞って、その内再び会った野良に絡んで、仲良くなって、何度も彼らと戦った。
今でも覚えている。彼らが初めて私に反応してくれたこと。震える手でメッセージを送った時の事を。
彼らが去る前にこの周を最後にして、思い出を抱えて次のゲームに行こうと思ってた。
それが私のハッピーエンドだった。
それから1年が経った。今、私は一人でこの地に降り立って彼らの面影を追い続けている。
もう誰も戻ってこない。
空いた距離は埋まらない。
ただ虚空の中で彼らの帰りを待つ。あの日々のハッピーエンドの先に何もないと分かっていても。
【ハッピーエンド】
「君はハッピーエンドってどんな終わり方だと思う」
彼は凛とした顔で僕に問う。
否、唇の口角は少し上がっているとも捉えれる。
「わかったから、そこから離れてくれ!」
君の質問なんてどうでもいい、頼むから辞めてくれ。
「ふーん。それが君の答えか。君とこれまで交わしてきた言葉は僕を十分に楽しませてきたけど、君は少しばかり落ちてしまったようだね。」
彼は僕の必死な願いに呆れ返ったような顔をする。
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ
「僕は君に生きて欲しいだけなんだよ!!、、」
僕は彼に意志をぶつける。
喉が痛い。目が熱い。もうどうでもいい。
「でも無駄さこれが俺のハッピーエンドだから」
そう言いながら彼は落ちていった。高層マンションの屋上から、堕ちていった。彼の思考は奈落へと。
『ハッピーエンド』
君が死んだのは、3月の終わりだった。
淡い空と桜の美しい季節で、君の生まれた季節。
そして、僕と君が出会った季節でもあった。
君が好きだと言ったこの世界を僕は嫌っていた。
見るもの全てがモノクロで、楽しくも美しくもない。酷くつまらない世界を僕は生きていた。
ある日、僕はいつものように散歩をしていた。
桜の花弁が風に乗って空を舞う。ぼんやりとそれを眺めていると人にぶつかった。
すみません、と振り向くと相手は自分より幾つか年下そうな少女だった。
少女はふわりと笑って頭を下げる。
その笑顔が桜のようだと思った。
馬鹿みたいだろう?こんな表現、小説の中でしか見たことがない。
それでも、そう思ってしまった。
少し薄桃色に色付いた頬と綺麗に挙げられた口角に、僕は一瞬にして目を奪われた。
幸せだった。僕の世界は君によって鮮やかに色付けられて、たくさんの刺激に溢れた。
幸せとは何か、そう問われたら迷わず僕は答える。君と過した日々のことだと。
付き合って3年目の春、君が自ら死を選んだ。
僕だけのハッピーエンドを探してと遺して、桜と共に儚く散ってしまった。
どうして、僕を連れて行ってくれなかったのか。
一言、一緒に来てと言ってくれたら僕は喜んで命を差し出したのに。
桜の花弁が舞う。
君が死んでから、僕の世界はモノクロに戻ってしまった。君の遺書をもう一度読む。
いっその事、全て僕のせいだと言ってくれたら楽になれるのに。
書かれたものがどこまでも優しくて、読み終わると僕はいつも立てなくなる。
でもさ、君も分かっているんだろう?
君のいない世界で僕は幸せになんてなれないことを。ハッピーエンドなんて、どこにもないことを。
今日こそ、僕は君に会いに逝く。
出会った時と同じように、また桜が咲いたよ。
これが僕の描くハッピーエンドなんだ。
桜の木の下から君が消えて、僕も消える。
誰もいなくなって、花弁だけがはらはらと散る。
2026.03.29
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いつか終わるとき、「幸せだったなぁ」と思うために。
今日からいいことがあったら、少しだけ、大げさに受けとることにした。
「ハッピーエンド」
"ハッピーエンド"
あとがきでこの結末が作為だと
我に帰れば聞こえだす声
ハッピーエンド
小説やマンガはハッピーエンドで終わって欲しい派。
自分の人生も小説のように紆余曲折からのハッピーエンドで終わって欲しい。
ハッピーエンド
エンド、それは終わりを意味する。
人の終わりは死である。
そうなると勿論、バッドエンドも存在する。
物語的には、バッドエンドは好まれない。
だが、世界でみればバッドエンドが多いだろう。
なら、せめて、美しくはなくとも。
俺の死には“ハッピーエンド”を。
書く習慣:本日のお題「ハッピーエンド」
ハッピーエンドが好きだ。そして、メリーバッドエンドも好きだ。
メリバの代表といえば、個人的にはオスカー・ワイルドの『幸福な王子』だと思っている。南国に旅立つのが遅れたツバメと、宝石がはめ込まれた金箔押しの王子の像の話だ。王子の像はツバメに頼んで、自分の体から宝石や金箔を剥がさせて貧しい人々に与える。南国へ行き損ねたツバメは死に、宝石も金箔も失った王子の像は溶鉱炉行きとなる。溶け残った王子の鉛の心臓とツバメの遺骸を、天使が神の御許へと運び、王子とツバメは天国で永遠に過ごせる結末となっている。
今日の文章を書くにあたって、『幸福な王子』を読み返してみた。昔はさらりと読み流していたが、かなりクセの強いキャラがいる。
ツバメだ。
このツバメは北の町とエジプトを行き来しているらしいが、仲間から遅れること数週間、まだ王子の像がある北ヨーロッパの町にいた。このツバメは、川に生えている植物のアシに夏の間ずっと求愛していたという。仲間たちは季節が変わったらとっととエジプトへ飛んでいってしまった。取り残されたツバメはアシに「一緒にここを出ない?」と聞いたものの断られて逆ギレし、ようやく南を目指して飛んで王子の像がある町に到着したのだ。
おとぎ話にマジレスするのもどうかとは思うが、アシから特に好意を返されていないのにずっと求愛し続けていたツバメは、現代に生きる私の目から見るとかなりやばい。ツバメは最初に「恋してもいいか」とは聞いたが、アシはお辞儀をしただけで「私もあなたが恋しい」的なことは一言も言っていないし、ツバメから旅に誘われても拒んでいる。
そして、アシが首を横に振った後のツバメの捨て台詞が最悪だ。「ぼくをもてあそんでいたんだな」じゃないのよ。シンプルにダサくて破壊力が高い。
好きな相手が自分のような好意を持っていなかったと突きつけられた時、ストレスから自分を守るために被害者ポジションを取ってしまうことはある。リアリティがすごい。『幸福な王子』は子ども向けの作品だが、オスカー・ワイルドは容赦なくツバメの防衛機制を描写している。
ワイルドの凄みはそれだけではない。
王子の像は、とある国の王子が亡くなった後に彼をかたどって立てられたものだった。生前、王子は「無憂宮」なる場所で暮らしており、そこは名前通り悲しみが入り込むことを許されない場所だったらしい。すごい設定だ。実際にサンスーシ(フランス語で「憂いなし」)という宮殿があるそうで、「王族の発想は庶民の斜め上をいくなあ」と口を半開きにして偉人を仰ぎ見る気持ちである。
実際の歴史から着想を得たにしろ、アシに求愛して越冬の旅に出遅れたツバメや、自分を飾っている宝石や金箔を人々に与える王子の像というキャラクターを生み出したワイルドはすごいと思う。
ワイルドだけでなく、すべての作家はすごいと思う。今まで読んだ本を思い返してみると、私がその作家と同い年になっても絶対思いつかないような話ばかりだった。何を食べたらそんな設定を思いつくのか教えてほしいくらいだし、「自分の読みたい話を書きました」とか言ってるのを目にして「読みたい話のレベルが違いすぎる」と驚かされた。
『幸福な王子』のラストで、ツバメと王子の鉛の心臓がゴミ捨て場に捨てられて終わりかと思いきや、出し抜けに神様と天使が登場する。神様は王子の像があった町を範囲指定して「いちばん貴いものを二つ持ってきなさい」と天使に指示する。「いちばん貴いものを二つ」と言われた天使は、もちろん読者の期待どおりに、王子の心臓とツバメの遺骸を持ってくる。王子とツバメの救済措置がちょっと力技で、デウス・エクス・マキナという単語が脳裏をよぎる。
しかし、子どもだけでなく大人が読んでも説得力を感じるのだから、彼をあまり知らない私から見ても、やはりオスカー・ワイルドはすごい作家だと思う。
ハッピーエンドと聞いて
とある恋愛映画を思い出した
もちろんそのハッピーエンドに行き着くまで
2人は大きな波を超えていくんだけど
お花畑なラブだけじゃなくて
きちんと一緒にいるための努力をするんだ
という台詞もあって、とても良かった
愛とか恋とかの理想形は、銀幕の中にありました
現実にトレースしたいので、愛のために生きよう
→終活。
生まれた日を「ハッピーバースデー」と祝ってもらうと嬉しいので、
死に際には「ハッピーエンド」と送り出してもらえたら感無量だな。
テーマ; ハッピーエンド
(テーマ:ハッピーエンド)
主人公が悪役を倒してヒロインを救う、なんて話はありふれていて、王道だ。
その中で毎回倒されるのは悪役。
推理小説でも異世界ファンタジーでも悪役は負かされる。全てではないが、まあ大抵そうだろう。
みんな、ハッピーエンドが好きなのだ。
「はぁ…」
スマホの電源を切って、ベッドに投げ捨てる。
人気アニメの最終話。
予想はしていたがまたしても主人公の勝利で、悪役である魔王はというと、これでもかというほどコテンパンにされて消滅した。
「主人公って、何でこんなに思想強いんだろうね?」
「んにゃあ」
床の上で長くなっている猫に聞いても、気の抜けた声しか返ってこない。
主人公は大義を持って悪を制する。
悪役も大義を持って主人公の一味を迎え撃つ。
それなのに、悪役は非難され、罵倒され、倒される。
「悪役だって悪いだけじゃないのは周知の事実だけど、いつだって読者は主人公を応援するよね。ほぼ無意識だろうけど」
猫からの返事はないが、それがかえって私に文句を漏らさせる。
「悪役を主人公にした話もあるけど、それだと正義の立場にいる奴らと和解するエンドになるし…。たとえ悪役が正義を打ち倒しても、多分バッドエンドと呼ばれるだろうし…」
窓の隙間から生ぬるい風が吹いてきて、カーテンを揺らす。
外は夕焼け色に染まっていて、どこかの家の夕飯の匂いが風に乗って流れてくる。
「私がまだ読んでない話もたくさんあるのはわかってるんだけどね。それでも、やっぱり…」
世間一般的に悪役は受け入れられないものだ。
そもそも悪と定義するのは、世間の多数の声。
多くの人が悪に反対するのも頷ける。
わかってる。
わかってるけど。
「父さんは、やっぱり…」
悪じゃないとは言えない。
悪いことはした。
でも、それは母さんのためだ。
物語では悪役を悪役たらしめる出来事が描かれるのはよくあることだ。
そして、同情を誘うものも多くある。
けれど、悲しい過去のある悪役であっても、負ける運命にあるのだ。
「あんまりだよ…」
私の父親は、小さな商店を襲って金を奪い、押さえつけてくる男たちを、隠し持っていた包丁で傷つけ、その後逃走した。
お金が用意されたことで、母は手術を受けられた。
それからすぐに父は捕まった。
治療を受けた母は回復したものの、父のしたことに涙を流していた。
思い立ってからすぐの犯行だったのだろう。
家に警察が訪ねてくるまでは、そう時間が経たなかった。
馬鹿だ。
そう、馬鹿なのだ。
貧乏な家庭のせいで、母が病気で手術を受けなきゃいけなくなったが、お金がなかった。
そうなってすぐ、父は金を盗むことを考えた。
工場での稼ぎでは到底足りなかったそうだ。
父は自分の最愛の人を守るために、他者を傷つけた。
本当に、馬鹿で、盲目的で。
暴悪で、不埒で、卑劣で。
でも、愛だった。
父の、母に対する愛だった。
部屋に影がさしていく。
段々と暗く青く染まっていく。
明かりをつける気にもなれず、ぼんやりと頬杖をつく。
「…あ、そっか」
何となく、わかった気がした。
いや、多分分かっていたけど目を逸らしていた。
みんな見たくないのだ。
暗い話や考えさせられる話は、向き合っていると疲れてしまう。
だから自然と、楽で幸せなハッピーエンドを望んでしまう。
猫背になっていた体を起こして、限界まで伸びをする。
お腹が空いてきた。
今日は何を作ろうか。
椅子から腰を上げて、キッチンに向かう。
ハッピーエンドは表向きの、世間体での幸せな結末でしかない。
その裏に、どんな悲しい出来事や残酷な事実が隠れていても、それが少数ならバッドエンドにはなり得ない。
でもそれでも良いのかもしれない。
いつまでもうじうじ考えてもいられない。
だってお腹は空くのだから。
もしも仮に、これが物語だったら。
ハッピーエンドになるのだろうか。それともバッドエンド?
その区別の仕方は、読み手によって変わるのかもしれない。
なら深く考えても仕方がない。
お腹がが空いたなら、ご飯を食べる。
それくらい単純に考える時があっても、良いのかもしれない。
ハッピーエンド
ハッピー。
ハッピー?!
何がハッピーだ。
イキサツという漢字は
経緯と書くと今日知った。
経(縦糸)と緯(横糸)。
経緯で様々な模様を織り成し
キレイな織物ができあがる。
でも縦糸が切れると横糸は
するりと何度も落ちていく。
そして織物はできあがらない。
ハッピーエンドは
なかなか手に入らないもの。
それでも手に入れようとする。
たとえ無謀って言われたって、僕は挑戦する。
夢は見るだけじゃつまらないから。
どうなるか分からない、けどわたしは無謀って言われてもね、“勝てる”に賭けるよ。
もちろん勝利の命運をコマにしてね
絶対に歴史に僕の名前、刻んでくるからさ。
勝てたら僕たちの蒼穹を見上げよう
ハッピーエンド
ハッピーエンドとは、一体何をもってハッピーエンドなのだろう。
主人公にとって幸せなエンドならハッピーエンドなのだろうか。
それが、読者の心を揺さぶる物だとしても?
私は物語のエンドは大きくわけて3つあると考えている。
1つがハッピーエンド。
主人公にとっても読者にとっても幸せなエンド。
次にバッドエンド。
主人公にとっても読者にとっても苦しさや不快感の残るエンド。
最後にメリーバッドエンド。
主人公にとっては幸せでも読者にとっては苦しさや不快感の残るエンド。
物語は終わりが決められる。幸せな終わり方、不幸せな終わり方。それを作者が決められる。
ただ人生というものは、自分がシナリオを書けるわけではない。自分で選択することはできても、それはプレーヤーとしてである。
なので、この先にあるのが良い出来事なのか悪い出来事なのかはわからない。
ただ少しでも私の人生がハッピーエンドに向かわせたいと思うのであれば、私は自殺はバッドエンドだと思ってしまうし、人に看取られる老衰がハッピーエンドだとも思う。
個人の主観なので押し付ける気はない。ただ、最後に思い出す記憶は、悪いものにしたくないと考えている。
だからなのか。死のうと思った時に行動力が上がるのは。ライブに行き、彼らが生きがいになった。旅行に行き、県内の水族館を全て巡ろうと思った。
死ぬ前に幸せを感じたいと思うのに、そのためにとった行動が今後の生き甲斐になる。私は運が良かったのだろう。心がこの世に縋ってしまう。
死にたい理由はあるのに今日もこうして選択の機会が与えられている。
私は私が幸せだと思える人生を生きたい。それが他者から理解されないものだとしても。
私はハッピーエンドを愛せない。そうはなれないから。
だからせめて自分のために生きて、メリーバッドエンドの人生を歩みたい。
「ハッピーエンド」
昔は大団円でハッピーエンドを迎えるアニメが好きだった。
最終話で、主人公とヒロインが一緒に死のうとしたけど、最終的にヒロインだけが死んだ作品があった。
その最終回を観た時、中学生だった僕は心から叫んだ「その終わりはダメだろ…」と。
最後の描写で、主人公はヒロインの歌を聴いて、満足そうに笑っていた。
僕には、その笑顔が寂しさを紛らわせているように見えた。
無理矢理ハッピーエンドっぽくしているだけだろうと当時の僕は思った。僕は二人が幸せそうに暮らす姿だけを望んでいたのだ。
だが十年近く経って、僕はあることを覚えた。
「託す」ということだ。
自分が犠牲になろうとも、想いを誰かに託し、祈りを紡いでいく。そうやって人間はここまで歩いてきたんだと、いつの間にかそんな価値観が僕の中に根付いていた。
今ならヒロインが一人犠牲なった理由も、最後に主人公が笑った理由もわかる気がする。
彼女は想いを託し、主人公はそれを受け取った。そして最後に主人公は、彼女が確かにそこにいた証明である歌を聴いて、彼女から託された想いを感じていたんだ。
必ずしも共に幸せに過ごす終わり方だけがハッピーエンドではないのだと、私の価値観が更新された瞬間だった。
何をして暮らすか、誰と生きるか、何がハッピーエンドで、どうすればそこに向かえるのか。俺の幸福は俺が決めるから放っておいて欲しいと常々思うんだけど、とやかく言ってくる連中には自分基準の幸福が無いのかな? 君らが大衆の幸せルートを盲信するのは自由だけど、俺にまで押し付けないでくれよ。意思が弱くて笑っちゃう。
俺には俺のハッピーエンドがあるからさ。俺はそこを目指して歩いてるだけだからさ、頼むから邪魔しないでね。
あんたも例外じゃないよ。あんたは俺の幸せがどうのって言いたがるけど、そう思ってるならあんたはそのままでいてくれよ。今のままでいてくれればそれで良いんだから。とりあえずもうすぐ晩ご飯出来るから、もうちょっと待ってて。
うん、味見オッケー。野菜炒めも上手に出来たし、とりあえず今日は、ハッピーエンド。
お題:ハッピーエンド
「ハッピーエンド」
視界がだんだんと明るくなっていく。夜明けのように、ゆっくりと。点々と人影が蠢き出し、少しずつ掃けていく。私は座席に深く座り直す。仲良さげなカップルが、甘ったるいポップコーンの匂いを引き連れて私の前を通っていった。
面白い、と言えばそうだったのかもしれない。それでも私の心は満たせなかった。あの陳腐で使い古されたハッピーエンドは私の目を黒く塗り潰すようだった。その作品を一瞬で使い捨ての娯楽へと変えてしまった。私ならこうはならなかった。なんて言ったところで主人公は答えてくれない。死人には口は愚か耳も無いのだから。私は誰もいないシアタールームで目を瞑り、深く息を吐いた。そして思わず笑いが込み上げてくる。私の人生というものはこんなにも呆気なく、つまらなく、私自身の創作にしかすぎないことを思い知った。息を吐いた後、少しだけ後悔した。