書く習慣:本日のお題「ハッピーエンド」
ハッピーエンドが好きだ。そして、メリーバッドエンドも好きだ。
メリバの代表といえば、個人的にはオスカー・ワイルドの『幸福な王子』だと思っている。南国に旅立つのが遅れたツバメと、宝石がはめ込まれた金箔押しの王子の像の話だ。王子の像はツバメに頼んで、自分の体から宝石や金箔を剥がさせて貧しい人々に与える。南国へ行き損ねたツバメは死に、宝石も金箔も失った王子の像は溶鉱炉行きとなる。溶け残った王子の鉛の心臓とツバメの遺骸を、天使が神の御許へと運び、王子とツバメは天国で永遠に過ごせる結末となっている。
今日の文章を書くにあたって、『幸福な王子』を読み返してみた。昔はさらりと読み流していたが、かなりクセの強いキャラがいる。
ツバメだ。
このツバメは北の町とエジプトを行き来しているらしいが、仲間から遅れること数週間、まだ王子の像がある北ヨーロッパの町にいた。このツバメは、川に生えている植物のアシに夏の間ずっと求愛していたという。仲間たちは季節が変わったらとっととエジプトへ飛んでいってしまった。取り残されたツバメはアシに「一緒にここを出ない?」と聞いたものの断られて逆ギレし、ようやく南を目指して飛んで王子の像がある町に到着したのだ。
おとぎ話にマジレスするのもどうかとは思うが、アシから特に好意を返されていないのにずっと求愛し続けていたツバメは、現代に生きる私の目から見るとかなりやばい。ツバメは最初に「恋してもいいか」とは聞いたが、アシはお辞儀をしただけで「私もあなたが恋しい」的なことは一言も言っていないし、ツバメから旅に誘われても拒んでいる。
そして、アシが首を横に振った後のツバメの捨て台詞が最悪だ。「ぼくをもてあそんでいたんだな」じゃないのよ。シンプルにダサくて破壊力が高い。
好きな相手が自分のような好意を持っていなかったと突きつけられた時、ストレスから自分を守るために被害者ポジションを取ってしまうことはある。リアリティがすごい。『幸福な王子』は子ども向けの作品だが、オスカー・ワイルドは容赦なくツバメの防衛機制を描写している。
ワイルドの凄みはそれだけではない。
王子の像は、とある国の王子が亡くなった後に彼をかたどって立てられたものだった。生前、王子は「無憂宮」なる場所で暮らしており、そこは名前通り悲しみが入り込むことを許されない場所だったらしい。すごい設定だ。実際にサンスーシ(フランス語で「憂いなし」)という宮殿があるそうで、「王族の発想は庶民の斜め上をいくなあ」と口を半開きにして偉人を仰ぎ見る気持ちである。
実際の歴史から着想を得たにしろ、アシに求愛して越冬の旅に出遅れたツバメや、自分を飾っている宝石や金箔を人々に与える王子の像というキャラクターを生み出したワイルドはすごいと思う。
ワイルドだけでなく、すべての作家はすごいと思う。今まで読んだ本を思い返してみると、私がその作家と同い年になっても絶対思いつかないような話ばかりだった。何を食べたらそんな設定を思いつくのか教えてほしいくらいだし、「自分の読みたい話を書きました」とか言ってるのを目にして「読みたい話のレベルが違いすぎる」と驚かされた。
『幸福な王子』のラストで、ツバメと王子の鉛の心臓がゴミ捨て場に捨てられて終わりかと思いきや、出し抜けに神様と天使が登場する。神様は王子の像があった町を範囲指定して「いちばん貴いものを二つ持ってきなさい」と天使に指示する。「いちばん貴いものを二つ」と言われた天使は、もちろん読者の期待どおりに、王子の心臓とツバメの遺骸を持ってくる。王子とツバメの救済措置がちょっと力技で、デウス・エクス・マキナという単語が脳裏をよぎる。
しかし、子どもだけでなく大人が読んでも説得力を感じるのだから、彼をあまり知らない私から見ても、やはりオスカー・ワイルドはすごい作家だと思う。
3/29/2026, 2:36:54 PM