『さよならは言わないで』をテーマに書かれた作文集
小説・日記・エッセーなど
→短編・その日、初めて知ったこと。
時が止まったような古びた内装のカフェで、僕は彼女と向かい合っていた。
柱時計が時を告げる。その音を合図にするように彼女は口を開いた。
「彼はさよならは言わないで、行ってきますと言いました」
僕たち以外客のいない店内に、彼女の静かな声が響いた。
「だから、待っているんですか?」
伏し目がちに彼女は頷いた。顔には微かな笑みが浮かんでいる。
「じゃあ……!」
声を荒げた僕と、弾かれたように顔を上げた彼女の瞳がかち合い、僕は二の句を飲み込んだ。
その瞳に浮かぶ、待つことへの不安と微笑みに宿る希望とのアンバランスが痛々しくも、彼女に特別な美しさを与えていた。
あの男のせいで僕の知る快活な彼女は消えてしまった。今いるのは、新しいアイデンティティを宿した知らない女性だ。
僕はカフェを後にした。胸元からタバコを取り出す。ひどくもたついた。
タバコに火を点けると、僕の中の何かも一緒に燃えてしまったように感じた。だからだろうか? いつもよりも喉に苦味が走る。
そして、今日初めて、タバコの薄い煙では涙を隠すことができないと知った。
テーマ; さよならは言わないで
さよならは言わないで…
せめて、またねって言って欲しいな…
《さようならは言わないで》
全部終わりにしようと思う。そう言った君。
僕は君の意志を、覚悟を決めた君を、肯定することも否定することもできなかった。
「そっか、覚悟を決めたんだね、、いままで大変だったね、お疲れ様。君は最期までよく頑張ったよ。」
『君ならそう言ってくれると思ってた、、いままでありがとうね。』
さようならと言おうとした君の言葉を咄嗟に遮った。気づけば生暖かい滴が頬を伝っていた。
「さようならなんて言わないで、
僕は言わない、言いたくない、、、
また何処かできっと逢えるよね、、」
『そうだね、また何処かで逢お! じゃあまたね。』
それが君の最期の言葉だった。またねと言う君の声は少し震えていて、でもいつもの君の無邪気な声だった。
「またね。逝ってらっしゃい。」
改札を出て君に背を向けるときじゃあねじゃなくて「また」って言いたい
“本当に、いいのかい?”
「ん〜?まぁ、いいんだよ。俺がいなくなっても何とかなる
だろ!」
…そうは思えないけどな。だって君はみなを愛して愛された魔王だ。そんな存在をすぐに忘れる者はいないだろう。
居なくなれば絶対に動揺するし、悲しむのに。
彼がいなくなること、それを止めることができないことをアーレントはもう理解していた。今はただそばに居て、彼が向かう未来を受け止めて…その未来の先で彼が望むものを守る。そんなことしかできないのだ。
“はぁ…後は遠くから見守ることにするけど、覚えておいて
いつだって僕は君の味方だ。安心して託すと良い。”
その後はニコ!と歯を見せ笑う彼を見てその場を離れる。
ずっと一緒にいれば未練が生まれてしまうから。
“またね、 。僕の可愛い弟子。この世界の魔王よ。”
「さようなら」なんて言葉は言わないで。
いつかくる再会を願い、前を向く。
そんな彼と酷似する魂をもつ人間が魔界に来るなんて、
予想もしていなかったな。とんだサプライズだ!
アーレントの日々はまた色づき始める-
「さよならは言わないで」
さよならは言わないでと君が言う
無言で頷き
小さな声で
元気でいてねと私が言う
寂しさに支配されたこの世界を
どのように受け止めたらいいのかわからなくて
心に悲しい雫が落ちる
君のことが大好きなのに 君から離れていく私を
どうか...ゆるして。。。
その刹那
別れなんかの言葉より
愛の言葉で
傷つけていってよ
“さよならは言わないで”
『さよならは言わないで』
知ってたよ。俺とお前は住む世界が違う。
ずっと気付かないフリをしていた。出会った時からずっとだ。とうとうきたんだな、離れ離れになる瞬間が。
次の約束は無い。これが最後だって分かってる。だけど、もしかしたらって希望は捨てたくないんだ。希望がなくなってしまったら、俺は生きる意味さえ失う。
「ごめんね」
「言うな。こうなることは分かってた。お前のせいじゃない」
これが最後と重ねた唇は、いつも通り柔らかくて、少し震えていた。
今すぐ奪い去りたい。そんな気持ちはあっても実行できるかは別の話だ。
「俺こそごめん」
「あっくんのせいじゃないよ」
「じゃあ……」
「さよならは言わないで。またいつかがあるって信じたいから」
「分かった」
彼女が俺と同じ気持ちだと知って、抑えていたものが溢れそうになった。
俺たちは最後に握手をすると、互いに背を向けて新しい道を、二人違う道を歩き始めた。
(完)
もう希望なんてないのに。
私はもう、きっとどこかで諦めてるんだ。
1つ、ため息を吐き、掌を合わせて天を仰いだ。
光のなくなった目と張り付いた笑顔で、空を眺めて形だけの願いを込める。
あぁ、お願い神様。
まだ、さよならは言わないで。
家電も 10年経つと
そろそろ寿命かなと
家族で話す
すると冷蔵庫の冷えが悪くなる
エアコンから変な音がする
まるで聞いてるみたいに
この世は、どこかでつながっていて
私の知らないことが
たくさんあるようだ
その人の入院を知った時
庭の白菊を全て切った
ここ当分 私は
さよならは言わないで
おこうと思う
るろうに剣心を思い出す。京都に一人で行くことを決めた剣心が、薫に別れを告げるシーン。
「今までありがとう。そして、さよなら。拙者は流浪人。また、流れるでござる」。
言葉にはしていないけれど、二人の表情からお互いを想い合っているのが分かる。るろ剣好きには忘れられないシーンでござる。
空気が冷たく、乾燥してる。
ボクはこんな季節がだいすき。
人が歩いてる。
ボクは人もだいすきだからくっつこう。
あ、ボクの仲間がおててにいるね。
やっほー。
ボクはお口の中におじゃましようかな。
「ただいまー。」
「おかえりー。
手洗い、うがい、しなさいねー。」
「うん。」
え?
ジャー、ザバザバ
なに、この音。
『キャーッ!』
仲間の悲鳴?
ザバッ
うわっ、水がっ!
ブクブクブクブク
わあっ!かき回される!
ペッ
『キャアッ』
お外に出された!
「ばいばい、かぜバイキン。」
キュッ
ザーッ
『キャーッ!』
「さよならは言わないで」
『さよならは言わないで』
禁煙した時
2ヶ月くらいは ずっとずっと言われた言葉
自分の中の弱い自分も同じ事を言ってくる
何度も何度も‥。
さよならだ 弱い自分
でも ありがとう
お前のおかげで強く生きる理由をみつけた
今日はもう寝るねー
おっけ また明日話そう
バイバイ
バイバイって寂しいから言わないで
メッセージの最後の言葉のバイバイはさよならの意味を感じさせていたのだろうか。そんなつもりはなかったのに。よく友達と別れる時もバイバイって手を振って別れるから気にしたことなんてなかったな。
そんな私たちの間には今辛辣な空気感が溢れだしている、明後日また会うけどうなるかわからない。もうこの関係を続けるのはやめようと思ったら言おう。意味があるバイバイを。
『さよならは言わないで』
君の言った「さよなら」がずっと頭を巡っている
さよならってどんな意味だっけなんてことをぼんやり考える
さようなら、左様なら?
それでは、とか、じゃあね、とかと同じ感じか?
それがなんで別れの挨拶になるんだろう?
まぁ、バイバイって言われても同じようなこと考えてただろうけど
たった4文字4音に、まさかこんなにも心をかき乱されるとは
明確な別れを告げるなんて、君はなんて残酷なんだ
さよならは言わないで、そっといなくなってほしかった
「さよならを、言わないでください。
さよならを言わないで、別の挨拶を言われました。
さよならを言わないで彼女は消えました。
……まぁ、まぁ。色々アレンジはできるわな」
去年は何書いたっけ。食い物料理?
某所在住物書きは天気予報を確認しながら、呟いた。来週の金曜日から東京はストンと気温が落ちるらしい――最高一桁である。
あんまりそんな、突然、「温暖」と「快適」両名におかれては、さよならは言わないでほしい物書きだが、仕方無い。もう、冬である。
「……今年、寒いんだっけ?」
ぽつり。ため息を吐いて、天井を見る。
「暖房、光熱費、風呂……」
――――――
11月30日から続く一連の厨二的物語も、ようやく一旦の終結。ひとまず今回のお題は、最近最近の都内某所、某おでん屋台から幕をあける。
深夜帯であった。ひとりの男がカウンターで、自分をそこに呼びつけた相手を待ちながら、
牛すじ煮込みなり、味しみ大根なり。
賞味しつつ、温めた酒を堪能している。
「探しました。ハシボソガラス前主任」
屋台の客が2人になる。
「ルリビタキ部長からの伝言を伝えます。『長期休暇解除。とっとと戻ってこい』。以上です」
鳥の名前ばかり登場するが、細かいことは気にしてはならぬ。「そういう物語」なのだ。
「長期休暇〜?」
先客はおでんを食うばかり。
「俺、管理局は辞めたし、『カラス』のビジネスネームもとっくの昔に譲渡したハズだけど?」
言うわりに、差し出された写真は受け取るし、それを見て数度頷きもする――茶化しているのだ。
「局員1名が、敵性組織へ機密情報をリークしました。ウサギという、収蔵品保護課の男です。
スフィンクス査問官の『コタツ』による尋問も、キツツキ前査問官によるサルベージも効きません」
「俺、もう部外者だよん。そっちで頑張ってよ」
「あなたは、
『さよなら』は言わないで局を去るし、引き継ぎは残さない、局からの貸与品も返却なさっていない。
戻ってきてください。カラス前主任」
お願いします。本当に今、あなたが必要なんです。
頭を下げる男を、カラスはじっと、見ている。
「おやっさーん」
カラスが言った。
「豚バラ5本追加。こいつのおごりで〜」
――ところで前回投稿分で張った伏線を回収する。
今回お題回収役の後輩、高葉井という女性が、
前回の物語で、喫茶店の店主に、アンティークの鉱石ランタンを手渡した。 それはその喫茶店で獲得した、大食いチャレンジの景品であった。
「さよなら」されたのだ。
せっかく頑張って食ったチャレンジを、無かったことにされて、ランタンを回収されてしまった。
「不具合が見つかった」という名目であった。
高葉井としてはギャン泣きするしかない。
「せんぱぁぁぁい!!わたし、もう、もう、
うわぁあああああん!!」
場面は変わり都内某所、高葉井の先輩のアパート。
コタツのテーブルに高葉井が突っ伏し、
回収されたランタンの代わりとして渡された、別のランタン2個を抱きかかえて、
缶チューハイなど並べ、慟哭している。
「バチクソ気に入ってたの!明かり、付かなくていいの!不具合ぜんぜん気にしないの!
なのにさぁ!いきなりさぁ!突然さぁ!
さよならは言わないでよ!!うわぁああああん」
はぁ。それは、災難だったな。
高葉井の先輩、藤森は完全にチベットスナギツネのジト目で、彼女をどうすることもできぬ。
ただ後輩の心が温まるように、煮込みラーメンの鍋をコタツに持ってきて、ちゃぷり、ちゃぷり。
少し後輩によそってやるばかり。
「伸びるぞ」
淡々と、藤森は事実を述べた。
「聞いてよ、聞いてよせんぱいッ!!」
「聞いている」
「バチクソに、キレイだったの!最初に貰った方のランタン、宝石みたいな、太陽のチャームとか月のチャームとか付いてたの!!」
「そうか」
「太陽と月だよ!光と闇だよ!
いきなりハイさよならは、ひどいよぉ!!」
「そうか」
「代わりに貰ったランタンが完全に私がやってるソシャゲに出てくるランタンだったの」
「はぁ」
「完全再現だよ。公式、グッズ化してないの。
『さよなら』は言わないで、『はじめまして』になっちゃったんだよ。どうしよ、だよ」
「うん」
「聞いてよせんぱい。聞いてるせんぱい?」
「酔ってきたか。少し水でも飲め」
しゃぶしゃぶ、じゅるじゅる。
泣きながら小椀に盛られたラーメンを、スープとともにすする高葉井は、美味に対して幸福な表情。
「とつぜん、さよならはひどいよ」
缶チューハイをつかもうとした高葉井の手は、藤森の計略により、水入りのコップを得た。
「さよならは、はじめまして、なんだよ」
ぐびぐび。おかわり。
ラーメンの汁が飛ばぬよう、光と闇のランタンの代わりに得た新ランタンをどかす後輩を、
先輩の藤森は相変わらず、ジト目で見守っている。
旅行終わりに体調を崩したのでキープのみ。後日回復してから書きます。
──お題:さよならは言わないで──
《さよならは言わないで》
最近、議会が妙な流れになっている。
亡き皇帝派から出る質疑の内容が、議題とは見合わないものばかりなのだ。
その対応を受けて、この連日満足に眠れていない。
そして先日は彼女と二人で本部の執務室に向かう途中、突然あからさまな蔑みの声を向けられた。
「そんな妻でもない女連れで、よくこの厳しい国難に立ち向かっていけるな。目も心も、色で曇らせている場合ではなかろうに。」
隣にいる少女は、それを聞いて大きなショックを受けたようだ。
顔を青くさせて、その場に立ち止まった。
僕は少女の前に立ち、相手に返す。
冷静なつもりだが、眼光も口調も無意識に鋭くなるままだった。
「そんな事は、私の仕事の結果とは何ら関係がないだろう。何が言いたいのか?」
相手は何も言い返さず、鼻で笑い去っていった。
僕の腸は、知らぬうちにふつふつと煮えくり返っていた。
少女…彼女とは、共に暮らしている。表向きは、知り合いを預かっているとして。
しかしそれは、闇に魅入られた者として監視をするためだ。帝国内で大きな騒動にさせないために、その事実は極秘として扱っている。
そんな彼女は、俯いて謝ってきた。
ごめんなさい私のせいで、あなたは絶対にそんな人じゃないのに、と。
その後も、何度も。
あなたは悪くない。本当に、何も悪くない。
僕は何度も、彼女にそう言って聞かせた。
今は亡き皇帝が復活させた邪神を、仲間と共に討伐した。
その後に僕は、祖国であるこの国の復興に力を入れることにした。
帝国は特に、邪神が放った闇の眷属によってボロボロに荒らされていたからだ。
かつては皇帝の支配欲に異を唱え逆らってきた僕は、皇帝派の人々からは爪弾きにされてきた。
しかし、元々皇帝に仕えた家柄に生まれたこと。そして邪神討伐という大仕事が、僕の帝国内の立場を盤石なものにしてくれた。政治の大舞台に立つのは本当に気が進まないが、この立場を有効に使おう。
これからは新皇帝を立てることなく、議会により話し合って復興への道を皆で決めていこう。それが今まで虐げられてきた人々への為にもなると信じ提案し、この数年間それを続けてきた。
皇帝派は、それが相当面白くないらしい。
何かというと、僕を貶める為の策を弄してきた。
暗殺ならば、どうとでも出来る。
邪神討伐の旅を経て、どうやら僕の力は相当上がっていたようだ。多少の武力ならば、苦も無くいなせる。毒に対抗する手段も、数多く心得ている。
しかしそれが効かないと知ると、彼らは政治的に手を回すようになってきた。
今までは、それも何とか対処出来るものばかりだった。
亡き皇帝派の統制が取れていなかったからか、すぐにその誤りを正していけたからだ。
ところが、今回はかなり手が込んでいる。
僕はどうも砂漠の復興にあたり、その予算を統括する部署から多額の献金を受け取っているらしい。
これが、議会が妙な流れになっている原因だ。
無論の事、僕がそのような汚い真似をする筈がない。
そんな余裕があるならば、あの優しく逞しい人々が住む砂漠の生活を穏やかなものにする為に注ぎ込んでもらいたい。
が、予算の流れを洗ってみれば確かにおかしな流れが見受けられる。
これは…巧妙に隠されながら僕への流れを見せかけているが、亡き皇帝派の幾人かの家に利益供与がある。
そのうちの一人は、先日の暴言の主だ。
なるほど、よく分かった。
僕を囮にし、よりにもよって砂漠の復興予算を着服しようとしたこと。
僕の仕事振りを貶める為に、何の罪もない彼女を巻き込んだこと。
しっかりと後悔させてやる。
そこから数日、僕は根を詰めて汚職を働く者達の正体とその証拠を集めまくった。
朝食を食べて本部へ向かい、そこから帰宅し夕食を摂る。
そんな基本的な日常の行動は彼女と共にしていたが、普段より顔を合わせる時間は格段に減っていた。
今日の午後からの議会の為に、まっすぐ資料室に向かいます。
そのまま執務室へ入って待っていてくださいと、今朝は彼女を一人促した。
心配を掛けている自覚は、ある。
ごめんなさい、無理だけはしないでくださいね。
彼女は、そう何度も僕に伝えてくれた。
笑顔の裏に、微かな悲嘆を見せながら。
そして、あともう一息。今日の議題でこの証拠を彼らに突き付ければ、全てが収まる。
あなたは決して悪くないと、これで安心させられる。
資料を机でトントンとまとめていると、通信機が鳴いた。
これは、邪神討伐の仲間の一人。彼女がかつて自分の心に住んでいたと、そう言った仲間からだ。
僕は通信機を手に取り、対応する。
正直今は、少しでも時間が惜しい。
が、その急いた心を許さない言葉が耳へ届いてきた。
『あいつから目を離してるんじゃないぞ。
何しでかすか分からないからな。』
あいつ…彼女のことか。
目を離す? 何をしでかすか分からない?
その発言に疑問符を浮かべていると、更に仲間は追い打ちを掛けてきた。
『何のことかは、直接あいつに聞け。
間に合うなら、な。』
そう言うなり、一方的に電話は切れた。
いつもならば絶対にしてはこない、仲間からの私用の通信。
目を離してはいけない、彼女。
彼女の笑顔に隠されていた、微かな悲嘆。
まさか。
まさか、そんな…。
僕は、嫌な予感が頭を掠めた。
今回、僕以上に彼女が傷付いていた。
傷付いても、尚…いや、僕を信じてくれているからこそ、傷付いていた。
そんな彼女がしそうなこと。
それは。
僕を、守ること。初めて出会った時のように。
あなたを疑う発言をしたことで仲間と言い争っていた僕を、何故かその小さな背で庇ってくれたように。
自らが僕の前から立ち去れば、一つ悩みは消えるだろう。
ああ、彼女の考えそうなことだ。
行かないで、どこにも。例え、旅の仲間の元へでも。
僕のそばから、離れないで。
あなたが僕の家から出る前に。
必ず、間に合わせてみせる。
僕は午後の議会に、定時に参加した。
ここは、どうしても崩しようがない。
そこでまたあの暴言の主の質疑が始まろうとした瞬間、僕は証拠の資料人数分を机に叩きつけた。
僕は今、相当腹に据えかねている。
いつもは人当たりよく接するよう心がけている僕の豹変した様子とその資料の内容に、あの一味は虚を突かれたのか無言になっている。
僕の資料に、穴はなかったようだ。普段なら重箱の隅を突いてくる彼らも、そんな余裕はなく。
逆に無関係の議会員達は、この事態を受けざわざわと騒がしくなってきている。
「ということで、今回の僕の仕事は完了いたしました。後は彼らにお任せします。」
そこには、僕が事前に手配した逮捕権を持つ官吏達が揃っている。
一味達は大声で地位を使って官吏を威嚇しているようだが、もはやそんなものは効きはしない。次々と捕縛されていく。
「例え女性が隣にあろうと、仕事を完遂することは可能なのですよ。」
議会室は、蜂の巣を突いたような大騒ぎになっている。
もはやこれ以上のまともな進行は、不可能だろう。
僕は代理の者に後の処理を一任し、議会室を飛び出した。
間に合え。間に合え。
僕は、自宅への道をひた走る。
あの時からいつも、彼女と一緒に行き交っていた道を。
楽しそうに、その日の出来事を話してくれる笑顔を。
僕の話を受け入れてくれる、その微笑みを。
僕は息も絶え絶えになり、自宅の近くに辿り着く。
玄関前には、彼女が立っていた。
近所に出かけるには大きめの荷物を横に置き、玄関へまっすぐに身体を向けて。
僕には気が付いていないのだろう。彼女の体勢が変わることはなかった。
低くなりかけた太陽の日を浴びた闇の証である長い白髪は、淡い銀となり淋しげに揺らめく。
すると彼女は背筋を正し、喉を詰まらせながらも透き通る声を発し始めた。
「さよな…」
嫌だ。
絶対に、嫌だ。
お願いだから、その言葉は。さよならは言わないで。
僕は地面を蹴り、彼女の元へ走り出す。
その一言を、止めるために。
一歩先に、僕の長くなりかけた影が彼女の背に触れる。
そして背後から僕の腕が彼女の細い腰をぎゅっと抱きしめ、その口をそっと手で塞いだ。
「それは…言わせませんよ…。」
さよならの、らが発音される前に。
よかった…間に合った…。
僕は全速力で乱れた息を整えながら、彼女が去りゆく瞬間を止められたことに酷く安堵していた。
彼女の口に置いた、僕の手。その指先と手首近くが、柔らかい頬を伝う温かいもので濡れていく。
細い手の指が、口元の僕の手の甲にそっと触れる。
焦るあまりに彼女の口を塞いだままだったことに気付いた僕は、そっとその手を離した。
僕に片手で腰を抱かれたまま振り向いた彼女の顔は、ポロポロと落ちる涙と驚きで溢れていた。
「ど…して…?」
それは、どのどうしてなのか。
僕がこの場に間に合った理由なのか。
それとも…何故僕がこの場に間に合わせたからなのか。
どちらにしても、これだけは事実だ。
僕は、あなたを最後までは信じさせることが出来なかった。
この事態を、収められることを。
僕があなたの存在を苦にすることは、絶対に有り得ないことを。
僕の実力不足が、あなたの不安を呼んでしまった。
本当に、不甲斐ない。
これまでの暮らしで、あなたは僕を信じさせてくれた。
あなたは決して、心根は闇に染まってはいないと。
今は僕が、あなたを信じさせる番だ。
あなたの相棒に、通信機で忠告を受けたこと。
先程の議会で、これまでの僕への汚職捏造騒ぎは無事に収まったこと。
僕は全力疾走の影響からか、高鳴り続ける心臓と乱れる呼吸を整えながら簡潔に話した。
いつもの笑顔を、保てるように。
「あなたを引き合いに出してまで、僕の仕事ぶりを舐めていただきましたからね。どこからも隙の無い証拠を提示する事で、そちらの懸念も払拭しておきました。」
ここまで話したところで、ようやく彼女の涙は止まった。
気付いているだろうか。僕の手に触れた彼女の手は、降ろした後もそのままだ。
その温もりが、こそばゆくて嬉しい。
が。今だその驚愕の表情は崩れることがない。
闇の証である赤の瞳は、大きく見開かれたままだ。
「よ、よかったです。…にしても、まだ話し合いの時間じゃないんですか?」
ええ、そうですね。あの議会は今や、話し合いどころではないでしょう。
何せ重要人物複数名が、汚職で逮捕されていったのですから。
あなたはもう、何も心配することはない。
そしてこれは、かの仲間の言うとおり。
本当にあなたは、目を離すと何をしでかすか分からない。
明るいやんちゃも、僕の為の無茶も。
全てひっくるめて、あなたなのだから。
僕は微笑みもう心配はいらないと彼女に伝え、その細い腰を片手で持ち上げた。
もう片方の手は、地面に置かれた彼女の荷物。
このくらい、軽いものだ。
さあ、家へ帰りましょう。
そしてそのまま自宅に入ると、リビングのソファに二人腰掛け切々と僕は説いた。
今まで辛い思いをさせて、申し訳なかったと。
僕があのような冤罪を受けて折れることは、決してないと。
もうあなたが僕の側を離れる必要は、どこにもないと。
次の日からは、またいつもの日常が始まった。
廊下で顔を合わせる彼女の弾ける笑顔から始まる、ささやかだがそれは安らかな日常が。
僕はその幸せを噛み締めて、朝日を浴びる彼女に微笑み返した。
さよならは言わないで
大学生の時、好きになった人は、既婚者だった。通信教育課程でスクーリングに行っていた私は、体格も顔立ちも態度も、非常に大陸的な同級生に急に挨拶されて驚いた。まったく見ず知らずだったから。それから毎日挨拶を交わし合ううちに、私はどんどん彼に惹かれていった。
そんな私の幼い恋心に、彼は付き合ってくれただけなのだろう。授業の合間に話をしたり、お茶を飲みに行ったり、美術館に行ったりと、手も握らない、現代では考えられない恋だった。なにしろ、50年も前の話だ。
通信制は、普段は家で勉強し、レポートを単位数提出して合格しなければならない。それにスクーリングで授業を受けた単位をもらって、取得単位が満ちれば進級、卒業となる。
そのスクーリングの短い間、彼とこうしていられたらそれでいい。終わったらお別れだ。私は自分なりにそう決めていた。
約40日の過程がすべて終わり、これが最後という日、「解団式をサボってお茶しに行こう」と彼が言った。「そうだね。単位に関係ないもんね」と、2人で御茶ノ水の坂を降り始めた。A教授は厳しすぎるとか、B教授は面白かったとか、民事訴訟法が難解だとか、楽しく笑い合いながら歩いていた。
そう、楽しかったのに、ふいに、押し寄せるように涙が湧いてきた。私は被っていた麦わら帽子で慌てて顔を隠した。急に黙った私に気づいて、彼は「どうした?」と帽子を取ろうとするが、私は両端をしっかり掴んで離さなかった。
私の気持ちを察して、彼は2歩ぐらい前をゆっくり歩いていく。涙を拭いて帽子を被った頃、彼は振り向いて「さよならは言わないでね」
先手を取られた、と私は思った。だが、また涙が出ると困るので、黙って頷いた。大きな手が差し出されたので握手をして、私の小さな小さな恋は終わったのだった。
さよならは言わないで
今を抱きしめて
引き摺らないで
先の景色に
香しく温かい風が
吹くなら
悪縁は
はっきりした方が良い