「さよならを、言わないでください。
さよならを言わないで、別の挨拶を言われました。
さよならを言わないで彼女は消えました。
……まぁ、まぁ。色々アレンジはできるわな」
去年は何書いたっけ。食い物料理?
某所在住物書きは天気予報を確認しながら、呟いた。来週の金曜日から東京はストンと気温が落ちるらしい――最高一桁である。
あんまりそんな、突然、「温暖」と「快適」両名におかれては、さよならは言わないでほしい物書きだが、仕方無い。もう、冬である。
「……今年、寒いんだっけ?」
ぽつり。ため息を吐いて、天井を見る。
「暖房、光熱費、風呂……」
――――――
11月30日から続く一連の厨二的物語も、ようやく一旦の終結。ひとまず今回のお題は、最近最近の都内某所、某おでん屋台から幕をあける。
深夜帯であった。ひとりの男がカウンターで、自分をそこに呼びつけた相手を待ちながら、
牛すじ煮込みなり、味しみ大根なり。
賞味しつつ、温めた酒を堪能している。
「探しました。ハシボソガラス前主任」
屋台の客が2人になる。
「ルリビタキ部長からの伝言を伝えます。『長期休暇解除。とっとと戻ってこい』。以上です」
鳥の名前ばかり登場するが、細かいことは気にしてはならぬ。「そういう物語」なのだ。
「長期休暇〜?」
先客はおでんを食うばかり。
「俺、管理局は辞めたし、『カラス』のビジネスネームもとっくの昔に譲渡したハズだけど?」
言うわりに、差し出された写真は受け取るし、それを見て数度頷きもする――茶化しているのだ。
「局員1名が、敵性組織へ機密情報をリークしました。ウサギという、収蔵品保護課の男です。
スフィンクス査問官の『コタツ』による尋問も、キツツキ前査問官によるサルベージも効きません」
「俺、もう部外者だよん。そっちで頑張ってよ」
「あなたは、
『さよなら』は言わないで局を去るし、引き継ぎは残さない、局からの貸与品も返却なさっていない。
戻ってきてください。カラス前主任」
お願いします。本当に今、あなたが必要なんです。
頭を下げる男を、カラスはじっと、見ている。
「おやっさーん」
カラスが言った。
「豚バラ5本追加。こいつのおごりで〜」
――ところで前回投稿分で張った伏線を回収する。
今回お題回収役の後輩、高葉井という女性が、
前回の物語で、喫茶店の店主に、アンティークの鉱石ランタンを手渡した。 それはその喫茶店で獲得した、大食いチャレンジの景品であった。
「さよなら」されたのだ。
せっかく頑張って食ったチャレンジを、無かったことにされて、ランタンを回収されてしまった。
「不具合が見つかった」という名目であった。
高葉井としてはギャン泣きするしかない。
「せんぱぁぁぁい!!わたし、もう、もう、
うわぁあああああん!!」
場面は変わり都内某所、高葉井の先輩のアパート。
コタツのテーブルに高葉井が突っ伏し、
回収されたランタンの代わりとして渡された、別のランタン2個を抱きかかえて、
缶チューハイなど並べ、慟哭している。
「バチクソ気に入ってたの!明かり、付かなくていいの!不具合ぜんぜん気にしないの!
なのにさぁ!いきなりさぁ!突然さぁ!
さよならは言わないでよ!!うわぁああああん」
はぁ。それは、災難だったな。
高葉井の先輩、藤森は完全にチベットスナギツネのジト目で、彼女をどうすることもできぬ。
ただ後輩の心が温まるように、煮込みラーメンの鍋をコタツに持ってきて、ちゃぷり、ちゃぷり。
少し後輩によそってやるばかり。
「伸びるぞ」
淡々と、藤森は事実を述べた。
「聞いてよ、聞いてよせんぱいッ!!」
「聞いている」
「バチクソに、キレイだったの!最初に貰った方のランタン、宝石みたいな、太陽のチャームとか月のチャームとか付いてたの!!」
「そうか」
「太陽と月だよ!光と闇だよ!
いきなりハイさよならは、ひどいよぉ!!」
「そうか」
「代わりに貰ったランタンが完全に私がやってるソシャゲに出てくるランタンだったの」
「はぁ」
「完全再現だよ。公式、グッズ化してないの。
『さよなら』は言わないで、『はじめまして』になっちゃったんだよ。どうしよ、だよ」
「うん」
「聞いてよせんぱい。聞いてるせんぱい?」
「酔ってきたか。少し水でも飲め」
しゃぶしゃぶ、じゅるじゅる。
泣きながら小椀に盛られたラーメンを、スープとともにすする高葉井は、美味に対して幸福な表情。
「とつぜん、さよならはひどいよ」
缶チューハイをつかもうとした高葉井の手は、藤森の計略により、水入りのコップを得た。
「さよならは、はじめまして、なんだよ」
ぐびぐび。おかわり。
ラーメンの汁が飛ばぬよう、光と闇のランタンの代わりに得た新ランタンをどかす後輩を、
先輩の藤森は相変わらず、ジト目で見守っている。
12/4/2024, 4:08:36 AM