「夫婦箸、夫婦茶碗、夫婦喧嘩は犬も食わぬ。
夫婦は二世、とかいう言葉もあるらしいな」
おしどり夫婦の「オシドリ」、実は、ってハナシは聞いたな。某所在住物書きは「夫婦のことわざ」の検索結果をスワイプしながら、ぽつり。
「夫婦は合わせ物離れ物」の説明に納得している。
物書きはリアル世界での「幸せな夫婦」」を見たことがなかった。それらはすべて、物書きにとって、創作上の概念であった。
「夫婦なぁ」
物書きはため息をひとつ吐いた。
悪魔ベルフェゴールは、「幸福な結婚なんざねぇよ!」と結論付けたそうである――では反論は?
――――――
最近最近のおはなしです。前回投稿分より少し過去、だいたい数十分前〜1時間前。
つまり、日がとっぷり暮れた夜のおはなしです。
都内某所、某稲荷神社近くの路地に、■■■年前から続く手押し屋台のお店がありまして、
そこはお酒がバチクソに大好きな店主が、お酒にバチクソ合うおでんとラーメンを、お酒と一緒に出しておったのでした。
しかもその屋台、裏サービスとして、自分で持ってきた食材の煮込み代行までしてくれるという。
なかなか不思議で、おもしろい屋台なのでした。
なのに人間の客がとんと来ない。
さて。その日も近くの神社から、1組の夫婦が鍋ひとつ抱え持って、するり、するり。
屋台ののれんの中へ、吸い込まれていきます。
「こんばんは」
夫婦が長い付き合いの、屋台の店主にご挨拶。
「今日は、これを煮込んでくれませんか」
お鍋に入ったいくつかの食材を、そのまま店主に渡しまして、それから今まさに食べる分、飲む分の、お酒に餅巾着なんかも注文してから、
どろん! なんと店主の前で狐に化けたのです!
「狐に、『化けた』?」
いいえ、いいえ。逆ですの。嫁狐さんが言います。
「この姿が、私達の本性なのです」
つまりこの屋台、「人間の」客がとんと来ないのです。「人外の」客に人気なのです。
稲荷神社の御狐夫婦、それぞれ好きなお酒と好きなおでんを貰って、裏サービスの煮込み代行が終わるまでの間、仲良く食事を、しょくじを……?
「あのね。わひゃひは、私は、あなたが『お嫁さんになってあげましょう』と言ってくれたことで、
あの日、どれだけ、うれしかったことか……!」
食事をする前に、お酒にバチクソ弱い夫狐、さっそく酔っ払ってしまったらしく、
数分〜十数分で一升瓶を店主から貰い、両手もとい両前あんよで器用に抱きしめて、
ぺろぺろ、ペロペロ。おちょこの中身を舐め始め、
「わひゃいぁ、わたしは、あなたを、ずーっとずーっと、一生、幸せにしてみひぇるっ!!」
ともかくお嫁さんに対する感謝と、幸せへの約束とを、一生懸命話し続けるのでした。
対してコンコン嫁狐さん、「はいはい」「お酌しましょうか」と淡々。聞き飽きておるのです。
この夫狐、ともかく嫁狐を愛しており、嫁狐の前で酔うたびに日頃の感謝をコンコン、鳴くのです。
「おしゃくっ!あなたこそイッコン、どうぞ」
お酌の言葉に夫狐、大事に抱えておった一升瓶を、ふらふら、フラフラ。嫁狐のコップに入れたがります。ともかく尽くしたいのです。
「あなた、ちゃんと、おでん食べ終えて帰る頃には、『酔醒まし』舐めてくださいね」
「はいっ!わたしは、あなたを、かならず日本でイチバン幸せな、お嫁さんにしてみひぇます!」
「そんなこと話していませんよ。酔醒ましです」
「ひゃいっ!お稲荷寿司!」
あーあー。完全に、出来上がっていますね。
淡々々の嫁狐の皿に、ぐでんぐでんの夫狐、自分のとこの稲荷寿司をお引っ越し作業。
しまいには夫狐、嫁狐にここコォンコォン、毛づくろいまで始めてしまいました。
「あなた。おでんが冷めますよ」
「ひゃい」
「お水もたまに、飲んでくださいな」
「ぁい。花のユーレーさんに任せっきりにしないで、私も参道の草むしり、やります」
「酔醒ましのアザミ、鼻に突っ込んでよろしい?」
「ぁぅ?」
べろんべろんべろん。
嬉しそうに、幸福そうに、ひとしきり嫁狐を毛づくろいしたコンコン夫狐。満足したのかニッコリ笑って、またお酒の入ったおちょこを、ペロペロ。
一升瓶抱きながら舐めています。
「こんばんは」
ここでようやくおはなしが、前回投稿分に接続。
「テイクアウトを、お願いしたいのですが、」
狐夫婦がオノロケしているおでん屋台に、人間の準常連候補なお客がやって来ました。
「ほら、あなた。例の人間のお客様ですよ」
人間が来た後でも、構わず夫狐はぐでんぐでん。
人間相手に、お嫁さんの話をし続けましたとさ。
「その日のお題見て、『どうしろってよコレ』ってやつだったら、ひとまず2択だわ。諦めて寝るか、強引にネタ出して無理矢理書くか」
夏物片付けて、冬物出して、そしたら最近の天気と気温が乱高下。どうすればいいの。
某所在住物書きはスマホで週間天気を確認しながら、氷入りの清涼飲料を口に含んだ。
もう、良いだろう。もう夏服は大丈夫だろう。
それでも夏日が来たら、そのときは、開き直ろう。
「……鍋の季節だよな??」
物書き完全に疑問形。無論誰も答えない。
――――――
最近最近の都内某所、某稲荷神社近くの路地、夜。
今回のお題回収役を藤森といい、近所で値引き食材を購入して、自宅のアパートに帰る途中、
赤ちょうちん下げた手押し屋台から、おでんの良い香りと温かい湯気が流れてくるのに気付いた。
2回ほどエンカウントしたことのある、不思議な不思議なおでん屋台であった。
何故か、そこで、人間の客を見た記憶が無い。
店主さえ「純粋な人間」かどうか怪しい。
しかしそこの酒とおでんが絶品なのだ。
フィクションである。 気にしてはいけない。
完全に非現実的である。 気にしてはいけない。
「これはそういう物語だ」と、細かいファンタジーには目をつぶって頂きたい。 さて。
「こんばんは」
屋台を見つけたからには、例のよくよく味のしみた大根を、明日の朝食に追加したい。
「テイクアウトを、お願いしたいのですが、」
藤森がおでん屋台の、のれんの中に入ると、椅子には雄狐と雌狐が隣り合って、仲むつまじそうに……いや、雌狐が雄狐の保護者のように?
「ほら、あなた。例の人間のお客様ですよ」
くわぁー、くわーん。雌狐が雄狐を起こした。
藤森は雌狐の声を、どこか、非常に身近などこかで、聞いたことがあるような気がした。
「前回、この人間に、お酌してもらったのでしょう。お礼のひとつでも、申し上げたら?」
「おお、お得意さん!」
くわわっ! 一升瓶を器用に抱いて、ちびちび手酌のおちょこから酒を舐めていたらしい雄狐は、
雌狐の声を聞くなり、ピンと耳を立て、頭も首もビシッと上げ、藤森の方を見て、
「紹介します。わひゃひ、わたしを、えらんでくれた、日本でいちばん美しいお嫁さんです……」
むにゃむにゃ、こやこや。また突っ伏す。
夫婦狐か。藤森は理解した。
そういえば彼等の末っ子が、遊びざかりで、あっちこっち勝手に行ってしまうため苦労していると。
「しかもあの子、食いしん坊なんですよ」
店主から鍋を受け取る嫁狐が言った。
「ここに連れてきたら、せっかく朝ごはん用に持って帰ろうと思っていたおでんを、ここに居るうちに全部ペロリ、食べてしまうくらい」
鍋の中は、餅巾着にソーセージ、がんもどき、
それから稲荷寿司や団子のような、メニューに無いものも、随分、ちらほら……?
「裏メニューですか」
「いいえ。これは、裏サービスですの」
「裏、『サービス』?」
「食材を持ってくれば、食事をしている間、ここのおでんと一緒に煮込んでくれるのです」
「サービス料は?どうすれば、いいのですか」
「ふふふ……」
何も知らぬ誠実な藤森に、コンコン嫁狐、イタズラな笑顔で数秒思案。嘘を言ってやりたいのだ。
「『どうすればいいの』、ですって?」
こやん、こやん。嫁狐が言った。
「あなたの、過去を差し出すのです。綺麗な記憶、清い思い出、美味しい心……」
藤森を見つめる嫁狐の、キラリ光る瞳から、
藤森自身、目を離せない。
「あなたは、 とても、 おいしそうですね」
声が遠い。店主が違う違うと手を振っている。
藤森はその店主に――……
…――「ん??」
気が付けば藤森は、レジ袋2個とおでんの持ち帰りプラ容器を持って、自分のアパートの部屋の中。
「え?……んん??」
店主に、半額鶏なんこつだの豚肉だのを渡して、煮込んでもらって、それからの記憶が無い。
「まさか、本当に、」
本当に、記憶を代金として取られたのだろうか。
どうやって?どうして? 湯気立つおでんの汁が入ったプラ容器を確認すれば、たしかに煮込んでもらった肉やら野菜やら、それからテイクアウトで頼んだこんにゃくと大根も入っている。
「あっ、 なるほど、な……」
さては、「これ」が原因か。藤森はポケットから、丁寧に書かれた領収書を見つけた。
そこには煮込みのサービス料とテイクアウトのおでん代と、それから、数杯分の酒の金額が、
「※記憶も心魂も一切頂いておりません」の注意書きとともに、記されていた。
「宝物を、隠す、手に入れる、使う、売る。
宝物にまつわるエピソードってのも、まぁまぁ、書けるっちゃ書けるんだろうな」
俺の場合は昔々の、もう無くなっちまったデパートで買ってもらった、初代の赤版かなぁ。
某所在住物書きは昔々のゲームカセットに思いを馳せる――最初は水タイプを選んだ。
129匹集めて、誤操作誤プレイでデータが飛んだのは、苦く懐かしい思い出だ。
「今何匹居るんだっけ。1000匹……?」
ソシャゲが主戦場になってから、当時のような「宝物」は何に変わっただろう。物書きは思う。
それはきっと「花火」である。
美しいが、残らない。
――――――
最近最近のおはなしです。都内某所のおはなしです。某稲荷神社敷地内の一軒家に、人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が、家族で仲良く暮らしており、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
稲荷のご利益ゆたかなお餅を作って売って、
去年の春から1名、人間のお得意様がつきました。
実はお得意様の部屋に、こたつが実装されまして。
そのこたつを最近お得意様に売った店が、子狐の友達の子猫又が家業で手伝いをしてる雑貨屋さん。
更に深堀りすると、こたつ実装のお祝いに、お得意様がちょっと良いマグロのたたきとヒラメのお刺身を買ってったのが、子狐の友達の子化け猫が家業で修行をしてる魚屋さん。
お茶のオトモのおまんじゅうを買った先が、親友の化け子狸の和菓子屋さんのお店でした。
よし、みんなで一緒に、お得意様のおうちのこたつで、秘密基地ごっこをしよう!
と、なったのは、まぁまぁ、子狐たちが遊びざかりのまだまだ子供だったから、なのでしょう。
「おまえたち。あくまで、向こうはお客様なんだからな。ごメイワクは、ゼッタイするなよ」
イチバン年長さんの子カマイタチを先頭に、しっかり人間に化けまして、子狐も子狸も子猫もみんなして、とことこ、てくてく。
宝物の小さなランタンを、ひとつさげて、子狐のお得意様のアパートへ向かいます。
そのランタンを、こたつの中に置くことで、より秘密基地っぽさを引き立てようという算段です。
「ダイジョブだよ」
コンコン子狐、言いました。
大白蛇の酒屋さんから買った、子供用のぶどう酒ジュースは、ちょっと重いけど気にしない。
「おとくいさんだもん」
何がダイジョブなんだ、というのは気にしない。
ダイジョブというなら、ダイジョブなのでしょう。
さてさて。
「こんばんは!」
タシタシ、ぽちぽち。こたつが実装されたお得意様の部屋に到着。インターホンを鳴らします。
「こんばんは!」
でも、おかしいな。たしかにお得意様は部屋に居る筈なのに、全然反応がありません。
それどころかインターホン、鳴ってない気が……?
「居留守かなぁ」
こたつ実装のお祝いの、こたつにちなんだ生菓子を、おみやげに作ってきた子狸。
不安そうに生菓子の箱を抱えて言います。
「寝ちゃったのか?」
皆の宝物、小さなランタンを持った子イタチも、ちょっとだけ、不安そう。
子猫ーズの化け子猫と子猫又は、なんとなく、見当がついた模様。2匹もとい2人して、ヒソヒソ。
「アレかな」「たぶんそうだよ」
「開けてくれないなら、キツネ、開けちゃうんだ」
コンコン子狐が稲荷の狐のチカラでもって、呪文をとなえてドアをとんとん、狐のおてての真似した右手でノックしますと、ガチャリ!
お得意様の部屋のロックが解除されまして、
満を持してノブをつかんで、ドアを開けると、
「ありゃりゃ?」
お得意様のお部屋が、真っ暗です。
「その声、子狐か!」
その暗い部屋の奥から――といっても、子狐は夜目が効きますので、バッチリ見えておるのですが、
死角で見えないところから、声を投げてきました。
「助かった、そこのブレーカー……いや、そのランタン持って、こっちに来てくれないか!」
「ブレーカー?」
「ブレーカーだってさ」
「アレだよ。アレのことだ」
「勝手に動かすな。お得意さんに任せよう」
あらあら。ブレーカーが、落ちていたんですね。
それで部屋が暗くて、インターホンも鳴らなくて、ドアも開けてもらえなかったようです。
子狐たちがお得意様に、宝物のランタンを渡しますと、部屋はすぐに明るくなりました。
「はぁ、助かった!」
コタツとエアコンと電子レンジと、それから電気ケトルなんかも一緒に、一度に使ってしまった様子のお得意様です。宝物のランタンを子狐たちに返して、お礼を言いながら説明しました。
「今、私の後輩が部屋に来ていてな。風呂と洗濯機と……そうだ、ドライヤーを使おうとしてスイッチを入れた瞬間に、バチン、だ」
やっぱりね、やっぱりね。子猫又と子化け猫は2人して、顔を見合わせて、にっこり。
そしてようやく子供ーズは、小さなランタンをお得意様宅のこたつに入れて、秘密基地ごっこを始めましたとさ。 おしまい、おしまい。
「食用油とかツナ缶の油とか利用したオイルキャンドルは、平常時に練習しとく方が、良いと思う」
キャンドル。キャンドルと来たか。某所在住物書きは首筋をガリガリ、天井を見上げため息を吐いた。
「麻紐より普通の自作ロウソクセットの芯使った方が安定した、とかさ。火が大きくなっちまった時に、テンパって水で消そうとしちゃダメとかさ……」
当時は俺の前髪の一部がチリチリアフロになっただけで、済んだけどさ。物書きは再度ため息を吐く。
「……火がデカくなったキャンドルの消火は、天ぷら油の時みたいに、窒息消火、試してみようぜ」
――――――
最近最近の都内某所。某アパートの一室の、部屋の主を藤森といい、花咲き風吹く雪国の出身。
その藤森の部屋には、茶葉を利用するジャパニーズアロマポット、別名「焙じ茶製造器」、
つまり、「茶香炉」という物がありました。
香炉の上に茶葉をのせ、茶葉の下にティーキャンドルを入れ、熱して焙じて出る香りは、
煎茶とも、抹茶とも違う、甘い、穏やかな香りで、
藤森の部屋に在るのは、実は2代目。
初代は藤森の後輩に、「欲しい」と言われて去年、お嫁かお婿に出され、そろそろ1年。
初代は藤森に、何年も香りを届けておりました。
初代は藤森を、何年も見守り続けておりました。
――初代の茶香炉が藤森と出会ったのは、藤森が初めて東京に来た、13〜4年前の春。
茶香炉は春の屋外イベント、稲荷の茶葉屋の小さな露店で、香りをぷかぷか、吹いていました。
「茶香炉の良い香りがします。あそこの店だ」
その香りに釣られて、ふわふわ露店にやって来たのが、まさしく今の「藤森」でした。
地下鉄の乗り方も知らない、うぶでバンビな藤森は、たまたま近くに居た宇曽野という男に、自分のアパートの近くまで連れてってもらっている最中。
香りに釣られて、露店に来ました。
「『チャコーロ』?」
「お茶の露店なんて、私の故郷では見たことがない。本店はどこだろう?どの産地と品種かな」
「こら待て。待……ステイ!」
疑うことを知らない目だ。
東京の生き方、歩き方を知らぬ声だ。
ゆらり、ゆらり。茶香炉がキャンドルの火を揺らしていると、藤森に買われ、箱に入れられました。
――初代の茶香炉は、藤森の初恋も見届けました。
それは藤森が東京の時間と、人の動きと、その他田舎と都会の違いに揉まれて、擦られて、
まだ、東京の歩き方を習得できていなかった頃。
つまり心がすさんで、人間嫌いと人間不信を併発して、捻くれておった頃でした。
「あのね。誰にも頼ろうとしないから、壊れるまで独りで頑張っちゃうんだよ」
香りをぷかぷか、茶香炉が吹いておりますと、
ピンポンピンポン、「藤森」のアパートに、藤森の同僚が、まかないを届けに来ました。
「『たすけて』って、言ってみたら」
ぬるり、ぬるり。同僚は心魂の奥底に潜り込む毒のような声で、抑揚で、藤森に言いました。
「仕事に穴を開けてしまったことと、まかないを届けてくれたことには、礼を言うし謝罪もする」
静かに威嚇する狼のように、あるいは手負いの獣のように、藤森、同僚に言いました。
「私に、これ以上構うな。出ていってくれ」
ああ、あの同僚は、気を許してはいけないタイプの人間だな。ゆらり、ゆらり。
茶香炉はキャンドルの火を揺らし、分析しておりましたが、藤森に警告が届くことはありませんでした。
――初代の茶香炉は、藤森の失恋も見届けました。
それは藤森が上記同僚の「この人が欲しい!」という策略で、つまり所有欲の薬毒によって、
捻くれた人間嫌いが、だいぶ癒えてきた頃。
藤森が同僚を「自分の心魂を癒やしてくれた恩人」と、本気で思っていた頃。
「驚いた。まさか、日本茶が好きだったなんて」
香りをぷかぷか、茶香炉が吹いておりますと、
藤森が上記同僚を部屋に招いて、温かくて優しい味のお茶を、タパパトポポ。振る舞いました。
「意外か? 嫌い、だったか?」
人を少し信じられるようになってきた藤森にとって、同僚はいまや、初恋のひと。自分の人間嫌いと人間不信を治してくれた、大事なひと。
このひとのためなら、何を捧げてもいい。
本気で、思って「しまっていた」のでした。
「全然?逆に僕、緑茶、大好きだよ」
「加元」と名乗ったこの同僚のトゲに、茶香炉は気付いていました。加元は「好き」と言っておきながら、心の底では真逆のことを、考えておったのでした。
『ウソでしょ?解釈違いなんだけど』
ああ。これは、傷が深くなるな。ゆらりゆらり。
キャンドルの火を揺らしながら、当時の茶香炉、数ヶ月後の藤森の失恋を、人間嫌いと人間不信の再発を、この頃既に、見越しておったのでした。
――それから時が経過して、失恋から続くトラブルも解決して、心の傷もだいぶ癒えた藤森です。
茶香炉は藤森の部屋から離れましたが、相変わらず、ゆらり、ゆらり。キャンドルの火を、揺らしておったのでした。 おしまい、おしまい。
「たくさんの、『想い出』、だもんなぁ……」
思じゃなく想だとさ。双方の違いって何だったかね。
某所在住物書きはネット検索で漢字の意味を調べながら、某せきどめ飴の丸缶ケースをチラリ。
「以前このアプリで出てきたお題は、7月はじめ頃の、『友だちの思い出』だったっけ」
それは昔々、物書きの厨二病真っ只中、未成年時代、
医療従事者の二次創作仲間から勧められた良薬。
『喉の不調には、これがよろしい』
既に連絡交流も叶わぬ思い出の残滓である。
「思考全般が『思』、特に心から、比較的強い感情とともに、ってのが『想』、さして大差無い……?」
やべぇ。もう分からん。物書きはカラカラ、缶ケースを手に取り軽く振って、元の場所へ戻した。
――――――
前回投稿分からの続き物。
最近最近の都内某所、某アパートの一室、夜。
部屋の主を藤森といい、花咲き風吹く雪国の出身。
今年、満を持してリビングに、高低可変式、ソファーにも椅子にも座布団にも対応可能なこたつを、
ひとまず、ダイニングテーブルとして実装。
藤森の後輩たる高葉井を招いて、少し料理も豪勢にして、「最初の晩餐」を為した。
「何故今までこたつを置けなかったか」を知る後輩にとって、大型家具設置は喜ばしい大事件。
ことの発端を辿れば去年の過去投稿分、7月18日頃にさかのぼるのだが、ただただスワイプが苦行。
要するに恋愛上の酷いトラブルがあり、
今年ようやく、それが完全解消されたのだ。
「先輩ってさ」
もっしゃ、もっしゃ。 晩餐を終えた後輩は、デザートとして、こたつの上のミカンを堪能している。
「別に、答えたくないなら答えなくて良いけど、
結局、なんであの元恋人さんに嫌われたの?
おうちデートで、いつもの『粉ポタージュとか鍋キューブとか流用した簡単低塩分低糖質料理』でも出して、料理できないって幻滅された?」
「逆だとさ」
あのひとの鍵無し裏アカウントによれば、だがな。
藤森は前置いて、タパパトポポ、トポポ。
後輩に食後の茶を注いでやり、ため息ひとつ。
「当時は、調味料を揃えてダシを引いて、そのうえで『食費節約の結果解としての』低塩分・低糖質を出していたんだ。それが『解釈違い』だったと」
「それ」を、やってほしくないなら、「やってほしくない」と言えば良かったものを。
あのひと、私には面と向かって「その味好き」、「これ私もやる」と言うくせに、
裏アカウントでは「それ地雷」、「この味私大嫌い」と真逆を呟いていたワケだ。
そりゃ人間不信にもなるさな。
2度目のため息を大きく吐いて、藤森は説明して、
そして後輩に、首を小さく傾けてみせた。
「ちゃんとダシとって調味料使って、ヘルシー料理を恋人さんに出しただけ?」
「私がお人好しなのも解釈違いだとさ」
「はぁ」
「『私』は、仕事以外興味が無くて、人には懐かず、淡々平坦な感情しか無いシャー猫、あるいは静かな手負いの獣であるべきだと」
「それ先輩じゃなくない?」
「捻くれてた時期があったんだよ。私にも」
「はぁ。感情平坦は分かるけど、想像つかない」
もしゃもしゃ、もしゃ。後輩は相変わらず、次から次へとミカンをむいて、藤森の注ぐ茶に夢中。
時折手を休めるのは、その合間合間に、一連のたくさんの想い出を懐かしんでいるためだ。
「いろいろあったね。ホントに」
まぁ、まぁ。結果として、先輩は恋愛トラブルが解決したし、私はおこたでミカン食べられるし。
大団円だよね。もしゃもしゃ。
後輩にとって、すべてはハッピーエンドとして過ぎたこと。酒のつまみ。ミカンのオトモの茶である。
「そうだな。いろいろあった」
ようやく後輩の茶の世話を終えて、藤森も、もしゃもしゃ、もしゃ。ミカンを食べ始める。
「ところで」
そして後輩たる高葉井に爆弾を投下するのだ。
「私が元恋人と出会う前、上京してきた初日、宇曽野から地下鉄の乗り方を教わってるとき、
ビビリのくせにフラフラあちこち行くから、『敬語ハスキー』だの『バンビ』だの思われていた、
というハナシは、お前にしたこと、あったか?」
「けいごハスキー……ばんび……?」
ぽとり。宇宙猫の表情をする後輩。
手からミカンの、むいたばかりの実が落ちる。
「バンビと、手負いの獣経由で、今の先輩……?」
なにその想い出。しらない。
そもそも先輩と、先輩の親友の宇曽野主任が、そんな昔から交友あったなんて聞いてない。
後輩は当分、開いた口が塞がらなかったとさ。