かたいなか

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12/14/2025, 9:38:23 AM

去年の夏、8月のだいたい最初の頃、「鐘の音」というお題を書いた物書きです。
日本式風鐘とはすなわち風鈴のこと。
稲荷神社の子狐が、手水の上に飾られたキラキラガラスの吊り鐘を取ろうとして、ぴょん!
最終的に手水にボチャン、したのでした。

さすがに冬の入口を過ぎた12月に
そんな見の冷える、下手すりゃ凍るような物語を
再掲載するワケにもいかないワケでして。
今回は冬らしいおはなしをひとつご紹介。

最近最近のおはなしです。
都内某所の某稲荷神社、敷地内の一軒家に、
人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐が、去年の夏に神社の手水へ、勢いよくボチャンした遊び盛り。

その日はコンコン子狐の、お気に入りの参拝者が、
子狐のお母さんに頼まれて、子狐に紅白ツートンのハーネスつけて、紅白ツートンのリードでもって、
だいたい10分から20分程度、お外へ散歩に連れていってくれました。

というのも子狐の大親友の化け子狸のおうちが
まさかの代々続く和菓子屋さんでして
その和菓子屋さんが今年初めて
和風シュトレンを限定販売するのです。

『行って、好きな味を買ってらっしゃい』
子狐のお母さんはそう言って、残高が十分チャージされたICカードを託してくれました。

「ICカード? 子狐、使い方は分かるのか」
「あいしーかーど」
「そうだ。分かるのか」

「キツネなんでもしってる」
「本当か」
「キツネうそつかない」
「本当は?」
「うそつかない!キツネ、わかる!」

「和菓子屋でシュトレンを選んだとして、レジに着いたとして、最初にやることは?」
「『ツケといてください』。」

「……そうか」

ガランガラン、がらんがらん。
さぁさぁ、お題回収です。

遠い鐘の音が、ガランガラン。
子狐の大親友、化け子狸の和菓子屋さんの方から、
少し控えめに、でも確かに、聞こえてきました。
和風シュトレンが焼き上がったのです。

「はやく!はやく!しゅとれん!」
ギャギャギャ!きゃんきゃん!
コンコン子狐はリードを引っ張って、なかば跳んでるような、二足歩行モドキになりながら、
一緒に散歩してくれる参拝者さんを引っ張って、
遠い鐘の音めがけて、猛ダッシュします。

数人程度並ぶ和菓子屋さんの、列の先では和菓子屋の若い店員さんが、がらんがらん。
シュトレンの店頭販売開始を告げます。
お客様の目の前で、お客様の望みの量の、美しいパウダーシュガーをパタタタタ。振るのです。

「はい、まいど、まいど!お待たせしました」

子狐の親友の子狸も、しっかり人間に化けて、白い三角頭巾をして、お店のお手伝い。
砂糖振ってラッピングしたシュトレンを受け取って、それを和紙風の柄の箱に詰めます。
詰められたシュトレンは、たしかに粗熱はある程度、抜けているものの少し温かくて、
なにより、バターと砂糖の良い香りがします。

「しゅとれん、しゅとれん、しゅとれん」
くぅくくく、くぅくぅ、くわぅ!
リードで引っ張られて、二足歩行の子狐です。
ぴょんぴょん跳ねて、尻尾も振ります。
人間が子狐を散歩させているというより、
子狐が人間を散歩させているような強引さで、
子狐は参拝者さんのリードを引っ張ります。

「はい、次のお客様!お待たせしました」

遠い鐘の音に導かれて、和風シュトレンの販売場所に到着した子狐の尻尾は、完全に高速回転。
お母さん狐から貰ったICカードで、全種類の和風シュトレンを1個ずつ購入して、
こやこや、こやん!嬉しそうに帰りましたとさ。

12/13/2025, 9:58:20 AM

クリスマスノーム、ノーミスノーマーク、
デス/ートにミラーレスノーファインダー。
お題は「Snow」ではなく「スノー」らしいので、
重箱のスミを突っついては破壊する物書きです。

今回ご紹介するおはなしは、言葉を話すハムスターがお題回収役。
世界線管理局なる厨二ふぁんたじー組織に勤務する、ムクドリというビジネスネームを貸与された、
不思議な不思議なハムと、歯のおはなしです。

「ノーティース!ノーライフ!」
昔々、だいたいそろそろ1年にもなるでしょうか、
とっとこムクドリは、ハムスターの本能として、固い木をカジカジ爆速で噛んでいました。
「僕たちハムスターは!永久に!伸び続ける自分の歯と付き合いながら生きるのが運命!」
カリカリカリ、かりかりかりかり!
噛み心地も強度も丁度良いその木は、ムクドリのお気に入り。どんどん跡が付いていきました。

「もっと、もっと、もっとだ!」
ノーティースノーライフ!
ノーティースノーライフ!
健康健全な歯なくしてハム生なし!
とっとこムクドリはもうご機嫌。
思う存分、ハムスターの本能を発揮しました。
「はぁッ なんて噛み心地の良い木だろう」

ところでとっとこムクドリ、
木を噛んでる場所が都内某所、本物の魔女が店主をしておる喫茶店で
噛んでる木がその喫茶店のバチクソ高価なアンティークテーブルだったのですが、
ノーティースノーライフ、そのひと噛みでいったい全体おいくら万円の被害なのでしょう??

「ああ、ああ、ああ!素晴らしい木材!
もっともっともっと……もっと?」
「見つけたわよ、ムクドリ」

ぷにゅっ!
魔女の喫茶店のアンティーク家具を齧っておったとっとこムクドリは、
とうとう、店主の魔女に見つかって、背中をつまみ上げられ、捕獲されてしまいました。

「はなせ。はなせっ」
「あなた、これで今月何度目だと思っているの」
「仕方無いだろ!ノーティースノーライフ!
僕たちは何か齧らないと、生きていけないんだぞ」
「場所をちゃんと考えなさい」

次に見つけたら容赦しないわよ。
魔女はそう言って、ムクドリをポイ。
喫茶店の外に放り出してしまいました。
「ちぇっ!ケチ!」

ノーティースノーライフ!
ノーティースノーライフ!
健康健全な歯なくしてハム生なし!
とっとこムクドリは大抗議。
だけどその日は、もう店主に犯行がバレました。
さすがにもう入店できません。

「仕方無い。今日は、別の場所を探すか」
ととととと、トタタタタ。
とっとこムクドリが喫茶店から、名残惜しそうにせわしなく、小さな歩幅で離れてゆきます。
「彼女のお店、本当によく厳選された良い木ばっかりだから、噛んでて気持ち良いのになぁ……」

ノーティースノーライフな、とっとこムクドリのおはなしでした。
その後、何日後か何週間後か分かりませんが、
最終的にムクドリは、魔女の怒りを買いまして、
あーなって、こーなって、ごにょごにょ。
その先はお題の範囲外なので、ナイショナイショなのでした。 おしまい、おしまい。

12/12/2025, 9:58:40 AM

都内某所、某アパートの一室に、
夜空を越えて、そして複数の県境をまたいで、実家からクール便の荷物が届きました。

「良い香りだ」
部屋の主は藤森といい、風吹き雪降る田舎の出身。
藤森の部屋に届いたのは、雪国では一般的に、多かれ少なかれ栽培されている、リンゴ。
みずみずしい赤と黄色は、どれも上から下まで均等に色がのって、とっても美味しそうです。
「おっ。出たな。ぐんま名月」

甘酸っぱいシャキシャキのふじに、
酸味より甘味のシナノスイート。
いつかどこかの番組で知名度を上げたぐんま名月に
今では知らない人が少ない王林。
赤2種に黄色2種の、食べ比べセットがぎっしり。

藤森の部屋に送られてきたリンゴは、量が毎度毎度、いっつもいっつも多いので、
届けばその都度、季節の花の写真撮影で世話になっている稲荷神社に、お裾分けに行きます。

稲荷神社の巫女さんは、藤森が日頃利用しているお茶っ葉屋さんの店主の身内さんなので、
藤森からリンゴを受け取ると、
代わりにお茶っ葉をサービスしてくれたり、ついでに神社の御札を分けてくれたり。

お裾分けしたリンゴに少しでも傷など付いておりますと、その傷からリンゴの甘いあまい、良い香りが出てゆきますので、
稲荷子狐がダッシュでばびゅん!狐尻尾を爆速で振って駆けつけまして、
特に甘味の豊富な品種のリンゴを、はやく切れと、キャッキャキャ、ギャギャ!キャンキャン!
藤森にせよ、巫女さんにせよ、ねだるのでした。

ところでその日は子狐の他に
世界線管理局なる組織の法務部局員が2人、
夜空を越えて、はるばる空路で来たとのこと。
そのうち上司の男性がリンゴについて完全無知。
何も、本当になにも、知りませんでした。

ほーん。
雪国出身の藤森、上司さんを見て言いました。

…——「まず、赤い方から」
しゃり、しゃりっ。
赤いリンゴに果物ナイフを当てて、フレッシュなチーズを薄く一切れのせまして、
藤森、上司さんに一切れ差し出しました。
「これは、ふじです。どちらかというと酸味が主役のリンゴで、タマネギとのフレッシュサラダにも、合うといえば合う品種です」

はぁ。 そうか。 上司さんは小首を傾けて、チーズをちょいとのせた赤リンゴを、
つまもうとしたところで子狐がバクッ!
しゃくしゃく、しゃく、しゃく。こやこや。

「……もう1個作ります」
「いや、良い。あとで一気に貰う」

「同じ赤ですが、こちらは味が違います」
しゃく、しゃくっ。
別の赤いリンゴに果物ナイフを当てて、今度は適温に溶けたバターと一緒に表面だけ炙って、
藤森、上司さんに一切れ差し出しました。
「これが、シナノスイートです。甘さが主役で、アップルパイがよく合います」

はぁ。 なるほどな。 上司さんが小首を、
傾けた頃にはもうその場所にリンゴが無い。
しゃくしゃく、しゃく、しゃく。こやこや。

「……」
「俺よりそいつに皮剥いてやってくれ」

リンゴ、リンゴ、りんご!
2回もリンゴを失敬して、オサレアップルを堪能した子狐は、どちらかというとシナノスイートの方がおくちに合った様子。
キラキラした目はそれこそ、夜空を越えて光る、流れ星だか流星群だかのようだったとさ。

12/11/2025, 9:56:18 AM

【世界線管理局 収蔵品
『おこのみ源泉発生装置』】

特定の成分、特定の効果を内包する温泉の、
源泉を指定された穴の中に発生させる装置。
別世界からの観光を財源としている某世界、某リゾート企業が、富裕層の求めに応じて、
それぞれの客がリクエストする温泉の源泉を、彼等の別荘に生成するために使用された。

事業は軌道に乗ったものの、源泉発生によって生成地の地下に小規模な疑似火山を作り出してしまうことが発覚し、製造停止、回収、廃棄となった。
製造元の世界の滅亡に際し、世界線管理局がこの発生装置の最後のひとつを回収。
収蔵課の管理下に入った。

空間管理課に貸与されてから返ってきてない。

<<空間管理課に貸与されてから返ってきてない>>

――――――

「ここ」ではないどこか、別の世界のおはなし。
「世界線管理局」という厨二ふぁんたじー組織の中に、超広大な難民シェルターがありまして、
滅んでしまった世界からこぼれ落ちた人々を収容し、彼等に終の住処、終の世界を提供中。

3食おやつ付き、リフレッシュ施設も完備。
ドチャクソにニッチな滝行レジャーに最適な自然も、滝行後の温泉含めて、複数整備されています。

ところで
某滝行スポットの隣に
それはそれはもう湯ざわりの良い温泉が
バチクソ適切な温度で湧き出しておりまして。

「鍛錬の後は休養も必要だ!」
さぁ、滝行で冷えた体を温めよう!
ふんどし一丁のイケボマッチョ、空間管理課のキリンさんが、サッパリした笑顔で言いました。
「ここの温泉は、滝行後に長風呂するには、丁度良い程度の温度と成分になっている。
今の時期は、低体温が特に命取りとなる。
温泉につかって、体の芯まで温めるのだ!」

湯けむり上がる天然露天風呂に、同じくふんどし一丁で、首までつかっている男性は、
管理局に就職した奥多摩出身の、通称奥多摩君。
イケボふんどしキリンさんに、勝手に鍛錬の弟子にされて、ほぼほぼ毎日毎朝滝行させられています。

おかげでヒョロッヒョロだった奥多摩君も、今では少し、すこぉーーし、筋肉が付いてきた模様。
「筋肉はもう良いから、温かい生活がほしい……」
滝行で冷え切ってしまった体を温泉の中で動かして、腕をさすって足をさすって、
滝行イケボふんどしさんの部署に来る前の自分を、思い返して唇をキュッ。

キリンさんの部署に来る前は、冷たいつめたい滝行なんて、無縁だったのです。
ただただ出勤前までぬっくぬくして、帰宅後もぬっくぬくして、夜もぬっくぬくな毛布に入ります。

ああ、ああ。常時供給されていた温度の至福よ。
2枚合わせの毛布に最適な空調よ。
滝行なんて極寒の暴力と無関係だった、
あの、ほぼほぼ恒久的な、ぬくもりの記憶よ。
どこいっちゃったの。もどっておいで。
「あ"あ"ぁ……」

ぬくぬく、ぽかぽか。
数年前から湧き始めたという温泉の、源泉近くに寄ってって、奥多摩君は体を温めようと、
にじにじ温泉の中を移動してったところ、
「あー、奥多摩君!ひさしぶり〜」
入浴用のウエアに身を包んで、大きな大きなモフモフ猫だか猫ドラゴンモドキだかのヘソ天に寝そべっている、同僚を見つけました。

ヘソ天猫は温泉で、毛が完全にお湯の中に浸かって、パッカン。おまたおっぴろげの大胆体勢。
おなかに奥多摩君の同僚を乗せて、お酒でも飲んだ後なのか、口から甘い花の香がします。

「ツバメさんがねぇ、ミカンのおさけ、ガラガラで当たったって。持ってきてくれたの〜」
それをスフィちゃん、全部飲んじゃったんだよ。
奥多摩君の同僚が言いました。
お酒を飲んでからお風呂に入るのは、とても、とっても危険なことのように、奥多摩君は思いましたが、
モフモフ猫ゴンはほろ酔いで、至極気持ちよさそうに、おまたパッカンでプカプカ浮いています。

多分大丈夫なのでしょう。 たぶん。
「……ホントに大丈夫なのか?」

ぬくぬくぽかぽか、ぬくもりの記憶と温泉のおはなしでした。おしまい、おしまい。

12/10/2025, 9:58:19 AM

「凍えた」と気付くのは、
指先がとっくに冷え切って、冷気が第二関節まで上ってきた頃だと思う物書きです。
その頃にはパソコンのキーボードを叩くにしても、完全に速度にデバフがかかってしまって、
なんなら指が思うように動かない気がするのです
なんて屁理屈は置いといて、
今回のおはなしのはじまり、はじまり。

最近最近のおはなしです。
都内某所には不思議な不思議な、本物の稲荷狐の一家が住まう稲荷神社がありまして、
そのうち稲荷狐のお母さんは、商売繁盛、神社の近くでお茶っ葉屋さんをしています。

美しい髪の女性に化けるお母さん狐は、
緑茶に和紅茶、台湾烏龍茶にハーブティー、
果ては稲荷狐に伝わる不思議な薬茶まで、
幅広いお茶を棚に並べて、お客さんを待ちます。

その日もお母さん狐は、コンコン、
お金持ちのお客さんに、それはそれは貴重で美しく、香りの良い工芸茶を、5個1セット。
そろそろ、売りつけることに成功しそうです。
「こちら、完全手作業、完全国産の工芸茶です」

お母さん狐は穏やかに、静かな笑顔で、こやん。
上等な紙箱を入れた取っ手付き紙袋を上客さんに、
手渡す前に、お客さん1名様を、お得意様専用の飲食スペースへご案内です。
「どのような花を咲かせるかご覧頂ければ、
きっと、お気に召していただけるかと」

さぁさぁ、どうぞ、こちらへ。
お母さん狐は特別スペースにお客さんを招いて、
磨き上げられた無色透明のガラスポットに、
ころん。 ひとつ、まるまる太った大きな栗の実のような茶っ葉の玉を、静かに入れました。

「寒暖差の大きい山の茶畑の中で、収穫から加工まで一環して、作られたお茶です」
たぱぱとぽぽ、トポポ。
まんまるガラスポットが熱湯で満たされます。
「カフェインが比較的少ない冬採りの茶葉を蒸して、手揉みで揉んで、加工して、
冬空の寒い頃、1枚1枚の茶葉を、
凍える指先もいとわず、まとめ上げるのです」

ポン。
栗の実サイズの茶葉の玉が、一瞬にして開きます。
一気に白いジャスミンが、ガラスポットの上、水面もとい湯面まで登ってきて、
その下で黄色いキンセンカが太陽のように花開き、
さらに下には、オレンジ色のマリーゴールドの花びらが、カーペットのように控えます。

「わぁ」
きれい。 お金持ちのお客さん、息をのみました。
目の前で咲く工芸茶の花は、すべて寒い冬のなか、
凍える指先で整えられて、結ばれて、玉に成形されて、お客さんの目の前まで来たのでした。

「こちら、サービスとなっております」
ジャスミンの上に小ちゃくて赤い、千日紅の花が添えられて、完全国産工芸茶の完成です。
ジャスミンの白、太陽のキンセンカ、それらが調和してひとつのポットで美しく整う工芸茶は、
ジャスミンがお客さん、キンセンカがお客さんの大親友のように、お客さん自身には思えました。

お客さんは工芸茶の美しさにうっとり。
「いただき……まぁす……!」
もはや購入は決定事項で、問題は金額より、「何箱お持ち帰りするか」の方。
「うん、決めたぁ!」

お客様はお母さん狐に、カードをピッ、渡します。
お母さん狐はただ穏やかに笑って、
かしこまりましたと、一礼しましたとさ。

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