最近最近の某雪国、美しい星空のキャンプ場に、
パチン、ぱきん、パチパチ、ぱきん、
小さな焚き火をひとつ焚いて、しみじみ、コーヒーの1杯をすする者が在りました。
しみじみコーヒーのしんみり野郎は、ビジネスネームをツバメといいました。
「ハァ。 うまい」
夜間の雪国はまだ寒くて、ツバメのため息は白い吐息として、暗い暗い空気に溶けます。
「これが低温保存された豆の味か」
ツバメは先日、雪室コーヒーなるジャンルの豆を、
200gかける5パックばかり仕入れました。
試飲で出された無糖の84℃は透き通るコクと喉越しで、甘さが引き立っている心地。
『この甘さと香りが、俺達の冬の終わりなんだ』
雪室から掘り起こした木箱、ちょうど200gの5パック入りだという間伐杉で仕立てられたそれをツバメに手渡しながら、
現地で雪室コーヒーを主催している若者が、商品への自信と誇りをもって、言いました。
主催の若者の輝かしい瞳を、その眩しさを、
ツバメはきっと、いつまでも、少なくとも数年・十数年は、忘れないだろうと、
確固として、感じたのでした。
ところで今回のお題は「ないものねだり」でして
(お題回収開始)
「にがい!にがい!おいしくない!にがい!」
ぎゃあん!ぎゃあん!ぎゃああん!!
しんみり野郎の近くで稲荷子狐が、おこちゃま味覚ゆえの敏感さでもって、
コーヒーの苦味に、打ちのめされています。
「コーヒーやだ!コーヒーおいしくない!」
ぎゃああん!!ぎゃああん!!
子狐は野郎にスイーツなど、「ないものねだり」しておったのでした。
子狐にコーヒーは早いだろうと、
ツバメは苦いコーヒーのかわりに、産地直送、できたてのペット用牛乳を用意したのですが……
「子狐。無理してコーヒーを飲まなくて良いんですよ。美味しい美味しいホットミルクを作ってやったじゃないですか」
「うー。 うー」
「ここの牛乳は、特別なんですよ。
この雪国の高原で自由に放牧されて、自然のハーブや木の実を食べた牛のミルクです」
「コーヒーのほうがカッコイイ」
「うーんなるほど分かりました美味しいホットミルク飲みましょうね子狐」
「オジサンおいしいコーヒーちょうだい」
「ホットミルクだってシナモンやジンジャーを入れると大人の飲み物になるんですよ子狐」
「やだ。おいしいコーヒーちょうだい」
「うん美味しいホットミルク飲みましょうね」
くぴくぴゴクゴクゴクくぴくぴ。
ツバメがホットミルクのおかわりを注いでくれる素振りをしたので、
コンコン子狐、マッハでミルクを飲み干しまして、尻尾を高速ぶんぶんぶん。
「こーひー!コーヒー!」
ミルクは子どもの飲み物、コーヒーは大人の飲み物と言っておきながら、
ツバメが吟味して選んで丁寧に温めたミルクは絶品だったようで、2杯目3杯目を所望します。
「オジサンおいしいコーヒー」
「私はまだオジサンではありません」
「オジサンコーヒー」
美味しい、すなわち苦くないコーヒーを、お題どおりに「ないものねだり」する子狐は、
けっきょくそれから追加でコンコン5杯、ホットミルクを堪能しまして、
パチパチ静かな焚き火の音と、ぽかぽか温かいツバメの膝に抱かれて、
くーすぴ、くーすぴ、幸福に眠りましたとさ。
【世界線管理局 収蔵品
キンモクセイの香水瓶シリーズ
「誘竜香」】
成分解析により、心身双方の疲労に対して、快復・鎮静の効果がみとめられた。
過度過剰な免疫活動を抑制するため、
いくつかのアレルギー症状を緩和・治療できる可能性が示唆されている。
なお本来の用途はドラゴン種を誘い出すことにあり
ドラゴン種にとっては逆に疲れる
<<ドラゴン種にとっては逆に疲れる>>
――――――
自分が特に好きじゃないジャンルや世界でも、
そこに好奇心や興味のひと欠片でもあれば、ちょっと見に行って情報を得てくるのも、執筆スキルの経験値かなと思う物書きです。
なお、この物書きがそれを実践してる/してないに関しては触れません。
という即効のお題回収は置いといて、今回のおはなしのはじまり、はじまり。
「ここ」ではないどこか、別の世界に、世界線管理局なる厨二ふぁんたじー組織がありまして、
そこの法務部執行課の、実動班特殊即応部門の部門長は、ビジネスネームをルリビタキといいます。
ルリビタキは強く賢いドラゴン種の1匹。
諸事情により管理局に自分を売って、故郷の世界を救ってもらって、
それからというもの、管理局の法務部でコツコツ、大事な仕事をしています。
ルリビタキの世界を救ってくれた法務部局員は亡くなって、既に管理局に籍はありませんが、
それでもルリビタキは、義理深く、売られた場所でコツコツ、大切な仕事をしておるのです。
ところでそんなルリビタキ・ドラゴンは
上述のとおり正真正銘のドラゴン種でして。
「!」
その日ルリビタキ・ドラゴンは、管理局内に整備されている難民シェルターの草原で、
こっくり、こっくり、昼寝をしておったところ、
突然、とんでもなく暴力的な、ドラゴンの本能に直接アタックしてくるレベルの香りが、
だいたい1km圏内で、無機質かつ一方的に、自分を呼んでいるのを知覚しました。
そうです。例の「誘竜香」です。
誰かが香水の瓶をガチャンと割って、大量にブチまけてしまったのです。
ぐるる、ぐるるるる、
ルリビタキ・ドラゴンはノッシノッシ、
香りの発生源に向かって歩き出します。
ぐぎゃ、ぐるるる、
ドラゴンが発生源たる公園に到着しますと、
瓶を割った誰かは逃げてしまって、ひとりも、1匹も、誰も居ませんでした。
どうやら、このドラゴン以外に、近辺にドラゴンは居なかったようです。
「……」
くんかくんか、クシュン、くんかくんか。
ドラゴンは別に、その香りが好きじゃないのに、
といっても嫌いでもありませんし、
なにより香りそのものが、ドラゴンの本能を暴力的に打ちのめしますので、
ただただ、香りをかぎます。
そしてドラゴンの本能が、「この香りをカラダに付けなければならない!」と命じますので、
ゴロゴロゴロ、すりすりすり。
ドラゴンは本能に従って、香水がブチまけられたあたりにカラダを擦り付けます。
ぐるる、ぐぎゃ、ぐるるるる。
ゴロゴロすりすりすり。
再度明記しますが、ルリビタキはとっても強くて、とっても賢いドラゴンです。
ゴロゴロごろ。
別にルリビタキは、その気になれば、不屈の精神でもって本能に抵抗することもできるのです。
スリスリすりすり。
本当です。本当に、ルリビタキは賢いのです。
「わあ!ルリビタキ部長さん、ごめんなさぁい!」
そんなこんなで十数分、数十分、スリスリしてゴロゴロ満足したドラゴンです。
「ちがうの、あたし、キンモクセイさんの香水割っちゃったから、掃除のための道具をとりに行ってただけなのぉ!ホントにごめんなさぁぁい」
香水成分を完全に除去できる掃除用具を持ってきたお嬢さんがドラゴンを見つけて、
ドラゴンがあんまり満足そうにゴロンチョしておりましたので、
やってしまったと、すぐに謝ったのです。
ぐぎゃ?ぐるるるる。
世界線管理局の法務部執行課、実動班特殊即応部門の部長・ルリビタキは気にしません。
ただ「好きじゃないのに、しかし嫌いでもない香り」の近くで、満足しておりましたとさ。
前回投稿分から続くおはなし。
最近最近の雪国の、まだ雪が残る山道を、法定速度60km丁度の安全運転で、
スイスイ上がって下がって、ぐねぐねカーブもスイスイスイ、走ってゆくバイクがありました。
バイクの後ろには稲荷子狐が、かわいいライダージャケットデザインのポンチョとライダーヘルメットの帽子を付けて、
ペットキャリー席の中で、素早く過ぎ去る雪国の景色を、じっと、興味深く、見続けています。
現地の天気は予報どおり、「ところにより雨」。
しかし北緯の関係か標高か、周囲にはまだ間違いなく、雪が残っておりました。
「ゆき、ゆき!ゆきがある」
ぎゃぎゃっ、ぎゃぎゃっ。子狐が言いました。
この稲荷子狐、去年の夏まで東京から、一歩も外に出たことがなかったのです。
「ゆき、いっぱい、いっぱい」
雨はザッと多めに降っていますが、コンコン子狐には関係ありません。
東京で見るより、多くの、たくさんの雪です。
あっちこっちに白や灰色が、たくさんあるのです。
そんな子狐の声が、聞こえているのか走行音で分からないかは置いといて、カタッ、かたん!
バイクはカーブを曲がり切る少し前のあたりから、スムーズに加速してゆきます。
「そろそろ、雨から抜けますよ」
振り返ることなく、前だけを見て、バイクの運転手が子狐に言いました。
「後ろの方を、見てごらん」
ぐねぐね山道から抜けて、「局所(ところ)により雨」の局所からも抜けて、
バイクは、とっても見晴らしの良い、天然の展望台もとい緩やかな曲線展望道路へ。
「にじ! にじ!」
子狐が興奮して、叫びます。
「にじ、キレイ!」
今まで走行してきた道路のあたりを、カーブと高低差のおかげで、一望できるのです。
しかも局所的降雨の結果として、大きな虹がくっきり、アーチになって道路におりているのです。
コンコン稲荷子狐は、お目々をキラキラさせて、尻尾もブンブンびたんびたん!
ちょっとした感動体験です。いわゆる今年の春の、最初の宝物です。
狐は雨と強風をあんまり好みませんが、
この日、バイクのペットキャリー席から見た起伏ある山道と、緩やかなカーブと、
それからなによりハッキリ見える大きな虹は、
とっても、とっても気に入ったのでした。
「たまには、雨も良いものでしょう」
バイクの運転手がまた、カコンかこん。
ペダルを踏んでスムーズに、減速しながらカーブの入口に進入します。
少しずつ、また木が増えてゆきます。
少しずつ、開けていた視界を緑が包みます。
「さあ、目的の街まで、もう少しですよ」
ところにより雨の予報地域を抜けて、バイクはスイスイ、冬の終わりの山道を進みます。
シンとした空気、雪解けの温度を少し含んだ雰囲気を置き去りにして、
バイクは雪国の街の中へ、進んでゆくのです。
次回投稿分に繋がるかもしれないおはなし。
最近最近の都内某所、某本物の稲荷狐が住まう稲荷神社敷地内の一軒家に、
人に化ける妙技を持つ化け狐の末裔が家族で仲良く暮らしておりまして、
そのうち末っ子の子狐は、善き化け狐、偉大な御狐となるべく、絶賛修行中。
この子狐は、去年のはたらきが認められまして、
「ここ」ではない別の世界の、大きな公的機関、
世界線管理局へ修行に出されました。
ところで
その管理局で子狐の世話をしておる法務部の
執行課実動班・特殊即応部門の副部長は
ビジネスネームをツバメというのですが、
これがなかなかのコーヒーダイスキーでして。
「子狐、きみの世界で私達法務部執行課が為している、巡回の仕事を見学しに来ませんか?」
コンコン子狐が出向先の、環境整備部の大きなカーゴルームで、悪いネズミにバシバシばん、キツネパンチしておったところ、
副部長・ツバメがフラッと入ってきて、子狐に優しく穏やかに、言いました。
「さっき仕事が来て、私が出ることになりました。
せっかくだから、一緒に行きましょう」
おそと!おそと!
ちょうどコンコン子狐、退屈しておりましたので、
尻尾振って耳もペタンコ。ツバメにくっついて嬉しそうに、歩いてゆきました。
「別の世界から勝手に、無許可で渡航してきている悪いやつがいないか、見回りに行きます」
君の世界のような、若くて安定しているところは、
滅びそうな世界からの脱出先、移民先として、目をつけられやすくてね。
密航者がいないか確認して捕まえるのも、我々の仕事のひとつなんですよ。
ツバメは子狐に管理局の仕事を説明しながら、
環境警備部の偉い人に事情を話して、
行ってきますと行ってらっしゃいの挨拶をして、
環境整備部から法務部に、向かいました。
そして、ここでお題回収。
「ただ、仕事にとりかかる前に、
どうしても欲しいコーヒー豆があるのですよ」
そうなのです。
このツバメというコーヒージャンキー、
積雪地域で今の時期にだけ手に入るという
特別な存在、特別な商品、特別なコーヒー豆、
すなわち冷たい雪の中で保存された長期間限定品、
雪室コーヒー豆がこのたび某雪国で、雪室から取り出されたとの情報を入手したのです!
要するに特別な存在のため、仕事をサボるのです。
「サボりなんてそんな。
私は仕事の前日から現地入りして、自分の自由時間で特別な存在を購入しに行くだけです」
さあ子狐。私と一緒にまず雪国へ、季節限定の特別な存在、特別なコーヒーを、
すなわち雪のコーヒーを、迎えに行きましょう。
尻尾ぶんぶんの子狐に、ライダー風の帽子とイヤーマフと、ポンチョとハーネスをしっかりつけて、
ツバメは子狐を、バイクのペットキャリー席に丁寧に乗せました。
「ばいく!バイク!」
「そうです。バイクです。一緒に行きましょう」
「キツネバイクはじめて」
「それは良かった。風が気持ち良いですよ」
さあ行こう。特別なコーヒー豆を、迎えに行こう。
バイクに乗せられた子狐のテンションは最高潮!
尻尾などブンブンのビタンビタンです。
子狐は去年の夏頃まで、そもそも都内から出た経験すら無かったので、
遠くへ行くのは楽しいし、嬉しいのです。
さあ行こう。特別な存在を、迎えに行こう。
サラっとお題回収しつつ、バイクにまたがりツバメと子狐は、静かで上品なエンジン音を置き去りにして、道路を進んでゆきました。
ところでツバメが行きたいという「雪国」、
現地の天気予報が不穏で、ときおり雨がザーザー降りになるそうですが……??
前回投稿分からの続き物。
「ここ」ではないどこか、別の世界に、世界線管理局なる厨二ふぁんたじー組織がありまして、
別組織・世界多様性機構は、この管理局を一方的に、ドチャクソ敵視しておったのでした。
そのわりに組織のビジネスネーム制は真似するし
わざわざ管理局を重点的に襲撃するし、
なんなら管理局を襲撃しても、けっきょく鎮圧されるか逮捕されるかで負けて終わるし。
要するに多様性機構は単純に、
バカみたいに「大好きな」管理局に、ちょっかいを出したいのかもしれません(早々にお題回収)
ところで世界線管理局の、法務部の機械生命体局員・ヒバリが個人的に管理している保管庫の中に、
そんな多様性機構の構成員が、複数人、ポイチョの放ったらかしにされておりまして。
せっかくなのでそのうちの1人、機構の香水魔術師・キンモクセイに、話を聞いてみましょう。
…––「そうですね。自分でも、バカみたいなことをしたと少しは思いますよ」
法務部の機械生命体、ヒバリに連れられて、機構の野郎・キンモクセイが語り始めました。
「私の専門は香水魔術。人間は私の香りから、逃れることは不可能です。
……相手は人間ではなく機械生命体だったのです」
くんくん、くんくん。何かヘンなニオイがするぞ。
キンモクセイの証言を、ちゃんと聞いているのかいないのか、なんなら話に興味がそもそも無いのか、
成り行きで見学中の稲荷子狐は、証言席に座るあわれな機構職員の周囲を文字通り、
自慢の鼻でもって、嗅ぎ回っています。
ネコ目イヌ科の動物らしく、おしりスメルのチェックは、おこたりません。
魂を見透かす稲荷狐らしく、心魂スメルのチェックも、忘れません。
むむっ! なんだ、このニオイは。
どうやらコンコン稲荷子狐、何か良くないものを嗅ぎとった様子です。
「私の任務は、世界線管理局に捕まった機構の仲間たちを助け出して、管理局を壊滅させること。
私、キンモクセイの香水魔術でもって、ほとんどの管理局員はたちまち倒れてしまいました」
キンモクセイは語り続けます。
「管理局員も私の香水魔術の前には、為すすべもない。手始めにこのヒバリの標本保管庫に捕らわれている仲間たちを、助けようとしたのです」
結果はご覧のとおりでしたがね。
キンモクセイは肩をすくめました。
つまり、あらゆる生物の嗅覚から相手の中に忍び込む自慢の香水魔術が、
機械の体を持つ機械生命体・ヒバリの前に、あっけなく敗北してしまったのです。
「そう。生物です」
機構の香水魔術師・キンモクセイの目が、怪しく、鋭く光りました。
「生物になら、私の香水魔術は効果がある。
そこの稲荷子狐!お前はこれから私の魔術で……」
お前はこれから私の魔術で、
稲荷狐としてのチカラを、管理局壊滅と機構繁栄のために使うのです!
キンモクセイは、そう言いたかったのでしょう。
ヒバリの死角に隠し持っていた香水の小瓶を、床に落として割ろうとしたところで、
パクッ!
コンコン子狐、キンモクセイが落とした小瓶を子狐のおくちで、難なくキャッチしたのでした。
「え」
なんだこれ、なんだこれ。コンコン。
「そんな、バカな、私の香水瓶が……!」
わるいニオイ、わるいニオイだ!コンコン。
「おのれ!おのれぇぇぇ!」
はいはい、バカみたいなことはやめて、そろそろ戻りましょうね。
せっかくのチャンスをモノにできなかった機構メンバー・キンモクセイを、
管理局の法務部局員、機械生命体のヒバリがいつもの保管庫に戻します。
コンコン稲荷子狐は、キンモクセイが割ろうとした魔術用の香水瓶と、しばらくコロコロたわむれておりましたが、
数分で飽きまして、ヒバリにポイチョ、処分要請よろしく、あげてしまいましたとさ。