かたいなか

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最近最近、都内某所のおはなし。
某深めの森の中にたたずむ不思議な不思議な稲荷神社の、木漏れ日落ちる涼しめな前庭で、
稲荷子狐とその友達、すなわち化け子狸と化け子猫と、子猫又と子カマイタチとが、
サラサラ風を感じて暑さを追いやり、
わいわい、きゃんきゃん、会合を開いている。

稲荷子狐がこの世界の平和を守ったらしいのだ。

「それでね、キツネ、わるいやつに、つかまっちゃったの。だからキツネ、ほえたの!
『おのれ、わるいやつめ!このキツネがセーバイ、成敗してくれるぞ!』
そしたらキツネのしっぽが、ぶわわーって、チカラがバンバンわいてきたから、
キツネ、わるいやつを、ズバババーン!したの!」

子狐は目を輝かせて、尻尾をぶんぶんぶん!
おててを振り、あんよでステップを刻み、
それはそれは、もう、それは。
楽しそうに語っている。

友人たちは子狐の言葉に興味津々。
化け子狸などは完全に崇拝の領域にある。

「わるいやつを、やっつけてから、キツネ、あなをフーイン、封印したの。
キツネ、こう、フワーって上がってって、
キツネ、かぜ、きもちよかった」

おお……。 子狸が感嘆のため息を吐く。
穏やかで大人しく、怖がりな子狸である。その自分が悪者を、子狐が言うようにやっつけられたら!
その勇ましい姿を自分に重ねているのだ。

子狐と友人たちの会合を遠くから聞いておった異世界ハムスターは、子狐の「事実」を知っていた。
「実はけっこう誇張されてるんだ」

子狐は自分ひとりで「悪者」をやっつけたように話しているが、実際は少々違うのである。
「といっても、それを指摘しに行ったら……
ほら、僕、ハムスターだから」
ナイショ内緒。異世界ハムスターは口に指を当て、
しぃっ。子狐や子猫にバレる前に、退散してゆく。

…――不思議ハムが撤退した先に居たのは、
絶品和牛串のドチャクソに良い香りがする車、
車を必死に消臭クリーニングしている人間2名、
大きなあくびをして昼寝を始めるドラゴン、
そのドラゴンのそばに数株だけ植えられた、赤い彼岸花色したトリカブト。

「アカバナ エド トリカブト。サンヨウブシの変種で、東京の固有種。完全無毒な花さ」
車内の拭き掃除を為している2人のうちの、ひとりが不思議ハムに説明した。
藤森という名前の、雪国出身者である。
「数年前に、最後の群生地が潰されて、完全に絶滅した花だ。本来は秋に咲く花だよ」

条志さんが昼寝したら、途端に育って咲いてしまった。不思議なことだ。
そう付け足してドラゴンを見て、二度見して、
三度見あたりで気付いたのが、「花が増えた」。
「……ん?」

妙な経緯から「願いを叶える魔法」を得た藤森。
回数制限付きで、本来は3回使えるハズだったものの、稲荷子狐に1回使われ、稲荷子狐に1回使い、結果として借りたレンタカーが牛串まみれ。
残った1回の「魔法」を、
レンタカーの清掃ではなく、絶滅したハズの赤いトリカブトに使った。

赤花江戸附子の最後の花畑を守っていたのは優しい優しい老婆だった。

過去を覗いて絶滅前のトリカブトを採取し、
稲荷神社の厚意でそれを神社の庭に植えた。
藤森が持ってきた株はまだツボミであったが、
はて、いつのまに花を咲かせたのか。

「ほら藤森。気にしてる場合じゃないでしょ」
「えっ」
「最後の1回をトリカブトに使っちゃったんだ。
返す前に、レンタカー、原状回復しなきゃ」
「あっ。 そうだ」

脂と匂いは、なかなか取れないものだなぁ。
稲荷神社に拭く風を感じて、藤森は短く息を吐く。
「……ところで条志さん、ドラゴンの姿を他の人に見られでもしたら、どうするつもりだろう」
はぁ。忙しい忙しい。
藤森は不思議ハムから離れて車の方へ。
残って黙々作業していた方と一緒に、クリーニングの続きを始めたとさ。

8/10/2025, 6:30:23 AM