7月27日頃から続いているおはなしも、ようやく今回投稿分で、一段落がつきそうです。
前回投稿分からの続き物。東京から遠く離れた、神秘と秘匿がまだ少しだけ残っている雪国の、真夏の夜の大イチョウの前で、
フッサフサかつモッフモフな、ビッグ狐尻尾を3本生やしたファンタスティック稲荷子狐が、
銀色の光の粒をまとって、こやん、こやん。
イチョウの下にある黒穴を、封印し直して、更に封印を重ねて重ねて、重ねまくっておりました。
黒穴は、異世界とこの世界を繋いでおりました。
黒穴は、異世界の組織に狙われておりました。
「かけまくもかしこき ウカノミタマのオオカミ」
こやん、こやん。
稲荷子狐の光を浴びて、イチョウの葉っぱは銀色に、美しく、まぶしく輝きます。
「キツネのねがい、かなえたまえ。
シモベのことば、ききとどけたまえ。
かしこみ、かしこみ、まをす」
こやん、こやん。
稲荷子狐は光をまとって、大イチョウの木をバックに、美しく、まぶしく輝きます。
「世にマガツコト、ケガレ、モロモロまねく黒穴、
とじたまい、むすびたまえ、かくしたまえ。
かしこみ、かしこみも、まをす」
稲荷子狐が尻尾を振ると、大イチョウの根本から、銀色の光が溢れ出します。
「くそっ、ちくしょう!管理局め!」
黒穴の封印を解いて、この世界と異世界を繋ぎたかった組織の職員が、忌々しそうに叫びます。
「これで安心と思うなよ。俺達は必ず、この世界を滅亡世界の、難民シェルターにしてみせるぞ!」
おぼえてろ!
なんて断末魔を残して逃げていくあたり、すごく小物感ある組織の職員さんを、
別の組織、管理局の局員が追って、闇に消えます。
大イチョウの前に残ったのは、
稲荷子狐をここまで連れてきた藤森と、
その後輩の高葉井と、それから子狐だけ。
ひとしきり宙に浮かんで、かわいらしい舞を踊っておった子狐は、イチョウの封印の術が終わると、
3本だったモフモフ尻尾も、キラキラ輝いていた光のエフェクトも、全部ぜんぶ、
いつもの稲荷子狐に、戻ってしまったのでした。
「ねむい。つかれた」
子狐が特等席の、藤森の腕の中に戻って、ひとつ大きなあくびをして、すぴぃ、すぴぃ。
この世界と別世界を繋ぐ黒穴は、大イチョウの下の異世界は、こうして、閉じられたのでした。
…――さて、そろそろお題を回収しましょう。
翌朝、雪国の田舎を涼しい朝日が染め上げる頃、
朝日の美しい、黄金色ともキツネ色ともつかぬ輝きに当たった大イチョウを、
藤森と高葉井が、ふたり並んで、ドアを開け放ったレンタカーの後部座席に座って、
心地よく、穏やかに、眺めておりました。
「先輩、よく黒穴の封印の方にカジ切ったね」
高葉井が言いました。
「てっきり、『黒穴で繋がった別の世界から、先進技術を持ってきて、気候変動とか希少植物の減少とか、そういう問題を解決しよう!』って立場と」
そういう立場だとばかり、思ってたから。
高葉井が言い終わると、藤森も藤森で、
ため息をひとつ、小さく吐きました。
「そうだな」
藤森は大イチョウの木の下を探検する子狐を見て、
「今でも、バカなことをしたと思っている」
稲荷子狐が土を掘ったり、何か食べたり、その食べたものを慌てて吐き出したりしているのを、ただただ、観察しておりました。
「あのとき子狐に『黒穴を閉じろ』じゃなく、『開けろ』と言っておけば、絶滅危惧種の花を一気に救う技術が手に入っていたかもしれないのに」
「またそんなこと言って」
「だけど、
付烏月さんを撃って、子狐を乱暴に扱うような男の手に、あの黒穴が渡るのは、違うと思ったんだ」
藤森は再度、ため息を吐きました。
「花が好きで、愛した花畑を壊されて、花畑の跡地に今も居る幽霊と会った」
藤森は言いました。
「彼の話を聞いて、彼の後悔を聞いた。
私の心の羅針盤は、それから狂ったんだと思う」
「どういう風に?」
「黒穴の封印を『絶対に解きたい』方から、『本当に解いて全部が解決するのか』という方に」
「どんな話を聞いたの?」
「いろんな話だ」
うん。
心の羅針盤は、それで狂ってしまったんだろうよ。
藤森は小さく、再確認するように呟きます。
藤森の心はまだ揺れて、満足を指したり後悔を指したり、どっちつかずにしておりましたが、
その後悔は、心地よい後悔でした。
「さて。用事も済んだし、東京に戻ろう」
藤森は高葉井に言いました。
「子狐を稲荷神社に返さないと」
肝心の子狐は、さきほど口に入れたものがよほど酷かったらしく、どったん、ばったん。
「イタズラ狐の大イチョウ」と呼ばれた木の下で、激しく悶絶しておったとさ。
しゃーない、しゃーない。
8/8/2025, 3:15:15 AM