花の香りは、苦手だ。友達の葬式で、嫌という程に感じた香りだった。花は、私にとっては最低の香りだった。
親友は、交通事故で亡くなった。それも、私のすぐ目の前で死んだのだ。その光景は、忘れたくても忘れられず、ずっと脳裏にこびり付いて離れない。私はその時、彼女が手にしていた花を覚えている。いや、正確には、その花の香りを覚えている。普通、人は匂いを忘れるものだ。しかし、私は匂いと光景、どちらも鮮明に覚えていた。もう、いい加減に、忘れたい。せめて、花の香りだけでも忘れてしまいたい。しかし、香りを忘れたら、彼女を忘れてしまうような気がして、忘れることが出来ない。
私は、ずっと、花の香りを避け続けているくせに、彼女からは避けようともしない。彼女は私の、大切な友達だ。だからこそ、彼女が大切にしていた花さえも忘れられない。
心が渦をまくように腹を立てる。私は彼らを憎んでいる。彼らは私の大切な虫を殺した。ただ、私の趣味を蔑むために殺したのだ。こんなこと、あってはいけないことだ。私は、彼らに報復する。
瓶に詰まった小さな命を指の腹で押し潰し、殺した2人。2人には、精神的に罰が必要だ。私は彼らの家に、毎日電話をかけては無言で切るという作業を繰り返し、更には毎日、パソコンで打ち込んだ手紙を自宅に送り付けた。深夜徘徊をして、郵便に任せず届けていた。それから、学校にもデマを流した。私は意外と顔が広かったのだ。もし私に友達が少なかったら、こんなことにはならなかったのかもしれない。私は、今日、死ぬよ。そう伝えたのだ。クラスラインにも送り付けた。そして、彼らに教えるのだ。自分たちがどれほど私を悲しませたか、教えるのだ。私が死んだことになれば、私を大切に思う人間は皆悲しむだろう。私はもう学校へは行けなくなったが、彼らは今頃、罪悪感を感じているか、それとも、誰かに蔑まれ、責め立てられている頃だろう。その光景を想像するだけで、気持ちが良い。
友達が行方不明になった。行方は私しか知らない。手がかりも私だけだ。警察にバレたくは無い。バレたら友達に呪われてしまうかもしれない。私は友達を監禁している。そして、弱ったところを殺すつもりだ。最近、行方不明者が増えていた。それも男児ばかりだ。彼はおかしな呪いを使えた。そういう家系に生まれたから、自然と使えるらしい。それを使って、彼が男児を誘拐しているのを、たまたま、見てしまった。見る気は無かった。見たくなかった。しかし、私の中の正義感が勝ち、彼を抑え込んで拘束して、自宅に閉じ込めた。
「なあ、見たんだな」
彼は口を開いた。それも、何処か愉快そうに言った。私は彼に恐怖を覚えた。彼じゃない。私の知っている彼がいなくなっていた。何処へもいなくなっていた。私は私の知っている彼が戻るまで、彼の前で待つことにした。しかし、事件の詳細を事細かに話すだけで、戻ってはくれない。事件なんてどうでもいい。私は彼だけを返して欲しい。少年が誘拐されて死んだっていい。そんなことより、今は、たった1人だけの大切な友人を取り返したい。私はそう思って、今日も彼に話しかけた。
「私の友達を返してよ」
しかし彼はとぼけるばかりだった。
「だから、今日も何を言っているんだ。これが本当の僕だ。君の友達は誘拐犯だったんだよ。ほら、早く警察に連れて行ってくれ。もうここにいるのは辛い」
私は彼を殴った。それから首を絞めた。もう彼は戻らないと言われて、殺すしかないと思った。どうせ誘拐犯なのだ、きっと人を殺しているに違いない。なら、私が誘拐犯の彼を殺したって、警察も納得してくれるはずだ。私は、彼にかけた両手に、めいいっぱい力を入れた。
もう彼は、私の所へは戻ってはくれない。ならば私が、彼を呪ってしまえばいい。そして、殺せばいい。
あの日、彼女が僕に触れた。彼女の手は、冷たかった。その日は肌寒かったからか、更に冷たい気がした。僕は彼女の手を取って、それを優しく両手で包み込んだ。彼女はそれを、じっと見入っていた。僕は彼女を可愛らしく思って、穏やかな気持ちになっていた。彼女の手に、段々と温もりが集まってきていた。僕は彼女の手を離したくなかった。
「ねえ、暖かい?」
僕は彼女に聞いた。もう充分暖かい筈だった。しかし彼女はこう言った。
「まだ、もう少し。もっと温かくなりたい」
(⚠️グロ⚠️)
可愛らしく喚く彼女の脊髄に、私は噛み付いた。彼女は私に懇願していた。「どうか骨の髄まで食べて欲しい」と、たしかに願っていた。私は彼女の望み通りにした。彼女の項を切り取って、そこから血を啜り、肉を噛みちぎって、彼女を少しずつ体内に吸収していく。彼女は悲痛をあげ、もがき、子供のように泣き出した。しかし、私は止められなかった。本当は引き返すべきだったのだろうが、彼女の血肉を含んで、中毒になっていた。
私は完全に正気だった。彼女の血肉を体に流し込むことを、夢見ていたのだ。夢よりも酷く、不味く、癖になる味だった。ずっと啜っていたかった。しかし、次第に彼女の声は枯れ果て、皮膚は青白くなっていた。彼女は死んだのだ。私の物になったのだ。私に抵抗することなく、一切の拒否もせず、私の犠牲になったのだ。私たちの夢が叶ったのだ。可愛らしい彼女は、私と一体化したのだ。こんなにも幸せな事実は無いだろう。私は余った血肉を喉に流し込んだ。しかし、彼女を完食した途端、吐き気がした。彼女が骨だけになった姿を見て、私は驚愕した。彼女の顔すら分からなくなってしまった。写真にすら撮っていない彼女の顔は、どんな顔だったのか覚えていない。ただ、可愛らしいという印象だけが残っている。しまった、彼女の顔を、完全に忘れてしまった。しかし、彼女の味は、ずっと印象的である。吐き気がする程の、酷く最低な味である。