離れていたって、僕には彼女が見えている。どこにいても、誰といても、僕は君を知っている。君の隅から隅まで知っているのは、僕だけだろう。僕はいつも君の後ろにいるよ。
君はいつも、夜遅くまで起きて、たまに遅刻をする。だから毎日、君は遅れて教室に入ってきていた。僕は君の隣の席だけど、君には僕が見えていないようで、ろくに会話もしたことが無い。だけど、それも仕方がないことだろう。君が綺麗で、僕は君の美貌に負け、いつも話しかけることができなかった。だから僕は、君を、ただ、見ているだけ。無理に関わって、あわよくば恋人になろうとも思っていない。君に恋人がいたときも、嫉妬はしたが、接触しようとは思わなかった。
ただ、彼女を愛している。僕は彼女を愛するために生きている。彼女も僕を愛している。永遠の愛を、今夜誓う。
真夜中の海辺は、誰もいない。誰の目にもつかず、2人だけの世界に入り込めた。僕たちは今からここで、心中を誓う。永遠になれる。
「夜の海って、こんなにも冷たいんだね」
足を海につけて、彼女は呟いた。その呟きに対して、僕は頷いた。足をつけて、深い所へ、手を繋いで歩いていく。念の為、離れることがないように、手首に縄も繋いでおいた。
「僕たちは、次も一緒になれるかな」
僕は不安になって訊ねた。今から2人で死ぬということは、もし万が一死んでしまったら、来世でまた出会えるかすらも分からない。
「きっと会えるよ。だって、好き同士だもん」
根拠の薄い答えだった。しかしそれは、彼女らしい回答だった。僕はまた頷いた。納得したように、頷いた。本当は、死ぬのが怖くて堪らない。心中を提案したのは僕だが、それでも死に場所に来ると、死ぬのが怖い。足がすくんで、もう先へは進めなくなってしまった。
「どうしたの?もしかして、死ぬのが怖くなっちゃった?」
彼女に僕の考えていることは、いつも見透かされる。僕はまた頷いた。怖くて怖くて、今すぐにでも海から逃げたかった。
「じゃあ、生きようか」
彼女は笑ってそう言った。さっきまで死ぬ気だったのに、あっけらかんとしていた。
「生きて、結婚して、子供を産んで、幸せになってみようよ。このまま死ぬのが怖いなら、まだ私と思い出作ろうね」
彼女は、僕の欲しい言葉をくれた。いつもくれた。彼女は僕の手を固く握って、砂浜へ歩いた。砂浜を通り過ぎて、濡れた靴で、自宅へ戻った。
永遠の愛を誓うのは、まだ早いのかもしれない。僕は先走りすぎた。泣くほど辛いことがあって、彼女を巻き込んで、心中しようだなんて、馬鹿な考えをしてしまった。僕は彼女に謝りたかった。本当に酷いことをした。彼女を殺すところだったのだ。
「ごめんなさい。僕、君を殺すところだった」
しかし彼女は、僕を愛おしく見つめて言った。
「君になら、いつ殺されても嬉しいよ」
僕はその言葉が酷く、心に刺さった。そのまま離れることはなく、寝るまでずっと、その言葉が残っていた。それはまるで、呪いのようだった。まじないのようだった。幸せな、まじないの言葉だった。
私には、叶わなかった夢がある。叶わなかったと言うより、諦めた夢である。それは、優等生になることだった。私は、ずっと惨めに落ちぶれて、誰からも相手にされず、頭も悪くて成績も酷い生徒だ。それだから、優等生には憧れた。特に、生徒会長には憧れた。生徒会長は、こんな惨めな人間にも手を差し伸べて、明るく振舞ってくれる、大袈裟に言えば、私にとっての神のような存在だった。
神を知った時から、私は神に近付くために、努力をした。自宅に帰ってすぐに勉強をするようになった。休まず勉強をした。しかし、神に言われた。
「君はね、僕みたいにはなれないよ。だって君は、もう落ちこぼれてるんだよ。僕になろうとしないでよ。本当に、そういうの、ムカつくよ」
神は、悪魔のような言葉を並べた。私を蔑んだ目で見下げ、嘲笑していた。
嗚呼、神とは、こんなものだったのか。たしかに、私は神にはなれない。誰の神にもなれない。ただ成れ果てるしかない存在だ。神のこの言葉で、私は夢を捨てた。諦めた。全てを諦めることにした。神になって腐るのなら、このまま堕ちて腐る方がマシだと、思ったのだ。
花の香りは、苦手だ。友達の葬式で、嫌という程に感じた香りだった。花は、私にとっては最低の香りだった。
親友は、交通事故で亡くなった。それも、私のすぐ目の前で死んだのだ。その光景は、忘れたくても忘れられず、ずっと脳裏にこびり付いて離れない。私はその時、彼女が手にしていた花を覚えている。いや、正確には、その花の香りを覚えている。普通、人は匂いを忘れるものだ。しかし、私は匂いと光景、どちらも鮮明に覚えていた。もう、いい加減に、忘れたい。せめて、花の香りだけでも忘れてしまいたい。しかし、香りを忘れたら、彼女を忘れてしまうような気がして、忘れることが出来ない。
私は、ずっと、花の香りを避け続けているくせに、彼女からは避けようともしない。彼女は私の、大切な友達だ。だからこそ、彼女が大切にしていた花さえも忘れられない。
心が渦をまくように腹を立てる。私は彼らを憎んでいる。彼らは私の大切な虫を殺した。ただ、私の趣味を蔑むために殺したのだ。こんなこと、あってはいけないことだ。私は、彼らに報復する。
瓶に詰まった小さな命を指の腹で押し潰し、殺した2人。2人には、精神的に罰が必要だ。私は彼らの家に、毎日電話をかけては無言で切るという作業を繰り返し、更には毎日、パソコンで打ち込んだ手紙を自宅に送り付けた。深夜徘徊をして、郵便に任せず届けていた。それから、学校にもデマを流した。私は意外と顔が広かったのだ。もし私に友達が少なかったら、こんなことにはならなかったのかもしれない。私は、今日、死ぬよ。そう伝えたのだ。クラスラインにも送り付けた。そして、彼らに教えるのだ。自分たちがどれほど私を悲しませたか、教えるのだ。私が死んだことになれば、私を大切に思う人間は皆悲しむだろう。私はもう学校へは行けなくなったが、彼らは今頃、罪悪感を感じているか、それとも、誰かに蔑まれ、責め立てられている頃だろう。その光景を想像するだけで、気持ちが良い。