囚人

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ただ、彼女を愛している。僕は彼女を愛するために生きている。彼女も僕を愛している。永遠の愛を、今夜誓う。
真夜中の海辺は、誰もいない。誰の目にもつかず、2人だけの世界に入り込めた。僕たちは今からここで、心中を誓う。永遠になれる。
「夜の海って、こんなにも冷たいんだね」
足を海につけて、彼女は呟いた。その呟きに対して、僕は頷いた。足をつけて、深い所へ、手を繋いで歩いていく。念の為、離れることがないように、手首に縄も繋いでおいた。
「僕たちは、次も一緒になれるかな」
僕は不安になって訊ねた。今から2人で死ぬということは、もし万が一死んでしまったら、来世でまた出会えるかすらも分からない。
「きっと会えるよ。だって、好き同士だもん」
根拠の薄い答えだった。しかしそれは、彼女らしい回答だった。僕はまた頷いた。納得したように、頷いた。本当は、死ぬのが怖くて堪らない。心中を提案したのは僕だが、それでも死に場所に来ると、死ぬのが怖い。足がすくんで、もう先へは進めなくなってしまった。
「どうしたの?もしかして、死ぬのが怖くなっちゃった?」
彼女に僕の考えていることは、いつも見透かされる。僕はまた頷いた。怖くて怖くて、今すぐにでも海から逃げたかった。
「じゃあ、生きようか」
彼女は笑ってそう言った。さっきまで死ぬ気だったのに、あっけらかんとしていた。
「生きて、結婚して、子供を産んで、幸せになってみようよ。このまま死ぬのが怖いなら、まだ私と思い出作ろうね」
彼女は、僕の欲しい言葉をくれた。いつもくれた。彼女は僕の手を固く握って、砂浜へ歩いた。砂浜を通り過ぎて、濡れた靴で、自宅へ戻った。
永遠の愛を誓うのは、まだ早いのかもしれない。僕は先走りすぎた。泣くほど辛いことがあって、彼女を巻き込んで、心中しようだなんて、馬鹿な考えをしてしまった。僕は彼女に謝りたかった。本当に酷いことをした。彼女を殺すところだったのだ。
「ごめんなさい。僕、君を殺すところだった」
しかし彼女は、僕を愛おしく見つめて言った。
「君になら、いつ殺されても嬉しいよ」
僕はその言葉が酷く、心に刺さった。そのまま離れることはなく、寝るまでずっと、その言葉が残っていた。それはまるで、呪いのようだった。まじないのようだった。幸せな、まじないの言葉だった。

3/18/2025, 12:49:31 PM