私は隠れて、先生に恋心というものを抱いている。先生は作家である。昔は人気作家だったのだが、今は調子が良くないのか、あまり売れていない。しかし、私はそんな「作家」の先生も好きだ。
「あの、先生」
「何かな?」
先生は執筆中だった手を止めて、私の方を振り向いた。その顔は穏やかで、私だけにしか見せない顔だ。
「先生、今日、どこか行きませんか。ネタも切れてきたでしょう」
先生は、優しく微笑んだ。そして、頷く。私は、先生との逢引が決定して、心の内で舞い上がっていた。
私は先生にとって、ただの生徒だが、私にとっての先生は、憧れの、愛しい人だ。
「久しぶりに、外食に行こうか。二人で」
その言葉は嬉しかった。いや、嬉しかったなどという言葉では済まない。もはやその場で感激さえしかけていた。
「はい!」
私は元気よく答えた。すると先生は、執筆活動に戻った。一瞬で戻ってしまったので、私はどこか寂しく感じた。しかし、これで良いのだ。これが良いのだ。この関係のままが良いのだ。私と先生は、ずっと変わらぬ関係のままで良い。これが、私たちの幸せでいられる条件なのだから。
あなたは誰。私も誰。何も分からず、日々を過ごしていた時、あなたはようやく口を開いた。
「私は、鏡。あなたは、私」
手紙を風に届けた。どこへ届くかは分からない、僕の小説が、ただ、風に流されていった。まるで作文のような文章を書いてしまったが、持ち主は僕と同じ、日本人であって欲しい。
とても良い小説を書けた。僕の中で、最高傑作の小説だ。それを、店に並べられる前に読める選ばれた者は、きっと幸せだろう。
心というのは、簡単に動く。言葉ごときで、簡単に動いてしまう。人間というのは単純な生き物である。しかし、ただの容姿に惹かれ、一方的に恋をすることもあるかもしれない。
人間とは、脆い。心も、体も、脆く、貧弱である。たった一人の人間に振り回され、人生を滅茶苦茶にしてしまう愚か者もいる。
そして、私も愚か者である。たった1枚の写真に写っている故人に独りで振り回され、独りで傷つき、事実を知って更に傷つき、挙句の果てには泣いてしまう。死に方が気に食わないのか、その時代に生まれなかったことが悔しいのか、何が悲しいのか、それは私にも分からず、意味もわからず、ただ、泣いている。そんな私は誰よりも愚か者であり、堕落している。故人に恋をして、生者を誰1人として愛することが出来ず、ただただ愚かな人間である。
心とは、文章とは、言葉とは、恐ろしいものである。暴力や、抱擁よりも、恐ろしい力がある。一生心に残ってしまう。忘れられないこともある。直に感じる刺激よりも、私は精神の刺激が、矢張り、恐ろしい。
星に願って、貴方が早く死ねるように願いましょう。
星に願って、ただ、願います。
貴方は死にたがっている。生きているだけで顔を顰めて、今日も明日も過去も人も、何もかもを嫌い、ただ死ぬ為だけに生きている。そんな生活、もう辞めてください。隣で見ている私も、辛いのです。辛そうな貴方を見ると、胸が締め付けられます。貴方だけが苦しんでいる訳では無いのです。私は、貴方ほどでは無いけれど、苦しいのです。だから、私は貴方から離れられるように、貴方の願いを叶えられるよう、こうして星に願うのです。