はるこ

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4/3/2025, 4:07:58 PM

7
お題 君と

「一緒に逃げよう。二人で何処か遠くへ」

 君はそう言って、僕に手を差し伸べた。僕達はもう、限界だったんだ。
 自分の預金からあるだけのお金を引き出して、彼と終電前の電車に飛び乗った。車内はガラガラで、座っている人も電車が駅へ着く度にひとり、またひとりと降りて行った。そうして、この車両には、僕と彼だけのふたりきりになった。

「……」
「……」

 僕達は、中学生同士で、同じクラスで、同性で、それで、付き合っている。お互いに本気で好きだから。これからも、ずっと一緒にいたいから。だから、僕は親に打ち明けた。優しい父と母ならわかってくれると思ったから。でも駄目だった。母には泣かれて、父には頬を思い切り叩かれた。
『子どもで何もわかってない。気の迷いだ。そいつには二度と会わせない。頭を冷やせ』
 そう言われて外へ追い出された。母を泣かせた。初めて父に殴られた。ふたりに、わかってもらえなかった。悲しくて悲しくてぼろぼろと涙が止まらなかった。
 『ごめん。駄目だった』そう、泣きながら彼に電話すると、彼はすぐに来てくれた。そして、僕を連れ出してくれた。
 ガタン、ガタンと揺れる車両。僕は口を開く。
 
「……今更だけどさ、君の親も心配してない?」
「……俺も言ったんだよ」
「え?」
「付き合ってる奴がいて、そいつは男だって。……ありえないってさ」
「……」

 彼は僕の手を握る。

「だから、俺達は逃げるしかないんだ」
「……うん。一緒に逃げよう。遠くへ」

 ブー、ブー、とスマホの通知がまた入ってきた。電話の着信もメール着信も沢山届いている。でも、もういいんだ。僕はスマホの電源を切り、彼の肩へ寄りかかった。
 今はただ終着駅へ向かうだけ。それから先なんて、何一つ決めてない。お金だって、子どものお小遣いじゃ大してない。きっと今の僕等じゃ、何処へだって行けっこない。彼もきっとそれをわかっている。だけど今だけは知らないふりをする。
 彼も、僕も目を閉じた。終着駅へ着く少しの間だけ夢を見る。ふたりでとても遠くへ行って、幸せに笑い合う夢を。君と。

4/1/2025, 4:18:01 PM

7
お題 はじめまして

 ずっと、ずっと昔の話。

『は、はじめまして!ぼ、ぼくは、えぇと……』
『はじめまして。ふふふ、そんな緊張なさらないでくださいな』

 お見合いで初めて彼女を見た瞬間に一目惚れして、緊張してしまった。彼女はそんな僕を見て笑った。
 僕の家はそれなりの名家であったが、僕自身は身体がとても弱く、他の兄達に劣っていて、家族のお荷物だった。
 せめてどこかとの関係作りで強制的にさせられたお見合いで、僕はおめでたいことに相手に恋に落ちたのだった。
 彼女は、身体の弱い僕に合わせて付き合ってくれた。そしてそのまま結婚した。僕は、好きな人と結婚できたから良いけれど、彼女は我慢してないだろうか。
 卑怯な僕は結婚してから彼女に聞いた。

『まぁ。結婚してからそんな質問するなんて……逃げられっこないじゃないの。まったく、悪い人』
『……すまない』
『それに人の気持ちも知らないでひどい人』
『え?』

 彼女は僕の手を両手で包み込む。

『私だって、ちゃんと好きな人と結婚しましたよ』

 優しい眼差しが、僕のいじけた心を溶かしてくれた。
 それからの日々はとても幸せで、幸せで。だけど、僕は病気に罹ってしまった。あっという間に衰弱していった。

『何も、何もしてあげられなくてごめん。君からもらってばかりでごめん』
『ばかね。……私すごく幸せなんだから。ちゃんと貴方から沢山のものを頂いてますよ』

 こひゅ、こひゅと弱々しい呼吸で僕は言葉を捻り出す。

『もっと君と一緒にいたかった……なぁ、お願いだ。来世でも一緒になってくれないか……必ず、君を見つけるから』
『……勿論、ずっと、ずっと待ってますよ』

 ずっと、ずっと昔にした約束。
 そして時は現代。そんな約束をした彼女が、今、駅のホームに立っているのだ。
 たまたまふと駅のホームを見渡した時に彼女を見つけて衝撃が走った。一目惚れをした。そして、この一目惚れはずっと前にもしたことがある。そう感じた瞬間に全ての記憶を思い出したのだった。
 彼女は大学生くらいだろうか。かく言う僕は高校生になりたてだ。いや、そんな歳の差など些細な事だ。それにこれで声を掛けなかったら、きっと一生後悔する。
 自分の並んでいた列から抜けて、彼女の元へと走る。今、電車に乗り込もうとする彼女の服の袖を思わず掴んだ。

「えっ?」
「あっ、あの!」

 掴んだ後で、彼女は覚えてない可能性に気が付いた。頭が真っ白になってしまった僕は

「は、はじめまして!ぼ、ぼくは、えぇと……」
 
 と挙動不審になってしまった。周りの人達の視線が僕に突き刺さる。しかし彼女は僕の顔をまじまじと見たあとぽつりと呟いた。

「……はじめまして。……なんて、ひどい人」
「え?」

「まずは待たせてごめん、でしょ?」
 
 そう言った彼女の瞳は、あの時の同じで優しい眼差しだった。

3/31/2025, 4:29:31 PM

6
お題 またね!

「って事があってさ、ほんっとひどいよねアイツゥ〜」
「先輩、酔い過ぎですよ。ほら、彼氏さんもきっと心配してますから、もう帰った方がいいですよ」
「やだ!アイツが謝るまで帰んない!今日泊めてよ!」
「えぇ〜……私明日も仕事なんで出来ればお帰り願いたいんですけど」
「こらー!先輩が傷付いてるんだぞ!冷たいぞ後輩!」

 私の家でぎゃんぎゃん缶ビール片手に騒ぐ高校時代からの先輩。彼氏に振られたり、喧嘩したりすると毎回私の家に来て愚痴るのだから困ったものだ。
 お酒も進み、テーブルに突っ伏す先輩。

「先輩、そろそろお布団敷きますか?もう寝ましょう?」

 私は先輩の肩をなるべく優しく揺らす。

「ん……。……ねぇ、アタシってさぁ……めんどい?」
「はぁ?」
「アタシすぐ騒いじゃうしさぁ……だからアイツも、もう…アタシの事嫌になっちゃったかも……」

 私はため息を吐きながら、先輩の髪を撫でる。

「先輩の感情豊かなとこ、良いところだと思いますよ。その良さがわからない男なら別れて良し、ですよ」

 その言葉を聞いて先輩はテーブルから勢い良く顔を上げた。涙と鼻水で普段の整った面が台無しだ。

「あんたほんといいこうはいだよ〜!」
「顔ぶっさ。ほら、ティッシュ。ちーんしてくださいよ」

 ティッシュを1枚取って渡すと、先輩はぐずぐずしながら鼻を拭いた。

「……あんたの冷たさと優しさが両立してるとこ好きよ」
「……そーですか」

 先輩の頭を再度撫でる。先輩は少し照れくさそうに笑った。

「……先輩、私なら……」

 そう言葉を続けようとした時だった。先輩のスマホが鳴った。その音を聞いた瞬間、先輩は慌ててスマホを手に取る。どうやら着信だったようですぐ先輩は電話に出た。最初は無言で話を聞いていた先輩の表情は、次第に明るくなってゆく。
 あーあ、幸せな時間も今回はここまでのようだ。ひとしきり会話が終わって電話を切ると、先輩は深々と私に頭を下げる。

「ご迷惑おかけしました!……彼氏が迎えに来てくれるみたいで……」
「今回は良い彼氏さんみたいですね。中々貴重な存在なんですから大切にしてくださいよ?」
「もう!わかってるってば!……ん?それってどういう……?」
「ほら、ちょっとは身なり整えとかないと。あんた泣いた後だから顔面くそブスですよ」
「言い方!」

 先輩はそう言いながら、化粧ポーチを取り出す。私は肩肘をつきながら、ぼんやりとその様子を見ていた。どんなにぐずぐずの顔面だって、私はもう見慣れてんのに。
 少し時間が経ったころ、家のチャイムが鳴った。どうやらお迎えが到着したようだ。ドアを開くと優しそうな好青年が恐縮しながら立ってたいた。……最悪だ、良い人そうだ、と心の中でため息を吐く。

「今日は色々ありがとね!」
「どーいたしまして」

 先輩は、少しだけ背伸びして私の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

「うわ、何……」
「さっきこれでいっぱい慰めてくれたから先輩からのお返し!」
「いでで」

 大分乱暴に頭を撫でくり回されたあと、先輩は私の顔を覗き込む。

「ほんとにありがとう!またね!」

 とても眩しい笑顔を私に向けた。そのまま、扉はゆっくりと閉ざされた。私は直ぐに部屋には戻らず、その場にしゃがみ込む。
 本当はあんたみたいな女面倒くさいよ。怒ったり泣いたり嬉しそうに笑ったりコロコロと表情が変わって。そんな面倒なあんたに付き合ってあげれるくらい、私は先輩のことが。
 気持ちを言って全て楽になってしまいたい。でもきっと、そんな事をしてしまったら、もう先輩は今まで通りに私に会ってくれないだろうから。

『またね!』

 私は今日も、先輩のこの言葉に縋って生きていく。

「……さっさと振られて愚痴りに来てくんないかな」

 なんて、性格の悪い独り言に自分でも呆れて思わず笑いと涙が出てきた。

3/29/2025, 5:07:53 PM

5
お題 涙

 小さい頃、私の両親は離婚した。私は母に引き取られた。
 私が中学に上がった頃、母に離婚の原因を聞いた。父の事業の失敗からの借金、そして父はそのストレスからかギャンブルや酒に依存していったことが原因だった。母は一生父を許すつもりがないと言っていた。
 ああ、ひどい父親だと思う一方で、私には優しい頃の父の印象しか残っていなかった。
 父に公園に連れて行ってもらって遊んでもらったり、『母さんには内緒だぞ?』とアイスを二人で食べたりした。
その記憶の全てが、父は優しく、慈愛に満ちた目をしていた。母にそう伝えると『それだけは認めてるわ。……父親として当たり前だけどね』となんとも言えない表情で答えた。
 この時、父が私にとっては良い父親だったが、母にとっては最低な人だった、というのを改めて理解した。
そして私は朧げな記憶しかない父よりも女でひとつで育ててくれた母の方が大切だ。だから、私も父を許さないようにしようと思った。
 それから一年経った中学2年生の頃、父の訃報が届いた。病死とのことだった。どうやら借金は全て返済できて、やっと再出発という時に癌が発覚した。そして発覚した時点で既に手遅れだったそうだ。
 朧げな記憶の父親の死。悲しい気がするし、しかし母の心情を考えると悲しんではいけないと思った。なんだか不思議な感覚だった。
 通夜は母と二人で参加した。私はてっきり母は参加しないと思っていたから内心驚いていた。通夜に向かう間の母の表情はまるで能面のようで恐かった。でもそれほどまでに母にとっては死してなお、父は許せないろくでなしだったのだろう。だとしたら、私も母の娘として父の死を悲しんでいけないと思った。
 そう、決心をしていたのに。通夜での顔合わせの場で、棺の中の父の顔を見た時に、どうしてか、目の奥がじんと熱くなった。
 父の顔は痩せこけていたが、どこか穏やかな表情だった。その表情が、朧げな記憶の中の父と被るのだ。
 優しかった私のお父さん。私が公園で駆け回って転んで泣いたら必死な表情で手当てしてくれたお父さん。お母さんに頼まれてスーパーに寄った時、いつも内緒でお菓子を買ってくれたお父さん。歩くのが疲れたと私が駄々こねると困ったように笑って背負ってくれたお父さん。優しかったお父さん。そのお父さんが、死んじゃった。死んじゃったんだ。
 そう認識したらもう止められなかった。ぼたぼたと目から溢れ出る涙としゃくり上げる声。
 父の事で泣いたら、母を裏切るみたいで駄目だと思った。だって母は父を許してないのに。涙を止めようと手で拭っても拭っても止まらなかった。
 私には、優しい父だったのだ。その記憶しかないのだ。温かで幸せな思い出しか。
 私の横に立っていた母は無言のまま、私の背中を擦った。   





 通夜の帰り道。母の一歩後ろを歩きながら私は

「……ごめんなさい」

 と一言だけ謝った。すると母は

「……あなたにとってはひとりだけの父親なんだから。悲しんで当然なのよ。謝ることなんか、ひとつもないわ」

 そう返した。その言葉に少しだけ安堵する。

「……」 

 母は立ち止まる。 

「……やっぱり、許せないわ」
「え?」
「……全部、全部ひとりで抱えて……。本当にひどい人……一生、一生許せない……許したくない」

 そう零す母の言葉と肩は震えていて。
 温かで幸せな思い出があるのは、私だけではなかったんだ。  
 私は母に掛ける言葉が見つからなくて、只々、先ほどの母の真似をして母の背中を擦るしかなかった。
 

3/27/2025, 4:18:47 PM

4
お題 春爛漫

「なぁ、桜見に行こうぜ!」
「いや」

 家の近所の桜並木が丁度満開だった。ここらでは綺麗だと有名なので、彼女の家に遊びに行った時に意気揚々と誘ったら即答で断られた。しかも彼女ときたら、手に持ってる本から目も離さず答えやがる。だが俺も簡単に引く男ではない。

「もうさ、綺麗に咲いてんだぜ?すっげー!やっべー!もう春爛漫!って感じ!!」
「頭悪そうな感想」
「語彙が無くなるくらいすごいの!いいじゃん一緒に見に行こーぜ!なぁってばぁ〜」
「しつこい。あなたの言ってる桜の場所って有名なとこでしょ?人混み嫌なの。家からも出たくない」

 彼女は大の人見知りでインドア派ではあったがここまでとは。

「じゃあさ、夜!夜に行こうぜ!」
「夜は酔っぱらいいるからやだ」
「んじゃそんな人等もいない時間!なぁ!お願い!俺お前とあそこの桜見たいんだよ〜!」
「……」

 俺の案に納得したのか、はたまた今にも泣きながら床に寝転がって癇癪を起こしそうな俺にドン引きしたのか知らないが、彼女はとうとう折れて『しょうがないわね』と一緒に花見をしてくれる約束をしてくれた。……その時の目がまるで虫けらを見るような視線だったから後者の方なのかな、という考えは今はしまっておこうと思う。
 花見の日。日曜日の朝の5時半ちょっと前。この時間のおかげでほぼ歩いてる人もいなかった。欠伸を噛み締めながらも彼女と道を歩く。夜明けまであと少しだろうか。春だから、と薄めのコートを着てきたが、この時間はまだ少し肌寒かった。それは彼女も同じだったらしく、小さく肩を震わせていた。

「まださみぃなぁ〜」

 そう言いながら彼女の手を握ると、彼女は無言ではあったがそのまま手を繋いでくれた。
 クールそうに見えて、人前でなければ意外と甘えたなのが可愛いんだよな、とひとり噛み締めて歩いていると、いつの間にか桜並木の所に着いていた。
 満開の桜に、風に揺られてひらひらと舞う花弁が美しかった。

「……綺麗」

 ぽそと独り言がした方へ視線を移すと、桜を見上げて見惚れている彼女がいた。連れてきた甲斐があったというものだ。

「綺麗だろ。さ、というわけで記念写真とでもいきましょうか。ほら、その桜の前に立って立って」

 彼女の背中を軽く押しながら桜と前へと移動させる。

「え、私だけ?」
「そりゃ俺は綺麗なもんと綺麗もんのツーショットと撮りたいんだから。はい笑って笑って〜!目の前に最愛の彼氏がいるよ〜?その彼氏に向かってファンサして〜?」

 そんなことを言いながら、スマホのレンズを彼女に向ける。
 丁度、夜明けの薄明かりの空に彼女と桜が溶け込む。

「……ふふ、ばぁか」

 シャッターを切る瞬間、柔らかな表情で笑う彼女。
 今、『春爛漫』を何で例えるかと聞かれたら、きっと彼女の笑顔の事だと答えてしまうだろうな。
 なんてことを彼女に伝えれば、彼女は目を一瞬見開いたあと俯いた。髪の間から少しだけのぞく耳を赤らめながら

「……ばぁか」

 と、か細い声で言って俺を小さく小突くのだった。
 



 

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