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お題 またね!
「って事があってさ、ほんっとひどいよねアイツゥ〜」
「先輩、酔い過ぎですよ。ほら、彼氏さんもきっと心配してますから、もう帰った方がいいですよ」
「やだ!アイツが謝るまで帰んない!今日泊めてよ!」
「えぇ〜……私明日も仕事なんで出来ればお帰り願いたいんですけど」
「こらー!先輩が傷付いてるんだぞ!冷たいぞ後輩!」
私の家でぎゃんぎゃん缶ビール片手に騒ぐ高校時代からの先輩。彼氏に振られたり、喧嘩したりすると毎回私の家に来て愚痴るのだから困ったものだ。
お酒も進み、テーブルに突っ伏す先輩。
「先輩、そろそろお布団敷きますか?もう寝ましょう?」
私は先輩の肩をなるべく優しく揺らす。
「ん……。……ねぇ、アタシってさぁ……めんどい?」
「はぁ?」
「アタシすぐ騒いじゃうしさぁ……だからアイツも、もう…アタシの事嫌になっちゃったかも……」
私はため息を吐きながら、先輩の髪を撫でる。
「先輩の感情豊かなとこ、良いところだと思いますよ。その良さがわからない男なら別れて良し、ですよ」
その言葉を聞いて先輩はテーブルから勢い良く顔を上げた。涙と鼻水で普段の整った面が台無しだ。
「あんたほんといいこうはいだよ〜!」
「顔ぶっさ。ほら、ティッシュ。ちーんしてくださいよ」
ティッシュを1枚取って渡すと、先輩はぐずぐずしながら鼻を拭いた。
「……あんたの冷たさと優しさが両立してるとこ好きよ」
「……そーですか」
先輩の頭を再度撫でる。先輩は少し照れくさそうに笑った。
「……先輩、私なら……」
そう言葉を続けようとした時だった。先輩のスマホが鳴った。その音を聞いた瞬間、先輩は慌ててスマホを手に取る。どうやら着信だったようですぐ先輩は電話に出た。最初は無言で話を聞いていた先輩の表情は、次第に明るくなってゆく。
あーあ、幸せな時間も今回はここまでのようだ。ひとしきり会話が終わって電話を切ると、先輩は深々と私に頭を下げる。
「ご迷惑おかけしました!……彼氏が迎えに来てくれるみたいで……」
「今回は良い彼氏さんみたいですね。中々貴重な存在なんですから大切にしてくださいよ?」
「もう!わかってるってば!……ん?それってどういう……?」
「ほら、ちょっとは身なり整えとかないと。あんた泣いた後だから顔面くそブスですよ」
「言い方!」
先輩はそう言いながら、化粧ポーチを取り出す。私は肩肘をつきながら、ぼんやりとその様子を見ていた。どんなにぐずぐずの顔面だって、私はもう見慣れてんのに。
少し時間が経ったころ、家のチャイムが鳴った。どうやらお迎えが到着したようだ。ドアを開くと優しそうな好青年が恐縮しながら立ってたいた。……最悪だ、良い人そうだ、と心の中でため息を吐く。
「今日は色々ありがとね!」
「どーいたしまして」
先輩は、少しだけ背伸びして私の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
「うわ、何……」
「さっきこれでいっぱい慰めてくれたから先輩からのお返し!」
「いでで」
大分乱暴に頭を撫でくり回されたあと、先輩は私の顔を覗き込む。
「ほんとにありがとう!またね!」
とても眩しい笑顔を私に向けた。そのまま、扉はゆっくりと閉ざされた。私は直ぐに部屋には戻らず、その場にしゃがみ込む。
本当はあんたみたいな女面倒くさいよ。怒ったり泣いたり嬉しそうに笑ったりコロコロと表情が変わって。そんな面倒なあんたに付き合ってあげれるくらい、私は先輩のことが。
気持ちを言って全て楽になってしまいたい。でもきっと、そんな事をしてしまったら、もう先輩は今まで通りに私に会ってくれないだろうから。
『またね!』
私は今日も、先輩のこの言葉に縋って生きていく。
「……さっさと振られて愚痴りに来てくんないかな」
なんて、性格の悪い独り言に自分でも呆れて思わず笑いと涙が出てきた。
3/31/2025, 4:29:31 PM