はるこ

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お題 春爛漫

「なぁ、桜見に行こうぜ!」
「いや」

 家の近所の桜並木が丁度満開だった。ここらでは綺麗だと有名なので、彼女の家に遊びに行った時に意気揚々と誘ったら即答で断られた。しかも彼女ときたら、手に持ってる本から目も離さず答えやがる。だが俺も簡単に引く男ではない。

「もうさ、綺麗に咲いてんだぜ?すっげー!やっべー!もう春爛漫!って感じ!!」
「頭悪そうな感想」
「語彙が無くなるくらいすごいの!いいじゃん一緒に見に行こーぜ!なぁってばぁ〜」
「しつこい。あなたの言ってる桜の場所って有名なとこでしょ?人混み嫌なの。家からも出たくない」

 彼女は大の人見知りでインドア派ではあったがここまでとは。

「じゃあさ、夜!夜に行こうぜ!」
「夜は酔っぱらいいるからやだ」
「んじゃそんな人等もいない時間!なぁ!お願い!俺お前とあそこの桜見たいんだよ〜!」
「……」

 俺の案に納得したのか、はたまた今にも泣きながら床に寝転がって癇癪を起こしそうな俺にドン引きしたのか知らないが、彼女はとうとう折れて『しょうがないわね』と一緒に花見をしてくれる約束をしてくれた。……その時の目がまるで虫けらを見るような視線だったから後者の方なのかな、という考えは今はしまっておこうと思う。
 花見の日。日曜日の朝の5時半ちょっと前。この時間のおかげでほぼ歩いてる人もいなかった。欠伸を噛み締めながらも彼女と道を歩く。夜明けまであと少しだろうか。春だから、と薄めのコートを着てきたが、この時間はまだ少し肌寒かった。それは彼女も同じだったらしく、小さく肩を震わせていた。

「まださみぃなぁ〜」

 そう言いながら彼女の手を握ると、彼女は無言ではあったがそのまま手を繋いでくれた。
 クールそうに見えて、人前でなければ意外と甘えたなのが可愛いんだよな、とひとり噛み締めて歩いていると、いつの間にか桜並木の所に着いていた。
 満開の桜に、風に揺られてひらひらと舞う花弁が美しかった。

「……綺麗」

 ぽそと独り言がした方へ視線を移すと、桜を見上げて見惚れている彼女がいた。連れてきた甲斐があったというものだ。

「綺麗だろ。さ、というわけで記念写真とでもいきましょうか。ほら、その桜の前に立って立って」

 彼女の背中を軽く押しながら桜と前へと移動させる。

「え、私だけ?」
「そりゃ俺は綺麗なもんと綺麗もんのツーショットと撮りたいんだから。はい笑って笑って〜!目の前に最愛の彼氏がいるよ〜?その彼氏に向かってファンサして〜?」

 そんなことを言いながら、スマホのレンズを彼女に向ける。
 丁度、夜明けの薄明かりの空に彼女と桜が溶け込む。

「……ふふ、ばぁか」

 シャッターを切る瞬間、柔らかな表情で笑う彼女。
 今、『春爛漫』を何で例えるかと聞かれたら、きっと彼女の笑顔の事だと答えてしまうだろうな。
 なんてことを彼女に伝えれば、彼女は目を一瞬見開いたあと俯いた。髪の間から少しだけのぞく耳を赤らめながら

「……ばぁか」

 と、か細い声で言って俺を小さく小突くのだった。
 



 

3/27/2025, 4:18:47 PM