真っ青に晴れた空。わきたつ入道雲。
この空をバックに、ひまわり畑の真ん中で立つ君の姿を収めた写真が、僕の部屋の本棚に飾られている。
僕は君と二人で写真を取らなかったことを、写真を見るたびに後悔している。
写真嫌いの君が唯一取らせてくれた写真が、君との最後の思い出になるなんて、思ってもいなかった。
読むことが大好きだった、君が残していった本の数々。
君をもっと感じたくて、本棚から引っ張り出して開いてみたけどとても難解で、読むことが出来なかった。
だけどその本が並んでいる本棚がそっくり残され、出ていったままの君の部屋を見るたびに、僕は君の気配を感じて、まるで君がそばにいるように感じるんだ。
あの日。
僕と君がめったにしない喧嘩をしたあと、売り言葉に買い言葉で、君はこの部屋を出て行った。よほど怒っていたのか、それきりこの部屋には戻ってこなかった。
君が僕を置いて家から出ていったのに、僕はみっともなく君の残していったもの、住んでいた部屋ををずっとそっくりそのままにしている。
いつでも、戻ってこれるように。
たとえ周りの人が『もう帰って来ることはない』とさとしても、『もう、忘れなよ』と言って来るけど、僕は信じない。
君が僕を許してくれるなら、きっとここに戻ってきてくれるから。
お題:夏、入道雲
この国の首都から離れたところに住む俺は、つい先日、島に訪れた商人から、首都には国中で有名な女性たちの姿絵を売る店が期間限定で開かれていると聞いた。
俺の大好きな有名女性も含まれているということで、いても立ってもいられず、有り金を握って旅に出ることにする。
普段過ごしている、田舎から他のどこかへ行くのは約半年くらいだ。しかも首都となると数年ぶりだろう。
まず、島の山から麓へ降りて、本土へ出る舟がつく港を目指す。船に乗り、本土に渡るまで約2日。そして、港からさらに乗り物のりばで、皆と共同で使う乗り物に乗り換え移動する。ここから目的地までの道があまりにも入り組んでいるのと、どこを見ても人、人、人。
俺は目的地までの地図を片手に有名な喫茶店を目指すも、あまりの複雑な道のりと人並みに心が折れそうになっていた。それでも、目的地で見ることのできるものへの期待が、俺の体を動かしていた。
沢山の人に道をたずねて、ようやく目当ての場所に近づいて来たことを知る。
沢山の俺たちのようなお上りさんらしい男性たちが、ごった返しているからだ。そんななか、案内人により行列に並べられる。最後尾だったらしいが、すぐに俺の後ろに並び始めた。
随分待ったような気がした。さて、そろそろ列がすすむかな? そう思った頃、俺より随分前、まだまだ先のところから叫び声や怒号が飛び交い始めた。
すると数人の比較的体格の良い男性が数人、俺たちの方に順に歩いてきて、実を縮めながらこう言った。
「つい先程の団体ですべて品切れのため、販売を終了いたしました」
まさか、有名女性の商品販売日が今日が最後で、しかもここまで来て、並んで待った挙げ句すべての商品が売り切れだと……!?
俺は目の前で、閉じられていく会場の扉を見つめた。人間、あまりにもショックなことがあると表情がすべて抜け落ちるというけれど、今の俺がまさにそうだった。
その後俺は、あの首都へ行く機会はなくなり、もうそこにしかない商品に会うことはなかった。
あと、首都よりも、ここではないこの島のほうがずっといいと思い知った。
お題:ここではないどこか
君と最後に会った日
※かなり強引に2つのお題を詰め込んでみました…
お題:繊細な花
それは、まるでマーガレットのようなその花は、とても細かい硝子細工だった。
俺達はいる、朽ち果てている部屋の中で、唯一朽ちていない、それどころかこのぼろぼろのこの小屋の中にある不釣り合いな真新しい木製のテーブルに、その花は乗っていた。埃が被った分厚いガラスケースの中に、その花はいけられている。ツタの合間から差し込む日の光をうけて、硝子細工の花はキラキラと輝いている。
「まさか、水晶花が存在していたとは」
「ああ、信じられないぜ」
俺たちは注意深く、テーブルの側に近づいた。
水晶花。
それは長い時を経たとあるエルフの手によって生み出された、この世界で一輪しかない花だという、伝説の花だ。
その花を探して、国中の好事家が大金をはたいて探し回っている。
俺たちはそんな好事家に依頼されて探検しているトレジャーハンターのコンビだ。
「持って帰ればとんでもない騒ぎになりそうだな」
「間違いなくな。どれだけの金が俺たちの懐に入るか」
俺たちは顔を見合わせて、にやりと笑う。
もしここが、この花を作ったエルフの小屋だとしたら、それを生み出したエルフの小屋にそっと飾られていたことになる。
俺たちはそれを持って帰ろうと、ガラスケースを持ち上げた。かぶせられていただけなのか、水晶の花が空気に触れる。
そよ、と流れた空気が水晶花の花びらを揺らすと、風に乗ってきらめく光の粒となり、部屋に溶けていった。
俺たちは、呆然とそれを見守った。
お題:子供の頃は
俺は高校の時からの友達と、ざわつく喫茶店でコーヒーを飲みながら、子供の頃の話を聞いていた。
「子供の頃は……そうだね」
向かいのクラスメイトは、楽しそうにスプーンでブラックコーヒーを混ぜながら、楽しそうに思い出話をした。
「僕は毎日、当時住んでいたマンションの7階のベランダから、いつも道路を見下ろしていた。
とても落ち着いた。いつか自分もそこからダイブしたらラクになれるんじゃないかなっていつも夢を見ていたんだ」
俺達は今、子供の頃の話をしていたはずではなかったのか?
なんか不意にヘビーな話が出てきて、俺はビビった。
「そんなある日、たまたまベランダも窓が空いていたんだよね。すごく天気も良くてさ。
下を見下ろすと、植えられてた桜もきれいに咲いてて。ああ、きれいだなって。
そこで僕は、ベランダの窓から空へと舞ったわけだけど……」
ええええっ!?
俺はそれこそ内心で悲鳴を上げた。
喫茶店でするにはあまりにも重すぎるだろそれは! というのか、やったの!?
声を出すのを思いとどまった俺を褒めてほしい。
「でもまぁここにいてこういう話をしているってことは、生きてるってわけでさ。その後もまあいろいろあって……今に至るんだよね」
そういって、スプーンでブラックコーヒーを混ぜながら、楽しそうに思い出話をした。
「お、おう」
俺はアイスコーヒーのストローをかみながら、唸るのが精一杯だった。
彼はのってきたのか、更に話を続ける。
「それで、自分の夢ってなんだろうと見つめたんだよね。そうして僕は進路を決めたんだ」
そうだった。そして彼は薬学科へ進んだ。
俺はふとたずねてみた。
「なんで薬学科にいきたかったんだ?」
「……それはね秘密だよ秘密」
お題 日常
「兄貴が!?」
俺のスマホに突然電話がかかってきた。病院からだ。
何事かと思ったら兄貴が病院へ担ぎ込まれたというという。
なんでも俺たちの住んでいるアパートの階段から足を滑らせて落ちたという。
自力で救急車を呼んでいたようだが、頭を打っているということで総合病院へと運ばれたとのことだ。
取るものもとりあえず、兄貴がいるという病院に行く。
「どうした?」
兄貴は自分事だというのに、まるで他人事のように、見舞いに来た俺にそう言った。
「いや、どうしたも何も」
しかし、頭は大事がなかったものの、階段から落ちて骨にヒビが入ったそうで、顔をしかめている。
そんな兄貴を見て、俺はどう反応していいのか分からなかった。多少の傷なら平気な兄貴の顔を見て、動揺している。
階段があがれないであろうと診断された兄貴は、大事をとって入院した。
そして翌日。
俺は朝からお見舞いに来ていた。
なんだかんだで気にかかるのだ。
「兄貴、足は痛くないか?」
俺は、何事もなさそうな顔をしている兄貴を覗き込む。
「いやそれが」
ギプスでガッチリ固められた右足首を見ながら、兄貴は言いにくそうに俺に向かって言った。
「それが、全く痛くない」
……えっ? マジ!?
俺は絶句したが、兄貴は本当に平気な顔をしていた。
そしてあれから、3日後。
レントゲンを撮ったところ、ヒビも出血もどこにも見当たらず、触診をしても全く痛くないという回復力を見せた兄貴は、退院した。
何事もなくアパートの階段を登って、部屋に入ると流石に落ち着いたようだ。
「やはり油断は禁物だな」と呟いて、遠い目をしていた。
こうして俺たちは、穏やかであろう日常を過ごしている。
退院してすっかり元気になった兄貴が趣味と仕事に没頭しているのを見ながら、俺は課題に追われる日々を追っていた。