6/21のお題:あなたがいたから
6/22のお題:好きな色
二本立てです。
『あなたがいたから』
あの満月を、あなたは今、見ているのでしょうか。目に映しているでしょうか。
もう二度と、あなたの姿を見ることは叶わないでしょう。
それでもあの日、あなたと二人、月明かりの下、隣で寄り添っていたこと。
あなたの熱い眼差しと見つめ合ったこと。
そしてあなたの力強い腕に抱きしめられたこと。その罪深さにおののきました。それでも、私は――
大地にもっとも近づく満月の下、あなたを想いながら、空を見上げました。涙で月が、空が歪みます。
ずっと、お慕いしておりました。
今でもずっと、お慕い申しております。
あなたがいたから、たとえどんなに辛いことがあっても、私は今、ここに立っています。
ですから私を置いていってしまったあなたのことを想いながら、一人になると涙がこぼれそうになることを、お許しください。
愛してはいけない人を愛したことを、どうか、お許しください――
*****
『好きな色』
それは愛しい人と見上げた大きな満月の光。星一つない夜空の色。
お前が初めて俺を目に映した晩。
今まで一度も、おそらく一生、決して俺には見せるつもりのなかったあのまなざしを、一瞬だけ向けた晩。それを見てしまったから。
俺は手を伸ばして愛しいひとを胸に抱いた。
そして初めて、自分のしたことに怖れた。なんてことを。それでも離せなかった。愛しいひとの体のあたたかさを全身で覚えるように、強く。
「ずっとお前が」
「それ以上は、それ以上はいけません」
俺の大切な愛しいひとはそう言うと、そっと俺の胸から離れようとした。その手首を取り、俺はあのひとを――
俺は大地にもっとも近づく満月の下、お前を想いながら、月の輝く夜空で丘から明かりがぽつぽつ灯る街を見下ろしていた。
あのときのお前のぬくもりを思い出して、不覚にも街の明かりがにじむ。
ずっとお前が好きだった。
今でもずっとお前が好きだ。
お前がいたから、どんなに辛いときも黙って耐えられたんだ。
だから俺がまだ、置いていくことになってしまったお前を想いながら、寂しくなると涙がにじむことを、お許しください。
愛してはいけない人を愛したことを、どうか、お許しください――
―――――
ふんわり設定で書いてます。
僕の好きな幼なじみのあの子は、とても細くて小柄にも関わらず、いつも男物の傘を愛用している。しかも、男性用でも大きい方の、ゴツい無地の黒い傘である。女子が使うには、あまりにも色気がないどころか、アンバランスである。
下駄箱の傘立ての中に立てているときには、男子の傘に混じって目立たないのだけど、彼女が手にとって開いた瞬間、周りの女子から一気に浮く。大きな傘の下にいるその姿が、フキの葉を傘にした小人のようで可愛いとこっそり思ってるのは内緒だ。
彼女が傘を変えた去年の冬休み。僕はたずねた。
「どうしてこの傘に変えたの?」
すると彼女はいつも笑ってごまかした。それから半年の間、折に触れては質問する。しかしその都度、笑って誤魔化したり、ムスッとしたり、無視したりとして、とにかく理由は明かさなかった。
ところがこの梅雨に入った時に、理由がわかってしまった。クラスの女子の会話が耳に入ってしまったから。
この大きい傘を使っている理由は、雨の日や雪の日にさっと差し出し、好きな男子を入れて相合傘をしようと目論んでいるからだと。
僕としてはその男子に対して非常に面白くないと思った。
そこでその男子が誰なのか、バレないようにノートをまとめているフリをしながらコッソリ聞き耳を立てる。すると更に続きが聞こえてきた。どうもその彼というのは、常に折り畳み傘を携帯するタイプなので、今まで成功したことはないという。
「一度くらい忘れてきてもいいのに」
「様子見てたんだけどいつも持ってるんだよね……」
「はぁ~」
彼女はひたすら愚痴をこぼすと他の女子たちの前でため息をつく。
「言われてみればそうね」他の女子がうなずいている。
「でも、どうしたら……」彼女がため息をつくと、他の女子が何かを言った。残念ながらそれは聞こえなかったが、彼女の顔がぱあっと明るくなった。うっかりみとれる。
「ありがとう! やってみる」
そして話は別の女子の恋バナに移っていった。
それから3日後。
朝は晴れていたにも関わらず、帰りは突然の土砂降りで、あたりは暗くなっていた。
僕は慌てることなく靴を履き替えて下駄箱から出ると、カバンから折り畳み傘を取り出し開こうとした。
「一緒に帰ろ?」
幼なじみが、あの巨大な傘を差して僕の目の前にいた。どうやら僕を見上げているみたいだけど、背の高い僕からは傘の方がメインに見える。
「う、うん。いいよ」
こうして帰るのはいつものことだけど、先日の話を聞いていた僕は気になった。
「あれ、僕と一緒でいいの?」
僕以外の男子は結構いた。親に電話してたり、友達と一緒に、または付き合ってる人同士で相合傘で帰る男子、びしょ濡れになるのも構わず走って帰る男子もいた。
しかし彼女は僕をさらに見上げた。顔がハッキリ見える。
「いいよ。入れてくれたら」
そう言って、僕にあの傘を手渡した。僕にはピッタリの大きさだ。そして、その意味が分かって顔がほてる。
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
僕はドギマギしながら彼女に声をかけた。傘でさえぎられずに見える彼女の顔はやっぱり赤くて、コクンとうなずいたのが、やっぱりとても可愛かった。
そして翌日、僕たちが付き合い出したことがクラス中に知れ渡った。
お題:相合傘
落花生。
ピーナッツまたはナンキンマメと呼ばれる。一年草である。
「へー。花の根本が伸びて地面で実になるから落花生っていうんだ」
俺は兄のプチ知識を聞きながら、ビーナッツのからを割って、中の実を食べていた。カリカリとした歯ごたえを楽しみながら、ビールを飲む。
この時間のために、バイトを頑張っていると言ってもいい。
一ヶ月に一度、兄はこうして俺をねぎらっているのか、ビールとおつまみを用意して、ともに飲む時間を作ってくれる。
今日のつまみは俺の大好きなピーナッツである。なお、俺以上に兄のほうがピーナッツを好きだ。しかも、殻付きの。
俺はからをその都度むいて食べるのが好きだが、兄はあらかじめすべての殻をむいてから、まとめて食べるのが好きだ。
兄が全て自分の分をむき終わって、これからつまもうとしたときだった。
「あっ」
缶ビールを取ろうとした俺の手が、兄のピーナッツの皿に当たって、ダイニングテーブルの下にピーナッツが落下した。
全てのピーナッツが床に散らばる。
俺たちの間に沈黙が訪れる。
兄の眉間に深いシワが寄せられる。
コンビニに兄の分のピーナッツを買いに走ってすむなら、俺は今すぐスウェットで走っていけば済むことだ。
しかしだ……兄は殻付きピーナッツをむくことに意義を見出しているところがあるのだ。
俺はまだむいてない殻付きピーナッツを兄にあげると、つまみ無しでビールを飲んだ。さみしかった。
流石に気の毒に思ってくれたのか、兄が一つ分けてくれた。
一個だけ。
お題:落下
ピーナッツの実のなり方を間違えて書いてたので修正しました。
俺は小学校の二年生の時に地元の学校に転入した。
言葉の発音がおかしいということで、俺の周りにはいつも俺の発音を真似して笑う男子生徒が取り巻く。女子生徒は遠くで取り巻いてくすくす笑う。
好きな子に罰ゲームで告白されて、笑いものになったこともあった。
中学は親の一方的都合で、私立ではなく公立に通うことになった。当然小学校からの繰り上がってくる奴らが多い。
俺の存在はたちまち広がり、いじめは激しくなった。
今日は英語の教科書がバラバラになっていた。
その前は国語である。
カバンの中身ごと、溝に捨てられていたこともあった。何かがなくなるのはよくあることだ。
俺の日本語の発音は相変わらずおかしいまま成長し、ずっと発音でからかわれた。
帰り道にこづかれたり、カツアゲなども当たり前。随分と搾り取られていた。俺のすべての小遣いは奴らのために消えていったと言っていい。
ただ、俺はスマホだけは死守した。持っていることすら悟られないように。そしてスマホすら持たされない貧乏人として、更に笑われることとなった。
そのなかでも、俺は成績は上位をキープし続けていた。それが気に入らずいじめがさらにエスカレートしていったが、少なくとも成績を落とすことはできなかったし、しなかった。なぜなら俺には目標があったから。
ある時、親に助けを求めたことがあった。親はその話を聞くと、怒りの形相を浮かべ、次に顔をしかめたあと、俺ににある提案をした。
その提案で励ましてくれただけで、俺は十分だった。
そして、ついにスマホを見つけられ、溝に捨てられてしまった。奴らは下品な笑い声を上げて、証拠は消えたと安心しきった顔で去っていった。
……とまあ、ろくでもない学生生活を送ってきた。我ながらよく頑張ったと思いたい。
ちなみにスマホはあと4台持っていて、動画や音声の証拠はバッチリ収めてあるので全く動揺はしなかったが。
そんなことが中学の三年間続いた。
卒業まで長かった。
進路については一番信頼できる先生と、家庭教師にのみ話してある。
海外でトップレベルの高校にいくことを。
なぜなら俺は英語のほうがスムースに話せ帰国子女だ。
社会勉強とやらで、日本での生活をおくらせた親には一時的に恨みもあったが、今となってはそこそこ許せるようになった。
今までの日本での思い出したくない不愉快な生活など、思い出とやらで振り返ってしまうものなど、さくっと捨ててしまうことにする。
俺は卒業アルバムを他の教科書と一緒にくくって、資源ごみに分類した。
そして8年後。
奴らが成人し、就職先が決まる頃。
親の提案通り、すべての証拠とともに奴らの名を伏せて、何があったかをノンフィクションとして出版した。
その後、ネットの正義感あふれる特定班が動き出したそうだ。
奴らがどうなったか、俺をかばうこと一つしなかった同窓生がどうなるかなど、俺にはどうでもいいことだ。
スッキリした俺は海外で有名大学院に入り研究に忙しい。そんな未来を掴み取るまで、頑張ったかいがあった。
お題:未来
一年前。
私は崖の上で、自らの命を絶とうとしていた。
その時の、雄大な景色は今でも目に焼き付いている。
今もその時のことを思い出しては、あの場所にもう一度行けたらと願う。
もう、この場所には来ることはないだろうと考えていたあのころ。
あの時の方が、まだ移動できるだけの体力があったなんてと、嘆いたところで仕方がない。先のことはわからないし、当時こうなることなど想像しなかった。あの時にはもう戻れないのだから。
現に今、こうしてベッドから身を起こして窓の外を見るだけでも、骨がきしみ、体に酸素を行き渡らせる呼吸すらしんどくて、最近は眠っていることが増えた。
起きているとけもベッドに横になったまま、病室の扉をじっと見つめ続けることの方がずっと多い。
ドアがノックされて、病室に看護師さんが来てくれた。
「こんにちは」
看護師さんは私のベッドに近づき、やせ細った私の手をそっと握ってくれた。
「今日も来てくださってありがとうございます。このようなお見苦しい姿を見せてすみません」
普通に言ったつもりだったけど、合間合間で呼吸を荒らげてしまった。看護師さんの顔が憐れみを浮かべる。
「そんな事はありませんよ」
私の顔は苦痛に歪んでないだろうか。口調は乱れたものの悲壮感は溢れていないだろうか。
「ありがとうございます。こうしてお話できて嬉しいです。それでは体温測りますね」看護師さんは体温計を取り出す。
それから私と看護師さんは10分ほど話をした。
前は平気だったのに、今はこんなに話すと疲れる。
それを見て取ったのか、看護師さんはまた来ますね、と言って病室から出た。
病室には、私がいつでも本が読めるようにと、家族や友人が沢山私の蔵書を持って来てくれている。いけられた花よりも、本のほうが多いくらいだった。
最初は自分で開いて読みふけっていたけれど、今となってはお見舞いにきた人に朗読してもらっている。本を持っているのも、読むのも体に負担がかかるから。
自分は、本当に長くない。
もうあと一ヶ月持てばいいかも。
そんな中、私の親友がお見舞いにやってきてくれた。いつものように朗読を頼む。
今日のリクエストは、今までたくさん読んできた医学書や学術書でもない、幼い頃に読んだ詩集の中で一番好きな詩にした。ぼろぼろになったその本を手にして、親友に読み上げてもらう。
読み上げてもらいながら、私は目を閉じた。
大好きな海を、もういないあの人と手を繋いで歩く夢を見た。あの人が笑う。私もつられて笑った。
「いつか あなたと うみを みたい」
最後の行を読むたびに、私の目から涙が落ちる。自らのことを忘れられる。
「ありがとう」
そして私は親友を見送って目を閉じる。
それから私は、お見舞いに来るたびにその詩の朗読を頼んだ。
その人のそれぞれの声が紡ぐ同じ詩は、まるで同じ色がない海のように、私の心に響いた。時には、穏やかに。時には、嵐のように。それは私の心の波を受けて、凪いだり荒れ狂った。
それから自分が思う以上に長くなってしまったけれど、今でもこうして詩を聴き続けている。
体が思うように動かず、食事の味がわからなくなっても、花の匂いがわからなくなっても、目が見えなくなっても、それでもまだ、私の耳には大好きな、あなたとの思い出がよみがえる音を聴く。
『いつか あなたと うみが みたい』
今日のお題:一年前
昨日のお題:好きな本
全てフィクションです。
詩は自前です