エリィ

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 僕の好きな幼なじみのあの子は、とても細くて小柄にも関わらず、いつも男物の傘を愛用している。しかも、男性用でも大きい方の、ゴツい無地の黒い傘である。女子が使うには、あまりにも色気がないどころか、アンバランスである。
 下駄箱の傘立ての中に立てているときには、男子の傘に混じって目立たないのだけど、彼女が手にとって開いた瞬間、周りの女子から一気に浮く。大きな傘の下にいるその姿が、フキの葉を傘にした小人のようで可愛いとこっそり思ってるのは内緒だ。

 彼女が傘を変えた去年の冬休み。僕はたずねた。
「どうしてこの傘に変えたの?」
 すると彼女はいつも笑ってごまかした。それから半年の間、折に触れては質問する。しかしその都度、笑って誤魔化したり、ムスッとしたり、無視したりとして、とにかく理由は明かさなかった。
 
 ところがこの梅雨に入った時に、理由がわかってしまった。クラスの女子の会話が耳に入ってしまったから。
 この大きい傘を使っている理由は、雨の日や雪の日にさっと差し出し、好きな男子を入れて相合傘をしようと目論んでいるからだと。
 僕としてはその男子に対して非常に面白くないと思った。
 そこでその男子が誰なのか、バレないようにノートをまとめているフリをしながらコッソリ聞き耳を立てる。すると更に続きが聞こえてきた。どうもその彼というのは、常に折り畳み傘を携帯するタイプなので、今まで成功したことはないという。

「一度くらい忘れてきてもいいのに」
「様子見てたんだけどいつも持ってるんだよね……」
「はぁ~」
 彼女はひたすら愚痴をこぼすと他の女子たちの前でため息をつく。
「言われてみればそうね」他の女子がうなずいている。
「でも、どうしたら……」彼女がため息をつくと、他の女子が何かを言った。残念ながらそれは聞こえなかったが、彼女の顔がぱあっと明るくなった。うっかりみとれる。
「ありがとう! やってみる」
 そして話は別の女子の恋バナに移っていった。

 それから3日後。
 朝は晴れていたにも関わらず、帰りは突然の土砂降りで、あたりは暗くなっていた。
 僕は慌てることなく靴を履き替えて下駄箱から出ると、カバンから折り畳み傘を取り出し開こうとした。

「一緒に帰ろ?」
 幼なじみが、あの巨大な傘を差して僕の目の前にいた。どうやら僕を見上げているみたいだけど、背の高い僕からは傘の方がメインに見える。
「う、うん。いいよ」
 こうして帰るのはいつものことだけど、先日の話を聞いていた僕は気になった。
「あれ、僕と一緒でいいの?」
 僕以外の男子は結構いた。親に電話してたり、友達と一緒に、または付き合ってる人同士で相合傘で帰る男子、びしょ濡れになるのも構わず走って帰る男子もいた。
 しかし彼女は僕をさらに見上げた。顔がハッキリ見える。
「いいよ。入れてくれたら」
 そう言って、僕にあの傘を手渡した。僕にはピッタリの大きさだ。そして、その意味が分かって顔がほてる。
「じゃあ、一緒に帰ろうか」
 僕はドギマギしながら彼女に声をかけた。傘でさえぎられずに見える彼女の顔はやっぱり赤くて、コクンとうなずいたのが、やっぱりとても可愛かった。

 そして翌日、僕たちが付き合い出したことがクラス中に知れ渡った。

お題:相合傘

6/19/2023, 11:41:34 AM