すゞめ

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10/26/2025, 8:45:50 AM

「おかえりなさい」
「ただいまー」

 薄暗くなった夕方。
 彼女が走り込みから帰宅して早々、キッチンの戸棚から小さな透明グラスを取り出した。
 その中に1枚の赤い羽根を入れ、ローテーブルの上に置く。

「よしっ」

 かわいらしく満足気にうなずく彼女に声をかけた。

「どうしたんです? この羽根」
「ん? 駅のほうで募金箱持った子どもたちに声かけられた」
「あぁ。もうそんな時期でしたか」
「500円玉と10円玉しか持ってなかったから、ちょっとだけだけど」

 ちょっと気まずそうにする彼女は、走りに行くときは財布を持ち歩かない。
 慌ててポケットを漁る彼女の様子が目に浮かんだ。

「近所で走り込みとはいえ、財布くらい持ち歩いたらどうですか?」
「誘拐されちゃうから財布は持ち歩くな。身分証明書と500円玉だけ待っていけって言ったのそっちだよね?」

 ……そうだった。

 ハムスターの貯金箱に500円玉を入れ始めたのがきっかけである。
 すぐに溢れるからドリンク代と称して彼女にその500円玉を持たせ、財布を持ち歩かせるのをやめさせたのだ。

「そうでしたっけ?」

 とりあえずすっとぼけて雑にごまかしてみたら、彼女の眉毛がピクリと動いた。

「発言ごと全部きれいに忘れてるなら、これも外すよ?」

 ジャラ……とウエストポーチに重たくぶら下がっているのは防犯ブザーの数々。
 走るたびにガシャガシャと騒がしく音を立てるからクマ避けにも最適だ。

「すみません。ウソです。覚えていますからそれは絶対に外さないでください」

 軽量を売りにしているポーチが、大量の防犯ブザーのせいで全く意味をなしていない。
 彼女から散々文句を言われ続けていた。

「毎回、電池交換大変なんだからお土産感覚で渡してくるの本当にやめて」

 律儀に動作確認をしては電池交換をしているあたり、彼女も彼女だと思う。
 口に出せば怒られてしまいそうな本音を溢してしまう前に、話題の軌道を修正した。

「でも、なんでこんなところに飾ったんです?」
「んー? ちょっとした風でふわふわ揺れるのかわいいじゃん。赤だからきれいだし」

 なるほど。
 この赤い羽根は、彼女のよくわからない観察の対象になってしまったのか。

「社員証に貼っつけるまでだから置かせてよ」
「忘れないように気をつけてくださいね」
「ん」

 短い返事をしたあと、彼女はグラスに入った赤い羽根をジッと見つめ始めた。
 観察もいいが、その前に彼女にはやるべきことがあるはずである。

「こら」

 ひょい、と赤い羽根の入っていた透明グラスを没収した。

「先に風呂じゃないんですか?」
「はっ!? そうだった!」

 我にかえって慌てて立ち上がった彼女に、今のうちに今夜の予定を伝えていく。

「風呂のあとは飯。飯のあとは俺とのイチャイチャタイムですからね?」
「え。最後のはなに?」

 きょとんと首を傾げる彼女が、徐々に警戒心を上げていくがもう遅い。

「なにって、羽根ごときにあなたの視線を奪われるとか冗談ではありませんから?」
「……えぇ……」

 うんざりした表情をしてくれるが、このまま放っておけば就寝時間ギリギリまで、赤い羽根の観察タイムに費やされてしまうのだ。

「そんな反応しちゃいます?」

 全く。
 こんなふわふわふらふらした、ちょっと赤いだけの羽根のどこに魅力を見出しているのやら。

 彼女の嗜好は謎が多かった。

「俺としては、その熱烈な視線をちょっとくらい分けてほしいくらいなんですけど?」
「んなぁっ!?」

 まだ解かれていない小さなポニーテールの毛先に触れて、指を絡める。

「では。そういうことですから。よろしくお願いしますね♡」

 赤くなったほっぺたを唇で軽く突いて、彼女を風呂へ促した。


『揺れる羽根』
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いつもありがとうございます。
23日のお題『秋風🍂』も更新しました。

ご興味がありましたら目を通してくださるとうれしいです。
よろしくお願いします。
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10/25/2025, 8:42:36 AM

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いつもありがとうございます。
いろいろと表現には気を遣ってみましたが下品ですヽ(´o`;
苦手な方は「次の作品」をポチッとして自衛をお願いいたします。

余談ですが『friends』も更新しています。
よろしければこちらも合わせて目を通してくださるとうれしいです。
よろしくお願いします。
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 然程、厳重に隠していたわけではなかった。
 かといって、明け透けにしていたわけでもない。

 ベッドの側にはカラになった小さな段ボール。
 中身は全て取り出され、ベッドの上にきれいに並べられていた。
 DVD数枚に、漫画に文庫本、写真集。
 全て年齢指定が入った性的エンターテインメント作品……つまるところエロビデオやエロ本だ。
 彼女の手によって唐突に暴露された作品数は、10作品にも満たない。
 収納スペースの奥のほうで封印してたはずなのに、よくもまあ見つけたものだ。

「なんで?」
「え?」

 俺を責め立てるわけでもなく、AVやエロ本の処分を求めているわけでもないらしい。
 ただ、困惑した表情で俺を見つめた。

「だって、れーじくんが好きなのは巨乳でしょ?」

 は?

 純度MAXで軽く放たれた言葉に耳を疑う。

「ケツは小悪魔、パイはロマン、合法ロリとセンシティブみたいな女が大好きだよね?」
「なんすかそれ。今の俺は立てば最高、座ればかわいい、歩く姿はマジ天使なあなたが大好きです愛しています」

 いやいやいやいやいやいやいやいやいや!?
 仕方がないだろっ!
 思春期の頃は彼女を認知していなかったし!?
 認知したらしたで、当時の彼女はそれはそれはもうどうにもならないくらい素敵な!?
 俺から見てもめちゃくちゃ頼りがいありそうないい男を捕まえていたし!?

 一目惚れした瞬間、想いも告げられずに振られたのだ。
 恋慕が拗れるのもしかたがないだろう。

「……というよりなんです? 小悪魔な尻って……」
「歩き方がエロい人。ぷりんぷりん張りがあって揉み応えのあるケツした女」
「あー……」

 クッッッソ!?
 なんっっっも言えねえっ!

 完全に思春期時代の俺の嗜好が把握されていた。

「なのにこれ、全部、清楚系でおっぱいぺたんこな女優ばっかりじゃん」
「それが?」
「え?」
「好みの女性が変わっただけで、別に矯正したつもりはないので、ご心配には及びませんよ」

 とはいえ、解釈違いも甚しくて彼女に似た女優のDVDを集めるのはすぐにやめた。
 その代わりに始めたのが推し活である。
 グッズを少しずつ増やして、想像を膨らませた。
 もちろん俺の解釈なんかよりも公式が最大手、もはや公式が病気。
 眩しすぎて目が焼けた。
 視力がどんどん落ちていく。

 どんな作り物よりも目の前にいる彼女自身が最高であり、唯一無二である。

「あなたと出会ってから、俺の世界は一新されたんです」
「でもさ、体に痕残されるのは今でも嫌いでしょ?」
「痕って……」

 なにが「でも」なんだろう。

 そもそも彼女はなんの確認をしているのだ。
 あの日以来、俺の好みの女性といったら彼女以外あり得ないというのに。

「むしろあなたになら大歓迎なんですが?」

 キスマークのひとつ、まともにつけられないのは彼女のほうだ。
 かわいすぎて本当に意味がわからない。
 何度トライしてもうまく痕をつけられなくて、不貞腐れて早々に諦めたのは彼女のほうだ。
 意外と不器用でたまらなくかわいくて愛おしい。

「待って。違う。私の話はしてない」

 ポポポッと顔を赤らめて慌て始める彼女を、少しずつ追い詰めていく。

「好きな女性の話ですよね? 俺の好きな人はあなたです」
「違う。れーじくんはでっかいおっぱいが好きって話だった」
「揉むならあなたのおっぱいを揉みたいです」

 彼女は自分の胸を確認したあと、眉を寄せて唇を尖らせた。

「……喧嘩売ってる?」
「なんでですか。控えめなだけでちゃんと膨らんでるじゃないですか。揉めますよ? 揉みましょうか?」

 やばい。
 本当にメチャメチャに触りたくなってしまって、彼女を抱きしめた。

「ぁあああぁぁぁ……帰したくない」
「ん、え? なに、急に」

 ……声に出してしまった。
 恥っず。

 ぎゅうぎゅうに俺の胸に押し込めたおかげで、顔は見られずにすんだ。

「もう結婚しましょう?」
「いきなりプロポーズやめて。しないから」
「えぇ!?」
「なに、そのリアクション」
「おつき合いを前提に結婚するって約束だったじゃないですか。俺を弄ぶなんて悪い女ですね?」
「そんな前提の結婚があってたまるか。法律と戸籍使って囲おうとしてくるな」

 ペンペンと抱きしめた隙間から彼女が小賢しい攻撃をしかけてくる。

「ちゃんと考えるてるから、いい子で待ってて」

 その言葉だけで、彼女に愛されていることを実感した。

「ふふ。あなたがそう言うのであれば、ちゃんと待ちます」

 ベッドの上の余計なものを全て払いのける。
 照れているであろう彼女の顔を暴きたくて、ゆっくりと押し倒した。


『秘密の箱』

10/24/2025, 12:02:23 AM

 無人島というものは、不動産経由で買えるらしい。
 つい最近、著名人が無人島を購入したことがネットニュースに取りあげられていた。

「無人島行くなら、なにしたいです?」

 ぽやぽや眠たそうにしながらも、体をしなやかに伸ばしてストレッチをしている彼女に声をかけてみる。

「無人島?」

 上半身を逸らして視線を俺と合わせた彼女は、まんまるとした額を晒したまま考え込んだ。
 なにかひらめいたのか。
 目を輝かせながら体勢を変えて俺のほうに体を向けた。

「ライフライン通してでっかい体育館建てて、スポーツ大会とか主催しちゃいたい」
「え」

 なんて?

 星が見たいとか、キャンプとか、プライベートビーチとか。
 サバイバルとまではいかなくても、アウトドア的なレジャーがあっただろ。

 予想の斜め上からの答えに、聞いた俺のほうが戸惑ってしまった。

「……企業都市として開拓でもする気ですか?」
「サバイバルとか柄じゃないもん」
「たくましそうですけどね」
「そうかな?」

 体力は申し分なし。
 心臓には毛が生えている。
 かわいい。

 最高ではないか。
 こんなかわいい子の彼氏が俺とか最高すぎるだろう。
 こんな天使みたいな人と巡り会えたのだ。
 前世の俺はアホみたいに徳を積んだか、神様が慈悲を与えたくなるほどの凄惨な死を遂げたに違いない。

「無人島に行くなら持って行きたいですもん」
「私を?」
「ええ」
「正気?」
「もちろん」

 彼女がいるだけで生き残れる気がしてきた。
 ひとり上機嫌になる俺をよそに、彼女は瞬きを繰り返して首を傾げる。

「断固拒否するね?」
「なんでですかっ!?」
「だって。衣食住が揃ってないところはちょっと……」

 眉を寄せて、無人島でのレジャーを真っ向から否定された。
 もうちょっと、ロマンとかそういうのにノってくれたっていいじゃないか。

 とはいえ、彼女は暗いところが苦手だし、神経質できれい好きだ。
 自分でできないことは躊躇うことなく札束を使い、プロに解決を頼む人である。
 確かに、無人島でサバイバル生活は向いていなさそうだ。

「日帰り観光なら一緒に行ってみたいけどね」
「あー……。歴史遺産とか廃墟的な……?」
「そそ」

 言われてみれば、知的好奇心を満たす目的のほうが彼女らしくてしっくりくる。

「無人島、行きたいの?」
「いえ。俺、シャワートイレ完備されてないとか、害虫とか無理なんで遠慮したいです」

 そこはキッパリ否定すると、彼女はズルッと体幹を崩した。

「じゃあなんで聞いてきたんだよ」
「いいとこ取りしてロマンに浸るくらいはいいじゃないですか」

 大自然に囲まれる彼女もそれはそれは神々しくて神秘的なんだろうけども。
 実際、そんなところに彼女を放り込もうものなら虫刺されとか日焼けとかケガとか、心配のあまり神経がすり減りそうだ。

 まあ、安心安全でふたりきりの城ならここにあるもんな。

「ぼこぼこの地面より、ふかふかのベッドで寝たいです」
「あきれた」

 くるくるとマットを丸めて片づけ始める彼女を見つめたのだった。


『無人島に行くならば』

10/23/2025, 7:12:16 AM

 不安定な気候の季節柄か。
 彼女は自分の背丈に見合わぬ持ち手の太い大きな黒い傘と、黒のレインコート、黒の作業用の長靴、黒のラバー軍手という色気のない……もとい、かわいげのない……違う。
 とにかく、彼女という素晴らしい素材を全て台無しにした全身黒ずくめで家を出ようとしたのだ。
 オマケに黒いウレタンマスクまでしているから始末に負えない。

「そんな格好で、職質されても知りませんよ?」
「悪の秘密結社の一味みたいでしょ?」
「答えになっていません」

 時々アホになる彼女は楽しそうに目元を細めた。

 長靴以外は、雨に降られた日にコンビニで突発的に買ったらしい。
 どおりでメチャクチャなサイズのはずだ。
 レインコートなんて袖を何回か折り曲げているし、裾も擦りそうである。
 毎年失くすからと手袋は諦めて軍手でやり過ごしているそうだ。

「……手袋は、俺が管理しますから。今度買いに行きましょうか」

 ついでにレインブーツも新調してやろう。
 そう決意して、俺は彼女の休日に合わせてスケジュールをつめたのだ。

   *

 そして今日。
 彼女の手袋を買うために外へ出た。
 駅から少し離れたショッピングモールへ向かうため、彼女と並んで歩く。
 街路樹の葉は本格的に赤く染まり始め、行き交う人々の足音は、夏とは違う乾いた音を立てていた。

「わっ」

 秋のビル風が彼女のキャップをさらおうとする。
 彩度を落としたパーカーは厚みを増し、少しずつ彼女の装いも秋めいてきた。

 彼女は乱れた横髪を整えて、キャップを被り直す。
 風の勢いは突発的だったものの、足元ではカラカラと落ち葉が舞っていた。

「大丈夫ですか?」

 うなずきながら彼女は服についた埃を払う。

「すっかり風も冷たくなったなー」
「確かに。一気に季節が進んだ感じがしますね」

 立ち並ぶのぼりや看板はハロウィンらしく、カボチャやコウモリで彩られていた。
 店の中に入れば室内の空調も微風になっていて、オバケやキャンディといったオーナメントを揺らしている。

 クリスマスケーキやお節料理の予約コーナーが設けられ、季節感がハチャメチャになっているところも夏は過ぎ去ったんだなと実感させられた。

 レディースファッションフロアも、見事にハロウィン仕様にディスプレイされている。

 結局、彼女が選んだのは手袋の色は黒だった。
 スポーツ用も、裏起毛のニット手袋も両方とも黒である。
 せめてプライベート用くらいはと、リボンともはもはした毛のついたサーモンピンクのボア手袋を強く勧めた。
 しかし、当たり前のように却下されてしまう。

 ぺしょぺしょになりながら文句を言うも、彼女は雑にあしらうばかりでまともに取り合ってくれなかった。

「あんなかわいい手袋に合う服なんて持ってないよ」
「は? なに言ってんすか。俺たち、ショッピングモールにいるんですよ?」
「それが?」
「手袋に合う服どころか、鞄から靴まで一式揃えられるでしょう。俺的にはあちらにディスプレイされてるような甘めのフリフリコーデを希望します」
「おい。それは私の年齢を考慮した発言か?」

 おっと、しまった。
 俺の指が指し示した場所はベビー用品のギフトショップだった。

 うっかり彼女の治安を悪くしてしまったが、言質は取れそうである。

「年齢を考慮すれば甘めのフリフリを受け入れてくれるんですね♡」
「はあぁっ!?」

 そうと決まれば、あの手袋に合うようなカバンと靴を見繕いに行かねば。

「待て待て待て待て違うがっ!?」
「なにも違わないでしょう」

 チャリーン。
 ピンクのかわいい手袋を買ったあと、レディースシューズ売り場に急いだ。

 しかし、いざ売り場に並ぶ靴を一瞥すると、ひとつの懸念がよぎる。

 そう。
 靴擦れだ。

「さすがに靴は……オーダーメイドにしたほうがいいんですか?」
「やめて」

 頼りないため息のクセに、容赦なく俺の言葉を吹き飛ばした。

「どうせ買ったってまともに歩かせてくれないんだから、スニーカーじゃないならいらない」
「ふむ」

 スニーカーであれば、お揃いで買ったピンクのかわいいデザインの靴が既にある。

「では靴の代わりに帽子にしましょう。お花とかリボンがついたベレー帽がいいですね」
「少女趣味がすぎるだろ……」
「大丈夫です。かわいいです」
「まだ選んでもないのに?」
「選ぶまでもなくかわいいに決まってます。いや、選びはしますけれども」

 踵を返した俺は彼女の手を引いて、買い物を楽しむのだった。


『秋風🍂』

10/22/2025, 8:42:03 AM

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いつもありがとうございます。
玄関で盛っております。
苦手な方は自衛をお願いします。
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 あれ?

 隣にいるはずの彼女を求めて腕を伸ばすが、温もりがない。
 まだ重たい瞼を持ち上げれば、やはり彼女の姿はベッドにはなかった。

 朝はゆっくりするって言ってたはずだけどな。

 とはいえ、一度起きたらそのまま活動してしまうのが彼女だ。
 ベッドボードに手を伸ばして眼鏡をかける。

 あーーーー、……だる……。

 眼鏡をかけたものの、気だるさを残した体を起こすのは億劫だった。
 ベッドの中で彼女を待つことにしようと決めて、携帯電話に手を伸ばす。

 未読が溜まったメッセージを確認していると、荷物の配送を知らせる連絡が来ていた。
 現在の時刻は9時半を少し過ぎ。
 荷物の時間指定は午前中になっていた。

 なんとなく嫌な予感がして、無理やり体を起こした。
 俺のスウェットのズボンは床に転がっているのに、近くに置いていたはずのシャツが見当たらない。
 その隣でシンプルなデザインの彼女の下着とインナーシャツが、重なり合っていた。
 昨夜の俺たちと同様に、洋服も仲睦まじく愛し合っているとは相思相愛がすぎる。
 朝から幸せという光を浴びたおかげか、思考がクリアになった。

 ……。
 服が置いてあるだとっ!?

「やばっ!?」

 予感が確信に変わり、慌てて下着とスウェットを履いて玄関に向かった。

   *

 予感のまま終わらせたかったが、そうはいかないのが現実だ。
 体の小さい彼女は俺のシャツを着たまま玄関のドアを開けて、荷物を受け取っている。
 おみ足がシャツの下からスラリと伸び、きれいに筋の入ったアキレス腱や、膝裏はキュッと色っぽく窄んでいた。
 後ろ姿でさえ既に魅力的で溢れている。

「あ、あのっ。よかったら」

 人の家の玄関先で、鼻の下を伸ばしている配達業者にデカい舌打ちをかました。
 その手に持っている携帯電話でなにをしようとしているのかなんて、想像すらしたくない。

「荷物、なにか不備でも?」

 彼女の右手からボールペンを抜き取り、俺の後ろへと隠した。

「ぐえ。れーじ、くん?」
「は? えっ?」

 驚きの声をあげたのは彼女も同様だった。
 ふたりしてハモるなんて仲良しかよ?
 おかげで余計な怒りまで沸いた。

 突然現れた図体のデカい上裸の男こと俺に目を白黒させているが、知ったことではない。
 彼女は寝ていた俺に気を遣って、荷物を受け取ろうとしただけだ。
 ここは俺の家だし、その荷物も俺の名義である。

「その荷物。俺のっすよね?」
「あ、あぁ、はいっ」

 怒りで脳みそが沸騰しそうになりつつも、背後にはかわいい天使もいるのだ。
 努めて冷静に対応する。

「サイン……は、してくれたみたいですけど?」
「……ぃ、や。いえ。はい。そう、すね」

 荷物に問題はなさそうなのでボールペンを配送業者に返す。

「……ご苦労さまです」

 心にもない言葉とともに「配達中に靴下がずり落ちてしまえ」という呪いを含ませた笑みを送った。
 もちろん、そんな程度で怒りが鎮まるはずもない。
 配送業者はさっさと追い返して、ドアを閉めた。
 割れ物ではない荷物を適当に手放して、ほうけている彼女の両肩を掴む。
 玄関先にもかかわらず、彼女を強引に膝を折らせて床に押し倒した。

「え、ちょ、れーじくん!?」

 状況が飲み込めていない彼女にかまわず、押し潰すように舌をねじ込んで唇を奪った。

「ぅ、あっ」

 昨夜の情事の余韻で彼女の呼吸はすぐに荒くなる。
 品のない水音と乱れた呼吸に耐えられなくなったのか、彼女は俺の胸を押し返した。
 弱々しい抵抗に俺の衝動も多少は落ち着く。
 薄い彼女の唇を食んでキスを切りあげた。

「玄関を開けるなら服は着てっていつも言ってますよね? 俺」
「き、着てるじゃんっ」
「下は?」
「ちゃんと履いてるっ! ほらっ」

 彼女はぺらん、とためらいもなくシャツをめくった。
 勢い余って見事な腹斜筋も覗くが、確かに彼女は黒のハーフパンツを履いている。
 暴力的なまでの視覚効果に思わず顔を覆って天井を仰いだ。

「…………」

 下は自分の服なのかよ。
 俺のサイズだとハーフパンツが隠れちゃうのか。

 あー……クソ!
 ホント、最悪……ッ!

 彼女の主張にはとんでもない欠陥がある。
 彼女を睨み、感情にまかせてシャツの上から胸を小さく摘んだ。

「み゛ゃあっ!?」
「ノーブラのくせに『ちゃんと』が適用されると思ってます?」
「やめ、っ……」

 彼女は腕で顔を隠しながら、もぞもぞと羞恥と刺激に耐えている。

 ……ホント。
 かわいいなあ。

 はくはくと切なさそうに唇を動かすから、寂しくないように再び俺の唇で塞いだ。
 彼女の口内は温かくて、夢中になる。
 身を捩り、体に力を入れて逃げ場のない刺激を持て余して乱れる姿にたまらなく興奮した。

「んん、んぅっ」

 玄関先ということすら忘れて、指で舌で彼女を高みへと連れていく。
 もっと俺で乱れてほしくて深く熱を与えて、彼女の理性も溶かしていった。

「かわい……」

 耳元にちゅ、とキスを落とすと彼女の甘く艶の増していく声に胸が締めつけられた。
 独占欲と優越感に塗れた歪んだこんな顔を見せられるはずもなく、顔を隠す口実にして弱い耳元をかまい倒す。

 熱の引かない瞳で俺を捉えて睨みつけてきたが、それですら劣情を煽る燃料にしかならない。

「こ……な……、ところで……」
「うん。だから、ベッド行こ」

 手を取れば、彼女は素直に立ち上がる。
 よろよろぺたぺたとおぼつかない足取りの彼女のペースに合わせて寝室に入ったのだった。


『予感』

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