不安定な気候の季節柄か。
彼女は自分の背丈に見合わぬ持ち手の太い大きな黒い傘と、黒のレインコート、黒の作業用の長靴、黒のラバー軍手という色気のない……もとい、かわいげのない……違う。
とにかく、彼女という素晴らしい素材を全て台無しにした全身黒ずくめで家を出ようとしたのだ。
オマケに黒いウレタンマスクまでしているから始末に負えない。
「そんな格好で、職質されても知りませんよ?」
「悪の秘密結社の一味みたいでしょ?」
「答えになっていません」
時々アホになる彼女は楽しそうに目元を細めた。
長靴以外は、雨に降られた日にコンビニで突発的に買ったらしい。
どおりでメチャクチャなサイズのはずだ。
レインコートなんて袖を何回か折り曲げているし、裾も擦りそうである。
毎年失くすからと手袋は諦めて軍手でやり過ごしているそうだ。
「……手袋は、俺が管理しますから。今度買いに行きましょうか」
ついでにレインブーツも新調してやろう。
そう決意して、俺は彼女の休日に合わせてスケジュールをつめたのだ。
*
そして今日。
彼女の手袋を買うために外へ出た。
駅から少し離れたショッピングモールへ向かうため、彼女と並んで歩く。
街路樹の葉は本格的に赤く染まり始め、行き交う人々の足音は、夏とは違う乾いた音を立てていた。
「わっ」
秋のビル風が彼女のキャップをさらおうとする。
彩度を落としたパーカーは厚みを増し、少しずつ彼女の装いも秋めいてきた。
彼女は乱れた横髪を整えて、キャップを被り直す。
風の勢いは突発的だったものの、足元ではカラカラと落ち葉が舞っていた。
「大丈夫ですか?」
うなずきながら彼女は服についた埃を払う。
「すっかり風も冷たくなったなー」
「確かに。一気に季節が進んだ感じがしますね」
立ち並ぶのぼりや看板はハロウィンらしく、カボチャやコウモリで彩られていた。
店の中に入れば室内の空調も微風になっていて、オバケやキャンディといったオーナメントを揺らしている。
クリスマスケーキやお節料理の予約コーナーが設けられ、季節感がハチャメチャになっているところも夏は過ぎ去ったんだなと実感させられた。
レディースファッションフロアも、見事にハロウィン仕様にディスプレイされている。
結局、彼女が選んだのは手袋の色は黒だった。
スポーツ用も、裏起毛のニット手袋も両方とも黒である。
せめてプライベート用くらいはと、リボンともはもはした毛のついたサーモンピンクのボア手袋を強く勧めた。
しかし、当たり前のように却下されてしまう。
ぺしょぺしょになりながら文句を言うも、彼女は雑にあしらうばかりでまともに取り合ってくれなかった。
「あんなかわいい手袋に合う服なんて持ってないよ」
「は? なに言ってんすか。俺たち、ショッピングモールにいるんですよ?」
「それが?」
「手袋に合う服どころか、鞄から靴まで一式揃えられるでしょう。俺的にはあちらにディスプレイされてるような甘めのフリフリコーデを希望します」
「おい。それは私の年齢を考慮した発言か?」
おっと、しまった。
俺の指が指し示した場所はベビー用品のギフトショップだった。
うっかり彼女の治安を悪くしてしまったが、言質は取れそうである。
「年齢を考慮すれば甘めのフリフリを受け入れてくれるんですね♡」
「はあぁっ!?」
そうと決まれば、あの手袋に合うようなカバンと靴を見繕いに行かねば。
「待て待て待て待て違うがっ!?」
「なにも違わないでしょう」
チャリーン。
ピンクのかわいい手袋を買ったあと、レディースシューズ売り場に急いだ。
しかし、いざ売り場に並ぶ靴を一瞥すると、ひとつの懸念がよぎる。
そう。
靴擦れだ。
「さすがに靴は……オーダーメイドにしたほうがいいんですか?」
「やめて」
頼りないため息のクセに、容赦なく俺の言葉を吹き飛ばした。
「どうせ買ったってまともに歩かせてくれないんだから、スニーカーじゃないならいらない」
「ふむ」
スニーカーであれば、お揃いで買ったピンクのかわいいデザインの靴が既にある。
「では靴の代わりに帽子にしましょう。お花とかリボンがついたベレー帽がいいですね」
「少女趣味がすぎるだろ……」
「大丈夫です。かわいいです」
「まだ選んでもないのに?」
「選ぶまでもなくかわいいに決まってます。いや、選びはしますけれども」
踵を返した俺は彼女の手を引いて、買い物を楽しむのだった。
『秋風🍂』
10/23/2025, 7:12:16 AM