年末は彼女の身動きが取れなくなる。
寒さが本格化して汚れが落ちにくくなる前に、少し早いが彼女の自宅の大掃除に取りかかることにした。
荷物の整理をしている最中、未開封のテーブルゲームをいくつか発見する。
彼女の自宅は散々漁ってきたというのに、一体どこに隠し持っていたのか。
俺のささやかな疑問はあとで追求するとして、彼女はそれらを処分するつもりでいるようだ。
「未開封ですけど、捨てちゃうんですか?」
「うん。一緒にやる人いないし」
「俺がいますがっ!?」
俺というものがありながら寂しいことを口走るので、休憩がてらテーブルゲームに勤しむことにした。
まず、ふたり遊びには王道のリバース。
彼女のA打ちとB打ちの駆け引きが絶妙で、俺は見事に踊らされた。
ぱち、ぱち、と静かに音を立てて白石が黒にひっくり返された。
ターン制のゲームのはずが、終盤は石の置き場所がなくなり、ずっと彼女のターンである。
「……ねえ。まだやるの?」
普段は感覚的に物事を進めるからすっかり忘れていたが、彼女は地頭がいい。
きれいに黒色に染まった盤面を見て、そんな当たり前のことに気づかされる。
理詰めのリバーシゲームに、俺は手も足も出なかった。
俺が特別に弱いわけではないはずなんだけどな……。
理詰めのゲームはむしろ得意まであったはずだ。
なのに彼女には微塵も勝てる気がしない。
退屈そうに石を片づける彼女の態度は、俺の闘争心に火をつけた。
「ハンデまでもらったのに1回も勝てないとか悔しいじゃないですか」
5回ほど対戦して全敗した。
しかもそのうちの2回は隅をふたつももらうという、お膳立てまでしてもらって負けたのである。
「そういや意外と負けず嫌いだったな?」
彼女は人の闘争心を焚きつけるのも天才的だ。
傲慢に唇をきれいな三日月の形にして、俺のプライドを完膚なきまでにへし折りにかかる。
「いっそもう、隅っこ全部あげよっか?」
「は? いくらなんでもそれは俺を舐めすぎです」
対戦慣れしてないクセに、さすがにデカい口を叩きすぎだろう。
四隅に白石を乗せて、再度、俺たちは盤面の勢力争いを繰り広げた。
「ドヤッ」
「ぴえん」
俺のプライドは木っ端微塵に吹き飛ばされた。
*
大掃除に目処を立てたあと、俺とのリバーシに飽きてしまった彼女は別のゲームを所望した。
マジかー……。
なお、本人の体幹が化け物級に優れているせいだろうか。
プレイヤーが交互にブロック積み木を引き抜いて重ねていく、バランスタワーゲームのセンスは壊滅的だった。
先攻であった彼女は、初手でいきなりタワーを派手に崩す。
「み゛ゃあああああぁぁっ!?」
「うわ……」
いきなりそんなガチガチになっている真ん中ぶち抜くか?
……とは正直思った。
しかし、手先も器用だから持ち前のセンスでうまいことやるのだろうと期待してしまったのだ。
リバーシとは全く異なった理由で、一向に俺のターンが回ってこない。
せめて俺の番がくるまではと先攻を譲り続けて数回目。
ついに彼女が限界を迎えた。
「ふざけんなっ! この程度のバランス感覚でふらついてんじゃねえよっ!」
「ふらつくどころか崩れ去ってますけどね」
「はああぁっ!? ムカつく!」
積み木相手に彼女は過去最高レベルでキレ散らかした。
『モノクロ』
あれ?
ローテーブルを挟んで彼女と向かい合って食事をしたあと、酒を飲んでいたのだが。
いつの間にか彼女の隣にピッタリとくっついていた。
位置的にも移動したのはどう考えても俺だろう。
このような状況になったきっかけはよくわからなかったが、至近距離で彼女の存在を感じられるのは願ったり叶ったりだ。
「あなたのその永久保存版の美しさはどうにかなりませんか?」
酒を片手に、ちょこんとお行儀よく座っている彼女の肩に手を回す。
小さく肩を揺らしてかわいらしく動揺を見せたあと、彼女はいじらしく取り繕った。
「視界を潰せばいいと思う」
視線を俺に寄越さないまま、彼女は麦茶の入ったグラスを手に取る。
彼女は麦茶を少し口に含んだあと、ため息をついた。
アルコールを一切含んでない理性的な瑠璃色の瞳は、長い睫毛で隠される。
俺もグラスに入っていた残りの酒を全て飲み干した。
「毎日毎日その瑠璃色の瞳に吸い込まれそうで……永遠に見ていられます♡」
澄ました横顔を動揺させたくて、彼女が手にしていたグラスを奪い取った。
適当にグラスを指で滑らせたら、ローテーブルの上で俺のグラスと軽くぶつかる。
祝福の音を立てた俺たちのグラスは、仲良く寄り添っていた。
一方で、視線の合わない意地悪な瞳を追いかける。
物理的に逃げられなくなった彼女は、両手で俺の顔を押しのけた。
「そっちが勝手に寄ってきてるだけだから離れてくれる?」
棘をまとった口調と、腕力に頼り始めた彼女の態度に口元が緩んだ。
「あなたとつき合えた俺は一生ずっとハッピーですね♡」
「実績もないクセによく言えたな?」
多分、彼女にとって今の俺の発言は不興そのものだろう。
永遠や一生がないことを、無垢だった彼女は経験してしまった。
鼻を鳴らしてあからさまに機嫌を損ねる。
麦茶に手を伸ばして溜飲を下げようとするその右手を掴んだ。
「そっちこそ。そんな俺から逃げきれなかったクセにまだそんなくだまいてるなんて、かわいいですね?」
「は?」
ようやく彼女との視線が絡み合う。
眼光を鋭く光らせて怒っているのが残念だが、こうでもしないと目を合わせてくれそうになかった。
「さっきからなに? ケンカでも売ってる?」
「まさか」
感情の起伏を利用したことは間違いないが、ケンカをしたいわけではない。
当然、傷口に塩を塗りたいわけでもなかった。
「いい加減、あなたにわかってほしいだけですよ」
つき合った今もなお、口説き足りない思いの丈をほかの誰でもない彼女に知ってほしい。
それだけだった。
「俺以上に執着できる男はいませんし?」
「それ、褒められたことじゃないからな?」
極寒の北極海よりも冷め切った目を向けて、彼女は身震いさせる。
厳酷な彼女の態度にさすがにツンが手強すぎると、普段の俺なら尻込みしていた。
ところがどっこい。
今日の俺はいつもよりたくさんアルコールが入っているから無敵である。
「あなたの一生を、今さら俺が手放すわけないでしょう?」
蔑みの目を向けて、ついには足まで出しながら離れようとする彼女にもめげずに食らいついた。
「あなたの心に一生しがみついてみせますから。安心して残りの人生、しっかり俺のことを引きずってください」
「うっわ。なにコイツ。本格的にダルいこと言い始めた」
「ええ? そんなつれないこと言わないでくださいよ?」
本当に嫌そうにしてリビングから出ていこうとするので、彼女の腰に腕を回して阻止をした。
「永遠なんてそんな生優しいだけの言葉で縛るつもりはありません」
「今日よりも明日、明日よりも明後日、明後日よりも明々後日。あなたの未来を少しずつ俺にください」
「……っ」
ああ。
本当に、この澄みきった瑠璃色の瞳に吸い込まれそうだな。
ぼんやりとした頭でゆっくりと彼女との距離を埋めていくと、真っ赤に染まった顔を逸らして抵抗してきた。
「きゅ、急にガチで口説くのやめてっ! この酔っ払い!!」
「軽めにジャブ打っても相手にしてくれなかったクセに♡ いじわる言わないでください♡」
むちゅりと彼女の唇に吸いついたあと、エグめに舌を捩じ込んで強引に彼女をなし崩していく。
彼女が無防備に身を委ね始めたところで、俺たちは寝室に移動した。
『永遠なんて、ないけれど』
彼女が育てた恋の花は、とっくに散ってしまっていた。
ボロボロになった植木鉢には、萎れた茎と乾いた土が残されたままになっていた。
痩せた土に水をあげるなんて痛々しいことをしているわけでもない。
ただ、捨てられない程度には未練が残っているのも事実だった。
相手に新しい恋の花が咲いたのをまざまざと見せつけられたとき、彼女は自分の心ごと植木鉢を捨てる。
声どころか、嗚咽すら漏らさず肩を震わせるのは、彼女のなけなしのプライドだ。
涙となって粉々に溢れる彼女の心を掬い取ることは、振られ続けている俺にはできない。
俺にできたことは抵抗する気力のない彼女の目の前に立ち、壁になって視界を塞ぐことが精々だった。
いつもより近くなった距離は、彼女の体温や匂いや感情を連れてくる。
俺なら、彼女にこんな表情をさせないのに。
彼女の感情の軌跡を拭うどころか自分の服にすら刻ませられないクセに、ひどく傲慢でひとりよがりな感情が、胸の内をどす黒く支配していった。
どうせ捨ててしまう心なら、とりあえず俺に預けてほしい。
決してあなたの生き様の邪魔をしたりしないから、と、ほかの誰でもない彼女に誓った。
それから、ピカピカの植木鉢を用意する。
土を入れてタネをまき肥料と水をたっぷりと与えた。
叶うなら俺と、新しく恋ができるように。
*
大学の帰りだろうか。
駅に向かう彼女の背中を見つけて俺はそっと声をかけた。
「好きです」
「ごめんなさい」
あれから数ヶ月たった今も、俺は相変わらず彼女に振られ続けている。
「そうですか。残念です」
「告白ならもう少し場所を考えて」
俺と目も合わせず、足を止めることなくつれない態度の彼女だったが、こうしてささやかな配慮を求めるようになった。
どんなかたちであれ、求められることは悪くない。
「その呼び出しに応じていただけるのなら、いくらでも熟慮しますよ」
「……」
約束を取りつけてしまえば、例え一方的なものであっても律儀な彼女は応じてしまう。
だから彼女は無言で拒否を示した。
「では、また」
「ん。お疲れ」
え?
ポツリと風に乗せた彼女の言葉に耳を疑う。
瞼が大きく見開いたときには、彼女の姿は人混みの中に紛れてしまった。
何気ない労いの言葉の中に柔らかな笑みが乗せられた気がするが、確信はない。
どうせ捨ててしまう心なら俺に預けてほしかった。
流した涙も、傷の痛みも、全て俺のせいにしてほしい。
彼女が捨てた心を拾って、ピカピカの植木鉢を用意した。
栄養たっぷりの土を入れて新しいタネをまき、肥料と水を十分に与える。
叶うなら、俺と新しく恋ができるように。
『涙の理由』
俺がワガママを通して、彼女の自宅で昼食をすませた。
食べ終わった食器さげたあと、温かい麦茶を入れたマグカップをローテーブルに置く。
「台所、お借りしますね?」
「……どうぞ」
彼女は唇を尖らせながらうなずいて、マグカップを受け取った。
ちょっとした罪悪感から、彼女は絶賛不貞腐れている。
食器を片づけたい彼女と、水仕事をさせたくない俺で衝突したのだ。
もちろん、その攻防には俺が勝利する。
食材、調理と俺の好きにさせてもらったのだから、最後の片づけもワガママを通させてほしいと屁理屈をこねたのだ。
ツンとする彼女の頭を撫でたあと、片づけに取りかかる。
食器、調理器具、キッチン周り、換気扇をしっかり掃除したあと、棚の上に高級感溢れるギフトボックスが置いてあることに気がついた。
つい最近用意したばかりなのだろう。
老舗コーヒーブランドのロゴが箔押しされていた箱は、未開封で真新しかった。
ブランド名からして明らかに来客用に用意したと考えるのが自然だろう。
だが、彼女は自宅に人を招くタイプではないはずだ。
普段、彼女はコーヒーを飲まないから自宅用でもない。
ギフトボックスを手にしてリビングに戻った俺は、彼女の隣に座った。
「来客の予定でもあるんです?」
「え? ないけど。急にどうしたの?」
ローテーブルの上に例のギフトボックスを置く。
「俺の聖域にこんな見慣れない箱ががあれば気になりますよ」
「あー、コレか」
箱を一瞥したあと、彼女はすぐに興味を失ったのか、麦茶の入ったマグカップに手を伸ばした。
「コレ、れーじくん用」
「はあっ!?」
「よく飲んでるから、用意してみた」
「用意って。いや、うれしいですけど俺、そんな味の違いとかわかんないっすよ?」
企業努力あってのことではあるが、俺がいつも飲んでいるのは150円前後のコーヒーだ。
わざわざ俺でも知っているような高級ブランドのものを用意してもらうほど、コーヒーに詳しくはない。
「私もわかんない。ただ、見た目がかわいかったから選んだだけ」
マグカップをローテーブルの上に置いた彼女は、小さく息をついた。
俺の様子をうかがう彼女の雰囲気が気恥ずかしそうに移り変わる。
頬を染めて落ち着きなく指を遊ばせる姿に息を飲んだ。
「ど、だって、れーじくんが……、私物らしい私物はあんまり置かないからじゃん」
え、俺の私物?
コーヒーから急に俺の私物に矛先が向き、話が見えなくなった。
「キッチンは我がもの顔で占拠したクセに……」
「さすがにそれは言葉に語弊がありませんか?」
調理器具は置かせてもらっているのだが、元々は彼女の所有物である。
あまり物を増やされたくないのかと思い、調味料も最低限に留めていた。
「試しにあなたの写真を1枚飾ってみたらすぐに撤去されてしまったので」
「キッチンに6切りサイズの写真を置くのはさすがに勘弁して」
どうせL版でも許してくれないのに、サイズの問題みたいに言うのはやめてほしい。
「……まともに使ってないクセに」
ボソッと本音を溢したら彼女の眼光が鋭く光った。
「なんだって?」
「なんでもありません」
俺が初めて彼女のキッチンを借りたとき、冷蔵庫と電気ケトルくらいしか稼働しておらず、度肝を抜かれたことを思い返す。
収納棚には未開封の調理鍋やフライパン、よさげなオーブンレンジと炊飯器が眠っていた。
それから足繁く通い、彼女の許可をもらいながら少しずつキッチンらしく整えていく。
キッチンでさえあの状態だったのだ。
勝手にアレもコレもと置くのはさすがに気が引ける。
「ゴミだって、生ゴミとか、……あ、アレのときのティッシュすら絶対持ち帰るし……」
「ゴミの日のときはさすがにマンションのゴミステーションをお借りしています」
「そういうことを言ってるんじゃなく、てっ」
ギュッと膝の上で彼女は指を握りしめる。
「ケトルならあるし、コーヒーくらいは温かいの飲んでほしい。……ってことを、言いたくて」
「え……」
ここまで聞いてようやく彼女の言いたいことを理解する。
彼女の部屋は少し生活感に欠けていた。
家を空ける機会が多いことも要因のひとつだろう。
ひとつひとつを見ていけば彼女の存在は確かに感じるのに、あまり人が住んでいる気配がしないのだ。
「荷物、置いてもよかったんですね?」
「イ、イヤじゃなければ……」
ふるふると唇を震わせる彼女は、顔を真っ赤にして恥ずかしがってはいるが、無理をしている感じではなかった。
いや、がんばっていじらしく気持ちを伝えてくれているという意味では相当無理をさせてしまっている。
俺としても、荷物を置かせてくれるなら願ったり叶ったりだ。
万が一、彼女の自宅に他人が上がり込んだときのための牽制にもなる。
しかし、宿主である彼女が存在を消しているのに、俺が主張するのも違う気がして、今まで私物は持ち帰っていたのだ。
「イヤだなんてそんなまさか。うれしいです」
たまらずに彼女を抱きしめると、彼女がホッと肩の力を抜く。
「お、お風呂も、ね? 毎回トラベル用のヤツ用意するの大変ならボトル置いてもいいんだよ?」
抱きしめた腕の中から、彼女がひょこっとはにかんだ顔を覗かせた。
頬を染めながらもうれしそうに照れ笑いする彼女が眩しい。
夏も終わりかけているのに、目が眩みそうになった。
うー……、わー……。
なんだこのかわいい生き物。
あざとすぎるにも程がある。
今度、絶対にマグカップとシャンプー持ってこよ……。
「ありがとうございます。そういうことなら、お言葉に甘えますね」
舞い上がる気持ちはなんとか抑え込んで、俺は彼女の背中を抱きしめ直した。
『コーヒーが冷めないうちに』
彼女のいない過去には興味がない。
彼女と結ばれない未来にも耐えられない。
それでも時々、どうしようもない嫉妬心と独占欲に駆られては頭の中をよぎることがあった。
彼女の初めての恋人が俺だったら、と。
*
特大サイズのマットを広げてリビングを占領している彼女は、体の可動域の限界にでもチャレンジしているのだろうか。
しなやかに開脚して右側に上半身を倒したと思ったら、上の手が背中側に曲がっていった。
膝に向いていた顔が天井を仰ぎ、後頭部と膝がくっつき始める。
……いつ見ても凄いな。
苦し気もなく一連の動作をこなした彼女の姿を、ソファに座りながら見ていた俺の素直な感想だった。
左右2セットずつこなしたあと、ひと息ついた彼女の背中に向かって声をかけた。
「俺たち、高校生でつき合えていたらどんな未来になってたと思います?」
こちらを振り向くことなくゆっくりと立ち上がる彼女は、さらりととんでもないことを言い放つ。
「私と元カレが虹の橋を渡ってそう」
「勝手に人を犯罪者にしないでください。あと、ふたりで仲良く三途の川渡れると思ってるんですか?」
マットをくるくる巻いて片づけていく彼女は、ハンッと鼻を鳴らした。
「そういうところ」
「!? 謀りましたね!?」
「勝手に自滅したんだろ」
そもそも、元カレってなんだ、元カレって!?
ああっ!?
そういえば中学の卒業式で告白されたとかなんかロマンチックなこと言ってたな!?
ダブルで自滅して項垂れると、マットをリビングの隅に立てかけた彼女が俺の隣に座った。
「なに? そんなに未成年に飢えてるの?」
「未成年というより、制服姿のあなたに飢えています」
「いろんなヤツらから当時の写真いっぱい巻きあげてるクセに贅沢言うなよ」
彼女の言葉に間違いはないが、「いっぱい」というには語弊があった。
俺と彼女は中学も高校も違う。
俺の人脈に乏しいせいもあるが、あまり写真を入手することができなかった。
彼女のガードも固く、その写真もほとんどTシャツ姿で制服姿なんてほとんどと言っていいほど持っていない。
飢えるなというほうが無理だろう。
「スクール水着と競泳水着とプライベート用の水着はありませんでした」
「制服に飢えてたんじゃなかったのかよ」
「水着も立派な制服でしょうが」
「なんでもアリじゃん」
あきれ果ててイヤそうに眉を寄せるが、それもこれも俺の知らない姿を隠し持っている彼女のせいだ。
本当に罪深くてかわいいな。
彼女の写真をもらえるならなんでもいい。
「それで、水着姿は誰が持ってます?」
「水泳の授業取ってなかったし、ないと思う」
「えぇー」
「だって水着とか恥ずかしいし」
「なるほど」
人の目を過度に気にしてしまうのが思春期だ。
大人になった今なら受け入れてくれるかもしれない。
「では次のデートは温水プールにでも行きましょうか」
「ウッソでしょ? 私の話聞いてた?」
「もちろん、聞いていましたよ?」
身を乗り出して抗議した彼女に、俺はしっかりとうなずいた。
聞こえていないふりをすることはあるが、聞き流したことはない。
口元を引きつらせている彼女の右手を包み込んで懇願した。
「それに、どうせ行ったら行ったで泳ぐでしょう。荷物預かりますし、記録と計測係しますよ? あ、その前に水着の調達からですかね?」
「やる気に満ち満ちている……」
口ぶりや態度から泳げないということもないだろう。
律儀に俺の意思を汲んでくれようとする彼女は、包み込んだ右手をぷらぷらと揺らした。
「でもまぁ、気になっている競泳水着はあるっちゃある」
「なるほど。ではこれから見に行きましょう」
ソファから立ち上がったタイミングで、彼女は俺の手を払いのける。
「鼻息荒すぎて怖いから今日はヤダ」
「怖いってなんですか! 怖くないですっ!?」
想定すらしていない理由で彼女から突っぱねられて喚き散らす。
だが、俺の訴えは聞いてもらえず、彼女は無情にも風呂へにげてしまうのだった。
『パラレルワールド』